ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

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それはきっと愛情じゃない。
日時: 2014/05/10 22:03
名前: 柚々 ◆jfGy6sj5PE (ID: lMBNWpUb)

多くの方ははじめまして。
ごきげんよう、です


「それはきっと愛情じゃない。」は、
が受験勉強の最中にちまちまと描いていくであろう道筋のひん曲がった青春物語です。
テーマは、シリアスというよりはライトよりなのかもしれませんが、もしかするとただの恋愛物語だったりするかもしれません。
だからって複雑・ファジー板に行けって言うような目で見ないでくだ以下略。


・「自分の名前の大切さを知る物語」になる予定。きっとみんな幸せになれる。
・コメントはのメンタルを殺傷しない程度でお願いします。
・読みやすいようにある程度の改行は施してあります。
・ネチケットは守ってね。
・少なからずグロ描写がらあります。苦手な方は気をつけてください。


*


登場人物紹介 >>1(9月29日 編成・更新)

0 冒頭は悪に占拠され >>2 >>3 >>6 >>12 >>13 >>18 >>19 >>20 >>21 >>22 >>23 * >>24
1 そしていつもの月曜日? >>27 >>28 >>29 >>30 >>33 >>34 >>37 >>38 >>39(8月10日 更新)


*

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Re: それはきっと愛情じゃない。 ( No.20 )
日時: 2011/09/27 23:39
名前: 柚々 ◆jfGy6sj5PE (ID: SAsWfDzl)
参照: 私の尊敬している方との雑談を元に、会話文は構成されてます。HAHAHA!!

*


 藤間駿は一人暮らしをしている。
 中学生で一人暮らしだなんて、豆腐のくせに意外と格好良いことしているじゃねーか、という気持ちを持つのは数分で飽きた。

 トーマ宅は、一言で言ってしまえばただのおんぼろアパート。月一万三千円で住めるとか。
 金は親が郵便を伝って届けてくれるらしいが、トーマほどの背格好ならばここ周辺の八百屋でレジ打ちをしていても中学生には見られないだろう。身長が百八十を超えているコイツと並ぶと、百七十三の僕は他人から見てどうなのだろうか。兄弟とか? いや、もちろん僕が兄だろうな。トーマ見たいなふざけた奴が兄とか考えられる気がしない。

 そんなこんなでトーマ宅。
 殺風景な六畳間。窓は開いているのに蒸し風呂のような室温。壁にある意味不明な木材の出っ張りにかけられた制服。濁った白色のカーテン。古びた勉強机の上には、無数の教科書とそれにまぎれて何冊かのえっちぃ本。
 きょにゅー特集だってよ。ケッ。

「女性を胸の大きさで選ぶ奴はクズって、僕の尊敬している人が言っていた」
「おいおい。勝手に人の机の上を物色するな」
「お前は最低の人間だな」
「それは普通、女性が言う言葉だろう」
「え、トーマ知らなかったの? 僕、実は女の子なんだよ? ほら、最近やっと胸が大きくなってきたんだよ?」

 隣で胡坐をかいて座っているトーマに、四つん這いの姿勢で近づく。 
 するとトーマは呑んでいたチューハイを、器用に霧状して口から噴出した。そしてとても苦しそうに咳き込む。
 噴出されたチューハイによって、畳に落ち着かせていた僕の手が濡れたのが気に食わない。直ちにトーマのTシャツを引っ張って、摩擦で皮膚が破れそうなくらいの勢いで拭き取る。

「うわ、きったねぇーの。最悪だ、お前は最低で最悪の人間だ」
「げほ……っ、伊南ってそんな高い声出せるんだな」
「なに? 期待したの? 期待しっちゃったの? 期待させちゃってごめんね、僕は正真正銘の男だっつーの、バーカ」
「あーあ。チューハイが勿体ねぇな」
「聞けや」

