ダーク・ファンタジー小説

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昨日の消しゴム
日時: 2013/10/19 00:49
名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: hzhul6b3)

 「———— かかる異様の者、人に見ゆべきにあらず。」





 遥か記憶の彼方。
 あの時、はじめて人を好きになった。


 初めて彼女に逢った日は、とても風の優しい日で。
 ただただ、やわらかな陽ざしが澄んだ空からふりそそいでいたと思う。


 そんな記憶も、今となっては他人のもののよう。
 幸せだった遠い日々は、思い出すたびに薄れていくばかり。
 いっそのことなら、はじめから出会わなければ良かったのだろう。


 今はただ、何も感じぬ孤独の中で、
 人外と成り果て、血の匂いを求めて彷徨うだけ。







 ……今は昔、忘却の物語。



◆壱、ソノ者、人ニ非ズ。◆
>>1 >>7 >>8 >>12 >>13 >>14 >>15 >>16 >>17 >>18 >>22 
>>23 >>24 >>25 >>26


◆弐、蛇愛ヅル姫君◆
>>29 >>32 >>35 >>36 >>37 >>40
>>41-43 >>45-47 >>50-56

 
◆参、鬼ノ記憶◆
>>57-

Re: 昨日の消しゴム ( No.16 )
日時: 2012/08/05 22:22
名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: .pUthb6u)
参照: 前作の一部修正


「にほんしょき……?」
「そういうね、胡散臭い話が腐るほど載ってる面白いものがあるんです。それに出てくるんですよ。ヤマタノオロチっていう八つ頭の大蛇の怪物がね。」
「八つ頭の蛇だと。本当に居たのかそんなものが。この国に。」

「本当に居たかどうか、そんなことはどうでもいいんです。」由雅は人差し指を一本、ピンと立てて、空中にくるくると円を描きながら話し続けた。「昔の人が、そういう話を日本書紀に書いた、つまり後世の人間、私たちにそれを伝えたかった。ただそれだけのことでしょう。」
「怪物の存在の真偽より、先人の意向の方が重要だとでも言いたいのか。」

由雅はフフフと楽しそうに笑った。「面白くなってきましたね。私、こういうの大好きです。」
「人がとんでもない呪いを受けたのかもしれないのにか。」つくづく、恐ろしい娘である。
「別に、土我さんがどうなろうと私の知ったことではないですし。最初からアカの他人なんですから。」

確かに、どうして、自分は今の今までこの矛盾に気が付かなかったんだろうか。どうして、さっき、殺すのを躊躇ったのだろう。どうして、こんなにも同情を求めてしまうのだろう。
たった数日前に偶然出会った娘に。

「では、どうしてお前は八日前の朝、俺を助けたのだ。」少しヤケになって、捨てるように聞く。
「おもしろそうだったから、ただそれだけです。それにね、土我さん、あなた最初の時と随分人当たりが違うじゃない?! なんなんですか、その乱暴な言葉遣いは。」
「別にどうこうという意味はない。あの時は太刀をお前に取られていたからな。いい面でもしておかないと返ってこないかと思っただけだ。」……それでなくとも、こいつと話しているとだんだんと口が悪くなるのが自分でもはっきりと分かる。「それでなんなのだ、ヤマタノオロチとは。はよ言わぬか。」

由雅は大儀そうに腕を組み直した。「そんなにヤマタノオロチの話が聞きたいんですか?人にものを頼むときはもうちょっと言葉遣いに気を付けるものですよ。」

やっと、少しだがこの娘の性格が掴めてきたようだ。どこまでも人を小馬鹿にする、人を苛立たせる、怪奇話が好き、女のくせに文字が読めて頭も良い。おまけに、妙な妖術まで使えるときた。まるで歯の立たない女だ。こいつこそ本物の鬼ではないのか。

