複雑・ファジー小説

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Seventh Knight —セブンスナイト—
日時: 2018/11/29 01:02
名前: 清弥 (ID: n4UdrwWp)

 始めまして、閲覧ありがとうございます。清弥と申します。

 感想や意見を求めて三千里。「なろう」でも別名「セブンスナイト —少年は最強の騎士へと成り上がる—」として上げておりますが、何分あちらのサイトではあまり受けない内容でしたのでこちらにも掲載させて頂きます。
 内容はご当地主人公の異世界ファンタジー。拙い部分も多々ありますが、お付き合い頂ければ幸いです。

(以降、あらすじ)
 人間と魔族と禍族《マガゾク》が蔓延る世界。そんな中で、禍族に住んでいた町が襲われたことをきっかけに緑の少年……ウィリアムは大いなる力を手に入れる。
 これは、『緑の騎士』と成った少年が七色の騎士たちと織り成す『七色の騎士《セブンスナイト》』の物語だ。



序章 —セブンスナイツ—
 >>1>>4
1章 —力求める破壊の赤—
 >>5>>20
2章 —救済探す治癒の藍—
 第1話「悪夢」 >>21
 第2話「その後とこれから」 >>22
 第3話「『藍の騎士』との出会い」 >>23
 第4話「再会のための別れ」 >>24
 第5話「服を脱げ」 >>25
 第6話「本当の全力」 >>26
 第7話「"余物"と呼ばれた物たち」 >>27
 第8話「生物を殺すということ」 >>28
 第9話「矛盾した能力」 >>29

2章_救済探す治癒の藍 —服を脱げ— ( No.25 )
日時: 2018/10/07 17:44
名前: 清弥 (ID: n4UdrwWp)

 次の日の朝、ウィリアムは再び『藍の騎士』が住まう治療院に来ていた。
 何度見ても最低限見れるだけの綺麗さを持つ建物に、ウィリアムは苦笑いする。

「あら、朝から結構な挨拶じゃない、ウィリアム君?」
「あ、えっと……おはようございます。その、アニータさん」

 とてもとても清々しい笑顔を向けられた少年は、曲線を描く目の中にある“威圧”に震えあがると姿勢を正す。
 完全に上下関係が構築完了したのか、傍から見ればそれはただの王女と下僕だった。

 姿勢を正しながらも周りの風景を眺めたウィリアムは、笑顔を向けるアニータの奥に見える屋敷の中を見つめて気付く。

「もしかして、アニータさん一人がこの治療院を……?」
「————」

 痛いところ疲れたかの様に、アニータはその顔から笑顔を消す。
 一瞬、目を逸らした彼女が次に表すのは再び笑顔。

「えぇ、そうよ。私の治癒の力さえあれば問題ないもの」
「……そう、ですか」

 気高く常に真っ直ぐ前を見続ける、そんな人を体現したかのような彼女がその笑顔の淵に見せたのは“儚さ”だ。
 それを見つけたウィリアムは、治療院がアニータ一人で経営しているのも何かしら理由があるのだろうと結論付ける。
 けれど、その理由を問う資格はウィリアムに存在しない。

「では本題に行きましょう、アニータさん」
「————。えぇ、どうぞ中に」

 ウィリアムが“何故”を聞かないのにアニータは一瞬驚き、すぐさま気を取り直して屋敷の中へ案内する。

(どうして聞かなかったのかしら。絶対気付いているのに)

 どこか抜けているようなウィリアムだが、彼が宿す瞳は全てを見透かすような雰囲気を持っていた。
 僅かに見せてしまった隙をその彼が見逃しているはずもないだろう。
 だが一向に聞いてくる気配を見せない緑の少年に、アニータは驚きつつも安堵する。

「どうぞ、あまりいいお茶は出せないけれど」
「ありがとうございます」

 治療院である屋敷の中にある治癒室にウィリアムは連れられ、すぐにアニータは暖かな紅茶を持ってきた。
 すごく美味しいとは口が裂けても言えないが、それでも紅茶の良い匂いと暖かさにウィリアムは癒されるのを感じる。
 明らかに表情を緩くなったウィリアムを見ながら、彼女は彼の真正面に腰を落とす。

「じゃあウィリアム君は脱いで、上半身」
「……ぇ、脱がなきゃだめですか?」

 至極真面目な表情でアニータは即座に「駄目」と言い切り、ウィリアムの逃げ口を完全に閉め切る。
 急に顔が赤くなり視線を右往左往に向ける、まるで本当の少年のような仕草に彼女は多少なりとも驚く。
 しかし、確かに目の前の彼は“少年”なのだと彼女はすぐに再確認した。

(あまりに彼が“非人間”らしくって忘れてたわ。確かに彼は少年なのに)

 アニータがウィリアムと出会って何より感じたのは、非人間っぽさ。
 人間の形をしていながら人間ではない……そう感じさせる雰囲気を彼は持っていた。
 儚く、淡く、それでいて吸い込まれそうなほど純粋で半透明。

 ——それはまるで、ガラス細工で装飾された水晶のように。

「早く脱いで、私も準備を済ませるから」
「あっはい」

 いそいそと顔を赤らめながら脱ぎ始めるウィリアムを尻目に、アニータは自らの両手に藍色の拳銃を出現させる。

「……脱ぎました」
「じゃあ始めるわよ」

 完全に上半身が裸になっていることをアニータは確認すると、ウィリアムの胸の中心に右手にある拳銃の銃口を当てた。
 すると、拳銃の持ち主である彼女の脳内にウィリアムの身体状況が流れ始める。
 その結果を見て、アニータは目を細めるしかない。

(全身の筋肉が凝り固まってて、一部の骨は未だ繋がりきってない。カサブタもかなり多いし……)

 よくこれほど自身の体を痛めつけられたな、と彼女は心の底から思う。
 大楯の得物を持つということは、つまりこういう身体を一生背負っていくことに等しい。
 人々を護るという使命故に自身の身体を気にしないのだ。

「“|治癒よ、体を治せ《リカバリー》”」

 アニータはウィリアムの体に対して、まず大部分を支える骨の修復から始めることにする。
 宛がわれた銃口が左腹に移動して藍の光を発し始め、左腹を満たしていく。

「っ! ふぅ……」
「————」

 途切れ途切れだった骨が確かにくっついていくのをウィリアムは理解したのか、大きく息を吐いた。
 その時に左腹に込められた力が急速に抜けていくのを見逃さないアニータ。
 思わずため息をついて仕舞う。

