ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
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- 壊れたボクと儚い天使(グロアリ)
- 日時: 2009/10/09 16:34
- 名前: テト (ID: VZEtILIi)
シリアス&重たい&グロありです(汗)
それでもばっちこいやぁ!という人は、ご覧下さい。
■登場人物■
吉祥アキ(きちじょうあき)
17歳。5年前のある事件で、左目を失い、前髪で隠している。少年の割りにはキレイな顔立ちの為、時折噂される。あまり人と話さない。
鈴山梨乃
17歳。幼い性格の屋上登校。かなりの美人で、天真爛漫。8年前の監禁事件の被害者で、時折歪んだ表面を持つ。
東雲宇美
17歳。素行不良少年で、アキとは同じクラス。女子から異様にモテ、とっかえひっかえしている。アキは苦手らしい。
向坂安寿
16歳。他校の不良高校の1年。派手でその外見を裏切らない事も多々している噂。
主題歌
http://www.youtube.com/watch?v=-Wlg0VeBHus
エンディング
http://www.youtube.com/watch?v=vBCWe7nf3WY
- Re: 壊れたボクと儚い天使 ( No.13 )
- 日時: 2009/10/08 15:13
- 名前: テト (ID: VZEtILIi)
第二章
キミは一人で泣いていた
翌日、学校に行くと飛鳥川さんは来ていなかった。
少しホッとしながら教室に入ると、東雲くんが近づいてきて、
「なー、アキ。飛鳥川と昨日何話してたわけ?」
笑いながら飛鳥川さんの事を聞いてきた。
「見てたの?」
「んまー、ちっとね。で?あいつ、何て言ってた?」
あんまり人の事をべらべら話すのは好きじゃない。
「何も、ない」
「海斗が〜とか、言ってなかった?」
ドクンッと心臓が大きく鼓動を打った。
どうして、東雲くんが知ってるんだ?
「その顔、図星じゃん」
「何で……」
「知り合いがいるんだよね。他校に、飛鳥川の義理の妹っつーんが」
二ヤッと笑って、僕の机の上に腰掛ける。
「そいつの名前は向坂安寿。安寿は結構ハデで、少々悪ーい事もしてるんだってさ」
飛鳥川さんの、義理の妹。もしかしたら、その人なら海斗っていう人を知っているのかも知れない。
けど、
「じゃぁ、東雲くん。僕の代わりに伝言を預かってよ」
「は?」
あいにく、僕はそれを知った所で何の感情も持たないし。東雲くんに頼もう。
「海斗っていう人を捜して、その人に飛鳥川さんに会うように言ってもらえるかな。多分、その妹さんが知ってると思うから」
「……それ、昨日飛鳥川に頼まれたわけ?」
頷くと、東雲くんは少し真面目な、真剣な顔で、
「悪ぃけど、俺パス。アキが頼まれたんだから、お前が伝言を伝えろよ」
「僕は、こういうの苦手だから」
「……お前は、お前を信じてくれた奴を簡単に裏切るんだな」
身を、裂かれる思いがした。
そこから、ジワジワと痛みが高ぶってくる。
東雲くんをじっと見て、目を逸らせないまま、僕は硬直していた。
「……僕を信じた人が、悪いんだよ」
「お前、どーせ飛鳥川にうわべだけの優しさで、その気もねぇクセに励ましたんじゃねぇの?」
また、図星だ。
僕はあの時、飛鳥川さんに大丈夫だと無責任な事を言って、ハンカチで涙を拭いた。
