ダーク・ファンタジー小説

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悠久のカナタ(SF)
日時: 2012/07/11 00:31
名前: yuunagi(悠凪) (ID: wfu/8Hcy)
参照: http://ncode.syosetu.com/n1184bd/

・あらすじ

悠久の時が流れる世界「エミリア」に住まう人々は、みんな不思議な力を宿した宝石を所有していた。一つは「テレパス」と呼ばれる通信能力。残りは……。

・なお、当作品は小説家になろうさまの方でも投稿させていただいていますご了承ください。(只今、諸事情により更新停止中。涼しくなった頃に再開予定)

※お気軽にご感想などをよろしくお願いしますm(。-_-。)m

・終焉へ向かうプレリュード篇

 序 章 〜終焉へ向かうプレリュード 前 篇〜 其の一 >>01
 序 章 〜終焉へ向かうプレリュード 前 篇〜 其の二 >>02 >>03
 序 章 〜終焉へ向かうプレリュード 前 篇〜 其の三 >>04 >>05 >>06
 序 章 〜終焉へ向かうプレリュード 前 篇〜 其の四 >>07 >>08
 第一章 〜再会と旅出〜 其の一 >>09 >>10
 第一章 〜再会と旅出〜 其の二 >>11 >>12 >>13
 第一章 〜再会と旅出〜 其の三 >>14 >>15
 第一章 〜再会と旅出〜 其の四 >>16 >>17
 第一章 〜再会と旅出〜 其の五 >>18
 第一章 〜再会と旅出〜 其の六 >>19
 第一章 〜再会と旅出〜 其の七 >>20 >>21
 第二章 〜調律士と呼ばれし者〜 其の一 >>22 >>23
 第二章 〜調律士と呼ばれし者〜 其の二 >>24 >>25
 第二章 〜調律士と呼ばれし者〜 其の三 >>26 >>27
 第二章 〜調律士と呼ばれし者〜 其の四 >>28 >>29
 第二章 〜調律士と呼ばれし者〜 其の五 >>30 >>31

(2)第一章 〜再会と旅出〜 其の二 ( No.12 )
日時: 2012/06/12 21:50
名前: yuunagi(悠凪) (ID: wfu/8Hcy)
参照: http://ncode.syosetu.com/n1184bd/6/

 ——現在。
 銀髪の少女が眠るベットの横にある窓をレアは開けた。
 心地の良い風が部屋に吹き込み、白のレースカーテンがなびく。
 そして、ベットで眠る少女の銀髪が風でなびく度に「キラキラ」と、煌めく……。

 「……帰ってたのか、レア……」

 少女の事を見守っていた黒髪の少年が静かに呟いた。

 「……はい。——クラリス様は相変わらず……でしょうか?」
 「……ああ。眠ったままだよ……」
 「……そう、ですか……」

 レアは銀髪の少女——クラリスの額に乗せていたタオルを取ると、新たに汲んで来た水に濡らし。それをクラリスの額に再び、乗せ。
 眠っている彼女の白い頬を這わすように優しく触れた。

 「……いつ見ても綺麗な肌。そして、可愛らしい寝顔です……」

 微笑みながらレアは眠るクラリスにそう投げかける。
 その表情は娘を見守る母親のように優しく、そして温かなモノだった。

 「——そう言えば、ユウ……」

 唐突に思い出したかのように口ずさんだレアは黒髪の少年——ユウに視線を向けると表情がクラリスに投げかけていた優しいモノからかけ離れ、凶悪なモノになった。
 その表情にユウは心当たりがあるのか、堪らず顔を引きずる。

 「……いつもいつも申しておりますが、食べ終わった食器は最低限……水にさらしておいてください」

 笑顔は笑顔なのだが、含みを持たせた凶悪的な笑みの彼女の姿にユウはたじろぐ。

 「……ほ、ほら。クラリスが目を覚ましたら、近くに誰かいないと——」
 「クラリス様をだしに使わないでください」

 さらに凄みが増したレアの笑みに完敗とばかりにユウは、

 「……す、すいません。今度から気を付けます……」

 素直に頭を下げて謝った。
 命の恩人とあって頭が上がらないようである。

 「……はぁ〜、全く……。このやり取りもこれで何度目ですか……」

 額を押えてレアは呆れ果ててしまう。
 毎回同じような流れになり、相当参っているみたいだ。
 レアに命を救われ、ユウたちがここに暮らし始めて早一年三ヶ月……。

 ——当初の彼は相当荒れていた。

 それは言うまでも無く、クラリスの兄——クラウスに対して。
 そして、自分の不甲斐無さに対して……。
 彼は毎晩ふらっとどこかに出かける度に傷を負って帰って来ていた。
 その度に傷の手当てをレアがする事になるのだが、ユウはそれを頑なに拒み続けた。

