複雑・ファジー小説
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- What A Traitor!【第2章6話更新】
- 日時: 2019/05/12 17:48
- 名前: 日向 ◆N.Jt44gz7I (ID: on4ShBGJ)
- 参照: 日曜日更新。時間帯未定。
全てに裏切られても守らねばならないものがあった。
※
【これまでのあらすじ】
十年前、アメリカンマフィア【アダムズ・ビル】の幹部であったリチャード=ガルコは拳銃自殺で死んだものとされていたが、彼は祖国イタリアの架空都市トーニャスにて契約金次第でどんな事でも行う裏社会の代行業者【トーニャス商会】の代表取締役を務めていた。
リチャードの目的とは何なのか? そして究極の裏切りの末に笑うのは果たして誰なのか──。
米墨国境の麻薬戦争を終えて、アルプスの裾野であるトーニャスにも寒い冬がやって来た。リチャードは旧友と呼ぶある男から連絡を受け日本広島へと向かうが、それはこれから巻き起こる戦争の幕開けに過ぎなかった。
舞台は粉雪舞い躍る和の国日本へと、第二章継承編始動──。
※
閲覧ありがとうございます。
読みは【わっと あ とれいたー!】
作者は日向です。
ペースとしては大体300レスくらいで完結したらいいかな、くらいです。
【注意】
・実在する各国の言語やスラングを多用しております
・反社会的表現、暴力表現、性的表現を含む
・表現として特定の国家、人種、宗教、文化等を貶す描写がございますが作者個人の思想には一切関係ございません
【目次】
序曲:Prelude>>1
1.麻薬編~Dopes on sword line ~ >>3-33(一気読み)
2.継承編~War of HAKUDA succession~>>34-55
壱>>34 弐>>35 参>>36 肆>>37 伍>>38 陸>>39(最新話)
※全話イラスト挿入
用語解説&登場人物資料>>2(NEW1/26更新)
【イラスト】
※人物資料>>2へ移転
タイトルロゴ(リチャード)>>10
麻薬編表紙>>3
麻薬編扉絵>>30
継承編表紙>>34
参照2000突破>>14
参照3000突破>>21
参照4000突破>>28
1周年&リチャード誕生日>>35
参照6000突破>>38
※Traitor=裏切り者
since 2018.1.31
- Re: What A Traitor!【第1章ⅩⅧ更新】 ( No.20 )
- 日時: 2018/09/09 12:03
- 名前: 日向 ◆N.Jt44gz7I (ID: PZ90N.oj)
- 参照: http://www.kakiko.info/upload_bbs3/index.php?mode=image&file=1012.jpg
ⅩⅧ
——3年前、ホセ=マルチネス18歳。
「ん、ありがとな」
彼は自分より一回り小さな少年から、白い粉の入った袋を三つ受け取った。
中指と人差し指に嵌められた銀のリングがかち合い、小さな金属音が路地壁に反響する。
「ねえ、誰にも言わない?」
少年は不安げな色を湛えて彼を上目遣いに見た。彼に差し出した手は未だ引っ込めることが出来ないでいる。
彼は少年の瞳を真っ直ぐ見つめて深く頷いた。
彼の虹彩には歪に光が射し込み、その黒い瞳はまるで縞瑪瑙のように鈍い光を放っていた。
「言わねえよ」
彼は一息吐いて、少年の視線の高さに自身を合わせる。
少年は半歩後ずさりして背中で手を組んだ。
「ほんとに?」
「本当に」
純白の街から吹き抜ける潮風が駄目押しに二人の身長差を埋める。恒常的な栄養失調が原因でやはり背丈は彼の思うように伸びてくれなかった。
薄汚れたストリートに到底似つかわないような髪色が少年の目にはとても印象的だった。
柔らかな純白に差す真紅。鮮やかな赤をとどめる黒い髪留めは願いを込めるように十字を描く。
少年は未だ心配そうな声色で、袋を渡した彼に念押しした。
「約束だよ?」
約束。
少年の口にした【約束】は彼に頭痛をもたらした。
茫洋と広がる靄のかかった記憶。しかし遙か遠く置き去りにしてきた筈の情景は瞼の裏に焼き付いたままだった。
もう思い出すことは無いと思っていたのに、言葉一つでそれは容易に呼び水になる。
頭痛を、そして余計な思考を振り払うように彼は目を擦った。
目の下には痣のような隈が広がっていたことに少年は初めて気付く。水彩のように淡く、しかしどこか毒々しい黒血を思わせた。
彼は不器用に縞瑪瑙を細めて、少年に尖った歯を見せる。
「……ああ。約束だ」
そして彼は立ち上がり、空を仰いだ。
変わること無いアカプルコの空。重たい鉛色を背負う山間部と透けるような青が広がる沿岸部のツートンカラーを、生まれてから今日に至るまで飽きるほど見てきた。
彼の隈と同じような水彩を垂らし込んだ雲は今にも泣き出しそうな顔をしている。
もうじき雨が降るのだろう。気付けば空気も一層水分を含んで平生より重い。
彼は少年ともう一度目を合わせて言った。
「見つかんないうちに早く帰れ。お前さ、絶対三日後この路地に来いよ。分け前は渡さねえとな」
彼と相対する少年はゆっくり頷く。
「うん、分かった」
彼は一言だけ告げて少年の後ろ姿を見送った。
「気を付けろよ」
18歳になったホセ=マルチネスが選んだのは麻薬の密売人だった。
先程のように麻薬を必要としない幼い子供たちから薬を引き取り、それを沿岸部のリゾートにて火遊びを好む阿呆な富裕層に相場の倍以上の価格で捌く。
警備の目が厳しいときは路地裏で、浮浪者の足下を見た末端価格で売りつける。
子供たちから回収した麻薬の量で追いつかない時には正規の売人を襲い、その盗品を売り捌くこともあった。
そうするうちに幼き日にマンホールで雑魚寝をしていた時では想像の付かないほどの金が貯まった。今でも自分の抱える財の価値を見失いそうになる。正直使い方が分からない。
まずは路地裏と同じ色をしたブラウンの地毛から、輝くような純白と強さを誇示するような赤に髪を染めた。好きな服を見つけて、それを着る楽しさも高額紙幣を手にして初めて知った。
そして不衛生で光の無い路地裏で育った為か、ホセは装飾品に特に惹かれるようになった。
ライターで炙った針を使って穿孔したことも膿が止まらず腫れが引かなかったことも、目を閉じればありありと痛みが蘇ってくるようで。
それでも酒も煙草も薬もやらないホセにとっては少々手に余るような金額だった。
「……さて、と」
近年、薬物が異常なスピードでストリートチルドレンらの間に蔓延してきている。
ストリートチルドレンに重きを置いて麻薬を配っている者がいることは事実だった。
そしてその者たちの名は【アカプルコ・カルテル】。南米裏社会にて暗躍する巨大麻薬密売組織である。
娯楽の少ない子供たちにとって余りに快楽をもたらす薬物。違法ドラッグに溺れさせ、絞れるところまで絞り上げ収益を出す仕組みなのだろうという事は容易に窺えた。
政治ゲリラ等が絡んだメキシコ情勢の崩壊により古くからアカプルコ一帯を牛耳っていたカルテルは、南米に多数存在する麻薬組織を合併吸収して更に力を付けてきている。
中でも【特殊高火力殲滅部隊「onyx」】と呼ばれ畏れられる不敗神話。彼らを中心として縄張り抗争や麻薬闘争を勝ち上がっていった。それらの戦闘に特化した猛者共の暗躍が無ければ、ここまでのカルテルの膨張は無かったであろうという話も聞いた。
深いところまで足を突っ込まずとも、長年ストリートにいればこれくらいの知識は入ってくる。
しかしホセは更に深いぬかるみへと、足を突っ込んでしまっていた。
何故ならばホセが横流しするのは専ら【アカプルコ・カルテル】産の大麻とコカインだったからだ。
いつ組織に嗅ぎつけられるか分かったものではない。カルテルの息が掛かった売人を襲ったことも品物を盗んだことも罪状には当然上がるだろう。
日々が綱渡りだった。
「三袋9万ペソってとこか」
ストリートチルドレンのグループはかなり前に抜けている。
たった一人遺されたかの時代、即ち十二の時分からずっと前線に立ち、ホセはリーダーとしての役目を担っていた。
しかし背丈も経験も足りない子供がうまくいく筈も無く。
地を這い泥を噛む日々。理不尽な世界と神の名を冠する不条理に対し食い縛り続けてきた牙は昔よりずっと鋭利になった。決して自分は敬虔な信仰者などではなく、自身の立つ瀬が楽園だと盲信する愚者に過ぎないと知ったのは【あれから】もう少し後だ。
無論、全てを忘れてしまいたかった。
深く注がれた愛情も、聖人の名を冠するこの名前も、彼らが掬い上げたこの生命ごと全て。
しかし自害は出来なかった。
かつて愛したひとに取られた手は、心の奥深くに楔を打ってしまって最期の一刃を頸動脈に沈める事を制した。
自らが捌く粉末状の快楽を以て天国を見に行くことも吝か(やぶさか)ではなかった。
だが、かつて愛した兄と過ごした最期が蘇り、舌に触れた瞬間異物を排除する身体に変わっていた。
拾い上げる拳銃も結局は生きるために、他者へ銃口を向けることになった。それでも時折襲い来る自傷衝動は、耳に針を穿つことで満たそうとした。
踏んできた屍の記憶が邪魔をして神のいない現世に別れを告げることは叶わなかった、おそらくそれはこれからも変わらないだろう。
人間として生きることを踏みにじる穢れたストリートに反旗を翻す、オレは絶対に薬はやらないと子供のように喚いていたことを思い出す。
そして最も嫌悪していた筈のドラッグを路地裏に撒き散らす仕事。
それが彼の選び取った生きる道だった。
******
ホセは昨日も沿岸部のリゾートに赴き、相場以上の値段で売りつける事が出来た。
アカプルコの陽光にあてられた金持ちは御しやすく簡単に乗ってくる。そして相手が若ければ若いほど尚更興味を示す事も経験上知っている。
清潔な温室と汚い路地裏。全く正反対の環境で育った人間であっても、ドラッグを手にしたときの目の色は同じだ。どこまでいっても所詮同じ生き物なのだと無感動に思った。
ホセには勿論元締めに送るような上納金は無く、薬物を提供した子供たちに何割か渡すだけで良い。
彼の黒いスキニーパンツの両ポケットからはメキシコペソの高額紙幣が顔を覗かせていた。そして尻ポケットには護身用のフォールディングナイフ、懐には拳銃を忍ばせてある。
