ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
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- OBR
- 日時: 2010/11/20 05:39
- 名前: sasa (ID: LSK2TtjA)
これから小説を書きます。
グロありですので注意してください。
- Re: OBR ( No.19 )
- 日時: 2010/11/20 13:21
- 名前: sasa (ID: LSK2TtjA)
森本零生(男子23番)は死神に抱擁されたかのような、普段の彼ならば絶対に浮かべない、恐怖にすくんだ表情を浮かべていた。
数メートル向こうに立つ安西亜夜(女子21番)の姿に畏怖し、思わず森本は2、3歩後ずさりし、森本の手に支えられていた白沢博士(男子14番)の頭がゴツンと地面に音を立てた。
白沢は明後日の方向を向いたまま、非科学的なことをブツブツと連ねていた。
森本と同じく、元木隆弘(男子22番)もルガーP08を構えたまま思考ごと体も固まっていた。
一度に色々なことが起こり過ぎて、現状に頭が追いつかない状態になっていた。
──煉が襲ってきて──白沢のことを撃って──そしたら高梨信雄(男子15番)がやってきて──同時に安西も──まてよ? あれはほんとに安西か?
なんだ、あいつ?
体中真っ赤にして……セーラー服の袖、破ってるのか? こいつ、松浦亜夜だよな?
「ねぇ、あたしの踏み台になってくれる?」
安西亜夜と思われる人物は、それはそれはニッコリと微笑みながら尋ねた。
震えた。いつのまにか石黒に向けていたルガーの銃口も、安西に向けていた。隣の森本の歯もガチガチと笑っていた。
「うあああ! ああああ!」
180度の方向で高梨信雄の咆哮が聞こえても、そんなものは耳から入り耳へと抜けていった。
高梨や石黒なんかを気にしてる場合じゃない。それすらも抑える悪寒が二人を包み込んでいた。いや、安西亜夜という名のアイドルが包み込ませていた。
「あよよ、だよ、ね?」
うまく歯が噛み合わず、森本の声は微妙に掠れ、途切れ途切れになってしまった。
「そうだよ。でも、もう君たちの知ってるあよよじゃないよ。でも、いいよ、気にしないで。君たちもあたしの知ってる君たちじゃないから。もう、ただの障害物だから」
死の宣告を思わせる松浦の言葉は周囲のイルミネーションに溶けていき、言い終わらないうちに黒い板状の何かを倒れている白沢に向けた。
白沢は相変わらずブツブツとなにかを呟いている。終わることのない、疑問の嵐を数十もの仮説で埋めていっている。
「人間て、都合いいよね、ほんと。極限の恐怖から逃れるために、狂うようにできてるんだもん。でも、そんな逃げ腰の人達はどうにもならないバカだね。努力ばっかしてるバカ」
安西の親指が黒いリモコンのようなものの上で幽かに動いたのを、元木は見逃さなかった。見逃さなかったとして、なにができるというわけでもないのだが。なにしろ、元木は今動けない。
- Re: OBR ( No.20 )
- 日時: 2010/11/20 13:24
- 名前: sasa (ID: LSK2TtjA)
ピッピッピッピッ
途端、白沢の首輪が、赤い点滅ととも断続的な電子音を発し始めた。
しかし、その死の宣告は白沢には聞こえない。ただ仰向けのまま、自分の幻想に浸かっている。
タァンという乾いた銃声が近くから響いた。恐らく石黒が高梨に向けて銃を撃ったのだろう。
だが、それでも元木も森本も指一本動かすことはできなかった。まるでメデューサの目を見て、石化してしまったかのように。
その銃声とほとんど同時だった。
その銃声よりも華やかな音と光が炸裂し、白沢の首から上がイルミネーションに舞ったのは。
タチの悪い花火のように、白沢の首から上は散った。その命もろとも。あっという間に、あっけなく。
「あぁ……」
声が震えた。
それでも、さっきとはうってかえって元木は体を自由に動かせた。小さな爆発の光が元木を我に帰させたのだろうか?
とにかく、元木はルガーの照準を安西の脳天に合わせた。銃身越しに、いつもの何の変哲もない安西の笑顔があった。
──殺した!
