ダーク・ファンタジー小説

■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
 入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)

宵と白黒
日時: 2022/04/02 15:05
名前: ライター (ID: cl9811yw)
参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode=view&no=20128

 名前も記憶も、すべてに平等なものなんて有り得ない。

───────────────────


こんにちは、ライターと申します。心と同一人物です。
内容に外伝が関わってくるので、そちらも覗いて見て下さいね。上のリンクから飛べます。(複ファです)よろしくお願いします。

#目次

最新話    >>61
まとめ読み  >>1-
頂きものとか   >>40>>46

◐プロローグ(>>1)
《Twilight-Evening》 

◐第一章 名(>>2-6)
《Phenomenon-Selves》
 一話:殺し屋(>>2-4)
    >>2 >>3 >>4
 二話:双子の少女たち(>>5-6)
    >>5 >>6

◐第二章 あくまでも(>>7-15)
《Contracted-Journey》
 一話:依頼(>>7-9)
    >>7 >>8 >>9
 二話:始まり(>>10-15)
    >>10 >>11 >>12 >>13 >>14 >>15

◐第三章 本当に(>>17-23)
《Switch-Intention》
 一話:はすの花は、まだまだ蕾のようで(>>17-18)
    >>17 >>18
 二話:時の流れは、速い上に激しい(>>19-23)
    >>19 >>20 >>21 >>22 >>23

◐第四章 だからこそ(>>24-56)
《Promised-You》
 一話:花開く時は唐突に(>>24-26)
    >>24 >>25 >>26
 二話:想い、思惑、重なり合い(>>27-32)
    >>27 >>28 >>29 >>30 >>31 >>32
 三話:信ずるもの(>>33-41)
    >>33 >>34 >>35 >>36 >>37 >>38 >>39 >>40 >>41
 四話:自由と命令(>>42-45)
    >>42 >>43 >>44 >>45
 五話:終幕(>>47-56)
    >>47 >>48 >>49 >>50 >>51 >>52 >>53 >>54 >>55 >>56

◐エピローグ(>>57-)
《Essential-Self》
 1話:追憶、あなたを(>>57-61)
    >>57 >>58 >>59 >>60 >>61
 2話:現下、あなたに(>>62-)

 3話:


【以下、読み飛ばして頂いても構わないゾーン】
#世界観
▽現代と同じレベルの文明が発達している。
▽真名
 本名とイコールではない。
 本名はいわば認識番号であるが、真名は己を構成するものだからである。これにより、力を使うことができる。(身体能力の強化であったり、発火であったりといったもの)
 真名を奪う力をもつ者も存在する。真名は奪われると記憶を喪失し、当然力も使えなくなる。真名は付けられるものではなく魂に刻まれるものであるため、この世の誰もが所有している。本名を知らぬ者も、真名は知っている。



◆8月30日
大幅に加筆修正。
◆9月13日
2020年夏大会、銅賞いただきました! 読んで下さってる方、応援して下さってる方ありがとうございました!
◆2021年1月24日
2021年冬大会、金賞いただきました! 二回もいただけるとは思っておらず……ありがとうございました!

Re: 宵と白黒 ( No.52 )
日時: 2021/06/08 20:05
名前: ライター ◆sjk4CWI3ws (ID: cl9811yw)

 呼ばれたレンは、小さくそれに頷いた。が、彼女の方へ歩みはしない。自分にはまだすべきことがあるのだから、当然だとでも言いたげに。命が危機に陥りかねない状況下であるのにも関わらず、レンの動作はひどく泰然としていた。
 
「リフィスさん」
 
 ただ、静謐。
 真っ直ぐにルクスの方を見つめる群青の瞳、それへ視線は向けていない。彼らのそれは、どこまでも交わらない平行を走っている。
 シュゼの方を向き、床を舐める炎を見つめながら、レンは声音のみで問いかけた。
 
