ダーク・ファンタジー小説
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- 宵と白黒
- 日時: 2022/04/02 15:05
- 名前: ライター (ID: cl9811yw)
- 参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode=view&no=20128
名前も記憶も、すべてに平等なものなんて有り得ない。
───────────────────
こんにちは、ライターと申します。心と同一人物です。
内容に外伝が関わってくるので、そちらも覗いて見て下さいね。上のリンクから飛べます。(複ファです)よろしくお願いします。
#目次
最新話 >>61
まとめ読み >>1-
頂きものとか >>40/>>46
◐プロローグ(>>1)
《Twilight-Evening》
◐第一章 名(>>2-6)
《Phenomenon-Selves》
一話:殺し屋(>>2-4)
>>2 >>3 >>4
二話:双子の少女たち(>>5-6)
>>5 >>6
◐第二章 あくまでも(>>7-15)
《Contracted-Journey》
一話:依頼(>>7-9)
>>7 >>8 >>9
二話:始まり(>>10-15)
>>10 >>11 >>12 >>13 >>14 >>15
◐第三章 本当に(>>17-23)
《Switch-Intention》
一話:蓮の花は、まだまだ蕾のようで(>>17-18)
>>17 >>18
二話:時の流れは、速い上に激しい(>>19-23)
>>19 >>20 >>21 >>22 >>23
◐第四章 だからこそ(>>24-56)
《Promised-You》
一話:花開く時は唐突に(>>24-26)
>>24 >>25 >>26
二話:想い、思惑、重なり合い(>>27-32)
>>27 >>28 >>29 >>30 >>31 >>32
三話:信ずるもの(>>33-41)
>>33 >>34 >>35 >>36 >>37 >>38 >>39 >>40 >>41
四話:自由と命令(>>42-45)
>>42 >>43 >>44 >>45
五話:終幕(>>47-56)
>>47 >>48 >>49 >>50 >>51 >>52 >>53 >>54 >>55 >>56
◐エピローグ(>>57-)
《Essential-Self》
1話:追憶、あなたを(>>57-61)
>>57 >>58 >>59 >>60 >>61
2話:現下、あなたに(>>62-)
3話:
【以下、読み飛ばして頂いても構わないゾーン】
#世界観
▽現代と同じレベルの文明が発達している。
▽真名
本名とイコールではない。
本名はいわば認識番号であるが、真名は己を構成するものだからである。これにより、力を使うことができる。(身体能力の強化であったり、発火であったりといったもの)
真名を奪う力をもつ者も存在する。真名は奪われると記憶を喪失し、当然力も使えなくなる。真名は付けられるものではなく魂に刻まれるものであるため、この世の誰もが所有している。本名を知らぬ者も、真名は知っている。
◆8月30日
大幅に加筆修正。
◆9月13日
2020年夏大会、銅賞いただきました! 読んで下さってる方、応援して下さってる方ありがとうございました!
◆2021年1月24日
2021年冬大会、金賞いただきました! 二回もいただけるとは思っておらず……ありがとうございました!
- Re: 宵と白黒 ( No.47 )
- 日時: 2020/12/20 21:55
- 名前: ライター ◆sjk4CWI3ws (ID: cl9811yw)
- 参照: https://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode
5話:終幕
「あ……はあ。本当はやりたくなかったんだけどね……トワイくんって言うのだっけ。きみがいちばん簡単そうだ」
ふと静寂が落ちた空間に、ルクスの言葉が落ちた。そのまま棚に近づいて、ゆっくりと飾ってあるものへ目を滑らせていく。目に付いたペンダントを手に取って、そっと三人へ足を向けた。
