複雑・ファジー小説
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- ふたり 《コメントください!》
- 日時: 2012/08/11 13:10
- 名前: きなこうどん (ID: FLOPlHzm)
- 参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode=view&no=11247
こんばんは。
そして、お久しぶりです、という人もいますか?
初めまして、というべき人もいるでしょう。
「この世界で」のきなこうどんです。(上のURLで行けます。)
新たな作品を書き始めたいと思います。
きなこうどんに初めて会う、という方がいれば、前作から読んでいただけるとありがたいです。
できれば感想もお願いします。(図々しいですが。)
前作から引き続きの方、どうもありがとうございます。
個々でいろいろ感じたことはあると思います。
その思いも引きずったままでこの作品を見てください。
もしかしたら、きなこうどんも成長しているかもしれませんね。
身勝手ながら、この頃は忙しいので、更新は遅くなってしまうかと思いますが、温かい目で見ていただけるとありがたいです。
コメントをする方は遠慮せずに、「本音」で!!!
敬語でなくても大丈夫です。いきなり友達感覚でも。
今回もよろしくお願いします。
- Re: ふたり ( No.15 )
- 日時: 2012/02/24 21:43
- 名前: きなこうどん (ID: QGQgEihT)
遥は親と姉を十歳にして亡くした。今から四年と数ヶ月前のことである。そのため、今は母親の妹に面倒をみてもらっている。
彼女は「直子」という。
独身で子どもを持たないので、遥の保護者になることに反対しなかった。むしろその逆で、とても大切にしていた。
遥もそれを理解できている。
ただし、直子は多忙で、なかなか見舞いには来られない。でも、そんな叔母の事情を遥は知らないわけではない。謝る叔母を気づかう言葉をいつもかけている。
今日は直子が見舞いに遥を訪れた。
「久しぶり! 体調どう?」
太陽が病院の真上に位置しているとき、その暖かさに活気づいた直子の声が響き渡る。
「……あっ、静かに、直子さん」
遥がいつものように急に声を潜めて直子に注意する。ヨネ子がうるさいのをよく思っていないというのもあるが、それ以前にここは病院だ。寝ている患者も他の病室にたくさんいる。でも、本当はうれしくてしょうがないのだ。
ヨネ子はむっくりと体を起こしてドアの方を怪訝そうな顔で見た。直子だ、と分かると、どうも、とだけ言った。直子は満面の笑みで、こんにちは、と返す。
ヨネ子は眠気が覚めてしまったようでそのまま起き上がった。
白髪が風でさらさらと揺れた。その様子を見て、直子と遥は顔を見あわせて笑った。
いつも突然やってくる直子。そして、病院の雰囲気に左右されない明るさ。
遥はそんな直子が大好きだった。サプライズみたいに現れて、明るさを残して帰っていく。しかし、直子がぴょこんと顔を出すと反射的に注意をすることができる。
……いや、本当は分かっているのだ。直子は決まって各月の第一・第三土曜日にしか来ない。それを思うと寂しい気もするが、その分、来たときはおもしろい話をしてくれる。
悪口も笑いに変えてしまうような話。
独身でありながら、両親も既に他界しているのに、直子は遥を養っていた。そのためにどのくらい直子が働けばいいのか、遥には分からなかったが、女性が社会の中で不利な状態にあることは、なんとなく理解していたので、きっと大変なことだろう、と見当をつけていた。
誰にも頼れず、弱味を見せず、一心に直子は働いていた。
ましてや雑誌の編集社である。業界で生き残るにはやはり従業員の努力は必要不可欠。さらには社内での競争も激しいとのこと。直子が務める某編集社は従業員総勢三千人を抱えている。
とにかく、直子は必死であった。遥にはその姿を見せまいと努力しているが、遥はときどき直子の顔に陰りを感じる。
疲れた顔。
遥は気付いているのだった。直子は時間が許す限り遥の見舞いに訪れる。
しかし、それがどうしても各月の第一・第三土曜日なのだ。
——本当は毎日でも来てほしい。でも、大変な思いはしてほしくない。
遥は自分のことを気遣う直子を気遣っていた。そして、多忙な今の直子にはその心は見えていないのだった。