生まれ育ったストリートを独り歩いていたホセはゆっくりと息を吐き出した。そして彼を囲んでいるひび割れた路地壁を見回す。空は昨日に引き続き、泣き腫らしたようにその体積を膨らませている。
オレは一生路地裏で生きていくのだろうか、という漠然とした疑問はずっと昔からあった。
娼館の裏で産み落とされた無価値な生命は、同じような掃き溜めで朽ちていくのだろうか。無意味な命は無意味なままで、いつかの【彼ら】のように。
疑問は猜疑に変わる。
金を手にして初めて見る世界も沢山あった。商売の為にアカプルコ市街地に赴いて初めて、この世界はメキシコやアカプルコだけでないことを知ったのだ。
彼が現在着ているゼブラ柄のシャツと厚底のハイカットブーツも、日本という共和国の文化を扱う雑誌で見て惚れ込んだものである。
アカプルコよりもビル群が濫立するネオンの眩しい大都会、砂塵舞うどこまでも広がる乾いた広原、未だ精霊信仰が残る動植物の楽園、そして文化の光満ちる西欧の古都。
本に記載された文言や写真はホセを強く魅了した。狭く苦しい路地裏から抜け出し、いつかこの目で全てを見てみたいと思った。
その猜疑は望みに変わりつつあった。
「——!」
刹那、彼の第六感が何者かの気配を察知する。
ストリートに満ちる瘴気が蠢き、痙攣し始めた。
敵意、そして明らかな殺意。彼が持つ野生の勘が警鐘を鳴らした。皮膚が粟立つ。淀んだ空気が張り詰め、通りの喧噪が無に帰す。
唯ならぬ気配は彼の視線の先から漏れ出ている。
そしてストリートを繋ぐ交差点から三人の男がホセの前に立ちはだかった。
「ホセ=マルチネスだな」
黒いスーツに身を包んだ三人の男。
その気配と風貌、明らかに堅気の人間では無いことは確かだった。
ホセは馴染み深い二種の鉄の匂いを三人の男から嗅ぎ取る。生暖かい流体と冷たく硬い金属の二種混合の危険シグナル。
心当たりは十分過ぎるほどあった。
「誰だてめえら」
低い声で牽制しつつ、手を後ろに回す。
細められたホセの瞳に刃物に浮かぶような波紋が生まれる。
「【アカプルコ・カルテル】の麻薬類の横流しを秘密裏に行っている事、此方にバレていないとでも思っていたか」
やはりカルテルに嗅ぎつけられていたらしい。
特に隠蔽工作を施すこと無く目立って動いていれば当たり前か、と奥歯を噛み締める。
そして立ちはだかる三人の男は今まで相手にしてきた手合いとは纏う雰囲気がまるで違った。表情に出せば一気に呑まれてしまうだろう。おくびにも出せぬ状況だった。
「あん? そんなこたあどうでもいいんだよ。尻尾掴んだのは今更か? 何がカルテルだ。随分とオマヌケな連中ときてんじゃねえか」
ホセは片眉を吊り上げて挑発的な態度を取った。
半歩身を引き、構える。指はナイフの柄に触れた。
「お喋りが過ぎた。全裸に剥いて死ぬまで磔にしろと上からの命令だ」
「怖い怖い。出来るもんならな」
相手は三人、全員の息の根を止めることは出来無くともこの場をやり過ごせれば良い。
今を凌ぎきって残りの金で何処か南米でない遠くに逃げれば、もう追ってこられないだろう。
しかし息つく間もなく銃口を向けられた。
「制裁だ、死ね」
中央の男がホセに躊躇いもなく発砲する。
「ッ——!」
前髪が焦げた。
男が引き金をプルする瞬間、ヘッドスリップで弾を滑らせていたのにも関わらず。
決して威嚇射撃などではない一瞬で生命を喰らい尽くすフルメタルジャケットが彼の額を掠めたのだった。
立ち込める硝煙がストリートの瘴気と混ざり合う。反射で胃の奥まで飲み込んだ吸気がひたすら不味い。
額に手をやると、こめかみの肉を根こそぎ喰い千切られていた。烈火の如し凶弾が掠めた箇所は熱を持っている。
軌道に沿って抉り取られた銃創を指先でなぞると痛みと内なる生肉に出会うことが出来た。
確かな凶弾は頭蓋骨を揺らし、肢体の正常な操作と判断力を奪う。口角は痙攣し、自然と吊り上がった。
「あー……イテぇなぁ、オイ」
纏う雰囲気が違うだの何だの言っておきながら舐め腐っていたのはどうやら此方だったらしい。逃げ果せれば重畳とは甘かった、甘過ぎた。
向こうは殺す気でこのストリートにやって来ているのだから当たり前だろう。餓鬼の喧嘩とは一切合切の勝手が違う、明確な殺意を持って攻撃行動に移さねば死以外ない。
焼き切れた額から滔々と流れ出す生命。思ったより痛みは感じない。むしろ滑る指先と血潮の濃い香りの感覚でハイに酔い、本能のままに中枢から脳内麻薬を垂れ流した。
平生の視界を遮る真紅は断続的な痛みと流血により一層赤く赤く染まっている。味蕾が血液を受け入れ、舌先から伝えられた信号を加速的に脳に運ぶ。
挑発的な手招きと共に獣は唸り、紅き生命を路地に散らした。
「いいぜ、かかってこいよ……てめえらに天国見せてやる」
一発で仕留めきれなかった三人は焦ったように銃を構えホセに向けて一斉射撃した。
対するホセは相手の構えを見るよりも早く重心を下に前へ駆け出す。カタパルトのように姿勢を低く、そして速く。
生まれ育ったストリートだ。地の利は確実に自身が所有している。この弾幕を凌ぎきり路地裏に誘い込めば、多勢に無勢だとしても勝機は確実に生まれるだろう。否、見出してみせる。
銀弾は彼の遙か頭上を往く。
非情な路地で彼が命を懸けて磨き上げた黒曜石は軽業だった。そして敵は人間だけではない。山間部に潜む猛獣や飢えた野犬からも身を守らねばならなかったホセの動体視力は常人のそれを凌駕した。
銃弾はどう足掻いても直線にしか飛ばない。見極めろ、視野を広げて眼球を動かせ、動線を見誤らねば当たることは無い。
ホセは鉛の土砂降りの中をひた進む。キャッツアンドドッグスにも似た銃撃音が彼の聴覚を遮るが、重心を低く保ち高速で動く物体を捉えるのは困難であることを知っていた。
絶えず動く小さな的に弾丸は当たらない。先読みした動線の先へ未来予知的に引き金を引くが、次の瞬間そこにターゲットの姿は無いのだ。更に三人は焦る。それと同時に手元も狂った。
そして遂に右端の男が弾切れを起こす。止め処ない弾幕にも一瞬の隙が生まれた。
男は予備の弾薬を装填しようとホセから目を離し、ホルダーを探る。
ホセは視界の端に捉えた隙を見逃さず足の親指から小指まで渾身を込め、地を蹴った。更にスピードを上げ、コンマ零点一秒以内で男に肉薄する。
「ばーか」
そして一気に高度を上げ、男の顔面に飛び膝蹴りをお見舞いする。ネックである身体の軽さは距離と速さで補った。
ホセの膝は男の顔面にクリティカルヒットし、鼻の軟骨がひしゃげる感触と他者の体液が滲みる感覚に彼は眉を顰めた。
男は短く呻いた後に崩れ落ちる。そののち男は痛みに任せ叫び散らした。ホセの思わぬ反撃と仲間の咆哮に怯んだのか、残り二人の撃ち方が止む。
唐突な痛みを喰らって動ける者などそうそういない。痛みは身体が告げる警告。それは身を以て学んでいるホセは着地すると同時に、この好機を逃すまいと交差点の方へ駆けた。
後の一人はどうとでも処理出来る。残りは二人だ。
ホセは奴らの目から必死そうに見えるように且つ慢心させ追ってこれるように、ストリートにあるトタン壁やダストボックスを障害物として個数と方向を計算して転がした。
そして交差点を右に入る。ここもよく知った路地だ。死角となる物陰に隠れて息を潜め、呼吸を整える。
ホセは交戦前に触ったナイフではなく、拳銃を手にした。
暫く物陰に留まっていると遠くで障害物を蹴り飛ばし薙ぎ倒しながら右の路地へ入る音が壁に反響し、彼の鼓膜に届く。
大人二人分の荒い呼吸からは焦燥が読み取れた。
まだ動くんじゃねえ、殺れる機会を虎視眈々と窺え。
「あのガキどこへ行った」
「確かにここに、右に来たはずだ」
追っ手の会話を息継ぎの間さえ聞き漏らさない。どうやら二手に分かれるらしい。足音と呼吸音は二手に分散した。
一人はストリートの更に向こうへ、もう一人はホセの隠れる区画で捜索を続ける。
ホセは物陰から男の様子を窺った。
男は明らかに苛立ちを隠せない様子でダストボックスに当たり散らし、足蹴にする。そして完全に彼に背を向け唾を吐く瞬間を見逃さなかった。
もう一人の足音は遠ざかり、一対一の構図。確実に勝てる対局は今しかない。
ホセは短く息を吐いた後、物陰から飛び出し跳躍した。
男と目が合う。研鑽された縞瑪瑙と交錯するその瞳は驚愕の色を湛えていた。
「な——」
振り向きざま男の左眼窩に拳がめり込む。ホセの嵌めている中指と人差し指のリングがナックルダスターの役割を果たし、打撃力を補った。
男が噴き出した唾液と鼻水が糸を引いたがそれに構っている場合ではない。確かな弾力と殴打感に拳を引き、着地する。
バランスを崩し痛みで足下のおぼつかない男へ更に足払いを仕掛けた。スピードの乗ったハイカットの踵を使い、ブーツカット目掛けて刈る。
更に体幹が揺れ、男が地面にもんどりを打って倒れる。ホセの目にはそれがスローモーションのように感じられた。
ホセは仰向けになった男の肩を踏み抜く。片目が潰れ、男の湛える驚愕は恐怖の色に変わった。
懐から拳銃を取り出し、男の額に押し付ける。
「は、相手が悪かったな」
ホセは返り血を乱雑に拭い、もう動かなくなった男に中指を立てた。
「この路地でオレをファック出来るとでも思ってんのかよ、クソッタレ」
ⅩⅧ
- Re: What A Traitor!【第1章ⅩⅨ更新】 ( No.21 )
- 日時: 2018/09/16 12:33
- 名前: 日向 (ID: T0oUPdRb)
- 参照: http://www.kakiko.info/upload_bbs/index.php?mode=image&file=6184.jpg
ⅩⅨ
あれから二日が経とうとしている。
最後の追っ手は精密に処理した。顔面に膝を入れてやった男も処理した。
追っ手三人の死体は人通りの少ないストリートを通り抜け、特に隠すようなこともせずにそのまま山に遺棄した。大人三人分の亡骸は腹を空かせた野犬が好きなように持って行っただろう。肉片はおろか骨も残ってはいないはずだ。
ホセは相変わらずの曇天を見上げて一息吐く。今日は特別気温が高かった。
呆気ないな、とは思った。
不敗神話をも有する【アカプルコ・カルテル】の構成員と戦った実感は今になっても無い。ホセを殺せと命令された彼らが見せた焦燥。正直なところ、あのレベルの追っ手ならばこれから幾らでも撒くことが出来るだろう。