その仕草に、何かに気付いたらしいアレンがルクスへ振り向いた。
「用意、しておいてくれる?」
「ッ───承知、致しました。貴方が失敗など、するはずがない。私はそれを信じております」
「僕はいい人間に慕われたものだな……君とリフィスを見てるとよくそう思うのだよね」
なにか諌言を口走ろうとした彼を手で制し、ルクスはかすかに微笑んで、アレンにそう告げる。ふっと表情を元へ戻し頷くと、アレンは棚にそっと近づいた。置かれていた宝石箱のひとつへ手を伸ばして、くるりとルクスを振り返る。
淡い笑みすら浮かべて、ルクスは悠然とペンダントトップを握る。
トワイがその行動を怪訝に思った直後、シュゼがヒュッと息を吸った。あの動作、あのアレンの言葉には覚えがある。まさか、と刹那思い───トワイへ警告を発する間すらなく、唐突にガラスが砕けるような、清冽で怜悧な音が響き渡る。
凄まじい光輝が、部屋を照らした。ルクスの右手に握られた燐灰石のペンダントが、その光を纏って煌めいている。
「────!」
それと同時に、がくりとトワイが身体を半分に折る。噛み締められた歯がギリギリと音を立て、床の上で握りしめられかけた拳が暴れ回る。どこも身体は傷付いていないのに、全身が痛い。
凄まじい痛みが、身体を、魂を貫いていた。それは、魂を侵される苦痛だ。魂に刻まれた真名を、神の力の片鱗によって摘出し封じる───それが、真名を奪うということである。
「え、トワイさん!?」
「トワイさんッ」
シュゼとリュゼが動揺して声をかけても、動く気配がない。私の警告が間に合わなかったせいだ、一度見ていたのに───そんな後悔が湧き上がる。それでもシュゼは、弾くように顔を上げた。自分のすべきことをやる、と心に決めて。青い瞳がルクスの方向を睨みつける。
不意にアレンの黒い瞳と目が合って、彼女は鋭く息を飲んだ。ひたすらに苦しげな、誰かを心配するかのような、そんな目だった。
「やめてよ……」
彼は、ただルクスの命令で動くだけの人形などではなく。確かにアレンはルクスの忠臣であったのだと、その目を見てシュゼは悟った。
「───! ─あ、───」
「とわいさん!!」
トワイは呼んでも何も反応を返さない。ただ苦鳴を上げ続けるだけの彼を前に、何もできないことを悟って、それでもリュゼは必死に名前を呼んだ。なにか力になれていることを必死に祈りながら、彼の手を握る。
- Re: 宵と白黒 ( No.48 )
- 日時: 2020/12/27 15:22
- 名前: ライター ◆sjk4CWI3ws (ID: cl9811yw)
- 参照: https://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode
「トワイさんッ! とわい、さん、トワイさん!」
リュゼがしかとトワイの手を握ってそう叫ぶ。
「はは……その程度で神に抗えるとでも?」
それを嘲笑うかのように、ルクスはふと呟いた。アレンがおもむろに彼に寄り、前に立ちはだかる。
ぼんやりとした、紺色の空間だった。真名奪いのみが視ることの出来る、魂の空間。中心に浮び上がる光へ、そっとルクスは『手』を伸ばす。質量も実体もない、ルクスのイメージで構成されたそれは、ただ真っ直ぐに不安定に明滅する光へと伸びる。
普通の人間ならば多くの防壁があるものだが──それは名前であったり、記憶であったりといった己を構成するもの──、この青年に限ってはそれが障子紙のように薄い。
大した労力をかけることなく、ルクスが真名へたどり着くかに見えたその時。
不意に『手』が、障壁にぶつかった。
誰かが彼のことを呼んでいる。真名を守るための名前で呼んでいた。それに応じようと、彼の魂が震える。それはつまり、彼であることを肯定しようとしている。障壁が強固になっていき、光がより光輝を増す───
ふっ、と痛みが消えた。淡くて優しい感覚に全身が包み込まれる。
青年の中で、魂に残っていた残滓のような記憶が舞い上がっていた。もう自分はとうに忘れてしまったと思っていた、幼い頃の記憶だ。
家族の記憶だった。擦り切れたフィルムが映し出す質の悪い映画のように、所々がはっきりと見えない。声などほぼ聴こえないに等しい。
────母もまた、殺し屋だった。紺の髪と、夕暮れ色の目の女性。