こいつ、殺したぞ! 変なリモコンみたいなので、白沢のことを殺した!
姉ちゃん姉ちゃん姉ちゃん! 俺、どうしよう? これが、プログラム? 中学生同志が己の命を懸けて殺し合う殺人ゲーム?
どうしよう?
俺、俺、…………ああ、大丈夫だ、落ちつける。クソッ、落ちつける自分がむかつく。
ここまで冷静になれる自分がむかつく。どうしようもない。ほんとに俺ってやつはどうしようもない──。
親友に裏切られても、
友達が殺されても、
目の前にバケモノがいても、
冷静なんだからな。
いや、いくら冷静でも、人を殺せるわけがない。例え相手が化け物でも、誰かを絶命させるってことは、ひどいことだ。苦しむのは絶命した人だけじゃないんだから。
そうだろ、姉ちゃん。
手が震えた。
当たり前のように、握るルガーP08も震えた。
小刻みに震える銃身の奥に、せせら笑う安西亜夜の顔が見える。遠く遠くに見える。風景のように見える。
「元木君、手震えてるよ。ねえ、撃つつもりないんでしょ? だったら銃なんか構えないでよ? こけおどしなんて、情けない。バカじゃないの? あなたも努力ばっかするバカ、元木君」
「違う……安西……お前は……」
「なあに? あたし、何か間違ったことしちゃった? そうだね、最初っからあたしと元木君は合わなかったよね。話しかけても適当にしか挨拶返してくれないしさ。だからあたしが何しても間違ったことだって一括りに言われちゃうんだろうね。そんなのイヤだなあ。だから、もう皆ここで死んで。ね? あたしのために」
「お前は……おかしい……!」
「タカくん!」
「うあああぁぁぁぁ!」
その瞬間に、運命の歯車はすべて噛みあいながら回り出していた。
元木はトリガーの引けない銃を、握りつぶすくらいに握り締めて、
森本は元木の名前を必死に叫んで、
安西は死のリモコン片手に飛びかかって、
高梨は槍を振り上げながら突進してきて。
「くっ!」
背後からの高梨の一突き。もう少し反応が遅れていれば、確実に槍の刃(包丁だが)は元木の背中を貫いていただろう。
体をねじり、槍の柄を掴む。そしてそのまま力づくで高梨から槍を引き剥がそうとする。
「どけぇぇぇぇ!」
しかし、狂った生徒は当然腕力に関してもいつもの倍以上になっていた。
高梨は槍の柄から元木の両手を力づくで剥がさせると、今度は安西亜夜に向って突進を始めた。
「うおぉぉぉぉ!」
──チャンスだ! 逃げるなら今しかない!
高梨の野郎は男の俺より女の安西のが楽に殺せると思って、俺を襲うのをやめて安西に襲いかかったのだろう。
でも実際は……
くそ、余計なことは考えなくていい。とにかく逃げるんだ!
逃げるしかない! 周りは敵だらけなんだから。そう、紛れもなく「敵」だ。
煉も、安西も、高梨も、もうクラスメイトではない。殺戮に囚われた、「敵」だ。
「レイ!」
声を最大限にまで殺し、森本の手首を掴む。そして一気に足の筋肉を働かせ、全速力で前へ前へと走る。
自分の脚を信じて、ただ我武者羅に走る。後方に広がる様々な殺戮から、逃避する。
──石黒──石黒煉は?
あいつはどうしたんだ? 高梨に殺されたのか? まさか、あの煉が高梨なんかにやられるとは思えないけど……
じゃあ逃げたのだろうか?
弾が勿体無いから? それとも俺達と同じように安西亜夜に恐怖して?
安西——亜夜——……。
あいつは……一体何者……?
