二次創作小説(紙ほか)
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- はじまりのあの日
- 日時: 2017/09/24 18:09
- 名前: 代打の代打 (ID: d/GWKRkW)
はじめまして
ボーカロイドの二次小説。話しはオリジナルのストーリーです
神威がくぽ×鏡音リン
MEIKO×KAITO
氷山キヨテル×Lily
めぐっぽいど×VY2勇馬
巡音ルカ×鏡音レン×初音ミク
の組み合わせがダメという方は、読まれない方が良いと思います
恋愛小説のつもりですが、そこまで恋愛じみた話しではありません(あくまでつもり)
どうぞ宜しくお願いいたします
登場人物(最終的に登場する人物)
元音メイコ(もとねめいこ)
継音カイト(つぎねかいと)
初音ミク(はつねみく)
鏡音リン(かがみねりん)
鏡音レン(かがみねれん)
巡音ルカ(めぐりねるか)
重音テト(かさねてと)
神威がくぽ(かむいがくぽ)
神威めぐみ
カムイ・リリィ
神威リュウト
カムイ・カル
氷山キヨテル(ひやまきよてる)
可愛ユキ(かあいゆき)
Miki(みき)
猫村いろは(ねこむらいろは)
歌手音ピコ(うたたねぴこ)
オリバー
ビッグ・アル
IA(いあ)
呂呂刃勇馬(ろろわゆうま)
歌い手総勢21名
プロデューサー1
プロデューサー2
プロデューサー3
- Re: はじまりのあの日 ( No.4 )
- 日時: 2017/09/24 18:20
- 名前: 代打の代打 (ID: d/GWKRkW)
皿洗いを済ませ、今度は家中に掃除機を掛ける。お風呂は昨日、誰かが洗ったと言っていた。仕事が混むと、どうしても生活が雑になる。時もある。いつもではない。何に弁解してるのだろう。それでもだ、毎日学校に行かなくて良くなったことはありがたい。その分時間が歌に割ける。歌い手と言えど、義務教育は、義務として受けていた。学校にいる時間は少なかったけれど。たまたま目に入った、新聞の見出し、教育の文字で、思い出が溢れてくる—
「おはよ〜がっくん」
「おはようリン。朝ご飯食べちゃおうじゃない」
朝一番、学校に行く前、声をかける。今日は彼とどんな事をして遊ぼう。学校にいる間中、考えていたあの頃。もちろん、授業はしっかり受けた。勉強した。テストで好成績を取れば、姉兄は褒めてくれる。弟のレンには自慢できる。そして、彼が褒めてくれるから。歌に、学校一日があっという間だった。今は今で、一日が早すぎるくらいに通過するけど。そうして学校から帰れば
「がっくん、髪いじらせて」
「絡ませんじゃないぞ〜」
そうせがみ。あげく、絡ませ困らせて
「がっくんのユニフォームきてみたい」
「ぶかぶかすぎるじゃない」
と笑わせ、お揃いの衣装までプロデュサーに頼む始末
「がっくん本読んで」
「もっといで」
この頃は、レンと一緒のことも多かったな。ひざ上で読み聞かせてくれ
「一緒に歌って〜」
「ボイトレしようじゃない」
とにかく、一日中彼を占有した。よく飽きないわね、と、めー姉に言われたほど。そんな時期、休日。彼の膝の上。本を読んでもらっていたわたし。居心地がよくて。つい、小一時間ほど、居眠りをしてしまった事があった。くすくすと、笑う家族達。申し訳なさがこみ上げてくる。彼とて、貴重な休日だったろうに。彼は、こんな嘘をつき、あの日のわたしを慰めた
「気にしなくてもいいじゃない。リンの気持ちよさそうな寝顔みてたら、俺まで眠くなってさ。一緒に寝ちゃったじゃない」
数年後、わたしは事実を、家族から告げられた。わたしが、眠りこけている間、彼は動こうとしなかった。リンを起こしたくないからと。やさしい彼がついた嘘の真実を。記憶部屋から、抜け出た私が今想う。ありがとう、と—
玄関を掃く。ついでに靴箱も拭く。家族達の靴を取り出すなか、見つける。くたびれた、子供用の靴。茶色い革靴。一年半で履けなくなったけど、捨てることが出来ない靴。彼が来て初めての冬。わたしの、わたしたちの。九回目の誕生日へ、わたしの意識は戻ってゆく—
「どうしてムクれてんのリンレン。何かあったか、カイト」
わたしとレンはフテクサレテいた。九回目の誕生日。朝から、今日はどんな風にお祝いしてくれるだろう。どんな贈り物をくれるだろう。図々しく、子供二人はわくわくしていた。学校の授業中も、おそらく、そわそわ落ち着きが無っかったに違いない。彼が来るまでの三年間。姉兄は、忙しいながらも祝ってくれた。それが嬉しかった。ただ、あの年は状況が違った。ミク姉は公欠で仕事。姉兄も、同様仕事。PROJECTが忙しくなった証。喜ぶべきことだけど、こどものわたしと片割れは、そんなことなど考えなかった。それでも、なにかしらあるだろう。期待しながら帰宅。誰も居ない家。冬。寒かった。白い息を漂わせながら、片割れと会話を交わす。電気ヒーターを点ける
「寒いね、レン。おやつも用意されてないや」
「てきと〜に食べようか。ココア入れるよリン」
誰も居ない。仕事だから仕方ないと、片割れと待っていた。家の外はどんどん暗くなる。あの日は、雪までちらついていた。おなかもすく。9歳にしては耐えたと思う。しかし、午後八時過ぎ。バラバラながら、ほぼ同時に帰宅した三人は
「ごめんね〜ごはん、簡単な物、今用意するから〜」
「あ〜しんど、カイトビ〜ル〜」
「おなかすいた〜カイ兄はやく〜」
誰一人、言わなかった。わたし達の生まれた日。それでもと、カイ兄が用意してくれた食卓に着く。別に、インスタントラーメンが嫌なわけではなかった。問題は、食事の最中も、その後も。誰もわたし達のことを話題にせず。晩酌、洗い物、風呂へ向かおうとしたことだ
「今日、わたしたち誕生日なんだけどっ」
「何にも無いのかよっ」
とうとう癇癪をおこす
「え、今日って、あ」
ビールを開ける手が止まるめー姉
「え、あ、き、昨日が、ああっ」
皿を落しかけるカイ兄
「あ、きょう、二十七日、だ」
気付くミク姉。青ざめる
「「「ごめん、忘れてた」」」
「「っっっっっ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」」
「いや、ほら、仕事」
「みんないそがしくてさ」
「そ、ごめんね、リンちゃん、レンくん」
「リンも」
「ぼくも」
「「仕事してるもんっっっっっ」」
その言い訳で、完全に、不機嫌。もちろん、今なら言い分もわかる。でも、あの日、それからは家族と、言葉も交わさなかった。一人遅く帰って来た、紫の彼。状況を説明するカイ兄。彼は嘆息しながら
「ダメじゃない。いくら忙しくってもさ。特別な日じゃない。カイト、ちょっと運び込むの手伝って」
「え、殿」
言って外へ出て行く二人。車から、戻ってきたその手には
「神威君」
「がっくん」
「がく兄」
包みや箱。簡単な食べ物、菓子類に飲み物
「食事は、カイトが用意してると思ったから、簡単な物しかないけど。ケーキも、バラバラの見切り品。二次会って思ってたから」
「がくさん、まさか」
「買ってたら遅くなった。リン、レン、機嫌直して。これ、誕生日のプレゼント」