「で、聞きたいんですか?聞きたくないんですか?」
「……聞きたいが、」

由雅は偉そうに ふふん、と鼻を鳴らした。「そんなに聞きたいならしょうがないですねー。では、この国が誕生したところから始めましょうかね。」

「昔々、境界なんてものは無くて、地の泥も天の雲も同じ靄だった時代。世界が生まれたばかりの話です……」





********************************************







「イザナミとイザナギは知っていますか?」
「いや。」

「日本国創造の神とされるつがいの夫婦神です。彼らは海や空を造り、国土を形成しました。ちょうど粘土遊びのようにね。それから、万物の神々を産みます。イザナミの方は最後に火の神を産んだ際に火傷を負って、死んでしまいますけどね。」

「神も死ぬことがあるのか?」 神が死ぬだなんて少し、信じられなかった。
「普通は死にません。うーん、言い方が悪かったかな。正確に言うと彼らには“死”と言う観念はありません。消える、って言った方が語弊が無いかも。まぁ、それでイザナミの子供たちの中で特に凶暴だった“スサノオ”っていう奴が居ます。こいつが問題児でね、色々と天界で事件を起こした末に、天界の高天原(タカマノハラ)から下界へと追放されてしまいます。追放された先は出雲の国(イズモノクニ)と言ってね、本当にここから西北西の方向にあるところですが。
 で、話を随分はしょりますが、そこで奇稲田姫(クシナダヒメ)っていう可愛い女の子が困っているところをたまたまスサノオが通りかかります。何でも、その子は今夜ヤマタノオロチっていう、頭と尾が八つある大蛇の怪物に喰われてしまうらしいのね。
 あんまりにも可哀想に思ったスサノオはヤマタノオロチ退治を打って出ます。まぁ、スサノオは神様なんだから、当然ヤマタノオロチは退治されてしまいますが。
 すると、あら不思議。退治したヤマタノオロチの尾の先から聖剣、草薙剣(クサナギノツルギ)が出てきます。そして、奇稲田姫はスサノオに一目ぼれして、二人は夫婦になりましたとさ……ってところですかねー。」

話し終えて、由雅は深呼吸をした。どうやら神話の余韻に浸っているらしい。

「なんとも突拍子の無い話だな。」それを楽しそうに話すこいつも突拍子もないが。
「でも、でもね!本当に日本書紀に書いてあるんですよ。私が読んだのは写本ですけどね。古事記っていうのにも書いてあるらしいけど、まだそっちは私読んでないんだよなぁ〜。あー読みたい!!」

由雅は熱に浮かれたように話し続けた。「それで、その土我さんに掘られた蛇の入れ墨はヤマタノオロチにしか思えないんですよ。そうなると、あの赤面の鬼はヤマタノオロチに何か関係があるはずですよね。」


「ああ、そうかもな……」

つくづく、よく喋る娘だ。



スサノオ。ヤマタノオロチ。
もし、この入れ墨がそんな得体の知れないモノ達が関係している呪いなら、自分はもう長くないだろう。


別に、死ぬのが怖いわけではない。嫌なわけではない。どうなっても別にいい。
初めから、呪われた体なのだ。鬼子の命の短いことぐらい、教えられずとも知っている。
けれども、やはり自分の寿命ぐらいは知っておきたかった。

「なぁ、由雅。」
俺に呼ばれて、由雅は何か話している途中だったが、こちらに振り向いてきた。

「じゃあ……じゃあ、もし、この入れ墨の呪いがそのようなものだったとして。俺はあとどのくらい生きられる?」

Re: 昨日の消しゴム ( No.17 )
日時: 2012/08/11 22:41
名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: .pUthb6u)


「さぁ?」由雅はからからと笑った。「案外今夜が峠だったりして。どんな死に方をするんでしょうかねぇ。悶え苦しむんでしょうかね、それともポックリ逝っちゃうんでしょうかねー。」

「な……」可笑しそうに唇を歪める少女が、少し不気味に見えた。「なんという奴だ、人が死ぬかもしれないのに。なぜそんなに楽しそうに笑う。」
するとまるで人の話を聞いていない由雅は、くるりと向き直ると、真剣な顔つきで問うてきた。
「……で?もしも今日があなたにとっての最後だったら、何がしたいの、何を思うの、何を望むの?」