彼は汗で額に張り付き、自身の目にかかる真紅を払った。
このストリートではない何処かに行くのには理由が必要だろうか。深層意識に打った楔が自身をこの路地に留めているのだろうか。考えても考えても見えない解はひたすら自身の首を絞めていくだけで、決して真理には辿り着けない。
ふと首に手をやると二連のネックレスが小さく音を立てた。まさか完全に自分の好みで選んだ筈なのに、とホセは自嘲気味に笑うしかない。黒色の【それ】はまるで二重の首輪のように感ぜられた。
首から手を離し、目を閉じる。せめて今は何も見たくないと視覚情報をブラックアウトさせた。
思い出せない確執と狂信が脳裡を過ぎる。学の無い脳味噌で幾ら哲学したって答えなんか一生出やしないだろうと奥歯を噛み締める。
しかし刹那、硬質な違和感が彼を襲った。
ホセは息を呑み、短い眉を顰める。
彼は焦ること無く瞼で視界を覆ったまま砥いだ聴覚で音のみを捉えるよう試みる。コンクリートの路地壁は彼の聴覚を補助した。長年の路上生活により反響音を聞くことで何処に何があるか、又は物体の迫るスピードや音源の大きさを捉えられるようになっていた。
硬い音が路地壁に打ち返る。薄汚れたストリートには決して耳馴染みの無い音。良く鳴る音だ。恐らく底の減っていない革靴だろう。靴裏が打ち下ろされるスピードは速く、音は長く重い。その正体は成人男性で確定する。
状況把握の為に目を開けると、鬱陶しいほどに流れ出る汗が滲みた。恐ろしく暑い。際限なく溢れる汗でシャツが張り付いて気持ち悪い。空気は湿気って酸素が足りない。
凝らした視線の向こう、燻る陽炎の間を縫って件の人影が全貌を現す。
逆光で顔は分からないがホセよりも二回り高い背丈。こんなにも暑い日だというのに着崩し一つないスーツ姿だった。
アスファルトから立ち上る熱気に揺れる人型は端的に発した。
「ヨォ、チワワ犬」
低い男の声。ほんの数個の単語で構成された文章だが耳につく訛りが確かにある。
未だ正体が掴めない声の主だが、気怠げな間延び以外にもその息遣いには悠々とした余裕を感じられた。
チワワ、メキシコ原産の世界最小の愛玩犬。その名で呼ばれたのかとホセは怒気を抑えようともせず牙を剥いた。
「あ……? んだよてめえ」
熱風に溶ける人影はホセの目の前にて初めて鮮明になった。
褐色人種。漆黒の巻き毛に一切の光を拒む三白眼、整えられた顎髭。そして左頬の袈裟懸け状の瘢痕が印象的だった。
その殺気は巧妙に隠されている。悪意と殺意に囲まれて育ってきたホセでさえ男が眼前に現れるまで一切感じ取れなかった。それを知覚した瞬間に背筋が凍る。
しかし決して隠しきれない刃物を思わせるような鋭利さをを纏っている。それは二日前の男たちとは全く別物、異次元を放っていた。
須臾に肌が粟立つ。
危険予知、カラーはレッドサイン、エマージェンシー、全身の細胞が逃げろと五月蠅く警報を鳴らす。
「一週間経っても下のクソ三人が戻ってこないモンでヨォ。ケツまくって逃げたのかとも思ってたガ」
男はホセの質問に答えようとはせず、気怠げに路地壁に囲まれたストリートを見回すだけだった。
そして肩まである長い巻き毛を弄びながらホセに視線を滑らせる。
底無しの闇を湛えた猛禽の瞳とタイムラグを伴う心臓を鷲掴みにされたような感覚が襲った。
「まさか。組織がマークするような売人がこンなこまっしゃくれたガキだったとはナ」
男は不器用に左頬を吊り上げた。
そして細い目が更に鋭角を強める。心臓を穿つような獣の眼光。
人生史上類い希なる異常警報が脳内で唸りを上げる。しかし何て悲劇か、足が竦んで逃げられない。
「ま、ガキの始末すら出来ねえヤツらの運命なンざ決まってただろうがナァ……? ヤツラにとっちゃあ死に場所が違うだけダ」
男は全てを言い終わる前に汗で張り付いた前髪を掻き上げ、襟首から黒い紐を引っ張りだした。
紐の先端には彼の瞳にも似たどこまでも深い黒を閉じ込めた石が結われている。凝縮された闇の欠片には数本の白い縞が奔っていた。夜を湛えた縞瑪瑙とその波紋がホセの瞳に映り込む。
男はそれを指先で弄ぶようにしてホセに再度視線を滑らせた。
広げられた襟首から鎖骨と逞しくもしなやかな筋肉が覗く。そして男の首元や胸には幾多もの裂創が奔っていた。そのどれもが鋭い刃物で深く刻み込まれたような傷で重なった古傷は隆起した瘢痕に変わり果てている。男に刻み込まれた裂創は潜り抜けた死線の数と数多の歴戦を物語っていた。
男は縞瑪瑙の筋を指先でなぞり、にたりと笑う。
「ククク、別に報復じゃねえヨ」
ホセは生唾を飲み込んだ。
一刻も早くここから逃げなければ。虚仮の闘争本能ではなく生物としての生きとし生けるものとしての逃走本能が叫んだ。
逃げ果せる勝算は存在した。正体不明の男が相手だろうが全てを知り尽くしたこのストリートならば上手く撒けるかもしれない。あの路地を通って、あの板を倒して、右に曲って、直進して、再度右に曲がって、最後の突き当たりを左に行って、そこで体勢を立て直す。
瞬時に脳内で生存確率を高める確実なルートを作り出し、高速でシミュレートする。
これで何とかいけるはずだと息を短く吐き出した。
意を決し、ホセは半歩身を引く。
音も立てず。動作を視認出来ないほどに。それでいて五指全てに力を蓄える。
しかしその瞬間、男の不敵な笑みが消えた。男から目を離さず好機を伺っていたホセの顔からも血の気が引く。
今の予備動作すらも見切られていたのか。馬鹿な。
しかし今更戻れない。ホセは溜めた力を全解放し地を蹴った。早く早く速く早く。トップスビードに、海から吹き上げる風に乗ってくれ。研磨され鋸状になった奥歯を欠けるほど噛み締める。
そして初速を抜け出し最高速に達した瞬間。
肩を掴まれ、異常な膂力に引き戻された。
状況を把握出来ないうちに飛び上がった身体は地面に引き摺り下ろされる。
髪を掴まれ、熱されたアスファルトに顔面を擦り付けられた。そして肩を締め上げられ二度と飛ぶことが出来ないように捕縛される。頬を襲う摩擦熱と落とし込まれた絶望。関節を絞められ情けない悲鳴を上げるしかない。
理解不能なほどの反射速度だった。
「痛ッ——!?」
一層低い声が鼓膜に牙を突き立てた。
「うるせえ。報復じゃねえつってンだろ。無え頭働かせやがれカチート」
どこまでも黒く深淵を湛えた瞳と視線が交錯する。
相見える男の瞳の奥で垣間見えるのは絶望。ホセの縞瑪瑙は怯えでその波紋を曇らせた。
(こ、こいつ……)
唯、速かった。
ストリートで磨いてきた軽業と動体視力、その全てを持ってしても叶うことない圧倒的な力の差をまざまざと見せつけられた。
しかし速いだけではない。トップスピードに乗ったホセの身体を一本の腕のみでその疾風から引き剥がし、地面に墜落させてみせた。
現在も圧倒的な力に抑え付けられ、身動き一つ取れない。報復ではないと言っていたが下手に動こうとすると何をされるか分からない事もまた彼の恐怖を煽った。顕著な体格差と力の差。男にとってはホセの足の骨を折ることも容易いだろう。その気になればきっとホセの細い首など簡単に捻じ折られてしまう。
徐々に締まっていく肩が肉ごと軋んで新たな激痛を生む。逃れられない絶望と精神肉体両方の疲労。気力も体力も尽きかけている。
男はホセが抵抗しない様子を見ると満足げに鼻を鳴らし、彼の耳元で囁いた。
「ブエン=ニーニョ(いい子ダ)。よしよし、可愛い子犬ちゃんにオジサンが噛み砕いて教えてやるヨ。ま、今日来たのは他でも無え。平たく言えば人員補充に回されてるってトコかネェ……。最近はつまンねえ縄張り争いに駆り出されることも多くてナァ、一人死に、二人死にで【onyx】本来のオシゴトが回らねえンだ」
ホセは息を呑んだ。
この男いま【onyx】と言ったか。痛みと困惑の中でもそれだけは聞き漏らさなかった。
ストリートに住まう人々の噂する【アカプルコ・カルテル】の擁する【特殊高火力殲滅部隊「onyx」】。その不敗神話が頭の中で何度も反響する。
それが真実ならばこの先は地獄でしかない。ホセは祈るように男の二の句を待った。
相変わらず巻き毛の男は絶妙に外れたスペイン語で言葉をゆっくりと紡ぐ。その不器用な片言が余計に不気味だった。
「下っ端とはいえオメエはその拳と粗悪銃で大の男三人をファックしたンだ。霞の花束を送ってやっても、賞賛してやってもイイ」
文法のせいか発音のせいか自身の疲労のせいか男のジョークが一切分からない。
訳の分からないうちに、ホセは掠れた無声音で男を遮ってしまった。
正常な判断が下せず疲労した中枢でも思う。もしかしたら選択肢を誤ったかもしれない。しかし宙に投げられた言葉は麻薬とは違ってもう回収のしようがなかった。
「下っ端……てえと、オレが殺ったのはアンタの部下か……?」
暫しの間が二人の間に訪れる。割って入る数秒の静寂。
しかし意外な事に殺されることも余計な痛みが襲うことも無かった。男はただ愉快そうに腹を震わせてホセに応えた。
「アァ? アイツらが【onyx】の訳がねえだろうがヨ。ククク……笑わせンな。あの部隊が出てきてみろ、一瞬も要らねえ。オメエのドタマの風通しは良くなるヨ」
男はホセの汗ばんだ額を指先で軽く叩いた。
筋張って無骨ながらも繊細さを持ち得る指先。今この男が銃を手にしたならば、自分の眼球を抉ろうとしたならば。
ホセは男の指が描くその動線を睨み付けることしか出来なかった。
「要するに、ダ」
不意に拘束が緩む。
今日日の熱を孕んだ潮風が男の巻き毛を揺らした。傷の入った唇が不器用に言葉を紡ぐ。
「ホセ=マルチネス。【オレの部隊】に入レ」
唇の左端、崩れた肉の継ぎ目が喜色を含んで痙攣するのを見る。
ボキャブラリ、グラマーイディオムの何一つ成型されていない文章だがこの時ばかりは明確に捉えることが出来た。否、鷲掴みにされた心臓に直接言葉を擦り付けられたような、半強制を孕んだ知覚だった。
神話と語られし部隊の長。南米をその手中に収めしキリングマシンを【オレの部隊】と豪語するその姿。風格、疾手、膂力と男の全てに合点がいった。
ホセは諦観の色濃い縞瑪瑙で男の三白眼を力無く見上げる。
「ここで犬死にするカ、漆黒の爪になるコトを選ぶカ……。ヤクの横流しも【アカプルコ・カルテル】の構成員をバラしたのも小便みたく水に流してやるって言ってンだヨ。どうだ悪い取引じゃねえだろ……ン?」
