ダーク・ファンタジー小説

■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
 入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)

宵と白黒
日時: 2021/01/09 15:34
名前: ライター (ID: cl9811yw)
参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode=view&no=20128

 名前も記憶も、すべてに平等なものなんて有り得ない。

───────────────────


こんにちは、ライターと申します。心と同一人物です。
内容に外伝が関わってくるので、そちらも覗いて見て下さいね。上のリンクから飛べます。(複ファです)よろしくお願いします。更新は忘れなければ1週間に1回ぐらいします!!

#目次

最新話    >>49
まとめ読み  >>1
頂きものとか   >>40>>46


プロローグ
《トワイライト・イブニング》>>1

第一章 名
《フェノメノン・セルフズ》 >>2-6
一話:殺し屋
   >>2-4 
二話:双子の少女たち
   >>5-6

第二章 あくまでも
《コントラクテッド・ジャーニー》 >>7-15
一話:依頼
   >>7-9 
二話:始まり
   >>10-15

第三章 本当に
《スイッチ・インテンション》 >>17-23
一話:はすの花は、まだまだ蕾のようで
   >>17-18
二話:時の流れは、速い上に激しい
   >>19-23

第四章 だからこそ
《プロミスド・ユー》 >>24-
一話:花開く時は唐突に
   >>24-26
二話:想い、思惑、重なり合い
   >>27-32
三話:信ずるもの
   >>33-41
四話:自由と命令
   >>42-45
五話:終幕
   >>47-


【以下、読み飛ばして頂いても構わないゾーン】

#世界観
▽現代と同じレベルの文明が発達している。
▽真名
 本名とイコールではない。
 本名はいわば認識番号であるが、真名は己を構成するものだからである。これにより、力を使うことができる。(身体能力の強化であったり、発火であったりといったもの)
 真名を奪う力をもつ者も存在する。真名は奪われると記憶を喪失し、当然力も使えなくなる。真名は付けられるものではなく魂に刻まれるものであるため、この世の誰もが所有している。本名を知らぬ者も、真名は知っている。


#お知らせ
◆8月30日
大幅に加筆修正。
◆9月13日
2020年夏大会、銅賞いただきました! 読んで下さってる方、応援して下さってる方ありがとうございました!

Page:1 2 3 4 5 6 7 8 9



Re: 宵と白黒 ( No.17 )
日時: 2020/08/30 01:36
名前: 心(ライター) (ID: cl9811yw)

第三章 本当に
《スウィッチ・インテンション》
1:蓮の花は、まだまだ蕾のようで

「それじゃ、そろそろお暇しまーす! ノーシュさん、ティータ、また今度ね!」
「あの、ご馳走様、でした」
「えっと……紅茶、うまかったです」

 何を言うべきかよく分からなかったトワイは、戸惑いつつもそれを口にした。ティータが笑ったのを見て、それが正しかったのだと安堵する。
 玄関でノーシュが薄っすらと笑みを口元に浮かべながら手を振り、ティータが一礼したのを見届けて三人はシュゼを先頭にして歩き出した。ティータとの会話で、とてもほわほわした暖かいような、トワイはそんな気持ちになった。鼻歌でも歌い出しそうなくらい上機嫌な彼を見て、リュゼも楽しそうに笑う。
 帰りにまたエレベーターに乗ることになって機嫌が下向きになったのだが、それはさておき。


 エントランスをでた三人は、宿への道を歩き出した。歩き出したトワイは、ちらりとリュゼへ視線を向ける。

「どうか、しましたか?」

 視線を向けられたことに気付いたリュゼがこてん、と首を傾げる。

「いや、何でもない」

 元に戻っている様に見えたことに安心したトワイは、ほんの少し笑う。そして、視線を前を歩くシュゼへと向けた、とき──


 ぞわり、とトワイのうなじに悪寒が走った。久しぶりに感じた、それは───殺意だ。誰かに言われたから、命令だから───そんな、虚無の意思。彼自身の殺意も、この類のもののはずなのに。彼は、それに酷く嫌悪感を抱いた。

