ダーク・ファンタジー小説

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 入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)

宵と白黒
日時: 2022/04/02 15:05
名前: ライター (ID: cl9811yw)
参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode=view&no=20128

 名前も記憶も、すべてに平等なものなんて有り得ない。

───────────────────


こんにちは、ライターと申します。心と同一人物です。
内容に外伝が関わってくるので、そちらも覗いて見て下さいね。上のリンクから飛べます。(複ファです)よろしくお願いします。

#目次

最新話    >>61
まとめ読み  >>1-
頂きものとか   >>40>>46

◐プロローグ(>>1)
《Twilight-Evening》 

◐第一章 名(>>2-6)
《Phenomenon-Selves》
 一話:殺し屋(>>2-4)
    >>2 >>3 >>4
 二話:双子の少女たち(>>5-6)
    >>5 >>6

◐第二章 あくまでも(>>7-15)
《Contracted-Journey》
 一話:依頼(>>7-9)
    >>7 >>8 >>9
 二話:始まり(>>10-15)
    >>10 >>11 >>12 >>13 >>14 >>15

◐第三章 本当に(>>17-23)
《Switch-Intention》
 一話:はすの花は、まだまだ蕾のようで(>>17-18)
    >>17 >>18
 二話:時の流れは、速い上に激しい(>>19-23)
    >>19 >>20 >>21 >>22 >>23

◐第四章 だからこそ(>>24-56)
《Promised-You》
 一話:花開く時は唐突に(>>24-26)
    >>24 >>25 >>26
 二話:想い、思惑、重なり合い(>>27-32)
    >>27 >>28 >>29 >>30 >>31 >>32
 三話:信ずるもの(>>33-41)
    >>33 >>34 >>35 >>36 >>37 >>38 >>39 >>40 >>41
 四話:自由と命令(>>42-45)
    >>42 >>43 >>44 >>45
 五話:終幕(>>47-56)
    >>47 >>48 >>49 >>50 >>51 >>52 >>53 >>54 >>55 >>56

◐エピローグ(>>57-)
《Essential-Self》
 1話:追憶、あなたを(>>57-61)
    >>57 >>58 >>59 >>60 >>61
 2話:現下、あなたに(>>62-)

 3話:


【以下、読み飛ばして頂いても構わないゾーン】
#世界観
▽現代と同じレベルの文明が発達している。
▽真名
 本名とイコールではない。
 本名はいわば認識番号であるが、真名は己を構成するものだからである。これにより、力を使うことができる。(身体能力の強化であったり、発火であったりといったもの)
 真名を奪う力をもつ者も存在する。真名は奪われると記憶を喪失し、当然力も使えなくなる。真名は付けられるものではなく魂に刻まれるものであるため、この世の誰もが所有している。本名を知らぬ者も、真名は知っている。



◆8月30日
大幅に加筆修正。
◆9月13日
2020年夏大会、銅賞いただきました! 読んで下さってる方、応援して下さってる方ありがとうございました!
◆2021年1月24日
2021年冬大会、金賞いただきました! 二回もいただけるとは思っておらず……ありがとうございました!

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Re: 宵と白黒 ( No.31 )
日時: 2020/08/30 20:56
名前: ライター ◆sjk4CWI3ws (ID: cl9811yw)
参照: https://www.kakiko.info/upload_bbs3/index.php?mode=article&id=2073&page=1

『それは……?』

 ブランが僅かに目を細め、静かにレンへ問いかける。

『つまり、ええと。【華鈴さんの記憶がない僕】を、【華鈴さんに力を行使される前の僕】に戻したとするならば、その間に在る二年間の記憶とかは吹き飛んで然るべきなのでは、ということです。でも、僕の記憶はちゃんとあるんですよ』

 自身でも混乱しながら、レンはそう言った。目の前に座る彼女の青い目が伏せられ、テーブルの表面を凝視するのを瞬きながら眺める。ややあって、何かを閃いたかのようにブランははっと顔を上げた。俄には信じ難い、とでも言いそうな表情をしつつ彼女は口を開く。

