二次創作小説(紙ほか)
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- Re:Re:ポケットモンスター REALIZE
- 日時: 2024/03/05 19:54
- 名前: ガオケレナ ◆DsVre1ex/o (ID: xPOeXMj5)
はじめまして。これまで二次創作板(総合)にて同名の作品を書いておりましたガオケレナです。
この度、より書きやすい場を求めて移設することとなりました。移設作業が終わり次第こちらで続きを書く予定です。宜しくお願いします。
現在のあらすじ
一番の仲間を失った深部集団最強と言われている青年ジェノサイドであったが、世界を一変しかねない騒動を収めて以降平穏な日々を送っていた。
そんなある時、これまで確認されることの無かった"メガシンカ"が発現したという噂を聞き、調査へと乗り出す。
それと同時に、深部集団の世界では奇妙な都市伝説が流布していた。結社の人間を名乗る男の手紙を受け取った組織は例外なく消滅してしまうという、悪戯にしては程度の低い噂。
メガシンカを追っていたジェノサイドの元に、正にその手紙"解散令状"を受け取ってしまった組織の人間が現れて……。
結社。それは、深部集団そのものを含めた裏社会全般を作り上げた、大いなる存在。それが今、ジェノサイドと相見える。
第一部『深部世界』
第一章『写し鏡争奪篇』
>>1-7
第二章『シン世界篇』
>>8-24
>>8-10 堕天狗と雷の包囲網
>>11-13 包囲網第二幕・妖精の王
>>14-16 激闘 ライブハウス
>>17-19 暴かれた真実、膨らむ疑惑
>>20-24 霊峰の戦い
第三章『深部消滅篇』
>>25-
>>25-28 メガシンカ発現
>>29-31 解散令状
>>32-34 メガシンカの恐怖
>>35-40 平穏なる港町、横濱
>>41-43 夢の国での悲劇
>>44-47 同士諸君よ、戦いの時だ
>>48- 叛乱
>> 後片付け
第四章『世界終末戦争篇』
>> 不協和音
第二部『世界の真相』
第一章『真夏の祭典篇』
>>
第二章『真偽の境界篇』
>>
第三章『偉大な旅路篇』
>>
第四章『タイトル未定』
>>
第五章『タイトル未定(最終章)』
>>
〜あらすじ〜
平成二十二年(二〇一〇年)九月。ポケットモンスターブラック・ホワイトの発売を機に急速に普及したWiFiはゲームにおいてもグローバルな交流を果たす便利なツールと化していった。
時を同じくして、ゲームにしか存在しないはずのポケットモンスター、縮めてポケモンが現世において出現する"実体化"の現象を確認。ヒトは突如としてポケモンという名の得体の知れない生物との共生を強いられることとなる。
それから四年後の二〇一四年。一人の青年"ジェノサイド"は悲観を募らせていた。
世界は四年の間に様変わりしてしまった。ポケモンが世界に与えた影響は利便性だけではなく、その力を悪用して犯罪や秩序を乱す者を生み出してしまっていた。
世はそのような悪なる集団で溢れ、半ば無法な混乱状態が形成される。そんな環境に降り立った一人の戦士は数多の争いと陰謀に巻き込まれ、時には生み出してゆく。
これは、ポケモンにより翻弄された世界と、平和を望んだ人々により紡がれた一つの物語である。
【追記】
※※感想、コメントはお控えください。どうしてもコメントや意見等が言いたい、という場合は誠に勝手ながら、雑談掲示板内にある私のスレか、もしくはこの板にて作成予定の解説・裏設定スレにて御願いいたします。※※
- Re: Re:Re:ポケットモンスター REALIZE ( No.36 )
- 日時: 2023/10/31 20:16
- 名前: ガオケレナ ◆DsVre1ex/o (ID: QVI32lTr)
休日になると普段は遅い時間に起きるジェノサイドだったが、今日は珍しく早く起きることが出来た。あらかじめ暗示していたせいだろうか、目標の時間ピッタリだ。スマホのアラームといったものは何も使っていない。
今日は十一月の十六日。日曜日だ。
以前、大学サークルで日曜に皆で集まることが決まっていた。この後ジェノサイドは友人たちと横浜へ行く。その為に早起きしたのだ。
ジェノサイドは部屋にある時計を見た。朝の七時。特に理由も無く目標の時間としたものの、これといってやれる事が無い。食堂に行けば朝食を用意してくれるかもしれないが、もしかしたらまだ準備中かもしれない。そう思うと中々部屋から出られなくなる。
ジェノサイドは机の引き出しからプラスチックの小物入れを取り出した。中にはメガストーンが幾つか入っている。ジェノサイドはケース越しに新たに手に入れたメガストーンを強く眺めた。
昨日は何も予定が無く暇だったので、一日をメガストーンの探索に費やした。お陰で昨日だけで五個も集まった。
「これまでに手に入れたメガストーンはギャラドス、サーナイト、ジュペッタ、ヘラクロス、フシギバナ、リザードンY、ヘルガー、フーディンか……有用なのもあるけどハズレも多いな。メガシンカは種類多いから仕方ねぇけどさ」
一人呟くとジェノサイドはケースを机の引き出しに戻した。最初こそはこの引き出しに鍵でも付けようか悩んだが、この組織には自分の部屋に勝手に転がり込む不届き者や、引き出しを勝手に開けたり物を盗るような非常識な人間は居ない。これだけでいいのだ。
変化は他にもある。机の上に、白い杖が置いてある。杖と言っても歩行用のそれではない。三十センチメートルほどの大きさで、手に持って振るったり、黒板を指したりする時に使う指示棒のような代物だ。手で握る部分にキーストーンが嵌め込まれている。組織の人間に作らされた、メガシンカに必要なデバイスだ。
「……」
時間稼ぎをしたつもりだったが、五分ほどしか経過していない。それは、あまりにも退屈すぎた。
「しゃーねぇ。とりあえず行くか」
ジェノサイドは特に何も持たず部屋を出る。
食堂に入ると、自分以外の利用者は一人だけだった。それも、テレビ近くに陣取っては画面を凝視している。
この組織の人間たちは自分に似て早起きは苦手のようだ。
「あれぇー? レン君? こんな時間に珍しいねー。おはよう、どうしたの?」
「秋原……お前もう準備してたのかよ早ぇな。」
調理場からひょっこりと顔を出してこちらに声を掛けてきたのは秋原友梨奈。ジェノサイドにとっては今となっては数少ない、高校時代から交友関係を持った友人の一人だ。
