複雑・ファジー小説
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- マジで俺を巻き込むな!!—計算式の彼女—
- 日時: 2012/11/11 00:12
- 名前: 電式 ◆GmQgWAItL6 (ID: hWSVGTFy)
- 参照: http://ncode.syosetu.com/novelview/infotop/ncode/n4373o/
お初にお目にかかります、電式です。
小説家になろうでも投稿させていただいている、
「マジで俺を巻き込むな!!」を、
こちらでも転載させて頂くことにしました。
本家の小説家になろうでは、
長時間の読書に配慮したデザインと、
閲覧耐久レースな挿絵を公開しています。
気になった方はぜひ。
(これ以上は宣伝になるので……(^^ゞ)
ここのサイトに関しては、
右も左もわからない初心者ですので、
私の変な挙動を見たら、それとなく教えて下さい。
電式、ちょっと忙しい学生なので、
更新ペースはご容赦願います。
******
バーチャル・リアリティが発展した、
シミュレーテッド・リアリティ(仮想現実)世界での物語。
笑いあり、シリアスありの世界を、毒舌主人公の視点でお楽しみください。
よくありそうなQ&A
Q.この話のどこが仮想現実なの?
A.始まりからすでに仮想現実のお話
INDEX
プロローグ
1.井の中の蛙 >>1
第1話 計算式の彼女
1.祟り >>2-3
2.黒煙 >>3-5
3.傍観者 >>8-10
4.特集と日常 >>11
5.重なる怪事件 >>12
6.カレー30% >>17-18
7.白の彼女 >>19-21
8.論理エラー>>23-25
9.不意打ちの彼女>>26-27
10.猫>テスト >>29-31
11.役得である。 >>32-34
12.カツアゲにしか見えない >>35-36
13.おしぼり >>37-38
14.監視 >>39-41
15.危機一髪 >>42-43
16.詰問 >>44-46
17.やっぱり春だった >>47-48
18.どう考えても、電波。 >>49-52
******
感想・コメント
——おこのみやき さん——
>>6-7
作品
それは恋のはじまり。
キミがくれたもの。
——ゆぅ さん——
>>13 返信>>15
>>22 返信>>28
作品
幻蝶
推理のあとは走り出す。
——蒼 さん——
>>14 返信>>16
作品
彼らの旅〜FROM SPECIAL SCHOOL〜
関連作品は、電式が個人的に判断しています。
作品が間違っている場合は、電式までご一報ください。
修正します。
コメントは随時歓迎しています!
- Re: マジで俺を巻き込むな!! ( No.24 )
- 日時: 2012/05/06 21:39
- 名前: 電式 ◆GmQgWAItL6 (ID: ehSJRu10)
2/3
「あっ! 分かった! あの二人はきっとマンネリ化して冷め切った恋人同士に違いない!
彼女は彼の気を自分に引きたくて、でもどう声をかければいいのか分からない。
だから、ああやって彼のことをじっと見ている。
彼もそのことは分かっているが、彼にはやましいことがあって、
そんな彼女の純粋な愛を受け止める資格はないと感じている。どうだ、俺の推論は?」
「うおお! お前天才!!」
「それで決まりだな!」
ちっがあぁぁぁぁう! なぜそうなる!?
ていうかお前ら一度でいいからこいつの視線を浴びてみろ! 一度絶対零度を浴びればそんな悠長なこと言ってられないことが分かるkからよ!