そして、裏の世界で勁く生きた女性だった。父は分からない、行きずりの男だったのかもしれない。依頼人だったのかもしれない、あるいは彼女を愛した男がいたのかもしれない。青年が物心ついた時には居なくて、でもそれは常闇街では珍しいことではなかった。
自分を産んで、五、六年が経った頃だったのだろうか。致命的なミスを犯し追われる身となった母は、自分を連れて狭い世界を逃げ惑った。
血塗れになって、ボロボロになって、それでも彼女は彼の背を押す。
『逃げ──い! ───、あなたの脚───大丈夫だから、どうか、生───』
ジーッ、ジーッと音を立てて記憶が揺らめく。声も映像も、もうまともに見えやしない。
でも、分かることだってある。裏の世界の辛さを、きっと母は知っていた。でも、彼女は産むことを選んだ。ただ生きてほしいと、そう願っていた。
それは、愛されていたということだろうか。ならば自分は何が欲しかったのだろう、と彼は思う。家族か、愛してくれる人か。自分はリュゼに何を見出したのだろう、と。
そうか、とふと悟った。
「そんなもので………!」
現実の世界で、ルクスの声が聞こえた気がした。悠然とした態度を常に崩さなかった彼の口の端に、僅かに焦燥が乗っているような。
シュゼと目を合わせていたアレンの瞳孔が開かれる。
「───…ッぐ…名前を呼れ……ッ…る、そんな普通が、欲しかった…………!」
痛みに呻きながら抗って、吐き出すように。それに、はっとリュゼが顔を上げる。シュゼが短く頷いて、リュゼの背を僅かに押した。
「私がここにいる……! 大丈夫、あなたはそこにあるから……!!」
リュゼが叫ぶように、そう言った。
- Re: 宵と白黒 ( No.49 )
- 日時: 2021/01/09 15:36
- 名前: ライター ◆sjk4CWI3ws (ID: cl9811yw)
弾けるようにネックレスがルクスの手から飛び、チェーンが空中へ舞う。天井の照明を反射して、真名の圧に耐えきれなかったそれが、きらきらと煌めいた。
がくりとルクスは膝を折る。かは、と、吐く息の中に血が混じっているのを見て、アレンは歯を食いしばった。だからあれほど、という言葉を口の端に溶かして、黒髪の男は立ち上がる。
ネックレスが、真名の力に対して全くもって釣り合わなかった。その場合の真名奪いへのフィードバックは、とてつもない痛みを伴う。本来そう易々と人間が行使できる力ではないのだ、とアレンは思う。
未だに痛みの余韻で立てないトワイと、それを介抱するように寄り添ったリュゼ。その二人を守るかのごとく、シュゼがきっと彼らを睨んで立ち上がった。
「ルクスさん、もうやめなよ。いまならきっと、まだ……!」
シュゼのその言葉に、ルクスはそっと眉根を寄せた。顔を上げた彼は、心底分からないとでも言いたげに首を傾げる。
「なにか勘違いしているようだから言っておくけれど。僕は僕自身の保身がしたいんじゃないんだぜ? 僕が居なきゃキュラスは成り立たない。ノーシュの記憶が戻れば、僕はこの立場を追われるだろうね。だから僕は君らを逃がす訳には行かない」
「いくらなんでも度が過ぎてるよ! そんなやり方じゃ、誰も幸せにならない……!」
シュゼが叩きつけるように叫んだ言葉に、ルクスは目を瞬かせた。数秒かけてその言葉を咀嚼する。その意味をようやく理解すると、無意識のうちに顔を歪めていた。
それに気付いたアレンが、主を庇うように声を響かせる。
「ルクス様、貴方は間違ってなどいない」
「アレン」
す、と、ルクスの右手がそっとアレンを制止した。圧倒的な威圧感を伴って、ルクスは淡々と、言い含めるように口を動かす。黒い瞳が煌々と光を帯びて三人を見つめた。
『幸せにならない』と。彼女はそう言っただろうか。その言葉が、頭の中にエコーを伴って響きわたる。
「もう、馬鹿みたいだな」
口元から血を零した彼は、凄絶なまでの笑みを閃かせていた。はははは、と。声にならない笑い声が、喉の奥から込み上げる。
自分が今までどれほど苦労してきたかも知らずに、この少女は。
それと同時に、それは自分の努力を否定されたくないだけのエゴなのだと、そう理解する自分も存在する。本当の救世主とは、本当の良き主とは、そんな醜いものではないのだろう、と。
「ルクス様、貴方は」
「さっきのが、黙れという意味だってことが分からなかったか?」