彼女は組織ジェノサイドの非戦闘員ではあるが家事が得意なため、食堂で日々構成員のために料理を振舞っている。
「悪い秋原。朝飯ってまだ出来てないよな?」
「うーん……。目玉焼きで良ければすぐにでも。ご飯付ける?」
「トーストで頼む」
親子のようなやり取りを交わしてジェノサイドは適当に目に付いた席に座る。
その途端、ジェノサイドは物思いに耽る。
今日の横浜での集合時間は十一時。なんでも、昼は中華街で済ますらしい。ジェノサイドはどのタイミングでメガストーンを探そうかとか、五百城あたりが邪魔して来ないなど余計なことばかりを考える。
「はい、どうぞ」
秋原が席まで調理済みの朝食を持って来てくれた。塩胡椒が振られた目玉焼きと綺麗に切られたトマトとレタスが添えられている。トーストも一緒だ。
「早っ。もう出来たのか」
「そんなもんでしょ」
体感では二分と経っていなかったようにも感じられたが、そんな事は無いようだった。ジェノサイドはすぐに食べ始める。
「今日は何処かへ行くの?」
「あぁ。大学の友人たちと遊びに。横浜まで行ってくるわ」
見ると、秋原は隣に佇んで食事しているジェノサイドを眺めている。ちゃんと仕事しろとからかいたくなったが、生憎自分以外に食事を待つ人は居ない。
「そう、仲良いんだね」
「かもな。友人の中にこっちの方であまり遊んだ事がない奴がいてさ、折角だからと何人か巻き込んで散策する事にしたよ。あ、あとそれとミナミ連れて行くわ。大した事じゃないんだけど念の為にね」
「ミナ……ミ……? 誰それ」
秋原の嘘偽りないその反応を見てジェノサイドは少し笑いそうになった。とは言え、交流が無ければ知らないのも無理は無い。彼女は組織の人間とはいえ、私用を除けば食堂から出た姿を少なくともジェノサイドはほとんど見たことがなかった。最近入って来た深部集団の人間だと伝えておいた。
「それって大丈夫なの?」
「問題無いでしょ。身分隠せば見分けなんて付かないし。ちょっと用があって一緒に居なきゃいけなくてな。まぁ、大した事じゃない」
秋原は何か言いたげな、不満そうな表情を一瞬見せるがジェノサイドはそれに気付く事は無かった。ご飯もそろそろ食べ終わるという頃に秋原がコーヒーを飲むか尋ねてきた。
「ホットを一杯頼もうかな」
「元からそれしか無いよ今日は」
そう言って戻った秋原だが、既に淹れていたのかすぐにこちらにカップを持ってやって来る。
「思ったんだけど、今日はレン君が案内する感じ?」
「そうだな。横浜在住の奴も居ることには居るが、俺だって案内出来る。何度か来た事あるしな」
「最後に横浜行ったのって……」
「ゆーて三年前の春だけども」
「行ったよね、高校のみんなで。楽しかったなぁ……」
三年前の五月。二人は学校の行事で横浜に行っている。その時の記憶が未だ鮮明に残っているのだ。
「あれから色々あったよね、私たち」
「あぁ。本当に。……本当に色々あった……」
二人だからこそ分かる。秋原はジェノサイドほど当事者でないにしても、その事情については痛い程分かるのだ。
「さてと。あまり準備が滞っていると遅れるし、俺はミナミ起こしに行ってくるわ。時間あったら何かお土産買ってくるよ」
「ありがとう、レン君」
コーヒーを飲み干し、テーブルに置くとそう言ってジェノサイドは食堂を出た。
†
「おや、おはようございます。ジェノサイド様」
「いつからここはお前らの部屋になったんだよ……。まぁここに居ると思って来た俺も俺だが」
ジェノサイドは彼等が居るだろうと読んで談話室へとやって来た。自分好みの部屋に模様替えしたはずなのだが、いつの間にかミナミとレイジに奪われている。彼等が此処にやって来た時に部屋を充てたはずなのだが、何故か二人はこの部屋で生活している。確かに、この部屋には他には無いシャワールームなどがあるため、特にミナミが好んで使っているのは容易に想像出来る。尤も、本来この部屋は誰もが利用出来る共用スペースだ。そのため、今のジェノサイドみたいに突然他人が入ってくることもある。レイジはそうでもないが、ミナミは当初嫌な顔をしていたらしいが今は慣れたようでそんな反応も無いようだ。そもそも、元からこの部屋を利用するのがジェノサイド本人ぐらいしか居なかったのだから大きなトラブルなど起きるはずもない。
「てか、お前起きるの早いな。いつもこんなもんか?」
「若が起きれば私も起きます。私が若を守る最後の砦のような存在ですからね」
「それをヤツも自覚していればいいがな……」
レイジは自信満々と言いたげに笑顔を魅せた。二人の仲がどんなものかまだよく分からないジェノサイドではあるが、レイジが思うほどミナミも彼を溺愛している訳ではなさそうだ。
「んで、そのお前が守るべきミナミの姿が見えないんだが……」
「決まっているじゃないですか、あちらですよあちら」
そう言ってレイジはシャワールームを指す。
「あいつこんな時間から風呂入ってんのかよ。これから出掛けるとは伝えていたからその為か?」
「若は一日に二回は入りますよ。どんな日でも必ず。ところで今……」
「おいおい、あまり長風呂されると困るんだけどなぁ!? 大丈夫なんだろうな、俺はちゃんと伝えたぞ今日の予定について!」
「何処か行かれるのですか? 若と一緒に?」
レイジは若干笑顔を引きつらせる。遮られても尚尋ねるところを見るに、外見以上に必死なようだ。
「あぁ、まぁな……。お前には言ってなかったなそう言えば。これからミナミ連れて横浜行ってくるわ。どうしてもミナミの手を借りたいもんでな」
「デートですか!? デートなんですね!? 若いお二方が若者に人気のデートスポットに行かれるとは! お義父さんはそんな勝手許しませんよっ!」
「デートじゃねぇよ! 俺の大学の友人も一緒だわ! ……てかお義父さん呼びを自分からすんな気持ち悪ぃ」
「お前にお義父さんと呼ばれる筋合いはなぁぁぁぁぁぁい!」
「勝手にエキサイトしてんじゃねぇ! いい加減黙れ!」
会話に熱くなりすぎたせいか、二人とも荒く息を吐く。ジェノサイドとしてはこのやり取りがネタだと思いたかったが、レイジはどう思っているのかが不明瞭だ。仮に本気で言っていたとしたらその愛はかなり強く、重いものとなる。
「人生に一度は言ってみたくてですね……」
「物好きにも程があるだろ。てかお前、仮にだぞ? 仮にミナミが結婚するってなったら今の台詞言うのか?」
「言うかもしれませんね。言いたくなるかもしれませんね」
「あ、あぁ……そう……」
レイジの想いに負けたジェノサイドはドン引きし、会話も大人しくなって暫く経った頃にミナミはやっと風呂から上がった。
