ダーク・ファンタジー小説

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昨日の消しゴム
日時: 2013/10/19 00:49
名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: hzhul6b3)

 「———— かかる異様の者、人に見ゆべきにあらず。」





 遥か記憶の彼方。
 あの時、はじめて人を好きになった。


 初めて彼女に逢った日は、とても風の優しい日で。
 ただただ、やわらかな陽ざしが澄んだ空からふりそそいでいたと思う。


 そんな記憶も、今となっては他人のもののよう。
 幸せだった遠い日々は、思い出すたびに薄れていくばかり。
 いっそのことなら、はじめから出会わなければ良かったのだろう。


 今はただ、何も感じぬ孤独の中で、
 人外と成り果て、血の匂いを求めて彷徨うだけ。







 ……今は昔、忘却の物語。



◆壱、ソノ者、人ニ非ズ。◆
>>1 >>7 >>8 >>12 >>13 >>14 >>15 >>16 >>17 >>18 >>22 
>>23 >>24 >>25 >>26


◆弐、蛇愛ヅル姫君◆
>>29 >>32 >>35 >>36 >>37 >>40
>>41-43 >>45-47 >>50-56

 
◆参、鬼ノ記憶◆
>>57-

Re: 昨日の消しゴム ( No.36 )
日時: 2013/06/01 00:56
名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: .wPT1L2r)



          

                ◇


 主様に買われ、新たな土我という名と、真の名を与えられてから、半年が経ったある日。


 その日は、確か秋の冷たい風が吹いていた。折角、朝一番に払った庭の枯葉が、昼過ぎにはすでに新しい枯葉で覆われていた。
 主様は、そんな木枯しを眺めながら、考え深げに目を細めた。

 「なぁ、土我や」
 半年前、新たに与えられた、自分の名前を呼ばれて、すぐに駆けて寄った。

 「お呼びでしょうか」
 「おお、良い子じゃ。お前はいつでもすぐに来るのう」
 「お褒めのお言葉ありがたき喜びにございます、しかし手前は、そこにおりましたから」
 言いながら、庭の、橘の木のあたりを指差した。

 「なに、そこにおったのか、気付かなかった。随分と考え込んでしまったようだな、わたしは」
 「はぁ」

 主様はそっと手を伸ばして、俺の頭を撫でた。大きくて、温かい手だ。
 「なぁ、土我や—— 、お前、学問をする気は無いかね」
 「ガクモン、とはいかなるものでしょうか?」
 「そうだ、学問だ。……私はお前が愛しい。他人など愛したことがなかった私だが、お前だけは本当に愛しい。なぜだろうね、きっとお前が弟に似ているからかな」
 そう言いながらも、主様のいつも通り表情のないお面のような顔には何の変化もない。全く愛しくなさそうに、いや、なんの感情も伝わらない顔で、愛しい愛しい、と繰り返し仰られる。
 
 「主様の弟殿ですか?」
 「ああ、でも今はいない。ある物の怪に、私の心と一緒に喰われてしまった。わたしが守ってやれなかった」

 ああ、だから—— 主様には感情が無いんだ。
 俺は一人で納得した。今までの半年間、そばで離れず仕えてきたが、主様にはおよそ人間味というものがほとんど無かった。笑った顔も見たことが無い。

 「だから、お前には物の怪に負けないくらい強い者に育ってほしい。不思議だなぁ、そうすることが、私の罪滅ぼしのように思えて仕方がないのだよ」
 「……それが、ガクモンをする、ということなのですか?」

 「そう、そうだ。やはり賢い子だよ、お前は。私の目は確かだったのだね」
 「そんな、自分には勿体無いお言葉です。そのガクモンとやら、是非とも私めにお教え頂きたく存じます」


 すると主様は満足そうに頷いた。
 「良いだろう。……ようこそ、我ら陰陽師の世界へ」


Re: 昨日の消しゴム ( No.37 )
日時: 2013/06/01 01:02
名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: .wPT1L2r)




                ◇


 そして数年の時が経った。
 主様の館の中では、一人の家人として扱ってもらえたけれど、館から一歩でも外に出れば、鬼子として周囲の人々から疎まれた。





 「わーーー!鬼子じゃ、鬼子が来よったぞ、汚ねぇ汚ねぇ」

 カツーン、
 足元に、小石の雨が降る。

 カツーン、カツーン
    カツーン、カツーン

 何度、聞きなれた音だろう。石の降る、蔑んだ差別の音色は。
 石の飛んできた方を見ると、意地悪そうに小さな黒い瞳を光らせた、自分と同じような子どもたちが何人か見えた。薄汚れた土色のボロボロの着物をまとっていて、ここらではよく見かける孤児の集団だった。

