ダーク・ファンタジー小説

■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
 入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)

宵と白黒
日時: 2022/04/02 15:05
名前: ライター (ID: cl9811yw)
参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode=view&no=20128

 名前も記憶も、すべてに平等なものなんて有り得ない。

───────────────────


こんにちは、ライターと申します。心と同一人物です。
内容に外伝が関わってくるので、そちらも覗いて見て下さいね。上のリンクから飛べます。(複ファです)よろしくお願いします。

#目次

最新話    >>61
まとめ読み  >>1-
頂きものとか   >>40>>46

◐プロローグ(>>1)
《Twilight-Evening》 

◐第一章 名(>>2-6)
《Phenomenon-Selves》
 一話:殺し屋(>>2-4)
    >>2 >>3 >>4
 二話:双子の少女たち(>>5-6)
    >>5 >>6

◐第二章 あくまでも(>>7-15)
《Contracted-Journey》
 一話:依頼(>>7-9)
    >>7 >>8 >>9
 二話:始まり(>>10-15)
    >>10 >>11 >>12 >>13 >>14 >>15

◐第三章 本当に(>>17-23)
《Switch-Intention》
 一話:はすの花は、まだまだ蕾のようで(>>17-18)
    >>17 >>18
 二話:時の流れは、速い上に激しい(>>19-23)
    >>19 >>20 >>21 >>22 >>23

◐第四章 だからこそ(>>24-56)
《Promised-You》
 一話:花開く時は唐突に(>>24-26)
    >>24 >>25 >>26
 二話:想い、思惑、重なり合い(>>27-32)
    >>27 >>28 >>29 >>30 >>31 >>32
 三話:信ずるもの(>>33-41)
    >>33 >>34 >>35 >>36 >>37 >>38 >>39 >>40 >>41
 四話:自由と命令(>>42-45)
    >>42 >>43 >>44 >>45
 五話:終幕(>>47-56)
    >>47 >>48 >>49 >>50 >>51 >>52 >>53 >>54 >>55 >>56

◐エピローグ(>>57-)
《Essential-Self》
 1話:追憶、あなたを(>>57-61)
    >>57 >>58 >>59 >>60 >>61
 2話:現下、あなたに(>>62-)

 3話:


【以下、読み飛ばして頂いても構わないゾーン】
#世界観
▽現代と同じレベルの文明が発達している。
▽真名
 本名とイコールではない。
 本名はいわば認識番号であるが、真名は己を構成するものだからである。これにより、力を使うことができる。(身体能力の強化であったり、発火であったりといったもの)
 真名を奪う力をもつ者も存在する。真名は奪われると記憶を喪失し、当然力も使えなくなる。真名は付けられるものではなく魂に刻まれるものであるため、この世の誰もが所有している。本名を知らぬ者も、真名は知っている。



◆8月30日
大幅に加筆修正。
◆9月13日
2020年夏大会、銅賞いただきました! 読んで下さってる方、応援して下さってる方ありがとうございました!
◆2021年1月24日
2021年冬大会、金賞いただきました! 二回もいただけるとは思っておらず……ありがとうございました!

Re: 宵と白黒【色々加筆してます。】 ( No.19 )
日時: 2020/08/30 11:41
名前: ライター ◆sjk4CWI3ws (ID: cl9811yw)

2:時の流れは、速い上に激しい

 そうかもしれない、と余裕を見せはしたものの、青年は内心かなり焦っていた。レンが言ったことが図星だったからである。たいして助走つけないで、いきなり走るとこうなるんだ、全く……!
 青年がそんなことを考えながら少年と切り結んでいると、不意に黒髪を揺らしてレンは言った。

「気をつけなよオニーサン。この刃、毒塗ってあるから。掠ったダケじゃ死なないけど、刺さったら……マァ、分かるよね!」
「随分と、悪趣味なことで!」

 バックジャンプして間合いを取った青年が前を見て、走り出す。右足で地面を蹴って、さらに左足でビルの壁を蹴り飛ばして跳躍。
 高く舞い上がった青年が、真っ直ぐに刃を振り下ろす。二人の視線が交錯したとき、一瞬、レンの黒い目が揺らいだ。甲高い金属音を奏でながら刃が滑って行く。
 ガチガチと互いに音を立てながら鍔迫り合いに移行した時、レンが不意に呟いた。