†
「今日横浜行くって言わなかったっけか?」
「聞いてたよー。だから準備したんじゃん」
一切悪びれる様子の無いミナミにジェノサイドは心の中でため息をついた。その原因は時間にある。
「あのなぁ、基地から横浜まで電車で二時間は掛かるんだよ。それで集合は十一時。遅刻するかしないかのギリギリなんだわ今」
「ん? ポケモンで行かないの?」
「こんな季節に東京の西から神奈川の東までとか無理に決まってるだろ……外の目も気になるし」
二人は今、基地のある林を抜けて駅へと向かっている。珍しく交通機関を使う理由はたった今ジェノサイドが述べた通りだ。
「ポケモンを使うのってそんなにダメなの?」
「ダメって程じゃないが、世間一般からするとポケモンを好きなように操れる俺たちを見る目は羨望や憧れとかよりも恐怖の方が強い。俺たちからしたらそうでもないが、そういう人たちからすると珍しいんだよ俺らは。深部集団自体かなりの少数派だからな」
「ふーん。あまり気にした事無かったかも」
「ったく……」
会話が続かない。無言の時間が多い気まずい雰囲気の中、二人は駅に着き、少し待って目当ての電車へと乗り込んでゆく。
目的地に着いたのは集合時間を数分過ぎた頃だった。案の定他に遅れた者はなく、皆が隠を待っている。
「あー……ごめん皆。ちょっと遅れた」
「いつも通りだろ。普段より若干早いかもしれない」
樋端駈がやや強めに隠の肩を何度か叩きながら笑う。見れば確かにそこに居る誰もが笑っているか、呆れているか、そもそも興味を示すことなく誰かと会話しているかのどれかだった。気にする程でもないのかもしれない。
「そうなると、これで全員か。……あれっ? 先輩?」
見れば、自分たち二年生で作られた塊とは別に、もうひとつ別の塊があった。自分らよりふたつほど学年が上の先輩たちだ。
「やぁレン君。暇だったから皆で来ちゃったよ」
大柄な身体を揺すりながら波多野幸宏が声を掛けてきた。特徴的なハスキーボイスですぐに彼だと分かる。
佐野宏太や篝山淳二の影に隠れがちだが、彼はこのサークルの現会長だ。それに見合ってかポケモンも強い。少なくとも佐野よりは強いとの噂である。
「波多野先輩、少しなら来るかと予想はしていたんですけど……まさか全員ですか……」
「うん、あまり無い機会だしね」
そう言う波多野の後ろにはサークルに所属している四年生全員が居る。名里桃花が隠にも聴こえるように二年生だけのイベントだったのに、などと言っていたがそんな事を言いつつも彼女も嬉しそうにしている。
「桃花の言う通り、本当は二年だけで集まる予定だったんだよね、すまんな。皆来る事になっちゃって」
自身の彼女である名里の代弁でもするかのように、篝山がやや申し訳なさそうに言ってきたが、このサークルの二年も四年も大らかだ。気にする人間など居ない。
「別にいいですよ。先輩たちもあと数ヶ月で卒業ですし、皆と居られる内に居ましょうよ」
「レン君……優しいのう」
「……とりあえず向かいましょうや」
しんみりしている篝山を躱して、隠は今回の主役と勝手にイメージしている五郎川宏に声を掛ける。
「お前中華街とか初めてだっけ? とりあえずそっちから行こうぜ。その為に関内駅に集まったもんだしな」
「それは良いんだが……レン、ひとついいか? その子は誰だ? 彼女?」
恐らくここに居る誰もが思っていたであろう事柄を、五郎川が代表して尋ねた。"その子"とは当然ミナミの事だ。サークルの人間はミナミはおろか、彼の深部集団の人間の一切を知らない。
「あー……。まぁ友達だ。今日ちょっと散策以外にも個人的に目的があってな、それで……」
「てめええええええ!! オメーも彼女かよおぉぉぉぉぉ! しかも予告無しに連れて来てんじゃねぇよぉぉ! ノロケやがってぇぇ!」
「だァから彼女じゃねえって言ってんだろうがァァァ!!」
男子校のようなノリを穂積裕貴から振られた隠はデジャブを感じつつ絶叫する。ジェノサイドとしての、基地での佇まいと真反対のものを見せつけられたミナミはただただ固まるのみだった。
- Re: Re:Re:ポケットモンスター REALIZE ( No.37 )
- 日時: 2023/11/15 18:55
- 名前: ガオケレナ ◆DsVre1ex/o (ID: 74mf9YND)
関内駅の目の前の横浜スタジアムに沿って歩く事十五分。中華街の門が見えて来た。
朱色の門をくぐるとそこは別世界だった。
煌びやかな光が漏れている店の数々、食欲をそそる香り、ごった返す人々。適当に眺めていると甘栗を売っている屋台もある。
「おー、いいねぇ! これが中華街かぁ……。早速なんか食おうぜ」
五郎川宏が嬉しそうに皆の顔を見回しながら尋ねる。
「どこでなに食おっか?」
「何を食べたいかによるだろ」
地元が近い穂積裕貴は涼しい顔をしている。特に真新しいものはなく、見慣れた光景だ。しかしその裏で、何処に連れて行けば五郎川が喜ぶかを必死に考えている。
「あれ? 先輩たちは?」
隠洋平が自分たちが作った集団の影の数が少なくなっている事に気付く。振り向くと先輩たちの誰もが居ない。
「あ、ほらあそこに居るぞ」
樋端駈が指した方向にあったのは「特大肉まん」と掲げられた看板の屋台。そこに作られた行列にて既に先輩たちが並んでいる。
「行動早すぎんだろ」
「なーなー、レンはどうする?」
残りの二年生たちは二年生たちで纏まって相談をしているらしいが上手く決まらなかったようで、五郎川が彼の方を見る。
佐伯慎司はこういう時自分から意見を出さない。樋端はこの手の事情には弱い。穂積に関しては、
「やっぱラーメンかなー。いっその事食べ放題とか? いや、金掛かるよなぁ……」
などとブツブツ呟いている。
「何で今日に限って御巫が居ないんだよ……」
「あいつ今日バイトって言ってたぞ」
隠が御巫美咲の名前を出した理由は、彼女が仕切りたがりな面があるからだ。こういう時サッと答えを出して皆を導いてくれる。それもあってか、彼女は来年度のこのサークルの会長に選ばれてもいる。
「とりあえず、食べ歩きにするか店にするか決めようぜ。間違っても両方はダメだ」
「え? なんで?」
五郎川がとぼけた顔をする。彼は此処が初めてだからいいものの、彼でなければ殴りたくなるような衝動が生まれる、そのような顔だった。
「ここの大体が優しいんだ。店行けば安く済むんだがそれに反してボリュームが半端無い。そんな状態で食べ歩きでもしてみろ。死ぬぞ」