「シュゼ、リュゼ! 宿まで走れ! 人気が多いところを通れ!」
「え、何!?」
「トワイさん!? どうかしたんですか!」
「良いから走れ! 早く!」

 切迫したトワイの声に何かを感じたのだろう、二人は周りが驚くのも構わず走り出す。だが、それは叶わなかった。
 何故なら、彼らの足は──トワイも含め──意思と相反した、ビルとビルの狭間へと向かって行ったからである。


「な、っ!」
「きゃあっ!」
「え、なんで!?」

 何故か意思に背いて体はビルとビルの狭間に走っていく。トワイの脳裏に断片的な思考が瞬いた。何を……走らされて……痛みは無い……操られる……その時、トワイはある殺し屋の名を思い出した。

「《人形使い》、か!」


 強引に走らされた先は、林立するビルの狭間。暗く人通りも少ない。この街で殺しに向いている所などこれくらいのものか、とトワイは思った。何かの店の裏なのだろうか、換気扇が動いている音がする。
 ぺたん、と足音が響いて、影が揺らいだ。未だ動けずにいる三人の目の前に、黒髪の少年が姿を現す。少年は刃を服の袖口から滑り落とし、口を開いた。

「こんにちは。僕はレン・イノウエ。ああ、《人形使い》の方が有名かな? うーん、アキツじゃ名乗ったら名乗り返スのが常識ダッタンだけど、此処はどうなのカナ?」
「アキツ……あなた、この国の人間じゃ無いのね?」
「ははっ、僕としたコトが……喋リすぎタネ!」

 何だか妙な訛りの様なものがある話し方をする殺し屋は、ペタペタとリュゼとシュゼへ歩み寄った。

「何のつもり? 私たちはこれから大切な用事があるの。早くこの力、解いてくれないかな?」
「その通りだ、《人形使い》。少なくともオレはお前に恨みを買う様なことはしていない」
「はは、マァそう言わナイで。僕の話を聞いてクレよ。飛んで火に入る夏の虫、って言う言葉、知っテル? 自ら災いに首を突っ込む事をイウんだケド……マァつまり──今の、キミ達のことダネ! こっちまで、ワザワザ走って来てクレたんだからサ!」

 そう言って、レンと名乗った少年は動けないリュゼへ刃を振り下ろした。
 しかし、その刃は届かない。何故なら───振り下ろされる寸前で、焼け溶けたからだ。凄まじい熱に炙られて、思わず残っていた柄ごと少年は刃を手から落とす。

「妹に、何してんの!」
「ははっ、お嬢さん凄いネェ! 炎を操る力かい? うん、アクションが無くても力を使えるのは脅威ダナ!」

 また一方、青年も動こうと足掻いて居た。レンと青年の力が拮抗して、脚が軋みをあげている。おそらく三人操るのは限界に近い……シュゼが気を引いたことでおそらくどこかが緩む、はずだ……そこを、一気に突破する! 

Re: 宵と白黒 ( No.18 )
日時: 2021/01/03 18:38
名前: ライター(心) (ID: cl9811yw)

 痛みが全く無く、なにも体が傷ついていないこと、それに喋れること。それらのことから考えられることは、おそらく───

「っつ……! 」

 今まで余裕気だったレンが、ポツリと苦鳴を零した。その黒い瞳が、きつく虚空を睨む。舞い上がる光の量が多くなって、彼が力を振り絞っているのだろうと推察できた。

「く、う………!」

 一方青年の方も、微かに顔を歪めて、力を振り絞る。脚を必死に動かし、前へ進もうとする。
 おそらく、こいつの力は、体に流れる命令を、書き換えるもの、のはずだ。くわしいことは分からない。分からないけど、動こう、とする命令を書き換えているとするならば。
 オレも命令を出せば良い。書き換える速度が追いつかないほど、幾度も。そう思考した青年は、真っ直ぐにレンを睨んだ。