差し出される贈り物。赤茶色と黒、同じデザイン、子供用の革靴
「十時ちょい前か、少し遅いけどお祝いしようじゃない。リン、レン9歳おめでとう。ありがとう、生まれてきてくれて。俺と出会ってくれて」
「っがっくん〜〜〜〜ううう〜〜〜〜」
「がくっ兄ぃぃ〜〜〜〜〜えっう〜〜」
彼の優しい言葉。わたしと片割れは、号泣しながら飛びついた
「あっありあっりがとぅ」
「うううれしっっがっがくに」
「はいはい、泣かないナカナイ。笑顔エガオ。みんなもお仕事、仕方なかったじゃない。さ、恨みっこ無しでお祝いしよ」
彼の膝にしがみつき、ひとしきり泣いて。落ち着いて。プレゼントを見て。気分は早くも、お祝いムード。本当に単純だ。いや、純粋と言うのかも知れない。リビング。ソファの前。使うことはできない、イミテーションの暖炉。中世ヨーロッパ風の空間。並べられたのは焼き鳥の盛り合わせ。マカロニサラダ、唐揚げ、赤いウインナー、肉団子からなるオードブル。海藻のサラダ、ナポリタンにおつまみ各種。中世ヨーロピアンとはほど遠い、こども共の大好物
「ほんっとごめんっ。リンも、レンも」
「こんどは忘れちゃヤだよ、めー姉」
手を合わせ、謝るめー姉に返すわたし
「ごめんね、リン。レンも。ありがとう、殿」
「ありがとう、がく兄。カイ兄、忘れないでね〜」
弟も、ようやく落ち着いたようだ
「さ、乾杯しようじゃな〜い。メイコ、カイトも。安物だけど、この白ワイン美味しいぞ。チビにもおいし〜の買ってきた。ココナッツミルク・オレ。甘〜いの」
「リンちゃん、レン君、ごめんね。わ〜美味しそう、ちょうだいがくさん」
「リンも〜がっくん、入れていれて〜」
「がく兄、ぼくもそれ飲む〜」
「本当〜にありがとう、殿」
彼は、わたし達を祝ってくれた。しゃがんでいた、脚の痛みで意識が今へと引き戻される。掃除の続きを始める、あの日も彼に救われた。優しい彼にの思いやりに—
掃除を終え、一息つく。茶の間でTVを点ける。マヨネーズのCM。玉子にこだわっているらしい。そういえば、あの日も玉子を茹でていた。彼が加わった半年後、ルカ姉が来て帰って来る日『お帰り会』を開くため、お祭り騒ぎで準備したあの日。わたしの意識は、ふたたび記憶の森へ、入っていく—
「ルカも親族。プロデューサーの意向でね。一昨年(おととし)から音楽留学して、今日戻ってくるの」
「そうなのか」
ルカ姉の略歴を述べるめー姉。トロの塊をお造りにしながら、紫の彼。刺身包丁は、彼がやってきて、キッチンに加わった調理器具だ。わさびをおろす、専用のおろし器もまた同じ。彼が来るまで、お刺身は、造りで買ってくるのが当たり前だった。わさびもチューブのものしか知らなかった。両方共に、鮮度が命。良いものを選びたいという彼曰く
「殿、いつ見てもまいよな〜」
バナメイエビを茹でながらカイ兄
「何言ってんだカイト。おまえも似たようなもんじゃない」
「いやいや、カナワナイのが、けっこうある」
「ほうちょうざむらい、あらわる」
「ははっ、レン、おもしろいじゃない」
「がっくん、ゆで玉子できたよ〜」
「お利口さ〜ん。もう一手間お願いしようじゃな〜い。水にさらして、ミクと殻ムイちゃって」
「「は〜い」」
めー姉、カイ兄。両者ともに、料理は出来る。ハウスキーパーがいなくなって、食事は、自分たちで賄うしかなかったから。必然的に。それに、元々、姉兄が、用意することも多かった。ただ、兄の方が、数段腕が上なのは、めー姉を気遣った。わたし達を思ってくれた。カイ兄の、優しさが生んだスキル
「車、出せた方がいいよね。みんな楽になるし」
そう言って、早々に運転免許も取った、優しい兄。紫の彼が来て。普段の食卓、華やかさが増した。質素なモノではあったけれど。本日は特別な日。ご馳走を用意するのは当然だ。彼が来て。わたしは、料理に興味を持った。それは、彼に興味津々だったからなのだろうけれど。彼の傍ら、チョロチョロして。それでも一応手伝って
「リンが料理するなんて、ぼく信じられないな〜」
「だから、リンのがお姉ちゃんなんだよ〜。なすだって食べられるし」
さもありなんと、胸を張るわたし。不満げな弟は
「なんだよ〜自分だってちょっと前まで、魚嫌いって言ってたくせに。なっと〜だって、がく兄来るまで、食べなかったくせに〜。背だって変わんないじゃんっ」
「背はかんけ〜ないじゃん」
ごく小規模な姉弟喧嘩は日常の光景だったあの日
「ど〜ど〜、二人とも〜。でも、ほんとだよね。リンちゃん、お魚あんまりたべなかったのにね〜。納豆も嫌いだったのに」
その言葉に、驚く紫様
「そうなのか、ミク。今朝、納豆オムレツ残さなかったし、昨日も、あんだけバクバクさば味噌食べたじゃない」
「がっくんのだと骨まで食べられるんだもん。骨、やっ。オムレツも、クサクないし、甘くておいし〜もん」
嫌いだった物、理由を言うわたし
「ああ、さば、圧力鍋つかったからな」
「神威君、細かい配慮ね〜。納豆はどんなマジック使ったの。納豆オムレツ、カイトも作ってたのよ。でも、全然食べなくて」
「ちびが多いからな。骨、ささると危ないじゃない。魚の美味い国。骨で魚、嫌いになってほしくないしな。栄養あるじゃな〜い。骨と骨の周りの身って。納豆に、カツオフレークまぜて甘めに玉子に味付ける。完全に和風味。甘辛の味でチビの大好物じゃない」
「ありがとね、殿。そんなに細やかに、気遣ってくれて」
「リン、また食べたいなぁ。さば味噌もオムレツも〜」
「又、作ってあげようじゃない」
そう。彼の料理の腕はプロ並だ。否、プロだった。調理師免許、持っている。格闘家時代、栄養管理を自分で行った。下積み時代、調理場でのバイトが役に立ったと言っていた。彼に教えてもらった料理は、数知れない。彼の思いやりで、味付けで。生まれた好物は数知れない。まだ彼のように、作ることはできないけれど。愛する彼の、好みの料理を。味付けを。他でもない彼から教えてもらうことが出来た。わたしは、なんという幸せ者だろう。そんな幸福感に浸っているとチャイム音。点けていたTVの音。意識がまた、今へと帰ってくる。ニュースキャスターが発する日付。今日が週末だと気付く。明日休日。ならば本日は、きっと賑やかになる。気合いを入れて、調理をしておこう。まずは、午後から買い出し行かないと—
ワイドショー、外国のスターが賞を授けられたという。司会、主催者とハグをする。外国では当たり前の文化。でも、あの日、わたしはそれを始めて知った。ほんの少し、意識の片割れが、記憶のドアノブ、手を掛ける。ルカ姉の『おかえり会』をした日。記憶へ足を、踏み入れる—
「おかえり、ルカ。心配してたんだよ〜。良かった、無事に戻って来てくれて。大きくなって、キレイになって〜」
「初めのうちなんて、うっと〜しいったらありゃしなかったのよ。カイト。おかえり、ルカ。ホント美人になちっゃって〜」
「戻ってまいりました。メイコ姉様、カイト兄様。ああ、お懐かしい」
目を潤ませて、堅いハグを交わす、姉たちと、兄。一人、十秒、抱擁交わす。その、潤んだ目のままで
「まあ、レンくん、リンちゃん。大きくなって。美男子に、美少女にお成りになって〜」