「マジか。すげーな中華街!」
などと話している内に先輩たちが戻ってきた。謳い文句が事実であるかのような大きな肉まんを数種類抱えている。
大三輪真姫が今から自分たちがお店に寄る事を彼等に伝えた。彼女も横浜出身の人間だ。中華街でのオススメのお店の一つや二つくらい平気で提示出来る。彼女を先頭に二年生で作られた塊が動き出した。
しかし、その途中に隠が集団から抜ける。
「あれ、レンお前どうした? 道間違えたか?」
「あー……。いや、そうじゃなくてな。俺やっぱ食べ歩きにするわ。金無ぇのよ」
「え、なんで? これから行くの安いとこだよ? レンも行こうよ」
「大三輪、この人数で入れる店なんて食べ放題ぐらいのデカい店しかねぇよ。だから俺は今から行く店がどんなのかを知ってる。けど、そこまでの金が無いんだ。悪いけど皆で楽しんでくれ。俺は適当に安く済ませつつ色々見て回ってるからさ」
そこにいる誰もが、特に五郎川が意外そうな顔をした。中華街に行こうと最初に言い出したのが隠だ。そんな彼が突然別行動すると言い出したのが妙に引っ掛かる。
「えっ。じゃあウチもー」
そう言ってミナミも集団から抜けて隠の隣に立った。その瞬間。何かを察したような雰囲気が彼らの中に生まれる。
「あっ、察し」
「"察し"の部分まで口に出す奴初めて見たぞ俺は! だからそういうんじゃねーから! 変に勘違いすんじゃねーぞ佐伯ィ!」
そう言って隠はその場から走り去った。丁寧にミナミもついて行っている。
「こっちは何も言ってないんだけどなぁ……」
「まぁまあ、恋愛し始めの熱々カップルなんてそんなモンでしょ」
若干ふざけた意識はあった佐伯の横でニヤニヤと笑う大三輪。無駄に団結しているせいでこの手の話題が少ないせいか、他所からネタが持ち込まれると過敏になるようだ。そんな雰囲気がこの二年生の間には生じている。
†
「ねぇ……ちょっと! 待ってよ!」
目的の場所まで走って行きたかった隠だったが、人が多すぎてそれが出来ない。自然と早足になる彼はミナミとの距離を離していく。
「ねぇ何? 皆にウチの事話してなかったの?」
「まぁ……な。ちょっと説明しづらくて」
ふとしたタイミングで空いた空間を縫うように小走りで抜けてミナミは彼に追い付いた。
「なんでよ。それくらい簡単でしょ。深部集団の仲間です、くらいさ」
「それがマズイんよ」
「?」
ミナミは、隠が彼らと深部集団を巡ってちょっとした騒ぎになった事を知らない。隠としては自分が深部集団の人間としてバレてしまった以上、余計な恐怖や不信感を与えないためにサークル脱退も考えていたほどだ。だが、諸々あってそれは不問となっている。
「まぁとにかくだ。お前を連れて来た目的のひとつを此処で達成しちまおう」
「ウチを連れた理由? そう言えば何なのよ」
「メガストーンだ。この街に一つある」
「はぁ? 意味分からないんですけど」
そう言うミナミを無視して隠は地図で示された地点へと到着する。
そこには飲食店が立ち並ぶものとは違う景色が広がっている。
「うわ……これは、何? お寺みたい」
ミナミが指した建物はお寺ではなく関帝廟と呼ばれる建物だった。文字通り三国志の英雄、関羽を祀る施設だ。
「此処にメガストーンがあるの?」
「そのようだ。試しにお前取ってきてくれねぇか?」
「えっ!? 何でウチが!? 嫌よウチそのせいで余計な戦いになんか巻き込まれたくないんですけどっ!」
「お前メガストーンを何だと思ってんだ」
そう言いつつある二人だったが、薄暗い廟の中を歩くと不自然に輝く光源を認める。
「……見えるか」
「えぇ……」
隠としては不思議でしょうがなかった。ここまで人が多い中でメガストーンが光を放っているにも関わらず、その反応が地図から消える事が無い。少なくとも先週から常に地図上では目の前のメガストーンが反応している。
「まず俺が取る。その後にお前から見て何か変化があったら言ってくれ」
そう言って、隠は手を伸ばした。
†
「なぁ、リーダー居るか?」
「何かあったんですか?」
深部集団のSランク組織、『ジェノサイド』の基地で居留守を頼まれた構成員たちは各々が自分の時間を楽しんでいる。ある者は仲間とポケモンで対戦をし、ある者は読書をしているところをバトルの観戦をしろとそのバトルへと巻き込まれ、またある者は気難しい顔をしている。
そんな、多くの人間の景色が見られる基地の広間にて、構成員の一人リョウが尋ねるような口調で叫ぶ。彼に反応したのは読書していたところをケンゾウに邪魔されたハヤテだった。
「いやぁ何かあったって訳じゃねぇんだけどさ……」
リョウはスポーツ刈りにした頭を搔く。何でも、外部と思われる怪しい人間が基地の周りをウロウロしているらしい。
「基地の周り? という事は地上でだよね?」
話し相手がジェノサイドでないと分かると、ハヤテは口調を変えた。誰が相手でも敬語になりそうになるのは彼の一種の癖のようだ。
「まぁな。よく居る廃墟マニアが工場を見ているだけかもしれないが、その割には何かを探しているような素振りしてんだよね」
「どうしてそれが分かったの? やっぱりカメラ?」
リョウは無言で頷く。ジェノサイドの基地は地上に立てられた、廃墟と化した工場の地下に作られている。外から見る分にはそこに百人規模の人間が住んでいるとは見えない造りになってはいるが、彼等が在籍しているのは全てが赦されている世界だ。念には念をと地上の工場には怪しい人間が来ないかカメラを幾つか忍ばせている。
「相手は? 一人?」
「一人だな。それも女っぽい」
「うーん、分からないなぁ……。まだ怪しい行動するようだったら物陰から脅かして立ち去らせておいて」
「分かった、もうちょっと様子見てくるわ」
そう言ってリョウは広間を出た。
と、思ったらすぐに戻って来る。
「改めてカメラ全部見てみたけどなんか居なくなってたわ。迷って此処まで来たか、ただの廃墟好きのどちらかっぽい」
「……だと良いけどね」
ハヤテは不安が混ざった溜息を吐いた。
†
「メガストーンね」
「あぁ、間違い無い」
横浜中華街にある関帝廟にて、隠とミナミは二人してしゃがみ込んでは彼の掌にある黄色いメガストーンを見つめていた。
色合いを見るにデンリュウナイトのようだ。
「あれから何か変化はあるか?」
「うーん……。あれっ?」
唸ったはずのミナミはデンリュウナイトが落ちていた地点の方へ向いては不思議そうな声を発する。そして、彼の肩を物事を急かしているようなリズムで素早く叩く。
「ねぇ、えっと……レン!」
