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神様とジオラマ
作者: あまだれ ◆7iyjK8Ih4Y  (総ページ数: 65ページ)
関連タグ: ファンタジー 能力もの 
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*21*

「私……オトナシ。音無って、呼んで」

 彼女はそう言ったあと、散歩にいってくると建物を出た。
 人には見えないというのは楽しい一面もあるらしく、さほど困ってもいないように、寧ろ楽しんでいるようにも見えるが影を語る彼女の顔が暗くなったのは事実だ。何とか、できることならと思う。
 御影のところを訪ねよう。彼なら何か知っているかもしれない。
 そう考えて立ち上がると、イツキがコートの裾を軽く引っ張った。

「どうしたの?」

 尋ねる。
 イツキはばつが悪そうな、後ろめたさを感じさせる顔で申し訳なさそうに言った。

「外に出て遊ぼうよ。……僕と、遊んで」
「いいよ」

 ほんの少し考えてから、答えを出した。
 すらすら話せるところから自分は子供が嫌いではないようだし、何よりイツキは彼女の弟だ。

「あ、待てよ、俺も……」
「露木サンと!」

 慌てて金堂が立ち上がろうとすると、イツキがそれを遮った。
 外へ出る扉へ向かって歩き始めていた俺は驚いて後ろを振り返った。

「ごめんなさい……ぼく、露木さんと遊びたいんだ」

 大きな声だった。声量が、ではない。謝罪の言葉はあるが、強く意思がある。俺は小さな危機感を覚える。彼には何か、問題がある。

「そういうことだ。金堂、ちょっと待っててくれないか」
「あ、ああ。分かった」

 金堂も俺と同じことを感じたのだろうか。彼は上げかけた腰を下ろし、腕組みをして眉間に皺を寄せた。
 鉄の扉を開くと、傾き始めた太陽の淡いオレンジ色が柔らかく、舞う塵を照らした。
 幻想的である。

「ねえ、お兄さん」

 イツキの機嫌とは対照的に。

「どうしておねえちゃんは露木さんに見られるの?」
「……さあ、分からない」
「せっかく」

 日が陰った。小春日和の風はどこかへ行ってしまったのか、冷たい北風が路地を抜ける。光源は遮られている筈なのに、少年の足元に黒々とした影が伸びはじめた。
 不穏。身構える。

「せっかく……」

 言葉は続かなかった。
 イツキの握り締めた小さな拳から力が抜ける。羽が地に落ちるように軽く、地面に倒れ込みそうに、沈もうとしていた彼を受け止め、扉を振り返った。

「危ないっつうの」

 金堂が開いた扉に寄りかかり、上げていた腕を下ろした。

「何をした?」

 興味本位だった。
 イツキは何かをしようとしていた。何か。俺の感覚が正しいのなら、それはきっと良くない事だ。それを止めたのは他でもなく金堂である。咎める意図は無い。

「デコピン」

 彼はにやりと笑った。鴉を殺したのと同類のものだろう。彼もまた不可解な生き物だ。

「イツキはあんな目、しねえ奴と思ってたんだがな」

 その通りだと同意する。
 俺も見た。イツキの目は、恐ろしく黒かった。

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