 彼には——この世界に住む人間には治療は不必要だった。

 レアもその事について重々承知の上だったが……傷つき、壊れて行くユウの姿を見ていられなかった。
 だから「せめて傷の手当てだけでも」と拒み続ける彼と正面向かって接し続け……。
 それが功を奏したのか。——今では彼の心の支えとしての大切な人となっている。

 「——ずいぶんと買い込んで……何を買って来たんだ?」

 保存庫を漁りながらユウがレアにそんな言葉を投げかける。
 喉が渇いたユウはキッチンに飲料水を取りに来ており。その最中、いつもに増して保存庫の中が充実しているのに気付き、その事を尋ねたのだ。

 「そうですね、野菜や豚肉などを……。——あっ、そうそう。トニスさんがユウの事をミンチにしてやると申しておりましたよ」

 淡々と恐ろしい事を話すレアはキッチン隣にあるリビングのソファーで優雅に紅茶を嗜む。
 そんな彼女の言葉にユウは眉をひそめる。

 「は? 俺……あの人に何かやったか?」
 「ええ、色々とやらかして仕舞われましたからね……」

 と、感慨深く頷きながらレアはその話題を推し進める。

 「ふむ」と、ユウは自分にどういった非があったのか思い浮かべ始めるが……。

 ——そんなものは初めから存在しない。

 どこぞの腹黒袴っ子がホラを吹き。
 精肉店の店主「トニス」を激高させ、そういう言葉を引き出したに過ぎない。
 そうとも知らずに真剣に頭を悩ますユウの眉間には山が連なっていた。

 「——そういえば、ユウ。また、髪の毛が伸びましたか?」
 「何だよ、突然……」

 飲料水を手に持ってキッチンからリビングに現れたユウが首を傾げながらそう返す。
 そんな彼の髪は現在、背中まで達しており。
 このまま放置していれば。いずれは腰にまで達するかも知れないほどに伸びていた。

 彼の女々しい顔立ちを考慮すれば、少女にしか見えない様相である。
 ただ、口の悪さと素行の悪さで一瞬にして見破られてしまう。
 しかし、口を利かなかったり、大人しくしてればバレないかも知れないが……。

 「……エロガキですね」

 唐突に告げられた言葉に「ブゥー!!」と、ユウは口に含んでいた飲料水を吹き零し、少し苦しそうにむせ返った。
 その様をレアは口元を押えて微笑む。

 「——突然、何言ってんだよっ!」

 と、怒号を上げながらもレアの隣に重い腰を下ろした。

 「ほら、よく言うじゃないですか。ハレンチだと、髪が伸びるのが早いと……」

 そんな事を言いながら、ふと——ユウの髪と下半身をまじまじとレアは見比べる。
 レアの妙な視線に気付いたユウは咄嗟に髪と下半身を手で押さえた。

 「……やはり、エロガキですね」
 「何でそうなるんだよ!」
 「怖い怖い……。レアも取って喰われるのですね……」

 徐に身体を隠すようにレアは掻き抱く。
 彼女のその姿にユウは額を押えて、

 「……それは無いから安心しろ。だって、お前——」

 と、言いかけている途中で何かに気付き。表情を曇らせて口ごもった。
 そんなユウの気遣いとも取れる行動にレアは大きく嘆息をする。

 「……そのような表情をされてしまうと。レアに何か後ろめたい事があるようじゃないですか。——ホント、アナタは不器用ですね……」

 そう話しながらレアはユウの手を掴んで、その手を自分の胸に押し当てた。

 「——ほら。そんなにヤワな身体じゃないですよ」

 淡々とそんな言葉を投げかけるレアだが。
 突然の事にユウは間抜け面をさらし、目が泳いでしまう。

 「……何か申してください」

 一言も言葉を発しないでただただ挙動不審なだけのユウの事をジト目で見つめながらレアは感想を促す。
 その言葉にユウは「はっ!」と我に帰り。開口一番に、

 「お、おう! ——案外、柔らかい物なんだな……」

 頬を紅く染めながらそう返答した。
 しかし「何か言葉を言え」と尋ねた、当の本人は求めていた返答と違ったのか。首を傾げながら眉間にしわを寄せていた。

 「——う〜ん。……微妙、ですね。はい、普通過ぎます。ありきたりと言いましょうか……。これも間違いって訳では無いのですが……もう少し捻った返答をですね〜……」
 「……お前は俺に何を求めているんだ……」

