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神様とジオラマ
作者: あまだれ ◆7iyjK8Ih4Y  (総ページ数: 65ページ)
関連タグ: ファンタジー 能力もの 
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10~ 20~ 30~ 40~ 50~ 60~

*27*

 私は一人で日の暮れかけた街道を歩いていた。まったく腹が立つ。御影の言葉を思い出して、靴の踵で地面を強く叩いた。丸投げだ。傘も振り回したいような気分だったが、さすがに自制心が働いた。私は子供ではない。
 彼はこう言った。

「もっとも、最初に動くのは君だけだけど」

 それから、東の通りにあるチーズケーキが名物の喫茶店の名を挙げた。彼のお気に入りらしい、私の名前を決めた店。

「きっといい成果が得られるよ」

 イブニング・ムーン。コーヒーの色をした看板に、ミルクの色をした細い線が英字を描き出している。ベルの音を鳴らす扉を開き、店内を見回すが彼の言ういい成果は見当たらなかった。昼過ぎ、紅茶を飲みに来たであろう客も引きかけ、時を忘れて本に心ごと浸る客、ノートと文献を広げて難しそうな顔をする客、いずれにせよ店主にとっては迷惑極まりないような客が五名ほど見えるばかりである。店内はどこか寂しい雰囲気をしていた。
 席に着き、チーズケーキを注文した。御影から受け取った、保険だという心ばかりの金では茶までは飲めなかった。
 事はすぐに動いた。チーズケーキを待ちつつ、流れる裕福な人々を眺めていると、相席に一人の青年が腰を掛け、私に話しかけてきた。

「お嬢さん」

 私は返事をしなかった。知らない人に話しかけられた時のマナーである、まあ、それは冗談だが。
 その青年は明らかに、なんというべきか、不審なのだ。目の下に彫り込まれたような深い隈。不健康そうな白い肌。華奢な身体。汚れのついたレンズの眼鏡。
 とは言うものの冗談の言える程度の不審者だ。席を立ち、店員に告げるほどの事ではないだろうと思い、水を口に含んだ。

「……お嬢さん、とっておきの話があるんだけど」

 青年はなおも話しかける。

「聞きたくない? お金は取らないしとっても良い事なんだ」

 私は御影の言葉をもう一つ思い出した。「語り部の話は聞くことだよ」……これは、今の状況のことだろうか。あいつは占い師か、さもなくば預言者か。胡散臭い。

「なあに」

 返事をしなければ御影は怒るだろうか、考えながら、青年に応えた。
 いや、きっと怒らないだろう。彼は私がそうしないことを知っている。違いない。
 青年は青白い顔を明るくした。

「願えばぜんぶ叶えてくれるっていう、神様が居るんだ」

 来た、確信する。やっぱり彼の言うとおりだと、同時に失望する。

「ふうん……興味あるわ」

 私は青年を真似た不安定な笑顔を貼り付けた。

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