複雑・ファジー小説

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What A Traitor!【第2章6話更新】
日時: 2019/05/12 17:48
名前: 日向 ◆N.Jt44gz7I (ID: on4ShBGJ)
参照: 日曜日更新。時間帯未定。

全てに裏切られても守らねばならないものがあった。



【これまでのあらすじ】
 十年前、アメリカンマフィア【アダムズ・ビル】の幹部であったリチャード=ガルコは拳銃自殺で死んだものとされていたが、彼は祖国イタリアの架空都市トーニャスにて契約金次第でどんな事でも行う裏社会の代行業者【トーニャス商会】の代表取締役を務めていた。
 リチャードの目的とは何なのか? そして究極の裏切りの末に笑うのは果たして誰なのか──。
 米墨国境の麻薬戦争を終えて、アルプスの裾野であるトーニャスにも寒い冬がやって来た。リチャードは旧友と呼ぶある男から連絡を受け日本広島へと向かうが、それはこれから巻き起こる戦争の幕開けに過ぎなかった。
 舞台は粉雪舞い躍る和の国日本へと、第二章継承編始動──。



閲覧ありがとうございます。
読みは【わっと あ とれいたー!】
作者は日向ひゅうがです。
ペースとしては大体300レスくらいで完結したらいいかな、くらいです。

【注意】
・実在する各国の言語やスラングを多用しております
・反社会的表現、暴力表現、性的表現を含む
・表現として特定の国家、人種、宗教、文化等を貶す描写がございますが作者個人の思想には一切関係ございません

【目次】
序曲:Prelude>>1

1.麻薬編~Dopes on sword line ~ >>3-33(一気読み)

2.継承編~War of HAKUDA succession~>>34-55
>>34>>35>>36>>37>>38>>39(最新話)

※全話イラスト挿入

用語解説&登場人物資料>>2(NEW1/26更新)

【イラスト】
※人物資料>>2へ移転
タイトルロゴ(リチャード)>>10
麻薬編表紙>>3
麻薬編扉絵>>30
継承編表紙>>34
参照2000突破リチャード>>14
参照3000突破ホセ>>21
参照4000突破シャハラザード>>28
1周年&リチャード誕生日>>35
参照6000突破ホセ>>38




※Traitor=裏切り者


since 2018.1.31

Re: What A Traitor! ( No.1 )
日時: 2018/09/03 18:59
名前: 日向 ◆N.Jt44gz7I (ID: PZ90N.oj)

【Prelude】


「さあ、送ってやれるのはここまでだ。あとは一人で歩いて帰れるな?」

 田舎町には到底似つかわしくない青のブランドスーツに身を包んだ男は屈んで、手を引いていた少年の目線の高さに合わせた。
 少年は涙の跡が残る頬を擦って舌っ足らずに言った。すりむいた膝を庇うように半歩後ろに身を引いてしまっているが。

「Si,Grazie.compare.(うん、おじさんありがとう)」
「Prego.(どういたしまして) 」

 男は眉尻を目一杯下げて少年の柔らかなカーリーヘアを撫でた。
 彼の嵌めている黒革手袋の感触は思ったより無機質で、額に触れるたびにその冷たさ故、眉間に皺を寄せるしかなかった。しかし中の筋張った彼の手のぬくもりは確かに感ぜられた。
 畑仕事をする逞しいぼくのパーパよりももっと背が高い、料理上手なぼくのマンマよりもっと髪が長い、少年は改めて眼前の破顔する男を見て、不思議な感覚に囚われた。

 郊外の自宅兼農場から町中へ家族と一緒に遊びに来たはいいものを、いつの間にか一人はぐれてしまっていたのだ。全く知らない人気の無いような煉瓦の牙城に、わけもわからず泣いていたところに彼は現れた。住人はみな作業着が当たり前な中、スーツを着込んでサングラスを掛けた表情の分からない大男だ、勿論最初は恐ろしくてたまらなかった。
 しかし彼は不慣れな町中の路地に迷い込んだ挙げ句、派手にすっ転んだ自分を手当して町の広場まで連れてきてくれた。マンマは決して知らない大人について行ってはならないと言っていたが、眼前の紳士な彼ならばお咎め無しだろう。
 道中は彼と手を繋いで、たくさん話をしながら、町で一番大きな広場までやってきた。
 自分の家族のこと、最近パーパの仕事を手伝い始めたこと、マンマの一番好きな料理のこと。彼は全て優しく相槌を打ちながら聞いてくれたが、彼自身の事は一切語ろうとしなかった。彼の故郷、家族、仕事、全て笑って誤魔化すだけで肝心なことは何一つ教えてくれない。
 唯一教えてくれたのは年齢だけで、四十歳だと言っていたが、全然そんな風には見えなくて、またはぐらかされたと思った。
 男がその時初めてサングラスを外すと、ブロンズの長髪と同じ金色に縁取られ、吸い込まれそうなほどの彩を放つ淡青色の瞳があった。少年はこんなに優しげな色を湛えた瞳を今まで見たことが無く、思わず生唾を飲み込んだ。
 夕暮れの朱に染まりゆくトーニャスの町風景をサファイアの虹彩に留めて。少年は、宇宙みたいだ、そう思った。