男の瞳に宿る小さな深淵が此方を覗いた。しかし伺うばかりではない、迫り、広がり、ホセの柔い顎門を今にも喰い千切らんとする。
左頬の肉ごと抉られたような裂傷に目を奪われる。汗腺まで根刮ぎ奪われたであろう傷口はアスファルトからの照り返しで皮膚との境目を際立たせていた。
しかし一弾指、アスファルトから乱雑に引き起こされ襟首を掴まれる。
ホセの首に巻き付く二連の黒い環が小さく音を立て、螺旋状を成し彼の首に絡み付いた。
「チワワ犬。オマエがこの生ゴミ集積場に何を遺し、何に祈って生きてきたのかなンざ、オレぁ野郎の尻程にも興味は無え」
遺贈と祈念。
地の底から響くような声が呼び水となり、閉じ込めた記憶に波紋が生まれては消えていく。
抑え付けてきた記憶の欠片は透明な泡沫のようで、しかし一度弾けると赤黒く血飛沫を上げた。
「この掃き溜めで腐っていきたいちっとばかしの特殊性癖は否定しねえがナ」
笑みと再度の軽口。
しかし男は掴んでいたシャツの襟を離すと、反動を利用すると共にいとも容易くホセの首根っこを掴んで地面に叩き付けた。
玩具のように弄ばれる身体、そして遅れてやってくる物理的な痛みに奥歯を噛み締める。
「オジサンも暇じゃねーし、優しい方じゃねえからヨォ」
紫煙に焼けたような声色へと変わる。
抗うことすら思考の範疇にはもう無い。
「選べ。残機なンざ無え命の使い方を」
緊迫、鼓動すら止めてしまいそうなほどの。
男の灼けた声はホセの心臓に迫った。
「今からオマエは自由ダ。もう一度【アカプルコ・カルテル】に噛み付くナラ……懐に仕込んだいつ何時暴発するかも分からねえサタデーナイトスペシャルに手をかけナ。オレの手で地獄を見せてやる」
緩い懐に仕込んだ銃すらもとっくに見抜かれていたのか。絞められた頸動脈に爪が食い込むのを意識の深い所で知覚する。
「だが全てを受け入れるナラ——」
男はそう言うとホセの拘束を解いた。
頸動脈の走る首から手を離し、締め上げていた肩関節も解放した。
傷だらけの首元で黒瑪瑙が鈍く光りを放った。
「そのままオレに跪いてろ」
長い巻き毛が熱風を纏い、ホセの視界を遮る。
そして耳朶を噛み千切られそうなそうなほどの至近距離で囁かれた。
「今よりかは、ちったぁマシな地獄を歩かせてやる」
もし何かの間違いで男が丸腰でこの路地に来ていたならば。もし男が完全に油断しきっていて一瞬の隙を見出せたなら。もし銃に弾を込めていなかったなら。
しかしそれは甘い愚問に過ぎなかった。
今日まで幾つもの甘い幻想に縋って生きてきたのだろうか。
そんなものが今更通用しないことなどお前が一番知っているだろうホセ=マルチネス。
悔恨と狂気に汗が止まらない。
ホセは刃毀れしそうなほどに上下の犬歯を衝突させた。最大の圧力が掛かった奥歯が根幹から軋む。噛み裂いた口内で鉄錆の味が広がった。
そして、ホセは両手をアスファルトにつき、両膝を地面に付け、動かなかった。
矜持と誇りを犠牲に穢れた生命を首の皮一枚で繋ぐか、紛れもない死の恐怖に目眩を起こしたか。それとも男の言う依り代の無い【マシな地獄】に目が眩んだか。
しかし頭は上げたまま、ホセは新たに箝げ変わった神に充血しきった目を見開いた。
波紋をぎらつかせた凶刃と形容されるに値する縞瑪瑙と男の深淵がぶつかる。
「——はッ! ……いいねェいいねェ。オメエよォ、なんつー目してやがンだ」
男は肩を震わせながらスーツの胸ポケットから煙草を取り出した。
そして濡れた赤い舌で唇を舐め、ゆっくりと犬歯で吸い口を迎える。
「嫌いじゃねぇヨ」
男はそう言って口角を吊り上げると、急に踵を返し、背中越しに未だ犬のように四つん這いのままのホセに語りかけた。
「オレの名前はディンゴだ。子犬ちゃん、勿論付いてくンだろ? 」
疑問符を前にようやくホセは地に手をついて立ち上がった。路地の泥で汚れた手でシャツの埃を払った為、ゼブラ柄のシャツは薄く煤を被ってしまった。
返答を待たずに歩みを進める男。しかしもう数歩行くと肩越しにホセを振り返った。
野犬にも似た鋭くもとっぷりと夜闇を湛えたその瞳。動かないホセを無感情に射貫いた。
だが彼は立ち止まったままで、先を行く男の三白眼を睨み付けるのみだった。そして生唾を飲み込んでから、細く長く息を吐く。
「ああ、もうオレは逃げも隠れもしねえ……でもな、てめえの言うこんな掃き溜めであと一つやることがある」
「——ン?」
*
「こんなに?」
「ああ。いらねーんだ、もう」
今日は約束の日だった。ホセに麻薬類を託した少年は約束通りこの路地裏にやって来た。
ホセの応に少年は不思議そうな表情を浮かべ、首を傾げる。
見誤ってどん底まで堕ちるか、逆境の中手にした好機で上がるか。金を渡した後に果たしてこの少年がどうするかは最早認知の外だった。
今までの事といい無責任だろうか、否、それはもはや存ぜぬところでしかない。
「それと、オレもうここには来ないから」
「え。ね、それってどういう——」
ホセは少年を遮り、一言だけ送った。
「仲間、大事にしろよ」
そしてホセは少年に背を向け、歩き出す。
もうここには戻らない、と楔を打つ。
不可解な程に何の感慨も情さえも湧かなかった。実感を取り戻そうと軽く拳を握るが、リングのかち合う音が路地壁に反射して鼓膜に届くだけだった。
重い蓋をした記憶に今度こそ錠が掛かってしまったのだろうか。
通りを抜けると髭面の男、ディンゴが腕を組んで壁に凭れていた。
「ククク……酔狂なこったヨ」
「うるせえ」
ホセは縞瑪瑙にも似た瞳でディンゴを一瞥すると、生まれ育ったストリートを背に歩き出した。
ⅩⅨ
- Re: What A Traitor!【第1章20話更新】 ( No.22 )
- 日時: 2018/09/27 19:06
- 名前: 日向 ◆N.Jt44gz7I (ID: 2mVH7ZuJ)
- 参照: http://www.kakiko.info/upload_bbs3/index.php?mode=image&file=1019.jpg
ⅩⅩ
——1年前、ホセ=マルチネス20歳。
「ヨォ、ペペちゃん!今日も尻振る小型犬みたくゴキゲンか? 」
一年間の実戦訓練を終え、ホセはようやく【アカプルコ・カルテル】の擁する【高火力殲滅部隊「onyx」】の一員となりジャングルに配属されるようになった。
アメリカとメキシコの国境付近は政治宗教経済のあらゆる多角的な面で裏社会組織同士の小競り合いは絶えなかったが【onyx】が動く局面には至らなかった。彼らの本領は隠密活動と密林戦である。秘匿性の高い【onyx】の戦い方と手の内を明かすわけにもいかないというカルテルの本音も垣間見えた。
世界有数の兵力を誇り、麻薬カルテルの跋扈するこの南米で不敗神話を誇る部隊。苛烈を極めた革命ゲリラの残党、各国の紛争地区名を渡り歩いた傭兵、今もなお血と争いを求める退役軍人、特殊訓練を積み表の事情にも明るい免職警官など実戦経験の豊富な少数精鋭が揃っていると噂には名高い。そして並居る猛者共を統べ、その頂点に君臨する【野犬】と呼ばれし男の存在。一年前ディンゴとの【邂逅】を果たしたあの時から、さぞ殺伐とした軍隊なのだろうと腹を括っていた。
だがしかし蓋を開けてみれば何ということはなかったのだ。
一個師団にも等しいと畏怖されるキリングマシン、その正体は余りにも穏やかでホセは我が目を疑った。
互いを信頼し合い、己の背中を預ける姿。誰かの冗談に誰かが肩を震わせ、また誰かがその者の肩を叩く。眼前の部隊員の姿勢はホセを驚愕させた。
どうせまた大人の暴力の中に置かれるのだろうと腹を据えていたホセには拍子抜けも良いところだった。彼の育ったストリートの大人はいつも誰かといがみ合っていて自分より弱い者を鬱憤や欲の捌け口にしていたから。
そして老獪な隊の平均年齢は30代半ばと決して若い方ではない。だからこそ、邪険にされるどころか若いホセは正式入隊後すぐさま中年の輪に歓迎された。相変わらずチワワ犬だの白と赤のスイートヘッドだのと酒の入った中年男に撫でくり回されたが些か不快な気分にもなれない自分がいたのも事実だ。
ホセとディンゴは出会いこそ最悪だったものの、ディンゴの方はというとが件の邂逅を全く引き摺る様子がなく実戦訓練でもホセの世話を焼いた。今では立場逆転、とまではいかないが上司部下の境なく軽口を叩き合うような仲になっていた。
しかし敬称や丁寧表現は控えろと言ったのはディンゴ自身だ。名前にセニョールが付くと気持ち悪い、尊敬表現を使われると何を言っているのか分からなくなると笑っていた。ベネズエラ国籍を有していると語っていたが不器用なスペイン語には謎が深まるばかりだった。彼の母国語ではないのだろうか、しかしどこまで考えてもやはり詮無きことだった。
現在は休憩中。ホセは副隊長のロバートと共に大型の軍用テントの中で、彼と椅子を並べ机に向かっている。そしてディンゴはホセが腰を落ち着けていると決まって、笑みを浮かべおちょくりにやって来るのだった。
「あ? 鬱陶しいんだよバーカ」
ホセはディンゴに一瞥もくれず刺々しく言い放つ。むしろそんなホセの様子を見て朗々と笑うようなディンゴに効果は無かった。
ロバートは溜息を吐いて、頭髪は疎か毛根の無い禿頭を掻いた。
「隊長、またホセをからかってるんです? いい加減やめて下さいよ。誰がその鬱憤を受け止めてると思ってるんですか」
禿頭の偉丈夫こと【onyx】副隊長ロバートはヘーゼルカラーの瞳を細めてディンゴを窘(たしな)めた。
キューバ出身の元特殊武装警官である彼はホセの一期前の二年前【onyx】に配属された。
一年前というと南米におけるファミリアの勢力争いが最も激化していた頃である。抗争の最中、ロバートは南米掌握を計画するカルテルへの貢献と警官時代の知識、そしてその表の社会事情に精通していることからディンゴの補佐に相応しいとされ僅か1年にして副隊長に昇進した。
緊迫した組織情勢の中である、新規隊員の彼がナンバー2の座を就いた訳だが当初はロバートを認めようとしない者も当然多かった。しかし彼と過ごすうちにその人柄と白兵戦の実力が認められ、異論を口にする者も徐々に少なくなっていった。しかし警察官だったと語る彼が何故裏社会にて生きる道を選んだか、その謎は尽きない。筋の通った受け答えをする彼だったが、彼自身の口からその経緯を語ろうとはしなかった。