気がつけば、ナイフとフォークを握る俺の手には無駄に力が入っていた。一旦落ち着こうか。
「ふう……」
アイツらの発言を気にしたら負けだ。俺がふと顔を上げると、彼女の視線は変な噂を立てている野球部員達に向けられていた。
彼女の視線は完全に野球部員達を石にしていた。
部員の1人が気まずそうに冷や汗が一滴、ツーっと頬を走っている。これで分かっただろう、こいつは普通じゃないと。
それからは奴らは気まずくなったのか、俺達のことを話さなくなった。彼女はしばらくそんな彼らを凝視していたが、興味がなくなったのか、やがてまた俺に冷たい視線を浴びせ始める。
そんな食事も終わって、俺は明日実施される物理のテストの問題演習を始めた。物理のテスト範囲は円運動と単振動がメイン。昔のど偉い人がみつけたという公式に則ってただ計算をしていくだけだ。
言葉で言うと簡単だが、実際やってみると結構苦戦する。
既習事項との融合問題とか、今までのことが分かってないと解けないから厄介だ。
精神論は俺は好みじゃないのだが、こういうのはとにかく公式を覚えて気合でやるしかない。俺はシャーペンを回してみたり耳にかけてみたりしながら考え、解法を思いついたら計算していくということを何度か繰り返して問題を解いたが、そんな単純行動にとうとう飽きてしまった。
「はあ〜、こんなんじゃテスト完全に死亡確定だな……」
俺はシャーペンをノートの上に放り投げ、大きく背伸びをした。一番の問題はとにかく公式がやたら多いことだ。公式の理屈を理解できれば公式なんざ覚えなくともスイスイ立式して解けそうなんだが、それができるなら太古の昔にやってる。
ああ、テストが簡単だった中学時代に戻りてえよ。簡単すぎる中学のテストの勉強すらサボってる俺にお前は幸せ者だなといってやりたい。行き詰まるとは正にこのことだ。絶体絶命。物理は捨てるか……明日のテストは物理だけじゃねえし。でもその他の教科はあらかたテスト勉強は終わってるからな。
さっきまで解いていたノートをぼんやり眺めていると、突然白い手が視界に乱入してきた。
「なっ!?」
その手は俺のノートと筆記用具を根こそぎ俺から奪ってしまう。犯人はもちろん、俺の向かい側にいる少女だ。そいつは俺のシャーペンを手に持つと、俺のノートになにやら色々と落書きを始める。こういうのは一言断りを入れてからするもんじゃねえのか? え? というか俺のノート返せって!
呆気に取られている間にも、彼女はカリカリとものすごい速さで書き込んでいく。そんなに書くのが速かったら、テストの答案を書くのも|時間短縮《時短》できて便利だろうなとか、なんかちょっと羨ましく思えてくる。って違うだろ俺!! 俺のノートを奪取された上に落書きされてんだぞ!?しかもこんな崖っぷちの状況で、だ。
「あの……それ大事なやつなんで返してくれません?」
「……Negative.」
小さく透き通る声で|ネガティブ《拒否する》と言われ、絶妙な度合いの精神的ダメージを喰らった俺。物返せって言って拒否すると言える権限を持つのは、「お前のものは俺のもの——」で有名な例の生意気なクソガキぐらいだと思うが、どうよ? だいたい、資本主義国家に属する人間には所有権という基本的な権利が保証されていてだな……面倒&説教臭くなるからこれ以上は言わないでおく。ふう、危うく物理も解らないくせして権利だけ振り回す、インテリ気取りのダメ人間になるところだった。
しっかし、初めてこいつの声を聞いたがあまりにも印象通りの声で、かえって拍子抜けしちまったな……そうなんだよな、今コイツとの会話が初めて成り立ったんだよな……ついでだからこいつにもう一つ言っておきたい。