「ふふ……このままジャ時間がかかり過ぎるネ。こうなると、僕モ手段ヲ選んでイラれない。ごめんよ、お嬢サン!」
「ッハ……リュゼ! シュゼ!」

 競り合っていた刃がそらされて、青年がバランスを崩す。その脇をすり抜けて、レンはリュゼへと迫って行く。

「え……!」
「あ、ちょっと! リュゼ!」

 援護しようにも、青年すら焼いてしまう危険があった。だから動くのを躊躇っていたシュゼが叫び、リュゼが目を見開く。

 少年の刃が振り上げられ、数メートルしかない彼らの間の距離が、徐々に詰まって行く。
 リュゼが、目をぎゅっとつぶる。
 シュゼが、何かを叫ぶ。
 そしてその時、青年は────

 動かなくてはならない気がした。なぜだかは、分からないけれど。記憶すらない家族を、無意識のうちに彼女に重ねていた。そんなのは殺し屋じゃない、はずなのに。

「ッツ───」

 青年は走り出していた。大股三歩分ほどの距離を本当に瞬きする間に駆け抜ける。脚が悲鳴を上げ、今度こそ骨が折れそうになる。
 リュゼと、少年の間の数メートル分。そこへ狙いを定める。
 少年の後ろで手を地面に突き、踵を振り上げて倒立の要領で空へ。彼を飛び越え、リュゼとレンの間にある空隙へ着地する。
 そして、リュゼを肩から抱きしめて、押し倒した。

「とわい、さん………?」

 誰かに抱き締められた感覚に目を開ければ。
 さらり、と黒髪が揺れて。白い横髪が、ふわりと紺色を吸う。青年の髪がぱさりと、リュゼの頬を撫でて。

 そして───殺し屋の振り下ろされた刃は、止まることなく背中側から青年の体を貫く。
 それを見たレンが、口元の笑みを深めて言った。

「殺し屋がそんなコトしてどうす……!?」
「うる、さい!」

 力を纏ったままの左踵が、回し蹴りとなって容赦無く少年の腹に突き刺さる。そのまま吹き飛ばされたレンの華奢な体には目もくれず、トワイはリュゼを見た。ビルの換気扇に叩きつけられた少年の体から、バキリと骨の折れる音がする。

「こ、ふっ……あ、りゅ、ぜ?  だいじょうぶ?」
「え、あ、トワイさん!」
「トワイさんっ!」

 リュゼとシュゼの声が聴こえた気がした。だけれどそれは確実に遠くなって行く。トワイが、微かに笑った。

 リュゼは、頭が真っ白になっていた。
 確かに彼女の力は回復──その本質は少し違うにせよ、似たようなこと──だ。それで、トワイを救えるかもしれない。でも、命という砂の入った砂時計を、逆転させることは出来ないのだ。彼女にできるのは、砂を少し戻すことだけ。死へと確実に惹き込まれていく者を救う程の力では無い。
 だからこそ、今のトワイは治すことが出来ないと察せられる。

 だが。 しかし。けれど。

 彼女の本能が、魂が震える。それに導かれるまま、トワイを抱きしめて彼女は叫ぶ。凄まじい光輝が溢れ出し、その眩さにシュゼが目を細める。時計の鐘が鳴る音が、針の回る音が、歯車の噛み合わさる音が。幾重もに重なり合って響き渡る。

「お願い…………戻して!」

 叫ぶ。ただ、乞い願う。

「リュゼ! 大丈夫!?」
「あ、ぅあ……あれだ、姉さん!」

 時の激流がリュゼを押し流そうとする。苦しげにリュゼの顔が歪む。だけれど真っ直ぐに、その激流に逆らって。リュゼは、〝かつてのトワイ〟へと手を伸ばす。それを、今のトワイへ、被せるイメージで。
 光が、再び強く煌めいた───
 

Re: 宵と白黒【お知らせ】 ( No.21 )
日時: 2020/08/30 12:50
名前: ライター ◆sjk4CWI3ws (ID: cl9811yw)
参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode=view2&f=20128&no=1-15

