ダーク・ファンタジー小説

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虚無なる夜
日時: 2019/05/23 10:37
名前: 無名 (ID: uKR9UL7u)




 
  「兄さん…、兄さァーーーん!!」


  甲高い声。


  …誰の声だろう。


  この響き渡る声は、誰のものなんだろう。


  何か…心の底にある何か…それを抉るような声。


  幼いのに、それに似合わない運命を背負ったような悲壮な声。


  誰だ?そしてこの声は、何で聞こえてくるんだ?


  聞きたいと望んでいるわけでもないのに。




「……め…した…?」


声が聞こえる。耳元で。さっきとは違う。
さっきまで聞こえていた声はフェードアウトしていた。


「……うぅん」


情けない声が出てしまう。


「ああ、起……し…ね」


どうやら女の人の声のようだ。すごく聞き覚えがある。


「蒼さん」

「はいッ!」


情けない声を出さないように力んでいたのだろうか。名前を呼ばれて吃驚したのだろうか。
自分でもありえないくらいの声で返事をしてしまった。


横には………


「……ああ、すみません、つい……。中々起きられなくて………」

「構いません。あと一回呼んで起きなければ実力行使で叩き起こすつもりでしたので」

「ひどい…」


オリヴィア=ヴェルラン。
数年前、身寄りのない自分を拾ってくれた恩人だ。
ヨーロッパの『機関』から来たらしい。


「……学校の時間ですよ。先生に滅茶苦茶に叱られるのと、私に叩き起こされるのはどちらが最善に近い選択ですか?」


「………どちらも嫌─」
「という解答はやめてくださいと言おうと思いましたが先を越されましたね、誤算です。
まあ、こんなことで時間を無駄にしては行けませんね。速く着替えて、行きなさい」


オリヴィアは修道女だと言っていた。『機関』で修道女…というのはよく分からないが、とにかく『正しい生活』というものを強要してくる、ちょっと怖い人だ。


「朝ごはんは─」
「ありません。予定時間を1分過ぎた時点で私の朝ごはんになりました」

「あああ…お腹が絶望的なくらい空っぽだ…」

「道端のバッタでも食べたらどうです?我々もそういうものばかり食べてきたので、問題はないかと。では行ってらっしゃい」

「オリヴィアさんが言っても説得力ないって!僕よりはるかに逞しいじゃないか!それに、バッタって黒い汁吐き出すから嫌いだよ…」

「未消化の…ああ、えーと…あなたにも解るように言うならば『ゲ…ナントカ』です。それより速く行きなさい」

「何で食欲失せるようなこと言うんですかッ!?」

「とにかく規律を破った分まで擁護することは出来ません。自力でどうにかしてください。
こういうのは、例外を認めたら最後です。
ほら、言っている間にも時間は過ぎていますよ」

「うう…厳しいなぁ…」

渋々。
靴を履く。サイズが合わなくなってきた気がする。今週末に買い換えよう。
…オリヴィアさんが金を出してくれるかどうかは別として。

Re: 虚無なる夜 ( No.26 )
日時: 2019/09/02 01:03
名前: 無名 (ID: YsIqf46g)

「今度その剣を俺に向けてみろ。
お前の体を吹き飛ばす。
迷信なんてモノは信じてないからな。命を共有してるだって?ハッタリかまして逃げようってんなら───
そんな臆病者とは戦わねェ。さっさと白旗掲げて立ち去れ」

「吸血鬼と対峙してまともに立っていられるバケモノがほんのちょっとの奇跡の欠片すら信じない…か。ひどい話だ。
だがまあ、それもアリだろう。
お前がオレの忠告を無視して死にたがるのなら、オレもこの吸血鬼としての生に幕を閉じるまで。
残念だが予測は出来てたさ。お前はあの時もオレを殺せなかったからな。
多少甘さが抜けたとは言え、お前はどのみちお前だよ。お前の魂は宿命から逃げてきた。
今はただ、その宿命がここまで追い付いたってだけのことだ」

威苳はやれやれ、というように首を振る。

宿命?

何のことだ。

コイツは、誰に何を話している?

相手も理解しているという前提で、相手の理解を越えた話をしてくる…。

この男は自分勝手なのか?

