ダーク・ファンタジー小説
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- 〜竜人の系譜〜
- 日時: 2013/03/30 21:54
- 名前: Towa (ID: 6Bgu9cRk)
皆様はじめまして!
『〜竜人の系譜〜』は、御砂垣赤さん、
幻狼さん、瑞葵さん、Towaによる合作小説
です。
頑張って書いていきたいと思いますので、
どうぞよろしくお願い申し上げます(*^^*)
〜目次〜
†登場人物・用語解説†
>>1
†序章†『竜王の鉄槌』
>>2 >>3 >>4 >>5 >>6
†第一章†『導と手段』
>>7 >>8 >>9 >>10 >>11 >>12 >>13
>>14 >>15 >>16 >>17 >>18 >>19
†第二章†『路と標識』
>>20 >>21 >>22 >>23 >>24 >>25
>>26 >>27 >>28 >>29 >>30 >>31 >>32
†第三章†『竜と固執』
>>33 >>34 >>35 >>36 >>37
- Re: 〜竜人の系譜〜 ( No.8 )
- 日時: 2013/03/27 23:23
- 名前: Towa (ID: te9LMWl4)
* * *
ぱちぱちと火のはぜる音がする。
そのすぐそばに暖かさを感じて、フィオはゆっくりと目を開けた。
まだ朦朧とした意識の中で、炎の色だけが鮮やかに目に写っている。
すると、ふと穏やかな声がフィオの耳に届いた。
「気がつかれましたか?」
緩慢な動きで声のするほうに首を向けると、焚き火の横に座る女の姿があった。
歳は二十歳といったところだろうか。
艶のある黒髪、身にまとっている衣服や装飾品からして、決してこの近辺に住む人間ではないだろう。
「寒くはありませんか?……毛布、もっと必要なようでしたらご用意しますが……」
「いや、大丈夫だ……」
それだけ答えて、フィオは自分の体がどうなっているのか確かめた。
体がまるで鉛のように重く、起き上がることさえ困難なようだ。
それから竜にやられた肩口に視線を移し、傷の部分に布が巻かれていることに気づいた。
すると女が、微かに首を横に振る。
「触れてはいけません。一度止血が施されていたようでしたのでほとんど血は止まっていましたが、まだ熱を持っています。化膿しているのかもしれません」
「そう、か……」
「あ、でも心配なさらないでください。ちゃんと消毒もしておきましたから」
女は、フィオを安心させるかのように微笑んだ。
「それしにても、随分とひどい傷ですね。まるで鋭い刃物に抉られたような……獣にでもやられたのですか?」
「獣……というか、竜に……」
「竜……?」
虚ろな目をしたフィオの言葉に、女は目を見開いた。
「竜殺しをなさったのですか?」
「……ああ」
そう言って怪訝そうに目を向けると、女はうつむき加減になった。
「それは……非常に体がつらいでしょう?思うように動かないはずです」
フィオは驚いて瞠目した。
確かに、先程からただ話しているだけでも息があがってくる。
竜の爪に引き裂かれた傷などよりも、この異様な体の気だるさのほうがつらいと感じるほどだ。
「竜殺しをしたということは、竜の血を飲んだでしょう?それによって、貴方は魔力を手に入れました。しかしそれは本来人間が持つべきではないもの……魔力という強大な力に、初めは人間の体が耐えきれないのです。竜の血が貴方の体に完全に馴染むまで、体はついていかず思うように動かないでしょう」
「……なんで……分かるんだ?まさか、お前も竜人……?」
その問いに対し、女は静かに首を横に振った。
「いいえ、違います。しかし私はシュベルテ王国の宮廷魔導師様、つまりは竜人に仕えている者ですので……竜に関しての知識が皆無というわけではないのです」
それを聞きながら、フィオは周囲を見回した。
ここは、どうやら林の中のようだ。
周りは木々に囲まれており、風が吹くたびそれらがざわざわとざわめいている。
(そうか、ここは……集落近くの……)
そう思った瞬間、フィオは一気に頭が覚醒したような気がした。
「あの、さ。俺、どうしてここに……?」
これまでとは比べ物にならないほどはっきりした声で、フィオはそう問うた。
