複雑・ファジー小説
■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)
- よろずあそび。
- 日時: 2011/09/21 21:53
- 名前: カケガミ ◆KgP8oz7Dk2 (ID: WTkEzMis)
- 参照: ロンリー・ジャッジーロなんてなかった。
・初めての方、始めまして。
・私のことをご存知の方は、お久しぶりです。
・かつてシリアス・ダークの方で活動していましたが、一度スランプに陥り、ひと時筆を置いておりました。
当時の作品は私の黒歴史として、もう執筆することもないでしょう。
・ですので心機一転、名前を変えて一からやり直そうとする所存であります。
・今回執筆する作品は、戦闘や能力などのない極めて平凡な生活を背景にし、その舞台で発生する、些細な非凡についての物語です。
・しかしだからといって、登場人物たちがほのぼのと日常を過ごすだけの物語でもありません。
・加えて、この物語は長くてもコピー用紙40文字×34行×110枚(丁度ライトノベル一冊分)を終了目安としています。どうかご理解ください。
・至らない点もありますが、善処しますのでご容赦ください。
それでは、ご案内致します。
この物語が、貴方様の享楽となることを願って。
どうぞ、ごゆるりと。
* * *
* * *
<インデックス>
プロローグ >>1 >>2
第一章 >>5 >>6 >>7 >>10 >>11 >>17 >>18 >>19 >>20
パロディ説明 >>21
第二章 >>24 >>27 >>28
- Re: よろずあそび。 ( No.1 )
- 日時: 2011/09/22 20:17
- 名前: カケガミ ◆KgP8oz7Dk2 (ID: WTkEzMis)
- 参照: ロンリー・ジャッジーロなんてなかった。
序 章 日常と彼女
ある神無月の中旬。夏の暑さが過ぎ去っていき、これから寒くなる季節に備えて冬がウォーミングアップを始めだしたという時節。肌に当たる風は心なしか冷たい。
時刻は深夜。すでに夜の九時を短針は通り過ぎている。日中は過ごしやすい気候だといっても、日が落ちてからはそうも行かない。まず夏と同じような服装では外に出ることは出来ない。太陽の恩恵を改めて知ることが出来る。
しかし——いや、だからと言うべきか。これほど散歩、もとい外出に適したものはないと思う。というか、ない。断言してもいい。四季の中でもっとも快適な季節は秋だ。春のように花粉という名の凶悪物質が空気中に舞っていないし、夏のように求愛という名の騒音や骨肉がとろけだしそうな猛暑もなく、冬のように肌が凍てつきそうな寒波やインフルエンザウィルスが蔓延することもない。
ついつい近場には自転車を使わず、徒歩で移動したくなってしまう。
そんな日の出来事だった。
僕こと、二ノ内彰は新しい携帯ゲームのソフトの予約をしにレンタルDVDショップ兼ゲームショップへ行った帰り、たまたま目に付いた馴染みのコンビニで何か買っていこうと思って寄り道をした後、百回以上通っている家路についている途中であった。
ネットの通信販売で予約すれば良いじゃないかという声が度々言われるが、如何せんそれは僕のこだわりだ。ただ家で待ち続けているのではなく、自分で商品を手に取り、購入する。その方が、達成感が大きいのではと思うのは、おそらくは僕だけではないだろう。
何より、家にこもりっきりでゲームばかりのホームバディをしているのは健康上よろしくない。こうして時折運動神経を刺激してやるのがベストだ。
こういった考え方をしているせいか、健康面に対しての気遣いが人一倍高い大学生、それが周りから見た僕の印象らしい。
まぁ確かに、毎日隣家の八百屋で朝一番、そして帰宅時に野菜ジュースを好んで買って飲むという人間というのは、十九年の僕の人生では皆無に等しく——いなかった。いつも買っている野菜ジュースに含まれる、緑黄色野菜を全て暗記している人間というのも同じく皆無だ。……そんなに変わったことだろうか。