「お前まで"レン"呼ばわりかよ……別にいいけど。どうした?」
「メガストーンが。まだそこに落ちてる!」
「は?」
その報告に単純に驚いた隠はそこへ意識を移す。だが、隠の目にはメガストーンも落ちていなければそれを示す光も無い。
「ミナミお前……何を言ってるんだ? メガストーンならついさっき俺が取ったろ。俺の目には何も見えない。別の物体の反射した光か何かと間違えたんじゃないか?」
「そっ……そんな事ないよ! ウチには見える! ……ちょっと待ってて」
ミナミはそのまま腰を上げて数歩静かに歩く。メガストーンの地点は目と鼻の先にあるので他の参拝客が多いという以外に懸念点は無い。実際なんの問題も無くミナミはその場に立ち止まっては屈み、手をかざした後にこちらへと戻って来た。
「……ほら」
「信じらんねぇ。これはどういう事だ?」
ミナミの手にも同様にデンリュウナイトが握られていた。
それから暫く経った頃。
「あ、もしもし? 佐伯? 今どこにいるかって?」
思いがけない結果となったものの、目的のひとつを果たした隠は別行動となってしまった佐伯と連絡を取っていた。隠とミナミの二人も既に食べ歩きからの昼食を終えている。
何処にいるか、と問われて隠は静かに辺りを見回す。そこにあるのは、お世辞にも綺麗とは言えない水を湛えてはいるが静かな港とそれに面して広がっている綺麗な公園だ。
「山下公園。って言えば分かるかな? そこに俺と友達のミナミと二人で居るから合流しようぜ。ゆっくりでいいよ。皆ペースバラバラっしょ? 昼? もう食べた」
通話を切ったタイミングでミナミが傍に寄ってきた。彼女はその腕に天津甘栗の赤い袋を抱えている。
「どしたの?」
「さっき別れた友人から。今居る場所を聞かれたから山下公園とだけ答えといたよ。じきに皆来るから少し此処で待ってるか」
そう言うと隠は手頃な芝生を見つけるとその場で寝転ぶ。頂点の陽射しが眩しく、暖かい。気温、潮風、陽の光、静かな風景。それら全ての要因が今の隠にはとても心地良く感じられる。
「いつ来るの?」
「分からねぇな。この後は公園突っ切る散歩道沿って赤レンガ倉庫寄ったり、すぐ隣の遊園地で遊んで最後にランドマークタワーっていう予定だから奴等は必ず此処には来るが、あいつらは団体で行動している癖に協調性がゼロだからな。全員が全員歩くペースバラバラだし、勝手な行動取る事もあるようなマイペースぶりだ。だからかなり遅いかもしれない」
「えーっ、何ソレ退屈なんですけどー。戻って合流した方がよくない?」
「手間掛かるだろ。それにお前今更中華街戻って何すんだよ。中華まんと水餃子に月餅まで食べて今も甘栗頬張ってんじゃねーか。まだ食い足らねぇって言うのかよ。あっちの観光地らしき観光地も関帝廟くらいしかねーぞ。俺の知る限りでは」
早口で一気に喋ったからか、少し疲れた気がした隠は目を瞑った。
今の彼に届くのは木を揺する風の音のみである。
「……ねぇ」
どこか思い立ったような表情をしたミナミは隠の隣に静かに座る。
「ねぇレン」
「聞こえてるよ」
「どうしてあんたはジェノサイドで、深部集団に居るの?」
「話題変わりすぎだろ」
多少の時間を犠牲に、仲が縮まった"仲間"からは決まって問われる質問だった。隠としても何度訊かれたかもう既に覚えていないほどだ。
隠は一呼吸置いて目をゆっくり開ける。
「そうだな……。俺や"俺たち"がジェノサイドとして活動する理由はただ一つ。ポケモンの保護だ」
「それは違う! ……あ、いや……えっと、違うって事はないんだけど……」
予想していない返事が来たせいかミナミは慌てる。元来の性格らしく喋るのが苦手そうだ。思えば初対面の時も一言も言葉を発する事がなかったはずだ。
「なんて言うのかなぁ。あんたが"ウチらの世界"で行動するには目的や理由がまだまだあるような気がして……ね」
「本気度が違うとか、真面目とかか?」
ミナミから返事が無かった。代わりに頷きのひとつでもしていたかもしれないが、隠はそちらを確認していない。
「どーなんだろうなぁ……。ぶっちゃけ理由なんて幾らでも作る事は出来るさ。俺だってジェノサイド結成当初は成り行きでこうなっちゃった訳だから目的らしき目的も定まって無かったし。そこで半ば苦し紛れに作った言い訳が"悪用されかねないポケモンそのものの保護"については否定出来ないかもな」
「成り行きって……」
「そういうお前こそどうなんだよ。そこらに居そうな高校の制服着ながら街歩いてる学生とそんな変わらないお前が、何で深部集団っていうアウトローな世界に身を置いているんだか」
「もうウチは高校生っていう年齢じゃありませんからーっ!」
「喩えで言っただけだよアホか。とにかく、今日はアイツらも居るし深部集団の話題はナシで頼むわ。ほら、丁度アイツら来たし」
「むっ、上手く逃げたなぁー」
隠は芝生から立ち上がり、手を振る。その先には歩くスピードが違うせいで二年と四年とのグループの間で差が広がっている集団が居た。
†
「おいレン〜。お前なんで離れたりしたんだよ。皆で飯食えば良かったのによォ」
「悪い悪い、俺は俺でちょっとやりたい事あってさ」
目当てのグルメは堪能出来たが全員が揃っていなかったという事で残念そうな口振りだった五郎川との会話に、大三輪が乱入する。
「やりたい事って何? 二人じゃなきゃ出来ない話?」
「お前は引っ込んでろ。変にニヤニヤしてんじゃねぇ」
そう言っては彼女の頭を押し出す。女性に対する振る舞いでないのは自覚しているが、そういうものが通じるのがこのサークルの集まりなのもまた事実である。
「ところでレン君、此処を合流地点にしたのは何か理由があるのかなぁ?」
そんな後輩たちのやり取りを見ていた佐野宏太がこの場にいる誰もが思った事を代表して投げる。地図を見れば通過地点と言うのは分かるのだが、どうもそれ以外の理由がありそうな気がしてならないのだ。
「そうですね。それについてなんですけど……」
隠はスマホを取り出しつつアプリを立ち上げる。勿論例の地図アプリだ。
「なんだ? レンお前場所分かんねぇの? 案内なら俺がしようか……ってお前その地図何だ? なんか変な反応あるけど」
穂積裕貴が顔を覗かせる。穂積にとってもメガストーン探索用の地図アプリは不可解なものに見えるらしい。
「メガストーンだ。この近くに埋まってる。それに関してちょっと皆に手伝って欲しい事があってな……」
一番近い反応はこの公園内にあるものの、少し離れているようだった。隠は先頭に立つとついて行くように、というジェスチャーをする。
