二次創作小説(紙ほか)
■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)
- はじまりのあの日
- 日時: 2017/09/24 18:09
- 名前: 代打の代打 (ID: d/GWKRkW)
はじめまして
ボーカロイドの二次小説。話しはオリジナルのストーリーです
神威がくぽ×鏡音リン
MEIKO×KAITO
氷山キヨテル×Lily
めぐっぽいど×VY2勇馬
巡音ルカ×鏡音レン×初音ミク
の組み合わせがダメという方は、読まれない方が良いと思います
恋愛小説のつもりですが、そこまで恋愛じみた話しではありません(あくまでつもり)
どうぞ宜しくお願いいたします
登場人物(最終的に登場する人物)
元音メイコ(もとねめいこ)
継音カイト(つぎねかいと)
初音ミク(はつねみく)
鏡音リン(かがみねりん)
鏡音レン(かがみねれん)
巡音ルカ(めぐりねるか)
重音テト(かさねてと)
神威がくぽ(かむいがくぽ)
神威めぐみ
カムイ・リリィ
神威リュウト
カムイ・カル
氷山キヨテル(ひやまきよてる)
可愛ユキ(かあいゆき)
Miki(みき)
猫村いろは(ねこむらいろは)
歌手音ピコ(うたたねぴこ)
オリバー
ビッグ・アル
IA(いあ)
呂呂刃勇馬(ろろわゆうま)
歌い手総勢21名
プロデューサー1
プロデューサー2
プロデューサー3
- Re: はじまりのあの日 ( No.1 )
- 日時: 2017/09/24 18:16
- 名前: 代打の代打 (ID: d/GWKRkW)
七月早朝。まだ梅雨の蒸し暑さの残る庭先で。洗濯物を干し終えて。高くなっていく空を見つめている。汗がつたう頬を、夏風がくすぐる。思い出す。そう、こんな日だった。彼がやってきた日は
思い出す、記憶の轍(わだち)を追って、彼との、始まり歌を
「干した干した〜」
「ミク姉、今日来るんだよね〜新人さん」
洗濯物を干し終えて。まだ、ちびだったわたし、鏡音リンは、踏み台から飛び降りる。隣のミク姉と、そんな言葉を交わす。高くなっていく空。七月の最終日。裏庭の竹林に夏風があたり、さらさらという心地よい音をたてる
「仲良くできるといいな〜」
「歓迎会、たのしみだな〜」
「ミク〜、リン〜、おいで〜。プロデューサーさんから連絡入った。今、高速に乗ったから、三十分くらいで着くってさ」
「「は〜い、カイ兄〜」」
兄の招集令に、マンションの中へ駆けてゆく
「到着前に連絡するから。そしたら、コンセプトユニフォームを着て、みんなで集合といしてね〜」
そんなプロデューサーの一言で集まったわたし達。それぞれに、プロデューサーのコンセプトがある。願いを込めた、テーマがある
めー姉は 始まりの歌姫(はじまりのうたひめ)
カイ兄は 安らぎの声風(やすらぎのこえかぜ)
ミク姉は すべてに捧ぐ歌娘(すべてにささぐうたむすめ)
わたしとレンは 合わせ鏡の歌声(あわせかがみのうたごえ)
今日来る、六人目の歌い手は、他の事務所からは初参加
「僕の後輩がね、PROJECTに加わらせてくれって言ってきてさ。ついでに、すごい歌声のヤツ、連れて行くって」
とは、PROJECTを立ち上げた第一のプロデューサーの言葉。VOCALOIDPROJECT(ボーカロイドプロジェクト)国境も、思想も越えて『歌声で』誰かを癒す事が出来たら。心の重荷を、外せたら。願いを込めて。一人のプロデューサーが立ち上げたPROJECT。始まりの歌姫から、広まったPROJECT。わたしとレンが、オーディションを受けたのは5歳の時。まだ、参加人数さえ少なかったあの時。やりきった、その自信はあった。それでも緊張して、合格するなんて思えなかった。オーディションが終わったときに
「よろしく、鏡音リン、鏡音レン。これから、たくさんの歌を紡いでもらうよ」
プロデュサーが。微笑みながらわたし達とだけ交わしてくれた握手。合格の証。嬉しかった。以来、生みの親とも離れて暮らす、このタワーマンション。はじまりのプロデューサーが、いつでも歌えるように。PVの撮影ができるように。周囲を気に掛けなくて良いように。苦心をして建ててくれた『我が家』