【ここから、外伝の内容が関わってきます。先に読まれることをオススメします。(上記リンクになります)】

 青年は焼けるような痛みの中でもまだ息が出来ることを、不思議に思っていた。背中側に刺さっているであろう刃が、ひんやりとしている。痛い。毒のせいだろうか、体が動かない。膝立ちの姿勢でリュゼに抱き締められたまま、トワイは思う。
 どちらにせよ死にかけると身体は動かないんだけど、なんて。
 何故だか、断片的な映像が脳裏に瞬いた。黒、白、青、と。 
 走馬灯かな、と青年は思った。走馬灯と言うのは、生き残りたい時にしか見ないものと師匠は言っていたような気がする。死にかけたことなんてあまりないから、走馬灯を見るのも初めてだ。
 殺し屋って言うのは、結局死に付き纏い付き纏われる物。死ぬことは覚悟のようなものの上。

 なのにオレはまだいきたいのか? 何が心残りなんだ? つまるところ死にたくないのか?

 遠くで誰かがなにかを叫んだ。
 ああ、オレも変わったな。もう契約してるだけなんて言えない。微かに笑顔が揺らぐ。

 もう一度────聴きたい。

 閉じた瞼の向こうから、強烈な光が瞳を射した。彼の意識が揺らぐ。時計の針が回る音が、一枚布を通したような音で響く。
 そして、何処か不思議な感覚が訪れた。身体のなかがざわざわする。精神は前へ進んでいるのに、身体は後ろへ流されて行くような感覚。かたりと音を立てて刺さっていた刃が、背中からアスファルトに落ちる。それに驚く間もなく、焼けるような痛みが消失した。

 「トワイさん、トワイさん!」
 「トワイさん!? 目、開けてよ!」

 リュゼが、泣きそうに縋る。トワイの手を握り締める。このひとが殺し屋だってことを、さっき実感した。なんの躊躇いもなく、あの男の子に刃を振るった。それは悪なのかもしれない、とリュゼは思う。
 でも、リュゼは救われたから。そして望むらくは、少しでも彼が変わっていることを。  
 だから呼ぶのだ、『トワイ』を。
 シュゼも、きゅっとリュゼの上からトワイの手を押さえる。手首の弱々しくなっていた彼の脈が、強さを取り戻している。それを確かに彼女は感じた。

 そして、トワイはうっすらと目を開けた。痛みも傷も、何もない。
 微かにシュゼとリュゼが息を呑み、トワイの手を強く握った。

 リュゼの目から涙が舞い落ちて、それが目に入りそうになったから。瞬きしてからトワイは微笑んだ。
 
 「リュゼが大丈夫でよかった」

 そう言ったトワイを抱き締めて、リュゼは顔をくしゃくしゃにして泣いていた。涙が止まらない。シュゼも微かに笑いながら、静かに涙を溢していた。
 ぼろぼろになったジャケットが、ふわりと脱げ落ちる。リュゼの頭をぽんぽんと、トワイは撫でた。微かに笑いながら。
 時間はもうすでに薄暮であることが、ビルの隙間から見える空から伺えた。




  ふわりとレンも空を見上げた。動くと痛い。激痛だ。蹴っ飛ばされた時に折れたのか叩きつけられたからは分からないけど、肋骨辺りが折れている気がする。痛みのせいか、僅かに空が滲んで見えた。

「どうせ、色は見えないのに」

 怖かった。夕焼けが灰色なのが。けど、もう慣れた。そんなことを彼は思う。
 シュゼは、ちらりと路地の奥を見やった。室外機に凭れかかってぼんやりと空を見ているらしいレンに、シュゼはそっと近づいていく。

「シュゼ……」
「姉さん…?」

 トワイが、微かに警戒を込めてシュゼを呼んだ。それでも止まらないシュゼに、仕方ないとばかりに微かに息を吐いたトワイは立ち上がる。後ろでリュゼが不安げに立ち尽くしていると、トワイは振り返って言った。

