コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
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- ルミエール・エグゾルシスト
- 日時: 2014/11/08 00:24
- 名前: 凪乃 (ID: KCZsNao/)
どうも、凪乃(なぎの)と申す者です。
今回は閲覧いただきありがとうございます。
発音しにくいタイトルですが、何卒よろしくお願いいたします。
タイトルはフランス語を使っております。『ルミエール』が光、『エグゾルシスト』は悪魔祓いという意味の『エグゾルシズム』を、悪魔祓いする人、ということで『エグゾルシスト』と少し変えちゃってます。
大体の意味としては『光の悪魔祓い』でしょうかね。
この作品には悪魔は出てきませんが、魔人が出てきます。
そしてそれを退治する『滅凶師(めっきょうし)』というものも出ます。
『滅凶師』と魔人の熱いバトルアクション! ——になる予定です。
出来るだけ個性的なキャラで、読者様に印象を与えるキャラを作っていきたいと思います!
では、応援? よろしくお願いしますっ!
- Re: ルミエール・エグゾルシスト ( No.1 )
- 日時: 2015/02/14 23:18
- 名前: 凪乃 (ID: KCZsNao/)
ルミエール・エグゾルシスト Ⅰ 「魔滅の威光」
序章
時刻は深夜二時。
外套のみが照らす真っ暗な夜道を歩く、一人の人影があった。
その人物はとても目立つ恰好をしていた。
肩にかかるかかからないか程度の紫色の髪、上は紅色を基調としたドレスのように袖と襟にフリルのついた服を、下はこれも紅色のチェック柄のプリーツスカートを穿いている。彼女が歩くたびこつこつ、とブーツの靴底が音を鳴らす。
紅色の服も目を引くのだが。一番目を引いたのは首から上——厳密に言えば頭部だろう。
ルビーのような上品さを漂わせる赤い瞳を持ち、それなりの美貌を持つ彼女の頭には帽子があった。それも麦わら帽子や、ベレー帽といった一般的な物ではなく、絵本などで魔女や魔法使いが被っているような先が尖った黒い帽子だ。シンプルなデザインのアクセントに大きなリボンがついている。このリボンも赤色だった。
二十代前半だと思われる女性は右手にコンビニのビニール袋を提げている。
彼女は夜道を一人で歩きながら、独り言をこぼす。
「やはり、この時間だとコンビニのサンドイッチの種類も少ないな……。あまり好きな物がなかったからおにぎりにしてしまった。しかし、コンビニの店員も客も妙に私を見ていたな……。ふっ、私の美貌に見惚れていたということか」
女性は誇らしげに笑みを浮かべて言った。
美貌もあるだろうが、明らかに注目されたのは頭に被っている帽子だろう。今時少し変わったファッションセンスの持ち主でもこんな帽子を被る人はいない。全身真っ赤の女性が黒のとんがり帽子で来店したら、店員も客も驚くだろう。
「……さて、今夜は静かだな……」
女性は足を止めて夜空を見上げた。
街灯や他の光によって全く星が見えない。だが、四割ほど欠けていて楕円に近い形をしている月はよく見えた。
「相も変わらず、眩しいな」
女性は帽子を上から押えて、深く被り直す。広いつばのせいで正面から見たら鼻から下しか見えないだろう。
女性は再び歩き始める。
「さて、小腹を満たして……今日は寝るか」
彼女の姿は、深い闇の中に消えていった。
- Re: ルミエール・エグゾルシスト ( No.2 )
- 日時: 2014/11/08 14:12
- 名前: 凪乃 (ID: KCZsNao/)
第一章 生界と亡界
1
五月下旬。
つい先ほどまで上着を着てちょうどいいくらいだった気温だったが、今ではすっかり暑くなってしまい上着は完全に邪魔になってしまった。
学校へ向かう生徒たちもシャツの長い袖を腕まくりして暑さを紛らわしている生徒が多数いた。半袖にするにはまだ早いのか、中には無地のシャツを着こんでいる者もいた。
そんな生徒の中を一人の少女が歩いている。
