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神様とジオラマ
作者: あまだれ ◆7iyjK8Ih4Y  (総ページ数: 65ページ)
関連タグ: ファンタジー 能力もの 
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*2*




 男は目の前の青年にとても腹を立てていた。
 なめくさった態度、だらしない服装、喋り方。こちらが何か言おうとすると、

「だから俺は、言われたことを言ってるだけなんだっつってんだろ」

 と、これの一点張りである。

 青年の主張は曖昧であった。

*

 生ぬるい風が強く吹いていること。重たい雲が空を隠してしまっていること。どこかの屋上らしき場所に、今いるということ。
 男にはそれくらいしか分からなかった。昨日までのことも、自分の顔すら思い出せないようである。
 ある日突然、記憶を失くすなんてことは本当にあったのだと思う反面、これは夢か何かだろうと信じたくない気持ちもあったけれど、しばらく考えてから、残念ながらこれは紛れもない現実だと諦めた。

 それにしても、困った。
 この屋上には一つだけ古びた両開きの扉があるのだが、押しても引いても、どう頑張っても開かないのである。周囲を見渡してもここから移動できるような、突破口はこの扉しかないのだ。
 フェンスは有刺鉄線が張られているものの、室外機を踏み台に扉のある屋根の上に移れば、運がよければ引っかからずに飛べるような高さだった。
 故に無論、隣のビルへ飛び移ることや飛び降りることも考えた。
 しかし駄目なのだ。
 錆びたフェンスに指をかけ、下を覗いてみると、無いのだ。飛び移れるようなビルはおろか、眼下に、世界が無いのだ。
 目に映る景色は下へ行くほど霧のように白く、曖昧になっていくばかりである。
 そんな馬鹿なことがあってたまるか。
 意図せず、深い溜息が溢れた。

 途方に暮れ、動かぬ室外機の上に座り込んで悟りを開き始めた頃。
 悟るにあたって神の存在は重要なのではないかとふと思い、もしかしたらと淡すぎて見えないくらいの期待を込めて、神頼みをしてみた。
 神様、どうかこの状況に打開策を。
 するとまあ、

「お前か?」

 と、後ろから声がした。
 あまりにも簡単に蜘蛛の糸が降りてくるものだから、お礼に神を信じようかと思った次第である。


「お前が露木か?」
「さあ?」

 青年は男がとぼけているとでも思ったのか、舌打ちを一つした。神様がよこした突破口は全く嫌な感じだ。ポケットに手をつっこみ、口の中でガムか何かをくちゃくちゃとやっている。

「いや、自分の名前が分からないんだよ」
「お前は露木だろうが」

 少し腹が立ってきたけれど、ここは自分が折れるべきだろうとため息一つで諦める。この場所から出るためにも、会話を終わらせてはいけない。

「わかった、俺はツユキだ。で、何だ、俺に何か用があるんじゃないのか」
「そうだ、いいか? 喜べよ、神様からの伝言だぜ」
「はは、そいつはすごいな」

 面白くもない冗談にも笑ってやれる余裕が出てきたようである。
 青年はにやけた口元で、

「今日からお前は露木様だ」

 と、言った。
 訳が分からず、ただ溜息が出るばかりである。俺の幸せが、この男といるばかりにどんどん逃げていくと思うと、また溜息が溢れた。

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