ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
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- 神は世界を愛さない
- 日時: 2011/09/23 17:38
- 名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: PUkG9IWJ)
何度も作品を投稿し、申し訳ございません……。書いて書いて書きまくってやります。
色々コメントとか、参照とか気にしていた所もあった自分ですが、今回もう関係無くやります。
その結果を出せるように、やってみます。
頑張ります。人並みに。
【目次】
順序の始まり(プロローグ)>>1
〜第一幕〜
第1節:神はそこにいる
♯1>>2 ♯2>>3 ♯3>>6 ♯4>>7 #5>>10
第2節:神嫌い、人間嫌い
♯1>>11 ♯2>>12 ♯3>>13 ♯4>>14 ♯5>>19
第3節:世界は暗転する
♯1>>20 ♯2>>21 ♯3>>22 ♯4>>30 ♯5>>31
第4節:異常と異能の交差
♯1>>32 ♯2>>33 ♯3>>36 ♯4>>37 ♯5>>38
第5節:新たな日常=非日常
♯1>>39 ♯2>>40
【お客さん】
水瀬 うららさん
紅蓮の流星さん
旬さん
トレモロさん
コメント・励ましの言葉をいただき、ありがとうございますっ。
- Re: 神は世界を愛さない ( No.11 )
- 日時: 2011/08/18 13:42
- 名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: hF19FRKd)
俺は、何不自由なく暮らしていた。
前の家は、今通っている学校からさほど遠くもない場所にある、一軒家だった。
当たり前のように両親は居て、当たり前のように過ごしていて、当たり前のように、状況を受け止めていた。
それがどれだけ哀しいことだったか分からない。けれど、俺には記憶というものがなかった。両親は、今さっきまでいたような感覚ではなく、前からいなかったという認識だった。
両親がいない事実そのものの認識を確実とさせてきたのは、中学生の頃だった。
俺は、どうしていたんだろう。
この間、父親とどこかへ行ったか? 母親と、一緒に買い物なんかに出かけたか?
どうだっただろう。俺は、どこに居たんだろうか、と。
元々、俺はここまでクズ人間と呼ばれるような人間ではなかった。俺は、もっと笑っていた。関心を持って、俺は中学生活を楽しんでいた。
けれど、それがまた、両親の記憶のようにどこかへいってしまうのだろうか。そんな不安が募るばかりで、結局俺は——この世界は、何て酷いのだろう。そう思うようになっていた。
「——俺は、神様が嫌いです」
叔父さんの話を中断して、俺は突然呟いた。
これまでの意味の分からない、いや、俺の人間性までもを変えた両親が喪失していく感じ。俺は、弱かった。神様とかいう、得体の知れないものに祈り、そして助けてもらえるなんて、
そんな安く、簡単な話はないだろう。
叔父さんは、俺の言葉を受け止めたのか、いつになく真剣な表情で俺の顔を見つめていた。住職の人に、神様が嫌いです、何て言ったらバチ当たりだろうか。いや、そもそも場所が神社だしな。
俺はそう思い、謝ろうとしたその瞬間、
「私も、嫌いだよ」
「え?」
「神様。嫌いだよ」
まさかの答えだった。
住職という仕事をしていて、仏とかいう神を慕う仕事なんじゃないのか? お経とか、いっつもあげたりしているのに。
叔父さんの答えは、色々な面からしてもぶっ飛んでいた。
「私の妻がね。何年か前に亡くなった。それは、知っているね?」
不意に叔父さんから問われたので、その事実は知っていることだし、ゆっくり頷いた。
叔父さんは、それを見届けると立ち上がり、ゆっくりと歩き回り始めた。
「私の妻は、凄く元気だった。全然、生きていれる。私より元気で、私よりよくこの寺の世話などをしてくれたりもした。よく働く妻で、一番愛していたんだよ」
柔らかい口調で、ゆっくりと話していく叔父さんは、いつもの叔父さんの表情だった。ゆったりとしていて、マイペースな感じの、叔父さん。