(なるほど、普通に動けてたように見えたのは筋肉で強制的にくっつけてたからなのね)

 確かに骨で繋ぎ止めていた体を、筋肉が割増で負担すれば今まで通り動けるかもしれない。
 だがそれは常に尋常ではない痛みを負い続けることになる。
 一歩歩くだけでもかなりの負担になっていたはずだ。

 10分ほどをかけて、ようやく左腹の骨を繋ぎきったアニータは大きく息を吐く。
 ほぼ傷を負う前の状態にまで戻った骨に、流石のウィリアムも驚きを隠せなかった。

「おぉ、凄いです」
「……今日はここまでね」

 額を伝う汗を右腕で拭うと、アニータは“ウィルン”を消す。
 どうやら治癒というのはウィリアムの思う以上に負担のかかる行為だったらしい。

「大丈夫ですか?」
「えぇ。これ以上の治癒は私の体力が持たないし、それ以上にウィリアム君の体にも負担をかけるわ」

 治癒というのは傷を治すこと。
 けれどそれは摩訶不思議な能力だけで治している訳ではない。
 あくまで活性化させて治しているだけなので、一日に一定以上の治癒しか出来ないのである。

「これからは良く食べて良く寝なさい。それだけ体の治癒も早くなるわよ」
「わかりました、そうします」

 服を着ながら、ウィリアムはアニータの言葉に頷いたのだった。




「——ここがこの街の衛兵の訓練場よ」

 治癒を受けた後、アニータの案内によってウィリアムは衛兵の訓練場に来ていた。
 理由はもちろんウィリアムの基本能力を向上させ、再び“呪病”にかからせない為である。

 訓練場の中へと足を運んだウィリアムは、自身たちへ……いや細かく言えば“アニータへ”視線を向けている人が多いことに気が付く。
 それは下世話な視線ではなくもっと純粋な疑問の視線だった。

(何故お前がここに……という視線だな、ウィリアムよ)
(あぁ。アニータさんがここに来ることは珍しいみたいだ)

 バラムと内心で会話をしていると、不意に誰かが近づいてくるのを見つける。
 スキンヘッドに日焼けの肌、筋骨隆々とした身体で一見怖そうに見えるが、よくよく見れば目元は少し垂れており柔らかな雰囲気を持っている男性だった。

「おう、アニータ。お前が来るなんて珍しいじゃないか。どうしたんだ?」
「用があるのは私じゃなくて、隣にいる少年の方よ。衛兵長、エレベンテさん」

 スキンヘッドの男性……エレベンテはアニータからそう言われると、隣にいる少年であるウィリアムに視線を移す。
 立ち方、露出されている肌から見える筋肉量などをエレベンテは見て察する。
 極々真面目な表情をして、スキンヘッドの男性はアニータに詰め寄った。

「お前、子どもを拾ってきたのか?」
「違うわよッ!」

 響きの良い音を鳴らしてアニータはエレベンテの、毛一本生えていない頭を全力で殴る。
 正直、ウィリアムもそう言うのは在り得ないなと思った。
 ……どの口が言うのか。

 鋭く息を吐きエレベンテを睨みながら、アニータはウィリアムを指さす。

「例の『緑の騎士』、ウィリアム君よ」
「……初めましてエレベンテさん」
「————」

 息を呑む音が聞こえた。
 こんな若い、しかもガタイの悪い少年が『騎士』だということが理解できないのだろう。
 エレベンテはウィリアムをもう一度見つめ——

「ウィリアムと言ったかな、脱いでくれないか」
「……ぇ?」

 ——アニータと同じ言葉を放った。
 二回目とはいえ、流石に男から言われるとは思わなかったウィリアムは思考回路が一瞬停止する。
 そして無意識に逃げを求めたのか、恐る恐ると言った表情で問う。

「あの、上半身だけ……ですよね?」
「何言ってるんだ」

 ウィリアムは大きく息を吐く。
 当然だ、誰も同性のパンツ一丁姿なんて見たくも無い。
 安心しきったウィリアムへ、さも当然化のようにエレベンテは言い放つ。

「全部に決まってるだろ」
「えっ」

 しばらく、思考回路が停止したウィリアムであった。

2章_救済探す治癒の藍 —本当の全力— ( No.26 )
日時: 2018/10/10 15:10
名前: 清弥 (ID: LqhJqVk8)

「ぁあぁぁああぁぁ、お婿にいけない……。女性からも男性からも裸見られるとか、本当にお婿にいけない……」
「まぁまぁ、アニータが居なかったからまだ良かっただろう?」

 それとこれとは話が別だろとウィリアムは金魚の如く顔を赤くしながら思う。
 赤面するウィリアムだが、彼を見つめるエレベンテの表情は真顔で悩んでいるようだった。
 急に黙り込んだエレベンテにウィリアムは首を傾げる。

「少年、失礼だがキミ……貴族の隠し子とか何かか?」
「え?」

 エレベンテの言いたい意図が掴めず、疑問符を空中に浮かべるウィリアム。

「キミには筋肉というものが全く見当たらなかった。普通の平民なら畑仕事や友達と遊ぶことで、自然に筋肉は付く。だがキミにはその“付いて然るべき筋肉”というのが殆ど無い」
「……だから、貴族の隠し子ですか」
「あぁ」

 一つの街で衛兵長を任されるエレベンテはある一定の情報を持っている。
 ヘマをしない為、貴族とその子どもや孫の名前は熟知していた。
 だからこそ思ったのだ、ウィリアムは貴族の隠し子で運動する機会が無かったのではないか……と。

「すみませんが俺は貴族の隠し子ではないです。止めてくれませんか?」
「——ッ! あぁ、すまない」

 瞬間、エレベンテに感じたのは威圧。
 戦闘経験も豊富であり、禍族に対して十数分時間稼ぎを行えるほどの腕前だ。
 けれどその彼が、若い少年の威圧に圧倒され足を一歩下がらす。

 慌てて謝罪したエレベンテは、ウィリアムがすぐに微笑んだのを確認して内心で大きく安堵する。
 それほどまでに、ウィリアムが発した威圧は凄まじい物だったのだ。

「すみません、貴族にはあまりいい経験が無いものですから」
「……そう、か。不配慮だったな、重ねて謝罪しよう」

 禍族と魔族、人間にとって共通の敵が生まれたことにより人間通しのいがみ合いは消えた。
 その結果、人間同士の戦争によるストレス解消の為に治安が悪くなることも無くなり、貴族も悪い面では目立つことは少なくなったのである。