肩くらいの茶色い髪に、大きめのぱっちりとした瞳。背は小柄で長袖のシャツにサマーセーターを着ている。可愛らしい外見の少女だ。
学校への通学路を歩く少女の顔はどこか暗い表情をしていた。
そんな少女へ、声がかけられた。
「おはよ」
後ろから掛けられたのは少年の声だ。
少女が振り返ると黒髪の少年が大きな欠伸をしていた。その少年の顔を見た少女が、くすっと笑って挨拶を返した。
「おはよう、双太(そうた)。今日も眠そうだね」
少女に声を掛けたのは錐崎双太(きりさきそうた)。少女の幼馴染の少年だ。小学生くらいまでは少女の方が少し身長が高かったのに、今では完全に追い越されている。今の少女の身長は双太の肩ほどしかない。
「どうしたんだ? お前、今日元気ねーな」
「えっ!? そうかな……」
「そうだよ。お前と何年間一緒にいると思ってんだ。なんか悩んでるなら言えよな、咲桜(さくら)」
少女の名前は小野咲桜(おのさくら)。校内ではそこそこ人気があるらしく、告白されたことはないものの、女友達からの噂で好意を寄せている男子がいる、という話を何度か聞いたことがある。
もっとも、男子が咲桜に声を掛けないのは、彼女の傍にいる双太が原因の半分を占めているようだが、決して二人は付き合っているわけではない。
「……じゃあ、ちょっと相談してもいい……かな?」
「おう。いつでもいいぜ」
双太の返事に咲桜は微かな笑みを見せた。彼女にとって双太はとっても頼りにしている大事な存在で、彼女がなんでも話せる少年なのだ。
「あのね……実は最近、誰かにずっと見られてる気がするの」
「……それって、ストーカーか?」
咲桜の言葉に双太がそう聞き返す。だが、咲桜は首を左右に振って、
「ううん、多分違うと思う。視線を感じるのも限定的で、今みたいに学校に向かってる時とか、帰る時には感じないの。感じるのは家にいる時だけ。つけられてるっていうより、監視されてるって方が近いかも」
「……このこと、今までに誰かに相談したか?」
「ううん、まだしてない。親には言おうと思ったんだけど……」
双太は考え込む。
幼馴染の贔屓目なしにも咲桜は十分可愛いと思う。双太も男友達から咲桜の好みの男子のタイプを聞かれたことがある。その時はモテるんだなー、と思っていたが、今思えば偶然すれ違っただけの男が、咲桜に興味を持つことだってあるかもしれない。
「ごめんね、変なこと言って。わたしの気のせいだと思うんだけど……」
「いや、話してくれて嬉しいよ。とりあえず警察かなにかに言った方がいいと思う。実害がないから警察も手を貸してくれるか分からないけど、言わないよりはいいと思う」
うん、と頷いてくれたものの俯いた咲桜の表情はやはりまだ暗いままだ。双太は咲桜の頭にぽん、と優しく手を置いた。
「困ってるならいつでも言えよな。力になるから」
咲桜は少し頬を赤く染めて、
「……ありがと。ホントに、大人になってから双太に助けられてばっかりだなあ」
少し前まではわたしより小さかったのに、と懐かしむように呟く咲桜。
最近では委員の仕事で重い物を持ってると代わりに持ってくれたり、上級生から声を掛けられて困っていると、さっと間に入って助けてくれたり。
そういうところが——、と思っていると、双太はくすっと笑って、
「そんなことねーよ。俺だってお前に宿題写させてもらったり、金借りたり……助けられてばっかりだぞ」
「……それは双太がもっとしっかりすれば改善されると思うんだけど」
じとっとした目で双太を見つめる咲桜。
だが、咲桜としては双太にもっと頼ってほしい。口では『しっかりして』というものの、頼ってほしい気持ちもあるので、必ず『しっかりして』の後には『まあ別にいいけど』と言葉をつけている。
と、そこで咲桜は双太がまだ自分の頭の上に手を置いていることに気付く。咲桜は勇気を振り絞って、
「ね、ねえ……双太……」
「ん? どうかしたか?」
「……その、手……」
手? とそこで双太も気付いたのか、すぐさま咲桜の頭から手を離した。
「す、すまん……!」
「……そうじゃなくて」
咲桜は顔を赤くしながら——、
「……、ううん、なんでもない……」
言おうとしてやめた。