 そう言ってトーマの足を蹴る。
 というかトーマ、いつの間にチューハイのデビューをしていたのだろうか。
 中学生で飲酒だなんて気が引けるけれど、少し憧れてしまうな。
 けれどそんなことできるはずがない。僕が飲酒をしているとして、それを伊奈さんが知ったら、何と言ってくれるだろうか。泣いてくれるのだろうか。叱ってくれるのだろうか。そうだったら良いな。少しでも僕のことを息子だと思ってくれていると良い。そうしたら僕も伊南さんのことをお父さんと呼べるのにな。はいはい、これも僕のキャラじゃない。ストップストーップ。
 僕が手についたチューハイを拭き終わると、それを待っていたと言うかのようにすぐに立ち上がるトーマ。これまた古びたキッチンに向かい、そこから手拭を取ってくると、畳を濡らす自分の噴出したチューハイをごしごしと噴出した。
 無駄に家庭的な一面のあるトーマである。
 ああ、もう……。何だか頭が回らないぞ。今日はダメだ。本当にダメだ。トーマのことを褒めるだなんて、どうにかしてる。全ては水野さんのせいだ。水野さんが僕に告白なんかしてくるからだ。なんで僕なんだよ、馬鹿馬鹿しい。本当にあり得ない。なんで泣かれながら告白されなきゃいけないのか、意味が分からない。本当に、気持ち悪いったらありゃしない。
 嬉しいとか思ってしまった自分が、気持ち悪いったらありゃしない。

「なぁ、トーマ」
「なんだよ」
「チューハイ飲みたい」
「お前は酒癖悪そうだから絶対にダメ。お正月の甘酒も飲んだことの無い坊ちゃんが、無理して肝臓汚すことはないだろうが」
「それ本気で言ってるのかよ」
「うん」
「……っ、お前なあ——」

 ——僕にとってお正月が、どれだけ辛い行事だか分かって言ってるのか。
 と言おうとしたがやめた。

 変わりに嗚咽が出てきたからだ。

 泣くのは久しぶりではなかった。数日前、自分が晩御飯を作る当番だったことを忘れてしまったとき。眉を下げて「気にしなくていいさ」と呟いた伊南さんを見たとき。僕は自室に駆け込んだ。伊南さんに迷惑をかけたことがくやしかった。そんな、お父さん見たいに優しくしないて欲しい。家畜のように踏みつけてもらう方が相当楽だ。
 しかし今回の涙には何の理由も無い。どうしよう、これじゃあ僕が精神不安的な人間みたいじゃないか。

「ほらよ」

 むせながら泣く僕に、冷気を漂わせるチューハイの缶が差し出された。
 僕は無言でそれを受け取る。見た目通り、缶はとても冷たくて。それを差し出したトーマの呆れ顔は暖かかった。

「それを飲んだら、今日は友人の家に泊まりますって、正義さんに連絡しとけよ」
「お、おう」
「いや、やっぱり今からしておけ。俺は酔い潰れたお前を見たことがないからな」
「……今日はアルコールデビューの日だ」
「別に祝うことじゃねぇよ。悲しいことだろ、アルコールデビューだなんてよ。それを飲んだら、もう子供には帰れないって思っておけよ」
「トーマのくせに大人ぶってんじゃねぇよ」

 チューハイの缶を開けて、とりあえず一口。
 口の中に広がるのは甘酸っぱいグレープフルーツの味。けれど、あれ。なんだろう、意外とジュース感覚でいただけるぞ。
 そう思ってもう一口。
 ああ、これは——癖になってしまう人の気持ちが分かる気がする。アルコールが入っているとは思えないほどの美味しさ。炭酸入りでとても飲みやすい。

「おいおい。そんな調子で飲むと、後で痛い目見るぜ? 酒は飲んでも飲まれるなよ」

 妙に先輩のような視線で物を語るトーマ。しかし、後で痛い目を見るのは当然だと思うので敢えて返答しない。トーマの言葉の三分の二は真実である為、僕はこうしてたまに反論できなくなる。
 さて、チューハイデビューも美味しくいただけたので、酒に酔った勢いで、トーマに相談でもしてみるとしよう。

Re: それはきっと愛情じゃない。 ( No.21 )
日時: 2011/09/29 16:31
名前: 柚々 ◆jfGy6sj5PE (ID: SAsWfDzl)
参照: 私の尊敬している方との雑談を元に、会話文は構成されてます。