 「……。」
 無言で睨み返すと、大抵の子は怯んで一歩下がったが、先頭に居た一際気の強そうな子だけは、全く動ぜずに不敵にニタリと笑った。

 「なんや、やるかぁー?」

 こんな奴らに構っていられるか。土我は挑発を無視して歩みを速めた。その冷めた様子が、血の昇りやすい餓鬼大将の機嫌をひどく悪くしてしまったようだった。

 「おい、待てやゴラァ!」
 ガン、 頭の後ろに突然鈍い痛みを感じた。思わず手を当てると、ぬっとりと生暖かい真っ赤な血が、手のひらに鮮やかにくっ付いていた。 頭から噴き出た自分の赤色の液体が目に入ると同時に、鋭い怒りが、ふつふつと心の奥から込み上げてくる。


 駄目だ、逆上するな、あんなのに構うな、


 そう自分に言い聞かせて、すぐに走り出した。後ろからは、ギャアギャアと騒ぐ彼らの声と、いくつもの小石が地面に叩きつけられる音。それと、バタバタと追いかけてくる草鞋の履いていない裸足の足音。
 ああ、面倒だな。小さく溜息をついて、荒れ果てた鉛色の街を右へ左へと孤児たちを振り切りながらめちゃくちゃに走った。

 はぁはぁと息を切らせて走り続けると、ふっと道が開け、いつの間にか河原に来ていた。
 振り返ると、もうあの孤児たちは追ってきていなかった。どうやらうまく振り切れたようだ。

 乱れる息を整えながら、なにとなく河原へ歩き出す。河原には、いつも通り沢山の腐乱した人間の死体がごろごろと無惨に転がっていた。そして大きなハエが、黒い群れを成してソレの周りを耳障りな音を立てて飛んでいる。


 この中に、俺を生んだ人も混じっているのだろうか。


 黒くなった死体の、ほとんどボロ布のようになった着物からはみ出る、何本もの痩せこけた腕や足を見ながら、急にそんなことをぼんやりと思った。
 ふわりと暖かい風が吹いて、思わず目を塞いだ。穏やかな風に乗って、人の腐った臭いも一緒に流れ出す。
嫌になって天を仰ぐと、ただただ平和に晴れ渡っていた。雲一つない透き通った空色が、目にまぶしかった。

 空は、こんなに綺麗なのに。どうして、どうして人の世界はこんなにも汚いのだろう。


 「絶景ですよね、かような日の河原は」
 突然、誰かの声がして、振り返る。すると五丈ほど離れたところに見知らぬ少女が立っていた。腐った風にその豊かな黒髪と紺色の帯をなびかせて、眩しそうに目を細めてこちらを見ている。
 一目で、身分の高いことがわかった。透き通った雪のように白い肌に、射干玉の漆黒の髪がよく似合っていた。

 「あなたも、この風景に見惚れていたのでしょう?」
 少女が、静かな口調で話しかけてきた。

 「さぁ、どうだろう」
 この少女がどこの誰なのか検討もつかないが、とりあえずこの場所はこの人には不釣り合いだと思った。
 「ここは、河原は、あんたみたいな人が来るような場所じゃない。その上等の着物を腐らせたくなかったら、さっさとここから出ていくことをお勧めするね」

 「まぁすいぶんと親切な人。でも私、この場所が好きなの」少女が、一歩こちらへ歩き出す。「それに—— ねぇ、あなた、最近巷で噂の鬼子さんでしょう?」

 ふわりと、また柔らかな風が、今度は意味を違えて吹いてきた。
 「……ははあ、俺はそんなに有名なのかな。言わずとも見れば分かるだろう、そうさ俺がその例の鬼子とやらさ」
 慣れたつもりだったが、この少女が自分に声を掛けた理由が、彼女の好奇心を満たすためだったと思うとやはり不愉快だった。
 「で?その鬼子に何の用かな。あんまりからかうと痛い目に遭わせてやるぞ」

 もちろん、そんな気はない。そんな無駄なことに興味はない。
 ただ、野次馬女にはさっさとどこかへ行ってもらいたかった。不愉快だ。


 「ふふ、面白い。あなた、やっぱり面白いわ」
 「—— は?」

 その時、一際風が強く吹いた。豪、という音とともに乾いた大気が揺らぐ。思わずギュッと目をつむる。

 風が収まり、目を開けると、不思議なことにあの少女の姿がどこにも無かった。辺りを見回しても、一向に見当たらない。



 ———— もしやあの女、亡者の魍魎であったのではあるまいな。

 確かに、この世の人としてはあまりにも綺麗で整ったなりをしていた。第一、あのような気品のある人がこんな死の河原に居たこと自体、疑わしい。




 ふたたび一人っきりになった河原には、やはりただただ穏やかな風と、暖かな陽のひかりが、熟れた屍の山を悠々と包んでいた。

 どうしたことか、近くに聞こえる川のせせらぎが、なんだかやけに真新しく感じた。



Re: 昨日の消しゴム ( No.38 )
日時: 2013/06/01 15:57
名前: さろめ (ID: 9KPhlV9z)

五行の土がかけている、で国語の小説の登場人物、瑠土を思い出した
文章神ってますね!