「あなたはひとりで。私はここに残る」
 
 リフィスは、当然のようにそう告げる。微塵の揺るぎもない、確かな声。
 それを聞いたレンの口元に、薄く笑みが浮かぶ。あなたならそう言うと思っていた、とでも言いたげな顔で、そのまま白髪の少女に言い放った。薄く炎の色が透けて赤に染まる髪と、青の目。微塵もあのひとと似ている要素は無いのだけれど、持っている意志の強さは同じだ。それに、どこか惹かれる。
 そう思ってから、ゆっくり瞬いて口を開く。
 
「僕ハ後カラ行く。シュゼたちハ先ニ行って」
 
 見捨てることなど、出来ようはずがなかった。もう覚悟は出来ている。
 ───もう自分は、リフィスを華鈴と同じようにしか見られないから。
 
 □  △  □
 
「あいつなら、きっと大丈夫だ」
「でも!」
「オレは、お前たちとレン、どっちかを取れって言われたらお前たちを取る。……行くぞ」
 
 そう言って踏み出した一歩の足音が、妙に頭を抜けた。緊張や心労を抱いている時の重さとは違う、ざらりとした感触が残っている。
 師匠の遺体を放置してきてしまった事への心残りか、それとも罪悪感をレンに抱いているのだろうか。棺に入れられて葬式なんてあんたの柄じゃないだろう、と問いかけるように呟いて、後悔を振り切る。
 ちらりと後ろを振り返った視界の端で、短髪が揺れる。
 見捨てた訳ではない、と心の奥で言い訳をした。とりあえず二人を安全なところまで連れていき、助けを呼ぶのが最善だと判断したからだ、とも付け加えてみる。
 違う、と思った。
 
「解ってしまうから」

 独り言のように、言う。
 リフィスという少女と、彼女を見るレンの目を見た瞬間に解ってしまった。
 彼にとってリフィスとは、自分にとっての双子のような存在なのだと。いや、多少の差異はあるだろうか。特に人の気持ちを読むのに長けているわけではないから、上手くそういうことを察することは出来ない。
 だが、彼を邪魔することはきっと許されないと、そう思った。
 トワイの呟きに、リュゼは薄く笑うのみだった。

Re: 宵と白黒 ( No.53 )
日時: 2021/07/15 23:35
名前: ライター ◆sjk4CWI3ws (ID: cl9811yw)

□  △  □

「アレン、あなたのチカラでルクス様を……いえ、そんなことは無駄でしたね」
「当然だ」
 
 ざらりとした、平坦な口調だった。
 アレンの異能力、それはすなわち空間接続である。一定の距離を置いたふたつの空間を、擬似的に接続することが出来る。その強力さに違わず、アレン自身の負担は大きい。が、そんなことを理由にして彼は力を使わないのではなかった。
 マットブラックの両目が、一切の揺らぎを見せずにリフィスヘ向けられる。群青と墨色が交わって、同時にある方向へ向けられた───すなわち、二人の主へと。
 白髪を持つ主は、ゆっくりと口を開く。
 
「きみは最後まで可哀想な子だね、リフィス。だから、きみはもう『リフィス』を辞めなさい」
 
 Sacrifice───異国の言葉で、『犠牲』を指す。ルクスに仕えるにあたって付けられた自分の名前、その意味を教えてくれたのは当のルクスだった。
 水飴を溶かしこんだような甘い声音でありながら、そこになんの感情も込められてはいないのだ。
 その矛盾に、そばに居たレンはわずかに身を引いて顔をしかめる。肌に走るそれは、嫌悪感と恐怖感。ルクス・キュラスという人間の本質を、少年は垣間見た。
 
「それでも、選んだのは私です」
 
 そっと群青の瞳が伏せられる。それをふちどる睫毛が、ゆっくりと震えた。
 
「そう。アレンは? ……聞くまでもないかな」
 
 どこか無関心さえ感じられる声音。平坦で均一で無機質な、コンクリートのような声だ。
 アレンはそっと主へと歩み寄る。今までルクスが、こんなにも力を使う際に消耗したことはなかった、とアレンは思う。否、力を使って失敗したことがなかった。故にアレンの中でルクスは絶対であり、唯一だった。彼が持つ絶対性、カリスマ性とでも言うべきものが、アレンを惹き付けていたのだ。
 
