複雑・ファジー小説
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- 「私は去ります。さよなら。」 ——曖昧模糊な短編集
- 日時: 2012/02/09 23:45
- 名前: N.Clock ◆RWBTWxfCNc (ID: 5E9vSmKZ)
おはようございます。こんにちは。或いは今晩は、はじめまして。
N.Clockことトケイバリと申します。
別名「雑踏(L.A.Bustle)」とも「サクシャ(SHAKUSYA)」とも言います。知ってるヒト多分居ないでしょうケド。
さて、スランプに陥ってしまい小説が書けなくなりました。
よってこのスレはまた短編熱気が再来するころにもう一度上げます。
これまでのご支援及び御題・キャラクターの提供をしてくださった皆さん、ありがとうございました。
Thank you for watching my novels.
See you next time.
Bye-bye.
- Re: 「さあ皆、鬱にな ( No.6 )
- 日時: 2011/12/17 14:06
- 名前: 結城柵 ◆ewkY4YXY66 (ID: khvYzXY.)
と、いうわけでお邪魔します、結城です。
ホノカさん可愛いです、嫁にください。
てのは置いときまして、ほむ、ここからどう発展するのかしら。楽しみです。
要するに読みます、読ませてくださいってことですよ、言わせんな恥ずかしい。
- Re: 「さあ皆、鬱になれ」 ——曖昧模糊な短編集 ( No.8 )
- 日時: 2011/12/17 16:41
- 名前: N.Clock ◆RWBTWxfCNc (ID: JSaR90tz)
- 参照: 段々シリアスじゃなくなってきた。
>>6
御題提供ありがとうございます。
ポーカーとか今までやったことが無かったのでウィキペディアと首っ引きで奮闘しております。
短編の癖に一レスでオワラねーのかよ、とか思われるかもしれませんが、期待せずにお待ちください。
- Re: 「さあ皆、鬱になれ」 ——曖昧模糊な短編集 ( No.9 )
- 日時: 2011/12/17 21:27
- 名前: N.Clock ◆RWBTWxfCNc (ID: JSaR90tz)
- 参照: 分割② シリアスにならなかった……((
風下でポーカーはカードが吹き飛びそうで流石にやばかったので、両親が留守にしている(自営業で共働きだから留守なだけであって、別に何か複雑な家庭事情があるわけじゃない)オレの家でポーカーをすることになった。
方式はファイブカード・スタッドを簡略化したもので、一枚配るごとのベットインターバルを撤回し、最初から五枚全てが配られる。対戦相手は各々自分の役を見つつ、相手の顔も見ながら心理戦を仕掛けるというわけだ。
面倒臭がりのする物ぐさなポーカーだが、簡単になったこと以外に殊更特別なことはなく、役を作った後金(代用品)を出し合い、オレとホノカの双方がチェックした後に役を見せ合ってより高い役を作った方が金(代用品)を総取り。先に破産した方が負け。どちらが先にベット(賭け)するかはジャンケンによりホノカが先に決まった。
ギャンブルをするワケじゃないから本来金になるものは必要ないが、チエ曰く「金を使った心理戦(ブラフとも言う)込みの勝負が見たい」ということなので家にあった新品のポストイット計七十束を代用して金の代わりにしておく。机が狭いのでレイズ・コールの上限は十束までとし、バラされると困るのでポストイットを袋から出して小出しに賭けるのは禁止。カードを配るディーラー兼イカサマ監視役は路上弁当代巻上げギャンブラー・チエ。
以上、ポーカーの簡単な説明終り。質問は受け付けない。