一行は少し歩いた。途中、氷川丸という、常時係留されている黒い船を通り過ぎたあたりで隠は立ち止まった。
そして、その様子を見ていたらしき人影もベンチから立ち上がると彼に忍び寄って来る。
「すいません、突然失礼します。少し宜しいですかな?」
その人影は丁寧な口調で隠を呼び止めた。
彼は誰とも知らないそれを見て怪訝な表情を見せる。
初老の男性だった。クリーニングから出たばかりのような綺麗な黒いスーツを着用した、どこかただならぬ身分を思わせる反面、優しい顔をしており、好々爺といった印象がまず初めに飛びついてくるような外見のお年寄りな男。整えているのかは分からないが、白く小さい口髭を生やしている。見ればその髪にも白いものの中に黒い髪がほんの数本紛れている。
「隠……洋平さん、かな?」
「失礼ですが貴方はどちら様で?」
「貴方は隠洋平さんでいらっしゃいますか?」
「いいえ。人違いですね。私じゃありません」
嘘だった。隠は深部集団絡みの余計な問題を生み出さないために本名は可能な限り秘匿している。こちらの質問に答えなかった時点で"知らない人"から"話を聞かないせっかちな少し怪しい人"へと変化する。
一見すると嘘には見えないその自然な対応に、初老の男性は小さく笑った。
「中々……面白い方で。どうやら人違いだったようで。失礼しました、ジェノサイドさん」
初老の男はそう言って背を向けて立ち去ろうとする。
隠は心臓を鷲掴みにされたような気分の、嫌な胸騒ぎを覚えつつもその男を呼び止める。
男はそれすらも"フリ"であったと言いたげに優雅に体を回転させては再び隠と相対する。
「アンタは……何者だ」
隠にとっては目の前の男が恐ろしく感じた。深部集団における渾名だけでなく、本名までも押さえている。渾名を知っている以上、少なくとも"そちらの世界"を把握している人間だろう。つまり、一番知られてはならない情報を手にした人間とぶつかってしまった格好となる。
そして、隠の背後には深部集団を知らない友人たちも居る。彼等を巻き込みたくなかったが故に正に最悪のタイミングと言えるだろう。
「私は……神々廻」
初老の男性は微笑むと軽やかに名乗る。
「中央議会下院議員の神々廻実と申します。この度は初めまして、隠洋平改め……。ジェノサイドさん」
絶対的な立場とは裏腹に、神々廻と名乗った男は深くお辞儀をした。
- Re: Re:Re:ポケットモンスター REALIZE ( No.38 )
- 日時: 2023/11/15 18:57
- 名前: ガオケレナ ◆DsVre1ex/o (ID: 74mf9YND)
「怖い顔をしているね?」
神々廻実と名乗ったスーツ姿の老人は、そう言いつつも笑顔を絶やさなかった。
「少し、お話があるんだけど……宜しいかな?」
「先生、彼は……」
「いいんだよ。私なら平気だ。彼と話がしたい」
時間を取られたくなかったからだろうか。神々廻の後ろに控えていたスーツ姿の男が横槍を入れようとするも、本人がそれを跳ね除ける。見た目と距離感から察するに彼は秘書のようだった。
「いいかな?」
「申し訳ないが今はダメだ。"ヤツら"も居る」
隠はそう言って意識を後ろに集中させる。振り返るまではしなかったが、一瞬だけ首と目を動かす。彼らは見えなかった。
それと同時に、ダークボールを掴んでは彼等に見せびらかした。その気になれば動くぞ、という隠なりのメッセージだ。
「では、二人でどうだろうか? そこにベンチもある」
「お互い手出しをしないと約束するなら」
「よし。いいでしょう」
そう言うと神々廻からベンチに腰掛けた。その隣に、隠が座るには余裕のある空間が出来る。
隠は念の為にと誰にも気付かれないように"イリュージョン"を込めながらゾロアークを放った。隠に何かあった時のための予防策だ。
「まずは……。怖がらせてしまって申し訳ない」
隠が座ってすぐに神々廻は再び頭を下げた。
「君の事は今日此処に、この街に居るとハッキリと分かるまで多くの事を調べておいたんだ。君は……何度か議員さんと戦っているね?」
「流石は議員サマ」
「いやいや、ちゃんと理由も調べた。その上で判断したんだ。君は"分かってくれる"人だと」
「何が言いたい」
優しい顔、優しい口調の話し相手だが、隠は一度として忘れた訳では無い。今目の前に居るのは結社の人間だと。つまり、五百城渡と同じ種類の人間だと。
「私は君の敵では無い。味方ですよ」
そう言って神々廻は微笑んだ。口角の動きに合わせて口髭も小さく揺れる。握手を求めたがっているのか、それとも単に癖なのか掌をそわそわさせていた。
「信用されると本気で思ってるのか」
「私は目的を持って今日君に会いに来たんだ。その為に部下を使って基地を調べさせたり、前日まで大学に潜入させて君の行動を見させてもらったよ」
「テメっ……まさか!?」
再び隠は心臓の鼓動を早まらせる。そして察知した。やられた、と。
よりにもよって結社の人間に、自分と比べて天地ほどの実力の差こそはあれど、決して逆らえない権力を握った人間相手に、絶対に知られてはならない基地の情報が漏洩した。プライベートである大学生としての動きも把握されてしまった。明らかな脅迫、交換条件の素材だと隠は悟ったのだ。
「いやいや、落ち着いてほしい。これらの情報は、今日君が確実に此処に居るという証明のための小さい情報に過ぎない。私と君とは今日まで接点も何も無い、赤の他人同士だったからね」
「結局……何なんだ?」
「私が得られた君の情報を秘密にする代わりに私の頼みを聞いて欲しい……なんて事は言わないよ。私は君の味方だからね」
その言葉の全てを信じる訳にはいかないが、明言してくれた分隠が抱えていた苦しみが少しだけ緩和された。もしかしたら、本当に味方なのではないかとも一瞬思ったがまだ油断は出来ない。
「お願いがあって訪ねたんだ」
神々廻はそう言うと、胸ポケットから小さな石を取り出す。よく見るとメガストーンだった。
「これを君に託す。その代わりに私の願いを聞いて欲しい。中央議会下院議長の五百城先生を知っているね。先生を、彼を……処分してくれないだろうか?」
その唐突でしかない物騒な単語を聞いたせいで。
「なっ……」
隠の息が詰まった。
「ご存知の通り、五百城先生は中央議会の下院議長だ。私たち議会には下院と上院が存在していてね。五百城先生はその二つを繋ぐパイプ役みたいなものなんだ」
「なのにあんなクソふざけた真似を……」