「ええ。当然でしょう」
 
 それでも、どうしようもなく彼を支えてやりたいと、アレンは思う。
 ルクスはもう、ほとんど目を閉じかけていた。外傷はないと言っていい。では彼のどこが傷ついているというのか、それは魂である。肉体と魂は相関関係にあるのだ。肉体が欠けても魂に影響はないが、魂が欠けたり傷ついたりすれば、それは肉体に影響を及ぼす───通常では考えられないほど、強く。
 じわり、じわりと、部屋の中の赤い範囲が広がってゆく。燃えきらないなにかが上げる黒煙が部屋に満ち満ちていきかけている。入口の大扉が空いていなければ、とっくのとうに全員が死んでいるだろう。
 もう動けない様子のルクスを見てとって、ずっと黙り込んでいたレンが、意を決したように口を開いた。
 
「介錯を、してあげてクダサイ」
「かい、しゃく……?」
「あなたがルクスさんを殺すということです、リフィスさん」
 
 アレンが大きく目を見開く。リフィスも、驚きで顔を染めた。
 
「本気で、言っているのか……」
 
 彼が、かすれた声でそう言う。
 
「アキツに伝わル風習のヒトツで、死者を苦シマセズに送り出す方法ナンデす」
 
 淡々と説明する少年の声が聞こえたのか聞こえていないのか、ルクスはうすく笑った。なにも言葉を発しはしないが──というよりはもう出来ないのだろう──アレンとリフィスを信じるように笑っている。
 リフィスは考え込んでいるようだった。何が主にとって最善なのだろう、と。自分は彼に、なにをしたかったんだろう、と。
 なにをしたかったんだろう。
 
「ああ……」
 
 少女の口元から、吐息が零れた。そうか、と内心独りごちる。
 
「あなたと一緒に、平和に、死とかそんなこと考えなくていいぐらいに、笑いあいたかった。私、普通の世界で生きてみたかったです、ルクス様」
 
 アレンはもう何も言わない。そっと主のそばに跪いている。ルクスもまた黙っている。火の爆ぜる音すらも割り込ませずに、静寂が満ちる。
 
「あなたのことが、大好きです」
 
 忠愛であれ、恋愛であれ。

Re: 宵と白黒 ( No.54 )
日時: 2021/07/18 22:47
名前: ライター ◆sjk4CWI3ws (ID: cl9811yw)

「ああ」
 
 同じ音が、違う高さでもってレンの口からこぼれおちる。どうしようもなく美しい、と。胸の奥が締めつけられるような、刃で貫かれるような。
 そっとリフィスがしゃがみこんで、ルクスの胸に指先を当てた。狭い領域に、彼女が力を集中させたのだ。なんの音も立てずに、彼の纏っていた服と、肌と心臓とが水と化してゆく。赤い液体がこぼれるが、それは血よりも薄い色合いをしていた。
 円柱状を成してルクスを貫いたリフィスの力が、今完全に、彼を死に至らしめた。
 
「私は最後までここにいる。……ルクス様のあの言葉の意味を、分かっているだろう」
 
 アレンは静かに当然を告げる。強い光を宿した漆黒の目が、確かにリフィスを捉えた。
 
「ええ。……ええ、分かっています。当然、でしょう」
 
 からりとしていながら、どこか押さえつけているような声だった。泣いているわけではない。
 ばちばちと爆ぜながら、炎が白と黒の主従を飲み込んでいきかける。アレンはゆるやかに跪くと、ルクスを見つめて、何事か呟いた。答えがあるはずもないのだが、彼は、満足気な笑みを見せて目を閉ざす。
 