聞くところによると、叔母さんは叔父さんよりも働き者だったらしい。マイペースな叔父さんには、ピッタリの奥さんなんじゃないかと俺は思った。
「けれどね。私の奥さんは、亡くなった。いや——"無くなった"」
「どういうことですか?」
俺が問うと、叔父さんはゆっくりと、俺を見つめ、後ろ腰辺りに両手を重ねていた。その顔は、どこか悲しんでいるようにも見えた。
「無くなったんだ。ある日、突然、パッとね」
「それは……一体?」
「これを、私達人間は神隠しと呼んでいる」
「神、隠し……」
俺はそのキーワードを喉の奥へと飲み込んだ。何故だか、奇妙なことに神隠しというキーワードが——両親に繋がっている気がしてならない。
嫌な予感がした。
「そして、私も……妻のいなくなったという日がない。君の、両親がいなくなったという事実とそうだ。同じなんだ」
哀しそうな顔をして呟くように、叔父さんは言った。
だからか。俺の事情を知ったのは。ということは、叔父さんにも不思議な現象はあったのだろうか。
身の回りに起こる現象というのは、まさにその両親の記憶が喪失していくという不思議なものだが、今回話したいのはまたその他のこと。
つまり、あの黒猫のことだった。
勿論、叔父さんが俺と同様の現象を起こしていたということは驚いた。だが、どうしてもあの黒猫と、両親の記憶喪失のことが引っかかる。
異常な現象ほど、異常な出来事に絡まれやすい。
「叔父さん。聞きたいことがあるんです」
「何だい?」
涙もろいのか、叔父さんは目元をグッとどこから取り出したのか、ハンカチで押さえていた。
「今日、というか、昨日もそうなんですけど……喋る黒猫って、いますかね?」
「喋る、黒猫?」
素っ頓狂な顔をして問い返してきた。まあ、そりゃそうだろう。誰だってそんなこといきなり言われたら、アニメの見すぎやら、漫画の見すぎという風に茶化すことは間違いないからだ。
「その黒猫は、憂君に、何か言ったのかい?」
「あぁ、えっと……お前は何者だ、って言ってきたと思います」
叔父さんは俺の言葉を聞いて、考える素振りをする。それからゆっくりと口を開いた。
「まさか、なのだけど……憂君、君はもしかして——」
と、叔父さんがやけに神妙な顔をして話していた途中、
「お客様がお見えになられております」
ススス、と障子が開き、初めに会ったあのお坊さんの姿があった。叔父さんを見て言った後、次に俺を見て、そのお坊さんは笑顔で俺に頭を下げてきた。
それに対して、俺も頭を下げることにする。あぁ、あの時はどうもっていう意味を込めて。無表情だから、どうしようもないと思うが。
「ごめんね、憂君。この話はまた今度にしよう」
叔父さんはそう言って、その場からお坊さんと一緒に立ち去って行った。
俺は部屋に取り残された状態で、正座を崩す。ゆっくりと立ち上がって、背伸びをしてから、俺は叔父さんの家に帰って寝よう。そう思ったその時、
「やぁ、人間」
声が聞こえた。聞き間違うはずない。この声は——あの黒猫の時に聞こえた声だ。
辺りを見回しても、それらしき人物の欠片もない。どこにいるのか全く分からない。立ち上がり、障子をくまなく開けてみようかと思ったが、
「まぁ、そう気を荒ぶらないでよ」
「ッ! 何者だ」
この声に反響するようにして聞こえるその声は、まさにこの部屋とこの声が一体化しているようで、気味が悪かった。
「邪魔な者は追い払ったから、やっと君と一対一で話し合えるね」
「質問に答えろ。お前は何者だ。どこにいる?」
「はは、質問が増えてないかい? まぁいいや。じゃあ答えてあげるわ」
声は嘲笑うかのようにして共鳴し、ゆっくりと正体を告げた。
「僕は——神だ、人間」
- Re: 神は世界を愛さない ( No.12 )
- 日時: 2011/08/19 17:53
- 名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: hF19FRKd)
今自分の状況が全く分からない。
何故このようなことになっているのか。叔父さんの話を聞きに此処まで来ただけだ。後は帰って寝る。それで十分だ。
なのに、どうしてこんな面倒なことに巻き込まれないといけない。
一歩も動けず、和風の個室にただ一人、俺は佇んでいた。その原因は、先ほどから俺に向けて話しかけてくる、この謎の声。
「神、だと?」