『力の行使は、本来とても難しい。特にリュゼや私、ノーシュのような系統の力であれば尚更だ。ピンポイントで使うのは相当の集中が要る。だが、リュゼがそれをやってのけたとするならば。全てに説明がつくだろう』

 そう言って彼女は再び視線を下げた。本当に信じ難いが、と呟きを付け足す。
 ノーシュもブランも、力を使う際は広範囲を対象として使う。そして、そこから対象を探すのだ。誰か一人の情報に絞って、つまり先程彼女が言ったようにピンポイントで使うというのは相当難しい。無論、力の能力によっては逆に大規模な行使が難しいもの───トワイやシュゼ、レンのものなど───もある。
 ブラン自身もそれが出来ないことはないし、やったことはある。だが、負担がかかり過ぎて使い物にならなかった。あくまでも行使するのは人の身だ。

『つまり?』

 いよいよ混乱してきた、といった顔でレンはブランに問い直す。

『イメージとしては、水だな。細く水流を出して一人に当てるのは時間がかかるし難しいだろ? ホースから一気に放水する方が遥かに簡単だ。もちろん使う水の量は多いから、負担はそれなりにかかる。どっちもどっちと言った所だ……そして、君はひとつ勘違いしている』
『貴女に質問ばかり返すのは少し癪ですけど。聞きますよ、何を僕は勘違いしてるのですか?』
『君が戻された部分は記憶じゃない。いや、そうなったから結果論的にとも言えるが……おそらくは』

 目を鋭く細め、彼女は一旦言葉を切る。

『過去そのものだ。君が力を行使された地点から、ほんの少しだけ戻す──力を使われ、それが効果を発揮したということのみを時間を戻して無かったことにしたのではないか、とボクは思う』

 ああ、と小さく呟いて納得した顔でレンは頷く。長い前置きもそれが理由だったのか、と。そして彼がなにか言おうと口を開きかけた時、横合いからテーブルの上へ影が差した。

「すみませんお客様? 長時間の雑談はお控えいただきたいのですが……」

 まだ若い、このスーパーの従業員だ。クリーム色と緑の差し色が入った制服を着て、困ったように笑っている。

「ああ、それはすまない。レンくん、あとは戻りながら話そうか」
「あ、ハイ」

 瞬時にタリスク語に切り替えて返答したブランが、床に椅子を擦らせながら立ち上がる。レンも直ぐに言語を切りかえて返事をし、買ったものへと手を伸ばした。立ち上がったことで改めて体に寒気が走り、レンはトワイにウィンドブレーカーを返してもらうことを決意する。

 静かに一礼した店員に背を向けて、彼らは歩き出した。自動ドアから外へ踏み出れば夜の空気が体を包む。走る車の音に紛れてしまいそうなほどの小声で、ブランは呟いた。

「レンくん。ボクはね、リフィスを助けたいんだ。だけど、ボクでは何も出来ない。だからキミへお願いしてる」

 いつものそこはかとなく芝居がかった、打算ありきの語調ではないとレンは感じた。タリスクの言葉でそれが放たれたことも、またそのことを裏打ちしているように思える。
 レンの中でのブランへの印象は、主に油断ならないということが大半だ。まさか彼女が本音をさらけ出すなんてことがあるのだろうかと思ってしまうのも仕方なしと言える。
 それが本当に本心なのか、それを問おうとレンは反射的に口を開いた。

『それって……』
『冗談。キミが一番利用しやすそうだったからさ! トワイくんは油断ならないという感じがするし、シュゼとリュゼは以ての外。キミを一目見た時に分かったよ、とても純粋な子なんだろうなって。それに男の子だから、最悪色じか』
『何しようとしてたんですあなた!?』

 いつもの口調で軽快にそう言ってのけた彼女に、レンは動揺した視線を向ける。思わず大きな声が出てしまい、周りの人の迷惑になっていやしないかという不安が走った。一方ブランの方といえば否定するように手を振って、気楽げな笑みを滲ませている。