「大丈夫? 寂しくない?」
普段と違うこの問いに遥は戸惑ったが、明るく答えた。
「うん。全然気にしてないよ」
半分本音だ。
でも、実のところは嘘かもしれない。直子は案じるように遥を見つめていたが、急にくしゃっと笑った。
「遥って、嘘つくとき私の顔見ないよね。本当は寂しいんでしょ?」
目の横にしわがうっすらとできる。それでも、笑顔には少女らしいかわいさが残っている。
直子は今年で三十六になった。遥の母・直美とは年がかなり離れているのだが、悲しいことにそんなふうには見えない。
直子は、直美に似ている。
笑った顔も、口調も、振る舞いも。
だから、ときどき遺影にいる母の姿を直子と重ねてしまう。そして、直子が直美に近づいていることを感じている。
遥はすっと背筋に寒気が走るような気がした。今背中に走ったものはいつまでもそこにいるようだった。さっきの直子の目が、遥の心の奥の方だけを射抜いているような気がしてならない。
遥は母をよく知らない。
けれども、きっと直美にもそんなところがあったと思っている。
「いいのよ。うん。いいのよ。でも、嘘だけはつかないでほしいな」
苦笑いで直子は言った。
せっかく久しぶりに会えたのに、あとには何も残っていないような気がした。
そして、もっと話したかったことがあるはずなのに、それさえも口にできないほど重い空気にしてしまった自分に嫌気がさした。直子の裏に隠れている寂しさは疲れと共に滲み出ていた。
——わたしは……。わたしは……。わたしは……。
それからはどんなふうに笑えばいいのか、どんな相槌を打てばいいのか、全く分からなかった。途中でヨネ子が言ったことが頭をかすめる。
——あんたら、仲いいわねぇ。
直子は直子で話しにくそうであった。そんな異様な空気の中で、二人はただ悶々と言葉を何とか紡いでいくだけだった。
会話の一言一言が長いような気がした。
このままで終わってしまったら、次の日までこの憂鬱な気持ちを持ち続けなければならない。直子にも、少し焦りがあった。
仕事にも支障があったらいけない、と。今日この空気を変えなければ……。それでも、直子にも遥にもそれができない。とにかく、会話を続けていることしかできない。
その空気は仲の良い空気だっただろうか。
いつもと違う空気だったのに。
ヨネ子は気休めで言ったのではなかった。しかし、直子と遥は、気休めだ、としか意味を読み取れない。
後味の悪い思いをしながら、遥は愁の顔を思い出した。先程来た母親と中庭の散歩に出ているのだった。
草花に詳しいその人にまた長々と説明を受けているのだろうか、と意識の奥の方で思った。
ときどき、愁はそれを嫌がる発言をする。確かに興味のないことを淡々と話されるのは退屈だろうが、家族のいない遥はそれが悪いとは決めつけられない。
「そういやあ」
ヨネ子が思い出したように言う。
「今日は」
遥も心の中のカレンダーを思い起こす。
今日は、先日受けた検査が出る日だ。遥はそれを認めてしまうとますます気分が悪くなった。
そして、自分たちに何が起きたのかを遥は直に知る。それはふたりの運命を動かす動力となるのだ。
誰にも変えられず、誰にも決断を求められない運命。
この日が永遠に来なければ、ふたりは永遠に生きているはずだった。
やがて、外から戻ってきた愁と、母親の真理子は、明るさを取り戻した直子に向かってあいさつをした。ヨネ子も軽くお辞儀をした。空気が少しだけ軽くなった。
愁だけは裏に隠れている遥のやるせない笑顔を読み取っていた。
愁はそっと目を伏せて、静かに拳を握った。
- Re: ふたり ( No.16 )
- 日時: 2012/02/24 21:45
- 名前: きなこうどん (ID: QGQgEihT)
本当にお久しぶりです。
言い訳をいいますと、「忙しかった」です。
またよろしくお願いします。
今回は長めに更新しました。
これでどうか許してください。
陰で応援してくださっている皆さんもありがとうございます。
- Re: ふたり ( No.17 )
- 日時: 2012/02/25 22:28
- 名前: きなこうどん (ID: QGQgEihT)
同じ病室のふたりを医者は看護師を通じて呼んだ。そしてそこに居合わせたふたりの保護者も足並みをそろえて長い廊下を進みだす。
その間、四人とも特に話はしなかった。
誰もが悪い予感を抱えている。