□ △ □
 
「リフィスさん」
「ええ。……私は、生きなくてはならない。もう他に手がないのです、やりましょう」
 
 窓からの飛び降り。炎に包まれた大扉の方へ抜けていくのが不可能となった今、逃げるとするならばもうそこしかありえないのだ。
 一見自殺行為だが、自分とリフィスのチカラを合わせればどうにかなる、とレンは思考する。
 リフィスが全てを出力に注げるよう───それでももう残滓を掻き集めているようにしかならないが───発動するタイミングはレンが操る。
 
「お願いします、リフィスさん」
 
 異能が発動する際に使われている、具体的な器官というものは発見されていない。発見されていないというよりは、無いという方が正しいだろうか。
 レンはそんなことなど知らない。だが、しかと確信している。即ち、自分の力で、強制的に異能を発動させることも可能であると。
 はるか地上で、青い光がちらついている。
 
「───絶対に離さないで!」
「わかってますよ!」
 
 一切の音もなく、リフィスが窓ガラスを溶かした。それと同時に、ふたりで窓枠に足をかける。なるべく空気抵抗が大きくなるように、全身を広げて───窓から、飛ぶ。
 
「りふぃす、さん……!」
 
 目も開けていられない程の激しい風圧、しかしレンはそれを閉ざす訳にはいかなかった。なるべく離れないように、と、軽く繋いだ右手はまだ暖かい。どうして視覚だけを開いておくことはできないのか、と、取り留めもない思考が瞬いた。
 そうしている間にも、重力という名の絶対律が、彼らを地上に戻さんとのしかかる。
 
「あ」
 
 少女が、小さく声を零す。
 とろり、と青が溶けた。それはブランのリボンタイであり、彼女への暗示。する、と手の間を抜ける水のごとき滑らかさで、手首からそれは解けていく。同時、あおいろがゆるやかに雫に変わった。下から吹き上がる風が、それらを全て空へと持ち上げる。
 リフィスを見つめる黒の瞳が、一瞬青に染まった。
 どうしてこのタイミングで、と呟かずにはいられない。それは異能の暴走、リボンタイが解けたのは風圧によるとしても、それが液化した理由は間違いがない。そして意識させられるのは隣の少年。
 
「だいじょうぶ、だから」
 
 途切れ途切れの声が響く。
 それにリフィスは何も言葉を返さなかった。否、返せなかったのである。そして、少女は視界を閉ざした。
 永遠とも思える数瞬だった。ちょうど地面に顔を向ける体勢で落ちてゆくふたりの影が、いよいよ窓際まで到達したらしい炎によって生まれる。

「カウント───!」
 
 耳元で唸る風を、少しの掠れすらもなく貫いて、少年の声が響き渡る。
 
「5!」
 
 レンの瞳がゆるく動いて、地面との距離を測る。遅すぎたら、きっと全身の骨が砕けちる。早すぎてしまっても、液化したコンクリートは彼らを拒絶するだろう。
 
「4」
 
 リフィスが閉ざしていた視界を一瞬開く。伺い見たのは、隣の少年。
 
「3、2──」
 
 目を閉ざす。体内の力を振り絞る。真っ直ぐ伸ばした左手に、それを収斂する。
 体内に、電流が走り抜けた感覚。ぞくり、と総毛立つのを、少女は感じとった。自分の意思に反して、力が漏れ出ていく感覚。これは知っている、と彼女は思う。同時に、昔とは違う、とも。恐怖感と、それを上回るひどくやさしいなにかがそこにあるから。
 いち、という声はない。どぷ、と音を立てて──────二人の体が、水に沈む。否、それは水ではない。水よりも粘性の高い、いわばゲルのような。
 ざ、と音を立てて。あまりの集中によって失われていた周りの喧騒が、一度にふたりへと襲いかかる。それはサイレンの音であり、通行人が囁き交わす音であり、足音であった。
 
「けほ、かは……」
「痛っ、う」
 
 左手から突っ込む形となったリフィスは、思っていた以上の衝撃に顔を歪め、顔面も同時に着水する形になったレンもまた咳き込んでいる。お互い無傷とはいかなかったが、それでも、生きている。炎の中を脱出していくよりも遥かに被害の少ない方法で。
 その事に安堵しながら立とうと、せめてこのゲル溜りから抜け出そうと、力が及んでいない地面に手をかけて這いずり出る。もう一度立ち上がろうと試みた瞬間に、ふらりと全身から力が抜けるのを感じた。
 暗転。 