ピッピッピッピ
「あああああ! 死ね! 死ね! 死ねぇぇぇぇ!」
自分の真下から聞こえてくる不可解な電子音を無視し、高梨は安西に向って闇雲に槍を振り回していた。
まさにその動きは「闇雲」であった。なにしろ、もう安西はその場にいないのだから。リモコンを早々に向ってきた高梨の首輪に向け、そのまま去っていったのだ。
ピッピッピッピ
いや、そもそも高梨は安西に向って槍を振り回してるわけではない。
自分の真下から聞こえる死の宣告に対して槍を振り回してるのだ。その「音」こそが、今の高梨にとっての最大の敵なのだ。
狂っている高梨も、自然とわかっているのかもしれない。
この「音」がどれだけ絶望的であるかを。
「あああぁぁ! 死ね! 死ねよ! 死ねよぉぉぉぉぁぁぁ! みんな、みんな、死ねぇぇ!」
──ボクは! ボクは!
ふつうの生活をしていたんだ! 毎日勉強して、毎日義務的で、それでよかったんだ!
人生は楽しむためにあるんじゃない! まっとうするためにあるんだ!
どうして人生をまっとうしつつある僕が、こんな目に!
ボクはまだすべて全うしてないのに!
全然ボクは人生を全うしていないのに!
してないのに!
してないのに!
「してないのにぃぃぃぃぃぃ!」
ピ————
ドンッ
男子14番 白沢博士 死亡
男子15番 高梨信雄 死亡
残り41人
- Re: OBR ( No.21 )
- 日時: 2010/11/20 13:34
- 名前: sasa (ID: LSK2TtjA)
──口に広がる暖かいショコラの味。
口内の粘り気を洗いざらい流し落とし、甘いハーモニーが頭の中まで支配する。
もう、そんなココアは2度と飲めないのだろうか。
「あよよ……?」
鼓動の高鳴りが邪魔して、うまく言葉を紡げない。自分を見下ろしているのは安西亜夜(女子21番)だろうか? よくわからない。
──ああ、ダメ。苦しい。息が、苦しい。
うそ。これ、あれだ。そんな。治ったはずなのに。パニック障害は治ったはずなのに。
はぁっ、はぁっ、苦しい……息が……。
「きーりこちゃん、どうしたの?」
安西が赤井霧子(女子3番)に楽しげに呼びかけても、赤井の耳には届かない。治っていたはずのパニック障害の発作。それと戦うことしかできない。
──はあっはあっはあっはあっ……!
ダメ。苦しい。死んじゃう……。死んじゃう……!
ココア……ココア……お願い、ココアを……!
「アレ? 霧子ちゃん、顔青いよ?」
「はぁっはぁっ……! あよ……ココ……」
「え? なに?」
「ココ、ア……!」
目を半開きにさせ、喘ぎ、安西のスカートの裾を引っ張る磯。そして乾いた唇から連呼される「ココア」という単語。
ふと、安西は何かを思い出したように「あっ」と声をあげた。
「あー、思い出したよ霧子ちゃん。確か合唱コンクールの時、具合悪くなって先生にココアくださいとか言ってたよね。かわいそー。そういう体質なんだ。そんなんじゃなにもできないね。なにもできない人もいれば、あたしみたいに夢に向かって一直線に歩いている人もいる。霧子ちゃんもバカだね。苦労ばかりして、夢を見つけてないバカ。死んだ方がいいね」
「ねぇ……? はぁっ、はっ……あよ……よ……ココア、ある……? はぁ、はぁ……」
赤井の耳に安西の声は届かない。だから、なにを言ってるのかもわからない。ただ、ココアが欲しい。
「あーもうスカート引っ張らないでよー、脱げちゃうでしょ?」
目に涙をいっぱい溜め、顔を真っ青にさせながら必死に安西に懇願する磯。
もちろん松浦はココアなど持っていないのだが、赤井は苦しくて何も考えられない状態であった。安西の両足が不気味に化粧されていても、安西の目がどんなに冷ややかでも、そこにココアの可能性があるのなら懇願するだけ。
「バイバイ、霧子ちゃん。6人目」
安西が自分の足元に向って、何かリモコンみたいなものを向けた。いや、正確には自分のスカートの裾を引っ張ってココアを懇願している赤井霧子に、だ。さらに正確に言うならば、その赤井の首に巻きついている首輪に。
ピッ ピッ ピッ ピッ
安西にとってはそれは聞きなれた電子音だろう。
