複雑・ファジー小説

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【完結】「秘密」〜奔走注意報!となりの生徒会!〜
日時: 2016/05/05 15:43
名前: すずの (ID: RvrChBm6)

初めましての方は初めまして。
お久しぶりの方はお久しぶりです。
元空雲 海、またの名を空と申します。
今はすずのと名乗っております。

今回の小説は、もう完結しております。
これを私が書いたのは高校三年生かな。
なので、もう二年くらい経っています。
既にワードの方で完結させているので、さらさらと読めると思います。薄い文庫本一冊くらいかな。
このタイトルでホームページを開いたお方は、学園推理物が好きなのかなーと思ったり思わなかったり。
作者と話が合いそうですね。

学園推理物というと、日常の謎。
殺人が行われない、軽めの推理劇。
まぁ、この小説もそんなお話です。
だけど、そんじょそこらの普通の日常の謎と思って読まないでください。
少し覚悟して読んでください。




専門学生一年生にして、再び小説カキコに戻ってきてしまいました。
えー、そのときにお世話になった様々なす方へ。
なーにしてるんだろーなー、まだ小説書いてるのかなー、どうなんだろうなー。
朝倉疾風、元気か?
社会人してるか?
Nekopantiさんとか、何してんのかなー。

さぁ、そんな昔話は置いておいて。

どうぞお読みください。そして、ぜひご感想を。


プロローグ>>1-2
第一章>>3-10
第二章>>11-22
第三章>>23-27
第四章>>28-30>>33
エピローグ>>34-35




あー、やっと全てカキコに投稿して、やっとまともにこの最初のページを書いたよ。
ずっと今まで無法地帯のようだったから…。

Re: 「秘密」〜奔走注意報!となりの生徒会!〜 ( No.31 )
日時: 2016/04/12 09:14
名前: すずの (ID: gaoI7MOT)

お前さん、よく俺っちのオレンジあめの隠し場所が分かったな」
 「まあね、あらゆる情報を集めて探し出したんだ」

 俺はあまり情報を出さないようにしたのにバレるもんなんだな。

 「まあいい、今日はママを呼んで食事をするんだ。お前も食べてけ」
 「え!?おっちゃん!聞いてないよ」

 あ、そういえばキングモッチ-ノと母さんに言うの忘れていたな。

 「ごめん、言うの忘れてたヘンデラ−」
  。
 俺が手で頭を抑えながら謝ると菊原レオくんが拗ねたように腕を組みながら「しょうがないなー、今回だけだよ。平蔵くん」と許してくれた。

Re: 「秘密」〜奔走注意報!となりの生徒会!〜 ( No.32 )
日時: 2016/05/05 14:39
名前: すずの (ID: e.PQsiId)

上の人のカキコミは作者である私ではありません。
一体誰ですか?

Re: 「秘密」〜奔走注意報!となりの生徒会!〜 ( No.33 )
日時: 2016/05/05 15:55
名前: すずの (ID: RvrChBm6)


