複雑・ファジー小説
■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)
- よろずあそび。
- 日時: 2011/09/21 21:53
- 名前: カケガミ ◆KgP8oz7Dk2 (ID: WTkEzMis)
- 参照: ロンリー・ジャッジーロなんてなかった。
・初めての方、始めまして。
・私のことをご存知の方は、お久しぶりです。
・かつてシリアス・ダークの方で活動していましたが、一度スランプに陥り、ひと時筆を置いておりました。
当時の作品は私の黒歴史として、もう執筆することもないでしょう。
・ですので心機一転、名前を変えて一からやり直そうとする所存であります。
・今回執筆する作品は、戦闘や能力などのない極めて平凡な生活を背景にし、その舞台で発生する、些細な非凡についての物語です。
・しかしだからといって、登場人物たちがほのぼのと日常を過ごすだけの物語でもありません。
・加えて、この物語は長くてもコピー用紙40文字×34行×110枚(丁度ライトノベル一冊分)を終了目安としています。どうかご理解ください。
・至らない点もありますが、善処しますのでご容赦ください。
それでは、ご案内致します。
この物語が、貴方様の享楽となることを願って。
どうぞ、ごゆるりと。
* * *
* * *
<インデックス>
プロローグ >>1 >>2
第一章 >>5 >>6 >>7 >>10 >>11 >>17 >>18 >>19 >>20
パロディ説明 >>21
第二章 >>24 >>27 >>28
- Re: よろずあそび。 ( No.7 )
- 日時: 2011/09/22 20:33
- 名前: カケガミ ◆KgP8oz7Dk2 (ID: WTkEzMis)
- 参照: 乱数計算って、思ったよりつらいですね。
* * *
今年の四月から、もう何度見たことだろうか。僕の目の前にあるのは、見飽きた賃貸アパート——自宅だ。
お世辞にも綺麗だとか、快適そうだとか言えないが、家賃の割りに中々上等な暮らしが出来ることに気がつき、当時は即決で決めたものだった。
部屋の数は管理人の部屋も含んで全部で六つ。一階に三部屋、二階に三部屋。僕の部屋は二階だ。ちなみに、今現在この賃貸アパートに住んでいるのは、僕と管理人も含めて二人しかいない。
この言い方だと僕と管理人だけに聞こえるが、実際には違う。
一人は僕で違いない。しかし、もう一人は管理人ではなく、僕の二つ隣に住み着いている、二回目の大学受験を控えた浪人生がいるだけだった。関係ないが、彼の志望校は僕の大学らしい。……偏差値は、そこまで高くなかったはずなんだけど……。
ならば、管理人は何処に住んでいるのか。
どうやら彼女は自由人らしく、愛用のヴェスパ(イタリアの某オートバイ・メーカーが製造販売するスクーターの製品名。イタリア語でスズメバチを意味する)にまたがり、日本を縦横無尽に駆け巡っている……らしい。
駆け巡っているという件の真実は定かではないが、月に一度ふらりと帰ってきて家賃を徴収した後、またヴェスパに乗って何処かに行ってしまうのだ。
そんな一風変わった賃貸アパートが我が家になって、もう半年の時が経つ。
軋む音が不気味な階段を上り、二階の奥の扉が僕の部屋の扉だ。鍵を差し込み、開錠してドアノブを捻ると、甲高い金属音が鳴り響いた。
「ただいま」
部屋の中には誰もいないが、ついその言葉を漏らしてしまう。子供に物事を教えるという職業柄、挨拶をするのが癖になってしまい、毎日帰る度に欠かさず言っている。
挨拶というものは重要で、それはひとつで人生が変わるほどの魔法の言葉だ。ぽぽぽぽーん。
目の前には狭い玄関口。靴を脱いで上がる段差のフローリングで少し広くなっており、左には台所、右には風呂の扉だ。まっすぐ言った突き当たりには六畳の部屋がある。
手探りで玄関の電灯のスイッチを見つけ出し、部屋にその一室に光を入れながら、玄関にある段差で某有名スポーツメーカーのスニーカーを脚だけで器用に揃えて脱ぐ。
「ただいマンボウ」
「……こんばんワニ?」
「何それ」
次いで入ってくる順平と八百子さんに、間髪入れずにそう聞き返した。ダメだよ八百子さん、乗っちゃダメだ。
順平はその言葉を無視して、僕より先に部屋の中に上がりこんだ。その際、台所の食器棚と冷蔵庫から、グラスと烏龍茶の二リットルのペットボトルを勝手に取り出し、奥の六畳の部屋にある僕のベッドにどっかり座り込んだ。
「あー、腹減った。彰も晩飯食ってねぇンだろ? な
んか作れ」
挙句、他人に夜食まで要求してきやがる。
大体、順平は「親しき仲にも礼儀あり」という言葉を知らないのだろうか。高校時代で出会ってからこのような態度だった。
正直もう慣れたけどね? まあ、高校のときは本当にキレそうになったこともしばしばあったけど。僕たちだってもう大人だし、それなりに心のゆとりを持つべきだとは思うけど、流石にアルバイト帰りの人間に料理を求めるのは少々酷じゃない?
