複雑・ファジー小説

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マジで俺を巻き込むな!!—計算式の彼女—
日時: 2012/11/11 00:12
名前: 電式 ◆GmQgWAItL6 (ID: hWSVGTFy)
参照: http://ncode.syosetu.com/novelview/infotop/ncode/n4373o/

お初にお目にかかります、電式です。
小説家になろうでも投稿させていただいている、
「マジで俺を巻き込むな!!」を、
こちらでも転載させて頂くことにしました。

本家の小説家になろうでは、
長時間の読書に配慮したデザインと、
閲覧耐久レースな挿絵を公開しています。
気になった方はぜひ。
(これ以上は宣伝になるので……(^^ゞ)

ここのサイトに関しては、
右も左もわからない初心者ですので、
私の変な挙動を見たら、それとなく教えて下さい。
電式、ちょっと忙しい学生なので、
更新ペースはご容赦願います。

******

バーチャル・リアリティが発展した、
シミュレーテッド・リアリティ(仮想現実)世界での物語。
笑いあり、シリアスありの世界を、毒舌主人公の視点でお楽しみください。

よくありそうなQ&A

Q.この話のどこが仮想現実なの?
A.始まりからすでに仮想現実のお話


INDEX

プロローグ 

1.井の中の蛙 >>1


第1話 計算式の彼女

1.祟り >>2-3
2.黒煙 >>3-5
3.傍観者 >>8-10
4.特集と日常 >>11
5.重なる怪事件 >>12
6.カレー30% >>17-18
7.白の彼女 >>19-21
8.論理エラー>>23-25
9.不意打ちの彼女>>26-27
10.猫>テスト >>29-31
11.役得である。 >>32-34
12.カツアゲにしか見えない >>35-36
13.おしぼり >>37-38
14.監視 >>39-41
15.危機一髪 >>42-43
16.詰問 >>44-46
17.やっぱり春だった >>47-48
18.どう考えても、電波。 >>49-52
******
感想・コメント

——おこのみやき さん——

>>6-7

作品
それは恋のはじまり。
キミがくれたもの。


——ゆぅ さん——

>>13 返信>>15
>>22 返信>>28

作品
幻蝶
推理のあとは走り出す。

——蒼 さん——

>>14 返信>>16

作品
彼らの旅〜FROM SPECIAL SCHOOL〜


関連作品は、電式が個人的に判断しています。
作品が間違っている場合は、電式までご一報ください。
修正します。

コメントは随時歓迎しています!

Re: マジで俺を巻き込むな!! ( No.29 )
日時: 2012/05/08 20:21
名前: 電式 ◆GmQgWAItL6 (ID: ehSJRu10)

******
第1話-10 計算式の彼女 猫>テスト
******

「誰だ、それ」


 タカフミ レウ……漢字はどう書くのかは知らないが、俺が珍名に認定してやろう。認定理由? レウなんてフツーいねぇし、俺が親なら、もっとマシな名前にする。それが理由だ。異論は受け付けない。俺が知らなくて当然なのだが。



「今日は教えてあげない」


 彼女は悪戯っぽく笑った。ああ、そうですか。そもそも何の縁もない俺には無関係な話だし、これといって深入りするつもりはなかった。だから教えてもらおうがどうしようが、なにも思わん。どうせ今日限り有効の使い捨てタイプの人間関係だ。


「ところで、あなたの名前は?」

「俺か? 足立 光秀だ」

「明智光秀を連想させる名前だね」

「…………。」


 俺の苗字の“ダ”を“ケ”に置き換えるだけで、明智光秀という名前に早変わりという話は、小さい頃から言われ続けていてうんざりしている。もうすぐで言われた回数、累計で1万人達成するんじゃないかと思うほどだ。俺としては1万人達成のキリ番取った奴にはささやかな不幸をプレゼントしたい。急いでる時に限って行く先々で赤信号に引っかかったり、買い物で同じ商品を2回バーコードにかけられて損したり、音楽を聞こうとプレーヤーの電源を入れたらバッテリー切れで聞けなかったり、電子レンジで温めた食品が表面は熱々なのに中身はヒンヤリだったり——具体的に上げるときりがないからこれくらいにしておく。あ、あと少しのところで電車に乗り遅れてしまうっていうのが問答無用で標準装備なのは仕様だ。それでもいいという1万人目、待ってるぜ。