飛鳥川さんは、声をかけてくれた人はあんまりいなかったと言っていた。
「責任持って、お前が海斗っつー野郎を捜せよ。お前は希望をもてない奴に希望を持たせたんだから。裏切るなよ」
チャイムが鳴って、みんな席につく。
僕はずっと立ったままで、気がつけば廊下を走っていた。
どうしよう。すごい動揺しているのが自分でもわかる。
もうすぐでホームルームが始まるのに、僕は必死で階段を駆け上がり、屋上の扉を開けた。
「……アキ」
澄んだ声で僕の名前を呼んだのは、梨乃だった。
ドクドクと鳴っている心臓も、だんだん正確なリズムを刻みだす。
梨乃は不思議そうな顔で、
「どうして?授業、は?」
「……サボってる」
梨乃の隣に座って、ごろんと寝転ぶ。
「梨乃は、さ……教室に行かないの?」
しばらくの沈黙。そして、
「うん。あのね、梨乃はね。存在しない人だから」
そう言った。
前々から思っていたけど、梨乃は時々わからない事を言う。
詩人でも使わないような比喩を言ったり、自分自身を儚い表現で例えたり、世界を黒々しい箱庭のように呟いたりする。
今も、「存在しない人」なんて。誰が思うだろうか。
梨乃という人間は、きちんとここにいるじゃないか。
でも僕にとっては、彼女は存在しているけど、「この世界の人間じゃない人」と思ってしまう。
天使のような、儚くて幻想的で、蜃気楼のような。
「……梨乃は、天使はいると思う?」
静かな声でそう聞くと、梨乃がこちらを見た。
目を少しだけ大きく見開いて、吸い込まれそうな気分にさせられる。
「アキは、天使は、いるって思う?」
「いないって思う」
「……じゃぁ、いたらいいなって思う?」
天使がいたら、どんなにいいだろう。
安らかな揺りかごの中で、静かな時に身を委ねながら、温かいぬくもりを感じながら、眠る事ができる。
この世界のあらゆる欲望を跳ね除けて、非あるものは寄せ付けず、可憐な容姿で優しく微笑んでくれるだろう。
「思う、けど。ダメだよ……。存在しないから」
目を閉じて、少し笑いながらそう言った。
「じゃぁ、梨乃が、天使になるよ」
思わず目を開けて、上半身を起こす。僕のすぐ隣で、梨乃はどこかを見つめ、少し笑いながら、
「梨乃が、アキの天使になる。ずっとアキを見守ってる。そんで、一人でアキが泣いていたら、梨乃、一緒に泣いてあげる」
僕の方を見て、無邪気に微笑んだ。
涙が、出そうになった。
そっと天使に近づいて、抱きしめてみる。
「……ありがとう」
「いえいえ」
ポンポンと、軽く頭を撫でられて、改めて一人じゃないって思う。
飛鳥川さんは、どうなのだろう。
一人で、泣いていたのだろうか。
暗闇の中、得も知れぬ恐怖に渦巻く濁流の中、小さな体を震わせて、孤独と戦っているのだろうか。
彼女の心の中に、天使ではなく、夜の帝王が住み着いているのだろうか。
だとすれば、ほんの少しだけだけど、彼女を呪縛から解き放ちたいと思う。
縛られている魂を解放して、安心して眠れるように。
- Re: 壊れたボクと儚い天使(グロアリ) ( No.14 )
- 日時: 2009/10/08 15:31
- 名前: テト (ID: VZEtILIi)
3時間目、僕が授業に顔を出すと、東雲くんがいなかった。
どこへ行ったのか、少し気になったけど、気持ちを切り替えて海斗という人物にうちて考える。
どうすれば、彼が誰に会える?飛鳥川さんは何を望んでいる?