はあ、とため息が漏れた。
「はいはい。じゃあおとなしく座ってろ」
ついでにまだ玄関で靴も脱いでいない八百子さんを一瞥し、
「どうぞ。あっちで座ってていいですよ。……あ、八百子さんも食べます?」
そう入室を促し、そして料理を勧めた。彼女は「丁度、私も食べていなかったし」と頷いて答える。
文句を垂れながらも、僕は引き受けてしまう。頼まれたら断れない。そういった性分なのだから仕方が無い。
何はともあれ、やると決めたからには迅速に。手始めに、冷蔵庫の中を確認する。
まずは昨夜の夕食で多く作りすぎてしまったピラフ。野菜はジャガイモが一個と、キャベツの葉が四枚。そして人参とセロリと玉ねぎが半分ほど。後、何故か奥のほうにクレソンが一束這い出てきた。どうやら、腐ってはいないようである。
僕は基本、買いだめとかをしないタイプの人間だ。理由は多く余らせて腐らせてしまうのが何よりも勿体ないと思ってしまうためである。
故に、毎日冷蔵庫の中身を確認し、足りなければ最低限補充する。その繰り返しだ。
今日は三人分ということで、少々心もとないような気もするが、今はスーパーマーケットに走る暇も気力も無い。それに、今の時間では何処の店屋も閉店している。
何とか工夫するしかない、か。
どういったものを作るか、数秒間考える。行き当たりばったりで料理をしたって何も意味が無いし、何より失敗してしまう可能性もある。この工程は最も大切なことだ。
「彰ぁ、牛丼作れよ牛丼」
これは雑音。
暫しの間考え、僕はやがて顔を上げる。——決めた。
最初に残りのピラフを電子レンジで温める。その間に野菜の下ごしらえだ。
包丁を取り出し、開始する。
まずジャガイモの皮をむいて一口大に切る。このときにジャガイモの芽を残していてはならない。もし切り損ねることがあれば、それは洒落では済まされることではないのだ。
切ったらそれらを水に少しさらし、そうしてからざるに上げて水気を切る。
次に玉ねぎは薄切りにし、キャベツと人参は五〜六センチの長さの繊切りにする。セロリもスジを取ってから、キャベツや人参と同じ長さのやや太目の繊切りに。クレソンは葉を摘み、堅い茎は取り除く。
それらの作業が終わる頃に、電子レンジが音を鳴らして活動を止めた。包丁を置いてすぐさま振り向き、取り出して台所の邪魔にならないところに置いておく。その際、もう今日は使わない電子レンジのプラグをコンセントから抜く。こういうこまめな積み重ねで電気代が結構浮くのだ。
棚から鍋を出してカップ三杯分の水を入れ、下ごしらえの際に見つけた中華スープの素が一袋見つけたので、それを水に溶かす。
それがよく溶けたら、ざるに入れたジャガイモをその中に入れて火をかける。ジャガイモがほぐれるまでの数分間で食器棚からスプーンを三本、小皿と少し大きめの汁椀を出す。
ジャガイモに竹串を刺し、中まで柔らかくなってきたら、玉ねぎ、キャベツ、人参、セロリを加えて三〜四分ほど煮込む。
その間に洗い物を少し終わらせておく。包丁とまな板とざるを流し台に押しやり、水道の蛇口を捻って出てきた水でそれらを洗う。油を使用していないので、水洗いで大丈夫だ。