そのフィオの様子に、少なからず驚きの表情を浮かべつつ、女は口を開く。
「この林に倒れていらしたんです。本当に、ちょうどこの辺りに」
それを聞いて、フィオは眉を曇らせた。
やはり、夢ではなかったのだろう。
——『あんまり旅人さんを困らせるなよ』
——『どうした、旅人さん。何か気になるのか?』
(ヤムラ……なんなんだよ……)
突然悲痛な表情を浮かべたフィオに、女も不安げな面持ちになる。
「どうか、されたのですか……?」
一瞬、目頭が熱くなった。
そうだ、確かに覚えている。
あれは、夢ではない——。
フィオは一度深く息を吸うと、宙を見つめながらぽつりと呟くように言葉を紡いだ。
「故郷の……俺の故郷の集落が、さ。この近くにあるんだけど……誰も、俺のこと、覚えてなかったんだ……」
その言葉に、女は怪訝そうに眉をひそめる。
「覚えていない……?」
「ああ……俺が6歳で両親なくした時に、一緒に住もうって、そう言ってくれた親友も……とにかく皆、俺のこと、覚えてなかったんだ。竜を殺して、最低限の傷の治療とか王都でやって、それで集落に帰ったら……皆が俺のこと、『旅人さん』だ、って……」
涙を抑えているのだろう、フィオは途切れ途切れに言葉を吐き出した。
突然のことにあまり状況は理解できなかったが、女もその言葉に懸命に耳を傾ける。
「つまりは……記憶がない、と?それは貴方に関しての記憶だけが、ということですか?」
フィオが体を横たえたまま、静かに頷いた。
「最初は、からかわれてるのかと思ったんだ。あいつら、皆本当にいつも通りだったし……でも誰も、俺のこと覚えてないんだ。俺のことを、誰だって、ただの通りすがりの旅人なんだろうって、皆言うんだ」
軽く頭が混乱しているフィオの傍ら、女は考え込むようにして顔をうつむかせた。
「でも……でも、王都のやつらは変わらなかった。俺が治療とか行った時も、知り合いは俺のことちゃんと名前で呼んでたし……」
「つまり、王都の方々には何の変化も見られなかったのに、突然貴方の故郷の人々の記憶から貴方に関するもののみが消えてしまった、と……?」
その問いに頷くと、フィオは目を閉じて、苦しそうな呼吸を繰り返した。
いい加減、限界が近くなっているのかもしれない。
「……とにかく、今日はおやすみください。少し、頭の整理をしたほうが良いのかもしれません……お疲れでしょう……?明日になれば、多少は体も楽になるでしょうから……」
女はフィオの額に手をのせると、囁くような穏やかな声でいった。
その声が聞こえたと同時に、フィオの意識は闇へと落ちた。
- Re: 〜竜人の系譜〜 ( No.9 )
- 日時: 2013/03/27 23:28
- 名前: Towa (ID: te9LMWl4)
まぶたを開けると、微かな光が木々の隙間から差し込んでいることに気づいた。
煙の臭いが空気中に漂っており、薪がなくなり焚き火も消えてしまったのだろうと思った。
若干痛む背をかばいながら肘をついて起き上がる。
しかしその痛みも全身の気だるさも、昨日のものに比べればはるかに回復していた。
(……竜の血が、なじんできたのだろうか……)
そんなことを考えながら立ち上がろうとした時、不意に森の奥から足音が近づいてくるのが分かった。
どくん、とフィオの鼓動が跳ねる。
「……誰か、いるのか?」
フィオは息を呑んだ。
回復したとはいえ、あまり万全な状態ではない。
山賊の類ならともかく、巨大な獣等であれば退治などできる自信がない。
闇をにらんだまま、フィオは息を詰めた。
が、その森の奥から現れたその姿を見て、フィオは一気に安堵の息を吐いた。
「起き上がれるようになったのですね。申し訳ありません、少し水を汲みに行っていたもので……」
物腰の柔らかな声、漆黒の髪。
焚き火に照らされていて顔がよく見えていなかったが、昨晩自分の命を救ってくれたあの女に違いなかった。
「良かった、思ったよりも回復が早かったようで……。もう大丈夫そうですか?」
昨日と同じ透き通るような声で問うてきた女に、フィオは大きく頷く。
「ああ、あんたのお陰だよ。……昨日は言いそびれたけど、本当にありがとう」
それを聞くと、女は笑顔でどういたしましてと答えた。
