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神様とジオラマ
作者: あまだれ ◆7iyjK8Ih4Y  (総ページ数: 65ページ)
関連タグ: ファンタジー 能力もの 
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*9*

第一章
◇「世界は案外猫に優しい」

 彼は御影と名乗った。
 それから、私には行くあてもなく、嫌でも腹は減るので仕方がなく彼の家に留まっている。それでも、身の危険を感じることは無かった。寧ろ、彼は私を丁重に扱う。
 私は少しずつ確信を持つ。彼はどこか不自然でまた、とても不安定なのだ。

*

 春の繁華街は賑やかで、暖かい陽気と活気で溢れていた。
 街路樹は若緑の葉をきらきら光らせ、花壇の花はおのおの輝かんばかりの満開である。
 煉瓦模様の綺麗な地面をゆっくり歩く御影のとなりを、私は新品の靴を鳴らして早足で歩く。

 彼曰く、彼らの仕事はフィールドワークが大事なのだそうで、私の日課は散歩になりつつあった。

「そういえば、君の名前を聞いてなかったね」
「今更?」
「大事なことだよ」

 そう言われて考えても見ると、私には名前が無かった。
 御影は私を君と呼ぶ。それで事足りていたから、少し驚く。

「そんなこと言われても……分からない」
「まあ、そうだろうね」

 彼は少し考えていたようで、しばらく経ってからぽんと手を打った。

「ユウゲツがいいね」
「安直だな。あの看板を見たんでしょう」
「いいじゃないか。夕月、夜の前兆、悪い予感だよ」

 溜息を大げさに吐いて、呆れたような声を出した。

「まるでいい意味が無いのね。まあ……それでいいわ」

 彼はとても嬉しそうに笑った。
 その時、小さな黒い猫が私の足をかすって細い横道へ抜けていった。毛の感触が足に残る。御影はそれを見て、眉をひそめて言った。

「追ってみようか」

 私は同意をした。
 今日までの散歩で、彼が事前に決めた行く道の変更をすることはなかったからだ。

 猫を追い、暗い路地を右に左に曲がり、走る。猫は次の曲がり角を左に曲がった。彼も同じように、路地を左に曲がり、私が続くと、彼は走るのをやめ、止まった。
 行き止まりだった。路地の突き当たりで、子猫が光る目でこちらを見ている。
 捕まえられると思った。私が手を伸ばして前に出ようとすると、御影が右手で制した。彼は厳しい表情で猫を見ている。
 猫が高く鳴いた。
 目を疑うような光景であった。
 子猫は、みるみる私の何倍もあろうかという大きさになり、低く大きく、もう一度鳴いた。

「バケネコ」

 彼が呟いた。

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