複雑・ファジー小説
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- イノチノツバサ 【参照1000突破 感謝!】
- 日時: 2015/12/27 23:01
- 名前: えみりあ (ID: TeOl6ZPi)
- 参照: http://www.kakiko.info/bbs2a/index.cgi?mode=view&no=102
〈プロローグ〉
亀が国を守り
虎が新天地に挑み
龍が敵を焼き払い
鳥が生命を運ぶ
* * *
開いてくださって、ありがとうございます!
初めましての方は、初めまして。えみりあと申します。
〈本作のあらすじ〉
舞台は1000年先の、地下帝都 東京。人類はある脅威を逃れるために、地底へと逃げ込んだ。これは、地上を奪還すべく戦う者らの物語。
〈目次〉
第零章 >>1
第一章 >>2 >>3 >>4 >>5
第二章 >>6 >>7 >>8 >>9 >>12 >>13
第三章 >>14 >>15 >>18 >>19 >>20 >>21 >>22 >>23
第四章 >>24 >>26 >>27 >>28
第五章 >>29 >>30 >>31 >>32 >>33
〈ご注意〉
・グロ表現、死ネタあり。
・更新速度は亀よりむしろ、ナメクジレベル
〈登場キャラ〉
・影崎 柊(かげさき しゅう)
18歳、男。本作の主人公。物静かだが、熱い正義感を秘めている。家柄にも才能にも恵まれているが、おごれることなく精進することを忘れない。情が厚く、任務中に躊躇することも。
・二階堂 拓馬(にかいどう たくま)
19歳、男。柊の幼馴染。面倒見がよく、幼馴染3人の中では兄のようなポジション。年の割に、頼りがいのある性格。戦場では冷静沈着で、他の二人に比べると情には流されにくい。
・莉亜・御子柴・アルバーティ(りあ・みこしば・あるばーてぃ)
18歳、女。イギリス人のクォーターで、柊の幼馴染。天真爛漫、明るい性格。人を笑顔にさせることが好き。…というかむしろ、おつむが弱いので人に笑われる。子供のように表情豊かだが、時折大人びた表情を見せることも。あまり本心を探られたがらない。
・九条 和臣(くじょう かずおみ)
28歳、男。九条班の班長。柊たちの指導係。時に厳しいが、心の中では仲間のことを思いやっている。また、昔のトラウマのせいか、周りとは一定の距離感を保っている。一人で抱え込んでしまう性格。
・剣崎 遙(けんざき はるか)……ルナさんよりいただきました。
18歳、女。九条班の班員。心優しいお嬢様タイプ。少し斜め上から物をいう癖がある。かなり素直じゃない。しかし、心のそこでは仲間を尊敬しており、憧れでもあるがなかなか口に出せない。同年代の仲間には少し素直に感情を出す面もある。
・霧崎 翼沙(きりさき つばさ)……岬野さんよりいただきました。
18歳、女。九条班の班員。柊のライバル。戦闘狂。とりあえず勝負しようとする。熱血キャラ。朱雀団の問題児。
・来光 颯天(らいこう そうま)……みすずさんよりいただきました。
19歳、男。参謀局員。下ネタ大好きの青少年。嘘がつくのが下手で思ったことが直ぐ顔に出てしまう。
・須藤 芹華(すどう せりか)……yesodさんよりいただきました。
32歳 女。薬課研究員。物静かで他人を遠ざけるような雰囲気を持つ。学者肌で研究のためなら、寝食を忘れることも。口を開けば冷酷で、味方を恐れさせた。
・海道 義仁(かいどう よしひと)……ルナさんよりいただきました。
25歳 男。白虎団員。優しく、穏やかな印象。常に笑顔を絶さず、誰にでも敬語で話す。その優しい雰囲気とは裏腹に、自分がエリートだと思っているナルシスト。
・雨宿 頼弥(あまやど らいや)……黒い月さんよりいただきました。
18歳 男。機構職員。柊たちの同級生。表情は乏しいが感情は割と豊か。機械いじりが好き。以前は朱雀団を目指していたが、理由あって断念した模様。
ストーリーが進むにつれて、どんどん紹介していきます。お楽しみに!