「ところで……その……貴方の故郷の方々のことですが……」
先程汲んできたという水を木筒に注ぎながら、女は申し訳なさそうに口を開いた。
「実は、さっき水を汲みに行ったついでに、昨日の貴方がおっしゃっていた道を辿ってその集落に行きました」
女の言葉に、一気に現実に引き戻される。
どくどくと全身が脈打ち、背後から冷たい何かが這い上がってくるような感覚に陥った。
「それで、どうだった?」
やっとの思いで声を絞り出すと、女はそれに対し悲しげな顔を浮かべて首を横に振った。
「集落の方々に、『青い髪の少年を知りませんか』と聞いてみましたが……そのような少年は知らない、と……」
集落の人々は、全員が知り合いのようなものだ。
青い髪の少年と聞けば、以前の彼らならばすぐにそれがフィオのことだと分かっただろう。
「そう、か……」
昨日泣いたせいだろうか、特に涙は出てこなかった。
しかしやはり夢ではなかったのだと思うと、胸がしめつけられるようだった。
竜殺しを終えた後、王都の知り合いには何の変化もなかったというのに、故郷の人々の記憶からフィオに関する記憶のみが完全に消えていた。
本当に、何が起こったというのだろうか……。
「あの……これから、どうするおつもりですか?王都に変わった様子がないのでしたら、このまま貴方が竜殺しを成功させたことを王宮に伝え、宮廷魔導師となるのが最善とは思いますが……」
フィオは俯いていた顔をあげた。
確かに、それが一番良いのだろうと思った。
竜殺しを成功させ竜人となった者は、その魔力を駆使して宮廷魔導師となり王国に仕えるのが普通だ。
しかし、フィオは躊躇いがちにそれを否定した。
「確かに、俺が宮廷魔導師になったらあの集落を貧しさから救うくらいの権力は得られるかもしれない……っていうか、元々それが俺の目的だったんだけど。……でも、そんなの後だ。俺、あいつらが俺のこと忘れたままなんて嫌だよ。大好きなんだ、故郷の皆のこと……。だから、まずはあいつらの記憶を取り戻す。宮廷魔導師になったらきっと他の仕事とかしなきゃいけなくなるんだろうし……とりあえずはなんとか記憶を戻す方法を探そうと思うんだ」
ヤムラ達の顔が浮かんで、フィオは強く唇をかんだ。
なぜこうなったのか、原因など検討もつかない。
これも呪詛といった類なのだろうか、それとも自分が竜殺しに出掛けていた一週間程度の間に、村で何かが起きたのか……。
どちらにせよ、このままの状態で王国に宮廷魔導師として仕えるなど、できる気がしない。
そんなフィオを見て、女がぽつりと呟いた。
「……では、私と一緒にサーフェリア王国に行きませんか?」
「サーフェリア王国?」
突然の言葉に、フィオは首を傾げた。
「ええ、そうです。……詳しいことは言えませんが、私は今、シュベルテの使者としてサーフェリアへ向かう途中なのです。ご存知だとは思いますが、サーフェリアには沢山の竜人が宮廷魔導師として存在します。もしかしたら、貴方の故郷で起きたことが何なのか、分かる方がいらっしゃるかもしれません」
フィオは、大きく目を見開いた。
- Re: 〜竜人の系譜〜 ( No.10 )
- 日時: 2013/03/27 23:34
- 名前: Towa (ID: te9LMWl4)
サーフェリア王国は、もともと名も知られぬような小国であった。
しかし、サーフェリア王国国王バジレット・ハースは、たった十数年でこの国を世界最大の王国にまで発展させた。
彼女は、資源が豊かなため他国から度々戦を仕掛けられるこの国を、巨大な軍事国家へと成長させようと試みていた。
しかしただ単に民衆達に武装をさせ、無理矢理兵を集め戦わせても、その戦で勝利しようがしまいが、結局は何人もの死者を生み出す。
バジレットは、そのことが王国にとって悪影響をもたらすと考え、民衆から兵を集めることはせず、志願した者のみを兵とした。
また、各地に存在する奴隷を解放し彼らと信頼関係を築くことで、国に忠誠を誓うようになった奴隷達を兵に加えた。
これらの結果、サーフェリア王国軍の士気は高まり、小規模といえどかなりの戦力を誇る軍ができあがったのだ。
そして更に彼女は、竜人の力に目をつけた。