「まだおじさんなんて歳じゃないと思ってたんだがな」
「よんじゅうなんでしょ、おっさんだよ。僕のパーパは自分のことにじゅうごって言ってたよ」
「はは、手厳しい」
「でもね、髪、すごくきれい」

 風が煉瓦造りの入り組んだ路地を橙になって駆け抜けた。男の長く結った髪を巻き上げ、男と少年のあいだに交差する視線の間に躍る。
 トーニャスは山と峡谷に囲まれた盆地地帯である。黄昏どきはいつも斜め上の方から下ろし風が吹いて、人々が家路を急ぐのを邪魔するのだった。
 いつもより勾配のきつい斜陽に照らされたブロンズは朱と金が混ざる絶妙な色合いに輝く。
 少年は口をぽかんと開け、いつか家族旅行で行ったヴェネツィアの地で見た金の刺繍細工を思い出した。無論、その品物の価値など分かるはずもなかったが、パーパは値札をちらと見た途端、変な顔をして舌を出したものだった。
 流れる朱は藍の夜空を引き連れ、静かな街に星を鏤め始める。
 男は、もう少し忘れていたいな、そう思った。

「俺の大切な人がね、綺麗だ、と言ってくれたんだ」
「たいせつな人? そうなんだ。あのね、僕もそう思う」
「ありがとう、バンビーノ」

 男は少年の頬に軽く惜別のキスをした。少年はくすぐったそうに肩を震わせて笑い、男にじゃれつくようにしてハグをした。
手を繋いで歩いただけでは分からなかったオリエンタルベースの香水、まだ仄かに残る整髪料と、大人の煙の匂い、初めて触れる香りは少年の未発達な器官には情報過多で、少しふらつきそうになる程だった。しかし決して不快なものではない。
 少年は男の腕の中で、再三訊いたことを今一度尋ねる。

「ねえ、おじさん、おしごとは何してるの? さっき教えてくれなかったじゃん」

 男は切れ長の瞳を更に細めて黒革に包まれた長い指を、むしろ女性的とも思える紅い唇に柔く押し当てた。

「内緒。なんたってボスだからな」
「なにそれ! 教えてくれないならもういいもん」
「そうやってむくれてくれるなよ。カリーナなお顔が台無しだぜ、バンビーノ。ほら聞こえるかい? あの声、君のマンマじゃないのか」

 遠くからぼんやり聞こえてくる女性の声は、先ほど訊いた少年の名前を呼んでいた。涙と焦燥が滲んだ叫び声で、男は少年の周囲が愛に溢れていることを伺い知った。
 少年は先ほどと表情を一変させ、茶色の丸い瞳を更に丸くした。口角と眉が上がり、頬も紅潮してくる。

「マンマだ!」
「そうか、良かったな。さあ、帰りはマンマをエスコートしてあげるんだぞ。元気でな」
「——うん、おじさんもね!」

 そう言うと少年は広場の端で一度だけ此方を振り返って、飛び跳ねながら手を振る。しかしその姿は、疾うに暮れきった夕闇の中へ溶けていった。
 男は暫くとっぷりと路地に満ちた闇を見つめていたが、思い出したように背を向け広場を後にした。
 そして背中越しに一等大きな泣き声を聞く。このぶんじゃ家までのエスコートは無理だな、とにやついて一人ごちた。
 五歳じゃ無理もないか、まだまだ泣き虫な時分だろう、とも。



 入り組んだ路地は多いが、小さな田舎町だ。
 しかしこの町が世界遺産登録されそうになったと聞いたときは大層肝が冷えた。これではセーフハウスの意味が無い、と。
 だが結局それは杞憂に終わった。肝心の煉瓦路地面積が狭過ぎるのと、此処の煉瓦を観光しに訪れるくらいならフィレンツェに人は行きたがるだろうというわけで、その話はあっけなくお流れになった。
 歩き慣れた煉瓦造りの道を左に曲がってしまえば、事務所という名の現実が待っている。わざと歩みを緩めてもみたが、盆地に吹き込む夜風は山々からの冷気を孕んで男の項を撫でた。
 何しろこの世の地獄が待っているのは変わらない。男はジャケットの腰ポケットからパルタガスを取り出し、銀の重いライターで火を付けた。蓋裏の化粧板がかち合い、甲高く、それでいて重厚に反響した。
 事務所から光が漏れているのを視認すると、最初の紫煙を吐き出し、誰に言うでも無く呟く。
 