リク依頼の方から、オリキャラも募集しています。
*お知らせ*
オリキャラ募集、締め切りが近付いております。オリキャラの投稿を考えている方は、最後の機会となるかもしれませんので、お早めにどうぞ。
- Re: イノチノツバサ 【オリキャラ募集中】 ( No.20 )
- 日時: 2015/09/16 22:35
- 名前: えみりあ (ID: TeOl6ZPi)
+ + +
しばらくの走行ののち、ようやく九条班はバリケードにたどり着いた。そこには、他の場所とは違い、大きくて頑丈なゲートが設置されていた。
「ここをくぐると、外はもう人間の領域ではない。……気を引き締めていくぞ」
そう言って九条は、ゲート脇の装置を起動した。そこには、数字の並んだキーボード取り付けられている。九条が班員たちに見えないように素早く数字を打ち込むと、緑のランプがつき、ゲートが開いた。
班員たちは、緊張した面持ちで、次々とゲートをくぐる。風景こそ中と変わらないが、たちこめる空気は、やはり一変していた。
「レーダーにも、感染獣や感染者は写っていない。今の内に、目的のポイントまで移動しよう」
颯天は、ストレッチャーを操縦していた拓馬のそばに立ち、レーダーを覗き込みながら告げた。そのまま拓馬に指示を出し、自身のストレッチャーを前進させた。他の班員を誘導させるためのようだ。
「遅れないように、俺の後に続いてくれ」
颯天が指示を出すと、ストレッチャーたちは隊列を組んで、再び前進し始めた。
ゲートをくぐってから少したったころだろう。
「—————————ッ!!」
班員たちはその声を聞きつけるなり、表情をこわばらせた。
「近いな……」
九条はさっとガストボードに乗り、光器を取りだす。他の上位ランカーたちもそれに続こうとした時だった。
「————————ッ!!」
その感染獣は、九条たちの前に躍り出てきた。九条は迷わず敵に立ち向かう。
柊もそれに続き、ガストボードのアクセルを踏もうとする。しかし……
「待った」
すかさず颯天の制止が入った。
「何で止めるんだよ!!」
「今回の任務は、あくまでサンプルの生け捕りだ。いきなり言われても、君には殺すことしかできないだろう?」
颯天に言われ、柊は返す言葉もなく黙りこむ。確かにそうだ。感染獣を殺すのは簡単だが、生け捕りにする方法は教わっていない。
「まずは先輩のやり方を見ていろ。君らにやってもらうのはそれからだ」
颯天の言葉通り、班員たちは、黙って九条の背中を見つめた。
「……〈モード・オオタチ〉……起動!」
九条は静かな声で唱えながら、光器を起動する。すると光器は、片側だけに刃の付いた、ちょうど日本刀のように、鍔と刃のある作りになった。
九条が光器を起動する間に、感染獣が飛びかかってきた。九条は慌てることなく、敵をギリギリまで引き付けた。そして相手が自分の間会いに入った瞬間……
「フッ!」
居合抜きのように、目にもとまらぬ速さで光器を振りかぶった。しかし、刃の方で切りつけはせず、峰で敵の腹元をたたく。敵が体勢を崩しているすきに、もう一度光器をふるい、今度は敵の頭部に直接打撃を与えた。すると感染獣の動きが止まり、そのままその場に倒れ込んだ。
「……こんな風に、光器でけがを負わせつつ、主に打撃や薬品で相手を気絶させるんだ。感染獣が動かなくなったら、この特殊合成繊維の縄で縛りあげる。できるかい?」
颯天はストレッチャーに積んでいた縄を持って、九条のもとに駆け寄った。そして、感染獣の手足と口を縛りあげ、身動きが出来ないようにストレッチャーに乗せた。
「……とはいうものの、実際にやってみないと分からないよな?じゃあ、みんなも同じようにサンプルを捕獲してくれ。あくまで安全が最優先だぞ?危ないと思ったら、絶対に無理はしないでくれよな?」
颯天が言うと、班員たちはガストボードに乗り、少人数のグループに分かれて辺りの散策をし始める。
「あんまり離れるなよ〜!」
颯天の言葉は、まるで遠足の引率できた、小学校の教員のように思われた。
- Re: イノチノツバサ 【参照500突破!】 ( No.21 )