 呆れながら呟いたユウはレアの胸に押しつけられた手を引っ込めるが……。
 少々、名残惜しいのか、自ずとその手を眺めた。

 「——ユウ、そろそろ夕食の準備をいたしますので手伝ってくれませんか?」
 「お、おう!」

 突然、レアに話しかけられたものだから、ユウは声が上ずってしまった。
 そんな彼にレアは首を傾げたが、特に言及する事は無く。キッチンに向かい。
 それを追うように、ユウもキッチンへ向かった……。

(3)第一章 〜再会と旅出〜 其の二 ( No.13 )
日時: 2012/06/12 21:49
名前: yuunagi(悠凪) (ID: wfu/8Hcy)
参照: http://ncode.syosetu.com/n1184bd/6/

 ——数時間後……。
 辺りの景色がすっかり赤く染まった夕暮れ時……。
 ログハウスの煙突から出る煙と共に良い香りが森の中に漂う。
 その匂いに釣られてか、森に住む動物たちがログハウス周辺に集い。微笑ましい光景が広がる。
 そうとも知らず、良い匂いを漂わすログハウス内にいる彼らはのんびりと夕食を摂っていた……。

 「——ふむ。やはり、レアの料理は神がかり的に上手いです。『俺の嫁に欲しいぞ、コンチクショ—っ!!』レベルですね」

 自分の作った料理を食べながら、淡々と自画自賛するレアにユウは小さく息を吐く。

 「……自画自賛していて寂しくないのか?」
 「いえ、全く……。当たり前の事を述べただけです。——ただ、誰かさんが何も言わないから、こうしてレア自ら褒め称えている訳ですが……」

 と、徐に向かいの席に座るユウの事をレアはジト目で見据える。
 その妙な視線にユウは堪らず、視線を彷徨わせて惚けて見せた。

 「はっはっは……。全く……どこの馬の骨か分からんが、甲斐性の無い野郎だ……」
 「……ええ、全くです……」

 ユウの言葉にレアは同意しつつも、さらに彼を見つめる眼力が増す。
 レアの痛々しい視線を浴びながら、黙々とユウは食事の手を進める。
 その際に気を付ける事があるとすれば、彼女の事を見ないように心掛けるだけである。

 そんな微笑ましいとも言い難い晩餐会が開かれているログハウス周辺に集っていた小動物たちが——突然、こぞって森の中へ消えて行く……。
 それと同時に、森の中から荒々しい息遣いと共に不審な人物たちがログハウスに向かって足を進めていた。

 ——しかし、その者たちの様子が少しおかしかった。

 若い男女の三人組で、少年に背負われながら駄々をこねる少女とそれをなだめるように付き添う少女……。
 土地柄を鑑みれば、遭難者に見えなくもない構図の面々である。
 だからこそ、ようやく見つけたログハウスは彼らにとって助け舟のような存在ではあったが……。

 ——中の者たちは歓迎ムードではなかった。

 外から人の気配を感じ取ったユウとレアは時間帯を考慮した上で「このような辺境の地に人なんて来ないはずなのに……」と、殺気付いていた。

 ——そして「コンコン」と、扉にノックをされ。

 二人は各々武器を——ユウは刀。レアはユウに渡された拳銃を後ろ手に携える。
 そのまま扉に近づくと、何かを確認するかのように互いを見合って、それに頷き。
 先陣を切ってユウがノックされた扉を開けた。

 「…………はっ?」

 前方に広がる景色を目にしたユウは呆けながら、思わずそんな言葉を漏らしてしまった……。

(1)第一章 〜再会と旅出〜 其の三 ( No.14 )
日時: 2012/06/13 22:03
名前: yuunagi(悠凪) (ID: wfu/8Hcy)
参照: http://ncode.syosetu.com/n1184bd/7/

 ——同日早朝。
 首都「エストレア」第三階層、中央ターミナル。
 ここ中央ターミナルは首都エストレアの玄関口で。
 ここから世界各地に向かって列車が出ている。
 世界最大級のターミナルステーションである。

 そのため、この都市一、二を争うほどに人で混雑する事が必至で、早朝にも関わらず大勢の人が構内を行き交っていた。
 そんな場所に、目が半開きながらも始発列車の乗車券を購入しようとしている若い男女の姿があった……。