「これからよろしく、リン。仲良くしましょ、レン」
「かわいい双子さん、たくさん歌おうね」
「わ〜い、後輩さん。ミクともいっぱいうたってね〜」
初めてやってきたその日、迎えてくれた姉兄(きょうだい)は、一度は見たことある顔ばかり。親族の大集合のとき、見たことのある顔だった。寂しさがなかったといえばウソになる。心細さがなかったと言えば、虚勢になる。でも、共同生活を送る、姉兄は、本当に優しくしてくれた。暖かく接してくれた。それから三年。初めは、ハウスキーパーが居た。身の回りの、最低限の世話をしてくれた。その人も、めー姉が成人する頃、居なくなった
「歌い手で、食っていけるようになって。それが、一流になるってことだから。僕も、君達のために、死ぬ気で、仕事を取ってくるから」
プロデュユーサーの言葉。めー姉は、カイ兄は、バイトしながら。ライブハウスで、笑われながら、けなされながら、褒められながら。歌ってくれた。必死に道を作ってくれた。わたし達を育ててくれた。生みの親より育ての親。そんな言葉が思い浮かぶ。わたし達歌い手は、プロデューサーと方針が合わなければ。生活がイヤなら。いつでも辞めて良い。そういう契約になっている。少なくとも、わたしは辞める気になどなれない。楽しい日々『家族』と苦楽を共にして、歌って生きてゆく。誰かの希望になって生ける。この上ない日々
「だけど初めてね『親族』以外の歌い手さん」
「ある意味、親族だけってほうが、レアだろうけどねぇ」
めー姉が笑い、カイ兄が、もっともなことを言う。さてその、家族以上に、深い縁(えにし)で結ばれる五人。共同生活するには、広すぎるくらいのタワーンション。地下が収録スタジオ、機械室、道具部屋。一階が生活空間、二階が個々の部屋とスタッフルーム。三階がPV撮影スタジオ。周りを竹林が囲む、小高い丘の上。ここが、わたし達の家であり、PROJECTの一大根拠地。そのマンション一階、リビングルーム。わたし達は腰を下ろす。テーブルの上、カイ兄作のビスケット、ポテトチップ
「お金掛けずに、手間かける。余裕ない身だからね」
とは、カイ兄の言葉。住居の心配がないのはありがたい。しかし、衣食は自分たちの稼ぎで賄わなければならない。撮影衣装は別として。節約大切
「いつも思うけど〜、リビングじゃなくて、ダンスホールって呼んだほ〜がいいよ」
「まあ、確かに。撮影に使うこともあるからね」
ミク姉とカイ兄。そう思う。マンション全体が、ある程度撮影にも使えるよう設計されている。個々の部屋は別として。高い天井、シャンデリア、洋風の内装。板張りの床。くつろぐために置いている、カーペットとわたし達が今、腰掛けているソファをどかせば、社交ダンスの大会だってできるだろう。初めは和やかに会話を交わしていたわたし。ただし、徐々にそれが困難になってきた。なぜなら
「もう一時間だよ〜。来ないじゃない、プロデューサー」
あの日、到着は相当に遅れていた。なかなか現れないプロデューサー。しびれを切らしたわたし。駄々をこねそうになったその時だ。来訪者を告げるベルが鳴ったのは
「あ、来たんじゃないの、新人さん」
「めー姉、リン行ってくるー」
廊下に飛び出す。玄関ホールへ駆けてゆく。一刻も早く、会いたくて。一番先に見たくって。どんな人かを知りたくて
「お〜、リ〜ン。ただいま〜」
駆け出たエントランスホールで、プロデューサーの、のんきな声。見慣れた人と、見慣れない人。ベージュのジャケットを着た青年、そして
「ああーっ、あなたが新人さんだねっ。まってたよ」
初めて見る『彼』長身、超美形。艶やかな紫色の長髪を、高い位置で結う。とてつもなくキレイなサムライ。宝探しの宝物を、見つけた気分だったまだ彼の、ひざ上くらいの身長しかなかったわたし。言いながら長身の彼に、思い切り飛びつく
「おっと、元気なのが来た」
抱き留めてくれる。プロデューサー二人曰く、瞳の輝きが、いつもの三倍になっていたそうだ。そのままで、わたしは質問攻めを始める