『本当、やめてくださいよそういうの……』
『もー、人聞き悪いこと言うなって。ほら、とっとと帰る!』 

□  △  □

 ざわめく服屋の店内には、比較的親子連れが多い。子供の甲高い声がいまいち得意ではないトワイは、僅かに身を引きつつ買い物を済ませた。やはりリュゼと二人きりというのは落ち着かず、さりとて自分一人というのも困ってしまう。逃げるように足早に店内を出て、ちらりと店内の方を振り返る。
 その時、不意に隣を歩くリュゼが声を上げた。

「わ、可愛い……」

 トワイがその声につられて視線を向ければ、通路を挟んで向かい側にある子供服の店が目に入る。どうやらリュゼの視線の先にいるのは、まだ四、五歳と思われる子供を二人連れた家族のようだ。水色の揃いのパーカーを着て、子供たちは楽しげにはしゃいでいる。その母親らしき人物は、ちらちらと自分の子供を見つつ服を物色していた。

「双子、か?」

 その顔を見て、小声でトワイはそう呟いた。そっくりで、服装も同じ。違うのは髪色くらいだろうか。そう考えれば双子と思うのも妥当な所だろう。

「そうでしょうね」
「あんな……あんなにそっくりだとさ、自分が本当に自分なのか分からなくなったりしそうだな」

 緩やかに歩きだしながら、ふと浮かんだ疑問をトワイは口にした。僅かに首を傾げてリュゼを見る。己自身も双子である彼女は一瞬きょとんとしてから彼の言わんとするところを理解した。《自分》というものにあれほど悩んでいた彼であれば当然であろう、と。リュゼは、ニコリと満面の笑みを浮かべて答えた。

「そんなことは無いですよ。私は、絶対に私ですからね」

 静かに笑ってそういった彼女は、ふわりと黒髪を揺らして歩き出す。ゆっくりとトワイへ振り返り、自分の胸にそっと手を当ててリュゼは言った。

「私という体の器にいる魂と、そこにある真名は絶対です。たとえば私と姉さんが本名とか服とか、髪型とか、ぜーんぶ交換したとしましょう。それでしばらく暮らしたら頭がおかしくなりそうですけど、それでも私は私です。絶対唯一の真名を持つのは私だけなのですからね」
「そっか……」

 確認するように何度も頷いて、トワイは言う。そして、彼はゆっくりと笑った。

「そうやって。リュゼはオレのことをちゃんと肯定してくれる……この前さ。お前オレに聞いただろ?」
「えと……何をです?」
「したいことは無いか、って。オレ、決めたよ。リュゼのことを守る。何があっても、守ってやるから。リュゼがいなくなると、オレがオレで無くなりそうで怖い」

 そう言われて、リュゼの頬が赤くなった。それは一般的に言えばプロポーズとかそういう類の言葉ではないのかという反論は飲み込んでおく。それが果てしなく彼が己を守る為の術であったとしても、涼やかにリュゼは笑う。

「分かりました。でも、私との約束もちゃんと守ってくださいね?」
「あ、ああ……分かりましたよ」

 顔を見合わせて、微かに彼らは笑いあった。 

Re: 宵と白黒 ( No.32 )
日時: 2021/01/03 18:38
名前: ライター ◆sjk4CWI3ws (ID: cl9811yw)

『ブランさんもここに泊まられるんです?』
『いや、ボクは一旦うちに帰るよ。ボクも何気に中立派とかいう派閥に入ってしまっていてね、余計な動きは取れないし。また明日、朝の10時くらいに来るから』
『あ、なるほど…』
『じゃあね、レンくん。シュゼたちによろしく』

 ホテルの前で、ブランはそう言った。レンの目をまっすぐに彼女は見つめ、ふわりと笑って肩を叩く。ぺこりとレンが一礼すると、ブランはにこりと微笑む。灰色の髪が風に揺らいだ。そのまま背を向けて、彼女は歩みさっていく。曲がり角に彼女の姿が消えたのを律儀に確認して、レンは深呼吸した。気合いを入れ直して、ホテルに入ろうとした、時───
 強烈な閃光が、目を貫く。

