ダーク・ファンタジー小説
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- 夢と共に還る
- 日時: 2019/06/10 13:25
- 名前: 無名 (ID: qO10t4WB)
淀表 皐坏─よどもて さつき─
魔術師としては、家系も何もかも『劣っている』。国際魔術連盟直轄 魔術学区に住む。
御門 露佐─みかど つゆすけ─
皐坏の『想い人』。優秀な魔術師の家系だが病弱なため積極的な魔術行使はしない。皐坏との関係はとても良好。
安倍 秋果─あべの しゅうか─
日本の名家のひとつ 安倍家の後継ぎ。あらゆるものを次元の間に丸め込んで磨り潰す『退殺』の魔術の使い手。
次元を無視してあらゆる条件下でも同じく存在する『永劫棄動』以外で彼女を倒す方法はないとされている。
ダイアン・F・カトラシウス
魔術組織『黄金』に在籍していた魔術師の優秀な子孫で、日本の魔術師たちを嘲笑うかのような形で来日。
国際魔術連盟
一般に『魔術師』と呼ばれる者の中でも最高峰の家系・才覚・技術・権威を持つエリートたちにより構成される国際機関。
ドイツに本部を置き、イギリスには名門・ケンブリッジ魔術学院を設置。多数の優秀な魔術師を養成している。
横浜に置かれた魔術学区は魔術師のレベルアップを目的とした教育機関。
魔術学区
魔術師がレベルアップするために必要な知識を授ける教育機関。魔術組織『黄金』が用いていた純度の高い魔術へのアプローチを試みている。
メーサ・マクグリゴア
魔術組織『黄金』を設立した三大魔術師のうちの一人。現代の魔術師では至れない領域の存在。
────────
───とある街で『虚無なる夜』が発生する…その数年前、横浜で起きた悲劇。
とても壮大な時を越え、とても小さく大きな『愛』が、
その『意味』を教えてくれた。
これは不可思議な物語───
- Re: 夢と共に還る ( No.1 )
- 日時: 2019/06/10 14:20
- 名前: 無名 (ID: qO10t4WB)
授業終わり。
学区はまるで都会の縮図のように賑やかになる。
大学から出て、家に帰ろうとする。
ガツン。
後頭部に衝撃が走る。
「痛……」
振り返る。そこにいたのは、皐坏が通っている大学の同級生。二人組だ。
「おい、ポンコツ皐坏。ダラダラ歩いてんじゃねえよ」
「ノロマは人の五倍くらい急いでよーやくフツーなんだよ!オラオラ、急げバーカ!」
と、持っていたカバンで殴られる。
魔導書や古書など、『重い本』が何冊も入ったカバンで。
無防備のままそれを顔に受けたせいで、額から血が出る。
「ギャハハハハ!落ちこぼれ魔術師なんかさっさとこの学区から出て行けよ!」
「だーれもお前のことなんか気にかけちゃいねえっての!」
………。
「誰も」?
それは違う。
誰も気にかけていない、なんてことはない。
こんな自分にも、一人だけ───。
「オイ、アンタら…そこでやめとかないと。俺がその倍にして返すぞ?」
───そう。こんな自分にも、たった一人だけ味方がいる。
「………露佐」
- Re: 夢と共に還る ( No.2 )
- 日時: 2019/06/12 08:37
- 名前: 無名 (ID: YsIqf46g)
「誰だテメーは?」
「御門 露佐。…だが悪い。つい感情的になって脅してしまった。別に害を与えるつもりはない」
「………御門、ねえ」
「何でそんな名家がこんなクズを守ろうとしてんだ?」
「名家だから何だって?その子は僕の彼女だよ。それ以外の理由が必要かい?」
「ああァ!?彼女ッつったか!?」
驚く不良二人。
当たり前か。
こんなクズと、名家・御門の一人息子………そんなのが付き合ってるなんて不釣り合いすぎる。
そういう自覚はあるから、今更傷ついたりはしない。
「……『御門』の名を出しただけでその扱い……だから嫌なんだ。魔術師っていうのは……」
露佐は名家に生まれながら、病弱なために魔術行使を控えている。
だから彼は『名家に生まれたというだけで鼻高々に構えている連中』が嫌いなのだ。
血筋など頼れない。己が強くあることが一番だ、と。
「は、白馬の王子に助けられて命拾いってか?」
「何か知らんが有り難く思えよクソったれ」
不良は愚痴って帰っていった。
「………ありがとう、露佐。でも、ごめん。
露佐が一番嫌いなこと、させちゃったね」
「気にしないで良いよ。さあ、帰ろう」
「……うん」
露佐は基本的に温厚だ。
だから、こんな殺伐とした魔術師の世界は彼には合わない。
それでも彼は魔術師の子供だから魔術師なのだろう。
誰かがそう決めた。
逆らう権利なんて、きっとない。