「ここは日本だ。公用語は日本語もしくはアイヌ語。よって喋るときは日本語かアイヌ語でいいから」と。
もちろん、初対面以上顔見知り以下の相手に対してそんなことをいう勇気は俺のどこを探してもなく、実際は口をへの字に曲げて困惑した顔を呈しているだけである。あと、そんな事言ってマジでアイヌ語で話されても困るからな。
「…………。」
目の前の少女は懸命に落書きしてて返してくれそうにないし、別の勉強でもやっておくか。演習問題のプリントだけ手元にあっても意味ねえし。帰るときに回収して帰ればいい。そう思って鞄から別の教科書を引っ張り出し、それをテーブルの上に置こうとしたとき、スッ——とノートとシャーペンが返却された。顔を上げてその少女を見ると、視線が合った。今までは死んだ魚の目のような冷たい目で俺のことを見ていたが、今回は視線があった途端、ちょい、と首を少し傾げ「?」とジェスチャー、髪がハラリと揺れた。だがその顔は相変わらず無表情で怖い。
「いや、なんでもないです」
再びノートに視線を戻すと、俺の書いた式の至る所が綺麗な字で事細やかに添削されていた。問題を見ずにノートだけを見て問題内容を推測、的確な指導をするこの少女は一体何者なのか。少なくとも、これだけ優秀な頭脳の持ち主ならば学校の成績はトップ確実、白髪の変な奴が成績上位に食い込んできたとなれば、学校でも噂になるはずだ。しかしそんな噂を聞いたこともない。だがこいつは何故かうちの学校の制服を着ている。こいつはいったい何なのか、謎は深まるばかりである。
「親切に添削してくれてどうもありがとうございます」
半ば悪態をつくようにして言うが、彼女は今度は反応しなかった。なんにせよ、わざわざ俺のために添削してくれたっぽいのだから、行き詰まったテスト勉強の打開にこれを有効活用しない術はない。
「…………ん、何だこれ?」
- Re: マジで俺を巻き込むな!! ( No.25 )
- 日時: 2012/05/06 21:40
- 名前: 電式 ◆GmQgWAItL6 (ID: ehSJRu10)
3/3
添削されたノートのページをペラペラめくっていると、計算式が全面的に添削されていた問題があった。そういう事自体はあっても別におかしくないのだが、問題はその添削内容だ。
計算式と回答が違う。
しかも、その問題はきちんと公式に則って計算し、答え合わせもして正解が保証されたハズの問題。見たこともない公式を持ちだして、かなり複雑な計算をしている。それに“〜〜を○と定義する”の文章がやたら多い。こんな計算は高校生がやるようなものじゃないことは誰の目にも明らかだった。ページをめくり、この問題の公式と関係している次の問題を見てみる。これも同じように全面的に訂正されている。次の問題も、そのまた次の問題も訂正されている。計算の内容はわからないが、俺が見てて分かったのは、この添削自体が先人たちが汗水垂らして発見したその公式を、彼女はことごとく否定しているということだ。教科書に乗っている公式だ、そんなはずはない。
「えっと、この公式は……」
「……根本的に間違っている」
添削してくれたということは、俺に教える意志があるものと勝手に解釈し、ノート片手にこの公式について質問すると、彼女は即答した。
「えっ、でもこれ教科書に……」
「……帰納的推論が……土台になっているその式は……
前提自体に……論理的に矛盾するエラーが生じる……要素が含まれている。……よって無効」
やたら途切れがちに説明されるその説明に、今度は俺が首を傾げることとなった。まず「帰納的推論」って何? 前提って恐らく公式の成り立つ前提だと思うが、では矛盾が生じるような“エラー”とやらは何? 最後に、この公式はどこで仕入れてきた? 宇宙か?