「大丈夫だ」

 ふわりと差し出された左手に、そっと手を重ねてリュゼも微笑んだ。彼が自然に笑うようになったことが嬉しくて。
 足音に気付いたのか、レンの視線がシュゼへと向けられる。座り込んだままパーカーのポケットに手を突っ込んで、レンは笑った。

「何、お嬢サン?」
「貴方……いくつ?」

 シュゼが少し黙ってから掛けたその問いに、レンは微かに目を見張った。路地に膝をついてレンと目線を合わせたシュゼの青い目が、真っ直ぐにレンを見つめる。揺るがないその目に負けて、レンは口を開いた。

「14」
「私も」

 言葉少なに応じたシュゼからレンの視線がフッと外され、地面に落ちる。そっと息を吐いて、シュゼは呟くように問いかけた。

「私たちを、何で殺そうとしたの?」
「仕事だから」

 ぎゅっと手を膝の上で握って、シュゼは歯を食いしばる。自分の中に浮かんだひとつの仮説は信じ難いものだったけれど、そう考えれば辻褄は合うのだ。

「…ねぇ。貴方の依頼人は……グレーっぽい髪のひとだった?」
「言わない」

 じっとシュゼに見つめられても尚、少年は僅かにも動揺を見せない。
 口が、何かを言いたげに開閉する。微かに彼女が息を吸って何かを言おうとしたところへ、トワイが言葉を割り込ませた。
 
「やめてやれ、シュゼ。依頼人について口を割る殺し屋は中々いない。それは、きっとこいつも同じだ」

 そう言ったトワイにちらりと目を向けて、シュゼはそっと頷いた。長い睫毛が伏せられて、普段の姿とはかけ離れた静かさでシュゼは考え込む。ずっと俯いていた彼女は、意を決したように顔を上げてレンへ手を差し出した。
 そして、すっと息を吸うと言ったのだ。

「私と一緒に来ない?」

Re: 宵と白黒 ( No.23 )
日時: 2020/08/30 12:57
名前: ライター ◆sjk4CWI3ws (ID: cl9811yw)

 シュゼのその言葉に、レンは目を見開いた。伸ばされた手を前にして、微かにため息のように息を吐く。
 唐突に、何かを決意したのかリュゼはばっと顔を上げた。カツカツとアスファルトを踏んで、レンの前に立つ。トワイをチラリと目で頷いて制した彼女は膝をついて目線を合わせると、深呼吸してそっとレンの手を取った。

「何スル気?」
「貴方を…………治すの」

 さぁっ、と風が路地を吹き抜けて行く。半ば顔を上げたレンは、ニヒルに笑うと言い放った。

「なんで?」
「貴方に………生きていて、欲しいから」

 微かにレンが息を飲んだ。記憶が微かに揺れて、何かを思い出しそうになるような感覚を味わう。どうせ何もないのに、またかよ、なんて。頭痛が走り抜けて、空の青が断片的にチラつく気がした。

「……それハサ、自己満足ジャないの? キミの仲間ガ人を傷ツケタことに対する、さ」

 今度は、リュゼが僅かに動揺した。自己満足。そうだ、そうかもしれない。

「だけど…じゃあ、生きて、いたくないの?」

 その問いが、ぽつりと地面に落ちる。静かに差し込む淡い夕陽が、そっと彼女を照らす。それの色を捉えぬまま、レンの瞳は空を向く。灰色の天蓋。
 リュゼが、ぐっと強くレンの手を握った。それには何も口を出さずにレンは、顔をしかめて視線を何処かへ投げる

「このママでも生キテはいける。大丈夫ダカら、良い。早く行け。貴女タチも、用があるンダロウ?」
「いい加減にして! なんで、貴方たちは、そうやって! そんなことばかり言って! 自分の命と身体、もっともっと大事にしてよ───! 死なないとか死ぬとか関係ないの! 何時でも何処でも、私がそばに居る訳じゃ無いんだから!」

 唇を噛んで堪えていたリュゼは、とうとう堪えきれなくなったようにそう叫んだ。いつもなら泣いてしまいそうな場面なのに、彼女は涙を零さない。後ろでそれを聞いていたトワイが、びくりと肩を跳ねさせた。シュゼも目を見開いて、こんなリュゼ、見た事ない、と呟く。
 ギリギリと歯を鳴らして、リュゼはレンの手を握り締めた。それでも尚、レンはシニカルに笑うだけ。