 ところで明智光秀って誰だよって人に説明しておく。織田信長が自害したといわれる本能寺の変を実行しちゃった人間である。しかもその十日後にあっけなく農民の竹槍で殺されたという世紀に残る出しゃばりとして後世に伝えられている。小学生の頃なんか、学校の休み時間に歴史ごっこやろうぜとか言う話になったら、決まって毎回明智役やらされて死にまくってたからな。そんなこんなで諸君、俺は明智光秀が嫌いだ。

 探偵ごっこなら明智小○郎役決定なんだがな……どうでもいい話。


「私の名前は、ミコガミ レイカっていうの。
 神様の神に、子供の子、上下の上って書いて|神子上《ミコガミ》。
 下は、麗しいに、香るって|麗香《レイカ》」

「ふむ……カオルってのは、お香典の香で神子上麗香、これでいいのか?」

「誰への香典よ…… 間違ってはないけど、せめて香水の香って言って欲しかった」

「だいたい把握した」


 神子上、こいつもこいつで珍しい名字だな。世の中|八百万《やおよろず》の名字があるわけだし、これ以上に珍しいものがないわけではないだろうが……神子上という名字を俺は聞いたことはない。


「ところで、足立くんって二年何組?」

「俺か?」


 俺が自分のクラスを言うと、神子上は目を輝かせた。


「私の転入するクラスと一緒!」

「マジかよ」


 つまりこの無礼者が俺達の比較的平穏なクラスに放り込まれるってわけか。こんだけスタイルが良くて元気だと、男子間での倍率は相当上がるだろう。と、いうことは今のうちからフライングで会ってる俺は偶然にも勝ち組の……いや、こういうアクティブ系の女子は俺は苦手だから豚に真珠ってところだろう。


「へえ〜、じゃあ、足立くんが最初に覚えたクラスメイトの名前ってことだね!」

「まあ……そうなるだろうな」


 それにしてもこの時期に転校生……こいつにはなにか裏がありそうだ。例えば、親の事情で学費が払えずに公立高校に行くしかなかったとか、前の学校でやんちゃして退学処分、こっちに流れてきたとか。後者ではないかと考えると神子上に対して無意識のうちに身構えてしまう。一概に喜ぶべき人間じゃないかもしれん。


「なんか、ちょっと安心した」

「そうか?」

「だって普通だったら教室でみんなと初対面でしょ?
 だけど、今は初めて入った教室には顔見知りがいるんだもの。言いたいこと分かる?」


 俺がビミョーに警戒心を持ち始めているのとは裏腹に、神子上は純粋そうな笑顔で言う。こんな純粋そうなやつがやんちゃなんてするわけがないだろ、と俺は静かに神子上凶暴説を否定した。いや、する他なかった。


「まあな」


 俺も神子上も話すことが尽きたらしく、その後は自然と沈黙が場を占領するようになっていった。俺が本命であるテスト勉強を再開すると、一歩遅れる形で彼女も再び携帯電話をいじりだした。携帯で何をやっているのかは分からないが、彼女は操作しながらニコリと笑ったり顔をしかめたりと、表情筋大忙しだ。顔面七変化と形容できそうなほど表情豊かで、感受性の高そうな印象。こんな奴が優しくないはずがない。きっと親の事情で転校を余儀なくされたに違いない!


 気がつけば、時計は午後11時前、帰ると決めていた予定時刻を30分ほどオーバーしていた。脳の疲れからか俺はやべっ、睡眠時間がっ! と、意味不明な言葉を呟いてそそくさと荷物を鞄の中に放り込んで、筒の中に一枚入っている、俺の伝票を手に取り立ち上がった。周囲に客はほどんどなく、店のBGMがワビサビ程度に虚しく流れていく。


「んじゃ、そろそろ俺、先に帰るから」

「あ、ホントだもうこんな時間……」


 神子上はそう言いつつも、焦る様子はなかった。一人で暮らしてる俺ならまだしも、お前、家族かなんかがいるんじゃねえのか? ちょっとばかり天然が入ってるかもしれない。依然として何もないテーブルの上に肘を乗せて携帯電話を操作し続けている。