「——ああ、仕事な。俺の職業は、悪党ってところか」

 日が暮れる前から携帯がジャケットの内ポケットでひっきり無しに震えていた。
 一度目の電話からマナーモードに切り替えていたのは決して少年に虚像を重ねていたわけではないのだ、と自分に言い聞かせた。そうでもしないと懐に忍ばせている重たいモノの不味い方を、こめかみに押し当ててしまいそうになる。
 男は左手薬指の腹を革越しに親指で引っ掻いて、自分をこの世に留める確かな枷を確認し、水のように緩い衝動を掻き消した。
 早く帰ってくるように、と催促の電話とメールが数十件入っていることに気付き、男は苦笑するしかなかった。

【Prelude】

用語解説 ( No.2 )
日時: 2019/01/21 01:52
名前: 日向 ◆N.Jt44gz7I (ID: on4ShBGJ)

【登場人物公開資料】
ホセ=マルチネス(Jose=Martinez) 資料>>4
胡 浩文(Hu Haowen) 資料>>6
ファティマ=ムフタール(Fatimiya=Mukhtar) 資料>>8
アマンダ=サベレレ=バヨダ(Amanda=Saberere=Bayoda)資料>>11
シン=ナンビアー(Singh=Nambyar)資料>>13
ディンゴ(Dingo)資料>>17

【用語紹介】
※随時追加

【トーニャス】(全編 初登場>>1Prelude)
イタリアとオーストリアの国境であるアルプス中央東山脈の麓にあるという架空都市。
名目上は都市となっているが、今となってはその立地ゆえに産業の発達に取り残されてしまった田舎町である。
若者を中心とする地元の人間の大部分は都市部や他のEU加盟国へ移住していったため、人口は減り高齢化が進んでしまい、都市という名前は過去の遺物となりつつある。
町の主な産業は畜産業であるが、煉瓦路地の歴史的景観が特に有名で一時期世界遺産登録される寸前までに至った。
リチャードの自宅兼事務所、即ちトーニャス商会のセーフハウスが存在する。

【トーニャス商会】(全編 初登場>>4Ⅱ)
表向きはイタリアの架空都市トーニャスでリチャード=ガルコ(40)が代表を務める火薬卸売り業者だが、金さえ払えばどのような仕事でも代行し、中立を謳うフリーランスの犯罪組織という裏の顔を持つ。
主な業務内容としては私刑代行、密輸、脅迫、強請、護衛などである。
執行部である戦闘員の他、医療部や情報部があるのが特徴で、商会員の国籍人種年齢に統一性は無く「人種のサラダボウル」になっている。
社内公用語は英語である。

【アダムズ・ビル】(全編 初登場>>4Ⅱ)
世界各地に支部を持つ巨大なアメリカンマフィアでニューヨークに本社を持つ。
源流は米ドル貨幣偽造を行っていた組織であり、組織名の由来は旧約聖書にて始原の人類とされるAdam+bill(紙幣)とbuildingから。
強大な力で各国の組織を統合しながら勢力分布を広げており、傘下に入る者には懐柔策を、対立組織には積極的に攻撃する方針をとっている。
現在は裏社会の重鎮レイモンド=アダム=ステイツ(65)が会長を務めている。
過去、リチャードはパレルモにあるイタリア支部のボスだったがとある事件を理由に「アダムズ・ビル」から自殺を装って離脱した。

【BAR:F】(全編 初登場>>6Ⅳ)
中華系露人エフスティグネイ=アハトワ(29)がトーニャスにて個人で経営するバー。店主の愛称はエフ。
マスターは若いが丁寧な接客と旨い酒が飲めると一部の通から支持を得ている。しかし店舗は入り組んだ細い裏路地にあり看板も無いのでなかなか見つけられない。
裏の顔はロシアンマフィアから退いたエフの隠れ蓑であり、ドリンクセラーは武器庫になっている。
トーニャス商会御用達の酒場で、毎週末のどちらかはトーニャス商会によって貸切になるようだ。

【アカプルコ・カルテル】(麻薬編 初登場>>4Ⅱ)
麻薬編メインであるホセ=マルチネス(21)の本家であり、メキシコのアカプルコを本拠地とする巨大麻薬密売組織。
その経営基盤は盤石で、政府との腐敗癒着が進んでおり公的に保護されているも同然の状態にある。
中南米を中心に勢力を拡大しておりアカプルコで売人に声を掛ければ必ずカルテルの息がかかっている、と言われる程。他にも覚せい剤、コカイン、ひいては銃の密造から流通まで幅広く取り扱っている。
革命ゲリラ、傭兵、退役軍人、免職警官を擁するカルテルの特殊殲滅部隊「onyx(オニキス)」は反社会的勢力の中でも世界有数の兵力を誇る。部隊の総指揮を執るのはディンゴ(43)であり、リチャードとは個人的に昵懇な間柄にある。
近年南米に進出してきた「アダムズ・ビル」とは敵対関係にあり、特にカルテルのドラッグプランテーションがある国境付近は両者の抗争が絶えない。