 だが、例外は存在するもの。
 隠れて一方的に平民などを傷付ける貴族も居なくはないのだろう。
 幼い頃、運悪く性質の悪い貴族に痛い目を見せられたのだろうかとエレベンテは悟る。

「この話はこれまでにしましょう、お互いに良いものではありませんし……。というより、アニータさんは何処に?」
「あぁ、アニータ嬢なら帰ったっすよ」

 エレベンテに裸を見せている間に何処に行ったのだろう、と視線を巡らせるウィリアム。
 その疑問に答えたのは、訓練場で訓練していた若い男性だった。
 帰った?と目をパチクリとさせるウィリアムに、エレベンテはツルツルの頭を撫でる。

「済まないな少年、アニータはいつもあんな感じなんだ。用がなければすぐに帰ってしまうんだよ」
「まぁ一応“ウィリアム君、頑張ってね”と伝言があったっすけど」

 おぉ……と感嘆の声を上げるエレベンテに若い男性は「そうっすよね!」と声を荒げた。
 全く理解できないウィリアムは眉を潜めると、エレベンテに同調した若い男性に問う。

「どういうことですか?」
「あ、キミが例のウィリアム君っすね。アニータ嬢は人嫌いなんすよ」
「人嫌い……?」

 若い男性の言葉にウィリアムはアニータとの今までを思い出すが、どうにもその言葉が当て嵌まらないような気がする。
 どちらかというと、普通の女性のようにウィリアムには思えた。
 だがその時思い出すのは“治療院を一人経営”という事実。

「もしかして、治療院を一人で経営しているのも?」
「俺はアニータからそうだと聞いているね」

 ウィリアムはアニータという存在の違和感に顔をしかめた。
 彼には、どうしても彼女が表面だけでそう決めつけているようにしか見えなかったから。

(表面では人が嫌いなんて言ってるけど、それじゃあ……)

 それではウィリアムやエンテと接しているときの、微かな笑顔は何だったのか。

「じゃあ話はこれぐらいにして、そろそろ訓練を始めようか」
「え、あっはい」

 目を細めて思考の海へ沈み込もうとしたウィリアムの鼓膜に、エレベンテの声が響く。
 お蔭で現実に思考を戻したウィリアムは、一つため息をつくとこの問題はとりあえず置いておくことに決めた。

「ウィリアム、キミはあまりに体が出来てなさすぎる。よってそこのウェイと共に衛兵見習いの訓練を受けてもらうよ、良いね?」
「分かりました」

 ウェイと呼ばれた口調が独特な若い男性の方へウィリアムは視線を向ける。
 茶髪に茶目という、人間では最も多い色素の色をした彼はウィリアムへと手を伸ばす。

「よろしくっす、ウィリアム君」
「君付けは止めてください、ウェイさん」

 こっちも呼び捨てで良いっすよと、ウィリアムの手を握ってウェイは笑った。
 そして、ウィリアムの鍛錬が始まる——。




「おら、まだまだ速度出るだろッ! 早く走れ!!」

 初めて鍛錬するウィリアムに課せられた最初の訓練内容、それは持久走だ。
 エレベンテが「良い」と言うまで一度出した速度を緩める事は許されず、逆に延々とスピードを出せと罵られる。
 時間を周回数も設定されていない、正真正銘ゴールのない持久走。

(え、えらい……!)
(ふむ、ゴールを設定しないことで気を緩めさせないのか。良い訓練だ)

 ただ見るだけで済むバラムに内心愚痴りながらも、ウィリアムは走る。

「おいウィリアム! てめぇそれで本気のつもりか!? 『騎士』様にしては一番遅いじゃねぇかッ!」
「はぁっ……! はぁっ……!」

 訓練モードのエレベンテは容赦がない。
 柔らかい雰囲気はどこかへ行き、そのガタイの良い怖い雰囲気が漏れ漏れである。
 しかし、彼が言っていることは何も間違ってはいなかった。

(日々運動してなかったのが、ここまで響くなんて!)

 事実ウィリアムは衛兵見習いの若い男性たちより、見間違えるほど遅い。
 それは根性や気持ちで何とかなるものではなく、ただウィリアムの体が周りに比べて圧倒的に貧弱なのだ。
 実際生身で走りながら、本当に『騎士の力』様様だと思わざるを得ないだろう。

「まだまだ、全員スピード上げろ! お前ら根性たりねぇぞ!!」
(ふざけるなよ……!)

 ウィリアムの体はとっくに警報を鳴らしている。
 休むべきだと、酸素を肺に欲しいと、止まるべきだと叫んでいるのだ。
 けれどエレベンテはこれでも根性が足りないのだと言う。

(これ以上、どうやって——)

 思考さえも段々白くなっていく。
 もう考える事さえ今のウィリアムの脳には出来ない。
 脚の筋肉が悲鳴を上げまくり、パンパンに膨れ上がる。

 だが虚ろな脳に響くのは止まるなという轟き。
 心臓が弾けそうなほど早くなり、もう走っているのか止まっているのかさえウィリアムとって重要ではなかった。
 声の通りに走り続けることだけが一番大切だったのである。

 この状態で走り続けて10秒か、1分か、1時間か……はたまたもっと長いか。
 不意にウィリアムは体のあらゆる苦痛が無くなるのを感じた。

(あ……れ、体が……か、るい)

 思考が未だ虚ろなままだが、少なくとも疑問に思える程度には考える力が残っていたらしい。
 全体的に白みを帯びた視界で確認すれば、未だウィリアムの足は動き続けている。
 心臓の痛みも、足の痛みも、喉の渇きも、振り上げる肩の痛みも、もう感じなくなっていたのだ。

 ただ茫然と走り続けるウィリアム。
 そしてようやく、終わりを告げる声が鼓膜に響く。

「——終了ッ!」
「ぁ……?」

 走ることしか考えれなかったウィリアムは、その声を聞いた瞬間に足を止める。
 瞬間、凄まじいまでの体の痛みや苦しみ、怠さが襲い掛かった。
 死んだかのように支える力を失くし地面に倒れるウィリアム。