Re: 宵と白黒 ( No.55 )
日時: 2021/07/22 22:18
名前: ライター ◆sjk4CWI3ws (ID: cl9811yw)

「リ、ふぃすさ……か、」
 
 まるで死にかけではないか。
 全身がぎしぎしと痛むが骨が折れている気配はどこにもなく、自分たちの作戦が成功したのだと少年は安堵する。着水の際にうつ伏せの状態だったせいで、幾らか吸ってしまって咳きこんではいるが。
 ずるりとゲル溜りから這い出て、倒れてしまった少女を気遣うように、その傍に跪く。が、極度の緊張──していたことに今気付いたが──が解けたからか、疲労からか、急に視界が白く飛びはじめる。音が次第に聞こえなくなっていって、ようやく意識が飛び始めているのだと気付いた。
 気付いた時にはもう遅く、少年の意識は消えていた。
 
□ △ □
  
 左、右。先頭を行くトワイが辺りを見回す。緑色の光を視界に入れるなり、そちらへと駆け出した。双子も彼の背を追って走り出す。
 シュゼはぎりぎりまで炎の制御を保っていたいようだったが、そろそろ限界だったのだろう。ゆるりと下ろされる右手と同期して、光の粒が空間を透かした。ちらりと顔をしかめたのは、急に耳鳴りが止んで頭痛も無くなったことへの違和感だろうか。
 ふ、と周りを彩っていた光輝が消失して、視界の中から色がひとつ消える。
 
「大丈夫、シュゼ」
「うん」
 
 その様子を見てとったらしいリュゼが、ちらりとそちらを伺いながら声をかける。空色の目に、はっきりと心配げな色が載っていた。
 それにゆっくりと苦笑して、白髪の少女はそう答える。真っ直ぐに正面を見て、先程から言おうと思っていたことを口に出す決意を固めた。
 
「……私、髪伸ばすね」
「うん。シュゼはきっと、長い方が似合うよ」
 
 躊躇っていたのが馬鹿馬鹿しくなるほどの、清々しい返答だった。
 まるで学校でする友人同士の会話のような。傍から見ればひどく気の抜けた言葉に、リュゼは笑みを浮かべた。その表情に反した感覚が、頭へと突き上げてくる。つん、と鼻の奥が痛くなって、目はじわりと熱を帯びていた。
 追憶に沈みそうになる頭を振って、ただ正面を見つめる。先に扉の方へたどり着いたトワイが、扉に手をかけて顔をしかめた。

「鍵、かかってるな……!」
 
 そうこうするあいだにも煙はそこに迫ってきていて、一刻も早く開けなければならないと、焦りばかりが募っていく。判断は一瞬だった。
 す、と息を吸う。きらりと足に光を纏わせて、勢いよく扉に叩きつけた。途端、足が軋みをあげる。いい加減にしろ、と脳内で自分の声が響く。これ以上やれば本当に壊れる、と。口から溢れそうになる呻き声をどうにか押しとどめて、トワイは振り返った。
 
「はやく!」
 
 シュゼとリュゼが横並びになって、トワイが蹴破った扉から出ていく。それを見送って、彼もまたそこに飛び込んだ。気休め程度でもそれ以上煙が侵入しないように、と扉を閉めると、がしゃりと音を立てながら防火シャッターが降りてくる。
 これでもう完全に、階段の中と外は隔離された───そこで心に引っ掛るものの正体は、黒髪の少年であった。
 非常階段は、珍しい螺旋状をしていた。特に内装が凝られているわけでもない、無機質な。モノトーンのそれが遥か下まで続いているのは、ある種退廃的ななにかを感じてしまう。こぉん、と足音が反響して、下へ抜けていった。無限とも思えるそれを、双子のペースに合わせてくだる。 
 ちらりと壁面に目をやれば、そこにはXXIIIと蛍光色のペンキで塗られていた。23を意味する古代文字だが、その色のセンスがどうにもルクスと結びつかず、違和感が過ぎる。周りが暗くても見えるように、との配慮だろうか。確かに光源が段ごとに設置されたフットライトのみのこの空間では、その文字はとてもよく見えた。
 そんなことを考えている場合ではないな、と苦笑して、ちらりとシュゼとリュゼに目をやった。
 目の合ったリュゼが、かくりと首をかしげて上を見上げる。
 