それらを終え、急いで手を拭いて鍋の中を見る。
野菜が柔らかく透き通ってきたら、塩、胡椒で味を調え、火を止めてからクレソンを加える。
ここまでの工程で約十五分、野菜スープの出来上がりだ。……我ながら、中々上手に作れたと思う。香ばしいコンソメが、僕の食欲を沸きたてるかのように鼻孔をくすぐる。
スープが冷めないうちに運ばねば。そう思い出したように、先ほど出した汁椀に均等に盛り付ける。その後、ピラフも同じように小皿に分けた。
ピラフは残り物ということもあり、丁度いい分量で三等分出来た。だが、野菜スープのほうはそれぞれ一人前ずつ盛ったのにも拘らず、鍋の中にもう一人前くらい盛れそうな量のスープが残ってしまっている。
三人前なんて、一度に作ったのは今日が初めてだからなぁ。……まあ、冷蔵庫の残り物を全部片付けられたのはよかったかも。
食器棚から出してきた食器を全て大きめのお盆の上に載せて持ち運ぶ。行き着く先は二人のいる部屋だ。
「ん、出来たよ」
僕の口調はぶっきらぼうだったが、持って行った際に二人の表情が仄かに明るくなったのを見たとき、内心とても嬉しい気持ちになっていた。毎朝毎晩、夫や子供に食事を作り続けている、主婦の気持ちとはこのようなものなのか。そう心の中で呟く。
「おお、やっとか」
「わぁ……、いい匂いだね」
お盆の上から、作った料理を六畳の部屋にあるローテーブルの上へ。ピラフはともかく、野菜スープは熱いので火傷に注意が必要だ。
それぞれにスプーンと料理を行渡らせ、自分の座るところの横にお盆を置く。そうしてから僕は自分の場所に腰を下ろした。
僕を含め、三人がほぼ同時に手を合わせる。合掌だ。
「じゃあ、」
僕自身が食事を促すように口を開き、
「いただきま」
「いただきマウスっ!」
「いただきマウスっ!」
いただきますと一言、言わんとするときに二人の声によってそれはかき消された。
何でそのネタをまだ引っ張ってんのさ。常識的に考えて、有り得ないよ? ……ねえ? よく見たら八百子さんまでノリノリで叫んでるし。え、何? 何がどうしたらそこまでモチベーションが上がるの? そんな風に自力稼動できるなんて、一周回ってうらやましい限りだよ。
それをあえて口には出さなかったが、僕は二人の食事風景を目の前に、ただ唖然とするばかりだった。
- Re: よろずあそび。 ( No.8 )
- 日時: 2011/06/19 00:39
- 名前: 紫 ◆2hCQ1EL5cc (ID: Pc9/eeea)
こんばんは
久々に小説を一気読みしました。いや、楽しかったです。テストの結果が無事頭から吹っ飛びました。
最近見かけないなと、寂しく思っていたのですが、スランプだったんですか……とにかく復活おめでとうございます! カケガミさんの小説が好きな人間としてはうれしい限りです。
文章も台詞もキャラも楽しく、とても読みやすかったです。描写も詳しく、それでいて、単調な感じではなく、こういう書き方もいいなぁと思いつつ、なかなか実践に移すのは難しそうで……流石です!
