複雑・ファジー小説

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 最強魔導師は商人をしている
日時: 2020/03/27 20:37
名前: マッシュりゅーむ (ID: .pwG6i3H)

 
 『セイカゲ』で知ってくれた人はこんにちは。はじめましての方は初めまして。マッシュりゅーむです。
 今作品は、僕が仲間と書いている『セイテンノカゲボウシ』、閲覧数4,000回を記念——ということを名目上に、僕が前からやってみたかった、僕個人の小説となっております。


〜文章での注意事項〜
 ゴリゴリのファンタジーにしたいと思います。読みやすく、面白い小説になるように頑張りますので、よろしくお願いします。

 題名で分かる通り、主人公は無自覚最強——最強まではいかずとも、そんな感じです。
 こういった設定が嫌いな方もおられると思いますが、ご了承ください。

 物語の世界は、この世界と違いますが、㎝やkmなどの物理の単位を新たに作るとややこしくなるので、それはこの世界でも同様とします。

第一幕 第一章 Ⅲ ( No.4 )
日時: 2019/11/07 20:35
名前: マッシュりゅーむ (ID: 9Q/G27Z/)

 つまりこういうことだ。

 馬が速すぎた。これ以上、言うことはない。
 先程の風も、速すぎた馬の反動で起こったものだと思う。

 なぜこうなったか。それは、あれが【ゴーレム】だからだ。
 何が言いたいのかというと、【ゴーレム】というのは本来、読んで字のごとく『守護者』なわけで、城などを守るために作られたものだ。そして、城を守るにはその『守護者』は強くなくてはならない。
 よって、必然的に【ゴーレム】は、敵との戦い方を知らなくてはならない。
 
 現在、世に出回っているのは、戦闘の知識が埋め込まれた【ゴーレム】の術式であって、馬車馬のために作られたものでは決してない。なので、造られるのは戦闘系ステータス全振りの土の塊になる。
 
 さらに、今回の【ゴーレム】の形状にも問題がある。
 【ゴーレム】は、何かを守るためにその身の土や金属などを厚くして、耐久力を上げている。なので、一応素早さの補正魔法がかけられているが、動きが鈍く、速く動けない。
 逆に馬というのは、天敵から逃れるために、逃げ切るために現在の身体の形に進化していった。
 つまり、速さを追求した形なのである。

 この二つの要素を組み合わせるとどんなことが起きるか——それはたった今実証したばかりだ。

「はぁ。……いや、まてよ…?」
 あんな村の端から端まで一瞬で移動する化け物に、木でできた荷台をつけるとどうなるかを想像したら、溜息が出てきた。作り直しかな、と考えていると、ふと思いとどまる。
 荷馬車というのは、商品を運ぶと同時に移動手段にもなる。そして、移動は早ければ早いほどいいに決まっている。

——馬の【ゴーレム】ではなく、荷台を強化するほうがいい。

「………」
 そう考えた僕は、一旦馬をこちらに戻させ、まだ昼食を食べていないのにもかかわらず、荷台を【ゴーレム】に適応させるのに良い方法——魔法を考え始めた。


* * *


「後、一週間だね」
「……ええ。遂に、ね」
 アースが馬を【ゴーレム】で造ろうとしていたのと同時刻。
 アースがいる庭の横の建物——つまりアースの家の中で、二人の男女がダイニングテーブルを挟んで椅子に腰を掛け、昼前の紅茶を楽しんでいた。
 一人は長い白銀の髪に、スラっと伸びた体躯。輝く金色の瞳をしている美女。
 もう一人は黒髪に、紫紺の目。女のほうよりも高い身長の男。見る人から見れば、相当な実力者だということがわかるだろう。

「もう……あの子も成人か。時が経つのは本当に早いな」
「ふふ、随分とまぁ、ジジ臭いことを言うようになったわね」
 その二人——アースの両親は、自分たちの息子の話をしていた。

「でも…よかったのかしら」
「うん?」
 と、その時、母親の方——ミゼルが切り出した。
「ほら、私達のこと」
「ん?……あぁ、なるほど。つまり君が言いたいのは———オレ達が、【賢者】と【聖女】の末裔だということを、これまでアースに話さなかったことかな」
 ハハハ、と、父親の方——フェナンが笑う。しかし、ミゼルの表情を見て、すぐに笑いやむ。
「笑い事じゃないでしょ。あの子は私達が〔勇者パーティー〕の子孫なんて知らずに、【賢者】と【聖女】としての膨大な、規格外な魔力を持ったまま王都に行こうとしてるのよ?そしてあの子は貴方を標準の一般人だと思ってる。……どういう意味か、分かるわよね?」
「も、もちろんだよ。——無自覚にあの力を使って、危なくないか、って事だろう?」
 肩をすくめて、そして、フェナンも真剣な顔をして話す。
 