「……貴女は、ドレホド驕ってルノ? 自分ナラ、どんな人でも助けラレルと思ってるの?」
「驕っていたって良いじゃない! 生きるのが苦しい人がいたら、それは聞くよ! でも、死んだ方が良いなんてことは無いはずなの! それに……貴方はまだ、生きていたいのでしょ?」

 そっと、優しい最後のフレーズにレンは目を見開いた。ああ、そうか……この子の手を振りほどかないことは、何よりもその証拠なのか、と思う。ばたり、とレンのチカラが抜かれる。
 
「ッツ───!」

 その瞬間、右手が強く握りしめられた。そこを中心として強烈な光が放射され、確かに時計の針の音が響き渡る。時間の激流の中を逆らって、彼の身体へ干渉する。それを怪我する前の身体で上書きしてから、リュゼは不思議なものを見た。

『これ……過去……? 記憶……?』

 だだっ広いような狭いような、そもそも広さという概念があるのかすら分からない空間に、無数の色の糸が張り巡らされている。でも、それは色付きのものもあるけれど灰色の糸が大半だ。比較的手前は灰色が無く、赤い糸になっている。
 微かにリュゼは顔をしかめた。どこか嫌な音がしている気がしてならないのだ。不協和音、とでも言うような。試しにリュゼは、そっと指先で奥の方の灰色の糸に触れた。微かに針が回る音を立てて時間が戻り、糸から絵の具がおちるように灰色がおちる。その下からのぞくのは、鮮やかな青。

 これは、レンの記憶なのだろうか。

 だとしたら、この灰色の絵の具みたいなものが、何かしらの影響をレンに与えているのだろう。嫌な音も、きっとここから──────それに、直観的に分かる。この灰色の糸は、人為的な何かでこうなったのだと。こんな音がしていたら。きっと、精神が軋んで軋んで仕方ないだろう。
 
『ツッ!』

 一気に、リュゼは力を解き放つ。灰色の糸のみ、時を戻しかつてのレンの記憶で上書きしていく。ノイズが走るように僅かに彼の記憶が覗いた。緑、蒼天、そして夕暮れ────
 バッ、と音を立てて灰色の絵の具が弾けた。その下からのぞくのは、驚くほど美しい鮮やかな糸たち。

『良かった、のかな………』

 そう思ううちに、リュゼの意識は今へ浮上した。


「リュゼ! 大丈夫!?」
「おい、無理してないか?」

 過負荷に倒れ込みそうになるリュゼを支えて、シュゼとトワイが叫ぶ。 

「ん……大丈夫。レン……貴方は、大丈夫?」

 彼は信じられぬと言った顔で己の身体を見下ろした。ふっと前を見直した時、溢れる夕陽に頭に痛みが走った気がした。だけど、それは本当に一瞬で。

「大丈夫、だ」

 レンが思わずそう返事をすると、リュゼはふわりと微笑んだ。

「良かった。」


次章:第四章 だからこそ
   《プロミスド・ユー》
   1話:花開く時は唐突に
   >>24-26

Re: 宵と白黒 ( No.24 )
日時: 2020/08/30 11:23
名前: ライター ◆sjk4CWI3ws (ID: cl9811yw)

第四章 だからこそ
《プロミスド・ユー》
1:花開く時は唐突に

 シュゼは、リュゼとレンをみてかすかに笑った。あの様子ならきっと大丈夫だろう、と思う。ちらりと隣にいるトワイに目を向ければ、自然に笑っていて。それがシュゼにとってはとても嬉しいのだ。

 軽やかに笑った彼女の手が、もう一度レンに向けて真っ直ぐ差し出された。少しそれを見つめてから、今度こそレンはそっとそれを握る。そのまま彼の身体を引き上げて、レンがほぼ自分とほぼ変わらないくらいの背丈だということに気付いた。彼の顔を正面から見るのは初めてだ。切り揃えられた黒い前髪と、光の少ない髪と同じ色の目。光を吸い込むような色をしている。