 「ラカルト方面行き、大人二枚、子供一枚。よろし——ぶへっ!!」

 注文していた茶髪紺眼の凛々しい顔立ちの少年が、赤髪セミロングの「くりっ」としたお目々が可愛らしい紅眼ロリっ子少女に足を思いっきり踏まれた。
 その小柄な少女は自身の低い身の丈を高く見せんと。

 ——高さ十センチほどある厚底ブーツを履いていた。

 「……ラカルト方面行き、大人三枚でよろしくお願いします……」

 涙目になりながら茶髪の少年が乗車券の注文を訂正する。

 「……全く、最初からそう注文しろっての……」

 腕を組んで、茶髪の少年の事を凄い剣幕で睨みつける小柄の少女は本当にイライラしているのか、足を忙しなく動かす。
 そのような光景をベンチに座って微笑みながら眺める。

 ——淡茶色の髪にカールを施した碧眼グラマラス少女がいた。

 今、この瞬間でも大勢の人が行き交う構内の中でも目移りしてしまうほどに映える彼女の美貌に、見惚れた野郎共がこぞって鼻の下を伸ばす。

 そうこうしている間に、券売員である自動人形が茶髪の少年に乗車券とお釣りを手渡し丁寧にお辞儀をした。
 それを持って茶髪の少年と小柄の少女は、ベンチで座っているグラマラスな少女の元へと足を運ぶ。と、

 「——待たせたな。ミュリア」

 茶髪の少年が気さくに声を掛け。
 ベンチに座る彼女「ミュリア」と呼んだ少女に乗車券を手渡した。

 「……アンタがおかしな事を言い出すのがいけないのよ」

 小柄な少女が待たせた原因を作ったのは「お前だろ」とばかりに、茶髪の少年の事を軽く睨む。

 「ふふふ、ご苦労様ですわ」
 「——で、こんな朝早くからラカルトに何しに行くってのよ」

 面倒臭そうにぼやいた小柄の少女は徐に辺りを見渡す。

 ——早朝の中央ターミナル。
 ラッシュ時に比べればさほど人は多くないものの、まだ辺りにモヤがかかっている。
 このような時間帯にもそれなりの人がいるにはいるが「眠いたい身体に鞭を打ってまで行かなければならない用事なのか」と、小柄の少女は疑問に感じたのだ。

 「え? 言ってなかったか? 仕事だよ、仕事……。それとまぁ〜野暮用かな……」

 その質問に茶髪の少年が頭を掻きながら答えた。

 「……ふ〜ん。ラカルトくんだりまで行ってねぇ〜」

 腕を組み、眉間にしわを寄せながら思案顔になる小柄の少女に。
 ミュリアは優しく微笑み掛けた。

 「——アリス。淑女がそのような表情を浮かべてはいけませんよ」
 「はいはい、今度から気を付けるわよ」
 「さ〜てと、そろそろ行くか……」

 ミュリアに「アリス」と呼ばれた小柄の少女の頭を撫でながら茶髪の少年がそう呟く。
 と、それに女性陣は小さく頷いた。

 そして、ミュリアに預けていた旅行カバンを各々手に取り。
 ラカルト方面行きの列車が止まった十三番ホームに向かい。
 そのまま列車に乗車した。

 車内に入ると、乗車券を眺めながら茶髪の少年が先頭を歩き。
 その後ろをアリスとミュリアが歩く。
 だが、カバンを持って歩くアリスの表情が険しいモノになっていた。
 「はぁはぁ」と、一人だけ息が上がっていたのだ。

 ——それもそのはず。

 アリスが持っているカバンだけがはち切れんばかりにパンパンに膨らんでいた。
 中身については定かでは無いが……。
 おそらく、不必要なモノを入れ過ぎによる過重負担である事は間違いだろう。

 カバンを両手で持ち、それを引きずりながら牛歩のようにアリスが進んでいると。
 ようやく座席を見つけた茶髪の少年がとある個室を指さし、先にそこへ入って行く。
 そして、自分のカバンを個室に置き。急いでアリスの元へと駆け寄ると、

 「——お嬢様、私めにお任せあれ……」

 執事のような態度で代わりに彼女のカバンを持ってあげた。
 だが、

 「……アンタって、一々ウザいわよね……」
 「……トウヤですもの。それは仕様がないかと……」
 「ああ、確かに……。キザヤだから仕様がない、か……」
 「……おいおい。そこまで言われるような事をしたか?」

 親切心から行った事を二人に冷やかにあしらわれ。
 茶髪の少年「トウヤ」は項垂れながらも、アリスのカバンを持って先ほどの個室に入って行く。
 それを追うように彼女らも個室に入って行った。