 二人の思っている通り、アースは、魔法が天才の【賢者】の子孫のフェナンを普通と思っている。つまりそれは、魔法の最高峰の魔術師の魔法は、誰でも扱えると思っているのに等しい。

「はぁ……。てか、なんでこの事を言わなかったのよ?」
「あ〜〜、だって自分が超常魔法を何個もポンポン扱えることにおかしい、って普通は気づくはずだろう?………しかも極めつけに神聖魔法も3つ覚えちゃうし」
「それは、貴方がしっかり『君は規格外だ』ってことを言わなかったからでしょう」
「一回同じようなことを言ったけど、アースはお世辞だと受け取らなかったし。それに君だって『なんで聖魔法が使えるのか』って聞かれたとき、お茶を濁してたじゃないか」
「そ、それは———」
 言い合いになる二人。そして、それが落ち着くときには紅茶が冷め、昼時になっていた。

「……話を整理しよう。あの子がこのことを知らないとこの先、危険だ」
「でも、知っていると、また問題が出てくる——」
「——あの子の性格か」
 アースは昔から、人が困っていたらつい助けてしまう性分だった。それは、商人という夢の動機にも出てきている。
——つまり、人助けをするためなら、手段を選ばないということだ。
 
 【賢者】、【聖女】という称号は便利なものだ。それの子孫だということだけで、人々は安心し、寄ってくる。
 そして、その中には——それを利用しようと考えてくる者も出てくるだろう。
 
 アースは悪い意味で純粋だ。人を疑うことを知らない。
 アースがこの先、誰かを助ける場面が出てきたときに、安心させるためにこの称号を使うだろう。そして、その噂が広まり、何かをたくらむものも出てくるだろう。

「——だから伝えないほうがいいな」
「ええ。かわいそうだけど、もう少し世間を知ってからのほうがいいわね」

 両親たちの秘かな会議は、静かに終わった。
 
 

 

第一章 第一幕 Ⅳ ( No.5 )
日時: 2019/11/15 18:01
名前: マッシュりゅーむ (ID: s6U4FeBy)

————一週間後。

「……と、じゃあそろそろ行くね」
 アースは、完成した荷馬車と、金属でできた馬を引いて村の門まで来ていた。そして今は、見送りに来てくれた己の両親と、別れの挨拶を交わしている。

「「なぜ馬車作った………」」
「え?なんて?」
「あ〜、いや、何でもない」
「こっちの話よ」
 フェナンとミゼルは前々からアースが何か庭でやってるな〜、とは思っていたが、まさか荷馬車を作っていたとは思っていなかったらしい。

 「馬車は普通、自分で作るもんじゃねぇ…」と、呆れ半分、感心半分で自分たちの息子を見ていたが、彼が規格外だったことを思い出し、考えるのをやめた。

「まぁ、とりあえず…、元気でな。……あ、そうだ」
「ん?何、父さん」
 フェナンが何か思い出したそぶりを見せ、アースに話し始める。
「一つ約束してほしいことがある。——お前の苗字は、向こうに行ったら使うな」
「え……。て、ことは、勘当ってこと…?」
 アースが悲しそうな顔をすると、何か思い違いをされてしまったらしいと気づき、フェナンが慌てて手を振りながら言う。
「い、いや、違うぞ!?え〜と、あ〜……」
「はぁ。お父さんが言いたいのはね、貴方の本名はとても長いでしょう?だから、面倒くさいから使わなくていい、って事よ」
 説明下手な夫の代わりに、ミゼルが説明する。そして、それを聞いてアースも納得する。
「あ〜、なるほど。確かに長いもんね、僕の名前」

 アースの本名は、アーセスト・ヴェル・セラリア・ワイトスガラン。『ヴェル』は〔勇者パーティー〕の一員のことを指し、『セラリア』は【聖女】、『ワイトスガラン』は【賢者】の持っていたとされる——実際に持っている苗字だ。
 なので、この苗字を他の人々——その中でも魔王が昔出現し、倒されたとされるこの王国の中で使うと、一発でそのことがわかってしまう。
 ……実は両親がアースにこのことを言ったのは、このことがあったからだったりする。もちろん、そのことはアースは知らない。