ヨネ子は病室でひとりゆっくりと昼食を摂っていた。いつもなら、病院食はまずい、と不満を口にするのだが、今日はおとなしくしている。先程来た看護師の深刻そうな表情を見て暗くなった空気の中では、気をつかってしまう。
——新人か。
長年入院している老婆の勘だ。
——悪い知らせのときこそ、もっと明るくしてくれればねえ。
心の中で舌打ちをする。
そして、その予想は的中してしまうのだった。
「心臓移植をしないと、長くはもたないかもしれません」
ふたりは医師にこう告げられた。
思わず、ごくりと唾を飲み込む。
難しい言葉を今までも聞いてきたはずだった。特に心臓病のふたりには、薬品や血管や治療などの説明は異国の語のようで、全くと言っていいほど理解できなかった。
今、移植という選択肢を突きつけられ、さらにふたりは混乱する。そして、これまでと違ってその言葉の意味をすんなりと理解できてしまったことに驚いている。
加えて直子も。
しかし、愁の母親は、安堵の表情を浮かべていた。やっとこの日が来たのか、と。
やっと息子が救われるのだ、と。
しかし、たいして息子は複雑だった。
何も言葉を交わすことなく、目も合わせることなく、ただただふたりは苦い思いを抱えている。
約束の日が、遠ざかる。
医師は、ばつの悪そうな顔をした。こういうのはたくさん経験してきたのだが、今でも慣れないのだ。
「長く見守ってきましたが、今度ばかりは……」
医師は胃が痛かった。
- Re: ふたり ( No.18 )
- 日時: 2012/04/03 08:59
- 名前: きなこうどん (ID: QGQgEihT)
消灯時間が過ぎ、愁、遥の部屋も暗闇に包まれる。それでもふたりはなかなか眠ることができない。
疲労感があった。背中がやけに鈍く痛んで、不安になった。
——答えは焦らなくていい。でも、時間がない。
ふたりは同じことを思い出していた。昼間起こった出来事に未だに戸惑っている。
「なあ、遥」
遥はすぐに返事ができなかった。詰まった息をようやく吐き出す。
「なあに?」
努めて明るく言った。そして、どうか心臓のことを避けてほしかった。
「どうする?」
喉に残る塊のせいで、ふたりは声が出しにくい。遥は愁に聞こえないようにため息をついた。
時計は十二時を回っている。枕に耳を押しあてると、遥の心臓がどくどくと音を立てて鳴っていた。そのペースが妙に早いのを感じて、ますます怖くなった。
静まれ静まれ、と祈るように念じた。しかし、それも生きている証だと思うことができれば、遥はこんな思いをせずに済んだのだ。
「わたしは……」
遥は迷った。愁にいつかは問われると思っていた質問。
分かっているくせに、いざとなると、心は傷つく前に口を押しとどめるのだ。
それが歯痒い。
「わたしは……」
迷った。迷っていた。けれど、答えはもう決まっていた。遥は愁に言うべきか、という点で迷っていた。
「分かってるよ」
愁は思いもよらない言葉を発した。
愁はじっと体を固めるようにした。掛け布団をギュッと引き寄せる。
「受けないんだろ? っていうか、受けたくないんだろ?」
優しく、ゆっくりと、遥を落ち着かせるように、愁は言った。
「いいよ、俺も受けないから」
遥ははっとした。今までの温かさがすっと冷えたようだった。でも、逆に自分の鼓動がゆっくりになるのを感じた。しかし、それが逆に遥を悲しくさせた。
愁がいるはずの左隣には暗い闇が佇んでいるだけだった。その方向から声だけが聞こえる。
「俺は、受けない」
それが決まりきったことだとでも言うように、愁の声ははっきりと響く。それが頼もしくもあるが、苦しかった。何よりも苦しかった。
——やめて。そんなこと言わないで。
遥には想いがある。
——この人を巻き込みたくない。
でも、愁も同じように心から決意していたのだった。
——こいつを、ひとりにしたくない。
愁は返事のない遥のことが気になって何度も名前を呼んだ。しかし、返事は一度も返ってくることはなく、愁は、遥は寝てしまったのだ、と判断した。
そして、そう思っても、やはりなかなか寝付けなかった。
一方遥は返事を返せずにいた。やがて、愁は寝てしまったかのように呼ぶ声を止めた。
しかし、やはり、遥もなかなか寝付けない。
ふたりは勘違いをしたまま、その夜を過ごした。初めてひとりで夜を過ごしたような気分であった。今日だけは相手を失っていた。
姿も、気持ちも。