「彼女が小さい頃、スポーツジムの中で育ったようなものらしい。家が喫茶店だと、両親は常に働いて橘涼の相手をする人が誰もいないから、引き取ってお守りをしていたんだそうだ。今じゃあ、上半身を見ただけでどこの筋肉をつければボディバランスがよくなるとか、ある程度目測してしまうらしい。そういう環境で育ったから、自然と選手の強化や、食事のバランス能力を鍛えられていったんだと思う。簡単なスポーツテストで、どんな筋肉がどのくらい足りていないかどうか、選手一人一人の膨大なデータをとっていったんだ。選手に合ったトレーニングや、食事の取り方を丁寧に考える。それを伯父が修正して、一人一人にきちんとトレーニングをさせる。弱小と言われなくなった源は彼らの努力の賜物だった」
 惣志郎は水の入ったグラスを持ち上げ、一杯あおる。
「だから、警察や家族に協力を要請し、彼女が同性愛者だということがばれて、学校に居づらくさせたくなかった。きっとこれからなんだよ。この結果を見るに、今の三年生はまだ最終段階に入っていないまま総体を迎え惜敗してしまった。しかし、彼らはこの方法で確かな手ごたえを感じたはずだ。それが開花するのは今の二年生だ。サッカー部だって、きっとわかっているはずなんだ。彼女が居ない限り勝利はありえない」
 河岸は空になったグラスにまた水を並々淹れる。
「だけど、今ここで警察や学校に事情を話してしまうと彼女が女性愛者だということがばれる。なぜ失踪したのか、何の事情も知らない大人達は根掘り葉掘り聞くに決まっているだろうな。そうなれば無事、橘が帰ってきたとしても学校中によからぬ噂が広がり、白い目で見られるのはわかっている。サッカー部をやめて、学校を立ち去る、厳しい選択をしなくちゃいけなくなる。サッカー部全員は、それだけは避けたかった」
 河岸は手を顎に当て、目を瞑る。惣志郎は指で氷をカランと回す。
「彼女は天宮にとって必要な存在。サッカー部三年生は、彼女を守るために、警察や学校に牙を剥いている。ずっと弱小だと言われ続けた彼らは——三年生は、下の世代に頑張って欲しいという思いも込めて、将来の芽を摘まないように、必死に彼女を探している。もう、負け組なんて言われたくないだろう。それに、ずっと三年間一緒に頑張って来た仲間でもあるから、彼女を守ろうとする結束はより一層強くなる。確かに勝つために彼女は必要だ。だけどそれ以上に、彼女を周りから迫害されずに守りたかったに違いない」
 惣志郎は一気に言葉を吐き出すと、またもや水を一気飲みした。
 彼らの秘密は暗黙の了解であり、絶対に守り通さなければならなかった——彼女のために。
 今になって疑っていた自分が恥ずかしくなってくる。惣志郎は全て考えていたのだ。彼らのためにも、自分たちのためにも。
 これで全て解決かと思いきや、惣志郎の口が動き言おうかどうか逡巡している様子だった。
 何かまだ隠し持っているのではないか、と訝しげな目線で惣志郎を見つめる。案の定、彼はまた、私達に爆弾を投下した。
「実は僕は若井が部室に突然乱入してくるより以前に、違和感はあったんだ」
 はやく言えよ、と河岸と私の目が無言で訴える。
「僕が今からいうことは愛華ちゃんにしかわからない。河岸には言ってないことだし、河岸にどう説明したらいいかわからなかったから言ってない。あの場にいた愛華ちゃんにしかわからないことだ。まあ、全て自分の想像なんだけど、それでも聞くかい?」
ここまで話を引っ張っておいて、聞かないなんていう選択肢はないでしょ。
思った通りの答えに満足そうに頷く惣志郎。
「それじゃあ言うよ。僕がマンゴスチンの詳細を語った時、瀬戸美桜は何て言った?」
 私の頭の中にある記憶の箱を引っ繰り返す。確か——。
——選手記録ばっかりつけてると思ったら、そんなこと考えてるんだから、困ったものよね。
「それってつまり、橘涼が僕にマンゴスチンのことを話したと思っているってことだろう? だけど実際は僕が元々知っていた知識であり、橘涼から聞いたなんて一言も喋っていない。それじゃあどうして瀬戸美桜はそんな誤解をしたのか。たぶん、僕が言った同じようなことを橘涼から聞いたんだよ。それもごく最近」
「惣志郎が元々知っていたっていう可能性は考えられなかったっていうこと? それって、あんまりじゃない? 早とちりじゃない」
「そう、まさに早とちり。彼女はマンゴスチンという希少な果物故に、橘涼以外に知っている人物なんていないだろうと、早合点した。たぶん彼女は今もそう思っていて自分の間違いに気付いていないんじゃないかな。それに彼女が勘違いをした理由はきっと他にもあると思う。マンゴスチンは東南アジアのフルーツで、花粉を持たない花を咲かせて実を付け、雌だけで(、、、、)繁殖することが出来る単為生殖。この話題を橘涼と瀬戸美桜が話していたというところが重要だ。僕が思うに自分達の境遇と生物の多種多様な性のあり方を重ね、心の中で励ましていたんじゃないかと思う。さっきも言ったように、性的少数派セクシャルマイノリティは社会の中で認知されにくい。彼女達にとってマンゴスチンはただのフルーツじゃない。自分達の性のあり方を重ねることができる大切な果物だった。こう考えると、僕が元々知っていたなんて考えずに、思わず咄嗟に言ってしまった——こう考えられないかい?」

Re: 「秘密」〜奔走注意報!となりの生徒会!〜 ( No.34 )
日時: 2016/05/05 14:45
名前: すずの (ID: e.PQsiId)