【特殊高火力殲滅部隊「onyx」】(麻薬編 初登場>>9Ⅶ)
【アカプルコ・カルテル】の抱える戦闘部隊で、少数精鋭のため規模は小さいが世界有数の兵力を持つ。
名前の由来は南米から多く産出される漆黒のオニキス石から、そのラテン語源は「爪」を表す。
隊員は革命ゲリラ、傭兵、退役軍人、免職警官など特殊訓練を受け、且つ実戦経験を持つ者で構成されているが、ホセは例外で特別に入隊が許された。そのような猛者達を取り仕切るのがディンゴと呼ばれる男であるが彼の出自や本名の一切が不明である。
隊の特徴から密林戦は彼らの独擅場であるため、カルテルの砦であるプランテーションの警護にあたっていることが多い。

【白蛇会新屋組】(継承編)
新屋萩之丞(38)を若頭とし、西日本を牛耳る日本の極道組織。
本家の白蛇会は財閥解体以降にとある重化学工業会社の工作部や荒事専門の幹部らが独立し、立ち上げた鷹派の経済共同体である。由来は日本古来より富、再生や不死を意味する神獣の白蛇から。
新屋組は白蛇会直系の暴力団であり、そのルーツより財界政界に太いパイプを持っている。
主な業務は密入国斡旋、武器密取引、要人暗殺など。しかし人身売買、薬物取引は外道とされている。
現組長の新屋梅雄(82)は老齢かつ病床に伏しており、実権は息子の萩之丞が握っている状態だが、萩之丞が三妻の子ということで組長の正式継承に白蛇会から待ったがかかった。現在は梅雄晩年期に生まれた正妻の子である新屋梗一郎(20)率いる保守派と組長継承をかけた内部派閥の争いが水面下で巻き起こっている。


※随時更新

Re: What A Traitor! ( No.3 )
日時: 2019/01/26 17:22
名前: 日向 ◆N.Jt44gz7I (ID: on4ShBGJ)
参照: http://www.kakiko.info/upload_bbs3/index.php?mode=image&file=862.jpg



「ただいま」

 室内は蒸し暑いほど暖房が効いていたので、リチャードは肘まで織り込んでいたジャケットの袖を戻し、ある程度皺を伸ばしたのち上着を脱いだ。
 セーフハウスの外観は空き家だったこの建築物を格安で買い取った時から変わらない。町の名物となりつつある伝統的な煉瓦造りの壁をそのまま使用しているので、誰からも何一つ怪しまれること無くトーニャスの町並みによく溶け込んでいる。
 暖色の煉瓦、その色自体嫌いでは無かった。むしろ住居として適応させた人類の叡智による数術的な橙の並びは言い様もなく美しく感じられ、それでいて栄華を誇ったルネサンス期に齧り付くような泥臭さがある。
 しかしその内装は世界遺産登録にまでこぎつけた歴史的な外壁が嘘であるかのように無機質で現代的だった。煉瓦と空間の間に断熱材、コンクリート、防音材で作られた壁の上に白い壁紙を貼ったごくごくシンプルなものだ。
 以前この家屋を改築したときに、地元の建設会社の大工の棟梁は作業中に肩をすくめながら、折角の煉瓦をどうして埋め立てるようなことをしたんだ、とこちらに尋ねてきた。
 しかし此方の答えにそれほど興味は無かったらしく、問いかけるだけ放り投げて取って付ける用のもっともらしい理由を考える前に作業に戻っていった。
 この町には更に異質な筈の異常なまでの防音設備には何故か突っ込まれなかったのが幸いだった。もしかすると防音材の意味も分かっていなかったのかもしれない。金額を上乗せして発注を受けた壁材を、見慣れないマニュアル通りに壁にはめ込んでいく、辺鄙な町の大工にはそれだけでいっぱいいっぱいだったのかもしれない、とも思った。