「なぁトーマ」
「なんだよ」
「今度さ、ももちゃんに告白しようと思うんだ」
「いいんじゃねーの?」

 言いながら、トーマも僕同じくチューハイを飲む。けれど僕と違う所を挙げろとい言われれば、トーマは慣れた手つきでスローペースにチューハイを飲んでいるということか。

「桃瀬センセーを狙ってる男子生徒は、桐浜にはいっぱいいるしさ」
「そんなの、僕が許すわけ無いだろ。どれ、例を挙げてみろよ」
「えっとー、同じクラスの東方くん」
「誰だよ」
「同じクラスだって言ってるだろ」
「男?」
「そりゃあ男だろうよ。あと誰がいたかな……ああ、生徒会長とか」
「……えっと……待て、もう少しで名前が出てくるぞ…………」

 桐浜中学校の生徒会長は、成績優秀だが運動音痴で、列記とした男だが、果てしないくらいの女顔だ。身長は僕とそうも変わらないと思う。
 それで、生徒会長の名前。
 アルコールによってほぐれてきている脳を活性化させて、記憶を穿り出す。あー分かった。そうだ、桐浜の生徒会長の名前は。

「鬼頭くんだ」
「……名前の方は覚えてるか?」
「さぁな」
「アズサだよ。鬼頭アズサ。更に女の子っぽいだろ? 女顔の会長にはぴったりだ」
「ふぅん。じゃあ今度見かけたら名前で呼んでやろう。それで、どうやって告白すればいい?」
「会長にか?」
「ももちゃんにだよ」

 全力でトーマの足を蹴ったつもりだったが、上手く力が入らず、半ば空振った状態だったが一様膝に当たった。
 トーマの体がふらつき、持っていたチューハイの缶から中身が少しだけこぼれた。けれど近くに置いてあった手拭ですぐさま拭き取る。ああ、トーマのくせに動きが俊敏なのが気に食わない。
 そういえば伊南さんに連絡をしていなかったことに気付く。急いでポケットの中から携帯を取り出し、メールを打つ。

 こんばんわ。
 突然のことですが、友人の家に泊まることになりました。
 夕飯の当番だったのに、本当にすみません。月曜日まで泊まるつもりです。それでは。

 もちろん、件名は無題。そうして送信ボタンを押す。
 その様子を覗き込んでいたトーマが「色気のないメールだこと」と鼻を鳴らしたのでまた蹴っておいた。デジャヴュって素晴らしい。
 携帯を畳に置いて、チューハイをもう一口。
 隣でトーマが唸っているが、僕には関係の無いことなので軽く無視をする。そして本題に戻る。

「美術部の活動に出ればいいのかな」
「おうおう、頑張れ」
「もちろんトーマも、一緒に朝練出てくれるんだろ?」
「拒否権はなさそうだな」

 水野さんに告白されて、僕の心の中に張り巡らされていた蜘蛛の糸が吹き飛んだ。なぜに吹き飛んだのかは分からない。しかしこれは僕の成長と同じ。好きな人に自分の思いを伝える。結果がどうであれ、自分はきっと悔やまないだろうと予想できる。しかし予想をしたところでどうだろうか、フラれてもOKをもらっても、どちらにせよまず泣くんだと思う。成長できたことが嬉しくて泣くんだ。フラれるかそうでないかは、それを慰めてくれる人が違うってだけ。彼女ができたところで、僕の日常には何の変化もおきない。大切な人が増えただけ。
 水野さんにはお礼を言わなくてはいけない。
 泣きながらではあるが僕に告白をしてくれたことで、僕にもももちゃんに告白する勇気が芽生えた。

 好きな人に好きと伝える為の決心がついた。

 実行に移すのはいつがいいだろうか。明日は土曜日だから、美術部の部活は午後からだと思うけれど。ちなみに日曜日には活動をしていない。平日は他の部活同じく、朝早くから活動を行っている。桐浜中学校の生徒はその朝の活動の時間を、朝練と称す。今には関係の無い話だったか。
 きっとももちゃんは、久しぶりに部活に参加する僕を軽く叱って、デッサンの要求でもするのだろう。感激して泣いてくれたら、僕は後先を考えず彼女の唇を奪ってしまうかもしれない。