 彼らが入った個室には向かい合うようして、座席があり。
 景色を眺められる窓側の席にトウヤとアリスが座り、アリスの隣にミュリアが腰を掛ける。
 しばらくして、大きな汽笛が、

 【ブー!!】

 と、辺りに鳴り響き。
 彼らが乗車した列車が徐に揺れ動き。
 ——そのまま目的地に向かって出発した……。

 ——数時間後……。

 すっかり陽が昇り。
 車窓から見える景色には、のどかな田園風景が広がっている頃。
 車内の通路では、両手一杯に飲料水や軽食を大事に抱え。
 足元がおぼつかない茶髪の少年が。

 ——トウヤの姿が、なぜかあった……。

(2)第一章 〜再会と旅出〜 其の三 ( No.15 )
日時: 2012/06/13 22:05
名前: yuunagi(悠凪) (ID: wfu/8Hcy)
参照: http://ncode.syosetu.com/n1184bd/7/

 ——さかのぼる事、数十分前……。
 暇を持て余したアリスが、あのはち切れんばかりに膨らんだカバンから徐にトランプを取り出したのが、きっかけで始まったパシリ決定戦……。

 ——ルールは至って簡単。

 ゲームに負けた者が勝者たちのパシリとなる。
 そして、そのパシリを決めるゲームと言う物は、その名に相応しく大富豪で。
 ローカルルールが多数存在する大富豪ではあるが、公平性を期するためにここは彼らが暮らしている首都「エストレア」にちなみ、エストレアルール(ごく一般的なルール)で統一する事にした。

 ——大富豪が始まって、数分……。

 トウヤが尋常じゃない汗を掻きながらフリーズしていた。
 手札が悪くて、そのような状況に陥っている訳ではない。
 むしろ、凄く良かった。

 二と一がそれぞれ二枚ずつとジョーカーが一枚。
 後は縛り要員、階段要員のカードがそれぞれ三枚あり、普通にやれば勝てた。
 ただ、彼はゲーム中にとある悪魔の囁きを耳にしてしまい、自ずとフリーズせざるを得なかったのだ……。
 その内容とは——。

 「う〜ん、微妙な手札ですわ……」
 「アタシはまぁまぁ〜かな。——でも、まぁ〜勝てるでしょ」
 「おっ、結構強気だな。アリス」
 「ほら、罰ゲームの事を考えれば、ね……。ミュー」
 「……ああ、そうですわね……。——罰ゲームの事を鑑みれば、勝てなくてはおかしいですものね」
 「そうそう。——か弱い乙女にパシリなんてやらせる輩がどこの世界にいるって言うのよ」
 「全くですわ。そのような殿方が目の前に現れたら、私……軽蔑しますわ」
 「同感」

 「……マジ、か……」

 ——と、そんなやり取りがあり。
 トウヤはただ今、絶賛葛藤中である。
 勝てば、女性陣から反感を買う。
 しかし、負ければパシリに行かされる。

 ——この時点である程度の答えは彼の中で出ていた。

 それは彼女らから反感を買うぐらいなら、一層の事「パシリに行った方がマシだ」と……。
 だが、ただ負ければ良いってモノでは無かった。
 あくまで「真剣勝負」でやっているこの大富豪。
 仮に不正などやらかした暁には、やはり反感を買ってしまう恐れがある。
 なら「どうやってワザとらしくならず、負ける事が出来るのだろうか……」と、トウヤは考え。

 ——一つだけ、結論が出たには出たが……それを実行する勇気が湧かずにいた。

 もし、失敗で終わってしまったのなら、それは彼にとって「バットエンド」でしかないのだから……。
 今の所、パスのゴリ押しで相手の出方を窺っているトウヤではあるが、それも怪しまれつつあった。
 「そろそろ行動に出なければ」と、トウヤは踏み。
 一、二回と深呼吸をゆっくりとして、気持ちを切り替えると、

 「——俺、ちょっくらトイレに行って来るわ」

 そう告げながら徐に立ち上がったトウヤ。
 その際、列車の揺れを上手く利用して、自然な素振りでよろける。

 「おっとぉ!!」

 誰でも考えつく、もしものため。
 「トイレに行っている間に手札を見られないように」と、持って行こうとしたそれをぶちまける事に成功し。
 彼女らにバレない程度にトウヤが笑みを溢した。
 「これで続行不能だろう」と、思っていた矢先。