「みんなで話してたんだよ。どんな声か、どんな人か。わ〜かっこいい、それサムライさんでしょ〜」
「ああ、そうだ」
肩に、担いでくれる紫の人。目線が、一気に高くなり、わたしの機嫌も急上昇
「どんな歌うたうの〜」
「後で歌うよ」
「何でそんなに背が—」
「リ〜ン。みんな待ってるから、皆のとこで話そ〜ね」
脚を振りながら聞くわたしを、プロデューサーが制止する
「は〜い。みんなね、待ってるよ〜」
「じゃあ、皆の所に案内してくれるかな」
やさしく、わたしを下ろしてくれる彼。即座に、その手を引いて
「こっちこっち」
「お、おい。ちょいまて」
有無を言わさず、走り出す。チビのわたしに手をひかれ、ツンノメリそうになる彼
「待ってたんだよ〜はやくはやく、こっちこっち〜」
「っげ、元気だなっ」
リビングに駆け入って、こんどは素早く、彼の背後に回る
「みんな、きたよー新人さんっほらほら、自己紹介っ」
彼をみんなの前に、強引に立たせる
「「「「うわっなんかすごそうなヤツがきた」」」」
驚きの声をあげる家族達。ただ、それぞれ反応が違う。めー姉、可笑しげ。カイ兄不安げ。レンとミク姉は楽しげだ
「おまたせ〜」
プロデューサーは、のんきな声で入ってくる
「僕の後輩と新人さん。ちょっと高速(みち)が混んでてさ。遅くなってごめんね。さあ、自己紹介」
「ウッス。本日からよろしく。前から先輩(パイセン)のPROJECT、参加したかったんだけどよ。求めてる『声』見つかんなくて。バンドで歌ってたコイツ。ようやく出会えて、参加したんだ」
続けて入ってきた青年は、サムライのプロデューサーと自己紹介した。ちなみに、サムライのプロデューサー、オーディション以外でスカウトしたのは、紫の彼が最初で最後。そして彼が話し出す
「神威がくぽ。念願叶ってこのプロジェクトに参加できました。これからよろしく、先輩方。後輩ですが、歳だけはこの中で最年長の25。コンセプトは、侍心の歌い手(もののふのうたいて)。以前は、バンド活動と格闘家もやってました」
自己紹介する、彼の声。美しい低音の声。家族の中には無い、全く違う、美しい低音。応えて、わたし達の家族も自己紹介を始める
「元音メイコ、22歳。一番はじめにプロジェクトに参加してます。アタシ達、皆、遠いところで繋がってる親族なの。あ、この子。カイトはアタシのだから。だけど衣装、びびった〜。相当、変なヤツかと思ったけど、ちゃんと常識人だったのね。で、格闘家は」
紫の彼の肩を、親しげに叩く姉。距離感を詰めるスキンシップ
「会えて光栄だ。始まりの歌姫。格闘は引退。歌い手に専念。元々、バンドの方が好きだったし。まあ、この格好。変なのと思われてもしかたないな。心配するな、BLの気は、あんまりない」
サムライは苦笑いで返す
「はははは、確かに『腹を切れぇ』とか言われるかと思ったよ。オレ継音カイト、21歳。よろしくね。これからたくさん歌っていこう。年の近い歌い手でよかった。友達になれそうで。ああ、め〜ちゃんはオレのだからさ。なんで、格闘家やめたのさ」
「よろしく。優しそうな先輩でなによりだ。友達になってくれ。分かったわかった、手は出さない。先輩方の歌聴いてたら虚しくなってさ。人、潰して俺が生きて。何やってんだって。人、生かしたい、癒やしたい。そう思って」
微笑んで、握手をかわす、兄と彼。握力が強かったのか、「痛っ」と声を上げるカイ兄。駆け寄るミク姉
「わたし、初音ミク11歳です。わ〜なんだか楽しそうな人でよかったぁ。仲良くしてね〜。ミクとも歌おうね〜」
彼の手を取り、ぶんぶんと上下に振る
「よろしく、初音さん。あなたの歌を聴いて、俺は歌い手になることを決めたんだ。会えて嬉しい。是非俺と歌ってくれ」
「初音さんなんて言われると、なんかくすぐったいよ。ミクでいい」
笑顔で応じる彼。ミク姉めずらしく照れ照れしながらそう返す。めー姉も
「そ、他人行儀はナシっ。呼びやすいように呼んで。神威君。君が最年長なんだから」
「いいのか本当に」
「いいのっ、気楽にいきましょう」
「心得た、メイコ」
少し緊張していたのだろう。安堵の表情になる彼