「ひゅー……ひゅー……」
「歩ける奴は歩けよ! 倒れた奴は起き上がらなくても良いからな!」

 ウィリアムは感じた。
 今先ほどの“真っ白の状態”こそが、自身の本当の限界なんだと。
 そこに至るまでは、まだまだ体は動けるのだと。

(なる、ほど……これが、全力)

 指一本さえ動かせない。
 動かしてしまえば、まるで砂のように崩れ去るような気分さえある。
 だが、それでも——

(すごく……良い。気持ち良いなぁ)

 ——走り切った充実感や達成感に、心地よく笑うのだった。
 エンテが「運動は良いぞ!」と誘ってくれる意味を、ようやく理解しながら。

【余物】と呼ばれた物たち ( No.27 )
日時: 2018/11/25 20:12
名前: 清弥 (ID: n4UdrwWp)

 ウィリアムの鍛錬が始まり早一週間が経った。
 初日にして“本当の全力”を思い知り、自身がどれほど弱いかを再確認したウィリアムは人一倍努力するようになる。
 10をやれと言われれば20を行い、50をやれと言われれば100をこなす……正に一心不乱で鍛錬していた。

 治癒の方も中々順調らしく、毎日反吐が出るほど体を動かし擦り減った栄養を補うため、今までの三倍近くの量を食べていたお蔭らしい。
 始めの治癒は後遺症になりやすい治りかけた骨を完全に治したらしく、それ以降は“呪病”の治癒へ移っていた。

「——はい、これで終了よ」
「ありがとうございます」

 ようやく一ヶ月の治癒期間の内、一週間を終えたことにウィリアムは一安心する。
 体が非常に重たくなることも無くなり、殆ど元通りに動けるようになったことを確認するウィリアム。
 治癒の進み具合に頬を緩めるウィリアムに、アニータは真剣な表情で「さて」と言葉を発した。

「一週間が経って、ウィリアム君の“呪病”は収まり始めたわ。大体三割ほどかしら?」
「三割……ですか」

 何度も言うが“呪病”にかかると一番厄介なのは『騎士の力』を扱えなくなる点である。
 『騎士の力』が扱えなくなると言うことは、身体能力の超強化も出来なくなり能力も使えなくなることに等しい。
 この病気にかかった時点で、『騎士』は『騎士』でなくなるのだ。

 されど一週間という期間を経て、ウィリアムの“呪病”の三割は収まったらしい。
 つまりは、である。

「多少なりとも『騎士の力』を扱えるようになったということですか?」
「えぇ、その通りよ」

 人々を護る為の力を少なくとも扱えることが出来る……その事実だけでウィリアムの表情は明るくなった。
 程度の問題ではない、“使えるか”“使えないか”の問題だろう。
 頬を緩めたウィリアムにアニータは指をさして「ただし」と忠告する。

「得物は使えないし、能力も使えないわ。身体能力でさえ、半分も強化されない」
「どれくらいの身体能力になりますか?」

 自らの望みを叶えるための力。
ウィリアムにとってそれが“大楯”と属する能力だ。
 それらが使えないのは苦しいが、使えないものは使えないのだから仕方がないとウィリアムは思う。

 重要なのは、一体今の自分でどれだけのことが出来るか。
 食い入るように見つめるウィリアムの視線を浴びながらも、アニータは目を細め考える。

「……今の素の身体能力にも依るけど、大体エレベンテと同程度じゃないかしら?」

 衛兵長であるエレベンテと同程度の身体能力ということは、つまり禍族に対し十数分時間稼ぎを行える程度の力を得るということだ。
 もちろんウィリアムとエレベンテの間には戦闘経験や技術などの差がある為、ウィリアムが時間稼ぎに徹したとしても十数分も持ちこたえられないだろうが。
 だがそれでも、“エレベンテと同程度の身体能力”という言葉は嬉しかったらしい。

「ありがとうございます、アニータさん」
「————」

 笑みを浮かべてお礼を言うウィリアムにアニータは息を呑む。
 顔を背けて瞳を伏せると、振るえる唇で言葉を紡いだ。

「……別に、お礼されることじゃないわ」
「それでも言わせて下さい」

 ウィリアムの瞳には震える彼女の姿が映る。
 人嫌いだと言いながら、ここまでお節介をしてくれる女性の姿が。

(貴女は、本当に人が嫌いなんですか?)

 その言葉をただ言うことは無く、ウィリアムはアニータに感謝の頭を下げた。




「害獣退治、ですか?」
「あぁ、丁度“呪病”も収まりかけて『騎士の力』を使えるんだろう? 一ヶ月も体を作ることに使うのは得策じゃないからな」

 いつも通りに訓練場へとやってきたウィリアムが聞かされたのは、訓練の一環として害獣退治に参加することだった。
 エレベンテからの意外な申し出にウィリアムは驚きつつも、なるほどと納得する。

 本来の衛兵の訓練ならば、最低でも一年は体を作ることに専念するだろう。
 だがウィリアムは衛兵見習いではなく『騎士』だ。

 素の身体能力も十分に大事だがそれ以上に必要なのは戦闘経験。
 『騎士』である以上、禍族と一対一で戦う上での最低限の身体能力は『騎士の力』で補うことが可能である。
 故に今のウィリアムに最も必要なのは、どれだけ戦闘時上手く動けるかの訓練だった。

「お気遣い、ありがとうございます」
「いや良いんだ。最近“|余物《アマリモノ》”が増えてね、対処に困ってたんだ」

 タイミングが良かったんだよと笑うエレベンテに、ウィリアムは頭を下げた。

「……っと、そういえばキミは余物について知ってるか? 一般人では知らない人も中々多くてね」
「禍族の“力”の残りカスが動物に憑りついた結果出来た害獣、ですよね?」

 慌てて思い出したようにエレベンテは問うが、読書が趣味だったウィリアムは流石に余物という存在については把握している。
 どうやら本当に少年は知っているらしい、と安心したようで息を吐くエレベンテ。

 “|余物《アマリモノ》”。
 先ほどウィリアムが言った通り、禍族の“力”の残りカスが動物に憑いた結果出来る害獣の事を指す。
 どうやら禍族が持つ“力”は普通の生物にとってかなり有害の物らしく憑かれたら最後、人を殺すだけの機械に成り下がる。

