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cynical【完結】
作者: 美奈  (総ページ数: 63ページ)
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*23*

5ー3
皿を運んでいる途中で、湊はふと考えた。
彼女なら、俺を全部受け入れてくれるだろうか。
…皿を運び終えてまた持ち場に戻ろうとした時、叫びが聞こえた。

「あだぁぁっ」

舞のお盆の上の水が、傾いていた。究極に傾いていた。7つのコップが、お盆から滑り落ちる。湊は舞の元にスライディングしようと走った。が。
ーぱりーん。
…間に合わなかったか。
客が、一斉に振り向く。

「すみませんでしたっ」

…何か、痛い。うん、痛い。
スライディングして床に手をついていた湊は、右手を見た。
コップの破片で、手を切っていた。…また血が出た。
舞の瞳が変わった。この世の終わりみたいな顔をしている。

「すみません…、って、ええっ⁈先輩、大丈夫ですかっ、ごめんなさい本当に!右ばっかり怪我させちゃってごめんなさいすみません、ああっ、どうしよ…」

ー大丈夫ですか

大丈夫ですか、という言葉が人を救う言葉だということをはじめて知った。
みんなとは違って、ちゃんと湊の事を気にかけてくれて、心配してくれて、お礼を言ってくれて。
たった一言が、湊を安心させてくれたのだ。何年ぶりだろう。嬉しいという感情を、思い出させてくれた。
いや、こんな気持ちになったのは、はじめてかもしれなかった。

ふと、湊は思い立った。
なぜ、伯父と殴り合って怪我をした後、心配されたいと思ってしまったのか。なぜ、舞の言葉でこんなにも安心できるのか、やっと分かった。
そうか。彼女は似ているんだ。

…母親の面差しに。
あの時、いじめられて疎外されていた湊を、唯一救ってくれた彼女に。
だから、
信じたい。すべてを受け入れてくれる人と、やっと出逢えたんだと。
だから、
護りたい。あの時、彼女を救えなかったから。自分しか救える人がいなかったのに、その手が届かなかったから。

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