少し、声を低くして囁くように聞く。思わず目が合った、黒曜石の瞳には不思議な光が宿っている。

「別に。時が流れるのに任せる以外ないだろう。俺にはどうすることもできないのだから。」
「何か望まないの?本当の本当にこの世から永遠に存在できなくなってしまうかもしれないのに。」
「だから、」由雅の、黒く、刺し殺すような目線に耐えられず、顔を背ける。「望んだところで何も叶わないのだから、そんなことは虚しいだけだ。それに、俺に望みなどない。ああ、強いて言えば最後に何か美味いものでも食っておきたいかな。」

「っ、アッハハハハハハ!」由雅が急に大笑いし始めた。狂ったように両の手を叩きながら、甲高い声で。「何と無欲な!アハハ、やっぱり土我さんは面白い人です。そうだなぁ、私だったら、色んな鬼や妖獣に喧嘩をふっかけて、最後には宮廷のデブ女たちの寝床全部に放火して回ってやりたいです。うん、思いっきり悪い事したいわ。歴史に残るくらいの。」


チチチチチチチチチチ………

外で、鳥の鳴く声がした。庭に目を向けると陽はすっかり高くなっていた。
まずい。人が多くなる前に帰らなければ。

急いで着物の乱れを直して荷物を整えた。荷物って言ってもそれほどの量があるわけではないが。

「どーしたんですか。突然そんなに急いで。」由雅が俺の背中に話しかけた。
「じゃあな。俺は人が多くなる前に帰らなければならないんでな。」
ちょっと! と後ろで由雅の声がしたが構っているヒマはない。
外に出ると、水瓶を持った中年の女衆が小うるさく喋りながら歩いていた。高くなり始めた日の光が、その後ろ姿を燦々と照らし出している。どうやら、井戸はあっちの方向らしい。



それから、すっかり明るくなった大通りを避けて、できるだけ人目に付かない小道を進んだ。


Re: 昨日の消しゴム ( No.18 )
日時: 2012/08/27 21:20
名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: rOrGMTNP)



「おー、土我、遅かったな。」


あれから朝の眩しい陽ざしをひたすらに避けて、物影伝いにさんざん遠回りをし、今やっとの思いで屋敷に着いた。湿気た屋敷の庭隅の小屋裏では、同じく下人の矢々丸が鶏の首を絞めている。バサバサと、鳥が激しく暴れて羽毛が飛び散っていた。鳥汁でもつくるのだろうか。

「どうだった? 鬼には会えたか?」
俺の足音に気付いたのか、こちらを振り向きもせず鶏の茶と灰色の羽を払いながら、矢々丸が大きくくしゃみをした。
「会えたけどな、妙なお土産もらった。」
「土産だ?」
矢々丸はたった今息絶えた鳥の首をそっと離すと、こちらへ振り返った。

「ああ。」
着物の右の掛襟をずらして、入れ墨の蛇の描かれた肩を見せる。すぐに矢々丸の眉間にしわが寄った。

「……ッ、馬鹿が! 無理はするなって、何回も言っただろ!どうすんだよこんな意味分からんもの入れられてよ!これじゃあお前まで死んじまうぞ!!」
「落ち着けよ。俺は大丈夫だから。こんなの気味が悪いだけで何ともない。それより、リトはどうなった。」

すると矢々丸は大きなため息をついた。
「今は落ち着いてる。静かに奥で寝てるよ。気になるんだったら、起こさない程度に見にいってやれよ。」
小屋の奥、昔は蔵として使っていた所がリトの病床となっていた。「いや、寝ているのだったらいい。」




リトは、一週間前から病を患っていた。
最近巷で流行り出した、寸死の疫病。

まだ幼いこの少女の命は、多分あと数週間としてもたないだろう。日に日に弱くなっていく浅い呼吸に、嫌でも死の気配が滲んでくる。

「元気なのはもう俺ら二人だけだ。主様もあのままではもう二度と動けまい。」
「……だろうな。」 ポツリ、と頬に雨粒が当たった。「お前、どうする?勝つ見込みもない。」
「ここを捨てて、他に行くってのか?」矢々丸が声を落とした。
「宛ては無いけれど。適当にどこかの館の下人で食っていけはしないだろうか。」