『あの時殺せなかった』だとか

勝手なことばかり捲し立てる。

「…覚えてねぇみたいだ。初めから話してやるよ───

───あの夏の日…ガキだったオレは…蛇に唆された。
地下室に来てみろ、とな。
おかしいと思うだろうが、とにかく蛇にそう言われた。
そしてオレは、下らねえ好奇心に突き動かされて地下室に立ち入った。

そこでオレは見た。ある『石』を。
そして───今考えりゃバカな話だが───それに触れた。
オレは怖くなったよ。何せ、触れた瞬間身体全体が一瞬にして冷たくなっちまったんだからな。
しかも、それを予知していたかのようにお前が駆けつけてきやがった。
オレの耳元で何度叫んだ?どれほど泣いた?それすら覚えちゃいねぇだろう?

それから数年後に知ったさ。アレは『聖血石』って代物だと。
何でも中神家ってのは、『対化物用人間兵器』の開発をしてたらしくてな。『聖血石』は、その化物どもから採った血だ。
抵抗力のない者がそれに触れると、ソイツは化物になっちまう」

───何?

そんな危険なものを何故、中神家は?

父親は何故それを黙っていた?

「あの蛇の誘惑に負けた代償がまさか吸血鬼化とはね───。
オレは中神家に生まれたことを悔いたよ。

しかし親父も、結局宿命から逃げられなかったんだと分かった。吸血鬼という忌むべき存在に成り果てたオレを、躊躇いつつも殺しにかかってきたよ。勿論、勝ったのはオレだがな。

オレは死に物狂いだったんだ。勝たなきゃ死ぬ。だが、オレが死ななきゃ家族が死ぬ」

威苳は中神家に生まれながら、何も教えられなかったという。

「だがお前には手取り足取り、何か大切なことを教えてたみたいだな。
だからお前は、オレを責めた。
親父からの忠告を何故無視したのかってな。

オレの───親父への殺意を増大させた一言さ」

そんな───。

「お前はきっとアレに触れても吸血鬼化しなかった。お前の中に『異排す正点』『理の芯』がある限りはな」

何だって?

また聞き覚えのない言葉だが…

しかしその二つは、何か引っ掛かった。

それらをきっかけにして、大切な何かを思い出せそうだと。

「ああ、それも覚えてないのか。今魂として表面化してるソイツのことだ。
お前の肉体に…初めから備わっていた中神家としての機能───世界の歪みを滅ぼすエネルギーの流れの中心───お前という存在を簡単に語るなら…そういうことだ」

「───」

『ソイツ』はニヤついた。

威苳の言うことが正しいからか、間違っているからか。

「───オレにはそれはなかった。
あるのは『万象壊理』…あらゆるものを死に導くゴミのような能力だけだ。

幸運なことと言えばそれさ。『万象壊理』の能力ってのは行使者が死に近いほど強くなるという。
そして今のオレは、生憎『人間』としての『死』に到達している。
吸血鬼ってのは人間が死んだ後も尚生きてるような存在だからな。

だから『万象壊理』を最強の状態で使えるのさ。
親父を殺したというのも、きっとそのおかげだ」

明かされた威苳の力。

しかし、それが何だと言うのか。

威苳は続けた。

「お前には是非オレを殺してもらいたかったよ。
吸血鬼となっちまってから、もうその辺は…実はオレも曖昧な記憶しかねぇけどさ。
だがきっと、その時のオレはお前を信頼してたんだろう。
もっとも、お前はその信頼を裏切ったわけだが。

で、今さ。お前はオレの目の前にいる。
これがどういうことか、分かるか?」

「───」

「こういうことだよ、オレの憎き弟───!」

威苳の腕が振られ、そこから衝撃波が放たれた。

Re: 虚無なる夜 ( No.27 )
日時: 2019/07/15 08:30
名前: 無名 (ID: YsIqf46g)