 ——無情にもトウヤが利用した時の揺れよりも大きな揺れが起きてしまった。

 突然の事に、バランスを崩してしまったトウヤはそのまま倒れ伏せてしまう。
 ようやく揺れが収まり。
 立ち上がろうと、トウヤが手に力を入れる。
 と、どうしてか「ムニュ」と、柔らかい感触が彼の左手に伝わった。
 そして、彼の視線の先には桃色のレースが……。

 ——正しく「桃源郷」が突如として現れる。

 その光景と手に伝わる柔らかい感触に堪らずトウヤは鼻の下を伸ばしてしまう。

 ——が、しかし。
 この時点で自分はどういう状況に陥っているのか、瞬時に理解してしまった彼は自ずと表情を強張らせた。
 不可抗力とは言え、トウヤはミュリアの目を張るほどの立派な胸を鷲掴みにし。
 その流れのまま彼女の艶やかな肢体たる、それに挟まれるように……。

 ——つまり、股に顔がうずくまってしまっていたのだ。

 すぐさま弁解するべく、顔を上げたトウヤだったが……。
 彼の視界には顔を紅潮させて、身体を震わせているミュリア。
 それと、拳を力強く握って鬼のような形相で睨む、アリスの姿があった。
 その光景にトウヤは徐に感慨深く頷き、潔く心を決める。
 当初の計画では手札をぶちまけた後に、

 「……すまん。これは俺の不注意だ。だから、罪滅ぼしにパシリは俺でいいぜ」

 と、爽やかに決めるつもりだった。
 だが、それも今となっては不要である。
 ——後は流れに身を委ねるのみ……。

 【パチン! パチン!】

 と、二発の乾いた良い音色が、とある個室に鳴り響いたのであった……。


 ——現在。

 「……はぁ〜」

 嘆息を漏らすトウヤだが、列車の滑走音にそれは呆気なく、かき消される。

 ——あの後。
 トウヤは問答無用で個室を追い出されてしまい。
 観覧車両で打たれて痛む両頬を労わりながら時間を潰していた。
 「ボーっ」と、外の景色を眺めていると突然、

 「エロヤ、何か飲み物と食べ物を買って来なさい。——以上」

 と、頭の中に高圧的な声が。
 ——アリスがテレパスでそう話し。
 その頼みをトウヤは「了解」と告げて、現在に至っていた……。

 彼らが通信に使用している「テレパス」とは。
 相手の位置情報さえ把握しておれば、相手の顔と名前を思い描くだけで使用出来る便利な能力である。
 これも彼らが持っている……。

 ——この世界の住民が各々所有しているアクセサリーに装飾された、あの宝石の力の一種だった。

 ただ、身に付けておかなければ効力は発揮しない。
 だからこそ、常日頃から身に付けられるよう、様々な装飾品に加工して所有している。

 「——ああ、きっついわ。これ……」

 両手一杯に抱える物品たちを見つめながらそうぼやくトウヤ。
 だが「これで彼女らのご機嫌を取れるならお安い御用だ」と、キザ師たるトウヤは奮起する。
 列車に揺られながら。
 おぼつかない足取りで彼女らが待つ個室に向かうトウヤの遥か後方。

 ——二車両分開いた、その場所。

 その車両に、不審なグループの姿があった……。
 三人組の凸凹トリオで、一人は長身。
 もう一人は小柄。
 そして、最後の一人が肥満と言った面々である。
 そんな三人組は中年男性にも関わらず。

 ——揃って、全身タイツで。
 それぞれ、赤。
 青。
 黄。
 と、変態極まりない格好をしており。
 その彼らも自分が着用しているタイツの色と同色の宝石が装飾されたブローチを胸に付けていた。

 乗客たちを見定めるように車内を進んで行く三人組。
 それに対し、乗客たちは奇異な視線であしらい、素っ気ない態度を取る。
 そうとも知らず……。

 ——いや、もう慣れてしまっているのか、彼らは堂々とした態度で見定めを続ける。

 そして、トウヤが慎重になって未だに歩みを進める車両に彼らがやって来た。
 そこでも彼らは案の定、乗客たちを見定める。
 前方を見ずに……。
 一つ、また一つと個室扉の小窓から中を確認して行く彼らは次の個室の中を確認しようと、足を進めていると。