「そう。そこなんだ。実は五百城先生の最近の行動には私たちも困り果てていてね。だけど誰も諌める事は出来ないんだ。そんな事をしてしまえば誰であっても立場を失ってしまう」
そう言えば、と隠はひとつ思い出した。神々廻は先程自分を"下院議員"と名乗った。対して五百城は"下院議長"。五百城の方が立場は上である。二人の年齢を比べると明らかに神々廻の方が年上であるのに対し、五百城は議員という立場から見てもかなり若い方だ。ここにもなにか裏があるのではないか、と勘繰ってしまう。
「正に誰も文句を言えない訳だ」
「そう。五百城先生の言い分には理解出来る点はあるんだ。どんなに擁護したとしても、君たち深部集団にはよろしくない連中が居る。私たち議会にも従わない連中も居る。取り締まるべきだという点では賛成だ。だが、先生のやり方には全くもって賛同出来兼ねる。どんな人間が居るにしても君たち深部集団は私たちが抱えるべき仲間だ。現場で動いてもらっている仕事仲間と言ってもいい。だが、先生はそんな仲間に対していちゃもんや難癖をつけ、無理難題を押し付けて、それが得られないとなると不穏分子として処断している。更には彼らが抱えていた財も全て没収しているんだ。内部の情報によると、その没収した財産が議会宛に送られたという形跡は皆無との事らしい」
「本当に好き勝手やってるのな」
「正に、その通り」
隠の神々廻に対する不信感は怒りへと変貌し、その矛先はいつの間にか彼から結社へ、そして五百城へと向かっていた。あれだけ警戒していた神々廻だったのだが、今となっては目線こそは合わせないものの、その話を真剣に聞いている自分がいる。
「五百城先生が何を企んでこんな真似をしているのかは私たちでも分からない。だが、やっていい事の範疇をとうに超えている。このまはまでは私たちでもどうする事も出来ない。だから……お願いだ」
神々廻は身体の向きを変えた。ベンチに座っているので上半身を隠に向ける。
「貴方の命と立場は私が保障する。この石も差し上げる。だから、どうか……。五百城渡を処分してほしい」
それまで港を眺めていた隠は、横目で神々廻を見つめる。両手を膝に当てて、正に強く頼み込んでいるようだ。
「……理由は他にもあるんだろ」
微かに感じ取った違和感に気付いた気がした隠は軽く鼻で笑いながら視線を港に戻した。
「議会全体の問題なら、何もアンタが俺の元に来る必要は無い。アンタが来て、アンタが頼むことに意味があるんだろ。例えば……五百城が消えたとして、そのポストに着くのがアンタ。とかな」
神々廻は姿勢を正すと、ほう、と小さく声を発した。その目も、面白い物を発見したという眼差しをしているので今の彼が何を思っているのかそのイメージを隠は出来ない。
「まぁ……そこは俺には関係ねぇか。あ、あともう一つ。俺の事調べたって言ったよな?」
「う、うむ。私で追えるものの大体まで……ね」
「"どこまで"調べた?」
「……」
隠は唸るように言った。語気をはっきりさせ、強く訴えるかのように。
それに神々廻はほんの一瞬だけ狼狽えたらしかった。
「私が分かる範囲まで。君の経歴の全てを……かな」
「そうか」
内心そうだろうとは思った。だが、そうなると神々廻がこんな物騒な頼み事を自分にしてくるには引っ掛かる点がひとつだけ在る。
「俺の事を調べたのなら分かるはずだ。俺は人を殺さないと」
「そのよう……だね?」
「頼む相手は俺で本当に良いんだな?」
そう言われた神々廻は暫し唸った。その様子を見て、隠は余計な事を言い過ぎてしまったかもしれないと若干の焦りと後悔を覚える。
「君でいい。いや、君だからこそだ。君は……"この世界"の頂点に位置する最強なのだろう?」
「やはりそう来るかよ」
†
それから少しして神々廻は隠の元を去った。
約束通りメガストーンを渡し、そして自身の連絡先も添えて。
「ね、ねぇ……。今の誰だったの?」
嫌な胸騒ぎを同様に覚えたのだろうか、ミナミがまず先に駆け寄って来る。
「結社の人間だ。だが五百城の差し金じゃねぇ。むしろその逆のようにも見えた……」
「アイツじゃ……ない? ウチらの味方って事?」
「それを殊更に強調していたようだったが、正直油断は出来ねぇかな」
隠は見たことも無い色合いをしたメガストーンを眺めながら丁寧にポケットへとしまう。
二人より離れた位置にて、サークルのメンバーたちが物珍しそうな目で隠たちを眺めていた。
†
気を取り直して隠は本来の活動を再開した。
手始めに隠は穂積裕貴を呼ぶと、指定した地点に立つように指示する。
「何があるってんだ?」
「まぁまぁ。少しだけ協力してくれ。代わりにそこにあるであろうメガストーンやるから」
「なるほどね。何処まで歩けばいいんだ?」
穂積に問われた隠は、地図アプリと交互に見ながらメガストーンが埋まっているであろう方向を指した。陽射しで分かりにくいが今回も埋まっている場所は輝いているようだ。
「おーけーおーけー。右に二百歩、下に二百五十六……」
「異世界に飛ぼうとすんな」
穂積が目的地に到達したので、その場で手を翳すように言う。言われた穂積もその場でしゃがんでは、何かを掴んだような違和感を覚えたような苦い顔をした。
「どうだ、何かあったか?」
隠もそこまで一目散に走っては地面に触れる。やはり、メガストーンだった。
「ミナミ! お前もだ」
隠はやや離れた位置に立つ彼女の姿を捉えると手招きしつつ叫んだ。ミナミも恐る恐るこちらへとやって来る。
結果として、三人の手には同様の色をしたメガストーンが光っていた。
「おい、レン……これは……?」
「どうやらアブソルナイトのようだな。お前も俺みたいにキーストーンを手に入れた状態でアブソルをバトルで使えばメガシンカが出来るぞ。穂積お前アブソルは?」
「ボックスに居たかも……。てかお前俺を利用したな!?」
「別にいいだろ、お前だってこれで強くなれるんだし。とりあえずこれで答えが出たかもしれねぇな……」
「答え? レンお前何言ってんだ?」
巻き込むだけ巻き込まれて置いてけぼりにされている穂積を無視して、隠は物思いに耽る。自分を含めた、三人の掌とそこに輝くメガストーンを見つめながら。
「成程、これもゲームの"再現"ってワケか」
「レン?」
「何だって?」
独り言に反応したミナミと穂積にこの事を説明しようか、そもそもその必要があるのかで一瞬悩んだがそのままにするのも可哀想だと感じたのでここまでの流れを話す事にした。
「俺はずっと気になっていたことがあるんだ。このメガストーンてな、誰でも触れられる場所にある事が多いんだ」