レンもまだ、躊躇(ちゅうちょ)なく。わたしは、今でもためらいなく。ルカ姉のうでに抱かれにいく。わたし達をまとめて抱きしめてくれる
「「おかえりルカ姉〜」」
「ずっ〜とまってたんだよ〜逢いたかった〜」
「ぼくも〜。早くまた、ルカ姉と歌いたかった」
香水を纏い、少し大人びた姉。あらためて見つめられ、少し照れた覚えがある。そうして、ひとしきり。一族同士の交流が続く。久しぶりのうれしさ、懐かしさ。感動の対面。わたしも家族も、気にも留めなかった。彼の心情を。彼は、わたし達の再会を、どんな気持ちで観ていたかを。そうしてようやく、離れて佇む彼。姉が気付いて声を掛ける。彼と姉だけが自己紹介を交わす
「初めまして、神威さん。武勇伝、伺ってますわ。巡音ルカ、16歳です。本日、この時より、どうぞご懇意に。コンセプトは空巡る歌の音(そらめぐるうたのね)です」
おずおずと、桃色の姉。手を差し出して
「よろしくたのむ、ルカ。声を重ねてくれれば嬉しい。しかし、さすがメイコの妹分だ、大美人じゃない。将来有〜望〜」
堂々と、紫の彼。握手、ハグ。留学先で、ハグは普通の事なのだろう。紫の彼にハグされて、頬を染める姉。なぜか、胸がチックっとする。大好きな姉が帰ってきたというのに、気持ちが下を向く『なぜ』かは、あの時、わからなかった。その気持ちを振り払うように
「がっくん、膝〜」
「いいんじゃな〜い」
半ば強引。イスに座らせて、彼の膝によじ登る
「あら、リンちゃん。神威さんに甘えんぼ」
「そうなの、ルカ。リン、神威君がお気に入りでね〜」
「殿が来た日からああなんだ。もうリンの指定席状態。たまに、レンも乗るんだけど」
「がく兄のヒザ、座り心地い〜んだもん」
あの頃は、レンも一緒に乗っていた
「指定席って何、がっくん」
「ここは、誰々だけの場所ってことじゃない」
「じゃあ、がっくんのひざ、りんのばしょ〜」
彼の手を無理矢理おなかの前に組ませ、脚をぱたぱたする
「おいおい、はしゃぎすぎじゃない」
困った声の彼
「あ〜なったら、神威君動けないわね〜。どかないわよ、リン」
「仕方ないこのまま、殿のまわりで乾杯しようか」
「そ〜。ど〜か〜な〜い〜」
さっきのことなど、無かったかのようにはしゃいだな。本当に彼に迷惑を掛けた。記憶の小部屋、短期滞在から抜け出して、今更ながら反省する—
- Re: はじまりのあの日 ( No.5 )
- 日時: 2017/09/24 18:24
- 名前: 代打の代打 (ID: d/GWKRkW)
アナウンサーが告げるスキージャンプの試合告知。夏期の大会があるらしい。あるジャンパーが好調だという。スキージャンプか。いったな、わたし達も。北海道のジャンプ台。季節は冬だったけれど。キレイだった、雪祭り。わたしの意識。記憶の列車に乗って、戻ってゆく。ルカ姉が帰って来て、一月後のあの冬の日へ—
「雪祭りか、カイト。主からの連絡内容は」
「そうみたい、殿。初日に歌ってほしいって」
プロデューサー達からの電話連絡。応えるカイ兄の会話。プロデューサー達のことを、尊敬を込め『主(ぬし)』と呼んでいる彼
「わ〜ミクのふるさとで歌えるんだ〜」
「そうなのか、ミク」
こたつに入って、みんなで談笑
「うん、がくさん。わたし達一族、みんな北海道出身なの〜」
「アタシとカイトは最北端。岬が有名なとこ」
「リンとレンは真ん中。酪農が有名だよ〜がっくん」
「ワタシは玄関口。朝市や教会が有名ですわ」
「そういえば、殿って何処の生まれなの」
あの日まで議題に上がらなかった、彼の故郷。それってどうなのだろうと、今は思う。興味が湧いた、カイ兄
「関西。たこ焼きの街。で生まれたんだが、親父の都合でさ。一歳の時に越後に越した。だからほぼ、越後上越の人」
「だから神威君の日本酒、越後の銘柄が多いのね」
納得のめー姉
「越後の酒は美味いじゃな〜い。しかしいいな。北海道か。イベントの後は、あの朝市にも行こうじゃない。教会のバターも美味いしな」
「楽しみだねがっくん」
「北海道のお酒も買い込むわよ〜」
「久しぶりに、本場の大間産がいただけます〜」
依頼主曰く、お祭りらしい楽しい歌を歌ってほしいとのこと。プロデューサーが選び出した曲。メンバー多数参加型の曲多かった。多数参加の曲は、確かに楽しいものが多い。彼と、みんなと。歌えることが楽しみだった
「僕らもいくからね。依頼者さんとの打ち合わせもあるし」
「宿も手配してくれるとよ。声がかかるってな〜ありがてえよな」
プロデューサーの言葉。衣装の選別、着替えなどの荷造り。楽曲の歌い込みやダンスを確認しているうち、早々(はやばや)と出発の日を迎える。首都まで、電車を乗り継いで、降り立ったホームを歩く。周辺が少しざわついている。PROJECTが、少しずつ認められた証拠だった。何故首都の駅を歩いたか。それはあの日、移動はまだ走っていた、寝台特急に乗って、目的地を目指したから
「寝台車、取ってあるから好きなようにね〜」
「あ、迷惑はかけんなよ〜」
告げるプロデューサー。解放の寝台車。そうか、とわたし申し出る
「じゃあ、わたし、がっくんの隣がイイ〜」
「お、リン。みんなと一緒が良くない。レンと一緒に寝るとか」
「がっくんがいい〜」
「どう、メイコ、カイト」
「いいじゃない。神威君なら安心だわ」
「リン、殿に懐いてるからさ。面倒お願いね」
「おし、わかった。リンと一緒しようじゃな〜い」
「やった〜がっくん、お話ししようね〜」
起きている間は、雑談をしたり。彼がお菓子を買ってくれたり。あきて眠ってみたり。暗くなる頃駅弁を食べる。子供コドモだったわたし。レンもミク姉さえも。自由気ままにすごしていた。彼の横のベッド、眠りにつく
「おやすみがっくん。明日は北海道だね」
「おやすみリン。目が覚めたら雪景色じゃない」
睡眠途中、お手洗いに目を覚ます。寝ぼけ気味だったわたし。戻ってきてベッドへ潜り込む。暖かい。それは当然だった。目的地のすぐ近く。車内アナウンスと良い香りで目を覚ます。彼と始めて一緒に眠った日。香りの正体は彼。わたしが昨晩、潜り込んだのは彼のベッドだった。それでも、わたしを起こさなかったやさしい彼。眠たさと肌寒さ、少しの照れ。もぞもぞ動いていると、わたしの背中を撫でてくれた優しい彼
「おはようリン、寒かったか。昨日入ってきたじゃない。風邪引かないよう、暖かくしよう」
「おはようがっくん。ごめんね、寝ぼけた〜。でも、がっくんと一緒で暖かかった〜」
「良かったじゃない。さて、お、見てリン」
「わ〜雪景色だ」
覚醒し、窓の外を見る。曇ったガラスを拭いてくれた彼。促され、見た景色。家族にも声を掛け、身支度をする。寒さへ、完全防備で駅に降り立つわたし達。構内のおそば屋さん、暖かそうな湯気が立つ。香りにひかれる
「みんな、ここで朝ご飯すませちゃおう」
「時間もねえしな」
プロデューサーに促される。おなかもすいているし、断る理由もない。銘々選ぼうとすると
「みんな、山菜そばとおにぎりにしない。食物繊維大事じゃない。おにぎりの炭水化物で体温上げよう」
メンバーの体を気遣う彼に従って、簡単な朝食を済ます。駅の外へ。移動のために市電に乗るうとするわたし達。そのラッピングに感動した