「それにしても、どうしてここは残してあったんでしょう? 上だとスプリンクラーとかは動いていなかったのに、この階段は防火シャッターが作動した……」
「あと、結構降りてきてるはずなのに、次の階に接続するところがないよね……? 私たちがいた階が多分26だから、ここまでで25階とか24階に繋がるドアがあってもよさそうなのに」
 
 シュゼも壁面に手を滑らせながらそう続けた。
 
「たぶん、ルクスが逃げるためだろうな。今まで使われたことがなかっただけで。ほら、こことかも埃が多いから。……扉がないのは、この階段自体がある種の避難場所だからだと思う」
 
 未だ首を傾げている少女に、かつて同業者から聞いた噂話を思い返しつつ口を開く。
 
「何が起こるかわからないから、とりあえず一旦逃げておける場所としてここをつくったんじゃないかな。他の階とかから攻めこまれないように、一切接続するところがない──酒場にも同じような地下室があるって聞いたことがある。乱闘とかが起きて、店員に危害が加えられそうになった時に、ウェイトレスのひとたちを逃がしておく場所がさ」
 
 そう考察しながらも一回止まっていいか、と誰に問うでもなく呟いて、そのまま立ち止まる。ブーツの紐を緩めに結び直しながら、壁に背をつけて座り込んだ。彼女に証拠を見せるみたいに床面に指を滑らせて、白い埃がまとわりつくのを確認する。
 その隣でシュゼが、ぽつりと呟いた。
 
「……ありがとう、トワイさん」
 
 質問に答えた事の礼だと思ったのだろう、大したことない、と口に出しかけたトワイが、彼女の表情を見て瞬間黙り込む。否、息を飲んだが故に黙り込まざるを得なかった。
 シュゼは、目を細めていた。悲しみとも喜びとも似つかぬ、いわば慈しみのような。白亜の前髪が、仄暗い空間できらめいている。そんな彼女の視線の先にあるのは、たしかに光を跳ね返す銀色の懐中時計。スマラグドゥス、古語で『翡翠』を指す言葉だ。
 その薄碧に目を細めながら、シュゼはどこか現実感のない感覚に囚われていた。およそたった一日とは思えまい。
 つい昨日のことなのに、リュゼと酒場のドアを開けた瞬間がはるか昔のように感じられる。あの時見えた窓から射す夕陽の色、それは未だせていない。
 
「私からも……ありがとうございました、トワイさん」

 リュゼも淡く笑いながら、トワイにそう言う。空色の両眼が、ゆっくりと伏せられた。
 シュゼが自分に対して抱いていた思い、自分がシュゼに対して抱えていた思い。全て吐き出してしまったら、とても楽だった。そのきっかけをくれたのはこの旅で、その助けとなってくれたのはトワイという青年で。
 でも、旅に踏み出そうと、自分へ手を伸ばしたのは、シュゼだ。敵わない、と笑みがこぼれる。
  
「こちらこそありがとう、依頼人の方々」
 
 疲れ切った声音ながら、確かな意志を込めて、トワイはそう言った。

「すまない、もう立てる。行こうか」

 そして立ち上がる。

Re: 宵と白黒 ( No.56 )
日時: 2021/07/27 23:43
名前: ライター ◆sjk4CWI3ws (ID: cl9811yw)