- 日時: 2015/09/19 21:06
- 名前: えみりあ (ID: TeOl6ZPi)
+ + +
樹齢50年は経っているであろう大木。柊と拓馬は、その木陰に身をひそめ、様子をうかがっていた。
「いるか?」
柊は小声で拓馬に尋ねる。
「ああ。俺たちみたいな美味しそうな餌を探して、うろうろしてるよ」
拓馬の視線の先にいたのは、4,5頭で群れをなす、鹿型の感染獣。鹿の癖に草を食べるでもなく、ただ新鮮な血肉を探しているようだった。
柊は拓馬の返事を聞くなり、懐からある物を取りだした。それは手りゅう弾のような形状で、上部に安全ピンが付いている。
柊はそのピンを素早く抜き、感染獣たちの方に放り投げる。向こうも気がついたようだ。低く唸りながら、こちらに近づいてくる。
シュゥゥゥゥゥゥゥ
近づいてくるにつれ、感染獣たちはその異変に気がついたようだった。状況が分かると、感染獣たちはすぐさま後退した。しかし遅い。
すでに、魔の手は音もなく忍び寄っていた。
〈ボム〉———対感染者用に、機構と呼ばれる組織によって作られた、さまざまな効果を持つ爆弾だ。柊が放ったのは、その中でも催眠効果のある物。感染獣たちは、先ほどまでの獰猛さが嘘のように、すやすやと寝息を立てていた。
「よし。今の内に捕獲しよう」
拓馬は合成縄を持って、感染獣たちに近寄る。防護スーツに守られている彼らは、眠気に巻き込まれることもなく、感染獣たちに近づくことができた。寝込みを襲う……というと語弊があるが、拓馬たちは早速、感染獣たちを縛りあげる。
「5頭捕獲……なかなかいい調子だな」
「あぁ」
二人は笑顔を浮かべ、拳を突き合わせる。
するとそこへ割って入るように、ストレッチャーに乗った颯天が現れた。
「おお!大漁だな!さすが俺が見込んだだけはあるぜ!」
颯天はそう言って、ストレッチャーを寄せてくる。ちょうど移動に困っていたところだったので、二人は颯天の運転していたストレッチャーに、この感染獣たちを乗せることにした。
「っしょ!」
拓馬は掛け声とともに感染獣1頭を担ぎあげる。体格に恵まれている拓馬は一人で運べるが、柊はそれができず、颯天と二人で運ぶことにした。しかし、効率がいいのは拓馬の方だ。柊と颯天がやっと2頭目をストレッチャーのそばに運んできたときにはすでに、拓馬は3頭目に取りかかっている。
「すげぇな、あの筋肉……」
「あいつの趣味は筋トレだからな」
颯天は、少しうらやましげに拓馬を見つめる。颯天とて小柄な訳ではないが、やはり拓馬には及ばない。女子が大きな胸に対して抱くような憧れを、颯天は拓馬の六つ割の腹筋に対して抱いていた。
「……筋トレマニアってのは、Mが多いんだぜ?」
「どんな負け惜しみだよ」
ははは……と笑う颯天。それにつられる柊。
しかし、突然颯天の顔から笑みが消えた。
「どうした?颯天?」
颯天は答えず、あたりをきょろきょろと見回す。一通り見渡し、そして拓馬の方を見てその視点を止めた。
拓馬は残る感染獣を運びに、少し離れたところまで来ていた。彼の脇には、茂みがある。
「……柊……こいつを頼む……」
颯天は感染獣から手を離し、拓馬の方に足を進める。
「おい……どうしたんだよ」
柊が颯天の背中に問いかける。すると今度は、颯天は拓馬の方に駆けだす。
その時……
「—————————ッ」
茂みの影から、突如それは現れた。瞳孔の開ききった瞳、よだれの滴る口、防護スーツの下からのぞく黒く変色した肌……かろうじてその原型はとどめているが、間違いない。それは、人であって人ならざる者、感染者だった。
「うわぁぁぁぁっ!」
- Re: イノチノツバサ 【参照500突破!】 ( No.22 )
- 日時: 2015/09/26 22:27
- 名前: えみりあ (ID: TeOl6ZPi)
拓馬は驚いて尻もちをついてしまった。逃げ場のない彼に、感染者は噛みつきにかかる。拓馬は恐怖のあまり、目を閉じた。
しかし……
その痛みはやってこなかった。恐る恐る目を開けると……
「……っつ……大丈夫か?」