「帰らねえのか?」

「あと、2,3分したら私も出ようかな。あっ、先に帰ってていいからね?」


 誰もお前と一緒に帰ろうなんて言ってねえよ。


「そうか。
 最近この辺で物騒な事件が多発してるってことは聞いてるだろうが、気を付けろよ」

「大丈夫! 私は絶対に被害者にはならないから」

「その根拠の無い自信は一体どこから来るんだ……」


 神子上は自信有りげな顔で言っているが、「自分だけは大丈夫」と思っている奴に限って、犯罪に巻き込まれるんだよな。いやー、世の中うまくできてる。もちろん、皮肉の意味で。


「じゃあな、来週だったか、また学校でな」

「……足立くん」


 去ろうとする俺の腕を、神子上は掴んでそっと引き止めた。意味もなく心臓がどきりと跳ね上がる。


「……何?」

「明日もまた……ここに来るの?」

「なんでそんな事聞くんだよ」

「せっかくだから、明日一緒に……ここで食事しない?
 学校の話とかいろいろ聞かせて欲しいなーって」

「別に一緒の席になるのは構わん。だが悪いが、俺は試験中だ。
 どうでもいい雑談に花開かせてる余裕はない。……少しだけならいいが」


 自分自身、かなり贅沢なことを言っているとは思うが、一方で大事な定期テストを美少女一人の為に無に帰すというのも——まあ、男としてはそれぐらいの心意気があってもいいのかもしれないが——どこか間違っている気がする。俺の回答を反芻してみると、心のブレがモロ出てることに気がつく。


「本当に?」

「ああ」

「明日はいつ頃来るつもりなの?」

「今日とだいたい同じぐらいの時間帯、8時だ」

「そっか、分かった。じゃあね」


 神子上はまたニコリと笑い、腕を掴んでいた手をそっと離した。俺も常に仏頂面しているわけじゃない。その癒し系のスマイルに応えるように少しだけ、口端を吊り上げて笑った。

Re: マジで俺を巻き込むな!! ( No.30 )
日時: 2012/05/08 20:22
名前: 電式 ◆GmQgWAItL6 (ID: ehSJRu10)


「それじゃ」


 会計を済ませ、駐輪場の自転車にまたがって、いつもの1.5倍速ペースで自転車をこぎながら、俺はファミレスに入ってから出るまでのことを思い返していた。化学の問題から始まり、明日の予定を取り付けたところまで。深夜の道を通行する人も車も殆どなく、自転車のダイナモがせわしなく発電する音と風切り音以外は何も聞こえない。


「……そういえば」


 神子上の伝票、見なかったような気がする。ファミレスにいた時はそんな事何も思わなかったから詳しく思い出せないが。少なくともあの竹筒には伝票は俺の分しかなかった……ような気がするのだが、時間を遡って意識がいっていないところを探るというのは至難の業である。まあ、そんなことができるならばモノなくさねえし。

 いずれにせよ、神子上が飯を食ってようがなかろうが俺に影響はないわけだし————っつお!!

 自転車の進行方向、しかもすぐそこに黒い何かが地面に丸まっているのを見つけ、慌ててハンドルを切り、急ブレーキをかけた。ゴリゴリと後輪がロックして滑り、ゴムがアスファルトに削り取られるような感覚。俺を乗せた自転車はちょうど直角に曲がって、その黒い何かの直前で停止した。……心臓が止まるかと思った。


「あっぶねェ……」

 俺がその丸まっているものを見下ろすと、どこか見覚えのある背中だった。


「ぉお! オッスコウ!」

「お前こんな時間に、しかも道端で何やってんだよ」


 しゃがんだ体勢で振り返ったその顔は……ジョーだった。深緑色のポロシャツに色の濃いジーンズ。夜道をこんな視認性の非常に悪い服で出歩くなんて、これじゃあまるでどうぞ轢いてくださいと言っているようなもんだ。


「ん、猫!」


 ジョーが抱え上げて俺に突き出したのは、黒猫だった。体の大きさやニーという鳴き声からするに、子猫だ。ただし、首には何もついていない。つまり野良猫だ。猫を抱えるジョーの手には、道端にいくらでも生えているネコじゃらし。深夜に道端で子猫と戯れる男子高校生……どうしてこうなった?