今まで張っていた糸が、ぷつりと切れたような。そんな口調で命を下す主に向けて、アレンは声を掛けようと試みる。感情など映さない仮面のようだった顔が、主を止めることが出来ないという事実を前にして、酷い焦燥に染っていた。
それに反して、ルクスの顔はとてつもなく静かだった。先程までの笑みは消えていて、仮面を付け替えたかのような無表情がそこにある。最後までアレンに言葉を紡がせぬまま、彼は告げた。
「終幕、だ」
彼はちらりとアレンに視線を投げる。微かにアレンが息を飲んだ。刹那躊躇うように俯いて、それでも無言で一礼する。ルクスだけでもどうにかして守りたかった、と後悔が胸に広がった。だがルクスがそれを望まないなら、それを尊重することもまた臣下の務めなのだと、そうアレンは理解する。
そう覚悟を決めて、アレンはルクスへ捧げるように、先程取った宝石箱の蓋を開けた。そこに埋め込まれていたのは、宝物の類ではなく。
「リュゼ、なにかしてくるかもしれない……トワイさんと懐中時計、お願い」
「シュゼ……最後まで向き合わないとダメだよ、私たちが始めたことだもの」
「分かってる」
誰も幸せになんてならない、と。リュゼと小声で会話する一方で、先程の自分の言葉を噛み締める。ルクスに殺されたたくさんの人たちも、ノーシュも。彼らを心配する家族、配下の者たち。その『誰も』には、彼らも含めて言ったつもりだった。主の身と思い、それらに板挟みになって苦しげなアレンを、虚無を抱えるリフィスを、精神を磨り減らすルクスを。
でもそれは、伝わらなかったのだ。
「ごめんなさい」
言葉を絞り出した。それでも、とシュゼは思う。独裁するような、そんなやり方が正当化されていいはずがないのだ。
アレンが宝石箱の中身を取り出そうとしている。そんな風に、シュゼとリュゼには見えていた。
- Re: 宵と白黒 ( No.50 )
- 日時: 2021/01/31 01:48
- 名前: ライター ◆sjk4CWI3ws (ID: cl9811yw)
□ △ □
「ソレでも僕には……僕には、アナタが救いを求メテいるようにしか見エナイ。僕は、ルクス・キュラスが悪人であるとしか思えない」
リフィスの言葉に、レンはそう応じた。照明の明かりに透かされる黒の瞳が、薄らとした光の膜を帯びる。
自分のまだ浅い人生では、そう人の心を動かせることなど言えやしない。現に自分は一度失敗しているから。それでも、それでも尚、彼女に諦めてほしくなかった。何をかすらも分からないけれど。
たとえそれが自分のエゴであったとしても、だ。
「ダケド……ソノ役目は、僕ではないのかもしれない」
認めたくはなかったけれど、自分では無理だ。レンはもう既に、そう理解していた。彼女が本当に望んでいることを、自分はしてやれないのだ。
「黙ってもらえませんか、レン・イノウエ……何が正しくて何が間違っているのか、私はもう分からないから」
昔から、他人を常に傷つけて生きてきた。それは無差別で、自分ではどうしようもなくて、なんの意味すらない忌むべきものだった。制御出来ない力とはそういうものだったから。
だからルクスの力の行使は、とても意味があるものに思えたのだ。誰かを罰するため、何かを裁くため、そして───守るために。それが世間一般では独裁と呼ばれるものであったとしても、リフィスからしてみればそれは正義だったのだ。
今、その認識が揺るがされているから。この声は酷く震えている。
「分からないんです。ルクス様が悪人なら、その悪人に必要とされたいと思う私も悪なのか。悪であることが、本当に間違っているのか」
最初と同じように、レンは少女と相対する。自分を真っ直ぐに見つめてくる瞳孔の光が、不規則に揺らいでいた。どこか不安げな色をのせた目元、かすかに震える唇。
ああ、とため息のような音が口から零れた。自分は彼女の何を見ていたのだろう、と後悔が込みあげる。こんなにも、彼女と華鈴は違うというのに。
単に見た目だけの問題ではなかった。不安定に揺らぎはするものの、動かぬ軸を持っていた華鈴。リフィスはその軸すらも今揺るがされ、まるで出来損ないの独楽のようだ。
自分は何も分かっていない。それを、レンは今、叩きつけられていた。