何万もの兵士を集め戦に勝つより、人数が少なくとも強大な力を持った者達を集めた方が死者が少なくて済む、つまりは敵軍に数ではなく力で対抗しようと考えたのだ。
彼女は竜人の中でも特に力を持った者を集め、数多の戦を勝ち抜いた。
当時、まだ竜人が宮廷魔導師として国に仕えるというのは一般的なことではなかったため、彼女のこの戦略には世界中が驚かされた。
こうして、サーフェリア王国は世界最大の王国にまで登り詰め、今や戦を仕掛ける国などなくなるほどの大国にまで発展したのだった。
そして今現在も、サーフェリア王国の戦力といえば、世界最小といってもいいほど小規模な軍と、6人の宮廷魔導師つまりは竜人しかいない。
それでもこの国は、戦での無敗記録を伸ばし続けているのである。
女の言葉に、フィオは目を見開いた。
「……サーフェリア王国の宮廷魔導師って……伝説の竜人達じゃないか。確かにその人達に会ったら、なにか分かるかもしれないけど……そんな簡単に会えるものなのか?」
その問いに対し、女は笑みを浮かべ頷いた。
「私は使者としてサーフェリア王国国王のバジレット様にお会いしに行くのです。そうなれば宮廷魔導師の方達にもお会いできましょう。ですから私と一緒に行きませんか?もちろん、貴方さえ良ければですが……」
フィオは、ぱっと目を輝かせた。
つくづく自分は運が良いと思う。
中には、何年も探し続けているのに出くわせない者までいるという竜に、たった一週間ほどで会えた上に竜殺しを成功させられた。
故郷で起きたこの悲劇も、きっと自分一人ではどうにもできなかっただろうが、今こうして手を差し伸べてくれる人がいる。
「行く、行くよ!俺、護衛でもなんでもするから、だから連れてってくれ。サーフェリア王国に!」
興奮した様子でそう言うフィオに、女は目許を和ませて頷いた。
「ではそうしましょう。サーフェリア王国はここから北にあります。行くのに1、2か月はかかりますから、私も護衛をして下さる方がいれば心強いですし……どうぞよろしくお願いしますね」
「ああ!……と、そうだ。俺、フィオっていうんだ!フィオ・アネロイド!あんたは?」
互いに名乗っていなかったことを思い出して問いかけてきた少年に、女は苦笑しながら答えた。
「私はスレイン・マルライラと申します」
「よし、スレインか。これからよろしくな!」
スレインは、差し出されたフィオの手を優しく握った。
- Re: 〜竜人の系譜〜 ( No.11 )
- 日時: 2013/02/10 18:20
- 名前: 幻狼 (ID: vDb5uiaj)
「……なんだよ」
空を見つめる2つの光を見て、 フィオは思わず呟いた。隣に立つスレインも、目を大きく開けている。
太陽に反射する、ふわふわと手触りの良さそうな白い毛。堂々とした太い足。時折覗く鋭い歯。二人を見据える、妖しい輝きを放つ目。
「雪虎……でしたっけ?。綺麗な毛並ですね」
少しばかりの恐れを滲ませたフィオの横で、スレインはのんびりと言った。いや、恐れなんかじゃない。こんなの、雷竜の比ではないじゃないか。
ぎゅうっと拳を握ったフィオを見て、スレインは微笑んだ。
「では、頑張って下さい」
少しばかり、時は遡る。
フィオとスレインは2人での食事を楽しんでいた。急いでサーフェリア王国に行こうとしたフィオを、スレインが止めたのだ。お腹が空いていては、戦も何も出来ませんよ? と。
「そういえば……フィオ。私は少し先にある、隣町を目指そうと思っています。その道中、ちょっとした依頼を受けているんです」
唐突にスレインが切り出した。それを聞いて、フィオは首を傾げた。
「依頼?」
「えぇ、簡単にいうと魔物退治です。私一人でやる予定だったのですが……貴方がいれば、頼もしいですね」
ニッコリと笑ったスレインを見て、フィオは少々驚いた。柔らかな雰囲気を持つ彼女からは、戦闘をする姿など想像出来ない。そもそも、武器は何処にしまってあるのか。投げ掛ける疑問の目に気が付いたのか、気がつかないのか、スレインは懐に手を突っ込んでスラリとした銃身を取り出した。本能的に後ずさる。しかし、一瞥するのみで、すぐに元の場所へと戻す。一体何のために出したのか。
「さぁ。そろそろ行きましょう」
スレインはそう言うと、食事の後を手際良く片付け始めた。