次の更新も楽しみにしています^^
- Re: よろずあそび。 ( No.9 )
- 日時: 2011/06/19 18:39
- 名前: カケガミ ◆KgP8oz7Dk2 (ID: DNzgYQrN)
- 参照: 日本史の先生が元ホテルマンという謎。
>>8 紫様
こんにちは。返信が大幅に遅れて申し訳ありません…;
コメントどうもありがとうございます。嬉しい言葉のオンパレードで、次の文字を打つ気力が回復していきます。
こんな文章を、今後ともよろしくお願いしますね^^
テスト…、もう受験の年でしたか。私も他人事ではありませんね…。来年に向けて頑張らねば。
激励と、感謝をこめて。
カケガミでした。
- Re: よろずあそび。 ( No.10 )
- 日時: 2011/09/22 20:35
- 名前: カケガミ ◆KgP8oz7Dk2 (ID: WTkEzMis)
- 参照: 雨が酷いです。
順平は男らしくピラフと野菜スープにがっついている反面、八百子さんは落ち着きを持って優雅に食事を楽しんでいるように見える。一口ひとくちを笑顔になりながら口に運んでいる姿は、かなり女性っぽくて——魅力的だった。
こちらの視線に気がついたのか、彼女はぴたりとスプーンを動かす手を休め、首をかしげて僕の方を見た。
「彰くん、どうしたんですか? ……せっかく作ったのに食べないの?」
その言葉に僕は肉食獣の存在を感づいたウサギよろしく、びくりと身体を震わせる。僕はただなんとなく、という感覚で彼女を見ていたので、話しかけられたのは完全に虚を突かれたと言っても変わりなかった。
「あ、いえ、はい」
うろたえつつ返事をし、思い出したように食事に手を伸ばす。
スプーンで野菜スープを掬い、知りうる限りの食事マナーに則って口の中に運ぶ。そして、咀嚼。
色々な野菜の酸味、甘味、苦味、辛味が旨味として口いっぱいに広がる。……今回も上出来だ。そう思ったと同時に、食べさせても失礼のないものを作れたということに安堵し、ゆっくりとため息をついた。
「くくっ……」
どこからか聞こえたその声に反応して、僕は不思議そうに顔を上げた。
目の前には、可笑しそうに笑いを堪える順平と八百子さんの姿。順平にいたっては声まで漏れ出ている。さっきの声は十中八九こいつのだ。
え、何かした? や、何もしてないよね。それなら、物を食べてるだけで笑われるなんてどういう仕打ち? イジメ? 今時、こんなイジメなんて聞いたことも見たこともないけどさ。
「……何さ」
僕は片方の眉を吊り上げて、怪訝な顔で聞き返した。
途端、二人はいきなり吹き出して笑い始めた。失礼にも限度がある。
「……見れば判ンだよ」
文句のひとつでも言おうと口を開いたその刹那、順平の言葉によって遮られた。先ほどと違って、今度は言葉すら発せなかった。
「何が」
「お前の思考。どうせ、二人に不味いもの出してなくて安心した——なんて思ってンだろ?」
順平のその言葉に、僕は目を丸くして絶句していた。
僕の表情を見て、八百子さんも微笑みながら会話に加わる。
「顔に表れるっていうか……。こう、判りやすいんですよね。会って間もない私から見ても」
「や、別に……。そんなこと一秒、一瞬。刹那たりとも思ったことなんて微塵もないけど。……八百子さんも、何言ってるんですか……」
「いーや思ってた。ゼッテー思ってた。五百円賭けてもいい」
「言ったか? 言ったな。よし判った、五百円今すぐ払ってよ」
「まあまあ、別に悪いことじゃないよ。彰くんのそういうトコ、見ててカッコいいと思うよ? ……うん」
「カッコいいって……、やめてくださいよ……」
「ははっ、照れンな照れンな」
「うっさい、照れてない!」