「…うん、分かったよ。じゃあ、そろそろ行くね」
「うん、行ってらっしゃい、アース」
「たまには顔を見せに来いよ」
 
 そして、アースは荷台に乗り、手綱を握り——『馬』に命令をする。
「ここから道に沿って南東へっ!」
『ブウゥン……』
 そしてその『馬』が不気味な音を立てた時——既にアースは、遠い向こうにいた。

「……はっや」
「あぁ、やっぱり疑ってはいたけど……あれ、【ゴーレム】だ」
 ミゼルが呟き、フェナンが呆れと称賛の混じった表情で言う。
 一拍おいて、二人の間をひときわ強い風が通る。まるで、これから何かが起こると示唆しているかのように。





————これは、魔王が復活する一か月前の出来事である。

第一幕 第二章 Ⅰ ( No.6 )
日時: 2019/11/15 19:12
名前: マッシュりゅーむ (ID: s6U4FeBy)

 あれから、家を出て3日たった。地図通りであれば、もうすぐ王都につくはずだ。
 
 元々、王国の領地から観ても端——つまりは辺境に位置するド田舎の村に住んでいたので、中心の王都に行くだけで、その途中の町村での寝泊まりや野宿も入れて一、二週間はかかる。
 しかし、僕はもうその道程をほぼ終わらせている。

 それは、偏にこの荷馬車のおかげだ。

 いや、もうこれは『魔道具』と呼んでいいかもしれない。
 
 ちなみに『魔道具』とは、魔法を付与する、【魔法付与(エンチャント)】をしたものである。
 その【付与】する物は、それが生物でなければなんにでもできる。あの【ゴーレム】も、その術式が使われている。

 つまるところ、僕はあの後、荷台が馬型【ゴーレム】の速さについていけるように、耐久力上昇や、衝撃緩和、風当りから守るシールドなど、諸々付けた。なので、あの【ゴーレム】の速度のままで三日間移動してきたのだ。
 しかも良いことに、【ゴーレム】は指示を一度すれば自分たちで王都に向かって走っていく——王都への道のりを覚えさせた——し、衝撃緩和のおかげで揺れずに僕は全く疲れず、寝泊まりも荷台の中でできる。
 食料も【アイテムボックス】にたくさん入ってるから問題なし。
 
 旅って、いいなぁ。

 さて、そんなこんなで王都にもうすぐ着くわけだが、王都へ行き、まず何をするか。
 それは、売る商品を揃えたり、なにより——商業者ギルドに登録するためだ。

———商業者ギルド。それは、商人たちの、商人たちによる、商人のための組合だ。
 そこには、どんな物が最近よく売れているか、だとか、どの国がどのくらい商品に税をかけているか、等、商人たちにとってとても大切なことが知れたり、商人同士つながりが持てたりすることが出来る場所だ。
 さらにそこには国から依頼され、出ている商品があり、買取り、それを地方で売れば、国から売値の二割増しのお金がもらえるシステムもある。
 商人を目指す者は、まずこのギルドに登録し、そのシステムを使い金をためていく。
 
 ちなみに僕も初めはそれを使おうと思う。

 なので、王都に行ったらまず王都、ファンレンのギルドのある場、ファンレン商業者ギルド本部に行く。
 僕は目的を再確認して、気を改めて引き締めた、と——

——ザンッ。きゃぁぁぁ……。

 遠くで何かを切る音と、かすかな悲鳴が聞こえた。
 それを聞いた瞬間僕は————馬に命令し、その方向へと走らせた。

————————————————————————————————————————————

 第二章が始まりました。ここで、申し訳ありませんが作者の都合で二週間ほど休止します。
 また二週間たったらこれまで通り投稿再開するので、ご安心ください。

 

第一幕 第二章 Ⅱ ( No.7 )
日時: 2019/11/29 20:18
名前: マッシュりゅーむ (ID: BdV4ihXT)

 馬車を止め、急いで近づいてみると、そこには横倒れにされた馬車——大きさからみて王都行きの乗合馬車だろう——と、それに群がる、恐らく盗賊の類だろう男たちがいた。

 辺りは悲惨な光景で、倒れ伏している人、子供を守ろうと背中に大傷を負っている人などが、噎せ返るような血の匂いとともにそこにいた。
 場所は僕が通ってきた道から大きく外れた森の一歩手前。大方、私利私欲の目的のため、人に見つからぬように、人質でも取って無理やり連れてこさせられたのだろう。