にんじん、赤ピーマン、黄ピーマン、ほうれん草、アスパラガス、小松菜、クレソン、かぼちゃ、紫キャベツ、ブロッコリー、プチヴェール、ビート、赤じそ、セロリ、レタス、白菜、パセリ、ナス、玉ねぎ、大根、キャベツ。ついでにフルーツならりんご、オレンジ、レモンだ。
これを特技として自己紹介に使うというのは些か失敗だと思う。実際引かれた。だからもし、同じような過ちを犯しかねないチャレンジャーがいたら、やめろと一言言いたい。
「それにしても……」
と、不意打ちのように立ち止まって言った。
右にはコンクリートで造られた、高台へと続く割と長い階段。
それを眺め、やがて向きを変えて上りだした。
「子供のころの理想って、叶った後の現実から見れば儚いもんだよなぁ……」
人が願う夢と書いて儚い——。まさにその通りだ。僕はこの漢字を作り出した先人を心から尊敬する。
高校の頃から憧れていた大学に現役合格し、口うるさい両親と離れて一人暮らしが出来るという、高校生以下の若者ならば一度は切望していたことだろう。それに漏れず、僕自身もそうであった。
しかしながらその理想が現実となれば、憧憬していたそれが如何に辛く大変なことかを、否応なしに理解させられてしまう。
毎日の自炊、そのための買出しやそれに伴う月々の食費。家族と暮らしていた頃には親がほとんどやってくれていた、掃除や洗濯、その他諸々の家事。今住んでいる賃貸アパートの家賃や光熱費、学費などは親の毎月の仕送りで何とかなるが、……正直、泣きたくなってくる。
学校で学ぶことだけを、そこでの仲間とともに過ごす時間だけに熱中できたのは、裏で全て両親が支えてくれたから出来たことだと今になって判った。
あの頃はそのことを理解せず、理解しようともせずに過ごしてきた。
それがどれくらい愚かなことなのか。——全くもって、あの頃の自分を殴りたい。
今更後悔しても、学業、自炊、バイトという目が回りそうな毎日のノルマが消えることはない。
後悔している暇があるなら、行動だ。
学んで、動いて、働いて。こうなったらしゃかりきになるしかない。嘆いたところで物事は好転しないのだ。
そうして最近になって僕は、どうにか日々の生活にゆとりが出てきた。今の生活に慣れてきた、というやつだ。
そんな日頃の苦労をしみじみ思いふけっていると、やがて今上っている階段に終わりが見えてくる。その上は高台だ。
上りきると、そこには煉瓦が敷き詰められて、整備された広場——いわゆる小さな公園のような所だ。日も落ちて、ここら辺一帯には電灯も少ないので暗く、見にくいが、見渡せばペンキの剥がれかけた木製のベンチがここを囲むように設置されている。
階段から見た位置にある、広場の両脇には人工的に並べられた桜並木が広がっている。春には美しい花を咲かせ、夏には鬱蒼と葉を生い茂らせていた。実際この目で見たが、それは息を呑むほど見事なものだった。
そして階段を上ってまっすぐ進んだ位置には、飛び降り防止のための少し高めに設置された柵があり、その向こうには僕の移り住んできたこの街を一望出来るようになっている。
この街に来てからここの場所を見つけ、春先にはほぼ毎日ここに来ていた。丁度ここは人の出入りも少なく、唯一落ち着ける場所として僕の心の居場所であった。
不安を感じてはここに来て、嫌になってはここに来て、辛くなってはここへ来ていた。最近ではそういった感情も少なくなってきたので、訪れる頻度も減ってきていたが。
そういう訳で、ここに来るのは久しぶりだ。
「半年前から、何一つ変わってな——、」
そこまで言い、急に言葉を詰まらせてしまった。
いる。誰かが、この場所にいる。言葉を詰まらせてしまったのはその驚きからだった。
そりゃあ驚きもするだろう。薄暗い空間中で、いきなり姿を見つけてしまったのだから。