「ツッ───!?」

 荒れ狂う青の光の中で、不意に足元の地面が崩れたような気がした。両手に持っていた荷物が落ちて、体が軽くなる。それもつかの間、がっ、と床に身体が叩きつけられた。いや、それが本当に床なのか分からぬほど、何が何だか分からない。目がチカチカして、周りがまともに見えすらしない。息が詰まって、勝手に口からかはっ、と音がこぼれる。

「ルクス様の命だ、逆らうことなど許されない……ああ、残りの三人が揃っているとは。ちょうど良い」

 落ちる寸前、そんな声を聞いたような気がした。
 
□  ▲  □

 レンがホテルに着くよりも、少し前のこと。リュゼと共にホテルへ帰着したトワイは、くるりとエントランスを見回した。

「あ、やっと帰ってきた! 遅いよ、待ちくたびれたからここまで来ちゃったじゃん!」

 すると、シュゼの高い声がトワイの耳に入った。振り向けば、柱の前で立っていた少女がこちらに駆け寄ってくるのが目に入る。
 ニコニコと笑みを絶やさぬまま、シュゼはリュゼの元へ走っていく。目元は赤くなっていないだろうか、と心配しつつももう気にしない。泣かないと、迷わないと。そう決めたのだ。自分に求められているのは苦悩では無いからだ。どこまでも、前を見据えていればそれでいい。それが、私のあるべき姉としての姿だろう、と思ったから。

 軽快な足音が二つ分、後ろで響いたのが聞こえてくる。トワイは周りを見回して、探していたものを見つけた。

「あー、ちょっとオレ用事あるから、待っててくれる? 悪いな」

 こくり、と頷いた二人を後目にトワイは売店の横へ向かっていく。ポケットから財布を取り出して、数枚硬貨を手に握る。赤い本体にいくつかのボタン、受話器とコード。楽しげな二人の声が後ろから聞こえてくる。
 硬貨を入れて受話器をとって、ボタンを押す。トゥルル、と響く音を聞きながら待っているも、なかなか相手は応答しない。居留守か、本当に留守なのか、出掛けているのかの三択だが、とトワイは思う。仕方なく出掛けている可能性に賭けてボイスメッセージを残しておくことにした彼は、ゆっくりと喋りだした。

「えーと、師匠? オレだ、トワイだ。寝る時はちゃんと電気消して寝てくれ」

 もう寝てたら意味ないんだけどな、と思いつつもトワイは受話器を元の場所に戻す。リュゼとシュゼに声を掛けようと振り向いた、その矢先───
 外で、凄まじい光が踊ったのが見えた。車のフロントライトなどではなかった。やや青みがかった、強烈な。一瞬、長身の影がそこに浮かび上がったような気がする。

「何だ!?」
「え、何なに──!」

 ざわ、とトワイの肌に悪寒が走り抜けた。それは、命のやり取りをしてきた者特有の感覚のようなものだったのかもしれない。

「レンッ……!?」

 シュゼはトワイの制止の声を聞かずに入り口へ走っていく。黒髪の少年の姿が、一瞬だけ見えた気がしたから。

「ッ待て!!」
「姉さん!」

 リュゼは一瞬、姉とトワイを天秤にかけた。無論トワイも大事だが、彼が危機を叫ぶのならば尚更姉を守らなくては───と、思う。
 リュゼまでもが走り出したのを見て、トワイは息を吸って走り出した。ほんの数メートルの距離を駆け抜ける。
 シュゼとリュゼを追ってホテルから飛び出すと、光はもう既に収まっていた。だが、次の瞬間。トワイたちの目の前に、長身の男が現れる。まるで最初からそこに居たかのように。

「何で、どこから」

 シュゼの口から、疑問がこぼれ落ちる。テレポートでもしたのか、あるいは何らかの力なのか、もしくはその両方か。
 次の瞬間、再び閃光がその男の右手から放たれる。トワイが反射的にシュゼとリュゼの前に立って、目を眇めた。微かに息が零れ落ちて、目に痛みが走る。それでも尚、彼女らを守ろうと。目は閉じずに、真っ直ぐに光源を睨みつける。