「きゃ、あっ!」
「う、わぁ!」

 悲鳴と共にとすん、と音を立ててシュゼとリュゼが崩れ落ちる。静かに争っていた青年とレンが、ハッとして視線をそちらに向けた。

「しまっ、た!?」

 薄っすらと動揺を滲ませたレンの言葉に、トワイは足を動かそうと試みる。そして同時に、何故シュゼとリュゼが動けたのかを考えておく。
 やはり、力のキャパシティには限界がある筈だ。それが、オレに全て割り振られた。ならば、と青年は思う。今が、好機か───と、小さく呟いた彼の脳内で思考が瞬き、力の出力が一気に高まる。
 それにレンの顔が歪み、明確に力が緩まり始めた、気がした。

「う、あっ!」
「う、ごけ!」

 と、その時、レンの目の前が炎で灼かれた。シュゼか、と青年が思う。それを避けるためにレンが後ろへとびずさった、その一瞬。確かに、力の強制力が、一気に緩んだ。

「フゥッ!」

 限界まで溜められていたそれは、さながら弓矢のようだった。ダンッ、と靴底で地面を蹴り飛ばす音がビルに反響し、大きく響く。
 残りの数メートルの距離を、ほんの瞬きする間に詰め、ようとした───

 詰めようとした瞬間、ブチブチと言う嫌な音が確かに足から聞こえ、青年が明らかに失速する。がくん、と体が揺らぎ、脚の制御がままならなくなる。右手を地面につけて、転倒を避ける。クラウチングスタートのような姿勢をとって、再び加速しようとした。だが、激痛が利き足の右足から脳天へ抜けていく。

「くは、っ………」
「トワイさん!?」
「トワイ、さんっ!」

 シュゼとリュゼの声すら聞こえない程の、痛みが走る。足を動かそうとする度に、青年の体に激痛が駆け抜ける。
 何があったのかは分からない、けど……恐らく好機、ここでこいつを倒しておく……! 瞬間で浮かび上がったその考えを、少年が実行することはできなかった。

 青年の足に誰かの力と思われる光が集まり始める。微かに何かの音が響いて───青年が再び加速し、少年へ刃を振り下ろしたからである。


「はぁ、っ、は」

 光を放ったのは、リュゼの右手。真っ直ぐにトワイを指した人差し指から、光が零れる。

「リュゼ! 無理しちゃダメ!」
「分かってる、姉さん……けど、私も、戦うの!」

 姉からの言葉に、そう答えたリュゼは、目を逸らさずに青年を見つめた。今のトワイさんを助けてあげられるのは私だけなんだから、と思いながら。

 一方、少年は青年が振り下ろした刃を左袖口から滑り落としたナイフで受け止めながら、考えをまとめていた。………もう一度加速してる…その事は分かる、あの黒髪の子が回復なり何なりをした…足が動かなくなっていたのは何故……そこまで考え、思いついた事を少年は口にする。

「貴方ハ、その力に、耐えられるほど、足ハ、強くないんじゃ、ないノカ?」


 また一方青年は、光に包まれた己の足をちらりと見た。この光に包まれた後、何故か足が酷使に耐えるようになった。光を放ったのはリュゼの右手。回復か、と青年は思う。脚が慣れていない状態で出力が高くなれば、そうなっても仕方ない。刃を受け止めた少年が自分の下で発した言葉に、青年は唇をつりあげてみせた。

「そう、かもしれないな!」


二話:時の流れは、速い上に激しい
   >>19-23

Re: 宵と白黒【色々加筆してます。】 ( No.19 )
日時: 2020/08/30 11:41
名前: ライター ◆sjk4CWI3ws (ID: cl9811yw)

2:時の流れは、速い上に激しい

 そうかもしれない、と余裕を見せはしたものの、青年は内心かなり焦っていた。レンが言ったことが図星だったからである。たいして助走つけないで、いきなり走るとこうなるんだ、全く……!
 青年がそんなことを考えながら少年と切り結んでいると、不意に黒髪を揺らしてレンは言った。