「疑問はいろいろあるんだが、とりあえず最初の挨拶としてブレーキかけずにそのまま突っ込んだほうが良かったか? 文字通りツッコミとして」

「それ、普通に交通事故だよな?」

「自転車も車両の仲間だし、そうなるだろうな。まあ、一秒でもお前の発見に遅れていれば、有無を言わさずクラッシュしてたわけだ。俺の視力に感謝するんだな」

「自転車が来てるなんて、猫に夢中で全く気が付かなかった」

「どういう経緯でこんな夜中にネコじゃらし持って子猫と戯れる結果になったんだよ。明日もテストだろ?」


 猫はとうとう抱き上げられた状態に嫌気がさしたらしく、バタバタと宙で足をばたつかせ始めた。ジョーは猫を地面に下ろしてじゃあな、と猫を開放したが、猫はどこかへ行くどころかジョーの足元でうずくまる。おいおい、完全になついちゃってるじゃねえか。お前、このまま家までついて行ったらどうするつもりだよ。


「うん、化学のテスト勉強をしようと思ってさ、友達にノートをコピーさせてもらったんだ」

「それいつの話?」

「今日」

「前日にテスト勉強始めるのか?」

「そうだけど?」

「……まあいい。それで?」

「友達も『俺も勉強したいから、貸すのはちょっと遅くなるかもしれないけどいいか?』って言ってさ。貸せる時間になったら連絡するっていう話で、連絡が来たのが午後8時頃だったんだ。それで、すぐにその友達の家に行ったんだ」

「8時か、相当貸し渋った感があるな」


 ノートをコピーさせてやるだけならさほど時間もかからないはずで、学校でノートを渡しておけばすぐに帰ってくるはずだ。ノート貸せとお願いされたら、俺ならわざわざ友人に取りに行き、さらに返しに行くという二度手間はさせない。2回も玄関に行かにゃならんのが面倒臭いから。しかし、学校が終わってから8時間以上も粘るとはその友人、焦らしのスペシャリストと見た。


「で、ノートを家のプリンターでコピーして、友達の家に持っていったのが9時半頃」

「結構時間かかってねえか?」

「家のプリンター、|旧《ふる》いからでコピー速度があまり速くなくてさ、見開き2ページコピーするのに3分ぐらいかかるんだ。画質もイマイチだし。それに、俺の家と友達の家と1往復半してるから、これでも結構早い方だよ」

「うーん————そういわれれば納得だな」

「ノートを返しに行った帰りに近くのファーストフードで晩飯を食った。で、帰宅途中にこの猫を発見したってわけさ」

「……バカじゃねえの?」

Re: マジで俺を巻き込むな!! ( No.31 )
日時: 2012/05/08 20:23
名前: 電式 ◆GmQgWAItL6 (ID: ehSJRu10)


 ジョーの家から友達の家まで、コピー時間を30分と見積もって計算すると大体20分ぐらいかかる計算だ。飯を食わずに|直帰《ちょっき》すれば、10時前には着いていただろう。晩飯に30分かかったとしても、10時25分頃には帰宅できているはずだ。


「お前のその春うららな頭を保護するために『安全+第一』ヘルメットを買い与えてやりたいところだ」

「いや、いらねえよ」

「遠慮すんなよ。今度ホームセンターに行った時買ってやるから、それ被って学校へ行くといい。お前の頭に春が来てるってみんな察してくれるぞ」

「余計いらねえよ!」

「人ごみの中でもモーゼの十戒みたく道を譲ってくれるはずだ」

「それ、完全に引かれてるよな?」

「そんな便利アイテムだが、ただ一つ、ちょっとした欠点がある」

「……なんだよ」

「過激派左翼と思われて公安にマークされる可能性がある。運が良けりゃ本物からオファーが来るかもしれん。オファー待ちの時以外、ヘルメットと各種マスク・タオルの併用はお勧めしない。その筋の人もややこしくて迷惑だろうしな」

「お前結局どっちの肩持ちたいんだよ!」

「いや、中立的立場からの発言だ。ただしお前に|その気《国家転覆思想》があるなら、俺はお前との間に埋められない価値観の相違があった、ということで縁切りはさせてもらう」