 ——何かにぶつかってしまって、後ろに倒れ。尻餅をついてしまった。

 その前方には茶髪の少年が。
 ——トウヤがぶつかられた衝撃で飛散した彼女らへの貢物を回収していた。
 全てを回収し終わったトウヤは、

 「自分がふらふらしていたから、ぶつかってしまったのだ」

 と、思い。
 貢物を抱える前に謝罪しようと後方を振り向く。

 「……すいません。俺の不注意で……。——あっ」

 振り向いた先には変態当然の三人組の姿があり。
 トウヤは思わず呆けてしまう。
 そんなトウヤに対して、彼らも目を見開き、

 『あああっ!!』

 と、トウヤの事を指さしながら口を揃えて驚いた……。

(1)第一章 〜再会と旅出〜 其の四 ( No.16 )
日時: 2012/06/14 23:13
名前: yuunagi(悠凪) (ID: wfu/8Hcy)
参照: http://ncode.syosetu.com/n1184bd/8/

 「……遅いわね、トウヤ」
 「ったく、何やってるのよ。あの馬鹿は……」

 トウヤの帰りを待つ、ミュリアとアリスは嘆息交じりに愚痴を溢す。
 彼女らはテレパスでトウヤに連絡を取ってから、ずいぶん待ち惚けを食らっていた。
 そこで痺れを切らしたアリスがトウヤにテレパスを使用したが、どうしてか繋がらず。
 アリスのイライラゲージがレッドラインを振り切る寸前の所まで来ていた。

 【ガタガタ】

 と、力強く床を蹴るアリスにミュリアは苦笑いを浮かべながらなだめる。
 が、

 「——ああ、もうダメ。耐えられない。このアタシをこれだけ待たせるなんて、あの馬鹿をお仕置きしないと……」

 眉間にしわを寄せ、表情を歪めながら発したアリスは徐に衣服に身に付けている可愛らしいブローチに触れた。
 彼女がそれに触れた瞬間。

 ブローチに装飾された白色の宝石が光を帯び。
 粒子状となって、アリスの手中に収まると。それを彼女は装着した。
 アリスが身に付けたモノのは、何の変哲もないメガネだった。
 だが、そのメガネは普通のメガネでは無く。
 メガネのレンズには、とある映像が映し出されていた。

 その映像を食い入るように見つめるアリスの視線の先には俯瞰から見た……。
 ——列車の姿があり。
 恐らく、彼女ら乗車している列車のようである。

 「——見つけたわ。ミュ—」

 と、レンズには誰かと立ち話をしている茶髪の少年……。
 ——トウヤの姿が列車の窓越しに映し出される。
 アリスの投げかけにミュリアは徐に顔を引きずる。

 「——えっと、アリス? もしかして……」
 「ええ、そうよ。——撃ちなさい」

 親指を下方に立て、首元でそれを横に流したアリスの表情は清々しいほどに満面の笑みだった。
 だが、それは表面上のもので実際の彼女の表情は凄惨な笑みを溢す、悪魔そのものの様相である。

 「はぁ〜」

 悩ましげに息を吐いたミュリアは右腕に身に付けているブレスレットに触れる。
 と、アリスの時と同様にアクセサリーに装飾された宝石が……。
 ——青色の宝石が光を帯び、粒子状のモノがミュリアの手中に収まった。

 「じゃ〜、映像を送るわよ」
 「……了解ですわ」

 と、会話を交わし。
 ミュリアは徐に瞳を閉じた。

 「——予見者の神託(シアースオラクル)」

 アリスが唱えた言葉と共に彼女のブローチが強い光を放ち。
 それと同時にアリスがメガネ越しで見えている映像、世界がミュリアの脳内に流れ込む。
 その脳裏に焼きついた映像を元にトウヤの位置情報を知り得たミュリアは少々気が進まないけれど、手中に収めるそれを……。

 ——神々しい装飾が施された弓を車窓に向けて構える。
 そして、座りながら軽く矢を射った。

 【プシュン】

 と、放たれた一本の光を帯びた矢は車窓を貫く事無く。
 実態の無いそれは車窓をすり抜けて行き。
 ——そのままターゲットに向かって突き進んだ……。


 ——トウヤは現在、頭を悩ましていた。

 「あっ……」

 と、言って呆けて見せたものの変質者三人組の事はこれが初見であった。

 ——と、彼の中ではそうなっている。

 しかし、トウヤは一度。彼らに遇っていた。
 が、二年以上前の事でとうの昔に忘れ去っていた。
 トウヤたちは首都「エストレア」で「ギルド」と呼ばれる……。
 ——所謂、何でも屋の仕事を請け負って生計を立てている。