生物の時間に習ったことを思い出す。確か遺伝子の単元だった。
 雌の遺伝子はXXで雄の遺伝子はXY。しかし、性染色体で性別が決まるのは古い話で、性別が曖昧な個体の存在は自然界では当然のものだ。
 例をだすと、カタツムリは雌雄同体といって、ひとつの個体に精巣も卵巣もある。一般的には他の個体と相互に交尾をすることで受精し産卵する。自家受精、つまり自分の体で自分の子孫を作りだすことも出来るが、産卵数、ふ化率ともに著しく低下する例があることから、多くは見られない。
 ということは、人間も雌雄同体であればきっとホモやバイといった侮辱的な意味を含む言葉はなくなるのではないか、と妄想を膨らましてみる。人間は、残念ながら男と女がセックスをしないと子どもは作れない。もし、カタツムリのように雌雄同体であれば、そもそも男と女という概念がなくなる。つまり、血の繋がっている家族以外、全員恋愛対象になるかもしれないのだ。別に同性同士で家庭を形成したって、誰も咎めたりはしない。なんと素晴らしい世の中だろう。人間には残念ながら男と女という越えられない性の壁がある。その壁だけで恋愛というものを考えるからややこしくなるのだ。
僕の部屋の窓からは、お母さんが丹念に育てている花壇が見える。小さい花壇だが、忙しい仕事の合間にまるで我が子のように愛でるお母さんの姿が好きで、よく見ていた。
 いつものように勉強机に頬杖をついて眺めていると、カタツムリが葉っぱを食べているのが見えた。
 僕は近くにより、間近で見る。カタツムリの持つその容貌と、生殖方法は気持ち悪いと一蹴されることが多い。しかし、種の保存方法は学ぶことがいくらでもあるはずだ。僕は周りと同じ言葉で切り捨てるなんて出来なかった。
 こいつは死なせてはいけないなあと、お母さんが花壇を見つめる時と同じ目でカタツムリを見つめ、勉強机に戻った。
 数日後、お母さんは花壇の世話をしていた。花壇は裏口にあるので、いつもならそのまま表口の扉を開けるのだが、今回は様子が違った。お母さんの手に、虫かごが握られていたからである。
 嫌な予感が脳裏をよぎる。
「あら、おかえり。涼。ねえ、見て、カタツムリ。気持ち悪いわ。塩を振りかけたら、縮んじゃったのよ」
 お母さんは自分の力だけでカタツムリを駆除したことが嬉しいのかニコニコしている。
「……殺したの?」
 自分でも驚くくらい、小さくて泣きだしそうな声だった。
「だって、せっかくの花壇が台無しじゃない。カタツムリはガーデニングの敵よ、敵! 私達の敵! 涼だってカタツムリ、嫌いでしょ?」
 ふふふと楽しそうに笑うお母さんの声がだんだん遠くなっていくような気がした。
 ああ——やっぱりそうなのか。敵なのか。僕も社会から見れば、醜い生き物なのか。そうか、そうだったな。今までだって、ずっと、そうだったじゃないか。
段々と縮み、力がなくなっていくカタツムリを、僕は無言で見下ろす。
お前、僕達の敵なんだってさ。