 僕の性癖は、泣いている女の人。

 変態としか思えない。変態はトーマだけで十分だと言うのに。

 さて。生徒会長の鬼頭くんや——えっと、とうぼう、くんには悪いが、僕は明日、ももちゃんに告白をする。
 告白の内容を考えておかなければならない。トーマにそれを聞くのはなんだかとても癪に障る気がしてくるので、心の中で考えよう。


 …………あれ。
 あ、どうしよ。
 頭が急に、重くなってきたぞ。
 一旦チューハイを畳に任せて、トーマを見る。

「なぁトーマ」
「なんだよ」
「お、お前、このチューハイに毒でも盛ったのか……?」
「できたらいいよな……あ、まさかと思うけどさ。体がだるくなっちゃってる?」
「おう」
「酒は飲んでも飲まれるなよって、忠告しておいたじゃねぇか」
「どういう意味だよ」

 頭が重くなった。
 というよりは、脳内の全ての血管が詰まってしまったような。そして額に地味な痛みを感じる。
 先ほどまでチューハイを持っていた為に、ほどよく冷えている手を額に当てる。すると、少しだけ痛みが和らいだ気がしたが、状態は変わらないと思われる。意味の分からない頭痛にどう対処を施せばいいのか分からず、畳に寝転がる。
 トーマは相変わらず薄く笑って、自分が手に持っているチューハイを僕に見せ付けた。

「つまり、伊南は酒に弱いってことだ。初心者があれだけのペースで酒を飲み続けていれば、こうなるのも仕方ない。ちなみにお前は、本当に酒に弱いみたいだから、明日は体がだるくて動きたくないかもしれないぞ」
「……あっそ」

 じゃあ明日の告白は中止で、今日はもう寝ろっていうのかよ。
 いや、言われずともいますぐ寝るつもりだけれど。

「待て寝るな。とりあえず夕飯作るから、それ食べてから寝ろ」
「だるいから、いらない」
「夕飯抜くと身長伸びねぇぞ」
「いただきます」


*

Re: それはきっと愛情じゃない。 ( No.22 )
日時: 2011/10/01 01:06
名前: 柚々 ◆jfGy6sj5PE (ID: SAsWfDzl)

*


 土曜日はトーマの家にてずっとごろごろしていた。

 別にごろごろしたかったわけではないが、頭が重いとどうも働く気が失せる。では何が僕の気力を吸い取ったのかと言うと、それはアルコールである。
 チューハイである。グレープフルーツ味のチューハイである。

 どうやら僕は人並み以下に酒が飲めないらしく、缶の中を飲み干す前に、体のだるさに耐えられずダウンしたらしい。
 僕にとっては苦いチューハイデビューだったが、トーマはそんな僕を見て「数年前の俺みたいだ」と笑った。
 その言葉に隠された意味は、トーマがもはや小学生の頃からアルコールに手を出していたと言うことだ。僕はトーマの親友という肩書きを持ちながら、そんなこと知りもしなかった。

 もしかしたら、僕が伊南さんに向けて抱えている思いを察して、気遣ってくれていたのかもしれない。

 僕が伊南さんを避け始めたのは小学校二年生からだし、トーマほど僕の近くにいてくれた人はいない。気付かれて当然だろうと思いながら。
 少しだけ申し訳なかった。それに比例して、トーマの作るご飯はどれも、ほんのりと塩味が強かった。

「非行も悪くないだろ?」
「僕にはまだ早かった」
「そうだろうよ」

 トーマはそう言って鼻で笑うが、回転の鈍くなった頭で考えることをするのはとても難しい。
 だから僕は、どうでもいい、と言うようにトーマの言葉を振り払う。しかしトーマはそんな僕を面白がっているのか、それとも勇気付けようとしているのか分からないが、すぐに返答してくる。

「でも、楽しくないか? 大人の知らないところで非行を繰り返して、若者はダメになっていくんだ」
「お前は酒を飲むの、楽しい?」
「一緒に飲む相手による」
「僕と飲むのは楽しくなかったのかよ」
「次に飲むときは、絶対楽しいと俺は未来を予知する」
「酒なんて、もう二度と飲まねーよ」