俺は呟きながら、辺りを見回す。特にこれといって変化も無く、障子の傍に影の一つもない。天井を見上げても、人の目線らしきものは感じられない。部屋の中にいるということもないようだった。
だが、何だ、この変な威圧は。押し寄せられる波のように、俺はその威圧を全身で感じ、一歩もそこから動けずにいた。
どこにいるかも分からない。更にはどこにもいる"気配がない"はずなのだが、威圧のみがこの空間の中を漂わせている。
「ふふ、そうだよ」
声はまたどこからか聞こえた。場所が特定できず、辺りを見回すことしか出来ない。
「どこにいる?」
「此処にはいないよ。君の思ってる通りさ」
「お前は一体……」
「だから言ったでしょ? 神だよ、神」
相手は笑っているのか、語尾に所々笑みを浮かべているような喋り方で話している。
全く、面倒臭いことになったな。別に、こんな威圧のようなものは、関係ない。
俺は普通に歩き、障子を素早く開いた。そこには、誰もいない。しかし——外には異変が起きていた。
「夜、だったか?」
辺りは真っ暗で、夜だった。静けさが漂う、夜の中に一人、寺の中で残されているような状況だった。
薄暗くだが、周りの風景が見えるのは、真っ暗な夜空に煌く満月のおかげだろう。
何故だか、この雰囲気といい、満月といい、どこかで見たような意識に襲われるが、特に気にもせずに俺は寺の廊下を歩く。
既に威圧は無くなり、あの声も聞こえなくなったが……どうにも、時間の経過がおかしすぎる。
俺が叔父さんを訪れたのは、うろ覚えではあったが、4:30だ。今の季節、梅雨時期なので、完全な夜の時間帯になるまでには、7:30〜8:00の間ぐらいが妥当だろう。
しかし、3時間ほども此処で俺が忘れられていた、なんていうことはいくらあの叔父さんといえど、有り得ないことだろう。
一体何がどうなっているのか全く分からないまま、とりあえず神社の中から抜け出すことにする。
裏口に繋がっている観音像が祭られてある場所へと向かった。観音像の無表情の顔は、夜だと一層不気味に見えた。
叔父さんもお坊さんもどこかに消えたかのように、此処にはいない。まるで人気がなかった。
ただ、満月の光だけに照らされている神社は、怪談話様様の如く、不気味さが漂っている。
あの声の主がどこにいるのかは知らないが、俺はとりあえず叔父さんの家へと戻ることにした。
裏口のドアを開けて——出ようとしたのだが、ドアが閉まっていた。もう戸締りをしてしまったのだろうか。外側から南京錠がかかっているようだった。
「表から出るしかないか……」
考えた結果、表のあの険しい階段を下りて行くことにした。
本堂の裏口を本堂の玄関から出て、回って行くと確かに行けることは行けるのだが、その間に木々が多く生え茂っており、懐中電灯という代物も持たずにして歩ける道ではないことは見ただけで分かる。
がむしゃらに前に進めば着くことは可能なのではないかとは思うが、此処は何せ山を切り崩して建てたようなところにあるので、少しでも道を間違えると、緩くはあっても、木の枝が大量にあったりする急斜面かどうかまでは分からないが、転落することになる。その間に木々も沢山あるので、木にぶつかって怪我をする可能性も十分考えられる。
そう思うと、あの裏口の扉は役目が大きいのだろう。
「少し見えにくいな……」
表の階段へと着き、下を見下ろして見ると、奥の方は暗闇続きでよく分からない。いくら満月が光り輝いていようと、これだけ急斜面だとそこまで照らされないようだ。
人間という奴は、光体がなければ目が見えない生物だということを此処に来て思い知った。
一歩ずつ、ゆっくりと下っていくことにする。そうした方が確実で、手っ取り早くはないが、安心できるだろう。
ゆっくり、足場を確認しながら歩いていく。そうして何段かは分からないが、着実に下って行った。
しかし、後どれほど段があるのか分からないというのは不安だった。初めて此処に来た時に数えておくんだった。とか言っても、今はどうにもならない。
「ふぅ……」
ゆっくり、ゆっくり。そうして下って行き、ようやく次の足場は広々とした地面だ、と思ったその瞬間。
ズルッ、と何かが滑った音がした途端、自分の視界が揺らいだ。
目の前が一気に落ちていく感じ。これは、転んでいるのだと分かる頃には、俺は随分下へと堕落していったようだ。あちこちに痛みが走り、何箇所か打撲をしているようだった。