 だが“力”の残りカスは人間だけは憑いた事例は一度も無く、全て知能レベルの低い動物や植物にだけ影響していた。
 “余物”と成った生物たちは考える力を完全に失くし、ただただ人間を襲い喰らい続ける。
 生物では絶対に在り得ない強さを持ち、意識でさえ失くした生物はもう既に“生き物”ではない。

 ——故に、“|余物《アマリモノ》”。

「キミは余物との戦闘経験は?」
「いえ、俺が経験したのは禍族との戦いだけです」

 ふむふむと頷きながら訓練時どこに入れるか頭を抱えるエレベンテ。

 知識だけは知っているものの、肝心な余物自体をウィリアムは見たことがない。
 というより、それが本来普通なのだが。
 余物は本来あまり姿を現さない……というより余物に成ることが少ないのだ。

 禍族の力の残りカスによって生まれる存在の為、まず禍族が出現しないことには余物は出来ることは無いのである。
 つまりそれが意味することは一つ。

「……さきほど、余物が増えていると言っていましたよね?」
「ん? あぁ。言いたいことは分かるさ、禍族出現の前兆、だろ?」

 コクリと頷くウィリアムに、エレベンテは小さく笑う。

「この街には『藍の騎士』が居るし、キミもいる。何も心配することなんてないだろ?」
「————」

 その笑みから窺えるのは確かな信頼。
 『騎士』が居るから大丈夫だと、『騎士』に任せておけば心配ないのだと。
 エレベンテの笑みが、言葉が、全てが物語っていた。

 だから一瞬ウィリアムは固まる。
 今、初めて『緑の騎士』は——

「そうですね」

 ——信頼の重さに挫けそうになった。

(これが、重さか)
(苦しいか? ウィリアム)

 人々から信頼される、その意味、その重さを実感したウィリアムは手汗を拭う。
 信頼の重さを痛感するウィリアムに、バラムがそう問いかけた。
 それは心配であり、確認であり……“煽り”。

 内心で挑発的な笑みを浮かべると、ウィリアムはその問いに答える。

(苦しいけど、辞めないし止まらない。これは俺が選んだ道だから)
(……うむ)

 これ以上言うことは無いとバラムはこれ以降、ウィリアムに声をかけることは無かった。

「じゃあウィリアム、確かキミの得物は大楯だったな?」
「あっ、は、はい」

 意識を現実へ戻すと、エレベンテは両手にウィリアムが使うであろう武具を担いで持ってくるのが見える。
 礼を言おうとしたウィリアムは、エレベンテが担ぐ武具の中にある物が交じっていて首を傾げた。

「あの、なんで片手剣を?」
「キミに付けてもらうためだ」

 ウィリアムが『騎士の力』で創り出す得物は“大楯”のみであり、片手剣などは創られない。
 故にウィリアムの戦闘スタイルは常に大楯のみの、防御一点型だった。
 だからこそ、いきなり片手剣を持てなど言われてもウィリアムは困るだけである。

 困惑するウィリアムに、ため息をつくエレベンテ。

「キミは今まで大楯だけで戦ってきたんだろ?」
「えぇ、ですから——」
「——攻撃は誰がした?」

 言われてウィリアムは思い出して……気付く。
 ウィリアムは今まで四体もの禍族と戦い、その中でウィリアムが明確に攻撃したのは一体のみ。
 誰も助けに入れなかった、初めての戦いのときである。

 初めての戦いのときも行った攻撃は相手の懐に大楯を突き立て、纏っていた風で吹き飛ばしただけ。
 それ以降は常に防御に徹し、ブランドンやエンテに攻撃を任せていたのだ。
 攻撃力を持ってはいるがあまりに不確定すぎるし、隙が多い。

 纏めれば、ウィリアムは明確な攻撃手段を持ってはいなかった。
 気付いて大きく目を開くウィリアムに、エレベンテは「だから」と言葉を続ける。

「これからはキミも攻撃に参加するんだ。防御一点型ではなく、防御優先型に戦闘スタイルを変える。それだけで今まで以上に強くなるはずだ」
「……俺が、攻撃」

 『騎士』であるウィリアムが望むもの、それは“全てを護る力”。
 だからこそ顕現した得物は大楯だし、付属する能力も人を護ることを優先するものだ。
 けれど全てを護りたいと望むウィリアムにエレベンテが求めるのは、攻撃する力だった。

 エレベンテは受け取ろうか迷うウィリアムの肩に手を置く。

「キミは何の為に『騎士』になった?」
「それは……全てを、護りたいからです」

 文字通り全て。
 人々であり、世界であり、国であり、生命そのもの。

「なら余計ウィリアム、キミはこの剣を持つべきだ」

 どうしてとウィリアム眉を潜め、エレベンテを真正面から見続ける。
 エレベンテもその真っ直ぐな瞳を見返し、「何故なら——」と言葉を続けた。

「——“攻撃から守ること”だけが、“護ること”じゃない」
「————」

 言葉を失ったウィリアム。
 それほどに、目の前の男性が言ったことは破壊力があったのだ。
 同時にウィリアムは、心のどこかで理解する。

 彼が言っていることは正しいのだと。

「キミは全てを護る為に、脅かす敵を倒せねばならない。禍族を倒せば余物という憐れな物たちも無くなり、魔族を倒せば物理的な脅威も無くなる」

 だから武器を持てと、彼はそう訴えた。
 全てを護る為に抗う力を持てと、彼はそう願った。

「……ありがとう」

 エレベンテは自身の両手から重みが無くなるを感じて、ウィリアムへ笑顔を送る。
 けれど受け取ったウィリアムの表情は暗いままだ。

「貴方の言いたいことは分かりましたし、理解もしました。……けど、まだ納得はしてない」
「…………」

 真面目な表情でウィリアムが発する言葉を、エレベンテは真剣に受け取る。
 あくまで納得していないのだと。

「だから、俺はこの片手剣は必要な時以外使いません」

 ウィリアムは告げた。

 ——自身の信条は、絶対に曲げたくないのだと。

生物を殺すということ ( No.28 )
日時: 2018/11/27 18:31
名前: 清弥 (ID: n4UdrwWp)

 ウィリアムはエレベンテ率いる正規衛兵たちに連れられ、衛兵見習いと共に街の近くにある森に来ていた。
 不安や緊張でそわそわしている他の見習いたちの中で、ウィリアムはこの森の異様な雰囲気を感じ取る。

(気持ち悪いな、この森)
(これが禍族の“力”の残りカスというものだろうな)