颯天の背中と、彼の左腕から滴り落ちる赤い液体が見えた。
「あ……あぁぁぁぁぁぁっ!!」
颯天は、自分を庇って感染してしまった。取り返しのつかないことだ。そのことに気がつくと、拓馬は叫び声を上げた。
「颯天!!」
「来るな!!」
加勢しようとする柊を、颯天は一喝して制した。そして、残った右腕で光器を取りだす。
「〈モード・クレイモア〉———起動!!」
その光の刃は、柊の使う〈モード・ダガ—〉に比べるとずいぶん大ぶりな、大剣の形状をしていた。颯天はすかさずその大剣を、感染者に振り下ろす。しかし、堕ちたといえどやはり人間だ。感染者はその行動を読み、颯天の腕を離すと後ろに大きく跳躍した。その身のこなしは、あまりに人の能力とはかけ離れていた。
片手で光器を支え、負傷した左手は軽くそれに添える。颯天は正面から感染者に向き合い、睨みあいながら呼吸を整える。
目の前にいるのは、ただの感染獣とは違い、知性という名の武器を残された悪魔。新人が相手にするには、もてあます存在だ。ゆえに颯天は、一対一で決着をつけようと試みる。
しばらくのにらみ合いののち、先に動いたのは感染者の方だった。うなり声を上げ、颯天に向かって突進してくる。颯天は周囲を一瞥すると……
「ほらよ」
先ほどの茂みに、光器を振りかぶった。拓馬と柊には最初の一瞬、その意図が読めなかった。だが、すぐに理解することとなる。
———賢い……
颯天は、木の葉を目くらまし代わりに用い、敵の視界を奪ったのだ。その一瞬のすきに、颯天は光器を突き出す。
勝負はすぐに付いた。木の葉がはらはらと地面に落ちてゆくと、その中から感染者の心臓に刃をつきたてる、颯天の姿が現れた。颯天がそのまま光器の電源を落とすと、感染者は静かにその場に崩れ落ちる。相手の沈黙を確認すると、安心したように、颯天もその場に膝をついた。
「颯天!」
「颯天さん!!!」
慌てて柊と拓馬が駆け寄る。
「すみません……俺のせいで……」
「泣きごと言ってる暇があったら、班長のところに行って、血清をもらってこいよ!!」
今にも泣きそうな顔をする拓馬の横で、柊は大声を張り上げた。その言葉に、拓馬は慌てて立ち上がる。だが……
「っはは。心配するなって。大丈夫だから」
そんな二人に、颯天は優しく微笑みかける。その時、柊と拓馬は気がついた。
———おかしい……確かに感染しているはずなのに、発症していない……
感染獣にかみつかれてから、時間は十分に経っている。しかし、颯天に、瞳孔の開きは見られないし、肌の変色も一切起こっていなかった。
「そんな……どうして……?」
そう問いかける柊に、颯天は頭をポンポンと撫でながら答えた。
「俺、血清種だから」
- Re: イノチノツバサ 【参照500突破!】 ( No.23 )
- 日時: 2015/10/04 20:11
- 名前: えみりあ (ID: TeOl6ZPi)
+ + +
来光 颯天(らいこう そうま)……それは、彼がこの世に生を受けた時に与えられた名。そして、彼を物のように表す、一種の記号だった。
来光家は、稀に血清種が生まれることで〈帝〉の寵臣として栄えてきた一族だ。そしてその家に、その血を持って生まれた颯天は、宝物のように大切に育てられてきた。しかし、裏を返せばただの物にすぎなかった。
周りの者は、自分を『颯天様』と呼び、大切に守りながらも搾取できるものは取っていった。人々にとって颯天は、金の卵を産むガチョウだったのだ。
いつからか、颯天はそんな人生に嫌気がさしていた。自分の手でその未来を切り開きたくなった。そして、道具のように生まれたこの生に、大きな価値を見出したくなったのだ。
だから、彼は四兵団に志願した。ここでなら、生まれ持ったこの血を、人の役に立てられると信じて……
しかし、どこに行っても、周りの目は変わらなかった。何をするにも色眼鏡で見られる。最初の内は入る兵団に迷い、転々としていたが、結局自分の居場所はどの兵団にも見いだせずにいた。
そんな時だった。参謀局が声をかけてくれたのは。