アンティ(テーブルの真中にある「ポット」に予め支払う、言わばポーカーの参加費。此処では要らないが雰囲気作りで出してみた)をポストイット一束で支払い、昨日チエが購入した未開封のトランプをチエ自身が開封して、歴戦を感じさせる絆創膏だらけの力の強そうな手でトランプを切り始める。
「あ、そうだ……言っとかなきゃね。チィちゃん、配るときにズルしたらお弁当巻き上げるよ」
チエがカードを配るまでの間、ごく朗らかな微笑みのままホノカがずばり釘を刺す。ディーラー顔負けの手付きでカードを捌き、ほとんど投げるようにカードを配りながら彼女は困ったように眉尻を下げて顔を青くし、やめて止めて、と真剣味の強い切迫した声を上げた。バスケ部の部長を務め栄養分の要る彼女にとって、やはり弁当は命に等しい大事なものらしい。
「こ、怖いこと言わんといて……弁当無かったらあたし生きていけない」
絞り出すように続けられた言葉が切られると同時、手役を作るための五枚のカードが配り終わる。
オレは胡坐、ホノカは正座と言う正反対の態度でそれを受け取る。そして手元に広げ、カードの番号を整理して自分の役を見るよりも早く、オレはホノカの顔色を窺った。役を見て顔が変わる前に見るのがオレなのだ。
「なーに?」
……嬉しいとも落胆したともいえない微妙な表情をしている。
ああいう顔をしているときのホノカは大体フォーハイくらいのフルハウスを引いている可能性大。
こりゃあどんな手でも勝てるかと思いつつ、どの位ベットしようかと考えながら自分のカードに目を落とすと、キングハイでフォーカードが揃っている。初っ端から矢鱈に高い。この勝負勝った。
色々と愚考に耽りつつ、ポストイットの袋を弄りながらホノカのベットを待っていると、彼女はゆっくりと動き出した。
差し出されたのはポストイット三束。対する俺はコール(同額上乗せ)を嗾け、ホノカは更にレイズ(同額より多く上乗せ)して五束投げ捨てていく。オレはそれにさらにコールし、ポットにポストイット十八束(アンティ含む)が集合したところでインターバル終了。傍らのチエがアングリ口を空けているのが何とも可笑しい。
ホノカの役は予想通りフォーハイのフルハウス。
オレはそこで初めて喜色を満面に浮かべてキングハイのフォーカードを見せつけ、苦い顔をしてポンチョの裾をいじいじするホノカを差し置いてポットに掻き集められたポストイットを回収する。手役を作ったカードはチエが回収し、また切って投げ付けるように配られた。
「……ホントに勝つのね。アタシ二人共考えてることわかんなかったんだけど……」
「だから言ったろ? ホノカは読み合いのテーブルじゃ弱いんだってば」
配られたカードを受け取りながら、チエの独り言めいた声に返しておく。
自分のカードを揃える前にちらとホノカの方を見遣ると、じわじわと嬉しそうな顔になっている。詳しく言うなら、只でさえ上がっている口角が更に吊り上がりそうになるのを堪えている表情と言うのだろうか。どうもあれは高い役を引くと彼女の無意識の内にああいう顔になってしまうらしい。
あんな顔をしているときは大体に於いてジャックハイフルハウス以上の高役だとオレの経験則は語る。一方でオレは正反対、キングハイだがペアのない、所謂ブタとかノーペアとか言う奴だ。
——ここはホノカに降りさせよう。主に数押しで。
少しの思案の後、音も無くポストイット七束がポットに差し出される。オレはそれにレイズしていきなり上限の十束をポットに差出し、ホノカが笑みに苦味を浮かべた。これ以上のレイズは取り決めで出来ないようになっているから彼女はコールするしかないのだが、このままコールし続ければ何れは元々持っている金額の大きいオレが勝つに決まっている。