相手はこちらのことを気にもかけず、何か両手で持っている長方形の物体に集中している。何をやっているのだろう。暫くその様子を観察していると、ようやく何をやっているのかわかった気がする。
相手の顔に、その長方形の物体から出ているであろう光が当たっていた。うつむいているせいで表情は見えないが、その光量は相当あった。暗がりの中でのそれは眩しくはないのだろうか。
加えて相手は、両手の親指をしきりに動かしてかちゃかちゃと音を立てている。パソコンのキーボードを押すよりも軽い、もっと安っぽい音だ。
これらの情報が指し示す答え、それは——
「携帯ゲーム機だ」
ぼそりと呟く。しかもあれ僕も持ってる。
数年前に大手電子機器メーカーが発売した、莫大な人気を誇るゲーム機の携帯バージョン。その会社はエレクトロニクス系企業でのブランドイメージは世界トップレベルで、電子機器における信用度は、そこいらの企業とは比べ物にならないほど。自分以外の人間が持っていても何の不思議も思わない。ていうか、僕なら常に携帯している。
何だか、急に話しかけやすくなったんだけど。
とりあえず、礼儀として声は掛けておくべきだろうか。
「こんばんは」
言ってから数秒。何の反応もなし。耳が拾うのは風の音と例のかちゃかちゃ音だけだ。
あれ、ガン無視っすか。……いやいや、めげずにもう一回。
「こんば」
「ぶわああああ! クエスト失敗したあああああ! グラフィック的に接触してないのに攻撃が当たるってあり得んでしょう? 何ですか、これが噂の亜空間タックルってやつですか! はぁぁ……、もう足引きずってたのに……」
僕の言葉を遮るように、急に相手が絶叫した。何だ何だ。いきなり叫び出して何なんですか? ——あれか、ファストフードのセットについてくる玩具でも喋りだしたのか。
声の高さからして、余程のことがない限り相手の性別は女性で間違いないだろう。歌手か声優にでもなれそうな、綺麗な声だった。
ゲームに注がれていた集中力が途切れたのか、彼女はようやく目を液晶画面から離し、こちらに向けた。
「あっ、こんばんは。……あの、聞こえて……ました?」
あっちも律儀に笑顔で挨拶を返してきた。しかし、その笑顔は少々引きつっているように見える。苦笑とも言っていい。
「……操作ミスをプログラムのせいにするのは良くないですよ?」
からかい混じりに僕は返事をする。それを聞いて、彼女は下唇を少し噛んで俯き、頬を紅潮させた。やはり、結構恥ずかしいのだろう。
どうしよう、何かフォロー入れるべき?
「ええ……と、あの、良かったら手伝いましょうか? 多分今、僕同じのを持っていますし。一応聞きますが、何のソフトです?」
「あ、はい! ほら、モンスターをハントするアレの三作目ですよ」
彼女が言っているのは、恐らく数週間前に発売された絶大な人気を誇るアクションゲーム、『モンスターハンティング』のことだろう。
「あー、判りました。丁度最近やりこんでたところなので、少しなら力になれます」
言いつつ、ショルダーバッグから彼女と同じ形の、されど違った色の携帯ゲーム機を取り出す。彼女のはワインのような赤色で、僕のは空色だ。
彼女の座るベンチには、人がもう一人座れるくらいの余裕があったが、初対面の相手の隣にどっかり座るのも些か無礼というか、図々しいのでないかと思う。だからあえて別のベンチに腰を下ろした。
「隣に座ってもで良いですよ?」
と、彼女は優しく言ってくれたがそうも行かない。そっちが良くても、こっちは慣れていないんだ。そういう、男女の距離感というものに。……うん、どうせ僕はヘタレですごめんなさい。
変な想像を自重し、そんな自分に自嘲していると、唐突に彼女が立ち上がった。怒らせたかな。申し訳ないことをしてしまったかも。
「もう、しょうがないなぁ」
だなんて、やっぱり怒ってる。彼女はほっぺを少し膨らませて僕の前を横切って左から右に移った。帰っちゃうのか。