ダーク・ファンタジー小説

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〜竜人の系譜〜
日時: 2013/03/30 21:54
名前: Towa (ID: 6Bgu9cRk)

皆様はじめまして!

『〜竜人の系譜〜』は、御砂垣赤さん、
幻狼さん、瑞葵さん、Towaによる合作小説
です。

頑張って書いていきたいと思いますので、
どうぞよろしくお願い申し上げます(*^^*)


〜目次〜

†登場人物・用語解説†
>>1

†序章†『竜王の鉄槌』
>>2 >>3 >>4 >>5 >>6

†第一章†『導と手段』
>>7 >>8 >>9 >>10 >>11 >>12 >>13
>>14 >>15 >>16 >>17 >>18 >>19 
†第二章†『路と標識』
>>20 >>21 >>22 >>23 >>24 >>25
>>26 >>27 >>28 >>29 >>30 >>31 >>32
†第三章†『竜と固執』
>>33 >>34 >>35 >>36 >>37 

Re: 〜竜人の系譜〜 ( No.23 )
日時: 2013/03/27 10:43
名前: Towa (ID: YzSzOpCz)



  *  *  *


「すっげぇ、海だ!」
 モーゼル街へと続く城門をくぐりながら、フィオは言った。
これまで海など見たことがなかったのだろう、食い入るように海を眺めている。
「うん、僕も北の方の海は初めてだな」
そう言いながら、キートも真っ青な海に感嘆の声を上げた。

 交易が盛んなここ一帯の街では、船の行き交いが頻繁なため城門を潜ればすぐ眼下に海をおくのである。
ただし、街の中心部へと行けば海など見えない。
あくまで海が見られるのは、他国の船を迎えるこの城門近くの船着き場と、街の最北端に位置するモーゼルからの船を送る船着き場だけだ。

「北の海ってこんなに濃いんだね」
 キートが感心したように呟く。
南の海は、青というよりもはや緑に近い色だ。
北の海独特のこの深い青みは、新鮮だったのだろう。
「でも、さすがにちょっと肌寒くなってきましたね。海の近くですし……」
外套を被り、スレインが目を細める。
世界全体で見たら、モーゼルなど少し北に位置するだけで雪も降らないような土地なのだが、朝方海の方から流れてくる潮風は、確かに冷たかった。