「代償デカイな……ヘルメット。ていうか、お前はバカとか春うららとか言うけど、こんな所に子猫がいて、しかもなついてきてるんだぜ? 可愛がってやらない人間がどこにいるんだよ」

「お前のすぐ目の前にいる。俺を含む多くの人間が通過してるね」

「もったいねえな」


 そう言うと、ジョーは冗談交じりの軽い調子から少し真剣な顔になった。ジョーの足元にいる猫はまだ遊んで欲しいらしく、ジョーが指先でネコじゃらしの茎を掴んで回しているのに反応して立ち上がり、届かない前足で必死に取ろうとしている。


「お前はこんな時間にどこに行ってたんだ?」

「俺か? ファミレスだ。飯とテスト勉強をしに。帰る予定よりも30分ほど遅くなっちまったがな」

「面倒臭がりのお前にしては珍しいじゃねえか。なんかあったのか?」


 神子上のことを言おうと一瞬考えたが、それを言うと話が長くなりそうな気がするのでやめておく。俺は鞄から携帯電話を取り出して現在時刻を確認した。


「まあ、テスト勉強をやってたらどうしても腑に落ちない点があって、それについて熟考していたらこんな時間になったってわけさ」

「腑に落ちない点って?」

「化学の話だ」

「それで、解決したのか?」

「まあ、一応はな。そこに気が付かなけりゃ危うくテストで死ぬところだった」

「へえ、その腑に落ちない点っていうのは具体的にはどういう?」

「……聞きたいのか?」

「当然だろ、明日テストなんだし」


 はっきり言ってそろそろ俺は早く帰りたい気分で心が満たされてきている。言ってやったらそれでまた時間を食うだろうし。そういうわけ俺はジョーに右手を差し出した。


「……お手?」

「誰がこんな時に犬の真似事要求する奴がいるかよ! 情報料5000円だ」

「友達に対して金取るのかよ!」

「お前はなんの労力なしにテストの重要ポイントを教えてもらおうとでも思ってたのか? 何らかの報酬があって当前だろ」

「じゃあ、これで」


 ジョーが差し出したものは5000円札ではなく、手に持っていたネコじゃらし。


「……ネコじゃらしは要らん」


 それから約10分間にわたっての押し問答の末、とうとうジョーがこんなことを言い出した。


「お前ってそういう奴だったのか。まさかお前がそういう金汚い人間だと————」

「あーあー分かった分かった、んじゃヒントだけだぞ」

「ありがとうございまーっす!」


 オッス先輩、のようなノリで頭を下げた。


「『ベンゼン環』」


 俺が端的に発音にして6文字で教えてやったというのに、ジョーは口をへの字に曲げて不満そうな表情を浮かべた。切羽詰まった状況なんだろ? タダで教えてやったっつうのにその顔は何だよ。まあ、この話は神子上の話の請け負いだから金取る義理は俺にもないのだが。