「トワイ、さんっ……!!」
「リュゼ、シュゼ!」

 がくりと三人の足元が揺らぎ、地面が崩れ落ちていくような気がした────

三話:信ずるもの
   >>33-41

Re: 宵と白黒 ( No.33 )
日時: 2020/09/03 18:41
名前: ライター ◆sjk4CWI3ws (ID: cl9811yw)

3:信ずるもの
 
 黎明街の中心に位置する高層ビル。このビルこそがパスト・ウィル社の本社であり、キュラスという一族の拠点である。そして、その最上階。そこには、社長であり一族の長であるルクス・キュラスの居る社長室が存在する────

 大きな社長机、その正面に置かれた黒の豪奢な椅子。それらの後ろの一面ガラス窓、そこから差し込む夜の明かり。天井の照明が机の上のペンを光らせている。無数の書類や本、置物が並ぶ棚が右手側の壁には据え付けられていた。ワンフロアの半分近くが使われたこの部屋は、先程から静寂に満ち満ちている。

 不意に光輝が閃き、その静寂が破られた。なにか重いものが落ちるようなどさりという音が響き、静かに扉の前に人影が降り立つ。閃光が収まって、そこに姿を現したのは一人の男だった。そして、地面に折り重なる影は、倒れ伏している四人のヒト、だろうか。
 ゆっくりと男は顔を上げた。白皙の面が真っ直ぐに上座を見つめる。
 束の間広がった静寂を再び破り、今度は低い男の声が上座から響いた。

「ご苦労様、アレン。君の力はとても役に立つけれど、消耗が酷いだろう? すまないね、こんな雑用めいたことをさせてしまって」

 そのねぎらいの言葉を発した当代のキュラスは、口元の笑みを深めた。黒の椅子に深く腰掛けて、その整った美貌を楽しげに歪ませる。その手にはエメラルドが蓋に嵌め込まれた懐中時計が弄ばれていて、付けられた細い鎖が音を立てて擦れ合う。照明を反射して、緑玉が煌めいた。

「いいえ。ルクス様の為ならば、なにも。それに、まとめて飛ぶくらいならば全く問題はありません」

 アレンと呼ばれた黒髪の男は、一欠片の躊躇いもなくそう言った。社長机の前まで歩み寄り、ふわりと長い黒髪を揺らして微笑む。たとえ人殺しであろうとなんであろうと、彼はルクスに命じられればするだろう。この男こそが、ブランの言うルクスの狂信者の一人だった。
 不意にぽつりと、嗄れた声が響いた。

「自分に何をしろと言うのだ、キュラスの棟梁」

 その言葉を発したのは、社長机の横に立つ老人だった。杖のようなものを手に持って、感情などなさそうな横目でルクスを見つめる。

「ああ、貴方とリフィスたちは少し待ってね。そろそろ彼らが目を覚ます頃だ……まずは話し合い、だろう?」

 リフィスと呼ばれた、先程の老人の隣に立つ少女は無言で一礼した。それに返答しようと、老人が口を開きかけた、その時。
 空隙を突破って、テノールが響き渡った。
 
「リュゼ、シュゼ!? 大丈夫か!?」 

Re: 宵と白黒 ( No.34 )
日時: 2020/09/06 12:41
名前: ライター ◆sjk4CWI3ws (ID: cl9811yw)

□  ▲  □

 地が崩れていくような感覚がして、それでもトワイはリュゼの手を離さなかった。リュゼもまたシュゼと繋ぎあった手を離さない。あの長い黒髪の男に力を行使されたのだと分かっていても、逃げようがなかった。唐突に浮遊するような感覚が終わって、いきなり床に叩きつけられた。呼吸が上手く出来なくて、数瞬意識が飛んでいたのだろう。ここがどこだか分からない。瞼を閉じていてもなお、淡く明るさが感じとれる。屋外ではなく屋内へ入ったのだろうか。
 意識が明瞭になってきて、自分がどうなったのかを思い出した。深呼吸してばっと目を見開いて、直ぐに眩しさに目を細める。手のひらに、かすかに感じる暖かさがそこにあることに安堵した。