「ああ……ブランさんは……悪い人ではありません。私と同じ境遇だったから、私が見えていなかっただけで……それを表に出しこそしませんでしたが、きっとあの方には、私と過去の自分が重なって見えていたのでしょうね。私はつまり、『可哀想な子』であると」
どこまでも哀しげな、そして懐かしむような声で、少女はそう言った。レンに反駁を挟む間を与えずに、彼女は続ける。
「私は、私の思うように動いてもいいのでしょう?」
「ええ」
突然投げかけられた問、それに寸分の躊躇いすらなくレンは返した。自分がこれを肯定したなら、もう彼女を縛るものはなくなるのだと覚悟を決めて。ルクスの命令を優先するとリフィスが決めたなら、殺されてしまうかもしれないから。
一瞬、彼女が瞬いたのが見えた。胸の前で握りしめられた手に、力がこもるのも。浅く息を吸って、その群青の瞳が自分を捉えたのも。
「ならば私は、ルクス様を信じます。私はあなたにどう思われようと、何を言われようとルクス様を選ぶ。随分とあなたの言葉に揺り動かされてしまったけれど、もうきっとこれは不変です。だから、諦めてください」
言葉が落ちた。この音の振動だけが、レンの耳に届くのに時間がかかっているかのように。静寂が二人を縛っていた。
「そう、ですか」
ようやく一言絞り出した言葉は、先程の肯定とは随分異なって掠れていた。どうして、問うことは出来ない。リフィスの瞳がそれを許していなかったし、それをしてはいけないのだと悟ってもいた。今までの比ではないほどの強い光を宿して、確かに少女はそこに在る。
何よりも優先したい、誰よりも選びたい。
それは、きっと恋なのだ。そう少年は思考する。自分が選び続けてきたひとは、きっと自分を選んでくれはしなかった。だからこそ、彼女の背を押す選択をしたい。そう思えた。
- Re: 宵と白黒 ( No.51 )
- 日時: 2021/05/31 22:02
- 名前: ライター ◆sjk4CWI3ws (ID: cl9811yw)
「───ですが、また今からあなたと殺し合いをする気にはなれません。私はもう、それほど非情になれない。……ルクス様の方へ加勢をしに行きます。私を殺したいのなら、その隙にどうぞ」
リフィスは、薄く笑みを浮かべながらすっと一歩踏み出した。かつりと足音が響く。
「あなたがそこまで信頼してくれる理由が、僕には分からない」
「あなたは真剣だった。私自身を見てなかったのは事実かもしれないけれど、でも確実にあなたは向き合おうとしていた。違いますか」
意表を突かれて黙り込んでしまったレンを振り返らずに、リフィスは彼を追い抜いて扉の方へ歩いていく。彼女が扉に手をかけて、引き開けた。
その刹那の静寂を、まるで見越したかのように。
────爆音が、轟いた。
「は…!?」
「ツッ……!」
反射的に床面に伏せて身を丸めるが、それでもびりびりと耳鳴りがする。頭を直接殴られたかのような衝撃が駆け抜けた。廊下の向こうの方を見透かしてみれば、そちらの壁面が大きく爆ぜているのが目に入る。緩く炎が床を撫でていた。
直接確認した訳ではないが、おそらく、そちらにはエレベーターホールがある。レンはそう思考して瞬いた。
かろうじてこの廊下が密閉されていない──レンが非常階段の入口を背にして立っている──おかげで、爆発の圧で死ぬということはなかった。が、いざという時、高層ビルの最上階から地上一階まで階段を下りるというのは、あまりにも非現実的だ。
「リフィスさん!」
ば、と顔を上げてリフィスの方を見上げてみれば、彼女はぎりぎりで室内に滑り込み、難を逃れたようだった。
「ルクス様!」
自分などお構いなしなのだろう。あっという間に彼女の姿は消えていた。
その様子に小さく苦笑をこぼしてから、レンはリフィスの後を追おうと立ち上がる。が、くらりと一瞬目眩が生じた。爆圧の影響か、と呟いてから、どうにか壁伝いに歩き出す。
緑の非常灯が、彼を照らした。
□ △ □
─────爆音が、轟いた。
おそらく廊下、しかし、これは。
「ッ伏せろ!」
トワイが弾かれたように顔を上げて、直後僅かに顔を歪める。反射的にリュゼの手を引いて床へ伏せさせた。彼女がシュゼもしゃがませたのを確認して安堵した。
リュゼもまた、どこか呆然とした顔でルクスの方を見つめていた。小さく唇が動いている。何を言っているのかまでは分からなかったが、その視線が動いて姉の背を捉えたのは見えた。