本当は『少し撫でてほしい』と言いたかったが、今は他の生徒や色んな人がいる。そんな公衆の面前で頭を撫でているところを見られるのはさすがに恥ずかしかった。
このお願いは二人っきりでいる時までとっておこう、と思い、身体を少し双太に寄らせる。
「ちなみに双太。今日の古典の宿題ってやった?」
「……え、古典って宿題あったっけ……?」
まずい、というような表情で問い返す双太。
どうやらやっていないらしい。
咲桜は小さく溜息をついて、双太に気付かれないように笑みを浮かべた。
「仕方ないから見せてあげる。もう、しっかりしてよね!」
それからお決まりの言葉を付け加える。
「……まあ、別にいいけどさ」
- Re: ルミエール・エグゾルシスト ( No.3 )
- 日時: 2014/11/16 01:11
- 名前: 凪乃 (ID: KCZsNao/)
2
学校からの帰り道を双太は一人で帰っていた。
咲桜は新聞部に所属しており、今日は週末に学校の掲示板に貼りだされる新聞づくりに忙しいらしい。最近では双太は一人で帰ることが多くなった。
中学までは一緒に帰ることの方が多かったが、今では逆になってしまった。正直いうと、今日は咲桜と一緒に帰りたかったのだ。彼女が言っていた視線のことも気になるし、何より傍にいてやりたかった。
まあ本人も友達と一緒に帰る、と言っていたから大丈夫だと思うが。
双太はいつもと同じ道を通って帰っていたが、見たことのない看板を見つけた。
『あなたのお悩み解決します。一回たったの100円!』と看板に書かれている。カラフルにしているため目立つといえば目立つが、なんというかとても胡散臭かった。
かなりの安値なので胡散臭さを倍増させていた。
いつもならこんな店を信じない双太だが、咲桜のことも気になる。本当に解決してくれるのなら、たまには信じてやってもいいだろう。幸いにもかなり安いし、なにか変な物を勧められたら断ればいいだけだ。
双太は喫茶店のような外装の店を見上げた。上の方に『いるか屋』と悩み相談室の店とは思えない店名が掲げられていた。
更に胡散臭く思ったが、双太は店の扉をゆっくりと開けた。
「……すいませ——うっ!?」
店内を見た双太は思わず顔を顰めた。
立派なのは店の外だけで中はなんともいえないくらい散らかっていた。あたりに本が積み重ねられていたり、いたるところに資料と思しき紙が散らばっていたり、足の踏み場がない有様だった。
「……なんだ、こりゃ……。人なんているのかよ……?」
とんでもない店の中に双太は店が経営されているのか不思議に思った。双太からすれば、とても人が住める環境ではない。綺麗好きな咲桜が見たら目を輝かせて掃除に取りかかるだろう。
店の中の様子に驚いていると、がたっという物音がした。
双太が音の正体を探ろうと辺りを見回すと、奥にあった扉が開きかけているが、手前に何かあるのだろう、扉が開ききらなかった。
「ん? 開かない……おーい、そこに誰かいるのか? すまないが、扉の前にある物をどけてくれー!」
扉の奥から澄んだ女性の声が聞こえた。
どうやら奥は別室になっているらしい。この店の主は本来は奥の部屋にいるらしい。よく見れば、相談を受ける場所であろう机には、ベルが置いてあった。
双太はなんとか扉の前まで行き、扉の前にある段ボールをどかした。かなり重かったが、何が入っているか見るのが怖くて、開けずにそのまま適当な場所に置いておいた。
扉から出て来た人物を見て、双太はさらに驚いた。
紫色の髪に、紅色を基調としたドレスのようにフリルのついた服を着ており、下も紅色のチェック柄のプリーツスカートを穿いている。美人であろうその顔は、頭に被っている魔女のようなとんがり帽子でほとんど見えない状態だ。
その女性は帽子のつばを少し持ち上げて、双太の顔をじっと見つめると、明るい表情を浮かべた。
「いやー、助かった助かった。少年がいなかったら、私はずっと向こうの部屋に閉じ込められたままだったよ」
「いやいいけど……それより、アンタがここの悩み相談室の人か?」
双太が聞くと、女性は腕を組んだ。
「いかにも。私はこの悩み相談室『いるか屋』の店主である如月依瑠華(きさらぎいるか)だ」