 宿屋を見つけて、もう使わないからと馬を引き渡し、辺りを見回す。
しかし、道から見下した白い砂浜には人が全く見当たらない。
この時期だと、街の中心部では海の恵みに感謝する漁港ならではの祭りが行われているため、人々は一時的に中心部へと移っているのかもしれない。
だがその間にも、他国とのやり取りは欠かせないはずだ。
それなりの賑わいを見せていていいのにも関わらず、先程から妙な静けさが漂っている。
「なんか、妙に静かじゃないか?」
「そうですね」
スレインも眉をひそめ、砂浜に向かう。
しかし、そこにも見事に人はいなかった。
「……本当に、誰もいませんね」
スレインは、驚いたように辺りを見回し呟いた。
「……まあでも、仕方ないね、これじゃあ」
「そうだな、納得」
「…………?」
しかしそれに対して、腕を組んだ少年二人は苦笑していた。
その訳が分からず、スレインは首を傾げる。
「納得、とは?」
「この海、なんかいる」
目の前の海からは、嫌な気配が漂っている。
何が、とは言い切れないが、明らかにこの海面だけ淀んでいる。
それも、広範囲に渡って。
その気配を、フィオとキートは感じ取ったのだ。
「おい、キート、お前水使えるだろ?なんとかして中にいるやつ引きずり出してくれ」
「こんな広範囲で魔力使ったら倒れちゃうよ。それより君が雷で感電死させて。水は電気を通すんだから」
「それは引きずり出してからやるんだよ——と」
軽口を叩き合っていた二人の声が、 不意に止まった。
「……来た」
そして、フィオとキートは各々剣を抜く。
すると、凄まじい轟音と共に、二人の目の前に、巨大な何かが海の中から湧き上がった。
押し寄せてきた波に、三人は慌てて後退し、そして目を見開いた。
「これ……!」
「クラーケンですね」
スレインが呟く。
毒々しい紫色の触手をうねらせながら姿を現したのは、巨大なイカのような生物、クラーケンだった。
もはや海水なのかやつの体液なのか分からないものを飛ばしながら、確実にこちらの存在に気づいているようだ。
「ほら、フィオ。出てきたよ、雷雷!」
そう言いながら隣にいるフィオの肩をばしばしと叩いて振り向き、キートは首を傾げた。
フィオが、蒼い双眸を見開いて、硬直していたからだ。
「……フィオ?」
普段なら、魔物を見ると真っ先に先陣切って飛び出していくはずのフィオが、全く動かない。
目の前では、クラーケンが今にも襲いかかろうと、無数の脚を海面に打ち付けてこちらを睨んでいるというのに。
「……うっ」
「う?」
「うぎゃぁぁあぁあ!!」
「え!?」
叫ぶなり、踵を返してクラーケンとは反対方向に全力疾走を始めたフィオを、スレインとキートは呆然と眺めた。
しかしすぐ側に風圧を感じて、キートは反射的に飛び退く。
だが空を切ったクラーケンの触手は、再び別方向からキートを狙った。
それを何とか避けるが、そこへ追い討ちをかけるように新たな触手が襲いかかった。
「——くっ」
瞬時に水の集合体を作り出し、触手を弾き飛ばすが、水魔法では海の生物に致命傷など与えられない。
今回は、雷の——フィオの力がなければ難しいだろう。
「スレイン!!」
「は、はいっ」
キートはスレインの腕を掴むと、一度大量の水塊を喚んでクラーケンの触手を全て跳ね飛ばすと、フィオを追って浜辺に疾走したのだった。

「はぁっ、はぁっ……」
「わ、悪い……」
荒い呼吸を繰り返すキートとスレインを見て、フィオは申し訳なさそうに言った。
「な、なんで……げほっ」
「だって、あれ!!あんな気持ち悪いの見たことない!!」
フィオは吐きそうなほど顔を青くし、そう言い捨てた。
「なんかうねうねしてるしべちょべちょしてるし!!何あの触手!?にょろにょろうねうねーってさぁ!!頭おかしいだろ、うえっっ!!悪魔だ悪魔!!」
「悪魔って……。フィオ、そんな風に悪く言うのは——」
「じゃあなんだ!!スレインはあれが好きなのか!?」
「いやそういうわけじゃないですけど……」
道中、それこそ気味の悪い虫の魔物などには何度か出くわしたのに、クラーケンのみが駄目とは……いまいちフィオの感覚が分からない。
「それにしても……なんであんなところにクラーケンがいたんだろうね」
「そう、ですね……クラーケンが街を襲うなど、聞いたことがありません」
「お前ら、まさかあの浜辺に行ったのか?」
背後から聞こえてきた声に、三人は振り返った。
「ええ、行きましたが……」
「そりゃあ、よく無事だったなぁ」
喋りかけてきた男は、どうやら街の人間らしかった。
この地域の漁師達がよく着る、麻服を身に付けている。
「あのクラーケンは、あそこに住み着いているのですか?」
「そうだよ」
スレインの問いに対し、男は頷いた。



