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神様とジオラマ
作者: あまだれ ◆7iyjK8Ih4Y  (総ページ数: 65ページ)
関連タグ: ファンタジー 能力もの 
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*19*

 彼、イツキという少年は見えない姉と話をしていた。
 短い会話だった。その間、俺と金堂は黙りこみ、彼らの一方的な言葉の断片を聞いていた。イツキが発するのは相槌が主だったため話の筋はぼやけたまま、イツキは最後に「分かった」と言った。会話は終わったらしい。
 イツキの空と合わせていた目が、こちらの目と合った。

「背が高いほうのお兄さん」
「何かな?」

 俺はその場にしゃがみ、彼をきちんと見た。まっすぐな視線だ。黒く大きい瞳の中に、自分の姿が映り込んでいる。

「『目を閉じて、息を大きく吸って、すべて吐き出して。そうして、もう一度目を開いて』」

 彼の無表情。少年らしからぬ据わった声が硬い天井に反響した。
 イツキは一言、続けた。

「おねえちゃんが、伝えてって。お兄さんにしてほしいんだって」

 俺はその時、彼の表情に既視感を覚えた。深層を、真理を問うような、どこか遠くを見つめる目をしている。そう遠くない過去に一度、見たことがある。立ち上がって、目を閉じた。どんな意味があるかは分からないが、従うべきであろう。
 息を吸い込む。肺が一杯になったところで、少しだけ息を止め、少しずつ吐き出した。目を開けようと、思った。
 しかし突如、異様な感覚が体を翔けた。
 全身を感覚器官としてあらゆる情報が体内を駆け巡る感覚。微かな音が群れをなし風となり地を駆け足元を掠めた。おぞましい感触だった。足から何か得体の知れないものが、皮膚を伝って這い上がってくる。大量の虫に体の表面を撫ぜられているようでたまらず、目を開いた。
 息が上がっていた。震える指先で顔を、腕を、体を触り、虫が付着していないかを必死に確かめた。金堂が何か言った。

「……露木くん」

 ふと、自分の手が止まった。
 蜘蛛の糸のような声。白く、細く、美しい声だった。何も見えなくなっていた目に、イツキの姿が映った。怯えと心配の混じった顔で身を引きつつ、こちらを眺めている。
 けれど、さっきのそれはイツキの声ではない。それでは誰か。目を失ったばかりの少女が、光を探し駆け回るように、俺は声の主を探した。
 そして、気がついた。

「落ち着いて?」

 ゆっくりと後ろを振り返る。
 彼女だった。つい先ほど朧に見えた影が、今ははっきり地面に立ち、存在していた。冬の陽射しのような笑顔を浮かべている。
 俺はもう一度深く呼吸し、瞬きを何度かしたあとで、首を縦に振った。

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