しかし、当然赤井にとっては初めてだ。首輪が爆発する予告音など、滅多に聞けないものなのだから。
「あ……あ……もう……ココ……ア……」
しかし、赤井には聞こえていなかったのかもしれない。
安西のスカートから手を離すと、そのままズルズルと崩れ落ちた。発作により意識を失ったのだ。
当然意識を失っても、赤井の死をつげるカウントダウンは冷たく鳴り響きつづける。
ピッピッピッピッ
「あーあ、気絶しちゃった。でも、そのほうが幸せかもね。死ぬ苦しみを味わわずに死ねるんだから」
気絶しつつも大量の汗を噴き続ける赤井の顔を一瞥すると、安西亜夜は踵を返した。
肩にかかる髪を少し整えると、その美しい顔を堕天使のような笑みに歪ませた。その笑みからは、この世のものとは思えないほどの寒気を帯びたオーラが放たれていた。
「お幸せにね」
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マグカップを食器棚から取り出す。
ピッピッピッピッ
ココアの粉を3杯入れる。
ピッピッピッピッ
さあ、後はお湯を入れるだけ。あ、まだ沸いてないんだっけ。あと少しかな。
早くココアが飲みたいな。すべてを救ってくれるんだもん、この飲み物は。どんなときも、どんなときも。
ピ————
あ、沸いたのかな?
ドンッ
女子3番 赤井霧子 死亡
残り40人
- Re: OBR ( No.22 )
- 日時: 2010/11/20 13:43
- 名前: sasa (ID: LSK2TtjA)
−AM2:46 グロッキーカントリー −
プログラム開始からもう6時間を過ぎようとしているのに、未だに雨宮小夜(女子17番)は決断を下せていなかった。
その決断とは、闇への第1歩。
つまり、プログラムに参加するか否かだ。無情になるか人間のままでいるか。天使になるか悪魔になるか。まさに雨宮にとっては人生究極の選択であった。
2つを天秤にかけても、重さはつりあってしまう。答えはでない。
雨宮小夜はグロッキーカントリーのスプラッタマウンテンにずっとその身を隠していた。
スプラッタマウンテンはディズミーランドの大人気アトラクションの1つ。その為、毎日毎日長蛇の列は当たり前だ。だから洞窟をもじった内部はそれなりの広さがある。
雨宮はその洞窟を模した暗がりにずっと身を潜めていたのだ。幸運なことに、まだココには誰も来ていない。雨宮以外は。
雨宮小夜は三角座りし、支給武器であるFNハイパワー自動拳銃を握り締めながら、グラグラと揺れ動く自らの「天秤」と戦っていた。
──どうしよう、あたし、どうしよう。
なんでこんなことになるのよ。あたし、人なんて殺したくねえし。でも、殺さなきゃ生き残れない。なによ、このルール。
ああ、もう。
なんでこんなことになるの。なんであたしがこんなことで悩まなきゃいけないの!
ああ、むかつく! 清らかな女の子に殺人を強要するなんて強要罪が適用されるじゃないの! 許さないんだから! 政府の連中なんてぶっ殺してやる!
はっ。だめ。だめよ、小夜。怒りに任せて行動しちゃダメ。今までそうやって突発的に行動して失敗ばかりしてきたじゃない。
あたしって怒りっぽいからダメよ。すぐ怒っちゃってワラ人形取り出して丑の刻参りしちゃうんだもん。知らないうちに指にトンカチのタコが出来ちゃった……。
だって、むかつくものはしょうがないよね。
丑の刻参りでもやって解消しないと生きていけないよね。憎しみってものはすごく邪魔だもんね。
ああ、あたしの武器がワラ人形だったら良かったのに。こんな拳銃いらないよ。これでクラスメイトを殺せっていうの? 自分の良心も殺せっていうの?
やってられないよ。
あたし、怒りっぽいけど誰かを殺そうなんて思わないもん。
昔っから嫉妬深いって陰口叩かれてるのは知ってるけど、仕方ないもん。むかつくものはむかつくもんね。
でもなあ。
殺さなきゃ、あたし死ぬんだよね。殺したくないけど、自分が死ぬのもイヤだなぁ。
なにがプログラムよ。ほんとむかつく、クソ政府。のろってやりたい。
そうだ。
殺すとか、殺さないとかの前に政府の連中を呪わないと。それが一番にやるべきことだ。うん、間違いない。
あ、でも、どうやって呪おう?