「3日前か。突然あいつが海に現れて、それ以来ずっとあそこにいるのさ」
 地元民である男に連れられ、三人は街中の酒場で話を聞いていた。
「今は祭りのこともあって、たまたまあそこにいた人間は少なかったんだが……10人は喰われたな」
「うぇえ」
あのクラーケンに人間が食われる様を想像したのだろう、フィオは再び吐きそうになり口を手で覆った。
「そんなわけで、当然のことだが、あそこには誰も近づいてない。流石のクラーケンも陸地には上がってこないし、とりあえず街の中心部にいれば安全だからな。まあ、船は迎えられないし漁はできないしで、困ってるのは事実だが」
「なるほど」
スレインが、深刻な表情を浮かべて答えた。
確かに、10人も犠牲になっているとなると事態は深刻だ。
それに、まだクラーケンが住み着いてから然程経っていないからいいものの、今後あの船着き場が使えないとなると民衆の生活にも支障が出てくるだろう。
その割に、祭りの前だからか、街全体はそこまで落ち込んでいる様子もなく、むしろ普段通りの活気を見せているが。

 しかし、そんな活気などスレインの耳には届いていなかったらしい。
何か意を決したように立ち上がると、彼女はしっかりと男の手を握る。
「……分かりました。あのクラーケン、私達が退治しましょう!」
「は?」
「え?」
「……!?」
驚きの声をあげた男、キートに対し、フィオはもはや声もあげなかった、いや、あげられなかった。
「いや、でもよ、危ないし——」
「困っていらっしゃるのですよね?」
「ま、まあ……」
「でしたら退治します!」
あたふたとする他三名を余所に、半ば強引に話を進めるスレイン。
その押しの強さにに、男は「じゃあよろしく頼む」と答えるしかなかった。
そしてスレインは、その答えに深く頷いたのだった。

Re: 〜竜人の系譜〜 ( No.24 )
日時: 2013/03/28 09:21
名前: Towa (ID: 6kBwDVDs)


「嫌だ。あのうねうね野郎ともう一度会うなんて、絶対嫌だ」
 酒場を後にした三人は、嫌がるフィオを引きずり再びあのクラーケンのいる砂浜へと向かっていた。
「でもフィオ、この街の人達はものすごく困っていらっしゃいます。助けてあげたいとは思いませんか?」
「そ、そりゃ思うよ……相手があいつじゃなきゃな」
「フィオ……竜を倒した貴方が、あんなクラーケンに臆する必要などありません」
「…………」
いつになく力説するスレインに、フィオははぁ、とため息をついた。
なんだかんだでやはり彼女は強かだ。
フィオも気が強い方ではあったが、彼女の言うことを覆せたことは、これまで一度もない気がする。
「……じゃあキート、お前がやれよ」
「僕のは水魔法だから、海の生物に致命傷は与えられないよ。とどめは君しかさせない。だからフィオ、一緒に頑張ろう!」
「フィオ、お願いします……!」
自分を見つめてくる二人の目に、フィオは思わず黙りこんだ。
キートの目に至っては、確実に面白がっているというかこの状況を楽しんでいる非常に胡散臭い目だが、スレインのに関しては懇願の目だ。
フィオは、スレインのこの目に弱い。
そもそも勝手に「退治しましょう」とか言い出したのはスレインであるし、フィオに一切責任はない。
それなのに、これを断ると何故か自分が悪者になったような罪悪感に襲われるのだ。

 フィオは、本日何度目か知れぬ大きなため息をついた。
それから吹っ切れたようにずんずんと前に歩いていく。
「だぁっ!!もう、分かったよ!!やりゃいいんだろ!!」
「ありがとうございます!」
後ろから、スレインが礼を言う声が聞こえたが、フィオは振り向きもせず例の砂浜へと向かった。