二人、黙って歩いていると───
「……露佐さん、どうして?」
薄気味悪い、死人のような声。
「…秋果さん、付き纏うのはやめてくれって言ったの、忘れたかい?」
秋果。
安倍 秋果。
露佐と同じく名家の一人娘だ。
露佐とは幼馴染で、とにかく露佐のことが好きらしい。
特定の動物は生まれた直後に目の前にあった、『動いて声を出すモノ』を親と認識する(刷り込み)らしいが、それと似た原理で彼に依存しているのだろうか。
「そんな女と歩かないでよ……穢れるッ」
「人と人が一緒に歩いただけで『穢れる』?……休んだらどうだい?きっと君は疲れてるんだよ」
「何で…?名家同士結婚すれば、あなたは幸せになれる。
私も、あなたとずっと一緒にいられるっていつも言ってるのに」
「僕が幸せなのは好きな人といられる時間だよ。
そこに魔術とか家系とか、そんなのは必要ない。
けど、だからと言って君を突き放したりもしないから悲観しないでね。
じゃあ、また明日」
露佐が踵を返したので、同じようにして、秋果に背を向けた。
- Re: 夢と共に還る ( No.3 )
- 日時: 2019/06/16 17:59
- 名前: 無名 (ID: YsIqf46g)
「露佐、家はあっちだったよね…今日はありがとう。本当に…」
「…ああ、うん。また明日…」
何となく───。
何となく。
秋果のことが 気になった。
露佐に強く言われて、変な気でも起こしていなければ良いのだが──と。
あってほしくはないが、保証はない。
「……露佐、あの…さ……」
「…あのことだろ?心配しなくて良いよ。あれだけ言えば僕のこと嫌いになっただろう。
…人に嫌われるのは気分の良いことじゃあないけどね」
「……ぁ、……うん…」
先読みされていて、返す言葉が出てこなくなった。
確かに、考えてもみれば当然のことだ。
自分が知っている程度のことは、露佐なら当然知っている。
「魔術学区は下らないモノの考え方に囚われてる。僕の願いはただただそれを壊すことだけだ。
家系や実力なんてどうでも良い。家系はコネにしか使えないし、実力はいつでも付けられる。
大切なのは心だよ。何を叶えたいか。君は魔術を使ってどこに至りたい?目標はあるかい?」
「………私なんかでも…目指したい場所はあるわ。魔術の頂点……本物の魔術……未踏の領域…」
「それならそこに至るために努力するだけさ。生まれつきの実力なんてものは何の自慢にもならない。
そんなものは神が偶々与えてくれたに過ぎない。
それは、それほどの実力を生まれつきには与えられていない人もいるってことさ。
だけど、努力次第でそんな差はすぐに埋められる。
努力もせず、初めから諦めたり傲ったりするのは魔術師として失格……まあ、病弱なのを理由にして魔術を使わない僕が言えた義理じゃあないのは分かってるけどね」
「……露佐」
「……あぁ、つい熱くなってしまって…長話になったね、ゴメン」
そう言うなり、露佐は走って帰って行った。
- Re: 夢と共に還る ( No.4 )
- 日時: 2019/06/17 08:42
- 名前: 無名 (ID: YsIqf46g)
「露佐さん……ねぇ、何であんな女を選ぶの?幸せ?
違うわ。うん。全然違う。露佐さんの幸せは私を独占することだもの」
露佐は皐坏と別れて数十メートルのところでその気配に気づいた。
「………お前」
「ずっと尾けてたのに。今更?」
「皐坏はどうした。皐坏に何かしたのなら……俺はもう容赦しないぞ…お前!」
「荒々しい口調の露佐さんも素敵ね。でも、あの女の前では必死に本性を隠してたのかしら?嬉しい。
そうよ、私にだけ。それを見せて良いのは」
「質問に答えろ。さもなきゃ首を飛ばす。お前との馬鹿踊りを終わらせるためにな」
「気絶させただけよ。あんな女、要らないもの」
「……何を言ってる?忠告したよな。お前、本気で疲れてるのか?」
露佐も秋果も既に正気ではない。
だがそれでも、本性をどうにか抑え込んでいた。
本当は誰も傷つけたくないし、自分も傷つきたくない。
なのに、うちに眠る獣のような何かがずっと騒いでいる。
魔術師は狂気と隣り合わせ。
油断すれば狂い朽ち果てる。
その有り様は人か化け物か判然としないほど凄惨で孤独だ。
「安倍一族…日本を守ってきた魔術師の血族。祖先の『妖怪退治』の伝承が新たな次元の魔術を生み出した。
私の『退殺』……手負いの露佐さんでも防げるかなぁ」
「………お前、正気じゃあないな。分かるぞ。心の底から化け物だ。俺と同じさ。俺の中の獣まで怯えてる」
何かとてつもない力を感じる。
魔術師の嫌なところだ。
同族嫌悪。潰し合い。