「そうだよ〜今日から、リン達、家族なんだから。鏡音リン8さい。いっぱい、いっぱい歌おうね」
再び長身の彼に、飛びつきながら、自己紹介
「元気いっぱいだ、リン。よろしく、かわいい先輩サマ」
わたしを抱き止め、撫でてくれながら紫の彼。至近距離で、彼の瞳に射抜かれた。うす青色の優しい瞳に。彼自身に。わたしは引き込まれた。かわいいとの一言に、わたしの心臓が跳ねた。そこに、弟が近づいて
「ぼく、鏡音レン8さい。兄さんが増えてうれしいな。いっぱい歌おうねっ。よろしくがく兄」
まだ、自分をぼくといってたレン。両手を差し出し、握手をかわす
「ありがとうレン。俺も弟ができたみたいで嬉しい。たくさん歌おう。ところで、リンレン、似てるけど姉弟(してい)なのか」
片膝をつき、わたしを肩に乗せ、レンを片手で撫で回しながら、紫の彼。誰となく聞く
「そうなんだ、神威サン。双子の姉弟。よく、リンが姉、レンが弟だってわかったね」
「ああ、双子だったのか。似ているとは思ったんだ。背格好でなんとなく姉弟かなと」
「神威くん。初見でリンとレンの見分け、そこまでつく人はじめてよ」
そっくりで、プロデューサーにも、家族にさえも。間違えられた、あの頃のわたし達。めー姉の問いに
「ああ、似てはいるけど、全然ちがう」
即答する彼
「じゃ、シャッフルタ〜イム。二人とも、混じって混じって〜」
「わ〜」
ミク姉の掛け声でグルグル回って、混じるわたしたち。めー姉が、彼を目隠し
「はいど〜っち」
目隠しをとく。彼は躊躇することなく言った
「こっちがリン。そっちがレン」
正解だった。家族もプロデューサー二人からも、感嘆の声
「なんだろう、姫と王子ってカンジ」
「はは、神威サン、その例えわかりづらい」
「すまん、自分でもビミョーだとは思うが、他に、なんともいえん」
始めのハジメ。神威サンと呼んでいたカイ兄と、彼とのやりとりに、わたしの鼓動が高まった
落ち着きがないリン
年中元気なおてんばリン
トラブルメーカーお騒がせリン
すくなくとも、姫なんていわれたことは、生まれてからこの日まで、一度もなかったから。賑やかに一通りの自己紹介が済んだ後のこと
「神威君、あなたの部屋は、二階のドアが開いてるところね。送られてきた私物は、運び込んであるから。これ、鍵」
「部屋、住んで良いのか、ここに」
めー姉の言葉に、目を剥く彼
「当たり前だよ神威サン。他に何処があるのさ。あれ、プロデューサーさん達から聞いてない」
「ああ。近くで部屋でも探そうかと思ってた」
彼と兄の会話。歌い手は、基本このマンションで生活する。縁(えにし)を深めるため。苦楽を共にするため。そして、いつでも歌えるように
「な〜に水くさいこと言ってんの神威君。荷物も運び込んであるからね。さっ着替え終わったら、又このリビングに来て」
プロデューサー二人が帰宅した後、めー姉が彼に告げる。プロデューサーは、基本、歌い手と一緒に生活しない。先入観を覚えたくない。与えたくもない。何より、歌い手同士で交流してほしい、というのが理由だ
「すまないメイコ。じゃ、荷解は明日かな」
「リンが案内してあげる。こっちだよっ」
「ありがとう、リン」
彼の手を引いて二階へ向かう。彼が使うことになる部屋の前へ
「早く着替えて、一階来てね」
「メイコも言ってたが、何かあるのか」
「ふふふ〜楽しみにしてて〜」
「なんだか少し怖いな。じゃあ、手早く着替えるか。後でな、リン」
部屋へ入っていく彼。わたしも、自分の部屋に駆け入って、急ぎ足で着替えを済ます。無意識に、彼を意識して。自分を良く、魅せたくて。選んだ一番お気に入り。桜色のワンピース。部屋を飛び出す。一階へ駆け下りる。頭のリボンは空の色。ただし、自分ではまだ結べなかった。家族の誰かに結んでもらおうと思っていた。エントランスで待っている、と、階段をおりる音がする。家族ではない足音。今から、家族になる、人の音。サムライだったあのひとは、黒のシャツと薄いベージュのパンツを、格好良く着こなして。サムライポニーだった髪は、後ろ結いに変えて。わたしの前に現れた。駆け寄って
「早いね、がっくん」
「がっくん」