  *  *  *



 黒髪の女性、青髪の少年、銀髪の少年、この三人が酒場から去ってからも、男はぼんやりと昼食を食べていた。
なんとなく声をかけただけだったのだが、まさか退治しますなどと言われるとは思っていなかった。
(……なんか、申し訳ないことしちまったかなぁ)
実際、彼らは一度クラーケンから逃れてきたと言っていた。
子供と女性、という組み合わせからしてあまり強そうには見えなかったが、もしかしたら本当は……などという淡い期待を寄せて、退治するという申し出に思わず頷いてしまった。
しかしそのせいで彼らがクラーケンの餌食になったら——そう考えると、ふつふつと頷いてしまったことへの後悔が湧き上がってくる。
すると、ふと後ろの席に座っていた男が声を掛けてきた。
「おい、あんた。さっきの話、ちょっと聞こえちまったんだけどよ。もしかしてあの三人組、本当にクラーケン倒しに行くのか?」
「あ、ああ」
「なんでそんなこと言ったんだよ!どうせ明日には、サーフェリアから竜人様がクラーケン退治に来てくださるんだぜ?」
「なっ、えっ!?そうなのか!?」
驚きのあまり、思わず立ち上がる。
サーフェリアの竜人ならば、あんなクラーケン瞬殺だろう。
それも明日来てくれるなら、クラーケン退治など今更誰かに頼む必要もなかったのだ。
「はぁ、やっぱあの三人がいるときに声かけとけばよかったなぁ……てっきり冗談かと思ってたからよ。お前、昨日の町長の話聞いてなかっただろ?」
「す、すまん……寝てたかもしれん」
「ったく……昨日街に寄ってったなんか陰薄い感じの兄ちゃんがサーフェリアの人だったらしくてな、その伝で竜人様に依頼したんだよ」
「でも、なんでサーフェリアが……?ここは一応リベルテ領だろう?ほとんど独立状態だけど」
「馬鹿っ!!リベルテは消し飛んだばっかだろ!!」
その言葉に、男ははっとして口をつぐむ。
「じゃ、じゃあやっぱり……リベルテは……」
「さあ、詳しいことは分からん。とにかく!!あの三人止めるぞ!!あいつらまでクラーケンの犠牲になったら洒落にならん」
「あ、ああ、そうだな、すまない」
「二人で行くのは危険だ。そこら辺の漁師連中かき集めろ」
二人の男は立ち上がり、金を机の上に叩きつけるようにして置くと、酒場の外へと走り出た。

Re: 〜竜人の系譜〜 ( No.25 )
日時: 2013/03/27 17:28
名前: Towa (ID: te9LMWl4)




  *  *  *



「……よ、よし、いいいくぞ!」
「うん」
「頑張ってください!」
 例の淀んだ気配が最も濃い場所の前に立ち、フィオは言った。
その横で、特に緊張した面持ちを浮かべるわけでもない、キートとスレインが頷く。
「じゃ、じゃあまずお前!」
「ぷっ、フィオ、本当に大丈夫?声震えてるよ」
「うるせぇ大丈夫じゃねぇよ、いいからやれ!」
戦う前から既にパニック状態のフィオに苦笑してから、「わかったよ」と答えるとキートはさっと腕を持ち上げる。
そしてそれを、一気に降り下ろした。
すると、その降り下ろした腕と連動して、海面が何かを叩きつけた時のように水しぶきをあげる。
その次の瞬間、海面が表面張力で盛り上がり、派手な飛沫をあげて弾ける。
そして衝撃で姿を現したクラーケンに、三人は改めて息を呑んだ。
「来た……!」
フィオが唇を舐めた。
そしてキートと目配せすると、吐きそうな衝動を抑え剣を抜き走り出る。

 クラーケンが煩わしげに咆哮した。
ビリビリとした衝撃が水を波立たせる。
「フィオ!!触手は全部防ぐから、君は攻撃に専念して!!」
雨のように降り注ぐ触手を、全て水塊で弾き飛ばし、キートは叫んだ。
口を開くと吐きそうだったからだろうか、フィオは返事をしなかったが、どうやら言葉は伝わったらしい。
今まで剣で触手を切断していたのを止め、さらにクラーケンに突っ込んでいく。
そして、クラーケンの額目掛けて、高く跳躍した。
「おらぁっ!」
フィオは、吸い込まれるようにしてクラーケンの眉間に剣を突き立てた。
クラーケンはそれに絶叫し、体を捻らせ無数の足で海面を叩く。

——力を出しすぎずに、一点だけに集中して……!