「コレ、やるよ」
「え?」

 不意にレンは、着ていた黒のウィンドブレーカーを脱いだ。シュゼが唐突の行動の訳を聞く間もなく、彼はそれを彼女の斜め後ろにいたトワイへ放る。
 
「オレに?」

 反射的にそれを受け取って、トワイはぱちぱちと瞬きした。本気で理由が分からないとばかりに首を傾げた彼に、レンは溜息を吐いて、視線を斜め下に投げながら答える。

「オマエ、まぁ僕のせいなんダケど……その、ホラ! シャツ! 破れてるだろ、背中!」
「あ、えと。ありがとう、かな?」
「ソレ、サイズ割と大きめダカラ。お前でも、着レルと思う」
「あ、うん……」

 そのなんでもないやり取りに、レンがくしゃりと笑った。その笑みに、思わずシュゼも笑ってしまう。そして、それを頃合と見た少女は、息を吸い込むともう一度尋ねた。

「私たちと……一緒に来ない?」
「僕が、君たちと?」

 ふっ、と肩の力が抜かれる。色に溢れる世界へ出ていくことに対する、この僅かな躊躇いはどうしたものか。そんなことを思いながら、レンは空を見上げた。

「あ──────!」

 がたがたと体が震え出す。目から何が何だか分からないような涙がこぼれおちる。唐突に泣き出したレンに、シュゼが慌てて声をかけた。

「え、大丈夫…?」

 ぼんやりと意識の横で、誰かに呼ばれたような気はした。けれど、それを気にもとめずにレンは空を見つめる。吸い込まれてしまいそうなほどに妖しくて美しい、夕焼け。ざわざわとノイズの如く映像を脳内が走り抜け、無数の断片が揺らぐ。蒼天、夕焼け、緑。
 
『こんなに…空は、綺麗だったんですね─────華鈴さん。ごめんなさい、格好……悪い、ですね』

 己でもわけも分からずに泣きながら、レンは手の甲でぐしゃぐしゃと涙を拭った。
 その言葉を聞いた3人が、揃って首を傾げる。それも当然だ、レンは今秋津の言葉で喋ったのだから。
 空を見つめたまま、ああそうだ、とレンは思う。どうして忘れていたんだろう、と。忘れていたのか? いや、それにしても微妙におかしいのだ。まるで、記憶と過去に食い違いがあるような。

「レン…………? 大丈夫、なの……?」

 不安げにリュゼが歩みよって、今度こそレンはそれに気付いた。ハッとした顔でシュゼの横へ目を移し、幾度も瞬く。ズボンの横でぎゅ、と握られた手が、不意に持ち上がった。いきなりの動きにびっくりして、リュゼが僅かに体を引く。レンの手が肩に置かれて、ぎゅっとその手に力が籠る。

「きみは…………僕二、何ヲしたんダ?」

 真っ直ぐに彼女の青い目を見つめて、レンはそう問いかけた。明確に狼狽えつつも、レンからリュゼは目を離さない。とても、とても大事な瞬間であることぐらい分かっているからだ。
 シュゼとトワイは、その場から半歩身を引いた。2人も、この場は彼らで解決するべきだという空気をひしひしと感じ取ったからである。
 キッと、自分のしたことに責任を負って。リュゼはレンの目を見返した。

「私は、貴方に力を使った。それだけだよ」
「ドウイウ、こと……? 僕に、どうしてもツイテキテほしいんだナ?」

 ふっと溜息を吐いてにレンは肩を落とした。リュゼの肩から手を外し、ズボンのポケットに手を突っ込む。何が何だか分からないけど、でも色は見えている。そうだ、ならもう恐れることも躊躇うことも何も無い。理屈なんかの優先順位は低くたって構わない。きっと、華鈴さんならそう言う。
 ふわりと笑って、彼は言った。

「良いよ。君たち二ツイテ行こう」

Re: 宵と白黒【第四章突入!】 ( No.25 )
日時: 2020/08/30 20:39
名前: ライター ◆sjk4CWI3ws (ID: cl9811yw)

 ついて行こう、と言ったレンは改めてシュゼの目を見直した。路地の抜けた先、大通りから滑り込んでくる薄暮の光が彼女の髪をオレンジに染めている。僅かに吹き抜けていった風が、半袖になったレンの体を優しく撫でた。あ、とレンは呟きそうになる。それが、まるで彼女のように思えて。それが、レンの背中を押した。