無駄だ。

『万象壊理』が超常なら

『異排す正点』が正常なら

この力があらゆる怪奇を消し去るなら

この刀があらゆるものを破壊するなら

勝つのはどちらか、なんて

普段鈍感な自分にもハッキリと解る。

破壊の波が黒く蠢き

この身体がその一切を打ち消す。

なぜ

威苳はそれすら意に介さない。

「───オレが吸血鬼だってことを忘れたか?」

その身体能力を活かして一瞬のうちに懐に回り込んでいた。

そして腹を貫かれる。



───ああ、俺はコイツらと共に死ぬのか。

俺の肉体を勝手に乗っ取り、勝手に戦って勝手に腹を貫かれたこの邪悪な魂と。

俺の兄を名乗る奇怪な吸血鬼と。

貫かれた痛みがほんの少しだけ解る。

どうせ死ぬなら痛みを感じずに死にたいものだ。



「『異排す正点』はオレの身体中を毒のように巡っている。
オレはもうじき死ぬってことだ。
たがお前、『異排す正点』でオレの異常を全て取り除いたな。
オレにかけられたあの『共有』の呪いもだ。
だからお前が死ぬことはない。
その傷もすぐに塞がるだろう。
お前がすることはオレの消滅をその脳に刻むことだ」

実際、威苳の身体は少しずつ消えていっている。

それなのに、コイツは威苳に下らない質問をする。

「ところでお前は吸血鬼になったのに何故『成長』してんだ?
お前が吸血鬼になったのがあの時なら、お前はまだガキの姿のままじゃないとおかしいだろ」

「『共有』…だ。オレは……蒼と同じ命を共有してる。
だから蒼と同じように…オレも成長していた」

威苳の顔つきは先程まで化物じみていた。

異常に白く、瞳は血の如く赤い。

牙は吸血鬼の象徴として、当然生えている。

自分の兄とは思えぬほど美しい。

だが、今吸血鬼化した身体はこの力によって人間の身体に戻ったらしい。

そしてその心も、穏やかなる人間時代のものに戻っていた。

なのに

そんな時に

話したいのに

コイツが俺の身体を乗っ取っているから話せない。

兄さん

兄さん

また俺は兄さんを救えないのか?

あの時救えなかったというのに。

この声は兄さんには届かないのか?

Re: 虚無なる夜 ( No.28 )
日時: 2019/07/24 23:29
名前: 無名 (ID: YsIqf46g)

───数日後


「気分は良くなりましたか?」

「ああ、うん───ありがとう」

結局、あの日のことはオリヴィアにもフィネにも伝えていない。

伝えられるわけがない。

───。

兄さんは最後、俺のこの力のおかげで人間に戻れた。

生憎会話は出来なかったけど…それでも良いのかも知れない。

確かに会話をしたかったというのはある。

だけど、兄さんは死んでしまった。

どんなに抵抗しても抗えぬ事実。

「───この手で守れるものって、何なんだろう?」

一人、呟く。

誰も守れないかも知れない。

そしてそれはとても怖いことだ。

誰も守れないのなら、そんな力は必要ない。

そんな力を持ったバケモノも必要ない。

この世にいる理由なんてない。

「くそ、教えろよ、偉い奴───。
科学者だろうが何だろうが構わない…俺の力は何のためにある?
これで俺にどうしろって言うんだ?」

こんな力だけ渡されて、用途も何も知らないのでは他人を不幸にするだけだ。

ならば、死ねと言うのか?

死ぬべき命をこの世に生み出すなんて、不条理が過ぎるだろう。

オリヴィアが買ってきてくれた冷却シートを頭に貼りつける。

痛い。

いきなり頭が冷たくなる。

しかし、ジワジワと苦しめられる熱より鋭く痛い冷たさの方がマシだ。

「───」

「熱って大変なのね」

他人事みたいに───ん?誰だ?

気が付くと、いつの間にかそこにはフィネがいた。

「おっと…お前いつの間にいたんだよ…」

「お見舞いに来てあげたのに何よその反応はー…」

「あのなぁ…いつも一部屋跨いで寝てるような同居人にちょっかいかけに来ることをお見舞いとは言わんのだよ」

「ひどーいー!私に対する偏見ひどーいー!」

「だぁぁ分かった分かった…頭痛いから静かにしててくれ…」

「へえ、頭が痛いってどんな感じなの?」

ボケだろうか?