「ミクだ〜。ミクの電車が走ってくる」
目を潤ませ、ミク姉がつぶやく。そう、歌うミク姉の姿が、列車の全面にプリントされている。運転手さん、お帰りなさいと声を掛けてくれる。泣きそうなミク姉。懸命にこらえ、笑顔をみせる。乗り合わせた人が、ミク姉を激励してくれる。わたし達にも声を掛けてくれる。幸せな声に囲まれながら、雪祭りの会場へ入る
「おい、すごいじゃない。ミクの雪像だ」
「すっげぇ、ミク姉だらけ」
彼が驚く。弟も驚く。みんな驚く。大きなおおきな、ミク姉の雪像。会場にいた全ての人が声をあげる。おかえり、わたし達の歌娘と。さすがにこらえきれず、泣き出す姉。何度もありがとう、と頭をさげる。始まりのプロデューサーまでも泣き出す。PROJECTが認められたと感じた瞬間だった
ステージの上。喝采とともに迎えられる。初めこそ勢いよく歌い出したものの、暖かな声に、歌が詰まる姉。メンバーのコンセプトユニフォーム、纏ってくれている人まで居る。氷点下の中なのに。わたし、兄も姉も弟も。さすがにもらい泣く。感動で歌が途絶える。あがる歓声の中、紫の彼が叫んだ
「泣いてんじゃねぇぞミク。みんなお前の歌を聴きに来てんだ。歌え、それが恩返しだろうが。気合い見せてみろ、全てに捧ぐ歌娘っ。声を張れぇ、お・ま・え・達〜」
わたし達の頭をぐりぐり撫でながら。彼の一言で、さらに盛り上がった会場。わたし達は歌った。感謝の念を込めて、精一杯踊った。雪像を溶かさんばかりの熱い声援を頂きながら
「頑張ったじゃない、ミク。お前達。すごかった」
「うん。がくさん、ありがとう」
「神威君の一言、助かった。ほんと」
「がっくん、ミク姉、かっこよかった〜」
ライブ終了後、アンコールの前。舞台袖で交わした会話。再演を望む声、再びわたし達は歌った。大歓声を頂きながら
イベントが終わり、主催者さんが取ってくれた宿へ入る。佇まいの良い旅館。プロデューサー達は別の部屋。わたし達は畳敷き、全員一緒の部屋。その部屋で、始まる会食。要するに打ち上げだ。地酒を片手に、めー姉が発声を命じたのは
「ミク〜」
当然、主役はミク姉だった。こどものわたし達の手にはジュース
「えっと〜。ありがとう、みんな。ミク、今日すっごく嬉しかった。歌ってきて良かった。みっみんなと、歌えて、よかった。こんなにうれしいの、っは、はじ—」
うれし泣き。抱きしめるめー姉。カイ兄。ルカ姉も。みんなの目に涙が浮かぶ。紫の彼、今度は
「泣け、ミク。好きなだけ泣け。お前が歌ってきた、歩んできた証のあの声。会場の人たちの声。ありがたいじゃない」
言いながら姉を撫でる。わたしもレンも、姉達の元、抱きついて。六人団子、しばらくそのまま。むせび泣く声と、コトコト、音を発てるのは、会食の鍋。その音だけが、部屋を支配したあと
「さ、はじめましょ。打ち上げ打ち上げ」
めー姉の一言で、始まった宴会。笑顔に戻ったミク姉。楽しかった打ち上げ。温泉に入って、その日はみんなでぐっすり寝た。翌朝、ホテルでの朝食を済ませ、やって来たのは
「すっげぇ〜ジャンプ台でっか〜」
「ここから飛ぶんじゃない、レン。すごいな、ジャンプ選手って」
「たかいね〜がっくん」
脚を滑らせないようにわたし、レンと両手つなぎの優しい彼。めー姉にしがみついているルカ姉
「ルカ、お前まさか」
「神威君、ルカね、高所恐怖症なの」
「ひ、飛行機や乗り物の中は、もっモンダイナイのですがっ」
「何で登った」
嘆息する彼、苦笑いのカイ兄。三泊四日の滞在。ライブ翌日に、ミク姉の案内でジャンプ台を見学したときの一コマ。ジャンプ台そばの施設、体感マシーンでジャンプを体験。わたしとレンが大はしゃぎした。彼と手をつなぎ時計台や夜景も観た。昼食は名物の塩バターラーメン。寒い季節もあいまって、とても美味しかった。三日目に、ルカ姉の故郷へ移動。朝のお蕎麦、とても盛りが良くておなかいっぱい。バターが有名な教会を見学。おいしいビスケットを買い込む。昼、たまにはと贅沢にすき焼き。晩、ルカ姉お待ちかねの大間産、海鮮づくし。とても美味しかった。北海道での滞在は、わたし達と紫の彼。親しさを深めた期間だったな。TVの音、意識が今に、舞い戻る。北海道からかえるとき、両手はお土産でいっぱいだったな—
- Re: はじまりのあの日 ( No.6 )
- 日時: 2017/09/24 18:25
- 名前: 代打の代打 (ID: d/GWKRkW)
時計を見ると、時刻は十一時のど真ん中。ならばと、昼食の準備に取りかかる。鍋に湯を沸かす。うどんを茹でる。茹でたうどんは、冷水にさらす。本日は冷やしうどん。丼に麺を入れ、タップリとかつお節。昆布の佃煮。ササミの缶詰、生卵、葉ネギをちらす。卓に付き、仕上げにしょうゆをかけまわす。彼から教わった料理
「いただきます」
自己満足。おいしい。いや、おいしいのは彼の味付けだからだろう。彼に教わった料理だからだろう。点けっぱなしのTVから流れるCMの音楽。日本有数のチョコレートメーカーの宣伝。美味しいんだよね、ここのチョコ。そういえば、彼はチョコが苦手だった。今も、好物というわけではない。それでも、食べられるようになった。いや、わたしが強制的にしたのだ。チョコレートにも、色々な思い出があるな。そのなかの一つ。北海道から帰ってきた一週後。わたしと彼が、はじめて二人で留守番した日。記憶の図書館の扉の取っ手。わたしは手を掛け、入館する—
「いってらっしゃ〜い」
「晩ご飯用意しとこうじゃない」
めー姉、カイ兄は、クライアントとの食事会。ルカ姉は、ミク姉はスポンサー企業とCM撮影の打ち合わせ。レンはソロのコンサート。わたしと彼は、午前中に仕事がはけた。よって、二人で留守番
「ごめんね、殿、お茶漬け程度でいいから」
「アタシもそれ。あと、神威君の浅漬け」
黒塗りの車に乗り込むカイ兄、めー姉。同様に、ロケバスに乗り込みながら
「ミクは、鱈の煮付けが食べたいな〜」
「ワタシは、イカと里芋の煮ものを頂きたいですわ」
「作っとこうじゃない。気をつけて、仕事しておいで」
「がんばってね〜、ミク姉、ルカ姉〜」
リクエストする、食べてこない組の二人。送り出すわたし達。車が見えなくなるまで手を振るわたし
「さ〜て、何して遊ぼう、がっくん」
「まずは宿題、しちゃおうじゃない」
「ええ〜」
「それが終わったら、お茶にしよう」
「む〜、じゃあがんばる〜」
そうして、自室で宿題を片付ける。その間に、彼は夕食の下ごしらえをしていたな。課題に取り組みつつ、わたしは漠然と思いつく。我ながらステキな思いつきに、勉強する手が早くなる
「がっくん、終わったよ〜」
「おし、お茶にしよ〜じゃない」
腰巻き式、黒のエプロンを外し、手を拭いながら彼が言う。その彼に、さっきの思いつきをうちあける
「がっくん。わたし、がっくんのお部屋、見てみた〜い」
「俺の部屋。別にイイけどつまんないぞ、見ても」
「見た〜い」
「じゃ、行こうじゃない」
そう言って、歩き出す彼。後ろに続くわたし。スキップで
「しかしどうした、いきなりじゃない。部屋が見たいなんて」