「リュゼ、シュゼ!? 大丈夫か!?」

 少女たち華奢な体が身じろいで、ゆっくりと上体が起きていく。外傷などもなさそうで、ほっとトワイは息を吐く。その隣で、レンも壁に背中をつけて起き上がった。半袖の寒さは感じない。適度な温度に空調が効いている。そのまま少年は天井に目をやった。シャンデリアめいた飾りの施された照明は、その財の大きさを強調しているようにも見てる。
 社長室めいた部屋はとても広くて、トワイたちの真っ直ぐ向こう側には一面ガラスの窓が広がっている。奥に透けて見える夜景は、無数の航空障害灯が赤く煌めいていて美しい。ゆっくりとそこから視線を動かして、大きな机の辺りへそれを投げる。
 そこにいた人影のひとつに、見覚えがあって。驚いて叫ぼうとしたとき、後ろから声が掛かった。

「トワイさん……!?」
「え、ここどこ!?」

 シュゼとリュゼの高い声が聞こえた。束の間振り向き、ふっと息を吐く。無事で良かった、と。その隣でレンもまた、前をきつく睨んでいた。

「あのひと、か……」

 小さく呟きが落ちる。ダークグレーの髪に、ライトグレーの毛先。ワンピースと、手首に巻かれた青い布───いや、ブランのリボンタイ。約束したからには必ず、とレンは思う。前髪の隙間から覗く彼女の群青色の瞳は、この明るい部屋の中でもどこか昏いように見えた。一瞬、二人の視線が交錯する。
 ふいに少女の瞳が逸らされて、彼女の後ろに立っていた男へ向けられた。

「やあやあ皆さんこんばんは! そしてようこそキュラスの城、いやこの社長室へ! 僕はパスト・ウィル社社長、ルクス・キュラス。どうぞ以後お見知り置きを」

 上座から、軽快に声が響く。
 びくりとリュゼの肩が跳ねた。シュゼが立ち上がり身構える。彼女たちを守るように、トワイは前に出て立ち上がった。レンがかすかに息を吐き、目を細める。

 常に笑っているかのように細い黒の目をさらに細め、愉しげにルクスは笑う。なにも気にせず、まるで散歩するかのように軽やかに。ざっと30メートルはありそうなフロアを、彼はゆっくりと歩いていく。ルクスたちから見て右手側、即ちトワイたちの左側。壁一面に据え付けられた本棚を、半分ほど過ぎ去った辺りで彼は立ち止まった。
 とても大切なものをしまうような、そんな手つきで彼は手に収まっていた懐中時計を本棚に飾る。磨き抜かれた銀色の蓋と、菱形に飾り切られたエメラルド。無数の装飾品やら本やら書類やらで整然と飾られた棚は、社長室に相応しく見えた。
 その懐中時計の装飾を一瞬見て取って、シュゼがひゅっ、と浅く息を吸った。何か声を上げる間もなく、ルクスは先手を打つように声を響かせた。
 
「裏切りそう、って言うかね。敵になりそうなキュラスのひとは、アレンとか、ノーシュとか、まあその辺の子に頼んで色々やってもらってるんだよ。それでね───きみたちは確か、アルフィーさんとこのシュゼとリュゼでしょう? 一体何をしようとしているのやら……そこの紺色の子は知らないけど、一緒に行動してたから連れてきた」

 そこで一旦、ルクスは言葉を切った。続けてレンの方へ目を移し、僅かに首を傾げる。

「ねえアレン、君が排除するために雇った殺し屋さんってそこの黒い子だよね? 二人目。なんでそっち側にいるんだ?」
「それは───」

 ルクスの誰何に、アレンが驚いてレンを見る。僅かに焦った口調になって、なにか彼が言おうとした時、そこに鋭く少年の声が割り込んだ。

「これは僕の意思ダ。僕が恩がアルから、僕自身ガ選ンだ! あなたたちとは、違ってな!」

 黒い瞳に強い意志の光が灯る。その気配から、最初に感じた嫌悪感が無くなっていることに気付いて、トワイは驚いた。人は変われるのだ、と。少しだけ、少しだけ想う。願わくば、自分も変われていることを。
 レンの言葉に、アレンもリフィスも動揺を示すことは無かった。言葉を返すことすらしない。ただちらりと目を向ける程度。それはきっと、彼らにとって当然のことだからだろう、とレンは思う。タイルの敷かれた床に靴底が擦れて、硬質な音を響かせる。
 