 そのような考えが頭に走った瞬間——僕は、条件反射で手を盗賊のいる方へ伸ばしていた。

「風よっ!!」
 叫んだ時、手のうちから小さい竜巻が生まれ、それは威力を増し暴風となって人を襲っている盗賊たちに攻めかかる。そして、一気に盗賊たちは吹き飛んだ。

「何だ!?」
「おい、見ろ、あの男だ!」
「チッ……まぁ、ガキだ。さっさと殺して俺たちも合流するぞ…っ!」
 薄汚い服に身を包んだ男たちが何か言い、こちらに向かってくる。しかし、それは人を傷つけた悪行を目の当たりにし、頭を怒りで支配されていた僕には聞こえなかった。

 血糊の付いたナイフを振りかざす盗賊たちに目を細め、そして今度はもう片方の手も突き出しながら魔力を高める。
 そして彼らが間合いに入ったところで——呟く。

「突き刺せ…っ!!」

 次の瞬間、地面から土のやりが飛び出す。しかしそれは、盗賊たちには当たらずに囲うように展開される。まるで———柵のように。

「な、なんだ!?」
「………クソッ、出れねぇ!」
「上もダメ————」
 途中からプツン、と、話し声が途切れ、何も聞こえなくなる。それは、今僕が防音の勢力範囲魔法を槍の柵の場所に施したからだ。

 これで、小汚い盗賊は完全にとらえられた。

 急いで倒れている人たちのもとへ向かう。他の盗賊の仲間は先程の風魔法で一纏めにして柵の中に放り込んでいた。

「大丈夫ですか!?」
 大丈夫なはずがない。目の前の酷い光景を見て、そう自覚しながらも近づく。
 その女の人を抱き上げると、血の気のない、虚ろな目と合った。
 冷たい。もう、亡くなっているだろう。

「…ひっ……!」
 思わず投げ出してしまう。人の死を見たのは、これが初めてだ。
 吐きそうになる思いを押さえつけて、僕は自分に精神安定の支援魔法を使い、そして無事成仏してくれることを願いながら手を合わせ、他の人の回復のために、走り出した。

* * *

 すべての人を回復魔法で癒すのは、案外すぐに終わった。

「良かった…」
 思わず安堵の溜息が出る。しかしその溜息の中に、戸惑いや口惜しさが混ざっているのに気付いた。
 回復は成功した。周りには、すでに歩いている人もいる。だが、それは少人数だ。
 王都行きのこの乗合馬車には、やはり王都がこの国の中心だから乗っている人が多かった。それに比べて、残っているのは僅か4人。ほとんどは、既に手の施しようがないか、見当たらなかった。

 助けられなかった。そう、責め立てる声が心の中で響いている。しかし、今視界の先で遺体の回収を手伝ってくれている自分の救った人を見ると、あぁ、助けられてよかったと思える。

 僕が来たタイミングは、そう、遅くはなかったのだ。

「……あの、お兄さん」
 と、僕がこれからのことを考えていると、奇跡的に回復した一人の女の子が話しかけてきた。名前は確か……ミナちゃんだったかな。
「ん?どうしたの?」
 僕は極力優しい声を出す。子供には、この光景はキツすぎる。さっき自分に使ったのと同じ精神安定の魔法をかけたが、魔法だけでは補えない傷もある。

「あ、あの……」
 震える声で言い、次の瞬間———勢いよく頭を下げてきた。
「!?」
「お、弟を……助けてください…っ!」
 どういうことか。この子以外に幼い子供はここにはいなかったのだが。

 そう思い聞くと、あることを話してくれた。

 僕がここに駆け付ける数分前、この馬車に揺られていたら、突然知らない人が襲い掛かってきて、自分たちごと馬車を引きずられ、この森の入り口に連れてこさせられたこと。
 その中のある男が、「5人でいい。適当なやつを捕らえろ」と他の者たちに命令をし、そして双子の自分の弟が捕まり、そのままその男と複数の仲間と共にどこかへ連れていかれたこと。
 そして、それ以外の乗客は、次々に殺され、丁度その時に僕が現れたこと。

 そこまで話を聞いて、確かに森の奥に、知らない人の魔力の残滓を感じた。



 どうやら、僕の来たタイミングは、少し遅かったらしい。
 

第一幕 第二章 Ⅲ ( No.8 )
日時: 2019/12/10 19:10
名前: マッシュりゅーむ (ID: 9ul7iLKX)