「みんなの部屋には入ったことあるけど、がっくんの部屋はまだだから〜」
興味津々だった。彼の部屋がどうなっているか。彼の部屋の前、鍵を開ける
「お入いんなさ〜い」
「おじゃましま〜す」
1LDK。畳ならば、八畳間というところ。個々の部屋の間取りは変わらない。違うのは、個々の部屋模様。そして、窓の位置くらいか。彼の部屋は、モノトーンで統一されている。わりと殺風景な彼の部屋。最低限のものしか持ち込んでいないようだった。置かれた机、本棚が二つ。高床式のベッドの下には半透明の収納ケース。楽譜らしき物が透けている。異彩を放っているのは、頑丈そうなロッカー。同じく、強固に見える錠前。わたしは早速彼に質問する
「がっくん、あのロッカー、何が入ってるの〜」
「ああ、ん〜。ま、いいか。いい、絶対に触るなよ。カイトとメイコは知ってんだけど」
彼は、ロッカーを開く。出てきたのは、数種類のグローブ。彼が使う、楽器の刀、楽刀(がくとう)そして木箱の中から出てきたのは
「俺、居合い術やっててさ。危ないから触るなよ。これ、居合い刀。切れる刀だ」
「え、すっご〜い。やっぱりがっくん、サムライさんだね」
「何度も言うけど触るなよ。切れるから」
いって、彼は腕の傷痕を見せてくる。結構大きな傷。ミミズ腫れ、縫い傷の痕。そうか、だから半袖を着たとき、彼の腕には包帯があったのか。この傷を、隠すため
「撮影の時なんかは、特殊メイクで隠すけど、傷。昔、いまよりずっとヘタだった頃な。手入れ中、扱いをミスってさ。これぐらい切れるから、絶対触るな」
「ん、わかった。刀ってこわい」
「だから、ちゃんと免許もって、届け出もしないと持てない」
「は〜すご〜い。じゃあ、そのグローブは」
「格闘家やってたときに使ってたヤツ。なんか捨てられなくてさ。格闘家に未練はないけど、これ見ると、鍛えとけって気になる。大切なモノ、護れるようにってな」
「なんかがっくん、かっこいい」
「んなことはないじゃない。さ、もういいかな。お茶にしない」
「がっくん、今度はリンの部屋に来て〜」
「いいのか」
「ごしょ〜たい〜」
「お招きされようじゃな〜い」
彼の手を引いて、はす向かいの自分の部屋へ
「ど〜う〜ぞ〜」
「お邪魔しま〜す」
招き入れる。今は思う。どうして片付けておかなかったのか、と。脱ぎ散らかした服。読み散らかした本。投げっぱなしの鞄。今思いだすと、顔から火がでそうだ。当時のわたしは気にも留めず
「座ってて〜お茶持ってくる〜」
と、部屋を飛び出したっけ。一階へ駆け下り、キッチンへ。自分の野菜ジュース。彼にはペットボトルの緑茶。菓子盆に花林糖(かりんとう)もらい物、魚の形をした、おいしい焼き煎餅。ポテチにビスケット。てんこ盛りにして、そろりそろりと、自分の部屋へ向かう
「がっくん、おまたせ〜」
「ああ、リン。勝手してごめんな」
片付けてくれていた彼。服は畳んで。鞄は掛けて。本はまとめてくれていて。今は思う。本当に申し訳ない
「わっ。がっくん、ありがと〜」
「リン、教えてあげるから。今度から、お片付けしようじゃない」
「ん、わかった。めんどくさいけどがんばる」
「そのイキ良しじゃない」
わたしは、彼から、服のたたみ方を教わった。彼から、片付け方を教わった。そして
「おわった〜」
「おつかれサマ〜」
「がっくん、なんでこんなにしっかり片付けるの」
彼は答えた
「道具も服も本も。大切にしなきゃ。例えば鞄。無かったら困るじゃない。手じゃ運びきれない。道具も同じ。マイク、無かったら、俺ら歌い手困るじゃない」
「こまる〜」
「何でもそう。色んな人に、生き物に、道具に。助けて貰って、俺らが生きていける。ご飯だって。誰かのおかげ。命のおかげ。大切に扱って、感謝しなきゃ」
「そっか。わ〜、そうなんだ。がっくん。それってすごいことだねっ」
「すごいことだ。だから、俺達は、その感謝も込めて歌おうじゃない」
「うん。リンそうする」
彼から教わったこと。感謝。全てに感謝する。尊い事だと思う。本当に思いやりに溢れる彼
「がっくん、お茶にしよう」
「ありがとうリン。豪勢に持ってきてくれたじゃない」
「がっくん、リンの部屋に始めて来てくれたから。おもてなし〜」
「そっか。俺ばっかもてなされるのも悪いな。リンも始めて俺の部屋来てくれたのに」
「それはいいよ〜。リンが無理矢理お願いしたんだから〜」
「いや、そうはいかないな。ちょと待ってて」
言って自室に戻る彼。その間に、コップに飲み物を注いでおく
「リン、チョコレート好きだったじゃない」
箱を片手に戻ってくる。手にしたチョコは、有名企業の高級なもの
「昨日、義理って貰ったんだ、スタッフの女性(こ)に。俺、チョコレート苦手じゃない。みんなで食べて貰おうと思ってたんだけど、まずはリンにお裾分け〜」
蓋を開けてくれる。宝石のように輝いて見えたチョコレート
「食べ過ぎはダメだから、好きなの三つ、食べていいじゃな〜い」
「わぁぁ、ありがとうがっくん。迷っちゃうな〜」
迷ったあげく選んだのは、ホワイト、ナッツの入ったもの、そして銀色の包みに入った物に手を伸ばす
「ああリン、それはダメ。酒が入ってるから」
「わかった、じゃあこっちにする〜」
最後に選んだのは、メープルシロップが入った物
「「いただきま〜す」」
「むぅ〜おいし〜いがっくん」
「よかった」
「そういえば、なんでチョコ貰ったの〜」
「バレンタインだからじゃない」
「あ〜。だからめー姉達騒いでたのかぁ」
バレンタインデー。私はこの日まで意識したことさえなかった。めー姉は、家族全員にチョコをくれたから。もちろん、カイ兄のは特別製だったけど。ルカ姉も、国際便でチョコを送ってくれた。わたしにとって、バレンタインは、無条件にチョコを貰える日という認識しかなかった
「バレンタインは、チョコあげる日なんだ〜」
「別に無理くりやる行事じゃないじゃない」
「でもでも、もったいないな。がっくんチョコ苦手なんだよね。こんなにおいし〜のに〜」
「和菓子は好きなんだけどな。洋菓子はモノによるんだよな」
「う〜ん。じゃ、これはどう、ホワイトチョコ〜」
「うん、普通のチョコとは違うのか」
「全然違うよ〜。食べてみて、あ〜ん」
食べてくれる彼。うわ、甘。そんな感想の後
「でも、これは美味いな。へえ、チョコレートもいっぱい種類があるんだな。苦手だったから、意識しなかったじゃない」
「はい、がっくんお茶」
「ありがたいじゃない。うん、渋みが良いな」
彼がお茶で一息ついている間に、銀紙をとる
「はい、がっくんあ〜ん」
「ん、リン」
「お酒入ってるの。がっくんお酒好きだから。おいしいと思う」
食べてくれた彼
「ぅあっま。でも、うんイイな。ブランデーか、入ってんの。美味いよ、リン、ありがとう」
「はい、三つめナッツが入ってるのあ〜ん」
「リン」
「リンも三つ貰ったから。がっくんも三つ〜」
「そっか。ありがとう」
もぐもぐする彼。チョコを食べている彼。なんだか可愛らしかった
「ありがとう、リン。美味しかったよ」
「えへへ〜。リン、始めてのバレンタインチョコ、がっくんに〜」
「はは、そっか。嬉しいじゃない」