俺が矢継ぎ早に質問すると、彼女は“そもそもこの式自体が質量を持つ物体に起因する空間歪曲の引力定数の値が————”などとぬかしやがる。どこまで知性を発達させたらそこの話まで持っていけるのか疑問だ。やはり地球以上の高度な技術力を有した宇宙人もしくは頭のネジがぶっ飛んだ|似非《エセ》天才としか考えようがない。俺は当然後者を支持する。てかそうであってほしい。帰り際にUFOに吸い上げられて変なチップ埋め込まれるとか、冗談じゃない。
「——つまり……理論的にこの式は……大きな矛盾を抱えている」
「すみません、全く理解できません」
「…………?」
一通り説明が終わったらしい彼女に俺が速攻でギブアップを宣言した。すると彼女はまた、ちょい、と首を傾げる。まあ、この訳わからん公式解説を奇跡的に理解、計算できてなおかつ強引に記憶にねじ込んで明日のテストに利用したとしても、点数が取れるかと聞かれればゼロ点ほぼ確実だろう。かわいそうかもしれないが、この公式は覚えるに値しない。
「……そもそもこの式自体が……質量を持つ物体に……起因する空間歪曲の……」
「もう、いいです」
説明が二周目に入りかけたので、こちらから説明の中止を申し入れた。彼女は不満げな表情を見せることはなく、ただ一言短く、「……そう」と言って黙り込む。もしかして気分悪くさせちまったのか? 確認のために顔から感情を読み取ろうとしたのだが、全くできない。鉄仮面である。
こっちまで気分悪くなってきて、ノートに視線を避難させた。なんか、今の説明聞き流してたら、高校物理の公式がよっぽど簡単に見えてきた。今の俺なら楽勝で問題が解けそうだ!! 少女の電波的説明を受信したせいか、奇妙な精神状態に陥りかけているらしい。これがいいことなのか悪いことなのかすら判別できなくないという非常に危険な状態だったのだが、実際に問題に取り掛かってみてそれがただの|思い込み《プラシーボ》だと認識する。幸いにも、俺の脳は壊れてなかったようだ。まあ、こいつの説明を聞くだけで頭が良くなるなら、何度でも喜んで聞いてるさ。
「そろそろ帰るかな……」
俺は携帯を取り出して時刻を確認すると、時刻は午後十時。昨日よりも三十分早いが、今日はこのぐらいでお開きにしよう。物理の公式も訳の分からない式で埋め尽くされちまったし、添削を消すにも少女の前じゃさすがに気が引ける。
昨日と同じように、俺は伝票と鞄を片手に立ち上がった。南北高校の野球部員は依然として居座り続けている。お前ら、門限とかないのか? それよりも、そんな長居して大丈夫か? ——俺は知らねえけど。俺が立ち上がると、さすがの野球部員も俺に視線が向けられた。俺は素知らぬ顔をして一人、会計へと足を進めた。無人の会計のベルをチーンと鳴らし、従業員を呼んだ。
「お待たせしました〜☆ それでは伝票を頂戴しますね〜♪」
なかなかキャラの立っている、やたら髪の盛った若いギャルが対応しにきた。元気いっぱいなギャルだな……その元気、1割でいいから俺にくれないか? いや、誘ってるんじゃねえからな。純粋にズタボロのテストを受ける前に、少しでもいいから乗り切る元気が欲しいだけだ。そんなことを思っているとはつゆ知らず、ギャルは伝票の内容をレジに打ち込んでいくが、その合間にチラチラと俺の方を見てくる。
「えっとぉ、お客さん、一人分の会計でいいですよね?」
「えっ!?」
その言葉を聞いて、背筋に悪寒が走った。
ま さ か……!!
「…………ひっ!!」
油の切れた機械のようにギギギ、と後ろを振り向くと、白い髪をした少女が、その髪で顔を隠して、まさに幽霊のような状態で立っていた。
「あー、その……相席はしたんですけど、彼女は何も注文してないですよ」
発言は支離滅裂、頭が真っ白で思考は完全停止。あの電波は……遅効性だったらしい。
…あー、…………えっと…………………? …………ダメだ、完全に狂ったな………………何考えてたんだ俺は?…………一旦落ち着け、俺!!