考えれば考えるほどわからない。人の心は複雑だ。
だから、壊れるともう修復はできない。モーターの故障なんて甘いものじゃない。もっと絡み合って、ギスギスしている。そして、脆い。
梨乃には昼休みは一緒に弁当を食べられないと言ってある。
教室で、もそもそと弁当を食べていると、窓側で食べていた女の子のグループが、
「うわっ!飛鳥川ってキモい〜」
「てかさ、てかさ。あいつって、虐待されてるらしぃべ。腕にむっちゃ傷あったもん」
「どっかイッちゃってんじゃねぇの?精神科行けや、精神科〜」
飛鳥川さんの悪口を大声で言っていた。
それにしても、虐待?飛鳥川さんの家庭事情は、義理の妹がいるって事だけしか知らないけど。
「墨田高校にさ、あいつの妹いんだけどさっ。妹は超かわえぇの!もうモデルみたいっ!」
「知ってる、知ってる!安寿っしょ?妹はあぁなのに何でアイツはあぁなわけ?」
妹の存在は、周りも知ってるみたいだ。
そんなに飛鳥川さんと似てないのか?聞けば本当に対照的だ。
それに、墨田高校……。
都内にある高校だけど、少し素行が悪くて、近所でも悪い意味で有名な高校だ。
そこにその妹がいるのか。
それなら、東雲くんが知っていても不思議じゃない。東雲くん自体が、不良だから。
- Re: 壊れたボクと儚い天使(グロアリ) ( No.15 )
- 日時: 2009/10/08 17:52
- 名前: テト (ID: VZEtILIi)
昼休みが終わって、掃除の時間になった。
僕は一人でゴミ袋を抱え、校庭にあるゴミ捨て場に行く。
桜の花は相変わらず満開で、風に揺れて弱々しく散っている。もうすぐで、この桜も枯れてしまう。
春が終わって、夏が来る。まだ、先の話だけど。一日の終わりはあっという間に来るから。
桜を見て、校門を見て、人数の少ない校庭を見て、そして、何かが僕の視界に映った。
目を細めて、ソレを見る。
桜の木の陰で、誰かがもたれて座っている。あれは、まさか。
「飛鳥川さん?」
近づいて、後ろからそっと声をかけると、飛鳥川さんが振り向いた。
目が腫れている。片手に持っているものを見て、僕は驚愕した。
「何てもの持ってるんだッ!」
ゴミ袋を投げ捨てて、飛鳥川さんの手からナイフをひったくる。その刃に血がついているのを見て、僕は真っ青になった。
「何してるんだよっ」
「……何って、あの人が切った所をなぞってるの。あかぁい血が出てきて、舐めると苦いんだよ」
普通じゃない。
飛鳥川さんは虚ろな目をキョロキョロ動かして、
「それ、返して」
「ダメだっ!こんな事しちゃっ!」
僕は必死でナイフをそこらに捨てた。
飛鳥川さんがガタガタ震え、
「仕方ないじゃん……海斗は私を“失敗作”だと罵って、私の腕を切りつけるの……。私がいくら大好きだと言っても、聞く耳持たない……。もう耐えられない。ホントは、ずっと気づいてた。海斗が私を見てないんだって……私は、海斗にとってはただの人形にすぎないんだって……ッ」
苦しそうにそう吐き出し、僕を睨んで、
「ねえ、私変じゃないよねっ!普通だよねっ!失敗作なんかじゃないよねっ!海斗はいっつも私に酷い事して、だけど私が愛してると言うと抱きしめてくれる!これって、まだ海斗は私が好きって事でしょう!?そうでしょう!?」
「お、落ち着いてッ」
「私はっ!どうして生まれてきたの!?どうして、ここにいるの!?それさえも判らないまま、消えていくのは嫌だよッ!」
混乱して、パニックになったのか、飛鳥川さんが立ち上がり、僕が放ったナイフを素早く掴んだ。
「飛鳥川さんッ!」
「私は、身代わりでも何でもないッ!」
そう叫んで、飛鳥川さんのナイフを持つ手が一直線に動かされる。
「アキ!」
誰かに呼ばれたけど、答えられなかった。
僕は必死でハンカチを出して傷口を抑えた。後ろから東雲くんが何か言っている。
倒れた飛鳥川さんの目は、固く閉ざされている。
僕の視界が、屋上を捉えた。
梨乃が、見下ろしている。
無表情で、何の感情もこもっていないような顔で、この惨劇を眺めている。
傍観者のような、鋭い目で。
飛鳥川さんが保健室のベッドで眠っている間、僕と東雲くんは先生にあれこれ聞かれたけど、何も言わなかった。
しばらくして、飛鳥川さんの義理の妹だという、噂の向坂安寿という女の子が学校に来た。
「ルイッ!」
保健室に入るなりそう言って、飛鳥川さんに駆け寄る。
「眠っているだけよ」
先生が優しく声をかけた。
噂通りの、派手で顔立ちも整っている向坂さんは、飛鳥川さんと全然似ていない。
金髪に染めた髪を腰まで伸ばして、くるくるにしている。
「私、担任の先生に話しておくから」
保健の先生が出て行き、保健室には僕たち4人になった。
向坂さんは僕達の存在に気づいたようで、
「ルイが、お世話になりました」
見かけによらず丁寧な言葉でそう言った。
東雲くんがいえいえと笑って軽く手を振る。僕は正直そういう気分ではなかった。お辞儀だけして、
「……海斗って誰ですか?」
静かに向坂さんに聞いた。
その名前を聞いた途端、向坂さんの顔色が変わる。何かに怯えたような顔で、しばらく無言だったが、
「あたしの、父さんだけど……」
鎮痛な面持ちでそう答えた。
この発言は、僕にとって衝撃的だった。
飛鳥川さんは、海斗を「愛している」風に言っていた。これって、結構複雑じゃないか!