店の名前は自分の名前でもあったのか、と何故この名前にしたのかという疑問を双太は解消した。
依瑠華は腕を組んだまま、
「で、少年よ。偶然店の前を通りかかったら私の声がして助けに来たわけではないだろう? なにか悩みがあると見た。助けてくれたお礼だ。今日は無料でお悩みを解消させてあげようじゃないか」
依瑠華がドヤ顔で言ってくる。別に上手い推察でもないし、100円を免除されたところで、と思ったが、とりあえず言わずにお言葉に甘えることにした。
ベルが置かれている机に通された双太はそこにあった椅子に腰を掛けた。依瑠華も向かい合うようにしてそこに座る。
「で、一体どういう悩みを持っている? 恋か? 勉強か?」
「……悩みってのは、俺の友達……いや、幼馴染のことなんだ」
幼馴染? と依瑠華が首を傾げる。
双太はこくりと頷き、言葉を続けた。
「そうと決まったわけじゃないけど、アイツ最近家で誰かに見られてるような気がするって言ってて……それも家にいる時だけで、ストーカーかもって。実害がないから、警察に言ってもまともな捜査はしてくれないだろうから……こういう時、俺はどういうことをしたらいいんだろうって思って」
双太は俯いてしまう。
なるほど、と依瑠華は腕を組んだまま目を閉じる。うーん、と唸りながら頭をフル回転して、どうすればいいか考える。
ゆっくりと目を開き、双太を真っ直ぐ見据える。
「傍にいてやれ」
依瑠華の言葉を聞いた双太は俯かせていた顔を上げた。
「少年よ。少年は、その娘が大事か?」
「……大事だ」
「だったら傍にいてやれ。そこまで大事な存在ならな。他人のことで悩める少年が羨ましいよ。私には友達がいないからな」
さらっと悲しいことを言ったような気がするが、双太は一応気にしないでおく。
「……傍に、か……」
「これは私の興味本位で聞きたいんだが、その子とは付き合ってるのか?」
「つっ!? 付き合ってねぇよ!! 幼馴染って言っただろ!?」
顔を真っ赤にして否定する双太。
予想通りの反応が可笑しかったのか、依瑠華は口元に手を当ててくすくすと上品に笑った。
「いや、照れ隠しで彼女と言わなかったのかと思ってな。そうか。大事な幼馴染か。漫画とかを読むと、幼馴染で結ばれるというストーリーが鉄板なんだがな」
「漫画だけだ。現実は違う」
見た目二十代のこの人は、漫画を読みそうにない外見だが、どうやらよく読むようだ。よく見ると散らかっている本の中に漫画もある。
「……ありがと、悩み相談室のお姉さん。参考になったよ」
「それは良かった。また来るがいい。今度はその幼馴染の子と一緒にな」
双太は踵を返し店を出ようとする。
「ああ、そうだ」
そんな双太を依瑠華は呼び止めた。
まだ何かあるのかな、と双太は振り返る。依瑠華は優しい笑みを浮かべながら、
「私のことは依瑠華さんと呼べ。少年」
双太はフッと笑うと、
「じゃあ俺のことも、双太って呼んでくれていいよ」
そう言い残すと双太は店を出た。
店に一人残された依瑠華は椅子に腰を掛けると、帽子を被り直すように上から押しつけた。そして、
「……錐崎双太か……」
一度も名乗っていない双太のフルネームを呟いた。
「アイツの中に見えたあの光……見間違いであればいいがな」
依瑠華は立ち上がると、奥にある別室の方へと向かって行った。
- Re: ルミエール・エグゾルシスト ( No.4 )
- 日時: 2014/11/22 01:04
- 名前: 凪乃 (ID: KCZsNao/)
3
「咲桜!」
翌日、登校途中に双太は前を歩く幼馴染の後姿を発見した。昨日より元気がないように見えるのは気のせいじゃないだろう、双太は咲桜の下に駆け寄り、いつものように笑みを浮かべる。
「よう、おはよう」
「……双太。おはよう」
咲桜は笑ってそう答える。
その笑みも無理矢理作ったものだと、幼馴染の双太にはすぐ分かった。いや、幼馴染じゃなくても、これくらいは気付くだろう。昨日、友達と帰ってから、やはりいつものように視線を感じたのだろう。
「……やっぱり、昨日も同じか?」
「……うん。でも、昨日はちょっと違った」
違った? と双太が首を傾げる。