「気をつけなよオニーサン。この刃、毒塗ってあるから。掠ったダケじゃ死なないけど、刺さったら……マァ、分かるよね!」
「随分と、悪趣味なことで!」

 バックジャンプして間合いを取った青年が前を見て、走り出す。右足で地面を蹴って、さらに左足でビルの壁を蹴り飛ばして跳躍。
 高く舞い上がった青年が、真っ直ぐに刃を振り下ろす。二人の視線が交錯したとき、一瞬、レンの黒い目が揺らいだ。甲高い金属音を奏でながら刃が滑って行く。
 ガチガチと互いに音を立てながら鍔迫り合いに移行した時、レンが不意に呟いた。

「ふふ……このままジャ時間がかかり過ぎるネ。こうなると、僕モ手段ヲ選んでイラれない。ごめんよ、お嬢サン!」
「ッハ……リュゼ! シュゼ!」

 競り合っていた刃がそらされて、青年がバランスを崩す。その脇をすり抜けて、レンはリュゼへと迫って行く。

「え……!」
「あ、ちょっと! リュゼ!」

 援護しようにも、青年すら焼いてしまう危険があった。だから動くのを躊躇っていたシュゼが叫び、リュゼが目を見開く。

 少年の刃が振り上げられ、数メートルしかない彼らの間の距離が、徐々に詰まって行く。
 リュゼが、目をぎゅっとつぶる。
 シュゼが、何かを叫ぶ。
 そしてその時、青年は────

 動かなくてはならない気がした。なぜだかは、分からないけれど。記憶すらない家族を、無意識のうちに彼女に重ねていた。そんなのは殺し屋じゃない、はずなのに。

「ッツ───」

 青年は走り出していた。大股三歩分ほどの距離を本当に瞬きする間に駆け抜ける。脚が悲鳴を上げ、今度こそ骨が折れそうになる。
 リュゼと、少年の間の数メートル分。そこへ狙いを定める。
 少年の後ろで手を地面に突き、踵を振り上げて倒立の要領で空へ。彼を飛び越え、リュゼとレンの間にある空隙へ着地する。
 そして、リュゼを肩から抱きしめて、押し倒した。

「とわい、さん………?」

 誰かに抱き締められた感覚に目を開ければ。
 さらり、と黒髪が揺れて。白い横髪が、ふわりと紺色を吸う。青年の髪がぱさりと、リュゼの頬を撫でて。

 そして───殺し屋の振り下ろされた刃は、止まることなく背中側から青年の体を貫く。
 それを見たレンが、口元の笑みを深めて言った。

「殺し屋がそんなコトしてどうす……!?」
「うる、さい!」

 力を纏ったままの左踵が、回し蹴りとなって容赦無く少年の腹に突き刺さる。そのまま吹き飛ばされたレンの華奢な体には目もくれず、トワイはリュゼを見た。ビルの換気扇に叩きつけられた少年の体から、バキリと骨の折れる音がする。

「こ、ふっ……あ、りゅ、ぜ?  だいじょうぶ?」
「え、あ、トワイさん!」
「トワイさんっ!」

 リュゼとシュゼの声が聴こえた気がした。だけれどそれは確実に遠くなって行く。トワイが、微かに笑った。

 リュゼは、頭が真っ白になっていた。
 確かに彼女の力は回復──その本質は少し違うにせよ、似たようなこと──だ。それで、トワイを救えるかもしれない。でも、命という砂の入った砂時計を、逆転させることは出来ないのだ。彼女にできるのは、砂を少し戻すことだけ。死へと確実に惹き込まれていく者を救う程の力では無い。
 だからこそ、今のトワイは治すことが出来ないと察せられる。

 だが。 しかし。けれど。

 彼女の本能が、魂が震える。それに導かれるまま、トワイを抱きしめて彼女は叫ぶ。凄まじい光輝が溢れ出し、その眩さにシュゼが目を細める。時計の鐘が鳴る音が、針の回る音が、歯車の噛み合わさる音が。幾重もに重なり合って響き渡る。