ちょうどそこで、昼の洗い物が片付く。意識が今へと戻ってくる。あの時か、彼がチョコ嫌いを克服したのは。克服、と言って良いのかな。まあ、苦手を直したって事で—
- Re: はじまりのあの日 ( No.7 )
- 日時: 2017/09/24 18:26
- 名前: 代打の代打 (ID: d/GWKRkW)
TVを消す。買い物のメモを持つ。戸締まりを確認。車で二十分、物資供給の拠点。協力者たちの商店街へやってくる。アーケードで仕切られた。昔ながらの商店街。百メートル四方にわたり、色んなお店が建ち並ぶ。わたし達のプライベートを、極限定ではあるけれど。知り得る人たちのお店の中、大将と話し、会計を済ます
「あ、いらっしゃ〜い」
「今日は、心響ちゃん」
店の看板娘、心響(ここね)ちゃんとも話す。今日もかわいい。再びアーケードに出ると、有線放送の楽曲。今、季節は夏なのに。誰かがリクエストしたのだろう。冬をテーマにした楽曲が耳に這入る。記憶の部屋今度は、自ら扉を開け放つ。誘(いざな)われ、わたしは記憶の間へと入っていく—
「「おわんないよ〜」」
GW、大型連休。お盆に祭りに年末年始。そんな時は、どうしてもイベント盛りだくさん。休んでいる暇が無い。紫の彼が来て、ルカ姉が戻ってきて。PROJECTの忙しさが倍になった。喧噪が収まった、二月後半。雪が降る、冷え込みがひどい、二月の終わり。わたし達歌い手には一週間『冬休み』が与えられる。夏には、九月後半に『夏休み』通学組は、学業優先だけれど、大人達はそうもいかない。そんな、年長組への『冬休み』という意味もある
「これが本職、ありがたいじゃない」
彼は言う。学生だって、場合によっては、『公欠』扱いで歌うときもある。ありがたいことに、一週間の『冬休み』も公欠扱い。もちろん、宿題は出るのだけれど
「「う〜」」
タワーマンションの和室。一つだけある和室。こたつに入りながら、9歳のわたし、レンと一緒に、難敵である宿題に立ち向かう。紫の彼は、朝ご飯の後からキッチンで、なにやらごそごそやっていた
「はは、ボスは手強そうだね、二人、いや、ミクもか〜」
見れば、同じ部屋、ミク姉も同様にうなっている
「「「手伝ってよ〜カイ兄〜」」」
「だ〜め。自分でやって、いろんな事、身につけなきゃ。歌ってるだけじゃ一流の歌い手にはなれないよ」
「そ、アタシもカイトも。中学出て、高校選んで。それから、音大受けて。ようやく今がある。色々、経験することが人生の、そして歌い手としての糧なのよ〜」
対面で、ミカンの皮を剥くめー姉
「「「休めない〜」」」
「二人の意見、俺も賛成。その代わり、学校(ガッコ)にコレはないんじゃない。飲む、おチビさ〜ん」
泣いてしまいそうになった時、キッチンから、紫の彼と甘い香りがやってくる。喫茶店の店員のように、右手にトレイ。コップ、片手なべを載せて
「俺作の甘酒。米と糀だけで作った本物。温めてきた」
「やった〜がっくんちょうだい」
「みくも〜。うっわ〜いいにおいっ」
「あんがとがく兄、ぼくも、ぼくも」
「多めに作ったから。カイト、ルカ、メイコもどう」
甘い香りと、紫様の心遣い。一瞬で引っ込む涙、現金だ
「すご〜い。飲みたい飲みたい、ちょうだい、殿」
「ワタシもいただきますわ。みなさん、おかきもありますよ」
甘党のカイ兄も歓喜。ルカ姉、紫の彼が仕入れてくる、おかきを取り出す
「頂くわ〜。でもアタシは、お米のお酒のが〜」
「コイツの事かな、メイコ様」
甘酒をこたつに置き、今度は左手にもった一升瓶を見せる。良くある、黒い瓶ではなく、透明な瓶に白ラベル、銀の文字
「アラ神威君。それ、い〜いお酒じゃない」
「そ。俺、とっておきの純米。休みくらい、休もうじゃない」
いたずらっ子な笑みを浮かべる紫様
「がっくん」
「がくさん」
「がく兄」
一瞬呆けるチビ組
「俺等、年末、正月。休み無いも同然だったじゃない。おせち作っといた。じきに、チキンも焼けるから。騒がな〜いみんな」
「「「「「やった〜ありがとう」」」」」
一同歓喜。しゃがんで、チビ組に目線を合わせ
「だから、あと、三十分。課題がんばろうじゃな〜い」
「「「やった〜」」」
わたしとレンを撫でてくれる。現金なモノで、その後、三割増しのスピードと集中力で課題にかかる。三十分がたった頃、課題が半分以上おわったほどに
「はいっ終わっていいわよ〜。ってゆ〜か、我慢できない、この香り」
「がくさ〜んごはん〜」
「みんなすごいよ〜」
キッチンから、漂ってくるいい香り。途中から、彼を手伝う、カイ兄の声。いそいそ入るキッチンに、並ぶご馳走。中央には、おせち料理、伊勢エビ。揚げたてのからあげ。個々に付けられたのは、切り分けられた、ローストチキンと精進寿司
「わ〜おいしそ〜」
「まず、乾杯しようじゃない、ミク」
一升瓶の蓋をあけながら促す紫様。さっそくめー姉のぐい飲みを満たしてあげる
「ありがとね、神威君。初めてよ、こんな、幸せな冬休み。じゃ〜発声はカイト〜」
「ありがと、愛するめ〜ちゃん。え〜殿、手伝わなくてごめんね」
シャンパンを手に、カイ兄
「俺がしかけた不意打ち。成功じゃな〜い。手伝ってくれてるじゃないの。助かった」
「初めてだね、こんな豪勢な冬休み。とにかく、楽しくいこう。じゃ、
みんな〜」
「「「「「「「せ〜のっありがと〜う」」」」」」」
飲み物で喉の滑りを良くし、さっそく料理に掛かろうとする子供組
「おせちの中身は、ワカサギの佃煮、ゆで玉子。松前漬け、かまぼこ、ニシンの入った昆布巻き。チビには、別に数の子。金時豆に伊達巻き、牡蠣フライとかぼちゃのコロッケ。冷凍の枝豆使った寄せ寒天。タルタルソースも用意した」
料理の説明をしてくれる紫様
「がく兄、チキンお〜いしい〜」
「神威さんも、本当に料理、お上手ですね。エビ、最高ですぅ」
「だよね、ルカ。ん、それなりに揚がったかな」
お手伝いしていたカイ兄。自作料理の感想を言う、と
「いやいや、旨いよ、カイト。からあげ絶品じゃない」
お褒めの言葉、紫様
「がっくん、お豆もおいなりさんも、甘くっておいしいよ」
「黒豆じゃなくて、金時さんなのね、神威君。ってか、昆布巻き、かずのこ、松前漬け。お酒のアテになるわ〜」
「俺の故郷の味なんだ、メイコ。しかけて、よかったじゃな〜いこの不意打ち」
彼が来てくれて、はじめての冬のエピソード。今まで通りの『冬休み』今までなかった、『冬休み』のエピソード。この日から、恒例になった『冬休み』のエピソード。手作りじゃないけれど、甘酒も買って帰ろうかな
今へ戻って、考える。夏に飲むのが、体に良いらしいし、甘酒—
歩く、歩く、商店街。車は、駐車場においてある。張り出されている広告が目に入る。家、格安物件の広告。幸せなことに、私がいま暮らしている家は格安ではない。彼が、彼らが。赤い汗を流す思いで、仕事をし、周囲に頭を下げて、用立てし、建てた家だ。意識は、またも記憶の彼方へ飛んでゆく。彼が、彼らが。家を建てたあの頃へ—
「三人、まとめて合格だすのなんて、はじめてだよ」
「でも、三人ともはずしたくねえなって。しかもまさか」
「妹よ。お前ら、本当に来たのか」