真っ暗な為、よくは見えないが、大分汚れてしまっているようだ。擦り傷や、切り傷による出血も多少あるだろう。
どう転んで行ったのかは分からないが、何かに滑り、転げ落ちたことは間違いない。ゆっくりと腰を上げ、立ち上がると、その視線の先には——黒猫がいた。
「お前——」
「久しぶり? ふふっ」
どうして久しぶりだろうか。声は先ほど、部屋の中で聞いていた声と同じだった。
今更だからあまり驚かないが、この目の前の黒猫が俺に向けて言葉を出している。気持ち悪く、嗤いながら。
「お前が、神か?」
声の主の正体は、やはり喋る黒猫だった。この黒猫は、どういうわけか自分を神だと名乗っている。そもそも、神がこんな簡単に人間と接触していいのだろうか。俺はそんなことを考えつつ、神と名乗っていたこの黒猫に聞いた。
「不思議でしょう? この感覚」
嗤う黒猫は、俺の言葉をスルーして話し出した。
「貴方、今までの人間とは違うわね。もっと、驚かない? 何で猫が喋ってるんだ、とか」
「別に。驚く必要はない。前に学校の廊下で二度も会った」
「あら? そうだったかしら?」
白々しい風にして黒猫は笑みを浮かべながら言う。
確かに、普通の人間ならこのような状況に、黒猫が喋る、嗤う。確かに驚くだろう。
けれど、俺にはそんなこと——どうでもよかった。
「茶番はいい。早く家に帰してくれないか?」
「帰す? ふふ、貴方気付いてないの?」
黒猫はなおも笑みを浮かべながら、ゆったりと俺の方へと歩いてくる。歩幅が小さいため、歩きながら話しを再開し始めた。
「この状況、どうみてもおかしいでしょ? 貴方はもっと明るい時間にあの部屋にいた……。なのに、今はもう夜。何が起こってると思う?」
黒猫はゆっくりとした口調で話していく。それから沈黙の間も歩みを止めず、俺へと向けて歩いてくる。
その時、俺の脳裏に叔父さんの言葉がかすめた。
『無くなったんだ。ある日、突然、パッとね』
『これを、私達人間は神隠しと呼んでいる』
もし、俺は忘れられているのだとしたら。
叔父さん達は、故意で忘れているわけじゃない。そんなことを叔父さん達がするはずもないし、第一こんだけ暗くなったら探しにも来るだろう。
もし、俺は居なくなった。いや、無くなっている状態が今まさに"この状況"なのだとしたら——
黒猫は、既に俺の目の前に来ており、ゆっくりと体は膨らみ、ゴキ、ゴキ、と音を立てながら変化を遂げていく。思わず、俺は少し後ずさり、その様子を見守った。
まるで骨が砕け、分解し、また合成されることを繰り返したような音は、段々と強くなっていき、黒猫は何かの形を作り上げる。
闇夜のせいか、それに気付いたのは、姿を変えた"黒猫だったモノ"が俺に近づいてきてからだった。
「お前は、今、この場で、現在進行で、誰にも気付かれず、忘れられ、消え去り、孤独。——そうだ、お前は、神隠しにあっているんだよ、この人間風情がッ!! あァ!?」
おぞましいほど顔を歪ませ、笑みを作っている、目の前の"女の子"は、俺の眼をしっかりと見据えながら言った。
その表情には、笑顔、歓喜の他、憎悪、殺意、罵りの含まれたような。
そんな、"人間とは到底思えないもの"だった。
- Re: 神は世界を愛さない ( No.13 )
- 日時: 2011/08/21 22:33
- 名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: hF19FRKd)
何なんだ、コイツは。
この目の前にいる、顔を歪ませた"モノ"は、俺の眼を覗き込むようにして見つめたまま、微動だにしない。
その様子に、鳥肌が少なからず立っていっているが、俺にとってそれは恐怖という存在ではなく、気持ち悪いという存在だった。
「離れろ」
俺は一言呟き、目の前のモノの眼を逆に見据え、睨みつけた。そうすると、そのモノは、甲高い笑い声をあげながら、後退していく。
黒猫から、人型になったからといって何が変わるわけでもない。ただ分かるのは、目の前のモノは、化け物だ。
「まぁ、いいよ。何を言っても、もう無駄だしね」
その化け物は、呟くようにして言った後、俺を見て、その不気味な笑顔で、
「さぁて、消しちゃおう」
不吉な予感が、俺の全身を駆け抜けた。この化け物は、俺を消そうとしている。消す、というのは、この世から除去するということか?