そう言い、僕は半ば会話から逃げるように傍にあったテレビのリモコンを手に取り、僕が座っている位置から右に置いてあるテレビの電源を入れた。丁度放映していたのはニュースだった。
部屋にテレビは置いてあるが、基本僕はあまりそれを見ない。それを判っている順平は、ニヤニヤと愉快そうにこっちを見てくる。正直言ってやめてほしい。
あー、そうだよそうですよ。ご名答だよ全くもう。事実、僕が思っていたことは一字一句順平と違わないよ。……畜生、何で判っちゃうの? そりゃあ、高校からの仲なんだしそれくらい知ってても不思議じゃないけどさ、実際困るよ。……ああもう、慣れてないんだよこんなの。顔だって赤くなる。
二人から視線をはずし、皿を持ってテレビの方を向いてそれに没頭しつつ、乱暴にピラフやら野菜スープやらを口に運ぶ。この際温度や火傷なんて関係ない。
割とどうでもいいスポーツコーナーが終わり、あまり綺麗とは言えない女性アナウンサーの声とともに、ニュースが切り替わる。事件や事故のコーナーだ。
やがて僕をからかうのが飽きてきたのか、次第に二人とも意識を僕からテレビの方へ移っていった。
「物騒だなー」
順平は感情のこもっていないような言い方、所謂棒読みでニュースを見ている。
「…………」
八百子さんはただ静かに、そのニュースを見ている。
議員の汚職事件、愉快目的の通り魔事件、銀行強盗事件、エトセトラ。色々報道されているのは確認できるが、その詳細は一切頭に残らなかった。
僕が今最も集中すべきことは、湯気立った頬及び頭を、如何にして戻そうとするかを考えることだ。他のことなど些かも頭に届かなかった。
それから数十分、その光景が続く。その間は特に語るに足る話題もなく、ほぼ無言状態で保たれていた。
「ごちそうさマウス! ……さて、」
無言で保たれた均衡を、ベルリンの壁の如く砕き壊したのは八百子さんだ。野菜スープの最後の一口を嚥下し終え、両手を合わせて食後の挨拶を済ませた後、丁寧に皿を置いて僕の方を向いて微笑む。
「皆食べ終わったことだしさ、そろそろモンハンでもやらない?」
その言葉に、僕は苦笑いで応えながら彼女の提案に答える。
「……それも、そうですね。ていうか、元からこういうつもりでしたよね」
こうして、僕たち三人は食事で使った皿を洗い終えた後、当初の目的であるモンハンに取り組むのであった。
ちなみに、順平は徹頭徹尾手伝ってくれなかった。畜生。
- Re: よろずあそび。【一部改変】 ( No.11 )
- 日時: 2011/09/22 20:37
- 名前: カケガミ ◆KgP8oz7Dk2 (ID: WTkEzMis)
- 参照: 学校で迷うのはいつものことです。
* * *
身を包む甲冑が、歩くたびにガチャリガチャリと音を鳴らす。背中に携えた純銀製の長槍と大楯が、空に浮かぶ太陽に照らされ神々しい光を放っていた。
頭に被っている鉄兜を少し指で押し上げ、周りを見渡す。周囲に警戒するような敵も居らず、近くには鮮やかな草原、遠くには高くそびえる山々が存在するだけだった。
「……おっと、見逃すところだった」
周りを安全地帯だと判断する前にそう言い、足元に視線を落とす。
鮮やかな草原が所々潰されている。形からして恐らくは誰かが踏み荒らしたのだろうが、生憎潰された箇所の大きさは人間のサイズでは考えられない。図ってみると、自分の身長より少し長いくらいの直径だった。
「近くにいるか……」
それは今回討伐目標である大型モンスターで間違いなかった。そして同時に、それはこの近辺に大型モンスターが存在する、あるいは存在したという証拠である。
背中から長槍と大楯を抜いて構え、神経を大型モンスターの索敵に集中させる。
心臓の鼓動が早くなっていく。これは遊びではなく、生き死にを掛けた真剣勝負なのだから当然だ。
風の音、草同士が擦れる音、それらさえも逃さずに警戒する。