一人でも多くの優秀な戦力を必要とする参謀局は、颯天のこの体質に目をつけた。感染しない戦士。それは彼らにとって、大きな魅力であった。
同時に、颯天は、自分を戦力として必要としてくれる参謀局に己の居場所を感じた。ようやく長い旅が終わり、やりがいのある仕事を見つけたのだ。
それからの日々は、充実していたように思う。しかし、心のどこかでは自覚していた。それは、心のわだかまりを忘れようとしていただけに過ぎなかったのだということを。
+ + +
サンプルの採取は終わり、九条班は颯天を除いて一人のけが人を出すこともなく、帰路についた。ストレッチャーに乗りながら、彼らの談笑が聞こえてくる。
「はぁ?お前ら、一匹も捕まえられなかったのかよ!!」
「仕方ないじゃん!だって、翼沙ちゃん、敵見つけたらすぐズパーだもん」
「こっちだって、努力はしたんだよ」
任務の不出来を莉亜が翼沙のせいにすると、翼沙はそっぽを向いた。努力なんて明らかに嘘だろう……と、班員たちは心の内に思う。
「これだから戦乱狂は……あんたも、呆れちまったよな、颯天?」
「え?」
不意に話を振られた颯天は、驚いて柊に聞き返した。
「どうしたんだよ、颯天?」
颯天が驚いていたのは、柊のその自然そうな態度だった。最初の内は正体を隠していたとはいえ、血清種と知ってもなお、柊はこのように親しげに話しかけてくれる。らしくもなく、颯天は感極まっていた。
「……そうだな」
うなずきながら、颯天は顔を背けた。今、柊の顔を見ていると、頬が緩んでしまう。同時に、歓喜の涙がこみ上げてきそうだった。
九条班の、彼らの笑顔を見て、颯天はふと思う。
———もしもあの時、彼らに会っていたら、俺の人生はもっと変わっていたのかもしれないな……
- Re: イノチノツバサ 【参照600突破 感謝!】 ( No.24 )
- 日時: 2015/10/11 11:10
- 名前: えみりあ (ID: TeOl6ZPi)
第四章
新薬開発・総合研究課
研究所内は、春先であるというのに、冷房をキンキンにきかせていた。しかし、その環境下でも彼らが快適に作業できるのは、やはりその防護服のおかげであった。
薬課は、感染の拡大を防ぐために、地上に突き出たところに研究所を構えている。そのようなところにあるのだから当然、中で働く研究者たちも、感染には十分に注意を払い、防護服の着用が義務付けられている。
研究者たちは、忙しそうに実験室内を動きまわっていた。そんな中、彼女は実験台の横で椅子に腰かけ、静かに卓上を見つめていた。なにやら、まがまがしい液体が泡を立てて反応している。彼女は興味深げに、その様子を観察していた。
ウィン
不意に、自動ドアが開いた。そこには、青龍のエンブレムを胸に掲げた青年が立っている。長身で、少し痩せた、20代くらいと思しき男だ。脱色した白銀の髪は、肩まで無造作に伸ばしている。頭頂部にはすでに黒い地毛が生えてきているが、彼は気に留める様子もない。そこから、多少粗雑な彼の人間性がうかがえた。
「……なんだ。また持ってきたの?」
その女は半分あきれたように、小さな嘆息をついて彼を見た。後頭部に一つくくりに束ねた髪が、静かに揺れた。その髪は、日本人とは思えぬほどに色素が薄い。彼を見つめる双眸もアクアグレイで、その顔はどことなく外国人じみている。
彼女は椅子から立ち上がり、彼の方に歩み寄る。その身体は、まるで病人と見紛うほどにやせ細っていた。しかし、彼女は病人ではない。寧ろ、病人の治療にあたる者、すなわち医者なのである。
「うちの団長は、慈悲深い人なんでな」
彼の声は、静かに研究所内に響き渡る。そんな彼の表情は、疲れもあってか、そもそもそういう顔が素なのか、不機嫌そうに目を伏せていた。
そして彼は、手にしていた鍵を彼女に手渡す。
「いつも通り、外のトレーラーにぶち込んでおいてある。……あの人からの伝言だ、『どうか、救ってやってくれ』ってさ」
そうとだけ言い残し、彼は昇降口の方に去っていった。残された彼女は、その背中を見送り、ぽつりとつぶやく。
「努力はするさ……期待はしないでよ?」