「遅えんだよ。こんなドクソ田舎でどうやったらそんなに道草食えんだ? 郊外の家畜共と一緒ンなってファックかましてたンじゃねーだろうなオイ 」

 リチャードの帰宅早々噛み付いてきたのは、ホセ=マルチネスという青年だった。盛大に舌打ちをかましながらショートブーツを打ち鳴らしてリチャードに近付く。
 バスク系メキシコ人である彼はヒスパニックなのだろうが異様に白い肌が目立った。少々キマった目に濃い隈、顔自体は童顔で可愛らしい顔つきをしているのだが、やはり一発で堅気ではないと分かる目つきが問題だった。
 ホセは生まれも育ちもメキシコのアカプルコで言葉遣いや素行が少々やんちゃなのもそれが由来なのだろうと思われた。
 現在でこそアカプルコは各国のセレブや富裕層から人気なビーチリゾートとして有名になっているが、リゾートから少しでも外れるとそこは万国共通の認識、修羅の国へとその顔つきを変える。特に外国人は強盗やスリの類いは遭遇しないことの方が珍しいが、メキシコでは現金を持ち歩く方が安全だと言われている。それは何故だろうか、それは明快単純でいて歪、襲われたら大人しく金を渡すのが一番の安全策と言われているからだ。
 ホセはアカプルコ出身といえども決して富裕層の子ではなく、親の顔も知らないストリートチルドレンの出身である。今の話もリチャードがホセ自身から聞いた話だった。
 ホセがどうしてメキシコから遠く離れたイタリアにいるかと尋ねられれば話が長くなってしまうのだが、表向きの理由としては、リチャードと昵懇な間柄であるホセの上司から裏社会のいろはを学んでこいということで彼は半ば強制的にイタリアに送り込まれたのだった。
 ホセの歳は21で未成年者を雇用しないという経営方針をとっているリチャードの会社では最も若く、その分血の気も多かった。

「はは、ホセ。心配してくれてたのか、遅くなって済まないな」
「——あ? 今度そんなお花畑言ってみろよ。色男ロメオご自慢のピチャ引き抜いて【装填数∞の連射可ベレッタBM59】ってな店に提げといてやるぜ」

 ホセはリチャードの胸ぐらを掴もうと試みたが、ただ彼の厚い胸板を小突くに終わった。何故なら彼らの間には約30センチほどの身長差があったからだ。
 160センチそこらしか無い身長、すぐ頭に血が上る性格、どんなにドスを聞かせたとしても少年期のままの声、鋭く尖った犬歯、背伸びして白に染め上げ更に毛先に鮮やかな赤を加えた髪。どんなにホセがリチャードに悪態吐こうが彼にとっては白毛の小型犬がじゃれてくるようにしか思えなかった。考えてみれば年齢だって二回り離れている。ホセに食って掛かられる度に、そういえば世界最小のカリーナなチワワ犬はメキシコ原産だったなあ、なんて考えてしまうほどで。
 埋まらない身長差に決まりの悪さを感じたホセは、決まっていつもショートブーツのエッジでリチャードの足を踏むのだった。

「痛!? うぐ……ホセ、他の皆はどうしたんだ?」
「チッ——帰ったよ。テメーが電話に出やがらねーかんな」

 踏まれた足の甲を革越しにさすりながら壁掛け時計を見るともう七時前だった。リチャードの会社では定時は六時半に定めているから、成る程皆帰ってしまっている時間だ。リチャードは部屋の奥のソファに深く腰掛けて革靴を脱いで、体重をかけられた箇所を確かめる仕草をしてみせた。
 店舗の裏口から建物の中に入るとそこはリチャードの自宅兼事務所だった。一階には一般的な白いオフィスデスクと彼の選んだイタリアの家具ブランドソファが自慢の応接室がある。
 オフィスとは縁遠い田舎町にあって外が煉瓦造りである事以外は普通の会社と何一つ変わらない。一つ異様なのが『普通の会社』でも到底見ることが出来ないであろうマシンが隅のほうに鎮座していることだろう。マルチディスプレイの黒いデスクトップパソコンが、たこ足配線で片付けるにはあまりに禍々しいほど様々な機材に繋がれ、まるでコードの海に溺れているように見える。
 
「お前は待っててくれたのか」
「んな訳ねーだろ、いちいち気色悪いんだよマリコン野郎が。 ディンゴから電話があっただけだボケ」
「ん——ディンゴから? 事務所の方にか? 珍しいな」
「知らねえよ。確かに伝えたからな、オレぁ帰るぜ」

じゃあな、とホセが部屋の裏口に向かって歩き出した瞬間、打ち合わせたかのようにリチャードの携帯が震えた。
 特注の超強化ガラスシート越しの液晶に浮かび上がった発信を見ると【Dingo】と表示されており件の男からである事が分かった。

「噂をすれば、な。ディンゴだ」

 ホセは相槌の代わりに舌打ちをして、リチャードとは目を合わさずに少し距離のあるオフィスチェアにどすんと腰掛けた。そしてすぐさま底の磨り減った土足をデスクの上に乗せてふんぞり返ったが、精密機械を置いていない場所だから今は見逃してやるか、とリチャードは嘆息した。
 リチャードは右手の革手袋を外してから震え続ける携帯の液晶を人差し指で撫で、右耳に端末を押し当てた。刺すような視線と短気なチワワの放つ殺気を背中に感じたため、勿論スピーカーにすることも忘れない。

「ああ、済まない。俺だ」

 喰い気味に電話口の相手が応えた。

『——俺だ、じゃねーヨ。さっきから事務所の方に掛け続けてンのに出ねえってえのはどういう了見だァ? お得意様放ってファックキめてやがったンじゃねえよナァ?』
「ホセと同じ事言わないでくれないか。それに、知ってるだろ」