「……お客さん、顔色悪いですよぉ? 明日は学校休んでビョ〜インで診てもらったほうがいいんじゃない? てか後ろの子、彼女? 超可愛いじゃん!!」
「いや、そういう関係じゃなくいです……」
こいつのどこが可愛いんだよ! 後遺症が残ってはいるものの、ギャルの発言で正常思考に復帰した俺は、回復した知力で即座に恋人関係をきっぱりと否定した。誰がこんなトンデモなヤツと付き合うのか、そんな奴がいたら、そいつは多分相当な物好きである。
何とか会計を終わらせ、俺は昨日と同じく、早足でファミレスの駐輪場に向かい、片足スタンドの自転車の鍵を解錠した。それでもなお感じる視線に後ろを振り向くと、さっきの少女が遠巻きに俺を凝視している。
「(ソッコーで退散じゃ〜〜っ!! あばよ、変人!!)」
俺はこれまでにない滑らかかつ俊敏な動作で自転車に飛び乗り、全速力でペダルを漕ぎ出した。後ろを振り返ると、ファミレスの駐輪場の前で立ち尽くす少女の姿が、周囲の景色と共に流れていた。ここまで来りゃ、もう安全だ。走っている途中、自転車後方からガリガリと何かが地面と接触する音がして見やると、スタンドが完全に収納されておらず、斜め45°の中途半端な角度で留まっていた。焦るあまりきちんとしたスタンドを処理していなかったらしい。俺は走りながら足でそいつをカシャン、と正常な位置に蹴り上げ、ナトリウムランプの照らす夜道の角を右へ左へ、恐らく過去最速タイムで自宅前のマンションにたどり着いた。競輪の選手もびっくりな速度だったはずだ。
背後から得体の知れない少女が追跡していないかチラリと確認し、駐輪場を飛び出してエレベーターのボタンを押した。いつもは気長に待ってられるエレベーターも、今日に限ってめちゃくちゃスローなように感じた。
……そう、俺はヘタレで小心者なのである。
- Re: マジで俺を巻き込むな!! ( No.26 )
- 日時: 2012/05/07 18:20
- 名前: 電式 ◆GmQgWAItL6 (ID: ehSJRu10)
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第1話-9 計算式の彼女 不意打ちの彼女
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「行くべきか、やめるべきか……」
翌日。ファミレスに出かける時間になっても、俺は勉強机に座ったまま腕を組んで唸っていた。あれだけ窮地に追い込まれていた物理のテストは、少々の手応えを感じて終わった。一番の理由は俺が少し頑張ったからであるが、その頑張ったにはあの添削があってこそのものだった。そりゃあ、あの意味不明な解説部分は役に立たなかったが、それ以外の解説は大概において有用だった。
「だからと言って会いたいと思う相手じゃねえんだよな……」
昨日のように背後を音もなく付いて来られるのは勘弁して欲しい。だが勉強に関するアドバイスは欲しい。そんな二律背反的な心境に頭を悩ませた結果、今日もファミレスに行くという苦渋の選択をとることにした。昨日一昨日はあんな大口の客が来たからああなっただけで、まさか三日続けてあいつと相席になることはないだろう、そう思ったからだ。ましてや、相席の相手なんてのは確率的だ。こっちか向こうが指定してこない限り、そうなることはまずない。あの電波と相席になったのは、宝くじで五万円当てるぐらいのレアなことだった。だから彼女と会うはずがない。つまり、何が言いたいかというと、あいつに会えば勉強をまた教えてくれるかもしれないという淡い期待を持ちつつ、あいつに会うという恐怖体験は確率的に起こりえないから行っても大丈夫だろうという、矛盾しまくりの甘ったれた考えにたどり着いたということだ。
「今日は時間をズラして八時半頃に出かけるか……」