プロデューサーと彼の言葉。そう、三人同時にオーディション合格なんて、後にも先にもない。世間様に認められつつあるPROJECT。稼ぎ頭に成長したミク姉の曲は、何本かミリオンセラーを記録。その上で、メンバー全員が、百万ヒットの歌を出していた。そこにやってきた、わたしにとっては三人の姉。神威の一族。彼の妹
「初めまして〜皆さん。神威めぐみ17歳です。ブラコンですっ。憧れのみなさんに加えてもらえて嬉しいです。よろしくお願いしま〜す。そだよ〜。ぽ兄ちゃんを追いかけてきたよ〜」
かわいらしいルックス、抜群のスタイル。柔らかな歌声で、たちまちミク姉と、向こうを張る歌い手になった『暖かな恵音(あたたかなめぐみね)』めぐ姉
「よろしくすっ、みんな。カムイ・リリィ13歳。ウチも、おにぃの歌、みんなのカッケエ歌、聞いて。おにぃと同じ道、進みたくって。参加できて超ウレシ〜」
学生らしからぬ、かっこいい、容姿と声『雷鳴の叫び声(らいめいのハスキーボイス)』は、伸びしろが計り知れないと、高評価のリリ姉
「あにさま、おひさし。みなさん、初めて。歌好き、あにさま好き、みんな好き。うれしいうれしい。よろしくよろしく。11歳のカムイ・カル」
『美妙なる声(みみょうなるこえ)』は文字通り。不思議キャラと、くりくりと大きな目があいまって可愛い。と評判のカル姉
「まじか〜、お前ら〜」
「「「まじだよ〜」」」
そういって三人に、飛びつかれた彼。熱烈にハグされる。でも、なんとなく嬉しそうだった。そうだろう。遠くに離れた。彼は以前、寂しげに言っていた。わたしが9歳、六月のある日、彼にとって大切な妹達の歓迎会
「わ〜二年ぶり〜。ぽ兄ちゃんのごはん」
「がっくん、昔から作ってたの」
わたしの問いかけ。めぐ姉の声に微笑みながら
「俺の親父もさ、音楽関係の仕事してんだけど。世界中飛び回ってて、家にいるほうが少ない。オフクロは、俺が5歳の時、逝っちゃった」
「神威君も苦労人ね」
気の毒そうな顔をするめー姉
「はは、気にするな、メイコ。で、俺が8歳の時再婚。ま、そのオフクロも忙しい人で、家に居ない。10の時めぐが生まれた。二人、生活は全部自分たちでやってたからな。学費だの生活費は、親父が入れてくれたけど」
「ぽ兄ちゃんがお父さんみたいな感じ。わたし達の面倒、みてくれた」
「そのうち、ウチらも一緒に住むようになったんだ。ガッコ、通うのに近かったから。その辺りから、おにぃの稼ぎも家に入れてくれて」
「あにさまが歌い手。自慢だったけど寂しかった」
彼は歌い手として。わたし達だけでなく、妹達まで養っていたことを知る。めぐ姉は実の妹。リリ姉、カル姉は親族。そう彼は話した。初めのうちは共同生活していたけれど、さすがに手狭になる。彼らは少し無理をして、我が家の隣に家を建てた。木造平屋建て、広々とした、日本家屋を。マンションが建つ丘の上には、スペースが幾らでもある
「お隣さんだからいつでも会えるんだけど。引っ越しちゃうと、やっぱりちょっと寂しくなっちゃうよねぇ」
「ほんとよね〜。いつの間にか、そんなに一緒に過ごしてたのね、あたしたち」
完成していく家を観ながら、何度か交わされた会話。そう、たった二年とは思えないほど、密度の濃い時を過ごした
「さびしくなるよ〜がっくん。たくさん、遊びに行くよっ。いっぱい、遊びにきてね。きっとだよ、絶対だよ」
「何言ってんだカイト。いつまでも、世話になれないだろ。よそものの俺が。まあ、寂しくないって言ったら嘘か。なら、ちょいちょい。ご飯会でもしようじゃない、メイコ、リン」
引っ越しを手伝いながら、またも交わしあった会話。もはや、家族も同然の彼。しかし、彼は言った。自分の事を『よそもの』と
「ああ、カイト。これ、神威家の合い鍵」
「ん。殿」
「悪党なんざ居ないじゃない。好きに使ってくれ」
「神威君、アタシからも」
合い鍵交換。もちろん、個々の部屋の鍵はまた別だが
「ありがとう、メイコ。なんだか実家の鍵みたいじゃない」
「実家みたいなモノでしょ、神威君。ご飯会しましょうね」
「ああ。そうだ、今度落慶式やるから、みんなで来てほしいじゃない」
「らっけ〜しきって何、がっくん」
「家が出来たお祝いと、これからよろしく住まわせて〜ってお祈りの式」
そう言って、できたばかりの『自分の家』に帰った彼。四六時中聞いていた声が、音が。少し遠くから聞こえるのは。姿が見えないのは。やっぱり寂しいものだった。だから、彼の家に、しょっちゅう遊びに行った。遊びにさそった。でも、家に帰るときには、彼が、彼らが、家へ帰っていくときは、寂しくて。彼の気配がしない家。彼の私物が無いマンション。彼が引っ越して、思い知った寂寥。あの距離感が、思慕の念をよりいっそう、深いものに変えていったんだ。今のわたし、ふと気付く—
商店街で食品を仕入れ、我が家へと帰ってくる。一度、台所で荷物を置く。手を洗う。週末はいつも、誰かが誰かを連れてくる。今日もきっと、連れてくる。縁が深まったメンバー。誰かが誰かと連れだってやってくる。形態は変わったけれど、楽しい事に変わりは無い。ずっと続いてる恒例行事。記憶の日記、またもわたしは手をかける—
「「「「こんばんは〜」」」」
ホールから、愛しい声が聞こえてくる。今日も玄関の扉が開く
「生活は別になるけど、仕事や用事がないかぎり。週末、夕食だけは、せめて歌い手全員で食べようじゃない」
縁(えにし)が深まった、メンバーの決まり事。優しい彼の、発案で
「いらっしゃいっ。がっくんっ、めぐ姉っ、リリ姉っ、カル姉」
歌っているときを除けば、一番楽しい楽しい時間。不謹慎な物言いだけど、歌さえしのぐかもしれない、楽しい時間。わたしは、いの一番に出迎える
「やっほ〜リンちゃんっ。今日の差し入れはシュークリームだよ〜」
めぐ姉とハイタッチ
「おにぃの煮込みハンバーグと、肉じゃが、コブサラダもなっ」
リリ姉に腕が肩に回り
「あにさまごはんも好きすきす〜。カイさまごはんも楽しみしみ」
カル姉に頭をなでられる
「「「さあ、いこ」」」
「リ〜ンちゃん」「リ〜ン」「り〜んりん」
わたしは、幸せにもみくちゃにされる。神威家の妹、わたしにとって、新しくできた三人の姉。わたしを本当の妹以上にかわいがってくれる、大好きな、姉。すべてが愛おしくなる声と音に囲まれて、でも
「こらこら、あまりはしゃぐなよ」
わたしが聞きたくてたまらない彼の声。神威家の大黒柱にして、PROJECT男性歌い手の要。カイ兄と実力を二分する、PROJECTの要。この時、すでにそこまでの評価を得ていた彼の声は、一番最後に訪れる
「こんばんは、リン」
ぽんぽん、頭をなでてくれる。至福の感覚に、気持ちが高揚していく
「まってたよっがっくん」
「ん、ああ、ありがとう」
自分の手を見て、なぜか疑問符を浮かべた彼。その理由をわたしは後で知る。リビングに入りながら彼が言う
「お疲れ〜。これ、バーボン。もらいもんだけど、メイコに〜」
「神威君ありがと〜。あ、純米、用意しといたよ」
「これはまた、ありがたいじゃない女王様」
お酒好き二人、意気投合で意気揚々
「いらっしゃ〜い、がく兄」
「はじめようか、殿、め〜ちゃん」
「発声は〜リリィ〜」