自分を指さして、疑問符を浮かべる彼にたたみかける
「リンがっくんて呼ぶことにする」
「ありがとう、リン。いいあだ名つけるじゃない。早いったって、後輩の俺が、先輩待たせるワケにはいかないじゃない」
「そうなの、う〜んわかんないや。ところでがっくん、リボン結べるかな」
「ああよし、やろうじゃない」
廊下、鏡の前。上手に結んでくれる彼
「わ〜うま〜い。何で出来るの、がっくん」
「俺、妹が三人いてさ。そいつらの世話、焼いてるうちに。遠く離れちゃったけどな。はいできあがり」
「ありがとう〜」
わたしの頭を、二度ぽんぽん。遠くに離れた。少し寂しそうな声だった。鏡のなかの彼、淋しそうな顔だった
「あら、神威君。リ〜ン、さっそく仲良しさんね〜」
「なつかれたね、神威サン」
「ミクとも仲良くしてねがくさ〜ん」
そこへやって来る家族達。がっしりしがみつくミク姉
「ああ、どうもそうらしい。もちろんじゃない、ミク。仲良くしよう」
「リン、がっくんともう仲良さん〜」
「さ〜あ、行きましょうか、神威さん」
カイ兄、年の近い歌い手の出現に、嬉しそうだ。わたしは彼の手を取り、家族とワイワイ歩き出す
「めー姉〜、カイ兄〜ぼくも、ぼくも〜」
遅れてきたレンが、猛追してくる。六人、団子になって、雑談しながら歩く。そうしてリビングの扉の前、立ち止まる一団
- Re: はじまりのあの日 ( No.2 )
- 日時: 2017/09/24 18:17
- 名前: 代打の代打 (ID: d/GWKRkW)
不思議そうな、彼の顔
「神威君」
「神威サン」
「がくさんは、ここでちょっとまってて〜」
「楽しみにしてて、がく兄」
彼の前、一本指を立て、めー姉。微笑みのカイ兄と、イタズラっぽく笑うレン。彼の前に回って、後ろ手に腕組みしながらミク姉
「なにか企(たくら)んでるんじゃな〜い」
腕組みしながら、薄笑いの彼
「ま、クワダテテはいるわね。リンは、神威君のお相手してて」
「わ〜い」
めー姉が、ウインク。家族が入ったあと、閉ざされるリビングの扉。部屋の外、わたしは彼に質問をする。矢継ぎ早、興味津々に
「あの刀って切れるの〜」
「いや、アレ楽器。クリスタルみたいな音色が出る。切れたらあぶないじゃない。今度聴かせてやるよ」
「格闘家って何するの〜」
「喧嘩。して金稼ぐ。嫌になってさ。自分の生活のために、人殴るの」
「今夜、うたう〜」
「歌う歌う。そのために来たんだから」
「どうやったら、そんなに大きくなれるの〜」
「好き嫌い無く、な〜んでも食べて、良く運動することかな」
「これから—」
「「「「入って〜二人とも〜」」」」
扉が閉まっているため、くぐもった、家族の声。リビングの、西洋式。両開きのドアを開け入る彼
「こっちこっち〜」
さっきくつろいでいた、ソファを抜け、テーブルスペースへ。彼の手を引きながら。シャンデリア。大時計。張り出したエントランス。置かれた大テーブルの上
「すごいな—」
開口一番、彼。中央、麻婆豆腐に茄子の味噌炒め。野菜サラダ、シーフードサラダ。ロールキャベツ。まっ赤な万願寺唐辛子を、まるごと使ったブータン料理。各々には、小さいながらも、尾頭付きの鯛。スープに浮かぶ水餃子。新しく来る人の歓迎会。楽しいことが大好きなみんな。買い出しから調理まで。料理ができるのも。できないのも。お祭り騒ぎで準備した。新しく来る歌い手は、どんな人だろう。どんな声だろう。どんな歌を紡いでくれるんだろう。みんなでわいわいと、話しながら、想像しながら
「オレ、料理得意でさ。何が好みか分からないから、じゃあ、いっそって思ってね。和洋中。奇をてらって、プラス、ブータンって感じ。すごく辛いから、気をつけて、ブータン。あ、餃子は、ニンニク使ってないから、安心して食べて」
白いシャツに、ピンクのベスト。薄いグレーパンツのカイ兄、笑いながら
「作ったのか、これ全部」
料理の数に目を丸くしていたのが、このキレイな人には似合わずに、つい吹き出してしまう。みんな、ユニフォームから私服に着替えて
「来てくれる新人さん。みんなでおもてなししたいからね」
