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第五話 イリュージョン
六月。
「みんな聞いてくれ。来週のイリュージョンカップカップ県予選、決勝の相手はスーパー・コアラーズに決まった」
米田が言うと、チーム全員がどよめいた。コアラーズはイリュージョンスーパーのチームであり、商店街の宿敵である。
「強いのか? そいつら」
ジモン含め助っ人は、まだコアラーズと対戦したことがないため知らない。
「厄介なのは、元プロでエースFWの中谷真之だ。プロで戦力外とはいえ、社会人チームにいるべきやつがなぜか草サッカーにいやがるんだ」
憎そうに歯を噛みながら説明したのは権田だった。
コアラーズとの試合ということて、ビクトリーズは今までにないほどの気合で練習に望んでいた。誰も言わないが、彼らにとって本当の目標は、無理そうな日本大会制覇などではなくスーパーのチームを倒して鼻を明かすことである。あわよくば商店街のイメージアップにつなげようというだけで、県予選を絶対に優勝しようというつもりはまったく無かった。ただコアラーズを倒すためだけに彼らはストイックに、黙々とトレーニングに励んだ。
一方イリュージョンスーパー竜巻店では、店長の山田と補佐の佐藤が、試合について談義していた。
「決勝の相手が商店街チームとはな」
山田はタバコを吸いながら言う。
「これでまたひとつ商店街を潰す作戦が成功したも同然だな」
コアラーズはイリュージョン埼玉支社がサッカーの精鋭を集めた草サッカーチームであり、社会人チームと比べても遜色が無い。店長山田の絶対的な自信はそこからきている。
「店長、何か男が店長に呼ばれたといってますが、どうされますか?」
佐藤が尋ねる。山田は首をひねって、
「俺は知らんぞ」
と言ったと同時に、店長室のドアが開かれた。現れたのは辺見である。
「よう店長。商店街を潰すために躍起になってるそうじゃねえか。あ、俺のことは辺見でいいぜ」
「おい佐藤。はやくこいつをつまみだせ」
「おいおいあんまりな反応だな。俺はお前に協力してやろうってんだぞ。現役プロの辺見様がよ」
「プロがこんなところに来るわけないだろう。もう一度言うぞ、佐藤、こいつを外に連れ出せ。言うことを聞かなければ警察を呼べ」
辺見はやれやれと肩をすくめて、自ら部屋を出てスーパーを後にした。
「まったく、あの店長は無能のくせにプライドだけは一流だな」
辺見は小さくため息をもらした後、イリュージョンスーパー竜巻店を振り返ってにやりと笑う。
(ま、最後には俺に泣きついて助力を求めることになるんだけどな)
日曜に、京香と不動は奈津姫の店を手伝いに行った。奈津姫は開店の準備をしていた。
「今日は不動さんもきてくれたんですね。ありがとう。お金は無いけど、カレーなら食べていいから」
「ああ。今日もそれだけを楽しみにきてんだ」
「それにしても」京香は言う前からくっくと笑っている。「明王のカレートッピングセンスは最悪だよ。カレーにバナナってなんなの」
「うるせえな。サッカーやるやつは栄養が大事なんだよ」
不動は、奈津姫と京香の意外にも料理が得意であった。逆に京香は料理には疎く、掃除や食器の準備を急いでいる。
しばらくして昼ごろ入ってきたのは権田だった。
「あ、権田くん。ひさしぶり」
奈津姫は笑顔で出迎える。権田は目を合わせずに、「ひさしぶりだな」と言って鼻の下をこすった。
京香の話だと、権田と奈津姫は学校の同級生だったらしい。
「って、不動じゃねえか。お前ここで働いてるのか?」
「厳密には手伝ってるだけだよ」
慌てる権田を見て、京香が言った。
カレーをよそる奈津姫を、権田はちらちらと見てはすぐに視線を外し、せわしない。京香はそれを見て「ふーん」と意味ありげに笑った。
「なにがふーんなんだ?」と不動がサラダを作りながらたずねると、
「あなたにはわからないでしょうね」と京香は笑っただけで答えなかった。
仕事と練習を繰り返し、金曜の朝を迎えた。コアラーズとの試合は明日に控えている。
が、不動は家でダラダラと居間のソファーに寝そべりながら、英語の教科書を開いていた。
「あした試合でしょ? 練習はいいの?」と京香が聞く。
「俺以外のやつは練習に来てるだろうな。でも、なんとなく息抜きしてえんだ」
「サボりじゃない。ま、見逃してあげなくもないけど、条件があります! 私とデートに行こう!」
「めんどくせえなあ」
「明王がサボってることみんなに言うよ」
「わーったよ。で、どこに行くんだ?」
「遊園地!」
それから電車に揺られること40分、不動と京香は遊園地に着いた。平日なので人は少ない。
不動はこういった場所に来たことがなかったので、興味なさそうに目を半閉じにしているが、きょろきょろと辺りを見渡している。
「さ、乗車券を買ってアトラクションを楽しもう!」
「は?」
「は? って何さ。乗車券を買うんだよ。入場券だけじゃアトラクションに乗れないよ」
不動は黙って財布を開いた。ここのところ給料を海外遠征の貯金と、英語の教科書や辞典代に使ったため帰りの1000円しか入っていなかった。
「さて、帰るか」
と不動は踵を返しものすごい速さで遊園地の退場口に向かっていった。
「ちょ、ちょっと明王! お金は今日は私が出すから! カムバーっク!」
それから、ずいぶんと多くの乗り物やアトラクションに参加した。
次に京香が入ろうとするのはお化け屋敷だった。まだ遊園地に来てから2時間だが、すでにほとんどのアトラクションを制覇していた。
不動がベンチで休んでいると、
「明王! なにしてるの。早くしてよ」
「いや、いまジェットコースターに乗ったばかりじゃねえか。そんなに急いでどうすんだよ」
「何言ってるのさ。人生の時間は限りがあるんだよ? あくせくしないでどうするのさ」京香は不動の前に戻ってきて、人差し指を立てる。
「いい? 人は誰も人生の時間は限られてるの。こういう楽しむ時間こそ大事にしなきゃ。だからはやく次に行こう?」
「まあ一理あるけどよ」
やれやれ、と肩をすくめながら、不動は京香についていった。
すでにビクトリーズのメンバーは準備を終えていた。来たる六月九日の昼。
敵であるスーパーコアラーズとの、県予選決勝戦。
ビクトリーズ
能力ランク「高い」S〜G「低い」
FW 玄武冬樹D ディノB+
MF 野口聡史D 靴屋F 不動明王A 山口亮平C
DF 呉服屋F 丸井良典D 権田昌和C ジムトレーナーE
GK ジモンB
監督 米田
スーパーコアラーズ
FW 中谷真之B 氷上烈斗C
MF 国定忠次郎D 五条勝C 高力岐一郎E 石毛良仁D
DF 百地三太夫D 福井咲平E 亀崎河童D 目金一斗D
GK 加藤吉治D