「貴方が、今棚に戻したそれ。それを、貴方たちから取り戻すために私たちはここに来たの。貴方のしてることは間違ってるって。誰かを犠牲にするやり方など、誰一人幸せにならないって。言いに来たんだよ!」

 シュゼが、そう言った。純粋な青の目が鋭く煌めき、ルクスを睨む。となりでリュゼがそっと、自分の胸に手を当てた。そちらへ振り返ったトワイと一瞬視線が絡み、僅かに彼女は微笑んだ。ふ、と視線が動いて、リュゼが姉の後ろ姿を見つめる。かつりとタイルにブーツの底がぶつかって、彼女はシュゼの隣に立った。

「そうか。うーん、残念だね。僕もさ、好き好んで同族を殺したくなんてないよ? でも僕は、キュラスを発展させていかなくてはならない。だから殺すのさ。と言ってもそんな戦闘など出来ないからね……僕がするのは、もしもの時の後始末と責務を追うことだけ。つまりね……」

 ルクスはそう言い放って、口元の笑みを深めた。ぞわりと怖気立つほどの執着と、曲がり折れた正義だと。シュゼはそう感じる。かつてはここまで歪んでなかったはずなのに、なんて。

「人を使うのさ───全員。殺してしまって」

 明確な命令が彼の口から紡がれた。
 それを聞いて、アレンとリフィス、そして老人が閃くような速さで動き出した。

Re: 宵と白黒 ( No.35 )
日時: 2020/09/17 20:25
名前: ライター ◆sjk4CWI3ws (ID: cl9811yw)

 □  △  □
 フロアの床を蹴り飛ばして走ってくる少女は、レンの予想以上に速かった。
 と、不意に先程までいっぱいに少女が映っていた視界が背景だけになって、レンは慌てて視線を下げる。
 それとほぼ同時にリフィスは、体を前傾させていた。
 は、と口の端に驚愕の言葉が乗る。僅か一拍初動が遅れて生じた、そのわずかな隙を縫ってリフィスは手を伸ばした。その右手に纏われた光輝に、レンの警戒が最大まで張り詰める。
 反射的に胸の前で構えたナイフと、彼女の華奢な手が触れ合いかけ──黒の刃が、溶け落ちた。刃を形作っていた鋼鉄が、まるで水のように変化したのだ。
 ひとつの黒い雫となって、刃だったものは床に滴る。
 
「ッ!」
「っは、浅い……!」

 本当は今のでレンの身体まで触れるはずだったのに、とリフィスは秘かに歯噛みする。やはりリーチが足りない。そのまま本当に床に倒れ込みそうになりながらも、左手を床に突いて姿勢を回復する。
 
 追撃されるか、いや姿勢が崩れるか、こちらから何か───いくつかの思考が断続的に、レンの脳裏を駆け巡る。次の瞬間少年が選んだのは、反撃では無かった。
 
 凄まじい勢いで後退し、真後ろにあったドアを回し蹴りで蹴り開ける。木製ではあるもののスライドドアの形状をとるそれは、縦枠に勢い良く激突して音を立てた。
 柄だけになったナイフを放り捨て、彼は廊下へ飛び出す。自由に動けるスペースの多い社長室では不利極まりない。
 回り込まれて後ろから攻撃されるリスクを減らすのならば、戦場は細く絞るべき───レンの黒の瞳が、きゅっと収縮した。
 
「何を……」

 小さく呟いて、少女もまた追撃を掛けようと廊下へ飛び出す。
 リフィスの右手が突き出され、青いタイが目に焼き付く。社長室と同じように照明で照らされた廊下に、二人の足音と影が落ちる。
 刹那、レンの力が発動した。
 彼女は確かに、右手を突き出そうとした。そして、レンに触れようとしたのだ。
 だが。リフィスの手は、真っ直ぐに上に伸びていた。
 