ホノカは暫くカードとポストイットの束を見比べ脳味噌をフル回転させていたが、やがて諦念交じりの笑顔で降りた。
カードは双方伏せたままチエに返却、ディーラーは返された手札を見比べ一瞬オレのほうに般若のような顔を向けたものの、オレが睨み返すと直ぐに向き直ってカードを切り始める。この手付きだけは見習いたい。
その後の勝負は代わり映えがしないので少し省略する。
簡潔に結果を言うと、フルハウス対ブタの勝負の後の一回は顔を読み違え、ダイヤのフラッシュに対してテンハイブタで勝負を挑んでしまい凹みかけたが、三回勝って大浮きし、また一回エースハイツーペア対ジャックハイツーペアでまだ凹んで、二回勝ってポストイットを同点にした。今二回浮いてチエがトランプを切っている真っ最中だ。
「やっと、分かった」
無造作に切りながら、チエがぼうっとした声を上げる。オレとホノカはほとんど同時に彼女の方へと眼を向け、チエはオレ達の視線に動じることなく、さっきまでの「分からない」と叫んでいた小うるさいディーラーの面影も無い声を発した。
「アンタ達、勝負事のときって笑顔と侮蔑が交互に顔出してんのね。仄が勝った時、凄い顔してたわよ。慎だってそーよ、ぼけーっとした顔してるくせに、勝つ度勝つ度すっごいドヤ顔してさ。何でそんな顔しながら勝負できるのやら……あたしが凡人なだけ? それともアンタ達が度を越して可笑しいってだけ?」
まあ、全面的に否定はしない。
それから、きっと最後の質問に関しては意見が分かれるだろう。
「お前が凡人なだけだって。オレ達は普通に勝負してるだけなんだから、勝ってドヤ顔したって別にいいだろ」
「そう? あたし達もどっかおかしいんじゃないかなぁ。何だか入れ違いがあって喧嘩してるときも顔変わらないし、喧嘩したあとでどっちかが折れて「ゴメン」って言ったら折らして謝らしたほうがドヤ顔してるしね、二人共。だからこそ二人して普通に付き合ってるってとこもあるし。普通の人じゃきっとおかしいって思ってあたりまえなんじゃない?」
結局どっちの側に立つかってだけで、考え方は一緒か。チエの考え方にはどちらにしろ当てはまらない。
「ゴメン、アンタ達の感性には付いてけないわ。詰まる所あたしが凡人だってのがよーっく分かった」
言いながらチエの手は五枚のトランプを配分し終え、オレとホノカはそれぞれカードを手に取り、オレは何時ものようにホノカの顔色を窺う。
するとホノカはにっこりと笑ったままそっと広げたカードで自分の顔を隠し、シンのえっち、と何故今放たれたのかよく分からない声を上げた。いざという時のガードが恐ろしく固い(今の今まで痴漢ナンパの類には一切遭っていない筋金入り)ホノカのこと、彼女の顔から情報を読み取ることはこれでほぼ不可能だ。
切羽詰ったオレは手札を——何がハイカードなのかも見ないまま——裏返して手元に置く。まだ見てない。見てないからどんな顔をしていいかも分からないが、向こうに情報が伝わると言う事もない。そのことをカードの隙間から察したらしいホノカは、口の端にぞっとするような微笑を浮かべて同じようにカードを置いた。
「最後だけクローズポーカーかよ……」
「いいじゃん、どうせ二人共やけくそで勝負してるんだし」
普段よりも言葉が乱暴ってことは、あまり高い役でないことは経験から少しは予測が付く。だがオレのほうは本当に何も見ていないから、ホノカの手役よりも高いのか低いのかさえ分からない。
こっちは無表情、向こうは無感情な笑顔、互いに思考を読ませぬ心理戦がオレとホノカの間で繰り広げられる。ポストイットの束はアンティを除けば三十四対三十四の同数、つまり数押しは出来ない。オレは負けても自分の自尊心が傷付くだけだが、出来ればチエから弁当代を巻き上げてちょっとくらいホクホクしたいという気持ちがある。