□ △ □

 半ば転ぶようにして、三人は一階に降り立った。それはちょうどエントランスの受付の真横であり、外の道路がよく見える場所である。
 
「こんなとこにドアあるの、知らなかった……」
 
 シュゼが呆然とそう呟いた。
 外とこちらを隔てるガラスの自動ドアは全開にされ、正面には警察の車が止まっている。シュゼの瞳と同じような色をした青いライトが、夜の闇を打ち払っていた。
 エントランスの中央付近には、ビル内に残っていたらしい数名の社員の姿がある。それと同じように、ビルの前には多くの人が集まっていた。
 通報を受けてやって来ていたのだろう、警察の制服を纏った男性がこちらへ走り寄ってくる。
 
「ありがとうございます。───はい、ごめんなさい……。アレンさんの力で───そうです、多分ルクスさんが爆発させたんだと思うんですが」
 
 ここは一族の人間である双子に任せた方が良いだろう、と一歩引いて見つめていると、リュゼの悲鳴のような声が耳を刺した。
 
「まだ……まだ、上に人がいるんです!」
 
 入口の前で、ざわりと人々の声がにわかに大きくなる。何事だと一瞬その場の全員分の意識がそちらに向いて、野次馬たちの声が聞き取れた。
 
「落ちてくるぞ!」
「ふたりだ、なんだあれ……子供か!?」

 そんな叫び声がする。
 はっと三人が一様に目を見開いて、シュゼが真っ先に走り出した。制止を促す警察官の声など耳に全く入らないかのように、少女は駆け去っていく。リュゼが一瞬トワイの方を振り返ってから後に続いた。
 
「もしかして、さっき黒髪の子が言っていた──!?」
 
 警察官の声だ。
 
「ああ! まさか飛び降りるとは……!」
 
 思わなかったが、と語尾に溶かして、青年も双子の後に続く。ふたりを心配する思いは濃くなる一方で、レンを見捨ててきてしまったことの罪悪感はじわりじわりと薄れてきていた。
 罪悪感。
 そんなものを自分は抱けるのだと、トワイは小さく笑みをこぼす。果たしてそれが喜ぶべきことなのか、その時の彼には判断がつかなかったが、それでもその笑みにあざけりは含まれていない。
 外へ飛び出すと、夜の空気が肌を撫でる。夜独特の、トワイにとっては馴染み深い澄んだ香りは、周りにいる人によってか環境によってか、どこか薄汚れていた。そこにどうしても消しきれない仄暗い香りが混ざっていないあたりが、彼にとっては新しい。
 これが都会というやつか、と改めて実感する暇もなく、シュゼの声が耳に届いた。

「レン!?」
 
 彼女の目に入ったのは、互いに寄り添うように倒れ込んだリフィスとレン。それだけ聞けば恋人たちのようであって、でもシュゼにはそれは違うのだと理解出来る。
 だって彼らは向き合っていない。
 お互いに違う方を向いて──背を向けあって──倒れている。
 辺りは街灯と、林立するビルの中から漏れ出てくる光によって、あまり暗いわけではない。が、それ故に暗い部分はより闇が深く、レンたちが倒れている場所もまたちょうどビルの影となって判然としない。そこには、白い肌のみがぼんやりと浮かび上がっていた。
 その場全体に視線を滑らせると、ぬらりと光る、明らかに地面ではないなにかが目に入る。奥に倒れているレンよりもさらに後ろだ。よく見れば、それと同じような物質が彼らにもまとわりついている気がしてならない。
 少し鳥肌が立つのを感じながら、さらに駆け寄ろうとした少女を、警察官が押しとどめる。
 ば、と黄色い規制線が張られ、救急車が到着した音がする。その場に踏み止まりながらも、シュゼは右手の人差し指を伸ばして口を開いた。
 