今までは家に帰ってしばらくすると感じていた視線だが、昨日は友達と一緒に帰っている時でさえ感じたらしい。そんなことは初めてらしく、怖かったようだが、友達には自分が怯えていることには気付かずにやり過ごせたらしい。
そのことを話している時の咲桜の表情は、俯いていてよく分からなかったが、声だけで泣き出してしまいそうなのは分かった。
「……ねえ、双太……わたし怖いよ……。いつも見られてる時に思うの。いつかは襲われるんじゃないかって。わたし、殺されちゃうんじゃないかって……そう思うと、すっごく怖くて……」
咲桜は両肩を抱きしめるように身体を縮こまらせた。彼女の身体はがくがくと震えている。声も涙声で、泣いていることは明らかだった。
双太はそんな咲桜を優しく抱きしめる。
「……心配すんな。お前は俺が絶対に守るから。今日は一緒に帰ろう。落ち着くまで、ずっと一緒にいてやるから」
「……うん」
咲桜は双太に抱きしめられて落ち着いたのか、身体の震えも止まっていた。双太がほっと一安心していると、
「……双太……」
照れたように咲桜が口を開く。
双太が咲桜の言葉を待っていると、咲桜は顔を赤くしながら、言いづらそうに視線を彷徨わせている。
「……その、双太がいいならいいんだけど……」
「なにがだよ?」
咲桜の言っていることが分からず、首を傾げる双太。
何故か咲桜は辺りを見回している。これじゃまるで、誰かに見られているかのような反応じゃあ——。
そこで双太はハッとした。
今は登校途中。同じ学校の生徒はもちろん、他行の生徒や通勤途中のサラリーマンから、これから会社に行くであろう社会人の人も大勢いる。そんな大勢の人の前で、自分は幼馴染を抱きしめる、という大胆な行動に出たのだ。咲桜が照れるのも無理はない。
「わ、悪いっ!」
双太はすぐに離れた。冷静になろうと思うが、顔がとてつもなく熱い。冷静になろうと思えば思うほど、心臓が大きな音を立てる。
「……別にいいよ……おかげで落ち着いたし。ありがと……」
咲桜も顔が真っ赤だ。おそらく双太と同じで、抱きしめられた時には気付かなかったものの、冷静になればとてつもない状態でいることに気付いたに違いない。
そんな二人を社会人の人は微笑ましい表情で、男子学生は双太にとてつもない殺気を帯びた視線を向けていた。リア充爆発しろ、などと思っているに違いない。
「まあ、とりあえずさっき言ったことは全部本当だ。だからその、心配すんな」
「うん。ちょっとだけ元気出た。ありがと」
さっきとは違う、心からの笑顔を向ける咲桜。
その表情に安心したのか、双太もニッと笑って、咲桜の頭をくしゃくしゃと撫でた。
「うわ、もう八時だよ」
朝言った通り、双太は咲桜と一緒に帰り、彼女の部屋でくつろいでいた。咲桜の家に行くのは久し振りで、しばらく見ないうちに女の子っぽい部屋になったなー、と少しドキドキしていた。
彼女の部屋に入ったらこんな気持ちになるんだろうな、と彼女が出来たことがない双太はそんな風に思ってしまう。
部屋に入った瞬間に女の子特有の匂いが漂い、妙に咲桜のことを意識させる。当の本人はいつも通りに振る舞っているが、部屋に男子がいてもあまり気にしないのだろうか。それとも、幼馴染だからそういうのはないのだろうか。
「帰らなくて平気? 双奈(そうな)ちゃんと双葉(ふたば)ちゃんいるでしょ?」
双奈と双葉というのは、双太の妹のことである。双奈と双葉は双子で、兄である双太と家族くらいしか見分けがつかないくらいそっくりだ。咲桜でも見分けるのが困難なほど似ており、学校でもよく間違われるという。
「……あー、そういや忘れてた。アイツらも馬鹿じゃないから、腹減ったら冷蔵庫の中物色して料理くらいするだろうけど……」
双太の両親は少し特殊だ。
父親は世界のありとあらゆる古代遺跡や古い建造物などを調査する考古学者で、母親は研究者。新しい細胞を見つけるんだ、と張り切ってかれこれ数年経っている。
二人とも家にほとんどいないため、双太が家事のほとんどをしているのだが、双奈と双葉も全く出来ないわけではない。双葉にいたってはかなり心配するが、双奈がいれば平気だろう。彼女なら料理くらいは出来る。