そして、ふたりの想いもまた、この夜のようにすれ違い、心の表面でいつまでも揺れているのだ。
夜は深く、長い。
- Re: ふたり ( No.19 )
- 日時: 2012/04/07 18:35
- 名前: きなこうどん (ID: QGQgEihT)
「ねえ、遥ちゃん。あなた、手術は受けないの?」
近づいてきた愁の母親に戸惑った。
今日は曇のち晴。
まだ空には昨日まで雨を降らせていた薄い雲が広がっていたが、午後までに晴れることは間違いなかった。
トイレから病室に戻ろうと、それでもまだ薄暗さが残る廊下を歩きながら真理子を見つけた。
「え、あの……」
当然愁はいない。そして、その時を狙っていたかのような母親の登場。
遥は怪しまずにはいられなかった。
移植の話を持ちかけられたにもかかわらず、こんなにも疲れた顔をしているということは——。
——愁はきっとお母さんに話したのだな。
遥は察しがついた。
「受けるつもりはないの?」
一歩近づいた真理子の威圧感が遥を萎縮させた。受けないの、という言葉はどう考えても受けろ、という意味だ。
一歩近づく真理子と、あとずさる遥。その際にスリッパが立てたキュッと言う音が母の悲鳴を連想させる。
「ねえ、お願い。愁は連れて行かないで」
お願い、と懇願する瞳。遥は今度こそ動けなかった。
次に何を言われるか分からない恐ろしさを感じながらも、これが息子を守る母の姿だと思えば、愁は幸せ者なのかもしれない、と冷静に判断する自分がいる。
「連れていくつもりでしょう?」
母は小さく、叫ぶように言った。遥はその言葉にとびつくように言い返す。
「いえ! そんなことは……」
「うそ!」
激しく、否定された。その言葉が、遥の心臓を強く打った。
「愁、なぜかしら。移植、しないって。そう言ったの。なぜかしら」
その目が、その言葉が。
全てが自分を否定している。
自分を追いつめようとしている、と遥は分かった。
そして、その気持ちが分からないわけでもない。
でも、見下ろす顔が怖い。病室が怖い。病気が怖い。何より——。
真理子を、なるべく刺激しないように追い返したかった。それができないようなら、せめて、愁が来てくれたら——。
「あなたのせいなんじゃないの?」
責めるその意見を否定できない。それほど真理子は真剣に思いをぶつけてきたのだった。
分かってほしい、理解してほしい、と。
そして、考えを変えるまで、帰るつもりはない、と決めている。
なにしろ時間は限られているのだ。
一方、遥は愁のことを考えていた。
——わたしがそうさせたのだ。自覚はある。わたしの存在がそう仕向けたのだ。
遥は自分を責めていた。今の遥にはそれしか答えが出せなかった。
——ずっと隣にいた愁だもの。死んでほしくないのは当り前。死なないでほしい。
母親である真理子も同じように思っている。死なせたくない。
——だけど、何で? こんなにもうまくいかないの。
殺意にも似たオーラを秘めるその目はぎらぎらと光っている。
まるで、獣のように。
遥の心に直接訴えかけている。
反論は出来ない。
この人は私よりも愁と一緒にいるべき人。
きっと遥の言動一つで、その人は心を乱すだろう。
「大丈夫です。わたしは、愁を巻きこむようなこと、しません」
自分を落ち着かせるように、一言一言を噛み締めるように言った。しかし、それは逆効果だった。
「どうして、わたしの目を見てくれないの? 嘘なんでしょ? 遥ちゃん、嘘つくときわたしの顔見ないよね? 本当は巻き込むんでしょ! 本当のことを言ってよ!」
遥は足が震える思いだった。
「わたしは……わたしは……」
本当は巻き込みたいのだろうか、と遥は怖くなった。
——わたしは愁を死なせたくない。でも、本当は違うの?
真理子は泣きそうになりながら、それでも唇を噛み締めた。くるりとうしろを向き、そして、長い廊下をすたすたと歩いていった。
遥にはその後ろ姿が何かを決意した背中に見えた。
真理子が角を曲がり、完全に見えなくなると、遥は一気に脱力して、その場に座り込んでしまった。
息が上がっている。
心臓がやけに痛んだ。
こんな癖を持ってしまったことに腹が立つ。
こんな分かりやすいものを持って良かったことなんて何もなかった。
いや、持っていたって、いなくたって同じだった。
——どうして本当のことを言えなかったんだろう。
心の奥にいる、もうひとりの「遥」が必死で叫んでいる。