「少シ、お話したいことがアリマして!」
「貴方の力ですか、これは」
 
 レンは少女の身体に走る信号を書き換え続けていた。右手を上に突き出す、という信号を、下に突き出す、というそれに書き換える───それが、彼が《人形使い》と呼ばれる所以である。彼が避け続けているのではなく、相手側が逸らされ続けている。
 己の体の芯を狙って放たれた左の掌底を、右に逸らすように。力の籠った左手が逸れて、リフィスは体勢を崩しながらも、左足で床を踏み締めて回し蹴りを繰り出す。
 えそれはちょっと体勢的に危うくないですか、という言葉が少年の口から漏れかける。ばさりと翻ったワンピースの裾、それらから慌てて視線を外した。バックジャンプして躱して、レンはそのまま口を開く。

「あの! 僕の話を! 聞イテクレマせんか!?」
 
 いくら呼びかけても、リフィスは応じなかった。群青色の瞳が怜悧にレンを見据え、ただ殺そうと迫ってくる。こうなれば、実力行使しかないと───ようやく、レンはその結論に至った。
 
「ハァッ!」

 明瞭に、気合いが響いた。はっと少女が顔を上げ、反射的に後退する。否、しようとした。
 びきりとリフィスの脚が止まる。動け動けと念じる度に、動けなくなっているような気さえする。手を触れなければ彼女の力ははたらかない。いや、触れずとも領域を指定して使うことは出来るだろうが、精神力を削られる。
 その空隙を縫って、そっとレンは年上の少女に歩み寄る。
 顔に浮かべた微笑みの裏で、彼もまた必死だった。近付けば近付くほど、冷や汗が吹き出る。力が解けた瞬間に彼女の力で攻撃されるのは目に見えているからだ。触ったモノを液化する能力なのだろうか───何にせよ、その対象が人体になったときにどうなるかなど自明であり、レンも水溜まりになって死ぬなどごめんである。

□  △  □
 
 老人が自分へ迫ってきたとき、トワイは驚愕とともに呟いた。
 
「師匠……」
「トワイ。俺は、お前を殺すぞ」
 
 嗄れた声音が低く、トワイの耳朶を打つ。リュゼとシュゼを守るように、ジリジリと後退しながらも彼は前を向く。老人の手に握られた杖、それが彼の武器だ。それの先端がまっすぐに己に向けられているのをきつく睨む。
 
『僕は頭が良くてね? 大体のことは掴んでいるし、それに応じた策も打てる。貴方を雇ったのは、《宵》を精神的に殺すためさ。殺し屋さんは簡単には死なない、ならば心から殺せばいいじゃない。貴方だって、分かっているのだろ? 自分ではもう、彼には勝てないって』
 
 ふっと老人の耳にルクスの声が蘇る。
 トワイが家を出ていったすぐ後のことだった。煩く言う人間がいなくなったからと昼から飲みに行った時、彼は黒い長髪の男の依頼を受けたのだ───トワイを殺してくれ、という依頼を。
 そして会ったルクスという男は、裏社会に浸ってきた老人の目から見ても狂っている人間だった。
 どう考えてもおかしい正義を、当然のように語る。まるで無邪気な子供のように。だが、それと同時に、彼は責任を負う覚悟を持っているようでもあった。だからこそついて行こうとする者がいるのだろうが、とも思う。
 皮肉げな口調でもなく、憐れむ口調でもなく、自慢げな口調でもなく。ただルクスは淡々とそう言った。そして老人もまた、シニカルに笑ってそれを認める。
 トワイはもう自分より強い。それは分かりきっている。ならばなぜ、と。
 
「最後に言ってやらねばならぬな……お前はどちらを選ぶのか、と」
 
 そう老人は答えを出した。最後に問わなくてはならない、彼の未来を。彼の師匠として。そして──自分だけが思っていることかもしれないにせよ──親の代わりとして。

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