「わざわざ—ありがとうカイト、みんなも」
「かたいかたい、あたし達のほ〜が楽しんだくらいなんだからさっ。ところで神威君、お酒は飲めるかな」
グレーのロングパーカーに、白のホットパンツのめー姉が聞く
「ああ。飲めるもなにも、むしろ好きだ」
「あら、嬉しい。飲み友確保。好きなお酒は」
「何でもいけるが、好きなのはポン酒とか焼酎とか—」
交わされる大人組の会話に、わたしの気分も上を向く
「リンも手伝ったんだよ〜。普段、こんなごちそう食べられないから嬉しいんだ〜」
まだ自分のことを名前で呼んでいた頃。会話に参加したくて、わりこみたくて。紫のひとにそう告げる。
「そうか、リン、お利口さんじゃない。そうか、普段は食べられないか。俺が来て、一つ役にたったかな」
そう言って撫でられる。その大きな手の感触が、ひたすらに心地よかった
「じゃ〜乾杯は日本酒っ。アタシとっときの純米。ミク〜ぐい飲み~」
「は〜い」
白いフリルドレス、グレーのハイニーソを着たミク姉が、キッチンへかけてゆく。ワンポイントは、エメラルドのリボンタイ
「じゃぼくはバナナ・オ・レ」
薄水色のパーカー。ライトベージュジーンズのレン、手を伸ばす。ぐい飲みと、自分の野菜ジュース、わたしのオレンジジュースをトレイに載せて。ミク姉が、そろそろと戻ってくる
銘々のグラスに、飲み物がみたされ
「じゃ〜、発声は神威君」
めー姉が言う。歓迎会、発声を命じるのはめー姉。ミク姉の歓迎会からの伝統だという
「俺」
「そ、本日の主役だから」
そうかとつぶやき少し考えて、彼は言った
「今日は本当にわざわざありがとう。この料理をみれば、皆の人となりが見てとれる。これから末永くよろしく。いろいろと教えてくれ。そして一曲でも多く、俺と歌ってくれると嬉しい。では—」
かかげるぐい飲み。ユニフォームのサムライ姿を思い出したのだろう。めー姉がつぶやく
「ぐい飲み、ポン酒、サムライ。戦国の出陣式みたいね」
みんなが笑い、場の雰囲気が、よりいっそう華やいだ
「「「「「「かんぱいっ」」」」」」
「いざ、出陣じゃぁぁぁぁぁ」
めー姉のコメントにのった彼が、場の雰囲気をさらに盛り上げた。カイ兄の料理は、いつも以上においしかった覚えがある。それは、新しく来た彼のもたらした、非日常の雰囲気。そして、カイ兄の心遣い。やって来る歌い手をもてなそうという心遣い。その相乗効果が引き出した味だった。とにかく、彼と話したくて、わたしは声をかけた
「がっくん、これもおいしよ」
「ありがとリン。俺、茄子の味噌炒め好きなんだよ。嬉しいじゃない」
「ほら、ほらっ。メニューにいれてよかったでしょレン」
得意気に、弟を見る私。レンは、茄子の味噌炒め、ご馳走の中に要らないのではと反対していた。何故なら
「ぼく、なすキライなんだもん」
「ま、でかくなりゃ、食べられるようになるんじゃない」
という自分本位な理由で。紫様は、ご機嫌の時、くだけた時。本当に、相手に心を許した時。わりと、語尾に「じゃない」が付く。気付いたのもこの時だ
「リンはすきだよっ、なすみそっ」
「へぇ、やっぱり、リンのがお姉さんだな」
そう言って彼は目を細めた。どきりとした、覚えがある。なでられた覚えがある。得意げに笑った、覚えもある。歓迎会が本格化する前、ぱんぱん、とカイ兄が手を鳴らす
「じゃあ、酔いがまわらないうちに、みんなで歌披露。オレら歌い手の本分だからね」
「リン歌う」
真っ先に手を上げる。意外そうな顔をした、カイ兄を覚えている。聞いてほしかった、彼に。一番に、わたしの歌声を。あの当時、持てる限りの全てを込めて歌い上げる。思いの丈を。気持ちを。あの日のわたしの、すべてをこめて。歌い終わって、最初に話しかけてきたのは、他でもない、彼だった。まるで子供のように、微笑み、わたしの手をとって
「PROJECTに参加できてよかった。君の、リンの声を、歌を聴けてよかった。リンに会えてよかった。俺の歌が、何かが、かわるかもしれない。みんな、俺の歌、聴いてくれ」
そういって、そのまま彼は歌い始めた。わたしの目の前で。引き込まれたなんて言葉では、安すぎる。のみこまれた。歌に。声に。彼に。彼のすべてに