 明らかに森に入る前と入った後では空気が違う。
 本来森の中に居るはずの鳥や昆虫さえ息を潜めて、ただ“ナニカ”から逃げているように見えた。
 生物の宝庫たる森の中では在り得ない静けさにウィリアムは悪寒を消し切れない。

「ウィリアム、キミは勘付いているようだな」
「……はい」

 見習いの中で明らかに警戒度を高めているウィリアムに気が付いたのか、エレベンテは問う。
 ウィリアムも、その問いに答えながらもエレベンテがこの異様な雰囲気に気が付いているのだと軽く驚いた。

「わかるんですね、エレベンテさんも」
「馬鹿言うな。俺含め付き添いの衛兵は全員気付いてるぞ。何年この街を守ってきたと思ってるんだ」

 両肩を竦めながら口角を上げるエレベンテに、すみませんとウィリアムは頭を下げる。
 無自覚とはいえ他人を見下したことには変わりないのだから。
 頭を下げるウィリアムにエレベンテ含め正規衛兵たちは苦笑した。

「気にするな、自身の過ちを気付ければ十分だ」
「ありがとうございます」

 エレベンテはウィリアムの感謝の笑みを受け取るとコクリと頷き……形相を真剣なものへと一転。
 瞬間、ウィリアムも悪寒が現実に成ったのだと確信し大楯を構える。

「見習い共! 武器を構えろ、余物が来るぞッ!」
「舞え、“|風之守護《ウィリクス》”」

 未だ敵が近くにいることを理解できない衛兵見習いたちへエレベンテが号令を出すと同時に、ウィリアムは未完成状態の『騎士の力』を発現させた。
 ウィリアムは普通の人々とは違ってズルをしている気分になるが、それでも背に腹を変えられないと集中する。
 例え『騎士の力』と言っても今は唯の身体能力を強化するだけの力であり、その加護もエレベンテほどにしかならない。

(油断出来ないな……!)
(気を引き締めろ、ウィリアムよ。今の状態では風は扱えぬ)

 忠告するバラムへ内心でウィリアムは頷くと、一瞬右手を片手剣へ動かし……一瞬だけ戸惑う。

(決めただろ、全てを護るんだって)

 だがすぐに戸惑いを消し去り、一瞬だけ止まった右手で片手剣を引き抜いた。

 『余物』と呼ばれる物たちは“生命ではない”。
 禍族の力に取り込まれた瞬間に、生命としてその一生を生物は終えているのである。
 だが取り込まれた生命が休める事とは同じではないのだ。

 死体に鞭を打つ。
 正に余物という物はそれを体現している。
 すでに生命として終えている物体に、無理をさせて動かしているのだから。

 ——だから余物を倒すことが、生命を護ることに繋がる。

「来るぞ!」
「Gaw————!」

 森の中から出てきたのは、黒い靄のような曖昧なモノに憑りつかれた狼。
 影のようで影でなく、闇のようで闇でなく、実在していないようで実在している。
 矛盾を極めたような不可解な存在が、余物だ。

 余物に成った狼は気が狂ったように途切れ途切れで吠えると、生物では在り得ない速度で一番近くにいた正規衛兵を襲う。
 正体不明の霧で覆われた爪が屈強な男の体に振るわれた。

「っと。ほら見習い共、対処してみろ!」

 だが何年も培われた経験によって、いとも容易く正規衛兵は狼の攻撃を盾で受け流して見せる。
 どうやら目の前の人間を襲うことしか考えられないのか、次に一番近くにいた衛兵見習いの一人であるウェイに突撃した。
 自身へ向かってくる狼に対して完全にテンパっているウェイはどうすることも出来ず、ただ腰を抜かして叫ぶ。

「うあああああっ! ……あ?」

 数秒後か、それより早くか来る痛みに振えながら叫ぶ彼は、いつまで経っても痛みが来ないことに驚き目をそろりと開けた。
 そして自身の目の前に居る存在を見て、大きく目を見開く。

「ウィ、リアム?」
「大丈夫ですか、ウェイ!」

 ウィリアムはウェイと狼の間に立ち、振るわれていた爪を防いでいたのだ。
 咄嗟に動きいつもの通りに防いだウィリアムだが、内心舌打ちをしながら腕力にものを言わせて狼を吹き飛ばす。
 チラリと防いだ鉄の大楯を見れば、ヒビが入り込んでいた。

(鉄程度じゃ一撃だけでこれなのか……!)
(改善せねばならないな)

 改めて『騎士の力』によって顕現した大楯が凄まじいのだと再確認すると、ウィリアムは大楯を改めて構える。
 けれど今のこの大楯の状態ならば、せめて後一回しか受けきることは出来ないだろう。

(一体どうしたら消耗無く敵の攻撃を受けきれる?)

 途切れ途切れの唸り声を上げる狼を睨み付けながら、必死にウィリアムは考え考え考えて、ようやくたどり着く。
 次の瞬間、狼は我慢できないと言わんばかりにウィリアムへ大きく飛び付いた。
 それに対しウィリアムは——

「ぐ、うぅぅうう!」

 ——敵の攻撃を大楯に滑らせることで、攻撃を受けきる。
 金属の甲高い音を鳴らしながら攻撃を受けきったウィリアムは、そのまま片手剣を振り上げた。
 狙うは隙だらけの狼の横っ腹。

(……ごめん)

 余物と成る前に対処できなかった自身の力の無さに、内心で悔みながら謝罪すると片手剣を振り下ろす。
 初めて生物を殺す感触を右手が覚えていく。
 肉が、骨が、内臓が、全てがずり落ちていくのがウィリアムの視界に入る。

 だからこそ、ウィリアムは必死に目を開けて後悔の念と共に一生覚えようとした。

「ッ!」

 鋭く息を吐きだすと共にウィリアムは片手剣ごと狼の身体を地面に叩きつける。
 そこまで切れ味が無い片手剣は、狼の体を半分ほど切り裂いて止まっていた。
 だがその出血量や幾つかの重要な骨が砕けたことから、完全に死んだと思っていいだろう。

「ぅぷっ……!」

 禍族は見た目も、思考も、感触さえも生物ではない。
 けれど余物という存在は残酷にも、見た目と感触だけは本来の生物と同じもの。
 故にウィリアムは自身が生物を擬似的であっても殺したという事実に、吐き気を催した。