 リチャードは、強い南米訛りのある英語を話す男が決して苛立っているわけではなく普段からこういう口調で絡んでくることを知っていた。
 まさしく彼がディンゴその人である。
 ホセの本社において直属の上司であり、リチャードとは古くから個人的な親交もある。しかし「お得意様」とディンゴは言っていたがリチャードは彼と仕事関連で話したことは一度も無い。せいぜい年に数回の呑みの席で彼の下世話な雑談を聞き流し、中南米の情報を仕入れる程度だった。 
 彼が言葉を紡ぐ隙間に早口なアナウンス、集団の足音、人々の喧噪が割って入りただでさえ聞き取りにくい彼の英語が更に遠のく。一体どこから掛けているのだろうか、職場でない事は明らかだ。駅のターミナルだろうか。

『今週中にもソッチに向かうからヨォ、何か必要なモンとかあったら言ってくれヤ』
「いいのか? それなら、もう少しでパルタガスが切れそうだから持ってきて欲しいんだ」
『は、ヒリポジャスめが。コッチは真面目なビジネスの話してンだよ』

 パルタガスというのはリチャードの好む甘みの強い葉巻で、世界的に有名なコイーバと並ぶ比較的高価なキューバ原産の銘柄だ。トーニャスのような田舎町に拠点を構えていればまずお目にかかる事はないし、品薄になりやすいパルタガスの人気も相まって中々イタリアでは手に入らないのであった。
 リチャードは仕事柄多くの言語に触れなければならないが、ホセやディンゴのお陰で辞書に載らないスペイン単語を数多く学ぶことが出来た。彼らは平常にて笑みを浮かべながら他の言語や文化ではあり得ない量の罵詈雑言を早口で捲し立ててくる。南米の民族全般ではなく彼らだけだと願いながら、貶しがコミュニケーションということも身をもって学んだ。皮肉を込めて、生きた言語のシャワーというのはこういうことを言うのだろう、と思った。

「冗談さ。ああ、書類だったな、特に必要ないぞ。契約金の確約と依頼者自身の実態さえ掴めれば。だからお前の場合問題ない」

 リチャードの言葉を聞いて、電話向こうのディンゴは人を食ったように笑って言った。

『そりゃ良かっタ。生憎もう少しでお空の上なんでネ。今更何々が必要です、なンて言われても用意出来なかったからヨ』

 妙に騒がしいところで電話をしていると思ったが、空港だったらしく合点がいった。
 しかしどうにも事情の方は飲み込むことが出来なかった。互いの『仕事』については勿論心得ているが悪友に過ぎないディンゴがどうして今になって、しかも急にトーニャスを訪れるのか。通常の依頼ならばファックスなりメールなり、それこそ電話なりで済ませることが出来たはずだ。トーニャスに会社を建ててからというものの各国のクライアントから数多くの依頼をこなしてきたが、今回の件はどうも胸騒ぎがした。
 リチャードは金色の柳眉を顰めてディンゴに尋ねる。

「——なあ一つ聞きたいんだが、今回の仕事というのはお前の【会社】がクライアントか? それともディンゴ、お前自身か?」
『ン、さあナ。着いてからのお楽しみってこったヨ』

 それだけ言うと、電話は一方的に切られてしまった。


Re: What A Traitor!【第1章Ⅰ更新】 ( No.4 )
日時: 2019/01/26 17:33
名前: 日向 ◆N.Jt44gz7I (ID: on4ShBGJ)
参照: http://www.kakiko.info/upload_bbs3/index.php?mode=image&file=864.jpg