「テストの単元そのまんまじゃねえかよ」

「家に帰ったらベンゼン環についてよく復習しておいたほうがいい。それだけは言っておく」

「どこをどう復習するんだよ?」

「だからベンゼン環だって。詳しく言えばベンゼン環の結合についてだ。話のミソはそこだ」

「……分かった。帰ったら確認する」


 ジョーはどうも納得できていない様子だが、そこまで言えば俺の言いたいことが理解できるだろう。


「ところで話は変わってジョー、今何時だと思う?」

「10時40分ぐらい?」

「残念ながら、現在午後11時42分だ」

「……それマジか?」

「確認するか? ちょっ、猫触った手で触るな!」


 携帯電話のディスプレイ時刻を見せると、ジョーが手に取ろうとしたのでそれをうまくかわし、時刻だけ見せつける。


「なんだよ、コウ。人に見せておいて」

「子猫でも野良猫は野良猫だ。お前の足元にいる猫が何を持ってるか分からん。携帯経由で病気でも移されたらたまんねえよ」

「ずいぶん神経質だな」

「お前は家族がいるから看病してくれるかもしれんが、俺はそうはいかねえ。くたばってもだれも看病してくれる奴がいないんだからな」


 一度、あることが原因で一週間くたばったことがあるんだが、それはまた後の話。携帯電話を鞄の中にしまって、俺は自転車のサドルに座りなおした。


「それじゃ、俺そろそろ帰るから」

「おう、じゃあな」


 ジョーは片手を上げて応えると、ファ〜と俺までつられそうになるようなあくびを一つ。


「……やっぱ、親怒ってると思う?」

「常識的な大人なら怒るだろうな」

「いいよなー、一人暮らしは。自由でさ。深夜帰宅しても怒られることもないし」

「お前が一人暮らしなんてまず無理だね」


 ジョーが掃除洗濯買い物食事をこなせるなんて有り得ん。そんなジョーがいたら背中のチャックを探し出して中の人の正体を暴く必要がある。デキるジョーとか変に気持ち悪いからな。チャックを開けたら中におばちゃんが入ってて、顔鉢合わせになって変な空気になったとしても、だ。


「じゃ!」


 ジョーは短くさっぱりと言い放ち、俺の来た道と逆の方向へ足を向け、駆け出していった。その後ろを追うようにして黒猫も駆け出す。お目当ては……ジョーの手にあるネコじゃらし。いい加減に捨てろよ。

 ジョーに会ってからここまでの一部始終を誰にも見られなくて良かった。そう思いながら、俺も自転車のペダルに力をこめた。

Re: マジで俺を巻き込むな!! ( No.32 )
日時: 2012/05/16 20:31
名前: 電式 ◆GmQgWAItL6 (ID: duKjQgRl)

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第1話-11 計算式の彼女 役得である。
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「それで、どうだったんだ? 今日の感触は」


 化学のテストが終わったその日。俺はいつもの3人メンバー、つまりジョー、チカと下校している。話はやはり俺たちにとって今一番のトレンドであるテストの話が中心的な話題になっている。昨夜ジョーに化学のヒントを渋々くれてやったわけだが、本人がそれを活用できたのか気になる。


「ああ、化学のこと? 美しい答案だったよ……うん、死んだ」

「白紙なのか?」

「そうではないけど……赤点行くかどうかってところ」

「というか、お前昨日勉強したのか?」

「いや、あの後帰ったらすぐ寝た」

「え? ジョー、昨日何かあったの?」


 昨日のことを一切知らないチカ。ジョーが昨日俺と会ったことを話し、「あの後」の意味を事細やかに理解したチカは、本題よりネコのほうに興味を惹かれたらしい。


「それで、そのネコちゃんはどうしたの?」

「さあ。コウと別れた後、その猫がどうなったかは知らない」

「いいなー、ネコちゃん! あたしも抱きたかったな……」


 チカは目をキラキラさせてネコ願望を膨らませているが、多分抱いたら猫が圧死すると思う。チカはゴリ女というわけではなく、見た目は普通の少女(俺的に13段階中8段、中の上の中辺り)なのだが、俺やジョーをぶん殴ることで鍛えあげられたそのパワーは侮れない。


「黒猫だったが?」

「いいの! 白くても黒くても猫ちゃんは猫ちゃんなの!」

「ああ、そう……」

「あー、ネコ飼いたいな。あたし専用の猫が欲しいわ。赤ちゃんから死ぬまであたしが飼育するの」


 俺から見れば完全に猫を崇拝しているとしか思えない言動である。ご主人がチカになった猫がかわいそうだ。ハッキリ言って。


「でもうちのお父さん、猫アレルギーなんだよね」

「それは残念だな。で、話を元に戻すが、ジョー。昨夜は勉強してないのか?」

「ああ、帰ったらすぐに寝たから」

「つまり朝早起きして勉強したんだな?」

「いや、化学だけ手つかずでテスト受けた」

「それはつまり……化学のテスト勉強は一切やってないと?」

「そういうこと」

「……とりあえず近場の歩道橋から飛び降りてもらおうか」

「なんでだよ!」

「あんだけ教えろっつっておいて全然やってないんだろ? 飛び降りてもらうに値する」


 さんざん教えろといって俺の時間を潰しておきながら、テスト勉強を一切やってないというのは、明らかに犯罪である。“教えてもらったのにそれを有効活用しなかった”という旨の人道に対する罪である。


「さあ、行こうか」

「行くかよ!」




###


「こんばんは」

「……おう」


 約束の時間五分前にファミレスに到着した俺に対して、神子上は8時きっかりに現れた。特に息切れしている様子もないことから、8時きっかりを狙って来たらしい。この近所に家があるのかもしれない。神子上は俺と向かい合わせの席に座った。メニューは、決めようとしたところに神子上が来たので、まだ決まっていない。10秒で注文するものを決定し、俺はメニュー表を神子上に差し出した。