 そして今日は日曜日。

 予定も何もありゃしない、ただの暇な一日。

 昨夜は七時に晩御飯を済ませ、八時には寝入ったので、朝早く目覚めることになった。
 しかし、朝早くと言っても午前六時。
 佐久さんなどが聞いたら、そんなの普通だよ、と控えめに笑うかもしれないが僕にとっては睡眠時間に分担される時刻。

 先ほどまで寝こけていた畳から上半身を挙げる。畳が微かに軋むが、こんな小さな音でトーマが起きることもない。昨日や一昨日の頭の重さがまるで幻だとしか感じられないほどの爽快な気分だ。いつも寝起きはイライラしていて、すぐに二度寝をしているはずなのに。

 気分がいいので散歩に出かけることにした。

 トーマ宅の玄関の扉は開け閉めする度に、文字では表せないような音がするので、宿主を起こさないようにしながら部屋の外に出るのはとても高度な技が必要だった。 
 午前六時の町並み。
 昼に見る太陽とは別物に見える早朝の太陽。それが住宅街を照らして作った影に入り、極力肌が焼けないようにして、僕は徘徊を開始することにした。

 トーマの住んでいるこの地域は、一般的に『大都市』と呼ばれる場所とは打って変わって、昭和の風味が漂っている。
 築三十年はとっくの昔に超えていると予想される武家屋敷のような家々。古本屋や八百屋、駄菓子屋は当たり前のように存在し、トーマの家に遊びにくると、いつもタイムスリップした心地になる。コンビニエンスストアは古びた家と家の間に位置しており、トーマが僕に与えたチューハイは、いつもここで買っているらしい。ちなみに僕はそこへ入ったことがない。

 僕の住んでいる地域は洋風な住宅街だらけで、いかにも現代、という感じ。
 トーマの住んでいる地域と、僕の住んでいる地域は隣合わせなのだが、こうも外の風景が違うと頭がおかしくなりそうだ。
 それが楽しいのだが。

 そういえば、佐久さんもこの辺りに住んでいるとトーマに聞いたことがある。
 佐久さんほどの黒髪美人が住んでいるとなれば、この地域も本望だろう。

 木造の古い屋敷を通り越し、すぐに左に曲がる。すると、目の前に新しく広がった小道。
 そこに佇む、白いワンピースを着用した女性。女性は「あっ」と呟くと、走りにくそうなサンダルで、ぺたぺた音を鳴らして僕に近づいてくる。
 女性と僕との距離が三メートルも無くなった時。

 僕はようやく、その女性が佐久さんであることに気付けた。

「おはよう、伊南くんっ」

Re: それはきっと愛情じゃない。 ( No.23 )
日時: 2011/10/01 23:31
名前: 柚々 ◆jfGy6sj5PE (ID: SAsWfDzl)
参照: (^ω^)キャラが安定しないのが最近のお悩み。

 早起きは三文の得。
 ならば僕にはあと二文、何かがあるってことだな。

 満面の笑みを浮かべながら、僕の正面で立ち止まる佐久さん。今まで風に揺れていた佐久さんの髪が、しなりと下を向く。日陰に隠れて一切光は当たっていないというのに、彼女の黒髪は艶を放ち続ける。
 僕もほんのり笑いながら佐久さんに挨拶を返す。

「おはよう、佐久さん」
「伊南くんは東街道に住んでいるんでしょう? なんで西街道にいるの?」
「金曜日からトーマの家に泊まってる。まさかこんな所で、自分の天敵に会うなんて思わなかったよ」
「天敵はよしてよ。私達、『まこと』同士の友達なんだから」
「『まこと』同士だから天敵なんだろ。少なくとも僕は、生涯、佐久さんのことを間琴って呼ぶことは無いよ」
「私はいつだって、伊南くんのことを誠って呼びたいわ。なのに、伊南くんが許してくれないから……」