「海斗……さんと、飛鳥川さんは義理の親子ですか?」
「そう、なるかな。あたしの母親が早くに亡くなって、再婚したのがルイの母親。でも、ルイの母親も死んじゃったから」
「原因は?」
東雲くんだ。
「あたしの母親は、元々心臓病だったから。それで。ルイの母親は、事故死」
「……飛鳥川さんは、海斗さんと何かあったんですか?」
明らかに向坂さんが顔を曇らせた。
重い口を開き、
「最初はさ、仲が良かったんだよね。でも、ルイの母親が死んじゃってから、父さんはおかしくなって。ルイに酷い事をするようになった」
「その理由は?」
ズバズバと東雲くんが聞いた。
「……わかんない。でも、ルイはルイのお母さん、美沙さんに凄く似ていて、瓜二つくらいにそっくりだったんだよ」
瓜二つの親子。
突然態度が変わった義父。
「あたしは、ルイを守りたい。姉妹っつーよりは、友達みてぇなモンだしさ……。だから、だ……から」
向坂さんの目から涙が零れ落ちる。
きっと、向坂さんも辛かったのだろう。二人の亀裂の入った関係を、傍から見ている当事者も辛いのだ。
精神的に、必死だったのだろう。
「ルイは、ずっと一人で泣いていたから……。だから、今度はあたしが、ずっと一緒にいてあげたい……」
- Re: 壊れたボクと儚い天使(グロアリ) ( No.16 )
- 日時: 2009/10/09 10:43
- 名前: テト (ID: VZEtILIi)
向坂さんの話によれば、まだ海斗さんたちが学生の頃、向坂さんのお母さんである薫さんと飛鳥川さんのお母さんである美沙さんの二人と親しかったのだと。
やがて、美沙さんは他の男と結婚して、その一年後に海斗さんは薫さんと結婚したらしい。
飛鳥川さんが生まれて3年後、美沙さんは離婚し、しばらくして、持病の心臓が元で薫さんも死去。
海斗さんと美沙さんは再婚して、その6年後に、皮肉にも美沙さんが事故死したという。
その知らせを聞いた海斗さんは、一時期心が病んだと、向坂さんは言った。
「ルイを抱きしめて、学校に行かせなかったり、かと思えばルイが“お父さん”と呼べば、自分の事は“海斗”と呼べって怒鳴ったり……」
向坂さんが苦しそうに言った。
飛鳥川さんが父親を慕うようにすると、激怒して暴力をふるい、泣きじゃくる飛鳥川さんを部屋に閉じ込めたらしい。
どうして、そこまでする事があるんだ!
彼は飛鳥川さんに何を求めてるんだっ!
飛鳥川さんが目を覚ましたのは、向坂さんが来て1時間が経った頃だった。
向坂さんが優しく囁くと、目から涙が溢れて、上半身を起こし、抱きついた。
「ルイ……家に帰ろう。今日、父さんはいねぇけど、あたしが傍にいるから……」
「……か、海斗は……仕事?」
「うん。しばらく帰って来ないから」
少し不安そうな、安心そうな複雑な眼差しで飛鳥川さんが向坂さんを見つめ、
「会いたいけど……会えない?」
「今は、ね」
悲しそうに俯いた。
「送っていかなくていいのかしら?」
心配する先生を他所に、向坂さんがキッパリと結構ですと言った。
そして、僕と東雲くんにお礼をして、向坂さんの手を握って、帰って行った。
「……その海斗っつー野郎は、サイッテーの人間だな」
「うん」
「自分の妻に似ている娘に、何をさせようとしてるんだか」
「……そ、だね」
僕はボソボソと答えて、その後授業があったけれど、担任の先生に呼ばれてお叱りを受けた。
でも、怒鳴り声も全然聞こえなかった。
♪
もう限界です。
あなたの束縛は、私を締め続けるんですから。
酷く食い込んで、眠っている時も苦しい。こんな思いをどうしてしなければいけないの?