フィオは、かっと目を見開くと、剣を握る腕に力を込めた。
「——いけっ!」
と、次の瞬間、クラーケンの眉間から、凄まじい閃光がほとばしる。
その雷撃はまるで、生き物のようにクラーケンの全身をのたうち回り、覆い尽くした。
今までとは比べ物にならない断末魔をクラーケンが発し、もがこうとする。
しかし、もはや触手を動かす力もないのだろう、くたりとしてほとんどの動きを停止させている。
それ故水塊を作る必要もなくなったキートが、灰と化していくクラーケンを見た。
「これは……炭になっちゃうだろうなぁ」
その呟きが、聞こえたのだろうか。
クラーケンが、最期の一撃と言わんばかりに全身を震わせた。
「どわっっ……!」
その衝撃に、フィオはクラーケンの体から剣ごと振り落とされる。

——ゴォォオォオオ!!

「フィオ!大丈夫?」
「あ、ああ」
砂浜へと落下したフィオを、キートが起こす。
しかし次に顔をあげたとき、二人はその光景に絶句した。
「な、波が……!」
クラーケンが体を震わしたことにより生じた大波が、こちらに迫ってきていたのだ。
クラーケンの体は、炎の中で燻ってその巨大な波に飲まれた。
その大波が、砂浜まであと数メートルのところまでに近付く。
フィオは舌打ちして、目をぎゅっと瞑った。
(くそっ、どうすれば——!)
すると、呆然とするフィオとキートの腕が掴まれ、ぐいっと引っ張られた。
「こっちです!!」
そうしてスレインについて走ると、その先にはこの街の漁師らしき人々が、
巨大な堤防に掘られた穴から顔を出して大きく手招きしている。
「津波用の避難場所だ——!」
「早く入れ!!」
穴の扉を空けている男の一人に、無理矢理突っ込まれる状態で穴に放り込まれる。
すると、波が襲いかかる寸前、その扉は勢いよく閉められた。

 外から凄まじい轟音がする。
波が、堤防に襲いかかっているのだろう。
その音が止むまで、堤防に掘られた穴の中、誰一人として口を開く者はいなかった。




 どれくらい時間が経っただろうか、ようやく外が静かになったとき、男が穴の扉を開けた。
そこからふっと入ってくる冷たい潮風は、この密閉空間で缶詰状態になっていた体を冷やすのに、ちょうどよかった。

 穴の外に出ると、すでに波は引いていたようだった。
辺りには海藻やら魚やらが打ち上げられており、側で苦しそうにびちびちと跳ねている魚を、なんとなく哀れに感じたフィオは、それを掴むと海に投げた。
「本当にありがとうございました。貴殿方がいなければ、私達は波に飲まれているところでした」
沈黙を破り、第一声を放ったのはスレインだった。
穴まで誘導してくれた漁師達に、深々と頭を下げている。
「いやいや、何言ってるんだ!礼を言うのはこっちだよ、まさか本当に倒しちまうとは……はは、たまげたたまげた」
そう言って笑うのは、酒場で話した男だ。
「ところで、お前たちはもしかしてサーフェリアから来たのか?」
「いいえ、違いますが?」
別の男からの問いに、なぜそんなことを聞くんだろうとスレインが首を横にふると、数人の男達は顔を見合わせ、それからちらちらとフィオやキートのほうを見ている。
おそらく、先程の戦闘を見ていたのだろう。
「と、とりあえず、今日はここに泊まってってくれ。もちろんタダでいい」
「え、いいのですか?」
「当たり前さ。それくらいの礼はさせてくれ!」
そういって、笑顔で頷き合う漁師達。
それに対しスレインは再び礼を言うと、少年二人の方へと振り返る。
「疲れたでしょう?もう夕刻ですし、そうさせて頂きましょう!」
「うん、そうだね」
「ああ、そうだな……」
フィオは、これまでの戦いにより、もうほとんど魔力を使ったあとの気だるさに悩まされることはなくなっていた。
竜の血が大分体に馴染んだのか、あとキートから魔力量の調整方法を学んだおかげもあるんだろう。
そのため、今も疲れはあまり感じていない。
しかし、考えたくもないが、あのクラーケンの体液のせいで今フィオとキートは若干ぬめっている……。
それを早く洗い流したい気持ちはあったため、宿に行こうという提案に全力で頷いた。