——やがて、自分の後方で自分ではない何かが草原を踏みつける音を聞いた。
「…………!」
全身を奮い立たせ、長槍を後ろに突き出しながら音の方向へ振り向く。
「おわっ! いきなり何すンだよ……!」
しかし、突きつけた切っ先の前にあるのは、討伐目標としていた大型モンスターではなかった。
「何だ、ジュンか……」
腰に異国の剣である、刀を携え、身体の上下にモンスターの堅い皮であしらった薄手の鎧を着ているのは——ジュンという人間だった。彼は僕がモンスターを討伐するという、ハンターという仕事を始めてた当初から付き合いが長い相棒だ。……それなりに腕は立つが、無鉄砲な性格なのであまり実力は発揮できていないというのが玉に瑕である。
ため息をつきながら緊張状態を解きつつ、僕は長槍を退いて肩に乗せる。
僕のその態度が気に障ったのか、ジュンはむっとした表情でこっちを睨んできた。
「何だとは何だよ。……で、その様子だとこの辺りにモンスターはいンのか?」
「無論だよ。下に足跡があるじゃないか」
「ん、オーキードーキー。とりあえず、マーキングボール取り出して待ってるか」
マーキングボールとは、モンスターの足取りを把握するための道具だ。モンスターの出会い頭に投げつけるのがセオリーとなっている。
片手でマーキングボールを弄びながら、ジュンは周囲に目を配る。
その背中を眺めていると、不意に僕は思い出したように目線の先のそれに話しかけた。
「そう言えば……、もう一人見なかった? ほら、お前にとっては今日初めて狩りに同行したあの娘」
「ああ、そういや俺も見てねぇなあ……。心配しなくてもその内合流すンだろ」
ジュンはこちらに目を向けず、警戒態勢のまま答えた。
暫く時間が経ち、そろそろ別の場所へ移動しようと提案するべく、口を開こうとした瞬間——、
「GAAAAAAAAAAAAAAAHHHHHHHHHHHH…………!」
鼓膜をつんざく、明らかに人外の存在が発する轟音を二人は聞いた。
「——ジュン! 上だ……!」
僕の声に即座に反応したジュンは、すかさず襲い来る存在の着地点から逃れようと、前方回転受身という回避行動をしてその場を離れた。
反応がコンマ一秒でも遅れていたら、確実にやられていただろう。そう思わせるほど間一髪なタイミングだった。
起き上がりざま、ジュンは襲い来る存在目掛けてマーキングボールを投げつけた。——命中。ぶつけた場所が派手な蛍光色に染まる。
「危ねぇなあ、オイ……!」
冷や汗を頬から垂らしながら、ジュンは腰から自らの武器である刀を抜く。鞘との鮮やかな摩擦音と共に抜き身にされたそれの刀身は、曇りひとつなく煌いていた。
そしてそれを構えて、最早お約束となった特攻をするべく、後ろ足に力を入れて駆け出そうとする。——だが、
「GAAAAAAAAAAAAAAAHHHHHHHHHHHH…………!」
二度目となる咆哮によって、それも不発に終わった。
咆哮をまともに聞けば、鼓膜を破りかねない。故にモンスターを狩る人間は大抵、本人の意思とは関係なく、体が反射的に耳を塞いでしまうのだ。ジュンもその例に漏れずに足を止めて耳を塞いだ。
「ちッ……!」
咆哮の余韻もなくなると、ジュンは焦ったようにバックステップをしてその場を退いた。無鉄砲さに定評のあるあいつでも、確実に危険だと思う間合いは避ける。伊達に場数は踏んでいないということか。
ある程度間合いが開いたら、双方とも無闇に突っ込むようなことはせず、お互いを牽制していた。
「……ビンゴ。大当たりだ」
僕はジュンの後ろから襲い来る存在を確認して、静かに呟く。
強靭そうな四肢、しならせながら振り回している尾、咬まれたら無事では済まされない大きい顎、鋭く見開かれた紅い眼光。