「あっ、私はいらないから」

「あっそう」


 どうやら神子上は別の場所で食事を済ませてきたらしい。まあ、ファミレスの料理は安くないからな。……とは言いつつも違和感を全く感じていないわけではない。なんというか、先に飯を食ったということならばそれで万事解決のはずなのだが、考えれば考えるほどなぜか違和感がにじみ出てくる。


「失礼致します」


 店員が神子上の分のお冷やを持ってきた。ご注文がお決まりでしたらそこのボタンを——の紋切り型挨拶を述べる店員に、俺は片手を小さく上げて言った。


「一応もう決まってるんで」


 俺が注文を述べ、店員はかしこまりましたと答えてテーブルから去っていった。店員が去っていった後の静かな空間が俺と神子上の間に広がった。


「ここにはよく来るの?」

「まあ、テスト期間の時はほぼ毎日だが、それ以外はあまり行かねえな」

「テスト期間って何日あるの?」

「毎回変わるから何日、とは言えないんだが、今回は5日だ。明日が最終日」

「それじゃあ、今日が4日目だったのね?」

「そういうことだ」

「ということは、明日もここに来る、と」

「いや、最終日はここに来る理由がないから来ない。テスト期間中に溜めに溜めた洗濯物と洗ってない食器の山の処理、賞味期限が近くなった食品の活用とかやらにゃならんし」

「えっ、足立くんは一人暮らしなの?」

「ああ、独り暮らしだ。実家はここから遥か彼方へ行くこと約1000キロ、飛行機で約1時間ちょいの秘境にある」


 秘境はさすがに誇大表現だったかもしれない。まあ、田舎ではあることは確かだし、秘境もどきあたりが妥当な表現だろう。


「それって、遥か彼方って言うほどでもなくない?」

「えっとだな、例えば東京から1000キロってのを考えると分かりやすいと思うんだが、東京から1000キロというと西は山口県下関市、南は小笠原諸島、北は北海道札幌市になるぞ?」


 ちなみに東がないのは東に1000キロ進んだところで、あるのは太平洋の島一つ見えない大海原だからだ。


「結構近いと思うんだけど。だって、地球一周が4万キロでしょ? その40分の1の距離じゃない」

「……グローバルな物の見方だな。俺は40分の1もあると考えるんだが。お前にとっての遥か彼方っていうのは、だいたいどれぐらいの距離から指すのか知りたい」


 神子上はうーんと少し考え、彼女にとっての「遥か彼方」の定義を述べた。


「だいたい50億光年ぐらいかな?」

「……確かに遥か彼方だな」

「でしょ?」


 こいつ、結構面白い。ふざけた様子で50億光年と言うならこっちもこっちで適した反応を取れるのだが、飾ることなく純粋かつ真面目に言うという所が面白い。インテリジェンス系天然少女の称号を与えよう。


「そういえば……」

「うん?」

「いや、こっちの話だ」


 そういえばあの宇宙|白髪《しらが》、神子上と入れ替わるように来なくなったな。俺としてはそっちの方がいいのだが、彗星の如く現れ、消えていくあのインパクトは、容姿と発言の相乗効果で鮮烈に脳に焼き付いている。きっとUFOにでも乗って自分の星へ帰っていったのだろう。調査報告書に“地球人ノ知力低シ——相手ニスルベカラズ”とか書かれてそうだ。いや、こうかもしれない。“地球人ノ知力低シ。侵略ハ容易”……侵略されちゃ困る。


「失礼致します」


 店員が注文した料理を持ってきた。いつものように料理をテーブルの上に置き、伝票を例の筒にさりげなくねじ込んで去っていく。神子上は何も食わずに俺だけ図々しく料理をつついていいのか、という変にやましい気持ちがするが、彼女はいらないと言っているんだから、と思い切って食事に手をつけた。神子上はほおづえをついてこっちを見ている。

Re: マジで俺を巻き込むな!! ( No.33 )
日時: 2012/05/16 20:33
名前: 電式 ◆GmQgWAItL6 (ID: duKjQgRl)


