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作者: 美奈 (総ページ数: 63ページ)
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8ー4
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「…話?」
「そう」
湊は、舞の傘に一緒に入っていた。突然のにわか雨だ。9月の雨は寒い。
風が吹く。傘が少し、傾いた。
駅の前。緩い坂道の途中。
「実は。ー俺の父さんについて、分かった事があって」
舞の顔が、パッと明るくなった。
「そうなの?良かったじゃん」
気づいていないのか。
何も罪のない彼女を、敵としたのか、俺は。
…いや違う。彼女の存在が、本来は罪なんだ。
「父さんは、死んでいた。あいつの名前も分かった」
「え、名前も?」
「そう。ー櫻木司、って人だった」
舞が押し黙った。傘がぐらっと傾いて、二人は少し、濡れた。
「それって…」
「俺はやっと、敵を見つけた。目の前にいたんだ」
湊は、舞の方へ一歩近づいた。ただ瞠目する彼女の肩を強く押さえた。
傘に叩きつける滴の音が、大きくなっていった。
「4年かけて、やっと見つけたんだ。今まで闘ってきたけど、ようやく終わる。どれだけ、探し求めていたか。どれだけ、見つからなくて、自分の不甲斐なさを感じたか。どれだけ、物に当たってきて、色んな人に怪我負わせて、悩んで、苦しんで。敵を討つことは、母親と俺の、二人の願いだった。あの死を無駄には出来ない。無駄にさせたくない。…簡単に逃がす訳には、行かないんだよ」
舞は驚きを隠せなかった。大好きな人の、自分を見つめる瞳が、どうしようもなく恐かった。全く抑揚のない彼の言葉に恐れ慄いて、顔が歪む。でも彼の言う通り、逃げられなかった。
恐い。恐いけれど、湊は初恋の人。大切な人。湊が好きなのは変わらない。……だからもっと、逃げられない。それに。
裏切られた訳じゃないから。私と湊が出会ってしまったこと、そして私がここにいること。それが罪。
逆らえない、運命。
「正直、真実を知ってから、敵なんて討てるのか、って思った。でも、この4年間の苦しみは…俺にしか、判らないんだ」
湊は舞を見た。
覚悟はできた。
この何ヶ月間の間で、俺が大事にしたいと思った事と、
4年間の時を経てまで、俺自身が求めた事。
頭を垂れて、言葉を絞り出す。
「…こんな事になって、ごめん……でも、赦して、欲しいんだ」
不意に、違和感を覚えた。
ゆっくり、でも確実に。人間は、こんなに脆かったのか。ー温かい。
急に、痛みを感じた。痛い場所を押さえようとして、傘が手から滑り落ちた。立てなくなって、しゃがみ込んだ。
…舞の手は、鮮やか過ぎる程に紅くなっていた。脇腹から、熱くて赤いものが流れ出る。とめどなく。涙も溢れていく。とめどなく。
声を殺して泣きながら、脇腹を押さえた。
なんで、こんな形で、巡り会わなければならなかったのか。
なぜ、ただの恋人でもなく、ただの兄妹でもなく、両方の関係だったのか。
私が湊の側にいた事が、逆に彼を傷つけてしまったんじゃないのか。
自分を責めた。
大切にされてしまった自分を、血のつながっていた自分を呪った。
なぜ、なぜ、なぜ。