もしそうだとすれば、考えられるのは、殺されるということだろうか。
ゆったりとした歩調で、女の子の姿をしたその化け物は、再び俺に近づいてくる。急に、何だか心が締められるような思いがした。
「何故、俺を消す必要がある」
俺は化け物に話しかけ、何故こういう状況に陥ったのかを聞き出すことにした。
まず、物事の事の始まりを知らないと、後々から面倒なことになりかねない。自分のおかれている状況を自分で把握しておかないと、自分の知らず知らずの内に、自由を奪われていては敵わないからだ。
俺の言葉を聞いても、目の前の化け物は何も答えない。ただ、ゆっくりと歩み寄って来るだけだ。
「答えろ」
冷静にそう呟くと、途中で足を止め、再び不気味な笑いを堪えきれずに出すような形で、段々と口から漏れ始めていた。
化け物は、そのまま俺を見据え、ゆっくりと口を開いた。
「お前は、普通の人間じゃないからだ」
「何……?」
化け物の言葉に、俺は少し違和感を持った。
普通の人間じゃない。それはどういう意味があるのだろうか。俺が周りからクズ人間だと呼ばれていることと関係しているのだろうか。
「お前の無機質な心と、中に秘めた力だ。貴様は——神を扱える」
「どういう意味だ。お前が神なんじゃ——ッ!?」
その瞬間、俺は空中を舞っていた。
一瞬で化け物は俺の目の前まで来て、その勢いで俺の腹を殴り飛ばしてきた。そんな目にも見えない速度には到底敵わず、その力の向きに応じて、後方へと吹っ飛んでいくこととなった。
途中にある木にぶつかり、俺は小さく声を漏らした。
「ふふふ。お前は、神の敵だ。いや、神の食事だよ。お前は美味しい。お前のような人間はとても美味しいんだよ」
何を言っているのかわけが分からず、俺はただ、このままだと殺されてしまうことが分かった。何も成す術がない。俺はゆっくりと腹を押さえながら立ち上がると、そのまま化け物の傍から走って逃げた。どこに何があるかさえも判断のつかない、暗い道の中を。
後方から化け物の気配が感じられたが、そんなことはどうでもいい。ただ俺は、逃げなきゃいけない。そんな気がした。
そうして俺は、大きな岩らしきものの陰へと隠れた。前方を見ても、化け物の姿はない。此処は、まだ先ほどのところよりも月明かりがあり、見えやすくなっている。
この大きな陰の中だったら、何とか助かるのではないかと考えながら、化け物が来る様子を伺っていた。
「逃げても無駄よ? お前は此処から、逃げれない。助けも呼べない。ただ、孤独の恐怖に打ちひしがれ、絶望の中で"食べられるの"」
食べられる。そのキーワードが、どうにもおかしかった。
ただ殺すだけではないのか? 喰う、ということなのだろうか。
そういえばさっき、俺が美味しいとか言ってた気がする。それは、俺を喰うということ変わりないことなんじゃないんだろうか。
「ふふ、そこの岩の陰、だね」
「——ッ!?」
思わず絶句した。心臓の音が止まらない。俺は、死ぬのだろうか。
神隠しと言っていたが、これは俺を喰らうためのステージであって、神隠しは単なるそのステージを作る土台みたいなものなんじゃないだろうか。
人気もなく、誰にも知られずに、神に喰われる為のステージ。
それが、神隠しなのだろう。
目を瞑り、俺はゆっくりと死を受け入れようとした——その瞬間、凄まじい風が、上空から舞い降りてくるような気配がした。
空を見上げても、何も無い虚空。星の無い、不気味な夜空が広がっていたのだが、その中で何かが飛んでくるような感じがした。よくは分からないが、何かが来る。
「なッ!?」
化け物が声をあげたその時、ザンッ、と音がしたと思い、化け物の方を見てみると、大きく肩から一直線に化け物は——斬られていた。
「あぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁああぁああああ——!!」
凄まじい声を出してもがいている化け物は、その斬られた片腕をもう片方の腕で拾い上げ、後退していく。その後を、ボタボタという、奇妙な血の音が追っていった。