「見つけた」
 声が聞こえた。河川敷の土手に一人で夕景を眺めていると、聞き慣れた声が聞えた。
 烏が上空を舞い、夕暮れの太陽に吸い込まれるように消えていき、黒い粒となる。その後を数羽の烏が鳴きながらまた消えていった。
 犬のお散歩コースがジョギングコースに使われる土手はとても穏やかな空気が流れていた。
 これからシリアスな話をする僕達に、この場所はとても似合わない。しかし——お別れをする場所なら最適だ。清々しく、別れることが出来る。
 ゆっくりと振り返ると、今にも泣き出しそうな表情で彼女——僕の元恋人だった瀬戸美桜が土手の上に立っていた。
 僕はゆっくり立ち上がる。自分の制服についている土を払った。彼女から見ると僕は逆光のようで、目を瞬かせながら下りてくる。
 目の前に来た瞬間、彼女は僕の頬を引っ叩いた。まるでこの瞬間を待ち望んでいたように、渾身の力が込められていた。
 ジンジンと頬が痛む。父さんにもぶたれたことないのに、と有名なアニメの台詞を心の中で呟いてみる。いや、今はおどけている場合ではない。
 彼女は目に溜まっている涙をこらえようと必死に形のよい唇を噛む。しかし、その甲斐むなしく、決壊してしまった。大粒の涙が双眸から静かに流れ、止まることを知らない。
 僕は彼女が何も言わない間、顎に伝って落ちていく彼女の澄んだ涙をじっと見ていた。
 もう、こうやって美桜の顔を眺めることもないのだから、しっかりと目に焼き付けておこう。
「サッカー部の三年生全員が、涼を必死に探しているわ」
 少し驚く。まさかそんな大事になっていようとは、夢にも思っていない。
「後輩達は真剣に涼のことを心配して、黙秘を貫いてくれている。涼が帰ってきてもいいように頑張ってくれている」
 大きく目を見開いてしまった。自分の恋愛沙汰に、後輩まで——。
 一週間、この現状からずっと目をそらし続けてきた僕にとって、彼女の言葉はひどく心に突き刺さった。
「これからの天宮にあなたは必要よ。絶対に必要。伯父さんだって、涼がいないとやらないって言っているんでしょう? それじゃあ、涼が後世に伝えないといけないじゃない」
「僕はもうサッカー部には戻らない——いや、それどころか天宮にはもういられないだろう、こうなってしまった以上……」
 数分の重い沈黙が僕達に圧し掛かる。
 そう、僕はもうサッカー部には戻らないと決めたんだ。
「……私達と喫茶店で話をした、あの時からあなたはもうサッカー部をやめようと思っていたの?」
「ああ、そうだ。僕は美桜がいないサッカー部なんかに戻らない」
「……どういうこと?」
「もう僕が知る美桜ではなくなってしまった。美桜は押田と付き合うんだろう? 僕は——君がいるサッカー部が全てだったのに」
「あなたは三年間、尽力してくれたじゃない! サッカー部の仲間との思い出も、全てなかったことにするの!?」
彼女の悲鳴に近い健気な訴えは、「もういい」という僕の萎れた声に全て吸収されてしまった。鼻水が涙かわからないぐしゃぐしゃの横顔が夕焼けに照らし出される。美人が台無しだ。
「全てなかったことにはしない。僕だって悪魔じゃないんだから。でも、さっきも言ったけど——美桜が美桜でなくなった今、サッカー部を続ける意味なんてない」
 また一つ、また一つ大粒の涙が次から次へと際限なく、柔らかい頬に流れていく。
あの喫茶店で彼らの口から正式に付き合っているということを聞かされた時、どうして瀬戸美桜が僕から離れていってしまうのか、理解できない訳じゃなかった。むしろ、妥当だと思った。喧嘩という喧嘩をしていないのに、彼女を怒らせるようなことをしていないのに、どうしてこんなことになってしまったのか。
だけど、正直もうもう何が何だかわからなくて、うん、とかあー、とか曖昧な返事しか返せなかった。だから、落ちついて考えて彼女にこうやって言いかえすことが出来なかった。当り前だ。僕はあの時、僕の中の一つの世界が死んだ瞬間だったんだから。
 でも今なら言える。一週間、逃げてきたばかりじゃない。ちゃんと別れを告げるための勇気を奮い起こす時間でもあったのだ。
彼女は僕と築いてきた絆を守り続けることよりも、押田との未来を選びとったのだ。
「美桜は僕と一緒にいるよりも、押田と一緒にいることを選んだ。そりゃそうだ。押田は男で、きっとこれから付き合っていく内に経済的な面でも、社会的な面でも、いろいろ助けてくれるだろう。性の壁は社会に恐ろしい程、浸透している。だって僕達は堂々と街中で手を繋いで、キスをすることも出来やしないんだから。美桜は僕と付き合っても、そういう現実的な安心感を与えられないと思ったんだろう? そうだ、その通りだ。僕は男じゃない。女だ」
 彼女は僕のような、女性愛者ではない。彼女は、多数派の異性愛者なのだ。そんな人間が、何年も僕と付き合っているという事態、おかしい話だったのだ。あの時、僕も彼女も立ちあがれる勇気が欲しかった。それが、彼女にとっては僕で、僕にとっては彼女だけだったという話だ。
 遅かれ早かれ彼女とそうなる関係になるには、男でないとだめなのだ。
 こんな未来を彼女が欲しがっても僕は与えてやることが出来ない。ほら、人間は性の壁を乗り越えることが出来ないじゃないか。
「美桜は、僕と同じじゃないんだ。それが今、よくわかったよ。僕はずっと今まで美桜の男癖をなおせるのは僕だけだと思っていたし、僕しか恋人はだめだと思っていた。でもそうじゃなかった。中学生だったあの時、更衣室で起こったあの場面で、美桜は確かに弱っていた。だから、同性と付き合うっていう普通じゃない判断をしたんだろ? そうじゃないと、僕と付き合ってくれる筈なんかない。今になって、冷静に考えることが出来るようになったんだろう? 自分は女性愛者レズじゃないって。あの時に自分を守ってくれるなら誰でもよかったんだろう?」
 彼女は間髪いれず、ヒステリックに反論する。
「誰でもよかったんじゃないわ。あなたじゃないと、だめだったのよ。私はあなたのことが本当に好きだったわ」