いつもロバートの愛称ボブでディンゴは副隊長を呼ぶ。
「ククク、悪いなぁボブ。あンだヨ、また英語のお勉強か?」
ディンゴは平生より細い目を更に細めて、ホセの持つペンとノートに視線を滑らせた。
視線に気付いたホセは後ろ手に筆記用具を隠し、ディンゴを鋭く睨む。
「てめーが言ったんだろ。副隊長について英語習えって」
ホセが牙を剥きながら応えると、ディンゴは鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をした。次いで抉れたような傷跡が残る左頬を掻く。
挙動不審な彼の表情にホセは眉間に皺を寄せてディンゴを伺った。視線が右に滑るのも見逃さない。
「ン、アー……そうだナ。そうだっタそうだっタ」
しかし彼はおどけるように左手をひらひらと振ってみせるだけだった。
いつもと変わらないディンゴの様子にホセは肩をすくめて、視線を下に落としノートを広げ始める。
決して美しいとはいえない筆跡だったが皺の寄った紙と消しゴムの跡には明らかに彼の努力が見てとれた。
「ふん、勉強の邪魔なだけだし。どっか行けよ」
ディンゴはホセの吐く毒を軽く受け流すと、また愉快そうに笑った。
「ククク、オマエなぁ仮にもオレァ隊長だぞ? ま、いいけどナ。勤勉なこったヨ。ホセ、オマエはワルにゃ向いてないかもナァ」
ディンゴは笑みを浮かべたまま、ホセの小さな肩をその硬い掌で小気味良く叩いた。
「んな、な、なに言ってんだよ!」
そこで初めてホセは怒りに顔を紅潮させ力任せに彼の手を振り払った。
肩を怒らせ、短い眉が吊り上がる。子犬の威嚇のようにノコギリ状の歯を震わせる。
二人のやり取りを呆れながらも見守っていたロバートだったがホセの反応に彼も思わず噴き出してしまった。
唸るホセを横目にディンゴはようやく満足したようでロバートに声を掛けた。
「おう、そしたら邪魔者は消えるワ。ボブ、ペペちゃんのこと頼んだゼ」
眉尻を下げたロバートは柔和ながら、しかし芯の通る声で応えた。
「Si senor.(はい、隊長)」
伸びをしながらテントを出るディンゴを二人で見送ると、ホセは唇を尖らせた。
「ちぇっ……あんだよ」
そんなホセにまたロバートは微笑みかける。
彼の瞳は深緑と淡茶の優しさを綯い交ぜにしたヘーゼルに輝く。
「はは、隊長は若い君が可愛くてしょうがないんだよ。あの人もあれで不器用な方だからね、ああやって君の反応を見てるんだろう。いや隊長だけじゃなくて【onyx】の皆がそうだろうな」
ロバートの言葉にホセはむすっと唇を押し上げた。
内心構われるのはそんなに嫌では無かった。ただ自分を足蹴にしない大人に戸惑っているというところが本音だった。
食事には困らないし寝床が保証されている、そして不当な暴力も振るわれない。ジャングルで行われる日々の厳しい訓練も仲間と共にならば決して苦では無かった。
振り上げられた手は彼の頬を張らず、頭に柔く置かれる。掛けられる言葉は彼を穢さず、心を暖めた。
幼い頃に渇望したエデンでは決して無かったが、ここには血と薬物に汚染された路地裏には無いものが沢山あった。
それでも反発してしまうのはただ不定形な【幸せ】というものが徐々に輪郭を帯びてくるような、むず痒さ。そんな妙な感覚からだった。
「さあホセ。今日は文法じゃなくて会話表現をやろうか」
「うん。——あ、副隊長」
ロバートが言い終わる前に彼の隊服の胸ポケットが震えた。
携帯のバイブレーション機能、彼はポケットから端末を取り出すと光る液晶を見た。
隊員間での連絡は主に配給される無線機で行われるから【onyx】外の人間で間違いないだろう。液晶にはシートが張られ真正面以外からは画面が見えないようになっていた。
「おっと。すまない、嫁さんだ。少し席を外すよ」
ロバートは急いだ様子で椅子から立った。きっとキューバに妻を残して来たのだろう。
彼には家族がいるのかとその時初めて知った。ふとした疑問からホセは彼に尋ねる。
「嫁さん、って。副隊長が今カルテルにいるって知ってんの?」
「ん? ああ、いやそうじゃないが」
瞬きを一つ。そして何気なく聞いてしまった。
「嘘ついてんの?」
瞬間ロバートの虹彩が揺れ、明らかな翳りを見せた。一挙として昏色が彼のヘーゼルを塗り替え、光を奪う。
息を呑み、ホセは自身の発言を悔いた。
人には事情というものがあるのだ。それが自らカルテルの門を叩いたロバートなら尚更だろう。今しがたの発言は自身のことを語ろうとしない彼に対して至極無遠慮なものだった。
ホセはもう一度瞬きするとゆっくりと俯いて今にも消え入りそうな声で謝罪した。
「あ、あの。ごめ、ん、なさ」
顔を上げられないホセだったが、頭上から降る彼の声に刺々しさは一切感じられなかった。
「——大丈夫。色々うまいようにやってるさ。心配いらない、すぐ戻ってくるから待っててくれ」
そう言うとロバートはホセの頭を軽く二回ぽんぽんと叩き、足早にテントの外へ出て行ってしまった。
******
翌日払暁、ホセはけたたましい緊急警報で目を覚ました。
軍用テントさえも引き裂いてしまうようなサイレンが鳴るとき【onyx】出動の印だとロバートや他隊員から散々聞かされていた。
ホセは息を細く長く吐いて、寝間着代わりのスポーツインナーから迷彩柄の隊服に着替える。
昨日もあれからというものロバートはすぐに通話を終えてホセの元に戻ってきた。先刻の昏色を何処に押し流したのか、何一つ変わらない表情と優しいヘーゼルカラー。彼は嫌な顔一つせずに英語を教えてくれたが却ってそれがホセには心苦しかった。いつも通りの分かりやすい彼のレクチャーとゆっくりで丁寧な言葉選び。しかしその時ばかりは耳に入らず、ノートの煤けたアルファベットをぼんやり見つめる他なかった。
1年間袖を通してきた隊服はしっかりとホセの身体に馴染むようになった。携帯食料、水、そして弾薬をポケットに詰めて戦闘訓練を行う為に当初は重荷になってしまい彼の戦い方に合わなかったが、今ではそれにも慣れてしまった。長かった栄養失調の影響で筋肉は付きづらかったがトレーニングのお陰でスタミナ増強も叶った。ホセの軽業と疾手には更に磨きがかかり、部隊内でもトップレベルのスピードを誇っている。
本拠地の大型テントに入ると隊員らは既に揃っていた。ホセは目立たぬよう静かにテントの後ろに腰を下ろす。
猛者共の前にはいつも野犬がいた。今もジャングルの区画図と衛星写真を前に貼りだし、マーカーで連絡事項を書き加えていく。最初から会議に参加出来ていなかった為、なんとか付いていこうと複数枚の写真、書き加えられた矢印そしてアルファベットを追う。
張り詰めた空気がテント内を満たしていた。ジャングルの湿気と燃え盛る南米の太陽の下、蒸し暑い筈なのに此処だけは凍て付いている。
ディンゴはボードに貼り出した衛星写真を手の甲で小突くと隊員らに牙を見せた。
「敵は別段デカイ組織じゃねえ。普段通りのオシゴトだ野郎共。何も難しいこたぁ無イ」
普段はお茶落けて掴み所のない中年男もいざ仕事となれば堂々たる風格を現した。
何よりも戦闘意欲と士気を上げる話術の卓越さ、彼の号令が鼓膜を揺さぶる度に押し寄せる武者震い。決して肉弾戦の強さだけではない、ディンゴはそれが上手かった。
幾つもの裂創が刻まれたその背中には組織の誇りと隊員の命がのし掛かっている。陽炎と血漿に揺れる南米の頂点に君臨する覚悟とその矜持。それが彼の隊長たる所以だろうと、ホセは奥歯を噛み締めた。
「大麻草のプランテーションにネズミが入り込もうとしてる、っつー旨の情報が昨晩組織本部から入っタ。敵方規模は50人前後、まあオレらの倍ぐらいはいるわナ」
ディンゴは地図の左上を指し示し、整えられた顎髭に手を遣る。
「抗争がケツ落ち着けた頃にカルテルを出し抜こうとしたらしいガ……お相手さんは悲しいことに見誤っちまったらしいナァ」
顎を這う指を滑らせそのまま左頬をなぞり、漆黒の巻き毛を弄ぶ。
愉快げに喜色を含んだ声は紫煙に灼けゆく。そして獣を思わせる低い唸り声が臓腑と魂を揺さぶった。
「一匹たりとも逃がすンじゃねえぞ。全滅なンざ生温い。殲滅しろ」
深淵を湛えた瞳は冷酷さと莫大な熱量を併せ持つ。
「【アカプルコ・カルテル】に【onyx】有りト、奴らに思い知らせろ」
いつかの心臓を鷲掴みにされる感覚。脳を駆け巡るのは今は遠い彼方の記憶。
「テメエの鉛弾を喰わせてやれ」
野犬の一拍後、勝鬨と見紛うほどの雄叫びが本拠地を激震させた。
どこからちょろまかしたか分からないロシア軍用のオートマチック銃を懐に、そして腰のガンホルダーにイスラエル産の高火力の自動拳銃デザートイーグルを二挺備える。
木々に遮られるため掃射の自由が効かないこともあったが、ホセの武器であるスピードを殺さないようにという理由から小銃を持つことは稀だった。実働のかかった今日も拳銃とナイフが彼の得物である。
ホセは拳銃のグリップを強く握り直した。
ディンゴからいつ暴発するか分からない粗悪銃と言われたストリートの物と比べると現在彼が手中に収めているその威力は桁違いだった。特に重さの面にてそれは顕著に現れた。
入隊して初めて分かったことがある。決して朽ちぬ黒瑪瑙と呼ばれし彼らだが、全戦楽勝というわけでは決して無い。そこには少数精鋭だからこそ成せる緻密な連携も存在した。戦場では替えなど一切効かない、自分が【しくじれば】誰かが死ぬ。一人失えば勝率は大きく下がる。即ち【onyx】の没落、そして隊の壊滅を意味する。それはホセ一人では決して知ることのない【重さ】だった。
現在、相手方の焼き討ちに来る予定の大麻プランテーションに包囲網を作り、新参のホセは最も外側に陣取っている。
しかし襲来予定時刻は10分過ぎていた。
一分一秒が生死の分かれ目となる戦場にて600秒のタイムラグは異常事態とも言えた。張り詰めた空気に一筋の違和感が流れ込むが、誰も呼吸以外に呼気を使おうとしない。
徐々に高くなりゆく陽と煮詰まる焦燥に汗が頬を伝う。目の前を鈍い毒虫が過ぎる。野鳥の甲高い鳴き声に混じり呼吸音が森に溶け込む。
一筋の違和感がいよいよ束になり色濃くなったその時、ホセは戦慄を感じ、背後更なるジャングルの奥深くを振り返った。
(ん……?)