まあ、ボケではないかもしれないので優しく教えてやる。

「どんなって言うか…まあとにかく痛みを感じるんだよ、頭にね」

「よく分かんないなー」

「何でだよ…」

「それも分かんないなー」

「お主、もしかして俺をバカにしてるのかね?」

「してないよー、本当に分かんないんだから」

「ふぅん?」

「あ!蒼、今『嘘つけ』みたいな顔した!腹立つゥゥッ!」

「ハッハッハッハ───痛ェ…。
フィネ、俺を笑わすなよ…頭痛が酷くなったぜ」

と言いつつ、本当はこのやり取りに何の問題もない、ということはフィネには言わない。

Re: 虚無なる夜 ( No.29 )
日時: 2019/08/04 02:32
名前: 無名 (ID: YsIqf46g)

───翌朝。

玄関を開けると、いきなり乎遥の顔があった。

当然吃驚した。

後退し、よろめき、後ろ向きに転けた。

「───つぅぅ…何だ、乎遥か…」

「蒼くん、大変だよ!街で吸血鬼が発見されたんだって!吸血鬼って何!?」

起き上がろうとしていたのにまた転けてしまった。

「馬鹿野郎…血を吸うバケモノだよ、伝承上───ああ、いや、作り話の」

本当は知っている。

吸血鬼が存在して、この世界に紛れていることを。

あの日吸血鬼と邂逅してから、

アイツと兄が戦ってから、

それが解るようになっていた。

まるで覚醒したみたいに、今までとは違う力が体の中で蠢いているのが解る。

でも、その吸血鬼の存在をなぜ乎遥が知ったのだろう。

「誰から聞いたんだ?それ」

「新聞に載ってたんだよ、今朝の地域新聞に」

「───俺んところは地域新聞じゃないから知らなかったよ」

新聞───。

何故だ?

何故、吸血鬼のような神秘の存在が?

広まったとしても、信じるのは乎遥くらいじゃないか?

何もかもがおかしい。

「あら、ネタバレしちゃったね…。ところで、吸血鬼って血を吸うの?蚊みたい」

「でも見た目は人間に近い。あと、霧やコウモリにもなれるね。不老不死で───」

不老不死───。

でも、アレは違った。

兄は、違った。

兄だったバケモノは、違った。

兄───威苳は死んだのだ。

確かに、この力によって吸血鬼としての性質を打ち消されたのだ。

だから死んだ。

延命治療をやめた人間が死ぬように。

威苳は結局吸血鬼という形で延命治療をしていたに過ぎない。

どのみち、形あるものは何であろうと滅びる。

それが吸血鬼という存在でも。

不老不死など幻だ。

「まあ良いや、怖いから一緒に来てよ蒼くん」

「分かった分かった。───あれ?孝之は?」

「途中まで一緒だったけど怖くなって置いてきた」

「言ってることが色々とおかしいだろお前…」

いつものように突っ込みながら、学校へと向かう。

今日の天気は晴れだ。

だからきっと大丈夫。そう信じていたい。

Re: 虚無なる夜 ( No.30 )
日時: 2019/09/02 01:17
名前: 無名 (ID: YsIqf46g)

吸血鬼。

血を吸うバケモノ。

そして、自分の兄はそんなバケモノに成り果てていた。

目を逸らしたくなるような悲劇。

人間としての死。吸血鬼としての生。

それは即ち正しく刻まれる鼓動の否定。

祝福されるべき命への冒涜。

輪廻転生の拒絶。

永遠という時を生きる吸血鬼。

兄はそれになったのだ。

そして、目の前で吸血鬼としても死んでしまった。

兄は言った。

『あの時も殺せなかった』と。

兄が人間として死んだ時も、吸血鬼として死んだ時も。

結局何も出来なかった。

救うことなんて到底。

「───」

この体に宿っているという『異排す正点』はきっとこの世界の言葉では説明出来ない気がする。

それでも届かなかった。

一体、どこまで行けば皆を守ることが出来るのだろうか。

どれだけ強くなれば、この狂った世界を幸せに生き抜けるのか。

考えているうちに校門に辿り着いた。

「───あれ、乎遥と孝之はどこ行ったんだ?」


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