ほんの数コンマ秒。
それを置いて、右手側の壁から轟音と共に炎が吹き上がる。そこにはオブジェがいくつか設置されていたはず。爆弾が隠されていたのか、と口走る。数は多いが、単体での威力はそこまでではないはずだ。
この部屋が相当広いからか、そこまでの衝撃ではなかったが、そこに近ければただではすまなかっただろう。反射的に立ち上がり、ちらりと出口の方を確認した。
出口は無事。しかし、廊下がどうかは分からない。爆発音から察するに、下の階へ降りる手段が残されていなくてもおかしくはない。
「な……んで、こんな」
シュゼの声は、ひどく震えていた。
視線を動かしてルクスたちを見遣れば、彼らにはひと欠片の動揺すら見当たらなかった。ならばこれは彼らの仕業だと断定する。耳鳴りがして、顔を歪めた。
先程の爆発で、火の手が徐々に回り始めている。おそらく壁が木造ではないからか、そこまで早い訳ではない。だが確かに、じわりじわりと、熱が這っている。
「火の手が回りきったら全員焼け死ぬぞ……!」
もう止められないと分かってはいながらも、警告めいたものを口に出さずには居られない。リュゼに小さく頷きを返してから、じわりと後ずさった。
「ははははは───ッ! 構わないさ、全部終わりにしてしまおうぜ! ……カハ、っは……本当はさ、僕たちは逃げるつもりでいたけど、まあ全部どうでもいいかなって思うんだよね!」
まるでこの状況に狂喜したように、一転大きく両手を広げて彼は叫ぶ。とてつもない圧がルクスの全身から放たれた気がして、シュゼは身体に力が入らなくなる感触すら覚える。
トワイもまた、微かだが鋭く息をこぼした。今のルクスは、精神を壊した者のそれ。早くここから脱出しなければならない、と焦りが一層強くなる。
「まあ……この感じは、いっそ爽快ですらあるけれどね」
刹那冷静に戻って、小さくルクスは呟いた。口からさらに血がこぼれたのが分かる。真名を奪おうと『手』を伸ばした時、トワイというらしい青年の魂の、いわば精神力とでも言うべきものが、凄まじい勢いで逆流した影響だった。まさかあの一瞬で、ここまでの強さに成長するとは思いもしなかった。
誰かに肯定されるということが、それほどまでに人を変えうるのだろうか。大して強い力を持つ訳でもない
彼に、ここまでやられてしまうとは。
「ルクス……様」
アレンはそっと、ルクスの名を呼んだ。シュゼ・キュラス。彼女の持つその名こそが問題だった、と思う。彼女たちキュラスの一族が幸せにならんと努力してきたのにも関わらず、それを当の本人が否定したのだ。彼が負った傷は計り知れない。
「ルクス様!」
鋭くて、少し高めの新たな声が、そこに飛び込んできた。そちらに二人の意識が数秒逸れる。
「行くぞ!」
素早く振り返るなりトワイは走り出そうとする。だが、その足はすぐに止まってしまった。爆発による火の手が、もう扉の方に回り始めていたからだ。
無言のまま、きつく歯を食いしばって踏み出したのはシュゼだった。まっすぐ伸ばされた手から煌めきが舞って、そのまま右に払われる。それは共鳴、先程アレンの銃を吹き飛ばした時と同様に、扉の方を覆わんとしている炎を自分のモノにしようとしているのだ。
赤々と、床を舐めるみたいに広がっていた炎が、じわりじわりと青く染まり出す。全部消し去るのは無理だとしても、少しの抜け道があればいい、と思考する。
「トワイさん!」
指揮者が、最後の音を切る時みたいに。ばっ、と右手を握りしめる。
一瞬で白に変化した炎たちが消失して、刹那道を作り出した。
ああ、と小さく、しかし確かに彼から応答。
リュゼの手をひいたまま、トワイは持ち前の反射神経を活かして飛び出した。シュゼが炎を制御下に置いている隙に。リュゼがはっとしたみたいに顔を上げて、シュゼへ手を伸ばした。その手をもう一度握りしめる。小さな火が足元を舐めはじめた。
それを飛び越して廊下へ転びでて、はっとして部屋を振り返った。
「レン! はやく!」
シュゼは振り返ってそう叫び、どうにか炎を抑え込む。鈍器で殴られているような頭痛が頭に巣食っていたが、無視してチカラを行使し続けた。
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