ここでもあらわになる俺の小心っぷりであるが、そんなのは気にしない。人間誰しも保身第一である。出発予定時刻になったのを確認すると、玄関で自転車の鍵を片手に靴を履いてトントン、とつま先で床を軽く蹴る。踏んでいるのかかとを修正していつもの鞄を片手にドアを開けた。少々じめっとしている空気に、夏の匂いがした。ここ数日で熱波が加速しているような気がする。
サドルにまたがり、いつもの安全運行で自転車を進め、忌ま忌ましいファミレスの前にたどり着いた。正しく言うと忌ま忌ましいのはあの変人少女なのだが、そういうイメージがファミレスにも飛び火しちまっている。そう思うとファミレスに対して申し訳ございませんと頭を下げにゃならんような気がしてきた。
店に入ると、順番待ちをしている客が数人、俺の目に入った。また満席かよ……
順番待ちの用紙に名前と人数、禁煙席希望の旨を記入して、店内を見渡した。あの変人の姿は——ない。大きな安堵とわずかな失望を感じた。安堵の大きさをトラックの大型タイヤに例えるなら、失望感はグラニュー糖の粒子レベル、かすかに感じられなくもない感情、といったところだ。さて、変人がいないことが分かったことで、俺の興味は今日の満席の原因は一体何なのかということに移った。周囲を見渡すが、客のメンツを見ても、特に表立って満席になるような理由というのは見つからなかった。今日は本当にたまたま満席なのかもしれん。
「ああ、もしやあれかもしれんな……てかあれ以外に考えられん」
この満席の原因に該当するようなものが一つあることを思い出した。CMだ。毎月、指定された日に限り食事代が二割引きになるというCM。今日がその日にあてはまる。世界的に長引く不況で培われた各家庭の出費の節減スキルを遺憾無く発揮というところだろう。
「アダチ様、ご相席になりますがよろしいでしょうか?」
俺の名が呼ばれ、「相席」という言葉に一瞬俺の神経が逆立った。だがよく考えてみろ、白髪の幽霊はここにはいない。だから相席する相手に白髪少女は含まれない。俺は何を恐れる必要がある? ……ほらな、何もないじゃねえか。
「ああ、相席でも別に」
「ではご案内致します」
店員に誘導されてたどり着いた席の先客は、黒髪だった。俺と同じ高校の制服を着た普通の女子高生。背中の肩甲骨のところまであるロングヘアー。席の横に新品の鞄を自分の席の横に置いて、携帯電話の画面を注視している。テーブルの上には片付けられたのだろうか、食器類は一切置かれていない。
俺が席に着いたのに気がついて、彼女は視線を携帯から俺に向けた。そして目が合った俺に、ニコッと笑って軽く会釈。顔かたちの整った美人さんである。ていうか、コレ俺のストライクゾーンのど真ん中来てるんだが。まさか、ここで運命の出会いとかいう奴に遭遇したのか俺は!! (後に本当に運命の出会いとなった。……別の意味で)俺を含め、男ってのはこういう点においては大概タイプの人と出くわすとテンションが若干上がってしまう生物である。だが、そこから先の行動は人によって違ってくる。その場で声をかけてナンパするやつもいれば、心に秘めておくだけの奴、俺はこれ属性なんだが、硬派な奴もいる。あと、突然変異系でストーカーっていうのもあるな。
「(っていやいや、俺はここに何をしにきたのかをよく考えろよ……)」
俺は食事と学生の本分である勉強をしにきたのだ。女子とニャンニャンしに来た訳じゃねえ。俺はメニューを取り出して今日の注文品の選定を始めた。いつの間にか出来てしまった口内炎が痛む。やっぱビタミン不足が原因か? 塩分を多く含む料理は、まさに傷口に塩であるから論外。そうすると肉料理の大半がきつくなってくる。
「お待たせいたしました、海老グラタンでございます。容器大変熱くなっておりますのでご注意ください」