「わ〜、すごいねぇリンちゃんも、がくさんも」
「神威君とリンがねぇ。神威君の声、確かにすごいわ」
「リンと対称的なのに。こんなにキレイに重なるんだ、初めてで」
「ぼくも負けない」
彼の歌の途中、歌いたい衝動。彼と、歌いたい衝動が抑えきれずにわたしは、声を重ねた。はじめは、遠慮がちに。途中からは、本気で。歌い終わって彼の方から手招きされる。もう一曲、はじめから歌おうと。歌い出したら、もうあっという間。彼とはじめて声を重ねた時間。歌い終わって興奮冷めやらないわたしたちに、かけられたのがそんな言葉だったはず。うろ覚えなのは、彼と歌った感動の方が、何倍も大きかったから。それからは、みんなの歌披露。彼は、どの歌い手と曲にも目をきらめかせ、感動しきりだった。子供のように、目を輝かせて。でも、わたしのように、声を重ねることはなかった。それは、いまでも、密かに、わたしの誇りだ
「リン、ありがとう。言葉が見つからないな。でも、これだけは
言わせて。キミと歌えて本当に良かった」
「わたしも、がっくん。すっごく楽しかった。これからいっぱい歌おうね」
歓迎会に戻る前、言葉を交わす。宴もたけなわ。飲むほどに赤くなるめー姉とカイ兄。全く顔色が変わらない彼。わたしは、新しくできた兄の上。大きな彼の、膝の上。話したくて。構ってほしくて。よじ登った、膝の上。わたしの『指定席』となる、膝の上。あの日は『兄』と思っていた。他愛のない会話に、相槌をうち。笑い。はしゃぐ。楽しくてしょうがなかった
「でも神威サン。サムライっていうより『殿(との)』って感じだなあ。うんオレ『殿』って呼ぶよ」
「おい、変なあだなつけんじゃない」
「い〜じゃないの神威君。お殿様〜」
「うんっ決めた、今決めた。文句は許しませんの。先輩権限」
「権力乱用じゃな〜い」
「神威君、許したげて。こんなにハメはずしてるカイトあんまりないの。うれしいのよ、年の近いトモダチできて」
わたし達歌い手は、人里から離れた場所で生活する。プライベートをなるべく、見せないように。買い物も、極力協力者の店で済ます。スタッフなどに、年の近い人はいても、友達ではない。カイ兄は本当に嬉しかったのだと思う。友達ができて。相当、ハメをはずしていた。空になった彼のぐい飲みに、焼酎をなみなみとそそぐめー姉も、すごく楽しそうだった
「がっくん、たのし」
あの日のわたしが問いかける
「ん」
ふいを付かれ、不思議そうな顔をする彼に、たたみかける
「今日楽し」
ふっ、と息をつくと、頬を、目元を緩め、わたしの頭をわしゃわしゃなでる。たまらずに、ぴゃ〜と声をあげる
「たのしいね。ほんと楽しい。憧れのみんなに会えて。歌を、声を聴けて。聴いてもらって。こんなに歓迎してもらって。リン、君とも出会えて。ほんとに楽しいじゃない。幸せだよ」
リン、君とも出会えて。ほんとに楽しい。幸せだ。その言葉を、何度心の中で反芻したかわからない。宴が進み、うつらうつらし始めたわたしを、部屋までだっこで、連れてきてくれたのも彼だった
「おやすみリン、良い夢を」
初めて彼にかけられた、良い夢の魔法。幸福感に包まれて、眠りについたことを覚えてる。想いをはせていた私。鳥の鳴き声に、意識は今へと引き戻される。庭先で惚けていたか。いけない、いけない。午前中に、家仕事をしなければ。わたしは、記憶の森から帰ってくる—
- Re: はじまりのあの日 ( No.3 )
- 日時: 2017/09/24 18:18
- 名前: 代打の代打 (ID: d/GWKRkW)
家の中へ入り。早速皿洗いを開始する。本日、私はオフ。忙しくなったPROJECT。薄暗いうちから出かけていった家族に変わり、本日の朝食の皿を洗う。忙しいのはありがたい事だと、彼はよく言っている。BGM代わりにを点ける。ワイドショー、耳慣れたアニメソングが流れる。彼との始めてのボイトレはこの曲だったな。記憶の中へ、意識がまたも入っていく—
「おはようリン」