「それでは皆さん、ありがとうございました」
 翌朝、フィオ達一行は漁師達に礼を言うと、そのまま宿を出た。

「今、この先でお祭りやってるから、楽しんでよ」
「お前達がクラーケン倒したんだって?いやぁ、すごいね」

通りすがりに町人達に次々と声を掛けられ、三人はもはや有名人状態であった。
どうやら、昨日の噂が一気に広まったらしい。
「祭りかぁ……美味いものあるかな」
「まあ、あるんじゃない?出店とかも並んでるだろうし」
「サーフェリアへの船は、明日の昼頃に出るそうです。それまではお祭りを楽しむのもいいかもしれませんね」
三人は微笑み合って、モーゼル街の中心部へと向かった。

Re: 〜竜人の系譜〜 ( No.26 )
日時: 2013/03/27 17:29
名前: Towa (ID: te9LMWl4)



  *  *  *


 モーゼル街最南端の海に突如現れた魔物、クラーケン。
それが葬られてから一日後。
彼はやってきた。
「失礼」
音を立てて町長の部屋へと入ってきた焦げ茶色の髪をもつ少年に、町長とその周りを取り囲んでいた漁師達がびくりと反応した。
ちょうど今、クラーケンの一件を目の当たりにした漁師達が、町長に詳細を説明していたところだったのだ。