 プロトコルマナーに則った四回のノックの音で、ようやくリチャードは目を覚ました。 

「ボス、お目覚めですか」

 扉の向こうで耳慣れた男の声がした。リチャードは寝ぼけ眼を擦りながらベッドからのそりと起き上がり、重い足取りで木目が粗いドアの方へ向かう。
 彼の自室は事務所の二階部分にあたる広めの一室と屋根裏部屋を改装した場所にあった。裏口から続く階段を上って廊下の突き当たりが彼の部屋だが、会社を作ってから誰も室内に招き入れたことは無い。内装は事務所と同じように白壁を基調とした二部屋の1LDだった。寝室にはキングサイズのベッド以外何も置いていない。
 ダイニングキッチンは陽取りの大きな窓のある、しかしこぢんまりとした造りだった。
 普段は専ら外食で済ませてしまうのだが、冷やして固めるだけのティラミス、言ってしまえばパスタを茹でて簡単に作れるソースを絡めるだけのカルボナーラ等は彼の得意料理らしい料理であるらしく、昼休憩中に従業員に振る舞うこともあった。
 中央にはダイニングテーブルと二客の椅子。しかし向かいにある椅子に座る者はいない。いつもなら眠気覚ましにコーヒーを飲むのでコーヒーメーカーのコンセントは挿しっぱなしだ。
 家具は全てイタリアのインテリアブランドのものを好んで置いた。壁紙が白なので、ベッドからクローゼットに至るまでを黒に統一している。これはイタリアンデザイン界の巨匠が手がけた、シャビーシックを謳ったスタンツァを参考にしたものだった。
 彼の拘りで玄関そばのシャワールームとトイレは別にしてもらった。例の大工は居間の部屋面積が狭くなってしまうぞ、とまた口をへの字にしていたが、一般的なイタリア人男性と比べても大柄なリチャードには伸び伸びとシャワーを浴びられない方が問題だった。イタリアの水道水は殆どが硬水なので浴槽は必要ないし、おそらく他の家庭のバスルームも同じだろうから、そこは留意せずとも良かった。
 ドアの材質は世界的にも銘木と名高いウォルナットだ。勿論リチャードが選んだ材質で、ウォルナットは高価なギター等の楽器のボディに用いられている材木であり、四度のかの打撃音はよく抜け、芸術的に彼の部屋に反響した。しかも木の性質として比重が高く硬い材質であり、亜鉛メッキ鋼板を心鉄としているため並大抵の装備でドアを破られる心配はほぼ無い。
 四十路の男の部屋に果たして強固な扉が必要かどうかは議論の余地があるが。しかし彼の【職業】上どうも恨みを買うことが多く、扉を堅固なものにする必要があったのだ。
 目覚まし時計や携帯のアラームなどを使ってはみたのだが、このノック無しでどうにも上手く起きられた例しがなかった。
 ロックを解除し、チェーンを外し、ドアノブを回して、扉を押すとそこには見慣れた唇を引き結んだ男がいた。

「お早う御座います、ボス。さぞお眠りになられたでしょうね」
「——む。浩文ハオウェン起きてたぞ……」                     

 彼の名前は胡 浩文(フー ハオウェン)といい、リチャードが営む会社の従業員である。
 漢族系中国人である彼は、意志の強さを表す太い眉に、険のある光を湛えた瞳を持っていた。
 34歳とリチャードより少し若いが彼が出張などで事務所を留守にするとき、あるいはリチャード抜きで社員らが外部に出向くときは、専ら浩文がリーダーシップを取り社員らをまとめてくれたものだった。
 そんな彼の性格もあって、リチャードは彼を信頼し、このようについつい甘えてしまうところもあった。ホセとのやり取りでもそうだったが、毅然とした態度で部下と接する事の出来ない自分は人の上に立つ者として向いていないのだろうか、と時々考えることもある。しかしそんな時は決まって浩文が自身のサポートに回ってくれた。朝に弱いリチャードを起こしに来るというサービスは、浩文の業務の中に入っていないのだろうが。

「……信用なりませんね」

 彼の几帳面でいて生真面目さを示すような、フレームレスの眼鏡越しの光はリチャードを射貫くようだった。艶やかな黒髪は短く整えられ、眉にかからない前髪は中央で分けられている。黒のスーツを一切の着崩し無く着込んでおり、まさに真面目勤勉なビジネスマンを体現したような男だった。
 浩文はわざとらしく咳払いをしながら、自らの腕時計の文字盤を見遣る。リチャードは肩をすくめながら、玄関から見える所にあるダイニングの壁掛け時計を振り返ると、10時を過ぎたところだった。
 そして浩文はフレームレスの眼鏡を人差し指で押し上げると、穏やかにリチャードに告げた。

「とりあえずは服を着て下さいませんか。お客様が下でお待ちです」

 就寝時、リチャードは服を着て眠れない。

******

 全ての準備を整えて、階下へ降りると妙な喧噪が耳を衝いた。南米訛りの強い英語、そして時折混ざる口汚いスペイン語のスラング。浩文の言う【お客様】は先日連絡を受けた、件の男であることは想像に難くなかった。
 リチャードは少し事務所のドアを開けると、案の定ソファにふんぞり返る男が目に飛び込んできた。何を言われたのかは分からないが、ホセは眉を吊り上げたまま紅い顔をして、自らの上司であるはずの男の顔を睨んでいる。

「ディンゴ」
「——ン? アー、リッキー。わざわざ来てやったのに手前のお出迎えが無えとはナァ」

 褐色の肌、無造作な漆黒の巻き毛、服の上からでも判るしなやかな筋肉を持つ肢体、そして左頬にある袈裟懸け状の大きな傷。
 メキシコのアカプルコに拠点を構える巨大麻薬密売組織【アカプルコ・カルテル】の幹部ディンゴ、正にその人であった。
そしてリチャードの経営する会社【トーニャス商会】もまた裏社会に暗躍する犯罪組織の一つである。表向きは地元の猟師向けに弾薬や猟銃を扱う火薬卸売り業者としての顔を持っているが、その実態は金さえ払えばどのような仕事でも代行する闇の代行業者だった。
もともとホセは商会の人間ではなく、カルテルの構成員である。カルテルのとある部署直属の上司であるディンゴによって単身イタリアに飛ばされたのだった。