「おいしい?」

「マズかったらこの店来ねえよ」

「高校ってどんな雰囲気?」

「ん? ああ、どこにでもあるような何の変哲もない至ってフツーの高校だ」


 いきなり話が飛ぶな、お前。突拍子の無い質問に料理を落っことしそうになったじゃねえかよ。あわや服が大惨事だよ。


「普通ってのは、具体的に?」

「朝学校行って授業受けて飯食って部活やって帰る。そうそう、部活は強制加入だから、今のうちからフライングで何部に入るか考えておいたほうがいいぞ」

「どんな部活があるの?」

「女子が多い部活といえば、美術、吹奏楽、オーケストラ、バレー、テニス、——他にも部活はたんまりと種類はあるが、だいた主力はこれぐらいだな。マイナーなのは文芸部とか将棋部とか」

「足立くんは何部?」

「俺は在校部やってる」

「ふうん、そっか」

「変だとか思わねえのか?」

「いや、全然」


 ここで俺ははっきりと認識した。彼女には常識と重要な何かが欠落しているということを。そうでなければ「俺は在校部」→「ふうん」の流れには絶対ならない。


「それで、在校部ってのはどんな部活?」

「在校部の活動内容は“帰宅しないこと”だ」

「じゃあ家には帰っちゃダメなんだね」

「ところがどっこい、定期テスト一週間前及び期間中は部活禁止なんだな。つまりどういうことかというと——」

「その期間は“帰っちゃダメ”というのがダメになるから、帰らなきゃいけないということ?」

「そういうことだ。俺はこの期間以外は帰宅部やってる。活動内容は“帰宅すること”だ」

「結局やってること一緒じゃない」

「部活しないで帰る、という言い方も変だが、実質的にそうしたければ帰宅部と在校部の間をちょくちょく鞍替えする必要がある。帰宅部と在校部は2つでワンセットみたいなもんだ」

「それ、1つの部活にまとめたほうが楽じゃない? 活動内容は“帰宅すること。ただし、一週間前及びテスト期間中は帰宅しないこと”ってしたほうがすっきりするんじゃないかな?」

「そういう話は出てきたこともあるが、学校は『帰宅するのかしないのかはっきりしない。矛盾している』からダメなんだとさ」


 人間はやい合理化だ、やい効率化だ、って言いながらどこか非効率を求めてるところがある。特に日本の官僚がわざと非効率的な構造を作って私腹を肥やしてるという話がここ数十年頻繁に世間を飛び交っているのはその代表的な一例と言ってもいいだろう。


「じゃあ、足立くんのクラスってどんな感じのクラス?」

「ああ、もうみんな気楽にやってる。特別、番長みたいなボスキャラはいないから、その点は安心していい。奇行に走る人間も——」


 そこまで言いかけて俺の脳裏に浮かんだのは深夜、道端で黒猫と長時間戯れるジョーの姿。あれを奇行と言わずになんと言おうか。


「——いないとは言えないが、そいつは人畜無害——」


 いやいや、あいつは俺の大事な時間を盗んでおいておきながらドブに捨てている。有害である。


「——でもないが、深刻な被害を与えるほどの人間ではない」

「なんか、かなり遠まわしな言い方ね」


 神子上は不思議そうな顔をして言った。いやそれはこれこれこういう理由でカクカクシカジカ……と説明してやるのが最善なんだろうが、あいにくテストが終わったわけではない。試験は明日もあるのだ。ジョーについて長々喋って回り道すると俺の勉強時間がなくなっちまう。


「時期が来たら、話そう」

「時期って?」

「時期が来たら、だ。それ以外に言うことはない」


 要は言うのが面倒だから“時期が来たら”で逃げているわけだが、後悔はしていない。やや強引な形ではあるが、そういういことだ、と神子上を納得させ、話を進めた。

 それから話題は移り変わること1時間。学校についての話のはずが、いつの間にか俺についての話に誘導されているということに気が付き話題修正するも、またいつの間にやら俺の話題になっているのを修正——ということを数回繰り返した。別に「俺はそういうのは〜〜」と握りこぶし片手に宙を見つめて自分語りにアツくなってたとかいうわけではなく、神子上によってまるで誘導されているかのように話がそっちへ傾いていくのである。


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