化け物を斬った者。それは、少女だった。
ショートにしている髪は漆黒。服は動きやすそうな短パンに、長袖の黒いシャツをつけている。腕には、翡翠に光るブレスレットがつけられている。その光に合わせて、手に持っている物騒な現代の技術になさそうな機械で作られた剣を持っていた。
長い刀身には翡翠色の光が灯り、その回りには機械でゴチャゴチャした部分が動力のような感じがし、手に持つ柄の部分は槍を半分にしたぐらいの長さなので、相当剣にしては長い感じがした。
刀身だけであんなに長いのに、柄もあれだけ長いと、振り回せば、それは大きく範囲が広いだろう。
「——神を名乗る罪人よ。お前の魂は、人を喰らいすぎた。力を集め、その力を世界に帰せ」
わけのわからない言葉を、少女は見た目相応の声で化け物に目掛けて言った。翡翠の光のおかげで、その少女の顔は浮かび上がるようにして見える。その少女は、とても綺麗だった。
「神殺し……ッ!」
化け物は呻くような声でそう呟いた。その表情は、先ほどの余裕染みた表情とは違う、恐怖に満ちた顔だった。
「一瞬で消してあげる」
「ひ、ひぃ……!」
化け物は後ろへ翻し、逃げようとしたが、少女はそれよりも速く化け物に詰め寄り、翡翠に光る機械の剣を大きく右に薙ぎ払った。
化け物の体は容赦なく斬られ、鮮血が飛び散る。少女には、一滴もかかってはいなかった。
そのまま、少女は倒れている化け物に対し、上から見下して、呟いた。
化け物は既に息絶えているのか、断末魔すらもあげない。体は無惨に引き裂かれ、見る影もなくなっていた。
「神殺し、完了」
少女が呟き、翡翠のブレスレットを持った手を化け物の死体の上へかざす。
その瞬間、化け物はふわっと、青白い光が灯って、静かに上空へと消えていく。その様子を終始、俺は見届けていた。
わけが全く分からなかったが、どうやらこの少女は味方らしい。俺はその少女が来たことにより、もう敵は消してくれたという気になって岩の陰から出た。だが、その瞬間、
「誰だッ!?」
先ほどの冷静な表情とは一変し、少女は俺へと喧騒を駆り立てて睨みつけてきた。
一体何なんだと思いながら、その少女に話しかけようとしたが、
「人間……? もしかして、まだ喰われてなかったのか……」
少女は怒ったような表情で俺を見つめ、そうして呟いた。
俺は何が何だか分からない状況の中、迷っていた。喰われなかった、というのはどういうことなのだろう。
この少女にとって、俺を助けた助けないはどっちでも良かった、ということだろうか。
ゆっくりと少女は再び冷静な顔に戻り、俺に向けて剣を突き出し、こう言い放った。
「お前は、見てしまった。人間がいるとは思わなかった。……神殺しを見てしまった以上、お前は殺さなくてはならない」
少女の目は、冷徹だった。
- Re: 神は世界を愛さない ( No.14 )
- 日時: 2011/08/23 20:08
- 名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: hF19FRKd)
「俺を……殺す?」
衝撃の言葉に、俺は呟いてしまっていた。
実感が湧かなかった。殺す、といわれても、あまり実感がない。言われたことがないからだ。けれど、目の前から先ほどまでは存在しなかった、自分に対する明らかな殺意が、あぁ、こいつは——俺を殺す気なのだと、理解を十分に改めた。
一歩近づかれると、一歩後ずさる。少女は剣を持ちながら、冷徹な表情で、ゆっくりと俺を見て歩いてくる。
何故俺を殺さなければならないのか。恐らく、あの凄まじく異能な力を人間という存在に知られてはならないのだろう。先ほどの化け物は、この目の前にいる俺を今から殺そうする、"一時期正義の味方"も、神という風に呼んでいた。
つまり、あの化け物は本当に神という呼称だ。そして、この少女の言う役職が——そう、神殺し。
神は、今まさに人間にとって敵であるように見えた。神殺しは、それを駆除してくれる味方……ではないのだろうか?
