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【第十六話】<そうしたらね>(梅子 視点)
(あぁ、だめだわ、私って)
……ついに、私は約束を破った。
雪は、私に殺されてしまった。可哀想に、私に殺されてしまった。
焦って、殺しちゃうなんて、私って本当にダメ。ダメダメ。
そんなことを思いながら、店から出ると、スマートフォンを操作して、歩さんに電話をする。
「あ、歩さん? 今、あのカフェに居るんだけど、迎えに来てくれる?」
いつも通りに。動揺しているのを悟られないように。
『おお、そうか。 わかった、すぐに行くよ』
歩さんの声が聞こえた。
私は、いつも聞いてる声を聞いて、安心した。
「ん、お願い」
そういって、私は電話を切る。そのまま、スマートフォンをポケットに入れた。
そして、五分くらい待った頃だ。
黒い車が目の前に止まった。これは、間違いなく歩さんの車だ。もう、何十年も見続けているから分かる。
「迎えに来たぞ!」
歩さんは、とても明るい声と笑顔で迎えてくれた。
「ありがとう、歩さん」
車に乗り込むと、ふぅ、と安心してため息をついた。そして、窓からカフェを眺めた。
ちょうど、外から雪は見えなくなっていた。我ながら、良い所で殺したものだ。
まぁ、全く嬉しくないけどね。
雪を殺したこと、本当はすっごく後悔してる。
それは、自分でも分かっていた。でも、そんなことは、言えない、言ってられない。
「なんで……殺したんだろう」
私は、小さくつぶやいた。
それは、歩さんにも聞こえていたらしい。
「ん?」
運転席の歩さんが私の方を見た。私は、慌てて適当に話を繕っておいた。
歩さんは、私の本当のことを知らない。
まさか、この容姿のままの私が生き続けるなんて思っていないだろう。
だって、夜人と雪を巻き込んで、私の誕生パーティーを開いたのも、彼なのだから。
絶対、私は普通の人間なのだと、歩さんは信じてる。
それに、彼は、時雨さんのことも知らない。
彼には知らせずに、私は時雨さんと会ってる。
これ、もしかしたら世間には、浮気って見られるのかな?
あはは、それは面白いわ。私が浮気だなんて、面白い。
今までと同じ、狂った思考。のはずなのに、今度はなんでか笑えない。微笑もうとしてもできない。
笑おうとしたら、床に倒れた雪の姿が脳裏に浮かぶ。そしたら、笑えなくなる。 それどころか、涙がでそうになってくる。
それって、おかしいよね。私は狂ってるんだから、娘の為に泣くわけがないし。
「どこにおくっていこうか?」
私がぼーっとしていると、歩さんが聞いてきた。
「そうね。 私の家までお願い」
「りょーかい!」
朗らかで純粋に彼の目に、雪のあの姿はどう映るのかな。
夜人がいなくなった時のことも、まだ私は彼に話していない。「友達の家に泊まりに行くんだって。 しかも、一ヶ月」なんて、あり得ないような言い訳をしたら、彼は単純だから……純粋だから、「おう、そうか! あいつもそんな友達ができてよかったなぁ」と笑いながら言った。
多分、事実を言ったら、彼は普通ではいられないだろうね。
だって、夜人が生まれた時、一番喜んでたのは彼だった。病院中に響くような声で、涙まじりに叫びながら喜んでたよね。
ま、そんなの、私からみたら滑稽な劇くらいの価値しかないけど。
「おい、着いたぞ」
歩さんの声が聞こえた。
かなり、早く着いたみたい。
私は、なにも疑わずに車から出た。それが、間違いだって気づいたのは、車から降りたあと。私は、外の光景をみて固まった。 この状況を一言で表すなら、〈時すでに遅し〉って感じかなぁ。
「梅子さん、お疲れ様です」
聞き慣れた声がする。敬語で、優しい声。
私が、今日、“一番”会うはずがないと考えていた人物が、今、私の目の前にいた。
「……なんで、いるのかしら?」
――そう。彼は、時雨さんだった。
「おやおや。 俺がここに存在することに、意味が必要ですか?」
彼は、質問に質問で返しながら、面白そうにカッカッと笑った。
「……そういうことじゃないわ」
適当に彼の冗談に返事を返しながら、私は、後ろをゆっくり振り返った。そこに最愛の人物がいないことを願って。
でも、……居た。そこには、歩さんがちゃんと存在していた。
現実って酷いよね。私のことも、逃してクレナイ。