- Re: 〜竜人の系譜〜 ( No.12 )
- 日時: 2013/03/27 23:41
- 名前: Towa (ID: te9LMWl4)
「ほう、君達か。待っていたよ」
詳細も分からぬまま連れてこられた屋敷で、二人はすんなりと中に通された。
迎えた男はかなりふくよかな体つきをしており、話し方や身なり、そもそもこの屋敷の持ち主であるというところからして、相当地位の高い者であることは明らかであった。
案内された一室に足を踏み入れたフィオは、思わず感嘆の声を上げた。
煌びやかなシャンデリア、歴史と気品を感じさせる家具や調度品、床一面に敷き詰められた見事な絨毯、見ているだけで目眩がしそうなほどであった。
「なあ、スレイン。ここが例の依頼主の屋敷なのか?」
ちょうど同じくらいの高さにあるスレインの耳に顔を近づけ、フィオは小声で問うた。
「ええ、ここ一帯の土地を管理されている、アレスタス侯爵の屋敷です」
「アレスタス……?聞いたことないな……」
「ここ一帯はツインテルデ王国であって、ミストリアの領土内ではありませんからね。ミストリア出身の貴方が知らないのも無理はないでしょう……」
スレインは同じく小声で返事をすると、にっこりと微笑んだ。
「さて、よくぞ来てくれましたな。マルライラ殿」
穏やかな口調で歓迎の言葉を口にする侯爵に対し、スレインは滑らかに膝を折り、頭を下げた。
「お初におめもじつかまつります。かのアレスタス侯爵様にお目にかかれるとは……光栄の極みにございます」
その丁寧な言葉遣いや所作に、侯爵は柔和に微笑んだ。
「我々も、そなたならば心強いというものよ。して、そちらの少年は?」
ふと目をやられて、フィオは硬直した。
富裕層の人間、まして侯爵の屋敷になど訪問したことがないため、スレインのような丁寧な受け答えができるはずもなかったのだ。
そんなフィオから送られてきたすがるような視線に、スレインは思わず苦笑した。
「彼はフィオ・アネロイドと申します。今回の討伐に同行いたします」
「……ほう」
スレインの言葉に、侯爵は微かに頷く。
「そうか、それはよろしく頼む」
一瞬、まだ何か聞かれるのではないかと身構えたフィオであったが、特に何も聞かれる様子もなく、フィオはその木のように突っ立っていた体から力を抜いた。
と、次の瞬間、侯爵の脇に控えていた一人の騎士が進みでて、スレインとフィオに迫った。
「————っ!」
とっさに、フィオは剣を抜いていた。
金属がかち合う鋭い音が鳴り響き、フィオは突如斬りかかってきた騎士に驚きを示しながらも、打ち合わせたその剣を振り上げた。
キンッ、剣が宙を飛ぶ。
そしてフィオは、そのまま剣を失って棒立ちになった騎士の首もとに、鋭い刃先を突き付ける。
「……侯爵様、どういうおつもりですか?」
特に慌てることもなく、冷静な面持ちでスレインが侯爵を睨む。
すると、侯爵はにっこり笑って軽く手を叩き始めた。
「いやはや、素晴らしい。そこの者は私の屋敷でも特に優れた騎士でね。それを難なく下すとは、やはり貴殿方は信頼できる」
その様子に、フィオは小さくため息を吐いて剣を引いた。
「なるほど、試されたというわけですか」
視線の先にその騎士を据えながらも、スレインはただ淡々としていた。
それからその藍色の瞳を細め、侯爵に向き直る。
「しかし恐れながら、このように腕の立つ騎士様がいらっしゃるのなら、魔物の討伐など我々にご依頼なさる必要はないかと存じますが……」
目を伏せ、少し控えめにスレインは言った。
「いや、今回は特別なのだよ。……君達にはこれから、そこの街道に巣食う魔物の討伐に行ってもらうわけだが……今回のはこちらにいる騎士では歯が立たなくてね。それに、最近隣国のリベルテが荒れていて、いつ攻撃をしかけてくるか分からない状態だ。それに備えて城門と国境に兵を置いている今は、人手不足が否めないのだよ」
「そうでございましたか」
納得したように頷くスレインに、侯爵は言った。
「さて、とりあえず今日はもう日が暮れる。部屋に案内させよう、明日まで休むといい」
「ありがとうございます」
スレインは、深々と一礼して侯爵に背を向けた。
フィオもそれにならい軽く頭を下げると、その背についていった。