「お願い…………戻して!」

 叫ぶ。ただ、乞い願う。

「リュゼ! 大丈夫!?」
「あ、ぅあ……あれだ、姉さん!」

 時の激流がリュゼを押し流そうとする。苦しげにリュゼの顔が歪む。だけれど真っ直ぐに、その激流に逆らって。リュゼは、〝かつてのトワイ〟へと手を伸ばす。それを、今のトワイへ、被せるイメージで。
 光が、再び強く煌めいた───
 

Re: 宵と白黒【お知らせ】 ( No.21 )
日時: 2020/08/30 12:50
名前: ライター ◆sjk4CWI3ws (ID: cl9811yw)
参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode=view2&f=20128&no=1-15

【ここから、外伝の内容が関わってきます。先に読まれることをオススメします。(上記リンクになります)】

 青年は焼けるような痛みの中でもまだ息が出来ることを、不思議に思っていた。背中側に刺さっているであろう刃が、ひんやりとしている。痛い。毒のせいだろうか、体が動かない。膝立ちの姿勢でリュゼに抱き締められたまま、トワイは思う。
 どちらにせよ死にかけると身体は動かないんだけど、なんて。
 何故だか、断片的な映像が脳裏に瞬いた。黒、白、青、と。 
 走馬灯かな、と青年は思った。走馬灯と言うのは、生き残りたい時にしか見ないものと師匠は言っていたような気がする。死にかけたことなんてあまりないから、走馬灯を見るのも初めてだ。
 殺し屋って言うのは、結局死に付き纏い付き纏われる物。死ぬことは覚悟のようなものの上。

 なのにオレはまだいきたいのか? 何が心残りなんだ? つまるところ死にたくないのか?

 遠くで誰かがなにかを叫んだ。
 ああ、オレも変わったな。もう契約してるだけなんて言えない。微かに笑顔が揺らぐ。

 もう一度────聴きたい。

 閉じた瞼の向こうから、強烈な光が瞳を射した。彼の意識が揺らぐ。時計の針が回る音が、一枚布を通したような音で響く。
 そして、何処か不思議な感覚が訪れた。身体のなかがざわざわする。精神は前へ進んでいるのに、身体は後ろへ流されて行くような感覚。かたりと音を立てて刺さっていた刃が、背中からアスファルトに落ちる。それに驚く間もなく、焼けるような痛みが消失した。

 「トワイさん、トワイさん!」
 「トワイさん!? 目、開けてよ!」

 リュゼが、泣きそうに縋る。トワイの手を握り締める。このひとが殺し屋だってことを、さっき実感した。なんの躊躇いもなく、あの男の子に刃を振るった。それは悪なのかもしれない、とリュゼは思う。
 でも、リュゼは救われたから。そして望むらくは、少しでも彼が変わっていることを。  
 だから呼ぶのだ、『トワイ』を。
 シュゼも、きゅっとリュゼの上からトワイの手を押さえる。手首の弱々しくなっていた彼の脈が、強さを取り戻している。それを確かに彼女は感じた。

 そして、トワイはうっすらと目を開けた。痛みも傷も、何もない。
 微かにシュゼとリュゼが息を呑み、トワイの手を強く握った。

 リュゼの目から涙が舞い落ちて、それが目に入りそうになったから。瞬きしてからトワイは微笑んだ。
 
 「リュゼが大丈夫でよかった」

 そう言ったトワイを抱き締めて、リュゼは顔をくしゃくしゃにして泣いていた。涙が止まらない。シュゼも微かに笑いながら、静かに涙を溢していた。
 ぼろぼろになったジャケットが、ふわりと脱げ落ちる。リュゼの頭をぽんぽんと、トワイは撫でた。微かに笑いながら。
 時間はもうすでに薄暮であることが、ビルの隙間から見える空から伺えた。




  ふわりとレンも空を見上げた。動くと痛い。激痛だ。蹴っ飛ばされた時に折れたのか叩きつけられたからは分からないけど、肋骨辺りが折れている気がする。痛みのせいか、僅かに空が滲んで見えた。