痛い痛いと叫べばすかさず飛んで来る拳。
泣き叫べば容赦なく食い込む鉄の槍。
あなたが愛しているのは、私ではない。
勿論、安寿でもない。
そして、彼女のお母さんである薫さんでもなかった。
ごめんなさい。
でも、もう限界です。
私は永遠に夜の女王になります。
あなたの管理する箱庭で、怨念の唄を歌いましょう。
髑髏を愛しく抱きしめて、私は永遠になりましょう。
♪
その日の夜。
「あら……、牛乳がきれちゃってる。アキ、ちょっといいかしら」
お母さんがクリームシチューに使う牛乳が空になっているので、買って来て欲しいと頼んできた。
「いいけど。学校近くのスーパーでいい?」
「うん。少し遠いけど。気をつけてね。外、少し暗いから」
時刻は夕方の6時を少し過ぎていた。
「自転車でちょっと行ってくる」
外の冷たい空気に当てられながら、僕はペダルを踏んだ。学校の桜を見ていこう。夜桜もいいもんだ。
春のいい香りと、どこから来るのか、夕飯のカレーの匂いが漂ってくる。
お腹が小さくなったとき、僕は意外な人を前方に見つけた。
「……ッ!」
驚きすぎて急いでブレーキをかける。
その音に驚いたのか、その子が立ち止まって振り向いた。
やっぱり。
「何、してるの?」
「……アキ、こそ」
梨乃も驚いた顔で僕を見ている。その手に財布が握られているのを見て、
「スーパー?」
「うん。お買い物」
「じゃあ、僕と一緒だね。乗ってく?」
「いい、の?ありがと」
学校以外で梨乃と会うのは初めてだった。
梨乃は薄い長袖の桜色のワンピースを着ている。長い髪がそっと僕の頬を撫でるのが、くすぐったい。
僕の腰にそっと手を回して、背中に梨乃がそっと顔を寄せる。
温かい体温だった。
「梨乃、家この近くなの?」
「うん」
「へぇ。誰と暮らしてるの?」
「……下宿先の、おかーさんとおにーちゃん」
下宿先?
梨乃の家族はどうしたんだ?
聞きたかったけど、よくないと思って無言でいたら、梨乃が察したように、
「あぁ、えっとね。梨乃のおかーさんは、病気で病院に入院してて」
「そー、だったんだ」
知らなかった。
そういえば、梨乃も僕もお互いの事をあまり知らない。
「そ、そーいえばさ。梨乃って今日の掃除の時間、屋上にいたでしょ」
「……うん」
「やっぱり。アレ、梨乃だって思ったから」
「……飛鳥川さんは、大丈夫?」
梨乃が静かに訊ねた。
僕はつばを呑んで、
「……知ってたんだ」
「飛鳥川さんは、梨乃と1年の時同じクラスだった」
「って事は梨乃、今2年生なんだ。何組?」
「ねぇ、アキ。飛鳥川さんには天使はいると思う?」
僕の質問を無視して、梨乃が突然そう言った。
しばらく考えて、
「うん。いると思うよ。安寿っていう天使が」
「……手遅れにならなきゃ、いいケドね」
何が言いたいんだろう。時々比喩とか表現が達者になるから、言っている意味がわからないときがある。
もうすぐで、学校だ。
スーパーは学校を過ぎたところにある。
チラッと校門の前を見て、僕は目を細めた。
誰かが、校門をよじ登っている。その近くに、もう一人いる。
「止めてッッ!!」
「っ」
急に梨乃が大きな声を出した。
自転車を止めると、そこから飛び降りて、スミレの香りを残して校門前へ走り出す。
僕も急いで自転車で校門前に行き、
「東雲くんっ!」
校門をよじ登った東雲くんが僕を見て驚いた顔で、
「アキじゃん!」
叫んだ。
その傍らで、ガタガタ震えているのは、向坂さんか?