手役を見たい衝動に駆られるが、見ないことにした。
少し経った後、ホノカは静かにポストイットを差し出した。
四束。何とも言えぬ微妙な数だ。オレは取り敢えずコールして四束投げ出し、ホノカはそれに対して即座にレイズし五束。レイズしようかコールしようかで迷いつつホノカの表情を窺ってみると、相変わらず変わってない。特に読めるような情報もないので自棄糞にコール。彼女も同じようにコールし、オレもコール。これで双方十四束ずつ出したことになる。
次にポットに差し出されたのは、レイズして上限ぎりぎりの十束。仕方なくオレも十束。ホノカも自棄気味にコール。そしてオレが最後にコール。結局の所、二人してオールイン(手元の賭け金を全部ポットに差し出すこと)状態になってベットインターバルが終了した。……釣り合うには仕方ないとはいえ、オールインかよ……。
ヤな予感が背中に悪寒となって奔り抜けるのを感じつつ、ピラミッドのように詰まれたポストイットを挟み、ホノカがゆっくりとカードを表向きにするのに視線を集める。
ホノカの手役はクイーンハイのストレートフラッシュ。
……道理でオールインなんざやって大きく賭けるわけだ。しかもオレは完全に読み違えている。勝つにはキングハイストレートフラッシュ以上を狙うしかない。だが、只でさえ七万分の一の確率でしか当たらないストレートフラッシュをここ一番で当てるような運の強いホノカに対して、オレはそれ以上の強運を発揮できるのかと言われたら自信は皆無だ。
次に来る罵倒で自尊心が崩れ去ることを覚悟しつつ、ショー・ダウンする。
出てきたのは——六十五万分の一の確率で現る最強の手役——ロイヤルストレートフラッシュ——しかもスペード。
訪れる静謐。暫しの後にそれを破ったのは、オレの声。
「——約束、覚えてるだろうな?」
「分かってるわよカツアゲ男。やればいいんでしょ、やれば。ったく高い授業料よね、結局どうやってアンタがホノカ相手のポーカーに勝ってるのかは全ッ然分かんなかったのに、今日の食料代全部獲られるなんて……ボッタクリじゃないのさ! 結局どうやって表情読んでるかくらい教えなさいよ!」
オレはチエが叩きつけた弁当代二千七百五十円ホノカと等分し、等分した残り千三百七十五円を財布の中に恭しく突っ込み、そしてチエが最後に発した問いに厳かに答えてやる。
「ホノカの微笑みと嘲笑は紙一重の違いだ。眼を鍛えろよ」
三年間も一緒に居たからこその賜物だがな!
<fin>
- Re: 「さあ皆、鬱になれ」 ——曖昧模糊な短編集 ( No.11 )
- 日時: 2011/12/26 21:23
- 名前: N.Clock ◆RWBTWxfCNc (ID: JSaR90tz)
- 参照: 裏通りの友人
【友情】(白桜様より)
殺風景な屋上に、金属質の音が繰り返し響く。柳の手がさっきからジッポの蓋を開け閉めしているのだ。
眠らぬ街の活動音の方が大きく間断なく響いているから、耳に五月蠅いほどの音ではないが、それでも耳に付いてくる。不愉快ではないが気を取られる音と、癇の虫が騒ぐほどではないが、少し眉を顰めたくなる微妙なリズム。それらが渾然一体となると、何故か眠くなる音になる。
眠くなるから止めろという前に、柳の呟きが被さった。
「わざわざヤクザの銃撃戦地帯を抜けてまで、たった一人のロクでもねぇサツを始末しろ、ねぇ……今日の仕事は中々大変らしい。煙草の一本も吸わねぇとやってやんないな。ま、オレは喫煙が祟って肺を一個取っちまってね、まだ死にたかねぇから禁煙してるが——個人の独り言、しかもとうの昔に知ってることになんざ声貸さねぇか、お前は」