その姿かたちこそ、僕たちが討伐せんとしている目標——ティノ・レックスという名のモンスターだ。
ティノ・レックスはこの硬直状態を気に入らなさそうに、更なる咆哮でそれを壊そうとする。
——その音が、血戦開始の合図となった。
大きな顎を開きながら、ティノ・レックスは一直線に僕たちの元へ突っ込んできた。
「ジュンッ! 脚を落とすぞ……!」
「任せろ……!」
ジュンに簡潔な説明を伝え、ティノ・レックスの突進を回避するべく僕たちは左右に散った。僕が右、ジュンが左へ駆け出す。
結果、すれ違うような形で僕たちはティノ・レックスの突進の回避に成功する。しかし奴も馬鹿ではなく、右前脚を軸にして滑るように体を百八十度回転させ、今度は身体を跳躍させて襲ってきた。狙われたのはクロだ。
距離はそれなりあったが、ティノ・レックスの跳躍力、もとい身体能力を舐めてはいけない。奴にとってはそのようなものなど無いに等しいのだ。
ティノ・レックスは一度の跳躍でジュンの元へ辿り着いた。そして着地すると同時に鋭利な爪が生えた右前脚を振り上げ、ジュンの脳天を狙って袈裟に振り下ろした。
「遅ぇンだよ……!」
対してジュンは振り下ろされたそれの下に開いた隙間へ、潜り込むように体勢を低くして走る。余程の度胸が無ければ不可能な方法だが、いとも簡単にやってのけたことに見ていた僕は少し驚いた。
何もいないところ目掛けて、ティノ・レックスの放った右前脚は空を切った。
そのことで奴は体勢を崩して、そこに僅かな隙が発生する。その隙を見てジュンはすぐに刀を構え直して奴の右後脚に突きを放ち、切っ先を突っ込んだまま刃を左向きに反して、薙ぐようにして刀を勢いよく振るった。
断面からティノ・レックスの血液が噴き出す。だが、奴は痛がる素振りを見せずに身体を回転させてジュンへ向き直った。なんという生命力だろうか。——だけど、嘗めるな……!
「何処を見ている……!」
僕はティノ・レックスのほぼ真後ろから純銀製の長槍を構え、奴の左後脚にそれを深々と突き立てる。内部の肉を抉るように、深々と突き刺した長槍を捻ると、先ほどとは変わって奴は痛がる素振りを見せた。
たまらないと言った感じで、ティノ・レックスは僕を撃退しようと尾を振り回す。この距離では避けられない。
僕は長槍を引き抜き、敢えて避けずに大楯を構えてそれを迎えた。
大楯で奴の尾を悉く防いでいく。体力の消費と奴との距離が開くのは免れないが、負傷をしなくて済むなら安いものだ。圧されつつも確実に、尾の間合いから離れることに成功した。
ティノ・レックスから離れた後、僕は一度大楯を背中に戻した。いくら大楯で大抵の攻撃を防げるからといっても、流石にあの突進を防ぐことは不可能だからだ。故に遠くから距離を測り、タイミングを計って回避するしか道は無い。
一見これは難しいようだが、今の状況ではそうでもない。
まずはジュンによって出来た右後脚の切傷。これは痛みこそ少ないだろうが、何よりも切り裂くことを極意としている刀の先程の一太刀は、恐らく奴の肉ないしは腱を斬っていることだろう。
そして、僕自身によって出来た刺傷。これは肉体的なダメージは少ないが、傷口と神経をぼろぼろに荒らすために突き刺し捻った一突きは、確実に常軌を逸した痛みを奴に与えているはずだ。
これらのことで、ティノ・レックスの機動力はそれなりに落としたことだろう。確かに奴の機動力は脅威だ。だが、それさえ如何にかしてしまえばこっちのものである。
攻撃が当たらなければどうということはない。遠くから行動を読んで回避し、隙を見て反撃する。それを慎重に繰り返しさえすれば、必ずといっていいほど負けることはないのだ。
念のため、もう少しやっとこうかな。……うん、ジュンもいることだし、やっとこう。
「閃光爆弾行くぞ! 突っ込め、ジュン……!」
「外すなよ、信じたぜ……!」