「何故、俺を殺す必要がある。それなら、何故神を殺した」
自然と俺は、言葉を口にしていた。
俺の言葉に、足をピタリと止め、少女の姿をした神殺しはゆっくりと口を開いた。
「神は、人間が嫌いだ。そして、私達も人間が嫌い。殺す前に教えておいてやろう。私達が神を殺す理由は——世界をあるべき日に戻す為でもある。そして、神の罪を断罪するため」
「世界を、あるべき日に……? 神の罪……?」
分からない単語だらけのことを言って、突然少女はふっと笑った。
月夜の光が、いきなり明るくなったと思えば、少女の顔はそれに照らされてとてもよく見えた。
ザザァー、と木々に風が舞い、その風に合わせて木々は揺れ動いた。少しショートな髪型を押さえ、暗闇のせいでよくは分からなかったが、三つ網に片方に結んであり、そこに通常なら首にかけるのではないかと思わしきネックレスのようなものが巻かれていた。そのネックレスの先端には、碑石のような、何か神秘的な感じのする石がつけられていた。
少女は、その碑石に月光が当たり、ほのかに表情が見えやすくもなったのだろう。
それはとても、今まで見たことないようなほど、綺麗だった。
「だから、人間。この世界は何度でも死に、何度でも孵る。私は——そんな、この世界が大嫌いだ」
その瞬間、少女はもの凄い速さで俺の目の前まで駆け抜け、そのまま右手に持った剣を振り上げ、そして大きく俺の目の前で振り下ろした。
「——人間なんて、大嫌いだ」
肩に、まず刃物が入る感覚がした。血が少し出る音を、生身で感じたかもしれない。そして次に、何故だか電撃の走るような音と、もの凄い音量の耳鳴りが聞こえてきた。
一体それがどこから鳴り、実際に届いているものなのかも分からない。
ただ、この音は、頭が死にそうになるほど痛かった。俺の視界は、その時ゆっくりと暗闇に飲まれ、一気に真っ白な世界へと閉じていった。
それから何分経っただろう。経過している時間が全然分からない。その最中、耳に誰かの声が聞こえて来る。
『あいつは、打たれ弱い。現実を受け止めず、現実逃避を繰り返すだろう。だが、向き合わなくてはいけない。あいつは、大丈夫。決して逃げるばかりじゃないさ。そう、あいつは強いから。俺は信じてるんだよ。ただ、怪我しねぇかが、親としては気がかりだがな……。まぁ、いい。辛気臭い。あいつは、俺と同じことを繰り返しそうで怖いけどな。……けど、俺もあいつも悔いは残らない。何故か? 決まってるさ。……これでも、家族だからだよ。あいつは、俺を殺そうとした奴の——』
何だ、これは。
頭がおかしくなりそうだった。突如として頭の中に流れるようにして言葉が入っていく。これは俺の記憶? いや、違う。俺はどうしてしまったんだ。頭が痛い。痛くて堪らない。こんな世界——壊れてしまえばいいのに。
「うわああああああああッ!! ああああああああッ!!」
思い切り叫んでみた。この痛みから逃れるためには、叫ばないといけない気がした。いや、叫ばないとやっていけなかった。痛みから逃れる為に、俺は叫んだんだ。
そうだ、いつでも俺は——逃げていた。今もこうして、逃げている。逃げていたら、何事も助かる。面倒なことも、全部全部。消えてしまえば、どれだけ楽か知れない。俺の闇は、こんなものじゃ消えない。
ならいっそ、俺自身が消えてしまえばどうなるんだろう。そうすることで、何か変わるのだろうか。世界は何か異変を起こすだろうか。
何も、変わらない。たった一人、俺という人間は死んでいくだけだ。死に行く生き物のスパイラルは永遠で、俺はそれに乗っ取っているだけ。
世界の、思うツボじゃないか。
「え……!」
叫び終わると、変な考えばかりが過ぎり、可笑しな気分だった。笑えてくる。何だ、この変な感情は。
そう思っていると、目の前から驚いたような少女の声が聞こえた。ゆっくりと、俺は目を開けて見た。
少女の姿は、まさに目の前にあった。目と鼻の先とは、このことを言うのだろうか。ふわっと、いい香りが鼻腔をくすぐってきた。
だが、妙に異変があったのは、少女の表情と、手に持っているはずのものがないということ。更に、翡翠の光までも消えてしまっていることだった。