「そう簡単にはいかねーよ。」興味を無くしたかのように、矢々丸はふいと視線を逸らすと、鶏の羽を片付け始めた。「それにお前は鬼子だ。俺はともかく、その見た目じゃあ他で雇ってもらえるはずが無いだろ、築地の下で干からびて飢え死にするのが関の山だろうさ。」


「ははは、やはり、駄目かな。もとより、最後までここを捨てるつもりはないが。」
そう諦めて笑うと、改めて暗い未来に眩暈がしてきた。







                  ◇







ぽつり、ぽつり。


頬に水玉がはじけた。雨が降ってきたようだ。
埃くさい蔵の中に、静かに腰を下ろす。蔵の中は暗くて、ときどき、なんだか分からない虫やネズミなんかが壁沿いに走る音が聞こえる。

「土……我、……?」
蔵の奥から、名前を呼ぶ声が聞こえた。ふと振り返ると、リトが布団から少し身を起こして俺の方を見つめていた。熱で真っ赤に腫れた瞳が、痛々しかった。

「なんだ、起きていたのか。」
「うん。」痰の絡んだ、あまりよく聞き取れない声でリトが頷いた。「鬼は、捕まえたの?」
「いや。見つけることはできた。でも捕まえるのは無理だった。殺すこともできなかった。」

すると、リトはふっと表情を緩めた。「そっか。よかった。」
「……よかった?」
「うん。だってね、だって、鬼を殺すと殺した人も鬼になっちゃうんだって。むかしね、母さまが言ってた。」
「はははは!馬鹿言え。そんなことあるものか。第一、鬼になるも、なかなか愉快ではないか。鬼は飢えない、暗闇の中でも目が見える、金や身分からも自由だ。しかも数千の寿命があるそうじゃないか。何か悪い事でもあるのか?」
「だめだったら!」ゲホゲホと、咳き込みながらリトが叫んだ。「鬼になんか絶対なっちゃだめだ、土我は立派な人間だよ、死ぬまで人じゃなくちゃ駄目だ!」
「わかった、わかったから。もう寝ろ。……夜中にお前の咳で起こされるのはもう御免だからな。」
そう言うと、リトは不満そうに溜め息をつくと再びその小さな体を床に預けた。今は落ち着いているが、日が沈むのと共に、リトの呼吸と咳はいつもひどくなる。

みんなそうだった。咳がずっと続いてから、熱が出て、それからは数日と持たずに死んでゆく。恐ろしい死病だ。そうやって、この館の人間は一人、また一人と減っていった。
そしてここに残るは、主様と矢々丸、リト、それに俺の四人だけである。

主様は昨晩熱が出てしまった。リトもこの有様だ。もうすぐに、ここは無人館と化すだろう。俺も矢々丸も、いつ咳が出始めるか分からない。





ザアザアザアザアザア

蔵の屋根を叩く雨音は、だんだんと強くなってきている。


ふと、先程からジンジンと痛みだした肩の入れ墨を見ると、入れ墨の模様が変わっていた。前までは絡みついて、一つの塊のようになっていた蛇のうちの一匹が、塊から離れて、腕の方へ伸びている。じっと蛇を見つめていると、若干だが、少しずつ、少しずつ蛇は皮膚の下を這い進んでいるようだった。気味が悪かったが、やはりどうしようもなかった。


人の身とは不便だ。
病が流行れば死んでしまう。呪いを受ければ抗うすべもない。
些細な何かが違っていれば、すぐに鬼子だと言われ石を投げられ蔑まれる。


いっそのこと、本当に鬼になれればいいものを。


Re: 昨日の消しゴム ( No.19 )
日時: 2012/09/03 00:44
名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: rOrGMTNP)


【おしらせ】


夏休み中に書き終わる、とか言っておいて、しばらく休載します。ほんとうにすみません。
次の更新は冬休みになると思います。その際に一気に完結まで持って行ってしまうので、それまでどうぞお楽しみにお待ちくださいね!

でゎ、これにて短いですが長期休載の挨拶とさせていただきます(´∀`)

Re: 昨日の消しゴム ( No.20 )
日時: 2012/12/03 02:43
名前: 王様 ◆qEUaErayeY (ID: 7pjyJRwL)

あげ


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