「貴女の、名前ハ?」
「私はシュゼ・キュラス! こっちが妹の」
「え、と……リュゼ・キュラス、です」

 リュゼはそう言って、ふわりと黒髪を揺らして振り返った。後ろにいたトワイは、先程のウィンドブレーカーを抱えたまますこし俯いている。数瞬迷った末に、顔を上げて彼は名乗った。

「トワイ、だ」
「……紺色ノ」
 
 紺色の、と呼ばれたトワイは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。リュゼとシュゼの方を見て、もう一度視線をレンへ戻す。それを2回程繰り返してから、彼は訂正の言葉を発した。

「トワイだ」
「紺色ノ!」
「トワイだっ!」

 唐突に、二人の間へ落ちた奇妙な沈黙が可笑しくて、シュゼは声を上げて笑いだした。レンに襲われてから薄らと漂っていた張り詰めた空気が、一瞬で崩壊していく。リュゼも口元に手を当ててわずかに微笑むと、タイミングを見計らっていたかのようにトワイへと近付いて行く。

「あの、少し良いですか?」
「リュゼ……何?」

 リュゼの目を見て、話が長くなりそうだと察したトワイはビルの壁に背を預けた。ウィンドブレーカーが僅かに動き、布同士が擦れ合う音が響く。リュゼはそれを彼の手から取ると、ふわりと広げてトワイへ被せた。若干大きめのそれは彼の体にも合っている。

「ありがと。どうした? なんかあった?」
「約束、して欲しいんです」

 不意にリュゼはトワイを睨み、そう言った。何を言っているのか分からないと言った風に、首を傾げた彼へリュゼは笑う。一歩距離を詰めて、きゅっと上目遣いでトワイを見上げた。ショートブーツの底がアスファルトを擦る。
 夕日に艷めく今の彼女が、何故か酷く魅力的に見えて、トワイは反射的に目を逸らす。

「もう……死んじゃだめです。それを、約束して欲しいんです、私と」

 有無を言わさぬ強靭な意志を秘めた瞳でこちらを見つめて、リュゼはそう言う。その言葉の圧に負け、トワイは視線を戻した。返す言葉が見つからぬとばかりに彼の口が開閉する。

「何で?」

 ようやく彼の見つけた言葉は、まるで幼子のような返しだった。だが、口に出した途端それはすとんと彼の胸へと落ちていく。それを聞いてリュゼはぎゅっと拳を握りしめた。俯いて、僅かに震えながら少女は言う。

「嫌なんです。さっきも言ったでしょう? 私は怖いんです! 人が死ぬのも自分が死ぬのも、血が流れるのも! だから、だからどうか………!」

 本当に怖い。彼女はそんなことを思う。あの時自分が、力を行使できなければ。あのままトワイの体は冷えてそのまま────ギリギリと歯をかみ締めて、泣くのを堪えながらリュゼは言う。青い目がトワイの目を見て、今度は彼の目が影に隠れた。微かに溜息のような息を吐いて、トワイはそっとリュゼの頭に手を置いた。

「ごめん。オレはさ、曲がりなりにも《宵》って呼ばれるくらい人を殺してきた殺し屋だから。だから、リュゼとその約束はできな───」


 自分だけがそんなことは出来ないと。等しく責を負うべきであると、青年はそう言う。

「だからなんだって言うんですか?」

 それを否定する酷く冷たい声が、リュゼの口から放たれた。細めた目で真っ直ぐに青年を見つめて、少女は迷いなく肯定する。

「私が助けたのは、《宵》じゃないです。貴方を、助けたんです! それの何がいけないんですか!? もし貴方が! 『トワイ』じゃ無かったとしても、人殺しだとしても、私は─────私が約束して欲しいのは貴方なんです! 私たちに、トワイって名乗った貴方なんです!」