面倒臭そうに柳はぼやき、何かを振り払うように、パチン、と涼やかに一際大きな音を立てつつ四角い蓋を閉めて無造作に此方へと投げ渡す。静かに夜の光を反射しながら放物線を描いたジッポを受け取り、俺は銜えた煙草に火を点して、そのままシャツのポケットに突っ込んだ。
「聞いてはいるが」と、そう柳に対して声を上げてもよかったが、弁明みたくなるのは厭だったし、この前から風邪を引いているから止した。彼のことだ、きっとこっちの意図くらい察しているだろう。
俺と柳は、始末屋である。
人の世に要らぬモノを始末するという点ではゴミ収拾業者と変わらないかもしれないが、俺達二人が人から請け負って始末するのはゴミではなく、人間だ。だからと言って善人や普通の女子供を手に掛けるほど非道ではないが、政治家やヤクザから依頼されて政敵や他の組の奴等に死を齎すのだから、やっている事は基本、人間的に汚れている。
医者以外で人の生死を扱う裏の世界に身を置き、彼是十五年。
俺と柳の二人組は途中怪我だの病気だの事故(と、言いつつも恐らくは俺達を逆恨みした奴等の策略だろうが……)だのに巻き込まれつつ、挫折したり自殺したり気をおかしくしたりする奴が続出する中で他の誰よりもまともに依頼をこなし、割と大っぴらに「連携に掛けては最強」などと嬉しくない評価を貰っている。
俺達のこの所業を褒めるのならば、この両手にこびり付いた真っ黒い血を洗い流して欲しい。ヤクザの銃撃戦に巻き込まれて両親を失い、小学生で早々明日の暮らしにも迷った俺達は、夜の裏路地で半ば出会うべくして出会い、そして生きる為に二人して手を血で汚したのだから。
——と、愚痴を言っても始まらない。愚考に耽るのは俺の悪い癖の一つだ。
「そろそろ行くか……」
決意を固めるためにそうわざとらしく呟き、じりじりと半分程燃え尽きた煙草をコンクリの地面に落として、眠気を振り払うように踏み躙る。他方、これから無謀な依頼をこなしに行くと言うのに妙に穏やかな顔をして、柳は俺が完全に煙草の火を消し終わってもまだフェンスに身体を預けて不夜の街の目に悪い明るさを睥睨していた。
「どうしたんだ? 物思いに耽るなんてらしくもない」
「いやさ——今日は確か、お前と会って丁度十五年目だったなと思ってよ。思えば長い付き合いだな、こんな殺伐極まる世界で、全くの赤の他人同士が。あン時までスズメが死んだのにケチつけた所為で苛められててな、友達らしい友達ってのが居なかったモンだから、この日はよく覚えてらァ」
けらけらと快活な笑声を零し、自分の闇を夜の最中に言い飛ばしてしまうと、柳は無意味にポケットの中に手を突っ込んでこっちに歩み寄ってきた。無言で俺は柳の得物、百発百中の銃二丁を入れたホルスターを投げ渡し、彼もそれに無言で答え、慣れた手つきでホルスターをベルト通しに押し込む。
ふ、と気合を入れるような短い溜息。何かを吹っ切るとき、柳はこんな溜息を吐く。まだ俺に言ったことのない過去を思っているのか、それとも今終らせるべきこれからの仕事について、ヤクザの銃撃戦地帯を上手く抜け切る策を練っていたのか。
「オレの友人は、今も昔も、それからこれからも、きっとお前だけだろうな」
少し自嘲気味な声に、俺も少しだけ自嘲の響きを混ぜて返した。
「作れよ。俺もきっとお前だけなんだろうけど」
- Re: 「さあ皆、鬱になれ」 ——曖昧模糊な短編集 ( No.12 )
- 日時: 2011/12/27 02:26
- 名前: N.Clock ◆RWBTWxfCNc (ID: JSaR90tz)
- 参照: 分割① 迷走感が否めない…
【マフラー】(雨子様より)
雪雲が東から流れ、ラジオでは猛烈な吹雪になると予想が出ている。
だというのに、このポンコツは上り坂でいきなりエンストした。
「——この糞ッ!」