 全身が狂っているような感覚に襲われ、自身の右手が血で染まり切っているような幻覚さえ起こす。
 生命を殺すと言うのは、こういう感触がするのだと理解してしまったのだ。

「だ、大丈夫っすかウィリアム!?」
「放っておけ、ウェイ」

 片手剣と大楯を取りこぼし蹲って嗚咽を漏らすウィリアムに、救われたウェイは正気を取り戻し助けに入ろうとする。
 しかしエレベンテはそれを止めた。
 意味が分からないと言いたげな視線でエレベンテを見つめるウェイに、彼はウィリアムを静かに見つめながら言葉を漏らす。

「今、ウィリアムは試されてる」
「試されて、る?」

 コクリと頷くエレベンテ。
 一体を何に、何を試されているのか理解できないウェイは首を傾げる。

「試されてるんだ。戦う資格があるのか、ないのか」
「————」

 初めてウィリアムは生物を殺した。
 例えそれが擬似的なものだとしても、結果的には殺したのとあまり変わらない。

 どの年齢でも、どの性別でも、どの性格でも初めて生物を直接殺したときは吐き気を催すものである。
 故に試されるのだ、この先も生物を殺せるか、殺せないか。
 異常な吐き気を乗り越えた時、初めてウィリアムは戦う資格を得るのだ。

(……殺した)

 何故、殺したのか。
 護るべき存在を、何故自身は殺したのか。

(……護った)

 何故、護れたのか。
 殺すべき存在を、何故自身は護れたのか。

(俺は、殺したのか? 護ったのか?)

 生物を殺したのか。
 生物を護ったのか。
 それでさえウィリアムは分からなくなっていた。

(何故お主は『騎士』と成った?)

 その答えをウィリアムは持っていた。

(何故お主は全てを護りたいのか?)

 その答えをウィリアムは知っていた。

(何故お主はそこまで苦悩する?)
(俺は……)

 違う。
 殺したのではない、護ったのだ。
 その対価がこの吐き気なら、“安い”。

(俺は——)

 全てを護ると誓った。
 ならば、それを叶えるために殺したとしても“仕様がない”。
 ならば、それを続けるために殺したとしても“仕方がない”。

 全て護るのならば、その対価を全て自身が負えば良いだけの話なのだから。

(——護る為に、倒す)

 余物という存在が生物を脅かすのなら、倒そう。
 倒した結果生物が救われるというなら、倒そう。
 その代償が自身の“苦しみだけ”ならば安いものだから。

「……エレベンテさん」
「あぁ」

 立ち上がる。
 その姿は、先ほどよりも凄まじく前を向いていた。

(別の意味で振り切った、か)

 エレベンテはウィリアムの姿を見て、すぐさまそう判断する。
 吐き気をこらえながら立ち上がるのなら、それは“生物を殺すことを肯定していない”ことと同義。
 あくまで“吐き気”を背負った上で生物を殺すと決意したのだ。

(やはりウィリアム、キミは……嫌、これ以上は無粋か)

 他人の生き方に口出しをしない主義のエレベンテは、思いかけた言葉を打ち消す。
 彼の生き方だって、一つの在り方なのだから。

 ウィリアムは両手を震わせながら、無表情で言葉を発する。

「行きましょう」
「……あぁ」

 ただ、どうしてもエレベンテはウィリアムの行き着く先が不安で仕様が無かった。

矛盾した能力 ( No.29 )
日時: 2018/11/29 01:02
名前: 清弥 (ID: n4UdrwWp)

 ウィリアムがクェンテに訪れて早2週間が過ぎ、アニータによる治癒も順調の一歩を歩んでいた。

「じゃあ、脱いでくれるかしら?」
「わかりました」

 慣れとは恐ろしいもので、何日も上半身を晒しているウィリアムはアニータの言葉にすぐさま頷くと躊躇いなく服を脱いでいく。
 服という布を取り払われ、徐々に姿を現す少年の上半身。
 2週間での凄まじい鍛錬が功を奏しているのか、初日の治癒とは打って変わりその肉体には薄っすらと筋肉が現れ始めていた。

「始めるわね?」
「はい、お願いします」

 手慣れた様子でアニータは|水之治癒《ウィルン》を顕現させ、ウィリアムの晒された胸に当てる。
 現在は“呪病”を治癒しているため、ウィルンの銃口から放たれる藍の光はウィリアムの体すべてを包み込んでいく。
 何か暖かいもので包まれるような感覚に捕らわれたウィリアムは、静かに瞳を閉じ治癒に体を預けた。

「…………」
「…………」

 静寂だけが空間を支配する。
 アニータによる治癒はいつも静かだった。
 治癒を行うアニータは集中するために静かになっていたし、ウィリアム自身も自らアニータと接することはなかったからである。

「……ねぇ、ウィリアム君」
「? なんでしょうか」

 だが、今日に限っては違ったらしい。
 静かに治癒を行っていたアニータが口を開け、静寂を打ち破ったのだ。
 一瞬どうしたのだろうかと疑問符を浮かべるウィリアムだが、すぐさま意識を切り替えると言葉を返す。

「貴方は……うん、何故『騎士』に? 『騎士』に何を望んだのかしら?」
「————」

 その問いはウィリアムにとってあまりに意外で、一瞬言葉を失う。
 何より『騎士』であるアニータがウィリアムにそう問う、それはあまりに不可思議なものだったから。
 だがそれでも、答える言葉は変わらない。

「“全てを護りたい”。それが俺の望みです」
「そう、通りで貴方の得物は大楯なのね」

 問われた質問にウィリアムはそのまま答えたのだが、当の質問した本人は浮かない顔だ。
 どうしたのかと首をかしげるウィリアム。

「貴方は『騎士の力』が持つ能力は、望んだ力に反映されるっていうのは知ってるわよね?」
「はい、それがどうかし——」
「——信じられないのよ」

 ウィリアムは自身の言葉を遮って両銃を強く握りしめるアニータの表情が、苦渋に染まっていることに気付く。
 同時に、強く握りしめている両手が震えていることにも。
 怯えているのだとウィリアムは至り、何に怯えているのか考えて……悟った。