「どうしよう……ッ、どうしよう……ッ」
ぶつぶつ呟いて必死で携帯を睨んでいる。
事態が飲み込めないでいると、梨乃が身軽に校門をよじ登って校内に侵入した。
「……手遅れに、ならないでほしい」
いつもの梨乃じゃない。空っぽで、何もない梨乃がそこにいた。
無邪気な表情はなく、人形のように辺りを見ている。
「何があったの!?」
「きょ、今日ね……父さんが帰ってきて。また、ルイが間違えて“父さん”って呼んじゃって……ッ。怒って、酷くて……ッ、ルイがッ、ナイフ持って出てっちゃった……」
向坂さんが心配そうに泣き出しそうな声でそう言った。
「捜してたら、ゲーセンで東雲に会って……ッ、捜してるんだけど、どこにもいなくて……。携帯にも出ない……ッ」
僕も急いで校内に入る。
- Re: 壊れたボクと儚い天使(グロアリ) ( No.17 )
- 日時: 2009/10/09 14:46
- 名前: テト (ID: VZEtILIi)
第三章
夜の帝王に愛されなかった歌姫
薄暗い闇に包まれて、僕達は階段を駆け上がった。
間に合って欲しい。
僕の予想が外れていて欲しい。どうか。
「ルイッ!」
先頭を走っていた向坂さんが教室を覗いて声をあげる。そして、ガクガクと震え、廊下に座り込んでしまった。
東雲くんが中に入る。
僕と梨乃も教室を覗いて、
「うわっ!」
「……」
その床が一面、血だらけだった。
向坂さんが酷く震えて両手で頭を抑える。
「んで……、なん、で……」
僕の視界には、喉をナイフで裂いた飛鳥川さんが見えていた。
白目で、よほど刺してかき混ぜたのか、肉片が飛び散っている。
東雲くんが整った顔を歪ませ、携帯を取り出して教室から出た。
僕も死体から目を逸らし、廊下で吐いてしまった。
苦い、黄色の液が溢れる。
「……」
ただ一人、梨乃だけは平然と飛鳥川さんに近づき、ぐちゃぐちゃになった喉元を見つめている。
冷めた目で。何かを拒絶するように。
何をするのかと思ったら、いきなり右手を伸ばして、その傷口に手を突っ込んだ。
「梨乃ッ!」
僕の大声に、向坂さんが驚いたように顔を上げる。そして、梨乃が飛鳥川さんの肉片を手に持っているのを見て、
「い、いやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!」
凄まじい絶叫をあげた。
東雲くんも振り返る。
僕は急いで梨乃を飛鳥川さんから引き離した。
「梨乃ッ!それ、離してッ!」
梨乃が握り締めている肉片を、僕は触れないでいた。彼女は悪びれた様子もなく、僕を見上げて、
「まだ、あったかいよ」
そう言ったのだ。
衝撃を受けながらも、梨乃の言葉に耳を貸す。
「この人は、さっきまで、生きてた。だから、ほら。あったかい、よ」
そう言って、僕の手に飛鳥川さんの肉片を置いた。
本当だ、まだ、あったかい。
涙を流していると、その異様な光景に、向坂さんが気絶した。
梨乃は僕の手から肉片を取って、元の場所に返した。
そして、倒れている向坂さんを見て、
「天使は、救えなかっただけなんだよ」
病院に行くと、向坂さんは青ざめた顔ではあったものの、受け答えはできるようになっていた。
薬の匂いのする待合室で、僕たち4人は無言でソファに座っていた。
その時、
「……安寿」
低い声が聞こえた。僕達全員が右へ向く。
そこには、美形の男の人がスーツ姿でいた。
ひどく悲しげな顔をしている。
誰?と思ったとき、向坂さんが立ち上がり、無言でその人に近づいて、思い切り頬を殴った。
男の人は少し一歩下がり、頬を抑えたまま悲痛な眼差しで向坂さんを見ている。
その目には、涙さえ浮かんでいた。
「……ッ!あんたのせいで、ルイは死んだッッ!!」
病院である事も忘れたかのように、向坂さんが怒鳴った。
「あんたがルイに酷い事をしなければッ!許せないッ!殺してやりたいぐらいだッ!」
向坂さんが憎悪を向けるその人が、海斗なのか!?