口内炎出来てて肉料理食えないならファミレスなんか行ってんじゃねえよ、というごもっともなツッコミを受けそうであるが、長居オッケーという点が俺的に光る。
「熱っ……」
スプーンで小さくグラタンを削り取って口に入れると、舌がやけどしそうなほどホカホカだった。俺が食すにはまだ熱すぎたようだ。慌ててコップに入った氷水を一口飲んで一息ついた。舌がヒリヒリする。
俺は勉強一筋の熱血野郎ではない。グラタンが冷えるまでの短い時間を勉強に当てようなんていうガリ勉発想には対応していない。そこで俺は携帯電話を鞄から取り出し、メールの新着を確認すると、一件のメールが届いていた。
それは先月分の携帯の請求額確定メール。値段がいくらだったかは、俺の利用してるプランとかサービス諸々がバレちまうので伏せておくが、これは間違いなくお財布に優しい料金だ。言っとくが、俺はメール相手がいないからお財布に優しい値段になるとかいう哀しい現実に直面してるわけじゃねえからな? メールじゃなくても学校に行けば直接会えるからな。まあ、どんだけ使い込んでも携帯料金は親持ちなので喜ぶのは俺じゃなく親である。
携帯を閉じ、グラタンにスプーンを突っ込んだ。ちょうどいい具合まで冷めてきている。俺はようやくそいつに手をつけた。
「あっ、もしもし——うん——だって、今目の前に人がいるから——そう」
目の前の女子は今度は誰かに電話しているらしい。俺に聞かれちゃ恥ずかしい話なのか、だって、と小声で話している。
「直接繋げるからそれでいい?」
そういうと彼女は視線を俺に一瞬向けたその瞬間、俺と目が合った。彼女はエヘッと気まずげに愛想笑い。昨日の宇宙人とは大違いである。目の前の彼女は目の保養になる。
「合ってる? ——うん——ちょっと遅いから心配だったんだけど……
私? うーん、まだ完ぺきってわけじゃないんだけど、慣れたら大丈夫だと思うよ、先輩」
先輩に対してどういう口の聞き方してるんだこいつは。完全にタメ口じゃねえか。ていうか最後の軽々しい口調の語尾は“♪”が付きそうなほどテンションが上がっている。今の会話の口調からして、このならず者は今年入ったばかりの高校一年生、どっかの部活に最近加入した新入部員で、部活の先輩と電話中、といったところだろう。
「——わかった。そうするね。ちゃんと手直ししててね? ——じゃあね」
- Re: マジで俺を巻き込むな!! ( No.27 )
- 日時: 2012/05/07 18:20
- 名前: 電式 ◆GmQgWAItL6 (ID: ehSJRu10)
厚かましい発言を残して彼女はぱたりと携帯電話を閉じると、それを鞄にしまいこんだ。手直しという言葉から察するに、文化系の部活に加入していると推測できる。ちなみに、帰宅部は体育会系の部活に分類される。学校によると、帰宅するという行動が、体育会系の行動に分類されるらしい。どっちかというと文化部に属した方がしっくりなんだがな……ま、顧問が体育教師だし。
食事を終えた俺は、鞄から勉強道具を引っ張り出してテーブルに広げた。テストも残すところあと二日だ。テスト終了時の、あの何とも言えない中毒性のある開放感が待ち遠しい。その後答案返却でフルボッコにされた答案が戻って涙ぐむといういつものパターンを考えなければ、晴々スッキリ爽やかな気分になれる。
「そこの化学式、なんかおかしいような気が……」
「え?」
「そこのベンゼン環。|炭素《C》は四つの手があって、そのうち三つの手でベンゼン環を構成してるの。だから余っている手は一つだけのはずなのに、ほらここ、一つのCに二つの|水素《H》がついてるのって、矛盾——」
昨日と同じように間違いを指摘され、俺は否応なしに昨日の記憶を呼び出すこととなった。
「ああ……確かに。どうも」
「ここはちゃんと覚えておかないと、化学全滅だよ?」