 その仕事の際に彼らの変態的な格好からも想像がつくだろうが、盗賊団である彼らと相対し、しょっぴいたのだった。
 しょっぴかれた当人たちは当然の事ながらトウヤの事を覚えていて。
 今回、偶然にも彼に出会ってしまい、驚きの色を隠せずにいた。

 「——えっと、お宅らは所謂……そちらの方々?」

 全身タイツの彼らの姿を見て、開口一番にトウヤがそう口走る。
 彼の拍子抜けな発言に我に返った三人組は、

 『もしや……』

 と、何かを悟る。

 「——はっはっは……。我らはタイツ愛好家でしてな、こうして旅をしながらタイツの素晴らしさを世に広めようと、活動しているのだよ。だが、タイツだけには留まらず様々なジャンルに富んでいる我らの事を皆……こう呼んでいる。——下半神、と……」

 好都合とばかりに赤の全身タイツを身に纏うノッポが大根役者さながらのド下手な演技で流暢に語り。
その言葉に何か考えさせられる事があったのか。
 ——トウヤが顎に手を添えながら感慨深く頷く。

 「——ふむ、やはりそちらの方々でしたか……。良いものですよね。あのアングルから見えるか見えないかのギリギリラインのちらリズム。そして、その境界線上にそびえたるはあの絶景の生足……」

 両手の人差し指と親指でカメラのアングルを作って、キザな態度を取るトウヤだが目がとろけていた。
 恐らく、彼は女性が身に付ける「ニーソックス」と「スカート」の間に出来る……。
 ——所謂「絶対領域」と呼ばれるモノについて語っているようだ。

 そんなトウヤの傍から見れば意味不明な発言を理解したのか。
 ——変質者三人組は腕を組み、こぞって共感とばかりに頷く。

 「——それは黒かね?」

 今度は青の全身タイツを身に纏うチビが凛々しい表情を浮かべながらトウヤにそんな言葉を投げかける。
 その問いにトウヤは「ニヤリ」と、気色の悪い笑みを溢し。

 「——アンタ、そっちの気があるとみた……」

 と、推察した。

 「——兄ちゃんも相当な手練だろ?」
 「いえいえ、俺なんてまだまだひよっ子ですよ。でも、アリですよね。それも……」
 「ああ、興奮するぞ……」

 『うひひひ……』

 涎を垂らしながら共感した話題に花を咲かせるチビと馬鹿の話題に残された赤と黄の二人もどこかしら共感する部分があるのか。
 それとも、今度試してみようかと考えているのか。
 どちらにしても分かりかねるが……真剣な表情で彼らは頷いていた。

 「——お、俺はパンストも捨てがたいと思う!」

 最後に黄の全身タイツを身に纏うデブが食い気味に挙手をしながら、そんな事をほざく。
 その言葉に対してもトウヤは「ニヤリ」と、気色の悪い笑みを溢す。

 「……なるほど。それでアンタはビリビリ派? それとも、ダメージ派?」

 トウヤの問いかけにデブは悩む事無く、

 「もち、ビリビリ派」

 親指を立てて、はにかんで見せた。
 デブの回答にトウヤは感慨深く頷く。

 「それもアリですね。しかし、俺はここであえてダメージ派で行かせてもらいますよ。なぜかって? 言わせんな! 恥ずかしい! ——しかしながら俺は恥ずかしげも無く堂々と言ってやりますよ」

 と、トウヤは一つ息を吐いて、

 「——知らず知らずの内、または知っている上でその状態のモノをお履きになられた方を見ると興奮しませんか? 前者はそれに気付き、顔を紅潮させ。後者は承知の上でその部分をあえて見せて来る……。——いや、ちらリズム精神を忘れずに歩幅やら組み足などを微調節して来るでしょう。その小悪魔的な彼女と恥ずかしげにする彼女たちのダメージ部分から見え隠れする生足たるや、興奮せずにいられないっしょ——っ!!」

 興奮して拳を強く握り締め、流暢に話すトウヤの目の前に突然——光の矢が横切り。
 その矢はそのまま通路の壁に突き刺さった。
 予期せぬ事に馬鹿共は目を「パチパチ」と、高速で瞬きをして。
 ——揃って馬鹿面を浮かべた……。


 ——とある個室風景。

 「——チッ、外したか……。ミュ—、もう一発よ」

 レンズに映し出されている映像を見つめながらミュリアに指示を送るアリス。
 その指示にミュリアは苦笑しながら、再び車窓に向かって弓を構え、そのまま躊躇う事無く矢を射った。

 「いっけぇぇぇ!!!!」

 と、大声で発しながらアリスは指を振りかざした……。


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