「何を言ってるの?これが私たちの正気でしょう?」
大地を揺らすような重低音と共に、この世界を侵食するかの如くもう一つの『世界』が現れる。
「……は」
「怯えてる?喜んでもらえると思ってたのに」
これは無理だ。
手練れの魔術師ならすぐに逃げ出すだろう。
だが、逃げても無駄だ。
「さ・よ・な・らぁ」
露佐は逃げない。
この『世界』から逃げることは不可能だから。
潔く喰われるしかない。悔しいが、感情のままにいかないのがこの世の理だ。
そして露佐は黒い『世界』に呑み込まれた。
鉛筆を削るようにその体は磨り減っていく。
少しずつ。少しずつ。体が痙攣を始める。
「よーく味わっておかないと。
ァハハ、ハハハハ…ワライダケでも食べちゃったのかなぁ?笑いが止まらないぃ」
露佐は既に死んでいるが、『退殺』は止まらない。肉は削がれ、つい先刻まで露佐だったあらゆるものがブチブチと千切れ吸い込まれていく。
秋果にあったのは満足感と失恋のような感情。
「………本当にさようなら。悪く思わないでね」
- Re: 夢と共に還る ( No.5 )
- 日時: 2019/06/17 14:10
- 名前: 無名 (ID: W5EPG16n)
翌朝
「……あれ?露佐、今日は休み?具合でも悪いのかな…」
「あぁ、皐坏さぁん」
歩いてきたのは秋果。
「……秋果…さん?」
「そんな顔しないで。もう露佐さんのことは諦めたから…安心して。
それと…ごめんね。露佐さんのこと殺しちゃった」
「……………………え?」
皐坏は固まった。当然だろう。
殺した?
露佐を?
悪い冗談か?
「嘘……だよね?いくら秋果さん、露佐に酷く言われたからってそんな………あぁ!昨日言ってた通りよ、きっと!
秋果さん、疲れてるわ!今日は休んだら──」
言葉を遮って秋果は言った。微笑みながら。残酷なことを。
「だから死んだんだって」
「───は…」
「いつまでも仲良く楽しくしてられると思った?ごめんね。その楽しみは私が奪っちゃったの」
「………ふ…ざけ…ないでよ…!そんなの……あ……ぅ……」
「そんなの───何?言いたいことは最後まではっきり言ってくれないと」
秋果の、黒く長い髪がそよ風に揺られて綺麗に靡く。
「ァハハ。男だけじゃないみたい…」
「……何…?」
「皐坏さん……あぁ…皐坏さん…私、今とても興奮してる…。
だって、アナタがあまりにも可愛くて…。
悲しみに震えてるのよね、分かるわ。
その震える体が子兎のようで愛しいの…狂おしいほど…」
間近で言い寄ってくる。
その眼はとても澄んでいて、『殺人』を犯した人間のものとは思えないほど輝いていた。
吐息が一々首筋に絡みつき、此方まで欲情を催してしまう。
「……秋果さん…嘘でしょ…?露佐のこと…好きだって……」
「信じられないなら、これでも見る?」
そして秋果は、鞄から信じられないものを取り出してきた。
「……それ…は…………うぐっ──!」
それはかつて人だったモノの一部。肉片。
「これね。露佐のものよ。私が削り殺してあげたの」
「………ううぅゥゥゥゥ!」
あまりの衝撃に、思わず吐いてしまう。
その吐瀉物を…(正気ではない)…秋果は少し舐めた。
一瞬顔をしかめたように見えたが、すぐに此方を向いて微笑む。
「……これで決まったわ…。アナタはもう私のモノにする…」
───。
秋果が絶望を遺して帰ろうとした途端。
「そこの二人ぃー!」
「っ!?」
大きな声。
黄金色の長髪。
秋果は会釈だけして、急ぐように去っていった。
「あら、一人行っちゃった。……ところで、魔術学区とか言うのはここで合ってる?」
「あ……ええ……はい」
「ありがとう………うわぁ!何これ!」
しまった。吐いたものがまだ残っている。
「……ちょっと気分悪くなって吐いちゃって……すみません…今片付けます…」
本当は秋果のことを話したかった。
どうやら私を劣った魔術師だと認識していないらしいし、何か頼れそうな雰囲気だからだ。
しかし、秋果に何かしたとしても、生きている限り必ず復讐してくる。
復讐は嫌だ。泣き寝入りしておいた方がずっと良い。
───今は露佐を殺されたという怒りと絶望ばかりが頭を支配しているが…。
「………」
少女は全く動こうとしない。
美脚が視界に入ってくる。
それからしばらくして、ようやく少女は口を開いた。
「よし、私も手伝おうか」
その少女は突然明るい声でそう言ってきた。
「……あの、お名前は…」
「ダイアン・F・カトラシウス。今日からここで魔術師として修行に励むつもりよ。よろしく、ヨドモテ サツキさん」
「わ……私の名前を…どうやって!?」
「そこの道に学生パス落ちてたから。ほら。この写真、あなたの顔でしょ?」