 僕にとっては処方箋に近い自分の名前。苦しい時に名前を呼んでもらえれば、それだけで回復することも多々あった。
 けれど彼女は自分の名前にコンプレックスを抱いている。佐久、間琴と言う名の彼女は初対面の人間にまず、佐久間、琴さんだと間違えられる。彼女は十四年生きていて、「佐久間さん、始めまして」「いいえ私は佐久ですよ」という対話を何回繰り返したのだろう。きっと嫌になるほど彼女は首を横に振ったはずだ。けれど彼女は、自分に理不尽な名前をつけた両親のことを一度も憎いと思ったことはないのではないか——いや、思えないのかもしれない。彼女は優しすぎて眩しいくらいの善人だから、有り得る話ではある。たった二年の付き合いだが、それくらい僕にでも分かる。
 僕の沈黙によって強制終了された会話。
 気まずい雰囲気に耐えられず、僕は佐久さんに話を持ち出す。話というか、ちょっとしたお誘いかな。

「一緒に歩かない?」
「なんで急にそんなこと言うの? まさか、酔い覚まし?」
「えっ……」
「冗談よ」

 くすくすと笑う佐久さん。

「伊南くんったら、ジョークの通じない人なんだから」

 本当に容赦のない女の子だと思う。
 佐久さんは、僕が非行少年だと知ったらどうするのだろう。鼻で笑うだけなのか、それとも、容赦なく僕を追い詰めて叱ってくれるのだろうか。
 そんなことを考えたって、どうせ口にしないことは分かっているはずなのに、ふと思い込んでしまった自分が少しだけ馬鹿馬鹿しかった。

「伊南くんは西街道のこと、詳しくはないんでしょう?」
「まぁな」
「じゃあ私が案内してあげる」
「あ、いや、やっぱいいや」

 言い終えて、すぐに佐久さんから目線を逸らした。
 そうしないと、悲しそうに歪んだ佐久さんの表情が見えてしまうからだ。

 自分から誘っておいて、それの話にのってきてくれた彼女の提案を断るなんて、僕は最低の人間だ。けれど大丈夫、これで僕と佐久さんの関係が崩れることはない。僕と佐久さんはいつだって敵通しなんだから、馴れ合いやおふざげはごめんだ。場の空気に流されてそれを忘れてしまった自分を後でこっぴどく叱っておくことは決定した。
 それと、彼女の提案を断った理由はもう一つある。それは、明日、僕がももちゃんに告白をするということを佐久さんに伝えておきたかったのだ。女の子の佐久さんなら、男子に言われて嬉しい言葉などを一つや二つ持っているはずだし、それを明日の告白に使用しようと思った。
 僕は早速、新たに話を切り出す。

「実はさ、あの、相談にのってもらいたくて」
「相談?」

 しぼんだ声が返ってきた。
 すると胸がちくりと痛んだ。
 僕は続けた。

「明日さ、とある誰かに告白しようと思ってるんだ」

 天敵に相談をするなど、自分は本当に何をしているのだろうか。
 語っていることが矛盾していそうで怖い。
 けれど前に語ったように、佐久さんは天敵の以前に僕の大切な友達。きっと親切に請け負ってくれるだろうと考えた。 
 しかし。
 その考えは甘かった。


「や……やだ」


 まさかそんな言葉が佐久さんの口から飛び出してくるなんて考えやしなかった。僕はとても驚いた。驚いたというより、信じられなかった。だから即座に佐久さんを見て、また、

「ぜ、ぜったい、やだ……そういうのは、女の子に相談しちゃいけないよ、伊南くん」

 口元を尖らせ、明らかに『嫌だ』と表情が語っている。
 善人の裏面を除いてしまった僕は、後悔という概念が渦巻き始めた頭を何とか回転させて、頭をぺこりと下げる。

「そ、そうだよな。ごめんな。あはは、ごめんごめん」
「あっ! あ、えっと、ううん、やっぱり私、相談のろうか?」
「いいよいいよ。本当、いいよ」

 じゃあ、と呟いて、踵を返す。
 そうすることによって強引に佐久さんと別れた。
 道を抜け、そこに入るまでに歩いていた木造の古い屋敷が建っている道に出た。
 焦りを隠すことができないまま、早足にトーマ宅へ帰ろうとした瞬間。