「どうせ、色は見えないのに」

 怖かった。夕焼けが灰色なのが。けど、もう慣れた。そんなことを彼は思う。
 シュゼは、ちらりと路地の奥を見やった。室外機に凭れかかってぼんやりと空を見ているらしいレンに、シュゼはそっと近づいていく。

「シュゼ……」
「姉さん…?」

 トワイが、微かに警戒を込めてシュゼを呼んだ。それでも止まらないシュゼに、仕方ないとばかりに微かに息を吐いたトワイは立ち上がる。後ろでリュゼが不安げに立ち尽くしていると、トワイは振り返って言った。

「大丈夫だ」

 ふわりと差し出された左手に、そっと手を重ねてリュゼも微笑んだ。彼が自然に笑うようになったことが嬉しくて。
 足音に気付いたのか、レンの視線がシュゼへと向けられる。座り込んだままパーカーのポケットに手を突っ込んで、レンは笑った。

「何、お嬢サン?」
「貴方……いくつ?」

 シュゼが少し黙ってから掛けたその問いに、レンは微かに目を見張った。路地に膝をついてレンと目線を合わせたシュゼの青い目が、真っ直ぐにレンを見つめる。揺るがないその目に負けて、レンは口を開いた。

「14」
「私も」

 言葉少なに応じたシュゼからレンの視線がフッと外され、地面に落ちる。そっと息を吐いて、シュゼは呟くように問いかけた。

「私たちを、何で殺そうとしたの?」
「仕事だから」

 ぎゅっと手を膝の上で握って、シュゼは歯を食いしばる。自分の中に浮かんだひとつの仮説は信じ難いものだったけれど、そう考えれば辻褄は合うのだ。

「…ねぇ。貴方の依頼人は……グレーっぽい髪のひとだった?」
「言わない」

 じっとシュゼに見つめられても尚、少年は僅かにも動揺を見せない。
 口が、何かを言いたげに開閉する。微かに彼女が息を吸って何かを言おうとしたところへ、トワイが言葉を割り込ませた。
 
「やめてやれ、シュゼ。依頼人について口を割る殺し屋は中々いない。それは、きっとこいつも同じだ」

 そう言ったトワイにちらりと目を向けて、シュゼはそっと頷いた。長い睫毛が伏せられて、普段の姿とはかけ離れた静かさでシュゼは考え込む。ずっと俯いていた彼女は、意を決したように顔を上げてレンへ手を差し出した。
 そして、すっと息を吸うと言ったのだ。

「私と一緒に来ない?」

Re: 宵と白黒 ( No.23 )
日時: 2020/08/30 12:57
名前: ライター ◆sjk4CWI3ws (ID: cl9811yw)

 シュゼのその言葉に、レンは目を見開いた。伸ばされた手を前にして、微かにため息のように息を吐く。
 唐突に、何かを決意したのかリュゼはばっと顔を上げた。カツカツとアスファルトを踏んで、レンの前に立つ。トワイをチラリと目で頷いて制した彼女は膝をついて目線を合わせると、深呼吸してそっとレンの手を取った。

「何スル気?」
「貴方を…………治すの」

 さぁっ、と風が路地を吹き抜けて行く。半ば顔を上げたレンは、ニヒルに笑うと言い放った。

「なんで?」
「貴方に………生きていて、欲しいから」

 微かにレンが息を飲んだ。記憶が微かに揺れて、何かを思い出しそうになるような感覚を味わう。どうせ何もないのに、またかよ、なんて。頭痛が走り抜けて、空の青が断片的にチラつく気がした。

「……それハサ、自己満足ジャないの? キミの仲間ガ人を傷ツケタことに対する、さ」

 今度は、リュゼが僅かに動揺した。自己満足。そうだ、そうかもしれない。

「だけど…じゃあ、生きて、いたくないの?」

 その問いが、ぽつりと地面に落ちる。静かに差し込む淡い夕陽が、そっと彼女を照らす。それの色を捉えぬまま、レンの瞳は空を向く。灰色の天蓋。
 リュゼが、ぐっと強くレンの手を握った。それには何も口を出さずにレンは、顔をしかめて視線を何処かへ投げる