 サーフェリアの象徴である竜の飾りを胸につけた少年は、手を顔の前で合わせ軽く頭を下げる。
その顔は若干幼さを残しているものの、瞳は鋭く、狙いを定めた猫を彷彿とさせた。
「お初にお目にかかる。私は、サーフェリア国王陛下直属の宮廷魔導師リーク・ラントレイ。沖にクラーケンの出現を確認したと聞いた。詳しくお教え願えるか」
はっきりとした声音に、皆一様に身を固め、視線を町長に向けた。
その視線を感じ、町長は慌てて一歩前に出ると一礼する。
「も、申し訳ない、宮廷魔導師様。実は……その……折角遥々お越しくださったのだが……クラーケンはこの街にはもういないのだ。昨日訪れた旅人三人が、退治して下さって……」
「……旅人?」
リークが、訝しげに呟いた。
「そうです。私めは直接見ていないのですが……黒髪の女性、あと青髪と銀髪の少年だそうで……」
町長は、とにかくへこへこと頭を下げながら説明した。
街にとっては、早くクラーケンを倒してもらう分には有り難いことだった。
しかし、遥々海を越えて来てもらったのに「クラーケンは別の人に倒してもらっちゃいました」なんて言うのは、無礼極まりないことだと考えたからだ。
ましてかの有名なサーフェリアの宮廷魔導師だ。
無礼を働くなど許されることではない。
そう思い、内心ひどく焦っていた町長達であったが、リークから返ってきたのは思いの外あっさりとしたものだった。
「そうか。解決したならば良かった。今後も何かあったら言うといい」
「あ、ありがとうございます!」
その言葉に、町長は安堵したように息を吐き、よりいっそう深く頭を下げた。
「それより……その旅人というのは、クラーケンをどう倒したんだ?剣か?」
リークは、眉を寄せて問うた。
クラーケンを倒したという旅人の素性が、少し気になったのだろう。
すると、それに関しては町長よりも実際に見た自分達が説明した方が良いと、漁師達のうち一人が一歩前に出た。
「な、なんか、竜人様だったようで、魔法を使ってました……その、サーフェリア王国の竜人様ではないのですよね?」
「ああ、こちらには青髪も銀髪もいないからな。黒髪の女というのも……まあおそらく違うだろう……そうか、竜人か……」
リークは、顎に手をあてぶつぶつと何かを呟き考えている。
その様子をただ見つめながら、しばらくして町長が何かを思い出したよう再び口を開いた。
「と、ところでその……リベルテ王国の件について、何かご存知ではないでしょうか?このモーゼル街は、ほとんどリベルテ王国とは関わっていませんでしたが、一応あの国の領土です。しかし、噂によればリベルテは完全に滅んでしまったと……私達はどうすれば……」
たどたどしい口調で言いながら、町長は俯いた。
モーゼル街は昔よりリベルテ王国の領土であった。
しかしリベルテの軍事体制が本格化してからは、国全体を城壁で囲み閉じ籠るような体制をとったため、リベルテから距離のあるモーゼル街は取り残され、名目上の領土というだけの状態を続けてきたのだ。
だが、いざどの国にも所属できていないとなると、今回のような魔物の襲撃等も含めどの政府に頼れば良いのか分からなくなり、非常に困る。
今回も、リベルテ王国が一体どうして滅びたのかも分かっていなかったため、本当にどうすればいいのだろうと頭を悩ませていたのだ。
「ああ、それならば俺の前に来たやつに聞いてないか?」
「と、いうと……その三人の方々のことですか?」
「いや、違う。もっと前に来て、クラーケンのことをサーフェリアに伝えたやつだ。その……なんか全体的に色が薄くて弱そうなやつ」
リークの表現に思わず笑ってしまいそうになった町長だったが、それを飲み込むと、少し考え込んでから首を横に
振った。
「い、いえ……あの方は、ただクラーケンがいるならサーフェリアの竜人に退治させましょうと、それだけで……。かなりお疲れのようだったので宿にお泊まりになるよう申し上げたのですが……急ぎなのでと、早々に去っていかれました」
「……ったく、あの馬鹿、相当だな」
「え、あ、あの」
「いや、なんでもない。わかった」
リークが舌打ちして言った言葉に、思わず肩を震わせた町長であったが、リークはなんでもないと手を振る。
そして懐から一枚の書類を出すとそれを手渡し、受け取った町長は途端に硬直した。
「これは……」
「リベルテ王国は訳あってサーフェリア王国が占拠させてもらった。よって、このモーゼル街もサーフェリア領となる。その証明書だ」
その言葉に、町長と漁師達は歓喜の色を見せた。

Re: 〜竜人の系譜〜 ( No.27 )
日時: 2013/03/28 09:44
名前: Towa (ID: 6kBwDVDs)


  *  *  *


「へぇ……これがモーゼルの大漁祭か。思ったより規模が大きいな」
 モーゼル街の中心部まで進むと、船場の静かな雰囲気とは打って変わり非常に賑わっていた。
年に一度7日間、一年の大漁を喜んで催される『大漁祭』。
華やかで街全体が活気づくと謳われ、その祭りには毎年多くの観光客が訪れていた。

「で、船が出るのは明日の昼頃なんだよな?……ってことは、今日一日は暇なのか」
ぐっと伸びをして、フィオが呟く。
「それなら今日は、一日中お祭りを楽しめるね」
「ふふ、そうですね」
キートの言葉に、スレインも楽しそうに目を細めた。

彼女も祭といったような活気づく場所は好きだった。
幼い頃、収穫祭で賑わっている街を見たとき、なんと美しい光景なんだろうと思ったものだ。
しかし、不意にその笑みを消し、スレインは弾かれたように空を見上げた。
それは少年二人も同様で、それぞれ訝しげに眉を寄せて空を見る。
「今……何か……」
一瞬、妙な気配を感じた気がした。
誰か一人が、というわけではなく三人同時に反応したということは、気のせいである可能性は低い。
「……何もいないね」
しかし、先程の気配は既に跡形もなく消え去っている。
そのことに対してフィオが表情を歪める一方で、キートは軽く肩を竦めてみせた。
「もしかしたら、どこかを魔物が通ったのかもね。でももういないし、気にするのはやめよう」
キートの言葉に、フィオも同意する。
「ま、そうだな。……よし、食いもん食おうぜ、食いもん!」
そう叫びながら屋台めがけて走っていくフィオを、二人は苦笑しながら追いかけた。