ストリートで培った技術を脳髄から無意識に引っ張り出していた。
コンクリート壁とは全く異なる柔らかな木々の幹を反響板に、僅かな音を鼓膜へと引きずり込む。アカプルコの路地とは何もかも勝手が違った。
聴覚に関わる全神経を研ぎ澄ませ、一切の雑音を排除する。呼吸音すらも漏れ出る異質だけ抜き取れ。
燃え盛る炎と枝の軋む音。それを理解した瞬間に戦慄は背筋を這い上がり、ホセの中枢を支配した。
次いで血と瘴気に満ちた路地裏にて生きる術を嗅ぎ取らねばならなかった彼の嗅覚がごく微かな硝煙とごく僅かな炭の臭いを知覚する。
彼の研ぎ澄まされた聴覚と嗅覚の答えが出揃ったその時にはもう決まっていた。
焼き払いは別のプランテーションで行われている事実。情報錯誤。守るべき領域を現在好きなように蹂躙されていること。相手に一本取られたということ。
最も外側に配置されなければ知覚し得なかった情報だった。この大麻草の区画にはコカイン畑が隣接している。
ホセは力の限り叫ぶと同時に、銃の安全装置を解除し音源へと駆け出した。
「Demn!! It`s a fucking trap!!(クソッタレ!! ここじゃない!!)」
背後で鉄と衣擦れの響めきが起こったが形振り構わずトップスピードに乗る。
枯れ枝を踏みしめ朽葉に覆われた地を蹴ると、飆が如き疾風が彼の体側を撫で渦を巻いた。
もっと速くもっと風をと犬歯を力の限り噛み合わせる。木々を避け森を駆ける疾風一陣が切り裂いた。
身体が前へと進めるその毎秒ごとに微かな音は燃え盛る轟音に変わった。不完全燃焼とは全く異なる臭気がジャングルの奥から漏れ出ている。
蔓の隙間から陽光が射し込む場所目掛けてホセは単騎突進した。枝や棘のある葉が彼を阻んだが風に速さに任せてそれらを引き千切る。皮が破れようが血が滲もうが構わない。
鬱蒼とした森が開けると火炎放射器を持っている男8人を確認した。その後ろに控えるのは迷彩にカムフラージュされた歩兵。ハリボテでは欺けない卓越した動体視力が一瞬のうちに場の状況を見極めることを可能にした。
疾風を纏い覚醒状態の五感に真紅の眼光が尾を引く。
ホセは目標を視認すると同時にデザートイーグルの引き金を引いた。
ⅩⅩ
- Re: What A Traitor!【第1章21話更新】 ( No.23 )
- 日時: 2018/09/30 12:18
- 名前: 日向 ◆N.Jt44gz7I (ID: 2mVH7ZuJ)
- 参照: http://www.kakiko.info/upload_bbs3/index.php?mode=image&file=1027.jpg
ⅩⅩⅠ
烈火のフルメタルジャケットは火炎放射器を持つ男の顎門を捉え、そして、頭部全てを喰い千切った。
ホセの使用するデザートイーグルに込められた大口径拳銃弾は当たれば首から上が消し飛ぶとされるほどの高火力を誇る。
確かな銃の反動に負けぬよう、ホセは銃のグリップを再度握りしめた。
炸裂する人間の頭部、司令塔を吹き飛ばされ崩れ落ちる肢体、舞う血飛沫、騒然とするプランテーション。
火炎放射器の轟音が止み、代わりに怒声が入り乱れる。
そして敵方の使用言語は英語且つ純粋な南米の組織では無いらしいことが伺えた。独自の指令言語を用いることもあるが、やはり統率を図るため大勢が理解できる言語が多い。南米にて英語を母語とする国の数は少なく、その分英語で満足に意思疎通が図れる者も少ない傾向にあった。そして外部との交渉が必要となるホワイトカラーならば英語でのやり取りも頷けたが、戦闘部隊においてその話は違ってくる。
【アカプルコ・カルテル】ほど巨大な組織であるならば多国籍な兵で編成された軍隊でもおかしくはないが、今回の敵はストリートやカルテルに身を置く人生を送ってきたホセも聞いたことの無い名の組織だった。ディンゴも出撃前にそれほど大きくない組織だと言っていた。だからこそ、余計に妙だった。
ホセは大きな木の幹に屈んで様子を窺う。肉片の飛び散り方で弾丸の射出方向は割れるだろうがこの混乱の中だ、幾らか時間は稼げるだろう。
未だ途切れぬ混乱。どうやら賢い隊でも無いらしい。敵の英語は荒いがホセにも断片的に聞き取ることが出来た。
「こんなにも早いとは」
「何故だ」
「上層部からの情報ではもう少し——」
プランテーションを襲撃して成り上がろうなどという小さな組織がカルテルに情報操作を行うなどあり得るだろうか、とホセは短い眉を顰める。
しかしそれ以降は騒乱に掻き消され聞き取ることが出来なかった。
代わりに聞こえてきたのは駆けてきた方向から押し寄せる大勢の気配。ざらついた隊服の衣擦れ、そしてゴム製の靴底であるから足音は大きく響かず朽葉に沈む。紛れもない【onyx】のものだった。
樹木の陰に身を隠していたホセは息を大きく吐いて増援を待った。
多対多の戦闘は初めてだった。ここまで生きてきたなかで相手取った丸腰や粗末な武器を持った人間ではない。少しでもタイミングを違えば頭を吹き飛ばされていたのは自分だろう。
生命を奪うことに特化した銃口の煌めきと業火を伴う弾幕。恐怖と緊張が今更になって押し寄せた。
ホセはもう一度息を大きく吐き、硝煙の煙る空気を肺まで吸い込む。
どうせ最初から無かったような落魄れた命だ。命が惜しいわけではない。しかし路地裏にて打たれた2本の楔が御していた筈の生命への執着は徐々にその様相を変えつつあった。
芯から来る震えを誤魔化す為に暢気に構える。
(命があったから良かったけど……怒られるかなあ。まあ怒られるよな)
気配は更に確かなものへと変わり、それは地鳴りをもたらした。
雨林の奥から再び包囲網を敷きつつ部隊が姿を現す。キリングマシンの瞳に感情は籠もらない。そこには愉悦も恐怖も善悪の区別も無く、任務遂行にかける冷徹さのみが宿る。
そして熱帯雨林に紛れる迷彩の群れがホセの横を通り過ぎていった。誰も彼を一瞥することなく座り込んだホセの横を縫うように走り抜ける。
合流しようと試み、地面に手をつき、幹に背中を預け、足をばたつかせるが何故か思うように身体は持ち上がってくれなかった。唯、歯を食い縛り朽葉と腐葉土を見つめるしかなく、拳に力を込めた。
背後ではいよいよ乱戦になっているのであろうと発砲音と爆破音でコカインプランテーションは埋められた。
視界の端から迷彩が去ってしまうと、不意に地面が翳った。水分を吸った地面が更に黒々しく染められる。
影の正体は部隊の殿を努めていた【onyx】隊長のディンゴだった。
「怪我は」
「……無い」
「立てるカ」
端的な言葉と共に差し出される手にさえも大小様々な幾多の裂創が奔っていた。肉の抉れた痕、引き攣った縫合痕、焼け爛れ二度と再生しない皮膚。
この男は【此処】へ辿り着くまでにどれだけの傷を背負ってきたのだろうか。
瞬時の逡巡を経て、ホセはディンゴの手を掴んだ。
「うん、行ける。行けるよ」
応えの代わりに、南米をその掌中に収める手は力強くホセを立たせた。
手を離すと同時に身を翻し戦場に飛び込む。同時に再びデザートイーグルの引き金に指を掛けた。
そして包囲網中心にて自動小銃を構える部隊員の斉射の轟音を聞く。
高熱を帯びる薬莢が排出される中を掻い潜り、包囲網の最も際にトップスピードで至る。
挟撃、それが今回の作戦の要だった。
包囲網の中心にて小銃や軽機関銃を配置し、掃射部隊を結成する。鬱蒼とした密林でも小回りが効くようにと今回は大型機関銃や戦車の類いは用意されていない。
そして外側にいる者が掃射で撃ち漏らした敵をダックハントが如く仕留めるというのが今回の戦法だった。勿論、挟撃部隊には弾道や火線がお互いを喰わぬように配置してある。
裏社会組織の戦闘部隊と名付けられるのも生温い、軍国の小隊にも匹敵するその力。決して力業だけでなく戦を理解したやり方だった。
この作戦を聞いたとき傭兵や退役軍人そして現役の軍人崩れを擁する【onyx】だからこそ成せることなのだろうとホセは驚いた。
プランテーション中心から次々と血煙が上がる。樹海を切り開かれた場に逃げ場など無い。コカインの原料であるコカの木は低木である為、木に身を隠すこともままならない。
全弾撃ち尽くした掃射部隊が控えの者と交代する隙に、地に伏せて掃射をやり過ごしていた敵方の残党は大木の生い茂るプランテーション外へ戻った。
おそらく倒れた人間の身体を盾にして弾幕が途切れるのを待っていたのだろう、コカイン畑に転がる遺体は蜂の巣と形容されるに等しい肉塊に変わり果てていた。
血の池は八つ。ホセの弾丸に面喰らって逃げようと早々に放り出されていたのか、幸いにも火炎放射機には引火していなかった。
間髪入れず野犬の怒号がジャングルに谺する。
「Fuego!!(行け!!)」
号令より早くホセは地を蹴った。
樹木を避け、蜘蛛の巣を壊し、最短距離で敵方に肉薄する。コンクリートジャングルと熱帯雨林の具合はそう変わらなかった。
近い距離で撃ち合いになる可能性を考え反動が大きく重いデザートイーグルをガンホルダーに収めて、ロシア産自動拳銃のグラッチに持ち替える。幾らデザートイーグルに貫通力があるといっても木の幹には歯が立たず、何よりも跳弾が恐ろしい。
一人で戦っているのではない。一人で仕留めようなどと背負わなくとも良い。威力は捨て機動力を確保する、それがホセの選択だった。
一弾指、凶弾が頬を掠める。焦げた空気が鼻腔を刺し嗅細胞に硝煙を焚き付けた。縞瑪瑙の捉える視線の先には二名の歩兵。
ホセは再度木陰に身を隠し、グラッチの安全装置を跳ね上げた。
硝煙に燻され茂る暗がりの中、卓越した動体視力で右方の敵を捉えリアサイトの照準を合わせる。
そしてトリガーを引いた。二回、二発。銃弾は縄張りを荒らす不法者に牙を剥く。
口径の大きなデザートイーグルに威力で劣るグラッチで確実に相手を仕留めるためのダブルタップ。火力を補う為に同じ場所に素早く二回銃弾を叩き込む方法だった。
照準と心臓が重なるとき、数十メートル先銃口を向けられ怯えに曇る敵の瞳孔の収縮までも視えた。
遅れて鼓膜に噛み付く銃声と左胸を抑えて頽れる敵。反動に押し上げられ上に逸れた弾丸は相手の肺を穿ったようで、一つ咳き込むと黒い血の泡を吐いた。
向かって左、もう一人の武装歩兵が焦ったように小銃の銃口をホセに向けた。
ホセはそれを視認するより早く草木の中に伏せ、頭上を過ぎゆく銀の火球を躱す。
弾幕が途切れてしまうと、たなびく真紅の眼光が密林の隙間を縫った。
ぬかるむ朽葉と腐葉土を踏んで戦場に飆を吹き渡らせる。風に揺れる低木層群か、狡猾な狩人が纏うブッシュか。視界不明瞭な中を高速で且つ低く動く物体など常人には到底捉えきれない。
一年前にて初の多対戦闘で見出した彼の武器だった。
跳躍、接近、そして肉薄。
茂みから飛び出したホセに対応しきれずに敵歩兵の重い小銃を構える動作が一拍遅れる。
ホセの獰猛な肉食獣を思わせる鋭利な瞳と血走って湿っぽい目が交錯した。
「天国、見たいか?」
熱を帯びるグラッチの銃口を男の眉間に捻じ込む。死の恐怖に溢れ出た脂汗に滑ることが無いように力で押し付けた。
そして問いに対する思考の暇と答を与えることなく、人生の幕引きとなる銃声を無慈悲に轟かせる。
零距離での接射。煙る硝煙。衝撃波を伴う弾丸は頭蓋骨をこじ開け、柔らかな脳味噌を容易く破壊する。砕け散った頭蓋骨が中枢に刺さり、そしてフルメタルジャケットは神経を焼き切った。
薬莢の排出、そして瞬間空洞が広がり、弾道は永久空洞を創る。
彼の凶弾は男の頭部を食い散らかし、何の抵抗も無く貫通した。
銃弾一つで訪れる余りにも呆気ない死、恐怖の色を湛えていた筈の男の双眸は既に光を失っていた。ホセの方向に倒れ込もうとする身体を銃口で小突いた後、膝蹴りを入れ地面に転がす。天国なんざねえよ、と心の中で悪態吐き大樹の木陰に身を隠した。
再び一斉掃射が始まるだろう。