ワラ人形も釘もトンカチもないしなあ。ああ、もうほんとにむかつく。絶対許さないんだから。
ああ、ワラ人形が欲しい。政府の連中を呪ってやりたい。今なら究極の呪いが成功する自信がある。自分の中でこんなにも憎しみが燃えあがったのは初めてだ。
──ワラ人形!
誰か、あたしにワラ人形を! そしたら皆を救えるかもしれないの!
「雨宮さん?」
暗がりに反響する、細く冷たい声。まるで人間とは思えないほどか細くておどろおどろしい声だ。
しかし、雨宮は大して驚いた様子を見せることもなく、その方向に首を傾けた。首と同時にFNハイパワーも向ける。そう、意外と雨宮は冷静な女だった。
「雨宮さんね?」
──ふん、別に驚きゃしないっての。
このプログラムってやつは、いつどこで誰と遭遇するかわからない。で、敵か味方かもわかんないんでしょ?
そんなこと百も承知よ。なにを驚く必要があるの? そんな下らないことで驚いてる場合じゃないの。
「いい銃じゃない。それ、私にくれない? 私、やることがあって」
「誰よ? ちょっと顔見せてよ。ここからじゃ見えないんだから」
その雨宮の言葉に反応したのか、声の主が暗がりからぬっと姿を現した。
洞窟を模したスプラッタマウンテン内は光のない漆黒の闇だったが、もう雨宮の目は暗闇にはある程度慣れていた。その為、その人物がこちらに歩み寄った瞬間、彼女はその人物が誰であるかをすぐに理解した。
- Re: OBR ( No.23 )
- 日時: 2010/11/20 13:49
- 名前: sasa (ID: LSK2TtjA)
一瞬、幽霊かと思って両肩が跳ねあがった。
無造作に腰ほどまでに伸ばしたボサボサの黒髪。その髪は顔のほとんどを覆っている。片目だけがチラリと怪しく覗いている。
そう、その正体は明石貞子(女子4番)だ。
「ああ明石さん。幽霊かと思っちゃったぁ」
この言葉からもわかるように、雨宮は明石のことを嫌っていた。奥村に対して丑の刻参りをしたのも一度や二度じゃない。
なぜ嫌っているのかというと、今のようについ幽霊だと誤認してしまい、心臓が止まる思いを何度もしてきたからだ。
なんとも身勝手な理由だが、雨宮はそれだけで明石貞子のことを憎んでいた。
「あなたに用はないの。私はその銃に用があるの。ねぇ、それくれない?」
「ふん。いつになくよく喋るじゃん。普段からそんだけ喋ってりゃ幽霊に間違えられることもないのよ。あのねぇ、あたしはあんたの所為で何度も死にかけたのよ。その責任、とってもらわなきゃねぇ」
銃をくれ、と頼んでいる明石も異常だが、この場合雨宮のほうが遥かに異常といえよう。明らかに「プログラム」という状況を理解していない。
雨宮は銃口を"幽霊"明石に向けたまま、その場にゆっくりと立ち上がった。
ウエーブがかった髪を揺らし、ピシっと肘を伸ばしてハイパワーを明石の脳天に構える。
「責任? これでいいの?」
銃口に全く臆さない明石は、なにを思ったか突然肩に背負っているデイパックのチャックを引いた。
そして中から「あるもの」を取り出した。それは雨宮の目を見開かせるには十分すぎるものだった。
「これ、私の支給武器。丑の刻参りセットって書いてあった。トンカチとお札とワラ人形と釘が入ってた。これ、あなたにあげる。あなた、こういうの好きなんでしょ? これとその銃の交換ってことでいいかな?」
いつのまにか話が摩り替わっていたが、そんなことはもう雨宮には関係のないことだった。
明石の手によって床に広げられる「丑の刻参りセット」一式。トンカチが、お札が、ワラ人形が、釘が、雨宮の目の奥に突き刺さった。
──ふふふふふふ。なかなかどうして、やるじゃないの明石さん。
あたし、あなたのこと尊敬しちゃう。この丑の刻参りセットが貰えるんなら、腕の一本や二本だって安いモンだよ。
だって、これであたし達は救われるんだから。あたしが政府の連中を呪えばあたし達は救われるのよ! 政府のやつらは全員呪い殺されてあたし達はここから脱出するの!