  *  *  *


「——ん?」
 それは、視線を感じて下を見た。
ほんの一瞬だったが、人間がこちらを見ていた気がする。
「……忌々しい男め。まだ我を追ってくるとは……」
唇を歪ませ、それは黒い闇色の眼を光らせると、眼前の街へと方向を変えた。


  *  *  *


——どこだ……どこにいる……?

 眼を閉じ、街全体に意識を巡らせる。

——早く見つけなければ……でないと大惨事になってしまう。

そういって焦る気持ちの反面、もはや自分の中にほとんど魔力が残っていないことを、ルーフェンは悟った。
と、次の瞬間。
「おい、師長!」
ばしっ、と背中に衝撃が走る。
慌てて眼を開き声がした方を見やると、そこには見慣れた焦げ茶色の髪があった。
「あれ、リーク?」
予想もしなかった相手に、ルーフェンは眼を丸くした。
彼には、確か船場に現れたクラーケン退治を命じたはずだ。
それなのになぜこんなとこにいるのだろう、と頭に疑問符を浮かべる。
「……クラーケンは?まさかもう倒したの?」
「あぁ?あれはなんか俺が行く前に通りすがりの旅人とやらが倒したそうだぜ。ったく、とんだ無駄足だった……ってそんなんどうだっていいんだよ!!お前、オーブは?」
ただですら白い顔が、もはや青白くなっているルーフェンに、リークが猫のような眼を向ける。
それに対し、ルーフェンはだらしなく伸びきった薄茶の髪を掴みながら、柔らかな笑みを浮かべた。
「……どこかに忘れてきちゃった」
「忘れてきちゃった、だぁ!?」
リークは、はぁ、と大きくため息をつき頭を抱えた。
「お前、馬鹿じゃないのか?オーブもない状態でなにやってんだよ……自殺行為だろ。……あ〜全く、俺なんでこんなやつの部下なんだろ」
「えぇ……ひどいなぁ」
本気の呆れ顔を向けてくるリークに、ルーフェンは苦笑する。
それを笑ってる場合じゃない、とひっぱたくと、リークはルーフェンの胸ぐらを掴み引き寄せ、周囲に人がいないことを確認し小声で囁いた。
「とにかく、だ!リベルテで何があったのか説明しろ。国ごと焼き払ったって、どういうことだ?」
ルーフェンの表情が、ふっと真剣なものとなった。



  *  *  *



「あ!」
 突然声をあげたスレインに、隣にいたキートが思わず肩を震わせた。
「どうしたの?」
「これのこと、すっかり忘れていました……」
「あ……」
そういって取り出されたのは、宝珠の入った正体不明の麻袋。
モーゼル街につく前の道脇で出会った青年、ルーフェンが忘れていったものだった。
「そういえば、ルーフェンって人に会えてないね。あの場所からモーゼルへは一本道だったし、僕らは馬で彼は徒歩だったから絶対途中で会うと思ったんだけど……」
「ええ、そうですよね。……これ、どうしましょう……」
ふと前方を見ると、「よし、食べるぞー!」と出くわす屋台の食べ物を買いまくるフィオ。
そんな彼に、「今からルーフェンを探しに行こう!」と言ったところでまず聞かないだろう。
だからといって別れても、この人混みじゃあ再会は難しい。
「……まあ、あのフィオの様子だったら、街にある屋台全部巡りそうだし、その途中で会うんじゃないかな?あの人の行き先もモーゼルだったよね。ってことはこの街のどこかにはまだいるだろうし」
「ええ……それしか、ないですね」
少し納得の行かないような表情を浮かべたスレインだが、やはりどう考えてもそれしかないだろうと判断し、頷いた。


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