 今、彼女は自身の持つ『騎士の力』に怯えているのだと。

「私の能力は傷や病を治癒するもの、そして……」

 躊躇うかのようにアニータは一度言葉を閉じる。
 しかし意を決したのか、はっきりとした口調でウィリアムへと真実を告げた。

「そして、相手に傷や病を付与するものなの」
「ッ……!?」

 驚くまいと決心していたウィリアムであったが、流石のその告白に動揺を隠しきれない。
 それほど驚くことだったのである。

(相手を治す能力と、相手を傷付ける能力を同時に持っているのかっ!)
(普通に考えれば在り得ないことだな)

 アニータが治癒の能力と同時に傷付ける能力を持っているとすれば、それは彼女の望みが大きく矛盾していることに他ならないのだ。
 相手を治す能力を持つに値する望みを持っていながら、相手を傷付ける能力を持つに値する望みを持っている。
 つまりウィリアムで言えば、“全てを護りたい”という望みを持っていながら“全てを殺したい”という望みを持っていることと同じ。

「流石の貴方も驚いたようね?」
「……えぇ、はい」

 この事実に驚かない人がいるならば、それは余程の世間知らずか考え知らずである。
 常に考えるだけの冷静さを保とうと努力しているウィリアムでさえ、かなり驚くほどなのだから。

「それにね、私が持っている得物……“巫女様”は“銃”と呼んでいたわ」
「銃、ですか?」

 聞いたことのない単語にウィリアムは首を傾げた。
 疑問符を頭上に出現させている彼を見て、アニータは「知らなくて当然よ」と薄く笑う。

「高名な武器商人ですら知らなかった物なのよ? ただの庶民である貴方が知っていたら逆に驚くわ」
「確かにそうですね、ですが“巫女様”は知ってる……と」

 眉を潜めながらウィリアムは問い、それに対して厳しい表情を浮かべながら頷くアニータ。
 未だ治癒を続ける銃の先が震えるのをウィリアムの身体は感じた。

「私の持つ得物、“銃”はどうやら“生物を効率的に殺す道具”らしいの」
「————」

 治癒を持つ者が、他人を傷付ける能力を持ち尚且つ他人を効率的に殺す道具を持つ。
 気持ち悪いほど彼女の『騎士の力』は矛盾していた。

(今、俺の体に触れているのは“人を殺す道具”なのか……)
(どうする、ウィリアムよ? 今すぐ逃げたとしても誰も文句は言うまい)

 今、彼女が殺そうと思えばいつでも自身を殺せることにウィリアムは気付く。
 バラムも同じことを考えたのか、ウィリアムへ逃走の可能性を定義した。
 確かに今、剣を突きつけられているのだと思えばすぐさま逃げても可笑しくはないだろう。

 ——けれど、ウィリアムは“当然”の事をしない。
 いや、逃げないことこそ“当然”なのだ。

「それが、どうかしたんですか?」
「え……?」

 自身の体全体が藍の光で満ちているのがウィリアムには分かる。
 暖かく、優しく、安心するような、そんなポカポカとした藍の光だ。
 とてもではないが、この光を発することが出来る人に他人を殺すことなんて無理なのだと嫌でも判るというもの。

 直観が、光に包まれる体が、何よりアニータと毎日合っているウィリアムが思った。
 目の前の女性が、他人を害することは無いのだと。
 だからウィリアムは不安気に瞳を揺らすアニータに、優しく微笑んで逆に問う。

「いやでも、私が今行動すれば貴方をいつでも殺せるのよ? 怖く……恐ろしくないの?」
「全然」

 頭に手を当てると大きくため息をついて、アニータは「一体何なのよ」と苦笑する。
 それほどまでにウィリアムの返答に驚いたのだろう。

「確かにびっくりしましたし、今俺を殺そうと思えば殺せることなんてすぐに判りました。けれど、貴方の光を感じれば恐ろしくなんてないのだとすぐに理解できます。それほどまでに、アニータさんの“望み”は暖かいんですから」
「…………」

 大きく目を見開いて硬直するアニータ。
 きっと彼女はこの話をするのに、とても勇気が必要だったんだとウィリアムは思う。
 だからこそ、今この場で本音を言わずしてどうするのか。

 誰も怖がらないと、恐れないのだと理解してもらう他ないではないか。

「アニータさん、貴方は人嫌いと自ら言っていますよね?」
「……えぇ、それがどうかしたのかしら?」

 固まっていた彼女だがウィリアムが“人嫌い”なのか問えば、すぐさま気を取り直し気丈に振る舞って見せる。
 あぁ、確かにアニータが纏う雰囲気は人を寄せ付け難いだろう。
 何故かと言われれば——

「人と接するとき、そんな優しげな笑みを浮かべる人は“人嫌い”じゃないですよ」

 ——こんなにも彼女の笑みは暖かいのだから。

 人を寄せ付け難い雰囲気なのは、ただ言葉を掛けることすら億劫なほど彼女が美しいからだ。
 人を寄せ付け難い雰囲気なのは、ただ彼女の生き方が自身にも他人にも厳しいものだからだ。
 人を寄せ付け難い雰囲気なのは、ただただ馬鹿真面目で自分の意地を通しつくす人だからだ。

 それと同じ位、彼女は優しく器が広い。
 びっくりするほど人に厳しく、人に優しい彼女が“人嫌い”な訳がないのである。

「俺はアニータさんがどれほどの苦悩を背負ってきたのか、どうしてその得物を持つ望みを持ったのか、知りません。だから、これだけ言わせて下さい」
「これ以上、何を言おうってのよ」

 文句垂れるようにアニータが呟く言葉を無視して、ウィリアムはまっすぐ目を見つめた。

「貴方は十二分に『騎士』だ。人に優しく、人に厳しく出来る器の持ち主なのだから」
「————」

 呆気にとられたようにアニータは口を開け、しばらくした後すぐさま宛がわれた銃口をウィリアムから引き離す。
 流れるような速さで両銃を消した彼女は、立ち上がりこの場を去ろうと脚を進めた。

「ウィリアムく……いや、ウィリアム、これで今日の治癒は終わり。後これからは丁寧語じゃなくてもいいわ」
「……?」

 首を傾げるウィリアムを置いてきぼりに彼女は言葉を続ける。

「——ありがと」

 小さく紡がれた感謝の言葉。
 チラリと見えたアニータの顔は、恥ずかしさからか赤く染まっていた。
 そのまま去ろうとするアニータの後姿を見つめながら、ウィリアムも言葉を返す。

「また明日、アニータさ……アニータ」

 ただ彼女は片手を軽く上げることで、別れを告げた。


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