「このママでも生キテはいける。大丈夫ダカら、良い。早く行け。貴女タチも、用があるンダロウ?」
「いい加減にして! なんで、貴方たちは、そうやって! そんなことばかり言って! 自分の命と身体、もっともっと大事にしてよ───! 死なないとか死ぬとか関係ないの! 何時でも何処でも、私がそばに居る訳じゃ無いんだから!」

 唇を噛んで堪えていたリュゼは、とうとう堪えきれなくなったようにそう叫んだ。いつもなら泣いてしまいそうな場面なのに、彼女は涙を零さない。後ろでそれを聞いていたトワイが、びくりと肩を跳ねさせた。シュゼも目を見開いて、こんなリュゼ、見た事ない、と呟く。
 ギリギリと歯を鳴らして、リュゼはレンの手を握り締めた。それでも尚、レンはシニカルに笑うだけ。

「……貴女は、ドレホド驕ってルノ? 自分ナラ、どんな人でも助けラレルと思ってるの?」
「驕っていたって良いじゃない! 生きるのが苦しい人がいたら、それは聞くよ! でも、死んだ方が良いなんてことは無いはずなの! それに……貴方はまだ、生きていたいのでしょ?」

 そっと、優しい最後のフレーズにレンは目を見開いた。ああ、そうか……この子の手を振りほどかないことは、何よりもその証拠なのか、と思う。ばたり、とレンのチカラが抜かれる。
 
「ッツ───!」

 その瞬間、右手が強く握りしめられた。そこを中心として強烈な光が放射され、確かに時計の針の音が響き渡る。時間の激流の中を逆らって、彼の身体へ干渉する。それを怪我する前の身体で上書きしてから、リュゼは不思議なものを見た。

『これ……過去……? 記憶……?』

 だだっ広いような狭いような、そもそも広さという概念があるのかすら分からない空間に、無数の色の糸が張り巡らされている。でも、それは色付きのものもあるけれど灰色の糸が大半だ。比較的手前は灰色が無く、赤い糸になっている。
 微かにリュゼは顔をしかめた。どこか嫌な音がしている気がしてならないのだ。不協和音、とでも言うような。試しにリュゼは、そっと指先で奥の方の灰色の糸に触れた。微かに針が回る音を立てて時間が戻り、糸から絵の具がおちるように灰色がおちる。その下からのぞくのは、鮮やかな青。

 これは、レンの記憶なのだろうか。

 だとしたら、この灰色の絵の具みたいなものが、何かしらの影響をレンに与えているのだろう。嫌な音も、きっとここから──────それに、直観的に分かる。この灰色の糸は、人為的な何かでこうなったのだと。こんな音がしていたら。きっと、精神が軋んで軋んで仕方ないだろう。
 
『ツッ!』

 一気に、リュゼは力を解き放つ。灰色の糸のみ、時を戻しかつてのレンの記憶で上書きしていく。ノイズが走るように僅かに彼の記憶が覗いた。緑、蒼天、そして夕暮れ────
 バッ、と音を立てて灰色の絵の具が弾けた。その下からのぞくのは、驚くほど美しい鮮やかな糸たち。

『良かった、のかな………』

 そう思ううちに、リュゼの意識は今へ浮上した。


「リュゼ! 大丈夫!?」
「おい、無理してないか?」

 過負荷に倒れ込みそうになるリュゼを支えて、シュゼとトワイが叫ぶ。 

「ん……大丈夫。レン……貴方は、大丈夫?」

 彼は信じられぬと言った顔で己の身体を見下ろした。ふっと前を見直した時、溢れる夕陽に頭に痛みが走った気がした。だけど、それは本当に一瞬で。

「大丈夫、だ」

 レンが思わずそう返事をすると、リュゼはふわりと微笑んだ。

「良かった。」


次章:第四章 だからこそ
   《プロミスド・ユー》
   1話:花開く時は唐突に
   >>24-26


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