 リュゼは、己でも自分の言った言葉が支離滅裂で、論点のすり替えも良いところだと言うことを自覚していた。けれど、それに後悔などなかった。ざぁっと音を立ててビル風が吹き抜けて、街の匂いを運んでくる。
 トワイは、目を見開いた。リュゼの言葉が、いつか自分が抱いていたはずの疑問を吹き飛ばしていく。自分は、何者でもないのではないか、と言う疑問を。
 そして、ふわりとトワイは笑った。にっこりと、満面の笑みを顔に閃かせて彼は口を開く。

「ありがとう、リュゼ。良いよ、約束してあげる。ほら……早く?」
「え……ほんとに、良いんですか?」
「何言ってんだ? リュゼが持ちかけてきたけいや、もとい約束だよ? ほら!」
「え、あ、はいっ! じゃあ…絶対、死んじゃだめですからね?」
「分かった。約束、な」

 笑いあった2人を見て、今まで黙り込んでいたレンがふっと自分の右手に目を落とす。

「タリスクじゃ、指切りッテシナイんだな」
「え?」

 隣に立つシュゼが、こてんと首を傾げた。トワイとリュゼもそちらに目を向ける。僅かに笑って、レンは右手の小指を真っ直ぐに伸ばした。

「小指と小指ヲサ、こんな感じで…」

 何気無い動作で、そっとシュゼの手をレンは取った。かなり吃驚した顔でシュゼが少年を見るが、それを気にせずにレンは己の小指をシュゼの小指に絡める。ゆっくりそれを持ち上げてトワイとリュゼに見せながら、レンは説明を続けた。

「結ンデ、約束を破らないってコトを誓ウんダ」
「あ、あのね! もう、分かったから……ちょ、ちょっと……指、離してくんない…?」

 僅かに頬を染めて、シュゼが明後日の方向を見ながらそう言う。それと同時に、自分が何をしていたかに気付いたらしきレンが慌てて小指を離して飛びずさった。その様子に、くすりとリュゼが笑みを零す。

「わ、悪イ!」
「べ、別に良いよ」

 ほんの少しだけ、彼らの間に気まずい空気が流れる。だが、それをかき消すようにシュゼは笑いだした。レンの反応が、それはそれは普通の少年だったからだ。いや、下手するとそこらの男子より初心かもしれないその態度に、シュゼは笑いが止まらない。
 一人で相当気まずくなっていたのだろう、レンがトワイとリュゼへ向き直って叫んだ。

「ほ、ホラお前らトットと指切りシタラどーなんだよ!」
「お、おう!」
「え、え!?」

 トワイは躊躇いなくリュゼの右手を手に取った。己の手でそっと包み込み、反射的に伸ばされる彼女の細くて白い小指に、指貫グローブを着けた右手の小指を絡める。それを見つめて、トワイは言った。

「約束………か。」
「ええ。約束、です」

 もう一度笑いあった二人は、その単語を噛み締めるように息を吐く。
 傾きがきつくなり、何も遮るものが無くなったトワイライトは、路地へ真っ直ぐに注ぎ込む。不意に、地面に転がっていた空き缶が転がって金属音を奏でた。残光に照らされる彼らにぼんやりと魅入られていたシュゼは、その音に夢から覚めるように顔を上げる。だっだっとスニーカーの底で地面を踏んで、ぽんと両手をトワイとリュゼの肩に置く。

「お二人さん? あのね、色々あったけどもう行くよ? いい加減日も沈みそうだし!」
「え、あ、うんっ!」
「分かった」

 壁から背を離したトワイが、かっと音を立ててアスファルトを踏んだ。するりと小指同士が離れ、そのまま何気無い動作で手が握られる。トワイのその行動に、ブワッと頬を赤くしたリュゼがトワイを見上げるが、当の彼はそれに気付いた様子すら無い。

「え、と…トワイさん?」
「何?」

 どうやら本当に自覚がないらしいトワイに、リュゼは溜息を吐いた。

「……僕モ行くノ?」
「え、当たり前じゃん。レンも着いてきなよ!」
「了解」

 黒のスニーカーでアスファルトを踏んで、レンが一歩踏み出した。その場にするりとしゃがみこんで、彼が落とした刃を拾い上げる。手首につけられた鞘にしまい込んで、ふっと笑みを零す。
 四人で、路地から出たその先で。もう陽は、沈んでいた。


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