「なんだろう、あれ」
「分からない……。でも、息、してるみたいに見えるよ」

 救急隊員たちに運ばれていくレンとリフィスの胸は、しっかりと上下しているようだった。その事に気づいて安堵の息を零しながら、リュゼはトワイを振り仰ぐ。 

「トワイさん?」
 
 リュゼは何か言いたげな彼の様子を察したのだろう。シュゼもそちらに目を向ける。
 
「なんて言えばいいんだろうな、その……幸せそう、だと思って」

 困ったように眉を下げて、手で頭を掻きながら。ストレッチャーで運び込まれていく寸前に見えたその顔を思い返して、そう言語化する。幸せそう、という形容が正しいのかは分からないが、少なくともトワイはそう思った。

「そうだね。なんというか、満足してそうというか」
 
 ゆっくりと口元を緩めながらシュゼは言って、その場から救急車が走り去って行くのを見届ける。
 
「トワイさんも嬉しそうな顔してますね」
「オレが?」

 あなた以外に誰が居るんですか、と笑って、リュゼはゆるりと目を閉ざした。
 
「トワイさん、すごい笑えるひとじゃん。表情豊かっていうのかな」
 
 シュゼにも立て続けにそう言われて、トワイは瞬いた。
 笑える、か、と。今まで幾度も笑顔を浮かべたことはあるはずだが、彼女たちが言うのはそれではないのだろう、と察する。
 
「確かに。……理由に関して思い当たる節は、あるからな」
 
 今まで殺してきたひとたちの血が、怨嗟えんさが、身体に染み込んでいる気さえしていた。
 だから自分は幸せになるべきではないとも思っていた。否、今も思っている。それが優しさというものに由来するのならば、それを知ってしまった己はもう『殺し屋』というものは出来ないのだと悟ってもいた。自分がなお苦しむと分かっていて続けられるほど、正義を頂く綺麗な仕事ではないからだ。
 今まで経験したことのない、選択。
 
「リュゼたち……、は、さ。オレにどうあってほしい?」
 
 曖昧な問いになってしまうことを咎める者は、きっといないだろう。なぜなら、彼はこんなにも、瞳を揺らして問うのだから。
 
「笑っててほしいです。好きなひとには笑っててほしいじゃないですか。あなたという人間に、笑っていてほしい」

 さらりと風が吹いて、目線を合わせようと顔を上げた彼女の髪をすくいあげては放り出す。
 自分の言葉が、果てしない傲慢であるとリュゼは理解していた。彼が過去に何をしてきたか知った上でそう言うのは、過去をなかったことにしようと、向き合おうとしていた彼の思いを踏みにじるも同義だからだ。
 だが、それでも少女はそう望む。
 たとえ何と言われようとも、彼のあの笑顔を美しいと思うから。命には終わりがあることを知っているからこその、どこか儚さの滲む笑顔を美しいと思うから、笑っていてほしいと願うのだ。
 シュゼはなにも言わなかった。ただ目を閉じて、リュゼと同じように笑う姿が、肯定を示している。
 
「そっか。ありがとう」
 
 答えが端的になってしまったのは、震える語尾を悟られないようにするため。目を外してそっぽを向く風になったのは、泣きそうな表情を見られないようにするためだった。
 
「ああ」
 
 リュゼが、シュゼが。彼女らがそう望むのならば、自分はそうあろう、と。それは彼なりの恩返しであり、礼であった。
 その答えに、リュゼが明確に笑う。
 ため息がこぼれそうになる。今まで一度も見た事のなかったその笑顔に、強く惹かれる。命はまだまだ先があって、これからもずっと続いていくと信じている人間の、永劫えいごうを照らす太陽のような笑顔にひどく憧れる。うつくしい、と感じざるを得ない。
 
「ありがとう」
 
 宵の口はもうとうに過ぎて、夜がしっとりと深くなっていく。でもまた陽は昇るのだ。
 警察官に呼ばれてそちらへ歩いてゆく三人の姿が、ゆっくり雑踏に溶けていった。
 
  
 ───後にトワイは、「あの時告白したつもりだったんですが」と、リュゼに困惑されることになるのだが、それはまた別の話。
 
 
 
次章:エピローグ 
   《Essential-Self》
   1話:追憶、あなたを
 >>57-


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