Re: 「秘密」〜奔走注意報!となりの生徒会!〜 ( No.35 )
日時: 2016/05/05 15:04
名前: すずの (ID: RvrChBm6)


「嘘をつくなよ」
「嘘じゃないもの」
「それじゃあ、マンゴスチンのことを話した時、押田と付き合っているとどうして言わなかった!? あの時、既に押田と付き合っていたんじゃないのか!?」
 僕の怒声に、彼女の目が大きく見開く。
 河川敷で散歩をしている老夫婦が、訝しげにこちらを見つめてくる。
「単為生殖は雌だけで生きることが出来るって話した時……あの時、美桜は素敵だねって……笑ったじゃないか……」
 目頭が熱くなり、声が震える。言葉をうまく発音出来ない。
「だけど、私は本当に誰でもよかった、なんて思ってないわ。それだけは本当よ。お願い、信じて。涼じゃないと、だめだったの……」
 僕のヨレヨレの制服をぎゅっと掴み、必死に訴える。
 溢れる涙を手の甲で拭う。もう、涙は出ない。涙など出さない。
「もうわかっただろう? 僕はサッカー部には戻らない」
 彼女の頬に流れる涙を拭うのは僕じゃないんだ。彼女には押田がいるじゃないか。
 シャツを掴んでいる彼女の手をそっと外し、背中を向けると、彼女の悲痛な泣き声が僕の鼓膜を揺らした。
「これだけは信じて! 涼じゃないとだめだった! 涼が大好きだった! ねえ、お願い。これだけは……」
 僕は振り返らない。
 気がつくともう日が落ちて辺りは真っ暗になっていた。冷たい夜風が僕の頬を撫でるように通り過ぎていく。
 両親にちゃんと謝って、学校にも告白しないと。あと、確か生徒会にも迷惑を掛けたって風の噂で聞いたから一度謝らないといけない。
「ねえ! 待って!」
 唇を噛みしめ、涙を堪える。
「私、待ってるから! 涼が帰ってくるの、待ってるから! 涼がいつでも帰って来れるように、携帯番号変えないから!」
 もうやめてくれ。
「待ってる! 待ってる!」
 もうやめてくれ。そんな声で、そんな言葉を言わないでくれ。
 突然、背中に何かがぶつかってきたような衝撃が走った。同時に生温かい感触に襲われ、胴に腕が巻きついてくる。
 美桜の腕だった。
「あなたじゃないとだめだった……信じて……待ってる。待ってるよ」
 僕はゆっくりと、巻きついた腕をはがすと、向き直った。
 さっきよりもひどい泣き顔が僕を待ちうけていて、少し笑ってしまいそうになった。しかし、すぐに視界がぼやけ、もう何が見えているのかわからなくなった。
 本当は言いたいことが山ほどあった。でも、その言いたいことのほとんどは、どうにもならないことだった。どうして僕は男じゃないのか、どうして僕は美桜と一緒にはいられないのか。しかし、そんなことを今、ぶつけたって美桜が困るだけだ。困るだけなら、そんなことはしなくてもいい。だから、僕はお別れの言葉を言おうと思った。
「——ありがとう。ありがとう、美桜。美桜は、ほんとうに、やさしいね——でも、もう大丈夫。大丈夫だから。ちゃんと、立ちあがれるからさ」
彼女のことになるといつも自分の誓いは取っ払われてしまう。最後の最後まで、僕の思い通りにはならない。
 目を閉じれば僕の頬に涙が幾重にも、幾重にも伝っていった。


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