ありがとう、明石さん。心からお礼を言う。あなたの心意気、あたしが後世に語り継いでいくよ。
「……明石さん、あなたって素晴らしい。あたし、勘違いしてた。あなたの勇気ある行動が皆を救うの。あとはあたしに任せて。政府の連中を精一杯呪い殺してやるから」
明石は呆れたように小首をかしげ、右手を平行に伸ばした。指差しているのだ、雨宮の握る拳銃を。
「交渉成立ね。じゃあその銃を私に投げ渡して。弾も忘れないでね」
「もちろん。ワラ人形に比べたらこんなもの鉄クズ同然だもの。さあ、受け取って」
心の中で燃え広がる狂喜に我を忘れている雨宮は、明石をちっとも疑うこともせずにFNハイパワーと大量のマガジンを投げ渡した。
もう雨宮の頭の中には明石のことを疑う余地など全くないのだろう。なにしろ全てを救うことができる「ワラ人形」をその明石から受け取ったのだから。この時点で雨宮は明石のことを「味方」と位置付けていた。いや、それよりも上の存在と認めていた。
──偏見だったなあ。明石さんがこんないい人だったなんて。
どうもあたしってウワサで人の人格を推し量っちゃうんだよね。いい加減この性格直したほうがいいかなあ。
うん、そうね。ここを脱出すればまだまだ生きられるんだし。これを機に性格変えてみようかなぁ?
「雨宮さん……あんた、ほんとにバカだね」
「……え?」
ワラ人形セットをデイパックに詰めこんでいると、小雨のように振りかかってくる明石貞子の冷え切った声。
「あなたには死んでもらわなきゃ」
雨宮は顔をあげた。自分を見下ろしているのは明石貞子だけではなかった。その明石の握る鉄の塊──FNハイパワーも雨宮のことを見下ろしていた。冷たさはどっちも同じ。
勿論、雨宮にはなにが起きているのかわからない。
「あなたがどうしようもないバカでよかった。苦戦しないで殺せるからね。私はね……どうしても皆を殺さなきゃならないの」
「はい……? あれ、ごめん、あたし、よくわかんない。とりあえずワラ人形は貰うよ。これで皆を救えるから」
視線を明石からデイパックに戻し、再び詰めこみ作業に没頭する野村。釘が細くて掴みにくい。ええい、なによこの釘!
釘を掴むのに苦戦しながらも、雨宮は押しつぶされるようなすさまじい無言の圧力を感じていた。
自分を無言で見下ろす鉄の瞳と鉄の塊。
かなり特殊な性格をしている雨宮小夜も、その圧力を無視することはできなかった。
体が自然と強張り、釘を拾っている場合ではない自分に気づく。足をその場に折りたたんだまま固まってしまう自分の体。顔をあげられない。
──言った。確かに明石さんはこう言った。
「みんなを殺さなきゃ」って……そんな……? どうして? 明石さんは皆を救いたいと思ったからあたしに丑の刻参りセットをくれたんじゃなかったの?
どういうこと? なんで皆を殺すの?
「あの子が、生きるために」
乾いた銃声が闇の洞窟にタァンと勢いよく反響した。
FNハイパワーのトリガーが絞られ、その冷たき銃口から弾丸が吐き出されたのだ。
しかし、その銃声が響く少し前に雨宮はその場から消えていた。全身を粟立たせる悪寒に耐えられなくなり、明石に背を向けて逃げ出していたのだ。
ハイパワーから吐き出された弾丸は雨宮の脇を抜けていった。
明石は銃身を引いて薬莢を吐き出させると、すぐに雨宮を追って走り出した。
踏みつけたワラ人形がぐしゃり、と音を立てた。
今、ここで新たな戦いが始まった。
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