「アザ〜ス。みんな、おにぃ、おつかれ〜。ここに、ウチが居んの、マジうれし〜。これからも、みんなで歌お〜ぜ、じゃあコップ持って」
週末の晩餐会開幕
「「「「「「「「かんぱい、おっつ〜」」」」」」」」
並んだ料理。カイ兄が作ってくれた、魚介のパスタ。トロトロ玉子のオムレツ、酢豚。彼作の、煮込みハンバーグ、めだまやきまで乗っている。ホクホクの肉じゃが。コブサラダ。口をつけるわたし達
「神威君のサラダ、最高のおつまみだわ〜。バーボンもありがと」
「はいはい、めーちゃん、飲み過ぎないでよ」
「うう〜がくさんのハンバーグたまんな〜い。三つ星店以上〜」
紫の彼が作った料理の感想。全員、感嘆、良い笑顔
「おいおい、ミク。簡単なもんじゃない、そんなの」
「かいさまのオムレツふわとろ、うまうま」
「っおいしっ、このパスタどうやんの、カイト」
「ありがとカルちゃん、リリちゃんそれは—」
カイ兄の料理へのお褒めの言葉。会話を聞きながら、おいしく食べていると
「リン」
思い出したように、彼に呼ばれた。手招きされる
「がっくん」
嬉しくなって、よっていくと
「レン」
「ハテナ」
弟は、不思議そうによってくる。立ち上がり、わたしたちの頭に手を当てて、背を測る
「ん、やっぱりな。さっき会ったとき思って。始めて会ったときより、だいぶ背、でかくなってるじゃない」
ぽんぽん、わたしたちの頭に手をのせて
「旨いモノ、たくさん食べて大きくなれよ」
と微笑む彼
「ありがと〜がっくん。大きくなるから、おいしいの、たくさん食べさせてねっ」
「まかせるじゃな〜い」
「おれも〜。絶対リンよりでかくなってやる〜」
「ふ〜ん、負けないも〜ん」
彼の言葉がうれしかった。はやく。少しでも早く、彼に見合う存在になりたい。何故だか、そんなことを思う時期だった。また少し、記憶の図書館に短期滞在をしてしまった。荷解を始めるわたし。少し上の棚。ついでに買った、ラップを置く。踏み台はもう、要らなくなった—
- Re: はじまりのあの日 ( No.8 )
- 日時: 2017/09/25 07:12
- 名前: 代打の代打 (ID: d/GWKRkW)
荷解を終え、一息つく。テレビを点ける。写し出される小さな双子。再放送のドラマだろうか。思い出すな、昔を。ちびだった頃を。ああ、意識の一片がまた、記憶図書館の扉をくぐる—
「面白ろくね、先輩(パイセン)このコンビ」
「確かに。この二人だけってのは、無かったね今まで」
「初めてがこれ曲って〜のも良くねぇ」
夜、真夏の暑さが引いて、過ごしやすくなった季節。喉の渇きを覚えて目が覚めた。キッチンに向かおうとする。その途上、たまたま、打ち合わせで泊まることになったプロデューサー。マンションの二階には、二人の仕事部屋もある。その部屋の前、二人の会話を立ち聞きした。部屋の外、息を潜めて
「いってみよ〜か」
「がくリン、おもしれ〜な」
大好きなミク姉と、共に歌ったお気に入り。昔々を舞台にした、ちょっと悲しい、恋の歌。彼と私に、歌わせてみようと。初めて二人だけで歌わせようと。なんて素敵な提案だろう。と心躍らせた。お礼を言おうと思ったそのとたん
「だけど〜」
「吉原で」
「リンで〜」
「がくだろ」
「「な〜んかハンザイくさいな〜」」
目の前が真っ暗になる。彼とわたし。歌っただけで「罪」なのか。10歳のわたし。失意、悲しみ。言いしれぬ憎たらしさ
夢遊病者のように、マンションを出る。どんな風に抜け出したか、今になっても思い出せない。それほど『ハンザイ』と言う言葉に痛めつけられていた。真夜中に、彼の家を訪ねたのは、初めてだった。家族の誰にも言わず、抜け出すのも。呼び鈴をおしても、彼が出てくる保証もなかったのに。胸に芽生えたもやもやを。胸元の、黒い塊を、消したくて。彼に、彼だけに、逢いたくて
「どうした、リン。こんな夜中に」
出迎えてくれたのは、幸いにも彼だった。心配そうな、そして深夜の外出を、少しだけとがめるような、声と視線。開口一番私は言った
「がっくん、わたしと歌って。この歌、歌って」
楽譜を見せる。分かりかねている、彼。泣くまいと思っていたのに、涙がでてくる。驚いた彼の顔。視界がだんだん、ぼやけてゆく
「わたしは、がっくんと歌いたい」
歌いたい。彼と歌いたい。想いが、涙となってあふれ出る。彼のゆびが、頬に触れる。涙をぬぐってくれる
「歌おうリン。俺は、リンと歌いたい」
膝を折り、わたしの目の高さで、至近距離から、彼の瞳に射抜かれて。わたしを、肯定、してくれて。心のタガが外れた。いよいよ、本格的に泣き始めたわたしは、気がつけば彼の腕に抱かれていた。腕の中、泣きじゃくりながら、彼の部屋へと運ばれる。とんとんと、背中をさすってくれる
「落ち着いたか」
「ん」
ひとしきり泣いて、落ち着いたわたし。彼の部屋。六畳間。座卓、敷き布団。電気スタンドの明かりのみ
「飲め、落ち着くぞ」
「ん」
差し出してくれるホットココア。口をつける。甘く煎れてくれたのは、彼の思いやり。涙のワケを、決して彼から聞こうとしない。それが彼のやさしさなのだと感じた
「あのね、プロデューサーさん達がね、この歌、がっくんとわたしが歌うとハンザイくさいって。わたしと歌ったら、がっくん、わるい人なのかな。わたしと歌うの、ダメなのかな。わたし、がっくんと歌いたくて—」
「リン」
「うっうたい—」
治まったはずの涙が、また、あふれ出しそうになった時、彼の手がわたしの頭に乗る
「っあ〜いつら—」
わざと、強めになでてくれる
「気にすんな。そんなこと。勝手に言わせとけ。俺はリンと歌いたい。それでいいだろ」
そう言って、わたしの両肩に、手を置く。目を見ながら
「ここまできたら歌うぞ、二人で、絶対に」
どこまでも真摯に、言ってくれた。沈んでいた気持ちが、たちまち高揚する。破顔して
「いいの、がっくん」
「俺はリンと歌いたくなった。歌うぞ、二人で」
「ありがとうがっくんっ約束だよ」
「約束だ」
彼は、小指をさしだして、指切り。こんなことで、簡単に機嫌が直る。子供だった。でも、その子供に、どこまでも真摯に接してくれた彼。言葉が、想いが。本当に嬉しかった。彼のその言葉で、もやもやも、胸元の塊も消え、彼に手を引かれて家に帰った。彼の声を聴いたから。その後は、何も気にすることなく眠りにつけた
「ほんとごめんね、リン」
「がくが、本気でぶち切れてさ」
後日談。腫れ上がった顔。貼られた膏薬、絆創膏。わたしに、謝罪の言葉を述べながら、プロデューサー二人から聞いた話。そうだ、あのとき彼は確かに言った『あいつら』と。普段、尊敬の念を込めて、決してそんな呼び方をしない二人を。だから、その時点で、彼はハラワタが煮えくりかえってていたんだろう。お酒を飲みながら二人で盛り上がっていると、修羅の形相の彼が現れたという。そして怒り狂った彼に、弁解の余地なく、問答無用でぶっとばされたという。そのとき彼が叫んだという言葉を聞かされて、わたしはまた嬉しかった
「てめぇ等リンを傷つけてんじゃねえぞぉぉぉぉぉ」
思い出して、今もにやにや、するわたし。そうだ、彼の好きな、茄子の煮浸しも作ろう—