悪態と共に思い切りボンネットを閉め、奇跡を祈りつつエンジンを掛けてみたが、咳き込むような音がするばかりで掛かりもしない。山越えに際して燃料は満タンにしてきたし、バッテリーもほぼ満タン、原因はエンジン本体にあるようだが、知りうるどんな応急処置を取ってみても再始動が出来ない。
私は寒風の染み入る、帰省ラッシュなど程遠い山の奥深くで一人取り残され、自棄になって車の中に篭った。
ずっと素手で長時間エンジンを弄ったため手が異様にかじかんでいる。しかし、エンジンが掛からなければ暖房も使えない。ケータイは腹立つことに圏外。幸いドライブは良くするから車内で一夜を過ごすことは当たり前、冬場のドライブには何時も毛布を持って来てはいるが、それだって何枚被っても気休めに過ぎない。
何しろ、私は生存に必要なものを途中で買った缶珈琲以外に何も持ってきていないのだ。
此処の頂上は日の出の名所だから後一週間も待てば此処も人で賑わうだろうが、この寒い最中、エンスト状態の車の中で一週間も待っていては人が来るより先に私が餓死してしまう。昔一度ならず自殺した経験があるとは言え、こんな心寂しいところで死ぬのは幾らなんでも厭だ。
辺りは雲が覆っている所為もあって足元がやや覚束ない。暗い最中に足を滑らせるのも厭な話だから、吹雪いて雪が積もらないことを祈りつつ、今日は外より少しはマシな車内で過ごすことにした。
朝、余りにも寒く目が覚めた。時計が八時半を指している。
車の中ですら、息をするのも辛いほどの厳しい冷気。身体をガタガタと震わせながら三枚ほどの毛布を肩からマントのように羽織り、運転席の上で膝を抱え身体からなるべく熱が逃げないようにし、油の切れたロボットのようにぎこちなく首を回して窓の外を見渡す。
どうやら昨日の間に雪が降り切ったらしく、外は少しの雲の欠片を残して澄んだ晴天が広がっている。ボンネットやフロントガラスには分厚く雪が降り積もり、脇に生えた木の枝にも雪が白く堆積し、時折締め切った窓越しにも聞こえるほどの大きな音を立てて崩れ落ちた。それ以外には音もない。
ふと厭な予感がしてドアを開けてみると、十センチほど開いたところでドアが積もり積もった雪にぶつかった。まず此処から出られない、そんな絶望に情けない悲鳴を零しつつ、とりあえず冷気が酷かったので直ぐに閉めて再び縮こまる。腹の虫が騒ぎ出しそうだが、今此処で冷たい珈琲なぞ流し込んでも虚しくなるばかりだ。
少しは暖かくなる昼までもう少し寝ようと思う序、最後の望みを賭けてキーを回してみたが、今度はエンジンが空回りする音もしなかった。本格的にエンジンがおかしくなってしまったようだ。クソッタレ。
苛々しながら暫くキーをグリグリ回しているうちに、少しばかり感じていた眠気まで吹っ飛んでしまった。
もうどうしようもない。苛立ち紛れにダッシュボードを漁ってみると、友人が「この時期持ってっておくといい」と押し付けられたチョコレートの詰め合わせが出てきた。此処に来てあのお節介な友人の存在を神と崇めつつ一欠けだけ口に入れ、特に何の意味も無く更に漁りまくってみる。
何か柔らかい布の感触を感じ、引っ張り出した。
「……嗚呼」
白い、カシミヤのマフラー。思わず声が出る。
新婚旅行先でバスが崖から墜落し、外に放り出されて亡き人となった妻がまだ恋人だったときに編んでくれたものである。妻との思い出は見ているとどうも辛くなるので直ぐに処分してしまった筈なのだが、どうもこれだけダッシュボードに入れたままにしていたらしい。昔の自分の物ぐさが今此処で役に立った。
車の中だと言うのに動けなくなるほど厚着して、私は昼を待つ。
冬の朝の寝起き、しかも空腹で体温が下がっていた所為か、一度吹っ飛んだ眠気は直ぐに戻ってきた。