敬語はちゃんと覚えておかないと、人生破滅だよ? という言葉を返してやろうか。それにしてもこいつ、俺と同学年なのか。 俺は付き合いのある奴以外の顔はあまり覚えてないのだが、こんな奴いたか? いたようないてないような……でもストライクゾーンど真ん中だぞ? いくら俺が節穴だとしても、気になる人物として記憶されてもおかしくない……はず。
……やめとこう。
昨日の少女と同じ扱いをするのは、いくらなんでも無礼というものだ。俺の目は節穴どころか、穴すらあいていない雛鳥同然だったということにしておくべきだろう。
「試験勉強?」
「ん、ああ、そうだが何か?」
さりげなくタメ口で話し掛けられて、ついつい俺まで通常モードで話してしまっている。良条高校では全国的に試験中であるため、これが試験勉強だということぐらいは簡単に察しがつくはずであるが、彼女はふ〜ん、と初めて聞いたような顔。違和感。
「そっか、学校楽しい?」
「試験さえなけりゃな」
初対面にしてはかなり冷たく当たってる気がするが、何故かは察してほしい。繰り返すが、これが俺の標準である。
「高校何年生?」
「二年」
「趣味は?」
「ゴロ寝」
「苦手なことは?」
「アウトドア系」
「好きな食べ物は?」
「簡単に作れるやつ」
「嫌いな食べ物は?」
「本能が拒否ったもの」
彼女は今までとは真逆ね……とつぶやく。今まで、という単語に引っ掛かりを感じたが、とにかく分かったことは少女が俺のことを性格の面でこいつとは合わなさそうだ、と結論づけたということだ。
「なんかあなたとは気が合いそうな気がする」
ブフ————ッ!!
予想の遥か上空を飛んで行った少女の発言に、俺は飲もうとしていたお冷やを吹き返しそうになり、押さえ込んだ反動で気管に水が入り込んで咳き込んだ。
「ちょっと、大丈夫!?」
「ゲホッゲホッ……大丈夫だ」
彼女が立ち上がろうとしたのを手で制した。
「私、なんか変なこと言ったっけ?」
「言ったとも言えるし、言ってないとも言える」
「ごめんなさい」
彼女は申し訳なさそうな顔をして謝ると、窓の外の電灯で装飾された景色を眺める。数秒間の沈黙で周囲の客の雑多な会話と食器の音が際立つ。
「私ね、来週あなたと一緒の学校に転入することに……なったの」
「そうか」
これで合点がいった。どおりで俺の記憶にないわけだ。……いや待て、そうするとさっきの“先輩”とやらは一体誰だ? こちらが立てばあちらが立たずだ。
「引越してきて間もないのか?」
「えっと、こっちに来たのはだいたい十日ぐらい前かな」
「でもなぜこんな時間に制服着てファミレスに?」
「家がちょっと忙しくて夜ご飯が取れなかったから、ここで……」
「ふうん……」
あまり納得できない回答だったが、家の事情をあまり深く詮索する気はない。赤の他人の俺は聞くべきものではない。
「最後に、どうしても腑に落ちないことがあるんだが、いいか?」
「何?」
どうでもいいことかもしれないが、せっかくだから聞いておきたい。
「さっきの電話で言ってた“先輩”って誰だ?」
その瞬間、世界から音を消し去ったかのような沈黙が広がった。彼女は視線を俺からテーブルの下のスカートへと落とす。爆弾発言だったか?
「……知りたい?」
「差し支えなければ、だが」
彼女は少し言うのをためらったようだが、何かを振り切るようにして言った。
「先輩の名前は、タカフミ レウ」
- Re: マジで俺を巻き込むな!! ( No.28 )
- 日時: 2012/05/07 18:32
- 名前: 電式 ◆GmQgWAItL6 (ID: ehSJRu10)
ゆぅさん
>>22
あー!コメント見落としてしまっていましたすみません!
>無理な内範囲
正しくは無理のない範囲でした。すみません、ミスです。
他力本願とは、
簡単にいえば「ああなったらいいな〜」って思うだけで何もせず、
成りゆき任せで願いが叶うのを待つような状態の意味で使いました。
コメント、修正しておきます。