「どういう……」
少女は驚いた表情で、ゆっくりと呟いていた。俺はわけが分からず、その様子を伺っていたが、先ほどの少女から伝わってきた殺気や何やらが全く感じられなくなり、力などが何もかも損失してしまっているようだった。
「お前かッ!?」
突然、少女に凄い剣幕で首元を捕まれたが、力は弱い方だった。もし、力が会ったとするならば、俺は
この場で絞殺されているのだろうか。だが、今は払おうと思えば、簡単にこの少女の細い手は払えるだろう。
つまり、この少女は——見た目通り、普通の人間の女の子にしか過ぎない状態ということだった。
「何の話だ?」
冷静を取り戻し、俺は呟いた。そうして少しの間、少女といがみ合うが、少女は己の力の弱さに気付いたのか、自分の手を見つめて苦虫を噛んだような顔をしてその手を離した。
「力が、無い……」
「力?」
「力が、全部無くなってる……!」
少女は、自分の先ほどまで持っていた力が全て無くなっていたようだった。俺も驚かずにはいられない、という状況なのだろうが、つまりは俺の命が助かったのだ。それに、力が無くなったとするならばそれはそれで話し合いというものが出来るだろう。言えば、好都合だった。
「に、に……人間になった……!?」
少女は一人、愕然とした顔で呟いた。両手で小さく、整った顔を押さえつつ、後ろ髪が一つ長く三つ編のようにされているおさげがふあっと、俺の目の前を過ぎった。
その時、俺は思い出していた。それは確か、俺を殺そうとした最中に言った時の少女の言葉。
『——人間なんて、大嫌いだ』
この言葉が、俺の脳裏の中から思い出される。少女明らかに、人間のような存在ではなかった。異能の力を持つ、神殺しとも呼ばれるほどの力を持った存在。それは明らかだった。
人間とはまた違った者という解釈が一番当てはまるのだが、姿形も、全て人間なのであまり違いも分からない。
人間を嫌っているのなら、人間ではない格好をすれば良いと思った。力を失えば、ただの人間。神のように、猫とかに変身は出来ないものか。
「ち、力、お前が奪ったんだろっ!」
「奪えるはずがないだろ。もし奪えることが出来たのなら、とっくに奪ってる」
「黙れッ! うっさいっ!」
……そっちから聞いておいて、この態度だ。けれど、それがどれだけ彼女にとっては深刻なものかが証明できた。
綺麗な艶のある髪を両手で掻き毟り、何でだと繰り返している。その様子は、見ている方では滑稽だった。
人間が大嫌いな存在が、人間になった。
どんな物語より、かなり酷なように思えてくる。
月夜は、俺と少女を光りで包んでくれた。その瞬間、神と対峙していた時にはいなかったコオロギや蛙が鳴き始めた。
「奇遇だな。——俺は、神様が大嫌いで、なおかつ、この世界も大嫌いなんだ」
俺の言葉を聞き、少女はどんな表情で見ているだろう。そんなことは気にせず、何故か笑みが零れてしまっていた。そして、次に笑い声。これだけ笑ったのも、久々なのかもしれなかった。無表情だとずっと言われてきて、クズ人間のレッテルを貼られた俺は、この時死にそうだったというのに、笑えてきたのだった。
あぁ、どうやら戻ってこれたのだろう。いつもと同じ感じが、辺りの雰囲気からして分かる。少女の姿を見ずに、俺は綺麗に光り続ける満月を見つめた。
俺は、またしても生きた。生きようとしたんだ、多分。
月明かりは、どこまでも暗い夜を照らしていた。
- Re: 神は世界を愛さない ( No.15 )
- 日時: 2011/08/22 18:41
- 名前: 紅蓮の流星 (ID: YZiYs9.d)
- 参照: トリップつけ忘れてた。死にたい。
遮犬sの作品と聞いて。ホイホイされたは紅蓮の流星にございます。
まだばーっと一回全体を見てみただけなのですが、描写が段違いに進化していらっしゃるように思います。
内容も濃密なようで。これから読ませていただくのがとても楽しみです。
更新頑張ってください、心より応援しております。
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