———よし、準備は整った。
 一人、目の前にいる、哀れな5人の獲物を見て、そう思う。

 場所は地下深く。大昔に、この国が魔王と戦った時、拠点として人々が築いた要塞で、今はもう、忘れ去られ、廃れ、そして朽ちていくだけの建造物になっていた。
 折れた鉄パイプ、カビだらけの食糧庫、罠用の魔法の埋め込まれた魔法陣——壁が壊れて浮き彫りになっているそれは、術者がいなくなり、効力を亡くしたもはやただの落書きと化していた。

 そこに自分が住み着いたというわけだ。

 自分の寝床、つまりここの一番近くの道にヒトの乗った馬車が通りかかったのは行幸だった。普段は人の多く、入り込みやすい王都まで赴き、ヒトを5,6人捉えなければならない。あそこは入りやすいが、人目が付きやすく、いちいち路地裏などに誘い込まなければならないからだ。別に自分にとっては簡単で造作もないことだが、楽できる方がもっと良い。
        ・・・・
 しかも、ヒトはあの条件に合っていなければならないが、そこもまた幸運だった。あの馬車は殆どがその条件に合っていたのだ。なので部下に命令するときも、回りくどい指示をするのではなく「適当なやつ」と一言添えるだけでよかった。

 神も自分に味方したのか。いや、自分が信じているのは神なんかじゃあない。自分はあの方に忠誠をささげたのだ。そんないるかもわからない存在よりもずっと偉大な存在だ。
 もう、主と出会った日は昨日のことのように思い出せる。確かあれは——

「失礼します」
 と、懐かしい思い出に浸っているところに、半壊した扉から自分の部下が現れた。

 ちなみに今自分がいるのは、会議などで使われていたのだろう、大広間だ。

 そこに来た男は、見た目は完全に盗賊。薄汚れた服装に、腰には刃こぼれにしたナイフを刺している。しかし、実はこれは変装である。盗賊の姿でヒトを襲えば、目撃者にはこちらの目的が、奴隷売買や身代金といった方向に思考が傾き、本当の目的が探られなくなる。

 自分の過去に思いを馳せていたところを邪魔され、少し不機嫌になりながらも返事をする。
「あぁ、ご苦労」
「ありがとうございます。それで、報告なのですが、あの場所に残し、後始末を頼んでいた第3部隊がいまだ帰ってきておりません。予定ではすでに戻ってきていてもおかしくない時間帯なのですが………」
 あぁ、なんだ。そんなことか。その緊張した面に何か緊急事態なのかと思い、少し気を張り詰めていたのだが、心配は無用だった。大方、女か殺しで遊んでいるのだろう。

「大丈夫だ。何の問題もない。そんなことより、儀式の準備のほうは?」
「はい。順調に進んでいます。こちらの贄の準備のほうは……さすがですね」
 話題を変え、仕事の進捗報告を聞くと、そう返ってきた。
 部下が、目の前で縛られ、項垂れているヒトたちを見て自分に称賛の言葉を送ってきた。まぁ、この行為自体は、もう飽きるほど行っているから早いのも当然だ。

「さて。では、そちらの準備が整い次第————」
 バッ!と、勢いよく頭をある方向へと向ける。そこにはただの煤の付いた壁しかない。が、しかし、しっかりとその目には、あるものが映っていた。

———何という、魔力。何という、瘴気。

 あれ程までの魔力を宿しているヒトを視たのは生まれて初めてだ。すごい、素晴らしい。アレを渡せば、あの方がさぞお喜びになるだろう。自分にとって一番の至福は、我が主に貢献すること。そして、そのチャンスが巡ってきた。
 さらにそのヒトは——こちらに段々と近づいてきている!

 自分の人生で最高となるだろう運の良さににやけ、はやる気持ちを抑えながら、急な自分の行動に驚き、目を見張っている己の部下に、あの存在を捕らえよ、と命令を下そうとして、はたととどまる。

 よくよく考えてみれば、アレの魔力は異常だ。きっと使える魔法も、さぞ強力なものだろう。果たして、手下たちが敵う相手なのか。
 そう思い、ならば数で勝とうと命令を下す。
「今から言う方角に、あるヒトがいる。そいつを捕らえてこい。……今動ける部隊はなんだ?」
「…は、はいっ!え〜〜、準備をしているのが第5部隊なので、帰ってきていない第3部隊を抜かすと……第1、2、4部隊が動けます!」
「よし、ではその部隊を出せ。……あぁ、後、こう伝えてくれ。『ゆめゆめ、油断するなよ?』、と」
「了解しました!」

 敬礼し、早々と去ってゆく部下を見ながら、自分はこのヒトをあの方差し出した時の自分を想像し、また一人にやけていた。


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