「伊南くんっ!」

 背中の向こう側から、僕を呼ぶ声が聞こえた。

「わたし、かってなこと言っちゃったね、ご、ごめんね」
「……二度と!」
「へ?」

 拭きかえり際に、僕も大きな声を出す。近所迷惑だなんて、しらない。
 とりあえず佐久さんを安心させておかなければならない、と本能が自分に語りかけ、ほとんど何も考えずに叫んだ。

「二度と、こういうことが無い様にしような!」

 言い終えた瞬間、僕は走り出していた。その言葉が更に彼女を傷つけていたらどうしよう、という感情が溢れて、いてもたってもいられなくなった。つまり、逃げ出した。女の子を泣かすのは良くないことだと、分かっていたはずなのに。

 僕は格好悪く、その場から逃げ出した。
 ペースを崩すことなくトーマ宅まで駆けた。


 だから、佐久さんの返事は聞こえなかったんだ。






* 0 冒頭は悪に占拠され〜おしまい

Re: それはきっと愛情じゃない。【序章完結】 ( No.24 )
日時: 2011/10/03 22:52
名前: 柚々 ◆jfGy6sj5PE (ID: SAsWfDzl)
参照: (^ω^)とある誰かを本気で好きになってしまったことが最近のお悩み。

* 0 冒頭は悪に占拠され〜あとがき

 皆様、ここまで読んでくださって本当にありがとうございます。
 この文章を、この瞬間、私の知らない誰かが読んでくださっていると思うと、本当に嬉しいです。
 胸が躍るとはまさにこのことなのでしょうね。
 ……はい。そこで皆様に知っておいて欲しいことが1つ。

 『0 冒頭は悪に占拠され』は、序章だと言うことです。

 はい、私も忘れておりました。でもちゃんと『0』って書いてありますもんね! ……あははどうしよう。
 実に長い序章でしたが、お付き合いいただき本当にありがとうございました。
 ということで、作中にでてきたけれど何の解説も無かった用語について、ちゃんと説明したいと思います。

 * 僕は生まれてすぐに駅のコインロッカーに捨てられた。
     つまりはコインロッカーベイビーですね。
     コインロッカーには換気口もないですし、その中で息絶えてしまった命も多くあります。
     その中で作中の主人公は生き残ることができました。それは、いずれ彼の父親となる第三者の存在のおかげ。
     主人公は第三者の手によって起こされた奇跡に沿って生きているということですね。

 * 桐浜中学校
     きりはまちゅうがっこう。地獄の万年坂と言われる坂を下ったところにある。全生徒数二百五人。
     ももちゃんこと、桃瀬璃央が2年B組の担任を任されている。制服はセーラーだが、可愛らしいと女子に評判。

 * 地獄の万年坂。
     じごくのまんねんざか。
     地獄絵図に出ていてもおかしくないと、先祖代々、町のおじいちゃんおばあちゃんから語り継がれる坂。
     斜面二十五度。もちろん、地獄の万年坂は愛称で、ちゃんとした名前があるらしいがあまり知られていない。

 * ボストンバッグ
     桐浜中学校は学生鞄と、万が一教科書が入りきらなかったり体操服などの持ち物があったりする場合は、
     サブバッグとして「ボストンバッグ」の使用が許可されている。
     しかし本作の主人公はその規則にのっとらず、普段から、ボストンバッグを使用している。

 * ボンジュール
     フランス語で電話をする時、「ボンジュール?」と相手に言うことがある。
     これは日本で言う「もしもし」や、イギリスなどで言う「ハロー」に同じ。

 * フレンチジョーク
     あるのかそんなもの。造語かもしれない。

 * チューハイ
     未成年は飲酒禁止。お酒は20歳になってかららしい。自分も最近知りました。

 * 東方くん
     とうぼう-くん。イントネーションは、とう(↑)ぼう(↓)である。

 * 東街道-西街道
     東街道は、本作の主人公が住んでいる地域。西街道は、藤間駿が住んでいる地域。
     ちなみに桐浜中学校のある地域を北街道と言う。南街道は存在しない。
     どちらにせよ全て「街道」という名の地域なのだが、範囲が広すぎるために名称だけが、三つに分けられた。
     
 こんな感じですかね。まぁこんな文の為にスレを上げてしまって申し訳ないです。
 そんなこんなで、ぐたぐたと長ったらいあとがきでした。それでは、


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