Re: 昨日の消しゴム ( No.39 )
日時: 2013/06/04 22:55
名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: P4ybYhOB)


>さろめさん

コメントありがとうございますっ!

国語!まじですか!
うい、昔の人は陰陽道を随分気にしたそうなので、五行から名前を取るのも多かったみたいですね。

そう言って頂けると嬉しくて踊りだしちゃいますへへへ(笑)

Re: 昨日の消しゴム ( No.40 )
日時: 2013/06/21 22:34
名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: P4ybYhOB)


               ◇


 良く晴れたその日は、からりと乾いた風が吹いていて、空が眩しかった。
 よくは覚えていないが、ふらふらと街を歩いていたら、いつの間にか河原に辿り着いていた。


 俺は河原が好きだ。
 白い砂利が広がる小さな砂漠の風景は、どこか空虚な気持ちに優しかった。白い砂漠を横切って流れる小川が、さらさらと飽きずに涼しげな音を立てている。きらきらと、眩しい光がいくつも水の中で踊っている。

 そしてゴロリゴロリと、無造作に転がる死体の数々。
 肌が痩せこけて、黒くなった屍は、かつて自身がヒトであったことをすっかり忘れてしまっているようだ。

 河原の、ありのままの美しい自然の風景と、哀れな人間の黒い亡骸との対比が、あんまりにも明け透けで、空々しくって、虚しくて、綺麗だった。


 ふと、何の気が向いたのか、俺は転がっている死体一つ一つの顔をじっくりと観察してみたくなった。彼らの表情を、見て見たかった。

 腐臭のひどい陽炎に、嫌悪感を抱きながらも、死人の顔を覗くと言う禁忌を味わってみたくなった。それはどこか、少年じみた冒険心だったのかもしれない。


 一番近くにあった俯せの死体を起こすと、女であった。性別の区別などつかないほどになってはいたが、辛うじて髪の長いところから、それが分かる。それに、固まった両腕を組むようにして、その中に死んだ赤子を抱えていた。おぞましいとは思いつつも、良い話なのかな、と疑問に思う。


 「俺の親も……ここにいるのかな」
 
 立ち上がって辺りを見回して見ても、ただただ青い空を仰いでみても、川の水音に耳を傾けてみても、答えは出ない。
 代わりに突然、どこからやって来たのだろう—— 背の丸まった、可笑しな男がひきつった顔で、俺を見て狂ったように笑っているのに気が付いた。


 「灰色! 灰色の髪ダ! 
……どひゃア、コリャ、おまえさん、あン時の鬼子じゃネェか、エ?」
 可笑しな男は、ヒャッ、ヒャッ、と不快な甲高い声で笑った。ふざけたように、両手をパチパチと叩く。

 「……おじさん、それ、俺に言ってる?」
 「オオォォ、そうダヨ。よく見りゃ似てるネェ、おめぇさん、母ちゃんに似てンナ。ヨカッタナァ、きっとイイ男になるヨォ、ヒャッ、ヒャッ、ヒヒ……ッ」

 「母ちゃん? 俺の? ……おじさん、まさか知ってるのか、俺の親を」

 「そうだヨォ、知ってるよォ」
 ギョロリと、可笑しそうに男は目を剥く。
 「綺麗なオンナだったヨ。ちっと気がぁネ、強かった、ヒヒ。……でもなァ、可哀想だったナァ、死んじまったサァ。ヒャッ、ヒャヒャァア」

 「やっぱり、死んじゃってるんだ」
 こつんと、足元の小石を蹴った。ぱしゃん、と音を立てて、白い石が、川に波紋を描く。

 すると男は、また高い声で笑った。
 「そらナ、当たり前だろ、今、ココニ、お前がいるンだからサ。可哀想だったヨオ、最期までサ、嫌ダ嫌ダってサ、泣いてたンだから。鬼の親は嫌ダァ、ってナ。残念だネェ、イイオンナだったのにサァ」

 「……そっか」

 「そうサ、俺らは困ったヨォ。お前をどおしようってサ。だってコロシたら呪いがコワイコワイコワイ! ンデサ、俺の提案でサ、籠にお前を入れてサ、川に流したサァ。ヒャッヒャッ、ヒヒヒ! 悪かったナァ、でも、さすがダネ。さすが鬼子! よくここまで育ったネェ。スゴイヨ、ホントスゴイヨ」

 「そっか、そっか」

 「ソウソウ、……ってオイ! どこ行くンダヨ!アレェ、」


 知らず、俺はその可笑しな男から逃げるように、走り出していた。
 あの、甲高い声が、耳から離れない。どうしてか、涙がこぼれて、視界が歪む。

 聞かなきゃよかった。そんな、知らなくても良かった話。
 知らないままで良かったのに。知らなかったら、幸せな作り話を、描いていられたのに。なんで、



 そんな、生まれた時から、俺は嫌われ者だったなんて。


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