だが、帰らないとあの二人だけでは危なっかしいのは分かっている。
「……でも、大丈夫か? 一人でも」
「うん。今は全然視線も感じないし……双太が帰ったらまた感じるかもだけど、今日は大丈夫だって思えるの!」
ぐっと両手で拳を作る咲桜。その表情は自身に満ち溢れていた。
「……本当か?」
「本当だよ! 今日は双太が元気くれたから!」
「……大したことしてないだろ?」
双太がそう言うと、咲桜は顔を赤くして、目を逸らしながら言う。
「……朝、ぎゅってしてくれたもん……」
思わず双太はまた抱きしめてしまいそうになった。
今のはとてつもなく可愛い、と幼馴染の自分でさえ思ってしまった。『抱きしめてくれた』ではなく『ぎゅってしてくれた』というあたりも可愛かった。
案外侮れないな、と幼馴染のふと見せる可愛さに戸惑う双太。
とにかく、本人が大丈夫だと言うのなら大丈夫だろう。あまり気にしても良くないだろうし、咲桜を信じて今日は帰ることにした。帰ったら二人の妹から何を言われるだろうか。
「じゃあな、咲桜」
「うん、また明日ね!」
双太は暗くなった夜道を歩く。
街灯の光がやけに眩しく感じた。
そういえば、今日咲桜と一緒にいる、と決意したのはあの胡散臭いお悩み相談の女の人のお蔭だ。たしか、依瑠華と言っていたような気がする。
あの人にもお礼を言い行かないと。その際は咲桜も連れて行こう。依瑠華も会いたい、と言っていたし、と双太がそう思いながら歩いていると、
ずっ、という不気味な感覚が双太を襲った。
一瞬何が起こったか分からなかった。が、右の腹辺りに痛みを憶える。視線を腹に向けると、背後から刺されて貫かれたのだろう、自分の血がべっとりとついたナイフが腹から飛び出していた。
「……なっ、」
なんだよこれ、という間もなくナイフが引き抜かれ、双太はそのままうつぶせに倒れる。顔を上げることも、声を出すことも叶わない。自分を殺した犯人さえ確認できない。
何故こんな目に遭わなければいけないのか、一体誰がやったのか、双太は薄れる意識の中、犯人がなんとなく分かったような気がする。
自分を刺したのはおそらく、咲桜のストーカーだ。
咲桜と一緒にいたから、自分は殺されたのだろう。どうやら予想以上にヤバい奴らしい。咲桜の言っていたことも、現実に起きてしまいそうだ。現に、今双太はその男にナイフで刺されてしまっている。
双太の意識はどんどん薄れていき、視界が真っ暗になる。
双太が目を開けると、なにもない真っ白な空間が広がっていた。
身体を起こす。自分はどうやら寝かされていたらしいが、どう見ても人を寝かせるような場所じゃない。真っ白だし、なにも見当たらないし、何処かさえもまず分からなかった。
まず自分の記憶を辿ってみる。
自分は咲桜の家にいて、二人の妹が心配だから帰ることにした。帰る途中に誰かに背後から刺された。おそらく咲桜のストーカーだ。
そこからの意識がない。見ると腹の傷も消えている。
ここは一体何処なのか、その疑問を解消するかのように突然声が響いた。
「ここは生ける者が住む生界(せいかい)と死者や魔物がいる亡界(ぼうかい)との境界線だ」
声からして少女ではなく女性の声だった。
澄んだ女性の声。しかし、双太はこの声にデジャヴを憶えた。自分は、この声を知っている。昔から知っていたわけではなく、最近知ったものだ。
「境界線と言ったが、お前は天国の一歩手前まで来ている。つまりはもう死んでいる」
白い光景の中にうっすらと人影のような物が映る。
その人影はどんどん双太に近づていく。近づくにつれ、人影の要望が明らかとなってくる。
紫色の髪に、紅色のフリルのついた服に、紅色のプリーツスカート。歩くたびにブーツの底が音を鳴らしている。一番印象的なのは、綺麗な顔の上にのっかっている、魔女の被るようなとんがり帽子だ。
個性的な衣装を身に纏った女性は双太の前で立ち止まると、ニッと笑みを浮かべながら澄んだ声で告げる。
「錐崎双太くん。ようこそ、死者の世界へ」
目の前に現れたのは、『いるか屋』の如月依瑠華だった。
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