そして深呼吸を一つして戦況を確認すると、遠くないうちに訪れるであろう終局は火を見るよりも明らかだった。
ほんの一瞬で増えた血溜まり。しかし自身と同じ隊服を着て、血を流し横たわっている者など何処にもいない。
南米の不敗神話【アカプルコ・カルテル】擁する【特殊高火力殲滅部隊「onyx」】の強かさ、その卓越した戦闘能力を身を以て感じていた。
見回す限り現在も戦闘状態にある区画が存在しているが、下手に援護射撃に回って緻密に組まれた火線を乱すわけにはいかなかった。
そして挟撃作戦には真の目的が存在したからである。
ホセが木陰で聴覚を研ぎ澄ませていると戦闘区画から響く乾いた銃声が徐々に小さくなっていくのを知覚した。
次々と、まるで敗走するかのように【onyx】の部隊員らは敵方に背を向け踵を返し始めたのだ。
圧倒的勝利が目前だった筈なのに来た道を引き返し始める部隊員を不審に思ったのか、須臾に殺気でも戦闘意欲でもない異質な空気が流れた。
しかしこの南米にて【アカプルコ・カルテル】を下そうと試みるような組織である、もはや彼らに引き下がることなど到底出来なかった。不退転の彼らにとって【onyx】が背中を見せるというまたと無い好機を逃すわけにはいかなかった。
異質な空気など一瞬のうちに取り払われ、敵兵は迷いの無い確かな足取りで【onyx】の追跡を始めた。
後を追いながらも自動拳銃を構え発砲する。しかし弾丸を弾く大樹の幹へと身を隠し移動するため、一向に捉えることが出来ない。
その上遮蔽物も多く足場の悪い中、走りながらの攻撃だった。銃弾は当たるどころか、一発掠めることもなかった。
何故ならば、ジャングルは彼らの本領であり、密林戦は彼らの真髄だったから。
それを知覚した瞬間猛烈な違和感が鎌首を擡げ、進撃する敵兵の足に纏わり付いた。ジャングルという非日常な環境、味方の戦力を根刮ぎ削ぎ落とされ、そして勝利への執着が濁らせた判断力。
違和感は確信へと変わった。誰かが叫び、足を止めた。しかし時既に遅し。
再び見る開けたコカイン畑、誘い込まれた罠、僅かな勝利の希望を掴んだ筈の彼らを迎えたのは幾多もの銃口。
【onyx】が一度退いたのは、戦闘が激化するにつれてジャングルの奥へと隠れた歩兵共を一網打尽にするためだった。
「Comandante.(殲滅しろ)」
野犬の号令に一糸乱れぬ鉄の音が付随する。
餌場に飛び込んだ哀れな顛末には、鉛玉を。
血煙が晴れた後、今度こそ誰の肉片すら残らなかった。
*
帰りの道中にて拠点に向かってジャングルを下っていたとき、突如として肩に大きな衝撃を感じた。
「ペペちゃん! オメエ凄えナァ!」
「——うおっ!?」
乱雑に肩を組まれ、次いで頭に衝撃が走る。
思わず殴られるかと目を瞑ってしまった、ここにいる誰一人として自身を傷つけることはしないと分かっているのにも関わらず。
しかし置かれた手はいつもと変わらない手つきでホセの頭をわしゃわしゃと撫でるのみだった。幾多の戦闘を経て硬くなった指先が彼の真っ赤な毛先を何度も引っ張る。
訳も分からず声の方向に顔を向けると、そこには無邪気に破顔させるディンゴの姿があった。
こんな顔もするのか、と今まで見たことのなかった彼の表情にホセの縞瑪瑙のような瞳孔が窄まる。
その二人の様子を見ていたロバートは咳払いを一つしてディンゴを一瞥するが。
「た、隊長……。しかし、まあ今はいいでしょう」
ロバートも微笑んだ。
そして彼はホセの前まで歩み寄り、前屈みになって目線を合わせる。部隊の中でも一際小柄なホセと部隊内で一二を争うほどの体格を誇る偉丈夫ロバート。二人の身長差を埋めるものはなくロバートが譲るしかなかった。
刃物のような波紋が浮き出るホセの瞳にヘーゼルカラーの優しい光が映り込む。ロバートはホセの瞳を見つめたまま、ゆっくりと彼に伝えた。
「ホセ、作戦を遂行出来たのは君のお陰だ。俺たちにとってかけがえのない仲間だよ」
「な、なかま……?」
ホセは呆けた顔で彼の言葉を復唱するしかなかった。
仲間、なかま。
久方ぶりに耳にするその言葉は存外素直にホセの心に落とし込まれた。
最後その言葉を耳にしたのはいつだっただろうか。深く考えずともおのずと答えは導かれる。おそらくアカプルコのストリートかの路地裏にて、そして己が名も知らない少年へ無責任に放った使い捨ての言葉だった。
泥を噛み地べたを這いずり回って足掻き続けた幼少、仲間だと信じていた人々から裏切られ続けた顛末、そして今自分は此処で生きている。
腐って膿んだ傷口から血を流す心は一向に治る兆しすら見せなかった。しかし【onyx】の面々、ロバートの言葉、そして自身を認めてくれるディンゴの存在、それらが揃ってようやく気付くことが出来た。
実は少年に向けた言葉は建前で、本当は自身が最も欲していた言葉ではないかと。
最期の最後まで捨てられずに鍵を掛けた記憶。幼少のまま叫び続ける心に見ないふりをして、自身を騙し続けていた。そうしなければ生きていくことなど到底出来なかったから。
ホセの自害を許さなかったのは【彼女】に重ねられた手でも【彼】の死に様ではなく、美しかった面影をに希望を見出し生き続けたかった自身なのではないかと。
【汝の神】が死んで以来、徒党に唾を吐き単孤無頼を貫いてきた筈の己が渇望するのは仲間などという余りにも陳腐で薄っぺらい口約束だった。
ディンゴはホセの頭に手を置いたままロバートに尋ねる。
「アー? 端っからそうじゃねえンか?」
ロバートはディンゴの言葉にそうでしたねと深く首肯し、ホセを囲むようにして立っていた隊員らに目配せした。
ホセが彼の視線に付いていくようにして一人一人の顔を見回すと、隊員らは口々に彼に言葉を掛けた。
「やるじゃねえか」
「お前のおかげだ」
「助かったよ。でも組織にはどやされちまうな」
ホセはぽかんと口を開けたまま笑顔の面々を見つめた。
慈愛に満ちたヘーゼルカラー、うざったい肩の重みと整えた頭髪を乱す無骨な手。
そして俯き、今確かに存在するしあわせを噛み締めるように奥歯を噛み合わせた。
己に徒なす全てを噛み殺すためだけに研いできた牙を以てしても、奥底からとめどなく溢れ出る熱いものを抑え付けることは出来なかった。
「そっか。そうなんだ……」
「オイ、おーい……ン? ペペちゃん?」
「——それやめろっつってんだろばーか」
いつもは眠りの浅く隈の絶えないホセだったが、皆と一緒に拠点に帰ったこの晩だけは深い眠りにつくことが出来た。
*
挟撃作戦の一週間後、ホセは拠点テントにてディンゴから呼び出された。
心当たりなど何処にも無い。テントの中に入ると既にディンゴの姿があった。
豆電球のみの薄暗い照明と長い巻き毛に遮られてその表情は読めない。不意に背筋を登る違和感が走った。
ホセが所在なく入り口付近にいると声を掛けられた。
「ホセ」
紫煙に灼けた低音、それはいつかの邂逅を思わせる声色だった。
「な、なに……」
ディンゴの纏う雰囲気にホセは固唾を呑んだ。いつもと違う何かに内臓が凝り固まる。おずおずと彼の前に進み出るとそこで初めて目が合った。
そして彼の左頬の傷が大きく歪むのを、見た。
「オメエは1年間のイタリア行きが決定しタ。明日の朝にはココを発つ、今日の内に準備しとけ」
深淵を湛えた野犬の瞳はただ冷たく、言葉を噛み砕けないでいるホセを見下ろすだけだった。
******
そして現在、夜の帳が降りたナポリの街にて全てを語り終えたホセはリチャードに柔く微笑んだ。
ⅩⅩⅠ
- Re: What A Traitor!【第1章22話更新】 ( No.24 )
- 日時: 2018/10/08 00:24
- 名前: 日向 ◆N.Jt44gz7I (ID: /0vIyg/E)
- 参照: http://www.kakiko.info/upload_bbs3/index.php?mode=image&file=1028.jpg
ⅩⅩⅡ
小鳥の美しいさえずりと木々の葉が風に揺れる音を聞きながら、黒のカッターシャツに袖を通す。
明朝の現在リチャードはチェックアウトの準備をしている最中だった。
連絡会自体にどれほど時間が掛かるか不透明だったので二名分ホテルを予約していたのだがそれが功を奏したらしい。リチャードは平生着用しているものと同じ青いスーツを手に取った。
思い出すのは、暮れ泥み真っ赤に焼けたナポリの海とただ淡々と己の人生を再構築するホセの唇。語りの最中は表情を歪めることなど無く、とても事務的な口調だった。痛みは路地裏に押し付け、感傷は熱帯雨林に置き去りにされたかのように思える程で。
今まで互いの過去に触れるのは商会のルールとして暗黙の禁忌とされていた。詮索屋はこの業界で長生きしないことになっている。
これまでリチャードに噛み付き反発していた筈の彼が自ら語った過去。ホセの身元を引き受ける際にディンゴからストリートチルドレンだったとは聞かされていたがその背景は何一つ知らなかった。何故アルコールを極端に拒むのか、何故煙草の類いを毛嫌いするのか、何故女性に触れられないのか、何故ストリートで売人をしながらも薬物に溺れることが無かったのか。
リチャードは瞳を伏せ、ジャケットを羽織る。
【アダムズ・ビル】出身と語ったリチャードの過去と引き換えという建前の下、ホセは忠誠の証として重い蓋をしていた己の過去を差し出した。過ぎるのは連絡会の最中、彼の機転。この闇の世界に生きて、作法を擬えることの意味を知らない筈が無い。
そして彼の表情には痛々しい諦観が混じっていた。【onyx】でも【野犬】でもなく新たな飼い主であるリチャードに擦り寄るしかない自分自身への諦めであろう。断腸の思いで自分の心に火を点け、灰に還りゆく葉巻に託した彼の表情は忘れられそうにもない。
リチャードは琥珀色の香水を髪に振り、慣れた手付きでブロンドの長髪を結い上げた。
髪を切らなくなってもう10年近くになる。【ある時】を境に伸びるのも随分と早くなった。肩にかかる金刺繍の束を指で巻き取り、口づけるようにしてパルファムの香りで鼻腔を満たす。この香りをかたちづくるは媚薬と名高い【アンバーグリス】、リチャードが人差し指の力を抜くと彼の美しい髪は刺繍糸の巻き玉が解けるように肩に広がった。
嵐のような連絡会も終わりナポリで成すべき事は成した。ビル傘下にあるジョルジョとドメニコ両名への脅迫材料はリチャードの手の中にある。多少肝は冷えたが首尾は上々、アカプルコにいる浩文たちに無駄な火の粉が降りかかることも無いだろう。
リチャードは右手から黒の革手袋を嵌めた。どれだけ不便であっても人前で手袋を外すようなことはしない。指紋が残るから、と理由のこじつけはそれくらい単純明快な方が具合が良いだろうと長い睫毛を伏せる。
そして何かを確かめるかのようにゆっくりと左手の甲に残る革を巻き下ろした。
ホセとはトーニャスで共に仕事をしてそろそろ1年になる。ボスと呼ばれたのは昨日が初めてだった。
*
「じゃあ帰ろうか」
リチャードはホテルを背にして、ホセに微笑みかけた。チェックアウトを済ませる間に外で待たせておいたのだ。
ナポリの空は今日も清かに晴れ渡っている。雲一つ無い爽やかな蒼穹の下、サンタルチア港から響く潮騒が耳に心地よい。少々寝癖が残るホセの前髪は港から時折吹き上げる潮風に遊ばれていた。
水平線から完全に昇りきった太陽は二人を照らし、穏やかな地中海の波は朝日を此岸まで運んだ。海と空の境から吹き寄せる風は澄んだブルーの水面を舐め、潮騒と白波が立った。
真紅に染まったホセの毛先はセピアに透き通って朝の冷たい空気に溶けゆく。
彼も着替えを持ってきていたらしく馴染み深いゼブラ柄のシャツに身を包んでいた。しかし彼の拘りであった筈の黒を基調としたアクセサリー類は所々欠けたように身に付けられておらず、どうにもちぐはぐな印象をリチャードに与えた。