「よく来てくれたな、メキシコからここまで遠かっただろう」

 リチャードはディンゴの対にあたるソファに深く腰を下ろした。浩文に目配せをして、応接室での商談の際、欠かせないブラックコーヒーを用意してもらう。
 ディンゴは傍らに控えていたホセの首根っこを捉えて、残った方の手でホセの髪をがしがしと乱暴に撫でた。ホセも必死にディンゴの腕から逃れようと応戦するも圧倒的な体格差の前に、喚くしか策が無かった。残念なことにホセにはディンゴとも約30センチの身長差がある。
 暴れるホセを意にも介さず、ディンゴは舌打ちを一つして、リチャードに光の無い三白眼を向けた。

「ペペちゃんから聞いちゃあいたが、本当にド田舎だナァ。ローマの空港から一体どれだけ車を走らせたか分かってンのか? 仕事終わりの娼館は無いしヨ、クソッタレ。オレは羊を犯す趣味は持ち合わせが無えンだ。——っとそんなに邪険にするなヨ、ペペちゃん。これでも一年ぶりに会えて嬉しいんだゼ?」
「ペペちゃん?」
「知らねえのカ、向こうでのホセの愛称だヨ」
「いやそれは分かるが」
「ピンガ!(くそ!) おいディンゴてめえ、その名前で呼ぶんじゃねえ!!」

 ようやくディンゴの情熱的な再会の挨拶から解放されたホセは、彼の腕を振り払うと、乱れたヘアセットを直し始めた。ぶつくさ文句を言いながら、耳の横で鮮やかな赤を留めている黒のアメピンを六本全て外して、差し直す。これをもう片方でもう一度。
 一方のディンゴは悪戯っぽい笑みを浮かべ、満足げに腕を組んだ。いつもはキーボードの押下音しか響かない事務所だったが、彼ら二人が揃うと全く別の空間に変わったようだった。

「ウチのホセはお前ンとこで上手くやってるカ?」
「ああ、よく働いてくれている。こちらでの仕事の覚えも早いしな」
「そりゃ良かっタ。もう少し熟れたらアカプルコに返してくれよナ」
「——チッ、気色悪いな。オレは極東の見世物パンダじゃねえんだぞ、クソ」

 この眼前の男が一体何を依頼しようというのか。あれこれ考えを巡らせているうちに、浩文は恭しい動作で一杯のコーヒーをリチャードの前に置いた。

「ボス、コーヒーです」
「ありがとう、浩文」

 浩文は軽く会釈して立ち上がると、背筋を伸ばしてリチャードの傍に控えた。
 浩文の淹れたコーヒーを一口含むと、挽きたてのキリマンジャロコーヒーの香ばしい香りが鼻腔を通った。このコーヒーはタンザニア出身の女性社員が勧めてくれたものなのだが、彼女は現在有給をとってフランスへ旅行中だった。
 リチャードは陶器のソーサーにカップを置くと、やはり未だホセとじゃれ合っているディンゴに言った。

「娼館は無くとも、美味いテキーラが呑める店は紹介してやるさ。……さてそろそろ商談を進めようか、ディンゴ」
「——ン? アー、そうだナ」

 ディンゴはホセを構う為に斜め後ろに向けていた体を、正面に戻した。そして足下のメキシコから持参した黒のアタッシュケースを、二人を挟むガラステーブルに乱暴に置く。
 ガツン、と派手に甲高い音がしたのでリチャードは机に傷が付いていないか表面を擦って確かめた。幸い傷は付かなかったが、リチャードは金に縁取られた群青の瞳の険を強めてそれを見咎めた。

「気を付けてくれ。テーブルが割れる」
「いちいち細けえヨ、リッキー。ジジくせえ事言うなっテ、オレ達まだ40だゼ?」
「お前は43じゃないか……」

 リチャードへの返事の代わりに、ディンゴは唇を舐め、おもむろにアタッシュケースのロックを解除し始めた。通常二カ所しか施錠箇所の無いケースである筈だが、ディンゴの持参した代物はやけにロック箇所が多かった。
 全てのロックを解除し終えたディンゴは一息つくと、入れ物の蓋を開けた。丁度蓋が邪魔でその中身は見えないが、ディンゴは目視で何かを数えている様子だった。時々唸ったりして頭を掻いたりしていたが、暫くすると、ちゃんと揃ってるなと彼の母語で呟いた。ディンゴはケースを180度回し、リチャードらにその中身が見えるようにする。
 そこには思わず目を疑うような金額の米ドル紙幣が、その価値を収めておくには余りに小さな入れ物の中で鎮座していた。
 
「リッキー、前金10万ドルだ。【アカプルコ・カルテル】のソルジャーになれ。【アダムズ・ビル】に牙を突き立てろ」


 今度は耳を疑った。


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