歓迎会翌日。起きると、彼はもう、カイ兄とキッチンに立っていた。半袖を着る彼の腕には、一カ所に包帯が巻かれている。その理由は後に知る。朝が弱いレン、めー姉はまだ起きていない。二連休の最終日。大人組は、もう歌い手としての活動で、生活を成り立たせている。まだ、子供だったわたし達は、彼らに養って貰っている状態。新しく来た彼もまた、必死に歌い、茨(いばら)の草場をかき分けて。わたし達を養ってくれた
「まだ、眠いんじゃない」
「おはよっ大丈夫だよがっくん。なになに、すっごくいいにおい〜」
逆に、彼の方が眠くなかったか。当時のわたしは思いも至らなかった。湯気を立たせる鍋、興奮しているカイ兄。漂うおいしい香り
「リン、すごいよ。殿もめちゃくちゃ料理、上手いんだ」
「いや、褒めすぎ。ま、リン早く顔洗って、朝ご飯にしようじゃない」
「やっほ〜」
歯磨き洗顔、着替え。済ませて戻ってくると、並べられている、豪華な朝食。炊きたてツヤツヤのごはんに、ふわふわのだし巻玉子。豆腐、長ネギ、油揚げがたっぷりのお味噌汁。中央には、カニカマとチーズが具の生春巻きと野菜サラダ。浅漬け
「わ〜すっごくいいにお〜い」
「ミク姉、がっくんが用意したんだよ〜」
「すっご〜いがくさんが作ってくれたんだぁ」
「うあ〜眠い〜」
身支度を終えたミク姉。レンを起こして、二人でキッチンへやって来る
「何にもできないけど、俺からの返礼だミク」
「ヘンレイって」
「昨日の歓迎会のお礼ってこと」
「なになに〜このいいにお〜い」
「ちゃんと歩いて〜め〜ちゃん」
二日酔いのめー姉、カイ兄に支えられ、起きてくる。全員がそろったところで
「「「「「「いただきます」」」」」」
差し込む朝日。漂う香り、鳥の鳴き声。彼と共にする、初めての朝食の時間。とても和やか
「〜〜っしみる〜二日酔いの朝の味噌汁っ。てか、神威君も、すっごく料理上手じゃない。お〜いし〜い」
味噌汁を含んで、これは堪らんとの表情、めー姉
「でしょ、めーちゃん」
「いや、みんな、褒めすぎじゃない」
「んま〜い。卵焼き〜。あま〜い」
「ああ、だし巻玉子ってんだ、リン」
カイ兄が作るのとは、味付けが違う卵焼き。この時一発で大好物になった代物
「はるまきおいしーっ」
「チリソースついてる、レン」
美味しさで、完全覚醒のレン。ソースを指で拭う優しい彼。自然体で自分の口に運ぶ
「ほひゃんとほ漬け物へっぴん〜(ご飯とお漬け物絶品)」
「ミク、口に詰め込みすぎじゃない」
こちらも、ご飯粒を取ってあげる。それを、自然体で口に運ぶと、カラカラ笑う彼
「さっきミクには言ったけど、俺からの返礼。勝手に食材使った上に、しょぼいモンですまない。改めて、これからよろしくたのむ」
ほんとうに優しい人なんだ。はじめて感じた時だった。談笑し、賑やかに朝食を終える『すごく美味しかった』彼のごはんに大満足のわたし達
「食器洗いくらい任せて。神威君のお味噌汁で、目も覚めたし」
めー姉の申し出。キッチンを後にする一同。リビングでくつろぐ。TVを点ける紫の彼。わたしは、さっそく彼を独占した
「がっくん〜」
TVを観ている彼の膝。遠慮も躊躇もなしに飛び乗って
「今日は、一緒にボイトレしよ〜ね」
「おわっとぉ、元気の塊が来た。よし、ニュース見終わったら、さっそく歌おうじゃない」
頭を撫でてくれる。その心地よい感触、初めて味わった。めー姉やカイ兄のそれとは異なる、至福の心地
「がっくん、ニュース見るの〜」
「よく見るな。ぶっちゃけ、ニュース以外は、スポーツぐらいしか見ない」
「え〜ニュ〜スつまんないよ〜」
「色んなニュース見て、世の中知らなきゃ。歌い手として大切なことじゃな〜い。一流目指すには〜」
彼の胸に背を持たれながら会話する。会って二日目で、よくこれだけ図々しいことができたものだと、今は思う
「え〜」
「イイコと言うね、殿。レンもミクも見習わなきゃね〜」
「「え〜」」
ニュース番組が好きだということを、初めて知った。あの時、ニュースは嫌いだった
「ま、今日はさっそく歌おうじゃない、リン」
「やった〜」
と言って、彼はこのアニメ映画の曲を共に歌ってくれたっけ。今でも思う『優しい人』だと。記憶の部屋、早々に引き上げ皿洗いに集中する—