ホセに別段変わった様子は見受けられない。目の下に濃い隈を作っているのもいつもと変わらなかった。そしてリチャードの声掛けを無視するのもまたいつものことだった。
リチャードは肩をすくめて、ホセに背を向け歩き出す。
「軽く観光すると言ってただろう。悪いな、ホセ。でもあまり店の方を開けるわけにもいかなくてな」
しかしいつもなら躊躇いがちに遅れてついてくる筈の足音が聞こえなかった。反響するさざ波に掻き消されているのか、それとも。
「——ま、待って」
リチャードは背中越しにホセの声を聞いた。
「オレ、行かなきゃ」
その声は掠れて震えていた。
起き抜けの掠れ声でもなく、冷気に震えているわけでもなく、おずおずと静かに何かを主張する声。
空気の震えを受けたリチャードは振り向いて、刃物が如し波紋映り込む彼の瞳を深い寒色を湛えたサファイアで捉えた。
結った長い髪が潮風に靡き、視線の交錯を一瞬遮る。
「何処に行くって言うんだ」
二人の間を潮風が縫った。
リチャードの青い瞳を強く睨み返すようにして、ホセは牙を剥く。しかしその語尾は次第に窄まって潮騒に溶け込んでしまった。
「こ、国境。みんなのとこ……行かなきゃ。行かないといけないって、思ったんだ。昨日、あんたに話して、それからずっと考えて」
「ディンゴからイタリアに残れと言われた事を忘れたのか?」
否、溶けたのはなくリチャードがホセの言葉を遮ったからに他ならなかった。
思い出すのは本拠地で告げられたイタリア左遷、そして先のトーニャス残留宣告。アカプルコからトーニャスに渡ってもうすぐ期限の1年になる。しかし無慈悲にもあの【野犬】の口から突き付けられたのは事実上の戦力外通告に他ならなかった。
どうして、どうして。あの日事務所を飛び出して、現実から目を背け、何度も何度も考えた。ようやく仲間のもとに帰ることが叶うと思っていたのに。一人残されたホセの手元に残ったのは深い絶望だけだった。
金刺繍に縁取られた深い蒼に見つめられたホセは弱々しくリチャードから目を逸らしてしまう。
駄々をこねる子供に過ぎないことなど分かっている。しかし堰を切ってしまった彼の思いはもう止まらなかった。今ここで言わねば、どうしてもこれだけは、と何かがホセを突き動かした。
「でも」
「早く発たないと混むぞ」
「か、帰らねえ」
「ホセ」
「だって行かなきゃ」
「なあホセ」
「だってオレのこと初めて人間として認めてくれたのはあの人たちなんだよ」
弱々しく途切れ途切れだった声は、次第に洟声へと変わっていた。
「大事な【家族】なんだ」
【それ】もまたリチャードが初めて目にするホセの【表情】だった。
生まれ落ちた場所は人間の欲渦巻く坩堝。幼い頃から人としての尊厳を踏みにじられ、小さな手に残された微かな希望さえも奪われた果てに行き着いた場所。それは一組織としてのファミリアでもファミーリャでもない本当の意味での家族だった。
【これ】を認めるまでどれほどの時間が掛かったのだろうか、大切な人間をつくるということは彼にとって重すぎる負荷だということは容易に想像がついた。辿り着くまでにどれだけの覚悟が要っただろうか。
ホセは袖で乱雑に涙を拭い、俯く。
そして時折詰まらせながらも必死で言葉を紡いだ。
「父親なんか顔も知らねえけどさ、きっとあんな感じなんだろうなって」
「こんなオレのこと気にしてくれてさ、兄貴がいたならあんな感じなのかなって」
「でも弟みたいなやつもいるかな、オレより年上なのにさ、変なの」
大きく息を吸い込んで上げた顔はくしゃくしゃになった泣き笑いだった。
「誰もオレのこと殴らないし叩かないし、こんなん初めてでどうしたらいいのかわけ分かんなくて、そんでいっつも一番大事なことだけ言えなくて」
今まで泣きたくても泣けなかったぶんだけ涙は頬を伝う。
いつの間にか泣くことも笑うことも忘れてしまっていた。この世の全てに噛み付いて、心の何処かでは仕方が無いと諦めて、多くの夜を鉄と闇に染め上げた。
どれだけ虐げられ痛みを与えられても決して嘆くことなく現実に牙を剥き続けた青年は涙を流し、子供のように泣きじゃくった。
久しく心を濡らして脳を巡ったのは自身の痛みではなく仲間と過ごした日々や思い出ばかりで。頭を撫でられる感触や自分に向けられる暖かな笑顔を思い出しては何度も何度も視界が滲んで、ナポリの景色と記憶が騙る景色が混ざる。
どうして神は自分にだけ辛く当たるのか、このまま死んでしまえればどんなに楽だろうか と思う夜もあった。しかし走馬灯のように駆け抜けてくるのは何故か暖かなぬくもりだけで、今はそれ以外見つける事が出来なかった。
涙腺が焼けるように痛む、喉が渇いて痛む。胸が激しく痛む。それでもホセは眼前に立ちはだかるリチャードに叩きつけた。
「役立たずでも行きたいんだ。邪魔だって、足手纏いだ、って言われても、オレ、いま行かなきゃ絶対後悔する」
ディンゴが何を思って彼をイタリアに残したのかホセには結局分からず仕舞いだった。
ただ不要になったから、使い物にならないと判断されたから、自分を嫌いになったから。しかし幾夜を費やしどれだけ考えても答え合わせをすることは叶わなかった。
左遷を告げられたあのときも彼に詰め寄ったが頑なに口を閉ざしその理由を明かそうとはしなかった。暗い深淵を閉じ込めたあの瞳を前にすると、足が竦んで久しい戦慄が臓物の奥からせり上がる。
それは大事な兄だった筈の人を失う直前、重くのし掛かる生命への責任、爛れた性と死の香り。今でも恐怖と自己嫌悪で吐き気が押し寄せる。
しかしあと一歩が踏み込めなくて拒絶されるのが恐ろしくて、失ったものの方が断然多かった。取れた筈の二人分の手、いつしか代償行為のように左手に二つと右手に二つ指枷を嵌めるようになった。愛する人のぬくもりを彼方に押しやり、愛する兄を諦め、失った。
もう失いたくない、失ってたまるものか。
「だから」
「だ、から」
震える腹の底から息を吸い込んで。
「全部が終わってオレだけが生きてても意味ないんだよぉッ……!」
ホセは吼えた。
溢れ出る涙も鼻水も拭わずに腹の底にあったものまで垂れ流してリチャードに全てをぶつけた。
痛みと共に刻まれた記憶、覚えた汚い感情、怒り、悲しみ、喜び、人生の全てを吐き出し肩で息をする。
そして残ったのは体液に濡れる汚い笑顔だった。
「あの人たちと生きたいって思ったんだ……」
皺の寄った眉間、拭っても拭っても出てくる鼻水、乾かない涙の跡。
生きたいと願ったんだ、とぐしゃぐしゃの笑顔は表情筋の痙攣で一瞬にして崩れた。
口を継いで出た願いに縞瑪瑙の輪郭がぼやけて溶ける。次から次へと溢れた涙が頬を伝い、顎から滴り落ちた。
しかし濡れそぼった口角が最後の最後まで強がる。
「お前なんか、い、いらないって言われても、でもオレ他のやり方なんか分かんないからさ、みんなと一緒に戦うことぐらいしか出来なくてさ」
滲む世界に小さな牙を突き立てた。尖った犬歯を食い縛り、絞り出すように告げる。
「大事な人に一生会えなくなるなんてもういやなんだよ」
それがホセの本当の本心だった。
幾度となく信じた者から裏切られ、血を流す彼の心。癒えることなく廃液を垂れ流し続ける腐った傷口。
もっと一緒にいたかった、とその一言が言えなかった。イドにも、エバにも、最期の最後まで何も言えなかった。伝えていれば何か変わっていたのかもしれない。しかし決して叶うこと無い望み、それが唯一の心残りとなって彼を苦しめていた。
大切なものを失うことの辛さと痛み。果たされない約束。永遠に続くエデンなんて無いからこそ知った失望と悲壮。
これまではどこまでいっても我が身可愛さに泣き喚く自分自身でしかなかった。しかしそれは時を経て、共に戦い信頼し合える仲間である彼らの為に流す涙へと変わった。
ホセは再度瞼と鼻を擦り、俯いた。そして顔を上げる。
湿る瞳は強い光を宿し、毅然とした口調だった。
「オレの帰る場所はアカプルコだ」
俺はまた勘違いをしていたようだ。
そうして息を吐くとリチャードはボルサリーノを目深に被り直した。
路地裏に、そして帰るべき故郷に何もかも捨てられ自暴自棄に自身や商会に擦り寄ったものだとばかりに思っていた。例の献火も遣る瀬なく流されただけだと、何てことは無い所詮その程度のものだったかと。
彼は決して頭の悪い男でも不器用な人間でも無かった。自身が生きるため【してみせる】ことぐらい容易なことだったのだろうと今は考えられる。
卑しく生きることを選び、強者に媚びへつらうだけの番犬。所詮犬に過ぎないのだと、彼の話を聞いてもただ【そういう風に】思っていた。
しかしそうではなかったのだ。
俺が見たのは地獄の掃き溜めでどれほどまでに痛めつけられても必死に足掻き、希望に縋って一縷の光明に食らい付く人間の姿。心臓にも等しい自身の過去を捧げ、願いを乞う。
良いじゃないか。
飼い主である君主にも羅針盤だった野犬にも噛み付くことを選び取った。英断だ、紛れもない勇断だ。その上そこに行き着くとは全く以て予想外だった。
彼は作法をなぞって忠誠を誓った俺に【帰るべき場所がある】と臆面無く告げた。彼自身の神にも等しい野犬が穿った【待て】の楔を今まさに食い千切ろうとしている。
思わず口角が上がってしまう。良い、それでこそ【相応しい】。
悪いな、野犬。
約束を違えてしまうようだがこれでもこんな彼は一応俺のファミリアなんだ、こっちのルールでもやらせてもらう。
「ボス、オレはアンタの銃だ。でも今阻むって言うんなら躊躇うことなく銃口を向ける」
凶刃の輝きを秘めたその瞳と、敵の顎門を食い千切る為に研磨された牙。
心底、美しいと思った。
そして決して自分には持ち得ない強さだとリチャードの唇は自嘲的に弧を描いた。
「——ふふっ、待てよホセ。お前、飛行機の乗り方知ってるのか?」
笑むリチャードと、瞳孔を縮ませて目を丸くするホセ。
状況と何もかも食い違うリチャードの発言を整理しきれない彼はぱくぱくと口を動かすことしか出来なかった。
「え……それじゃ」
しかし遮るようにしてリチャードはホセの瞳を見つめ返した。そして確かめるように低く、重々しく、それでいて穏やかに問うた。
「大切な家族なんだな」
家族。
引き結んでいた唇はへの字に曲がり、腫れた瞼は再び熱を持つ。嗚咽としゃくりが溢れ出た。
言葉の重みと言葉に呼応して浮かぶ顔、ホセの目からは再び大粒の涙が零れ落ちた。
これほどまでに大事なものが出来るとは思っていなかった。こんなにも失いがたい大切なもの、そんなもの一生無いままくたばっていくだけだと思っていた。
「うんっ——だいじな、かぞく、で……ッ」
「ああ分かってるよ。ほら、これ。お前意外と泣き虫なんだな」
リチャードはホセに白のハンカチを差し出す。
ホセは絹のハンカチを両手で受け取ると真っ赤に晴れた瞼に押し当てて、水っぽく鼻を鳴らした。
そして鼻をすすりながらハンカチの上部分から充血した目だけを覗かせる。理解したリチャードが眉尻を下げて微笑むと、ホセは二度まばたきをして思い切り洟をかんだ。
後で返す、と絹布を丁寧に折り畳んでスキニーのポケットに押し込んだ。一拍遅れて鳴り響くショートブーツの踵。
硬いヒールの音が湾に谺し、それはリチャードに歩み寄る。ホセはそのままリチャードは追い抜いて、そして立ち止まって、ぽつりと言った。
「本当は誕生日もらえて嬉しかったんだよ」
朝日に煌めく波から生まれ、港へ運ばれるナポリの潮風が二人の距離を埋める。
「ああ」
「オレ、ずっと商会の奴らと違う人間だって思ってた。こんなクソみたいな世界どこにも居場所なんて無いんだって、思ってた」
「そうか」
「でもあいつらもオレも同じなんだって分かったから」
「うん。そうだな」
ホセはリチャードを振り向き、過去を語った昨日と同じ場所、しかし全く似て非なる意味を持つ柔い微笑を浮かべた。
そして君主と番犬でなくなった二人は横並びで共に一歩を踏み出す。
ⅩⅩⅡ