僕たちが黙って成り行きを見守る。
その海斗と思われる人は、
「……あいつは、ルイなんかじゃないんだ……」
「───いい加減にしろよッ!」
向坂さんが胸倉を掴み上げる。
東雲くんが反射的に立ち上がろうとしたその時、
「彼女は、“失敗作”だったんだよね」
澄んだ、鈴のような可憐な声が聞こえた。
その方を見ると、無表情で梨乃が二人を見つめていた。
訳のわからない僕達を指し終えて、海斗さんが苦しそうに顔を歪ませる。
「そう、だ……。あいつは、失敗作だ」
「どういう事!?」
向坂さんが声を張り上げる。
梨乃はソファから立ち上がり、手を後ろに回して、澄んだ声で話し始めた。
「失敗作は、失敗作だよ。飛鳥川ルイは、美沙にはなれなかった……。だから、失敗作なの」
意味がわからない。
何を言おうとしてるんだ?
怪訝そうな僕達とは違い、梨乃は少し楽しそうに続ける。
「向坂海斗は、飛鳥川美沙が好きだった。でも、彼女は違う男と結婚しちゃったから、薫と結婚した。飛鳥川美沙が離婚したと聞いて、薫を殺害し、彼女と結婚した」
「か、母さんが殺されたっていうの!?嘘だッ!」
向坂さんが手を離し、梨乃の方を向く。
「想像、だよ。梨乃の勝手な想像。だけど、飛鳥川美沙は事故で死んじゃった。だから、その瓜二つの娘である飛鳥川ルイを、“飛鳥川美沙”にしようとした。……だけど、その子はなれなかった。
だから、失敗作なんでしょ?
彼女が間違えて“お父さん”と呼ぶと、向坂海斗は必死で名前で呼ぶように調教した」
淡々と想像を語る梨乃。
海斗さんを見ると、その顔に明らかに衝撃が浮かぶ。
「んで、知ってるんだ……ッ。どうして、そこまで」
「梨乃は、なーんでも知ってるよ」
無表情だった梨乃が、今度は微笑んだ。
天使のようなその微笑に、海斗さんの目から涙がこぼれる。
「じ、じゃぁ……母さんを殺したのも、ホントなわけ?ホントに……ッ」
向坂さんが信じたくないという顔で海斗さんを見る。
東雲くんは、険悪な顔で梨乃を睨んでいた。
「あいつは心臓が悪くて……、ショックを与えれば発作を起こしたんだ。だから、俺がどれだけ薫を憎んでいたかを……あいつの前で言ったんだ」
何て事をしたんだ、この男!
自分の娘を散々内側から壊しておいて、その上、妻である薫さんまでもを手にかけていたなんて。
僕が絶句していると、向坂さんが
「殺して……やる……ッ。お前、絶対に許さないッ、ルイがどんだけ苦しんできたか……ッ!わからせてやるッ!」
憎しみを露にして、もう一度海斗さんを殴ろうとした。
「はい、ストップ」
それを止めたのは、東雲くんだった。
向坂さんの手首を握り、ぐっと押し返す。
「何で、止めるの……?」
「殴るのは後でやればいい。ボッコボコにな。でも、今は飛鳥川ルイの事が先だ」
「ッ」
力なく手を下げて、向坂さんが病室に走っていく。
その後ろ姿を呆然と見つめていた海斗さんは、
「何で……、どうしてこんな事に……っ」
「おめーの身勝手さが生んだんだよ。責任はとれよ、バーカ」
東雲くんにそう言われ、ゆっくりと頷いた。
梨乃は泣いている海斗さんを見て、
「夜の帝王は、歌姫を愛していた?」
比喩が入り混じる言葉で訊ねた。
その意味がわかったのか、泣きじゃくりながら海斗さんが、
「本当に……、愛していたんだ……ッ」
しっかりと答えた。
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