「触れられる……。そりゃ、まぁ、確かにな」
穂積は言われて気付いて周りを見た。この山下公園は常に人の出入りが激しい。
「なのに、俺の手元にあるメガストーンの探索アプリでは常に反応が示されたままなんだ」
「なんでそんなわけわかんねーアプリがあんだよ。……って事はつまりあれか? メガストーンが現実に存在する以上、有限だと。んで、人の多い場所に配置されている。途中で誰かに取られててもおかしくないのに、反応が消えないと。それがおかしいと。お前さんはそう言いたいのか?」
「それだ。そう言いたかった」
「確かにおかしいな……」
隠の所属するサークルは、ポケモンを遊ぶ人は多いが全員では無い。当然メガシンカを知らない人も居る。穂積がここまでスラスラと理解出来たのは彼が最新作のポケモンに触れているのが大きかった。
「だが、今日で確信した。この反応はゲームと同じだ。ゲームだとデータの数だけアイテムがあるだろ?」
「それを言ったらデータの数だけカロス地方がある事になるんだが……。いや、だとしてもよ? だとしてもおかしくねぇか? 実質無限に湧き出る物質なんて科学的にどうなんだってなるだろ」
「そこは俺も分からん。分からんが……」
腕を組みながら隠はかつての世界の姿を瞼の裏で思い出した。その世界で敵対し、しかし長い間心強い仲間だった老人から発せられた言葉が、まるでたった今聴いたかのような鮮やかな音質で蘇ってくる。
世界そのものが大きく変わろうとしている。変化している。隠はそれを言おうとして喉元で止めた。今ここで言っても恐らく理解される事は無いだろう。
結局隠は分からない、とだけ言うと今回の目的を終えた。あとは皆に任せてついて行きつつ横浜という街を楽しむだけだ。
†
「あー、疲れたぁ」
陽が落ちて大分時間が経った。
みなとみらいという街を象徴する観覧車のコスモクロックが示す時計は夜八時を指していた。観覧車そのものが派手なイルミネーションで飾られ、デジタル式の時計が備え付けられている。
あれから隠たちは山下公園を通った後は商業施設である赤レンガ倉庫で少し買い物をしたあと、遊園地であるよこはまコスモワールドに寄って一通りのアトラクションを楽しみ、後に運河の上に敷かれた遊歩道である汽車道を通って桜木町駅へと到着。そこにあるランドマークタワー内にあるポケモンセンターヨコハマでポケモン勢を湧かせて今回のイベントは終わりを迎えた。
疲れたと言った割にはその顔は清々しいものがあった。思えば、神々廻とのやり取りを除けばここまで深部集団の要素が無い平和な休日を友人たちと過ごせた事がとても珍しく、楽しいものだった。ずっとこのままでいいのに、とも願うもそれは彼がジェノサイドである限り決して実現しない。
今回集まった面々は帰りの方向が違う。駅前で佐野が解散、と叫ぶとそれぞれが散った。近隣に住む大三輪と穂積と樋端は地下鉄方面へ、それ以外の者は大学近く若しくはその周辺に住んでいるので途中までは帰りが一緒だった。
電車に揺れて一時間と少しして聖蹟桜ヶ丘という駅に着いた。大学への最寄り駅のひとつだ。ここで大学近くに一人暮らしをしている同級生や先輩が一気に降りる。
「それじゃあね、レン君。お疲れ。またね」
そう言って手を振ったのは佐野だった。隠はサークルの先輩とは誰とも仲が良いが特に気に入られているのが彼だった。わざわざ一言添えて別れるのは佐野一人だけである。一応ホーム越しに手を振っている先輩たちも居ることには居るが。
気が付いたら一緒に乗っているのは隠とミナミだけだった。他のメンバーは既に降りていたようだ。
「楽しかったね、横浜。また行きたいかも」
「物の値段がいちいち高ぇけどな。だが、あれを都会って言うんだろうな。物や移動には困らないのは流石としか言いようがねぇわ」
そう言って隠はポケモンセンターで買った色違いのメガメタグロスのストラップを見せびらかした。本人曰く少し高かったというアピールのつもりだろうが、今日集まった人の中で一番のお金持ちが言っても自慢にもならない。
電車はそろそろ基地の最寄り駅である八王子駅に着こうとしている。
乗った時と比べて乗客が減っている空間の中で、ミナミがそっと口を開いた。
「ねぇ、これからどうするの?」
「これから?」
「結社とのイザコザに関わる気?」
「そうだな……」
駅に停車した電車から降りた二人は改札を抜けて外の空気に触れる。暫く歩いて人気も無くなった頃に会話は再開された。
「そんな面倒な事する訳ないだろ」
「言うと思った。けど、それだとウソついた事になるね?」
事情が変わった。
これまでは五百城という絶対悪が存在し、自分たち深部集団の人間はどのような立ち振る舞いをすれば良いか模索していた間に、この問題は結社内での権力闘争へと化していったことになる。
「半分嘘……かな。メガストーン欲しかったからあの時は承諾したようなフリしたけど、本音では五百城が邪魔ってのはあの人と一致している。殺す、とまでは言わなくとも上手く対処しないとだよな」
「前にウチにはどうにも出来ないとか言ってた癖に。まぁいいや。でも意外。あんな変な奴でも殺さないんだね」
「当たり前だろ」
二人は街灯の光も満足にない薄暗い、一見何も無いところで立ち止まる。だが、実際には基地を囲むように広がっている林が目の前にはあるのだ。
「決めてんだよ。誰も殺さないって。最初から……ずっとな」
†
「ただいまー。お土産あるぞー。ほら食え食えお前ら」
基地に帰還したジェノサイドは広間に入ってそう叫んだ。案の定、多くの構成員が集まっている。
ジェノサイドはポケモンセンターで買ったポケモンのクッキーをこの部屋の真ん中に置かれていたテーブルに置いた途端、この部屋に居た自分以外の全ての人間が群がった。
中にはわざとなのか、吠えたり取り合ったフリをした者もいる。それらを知った上でかジェノサイドはそんなにねぇよ、と呟くとその部屋を後にした。次に向かったのは今となってはミナミとレイジの部屋と化している談話室だ。
「それで、どうでした? デートは」
言った途端レイジは枕で殴られた。殴ったのは当然話を聞いていたミナミだ。
まるでお約束とも取れるような二人のやり取りを見て慣れてるな、と感じたジェノサイドはロッキングチェアに座ってレイジの質問に答える。
「別に。途中で結社の人間と会って暗殺依頼された。謎のメガストーン貰った」
「……楽しいんですか、それ」
「あとは中華街でグルメ楽しんで公園で散歩して遊園地で遊んであとは買い物もしてきたかな」
「……理想的なデートじゃないですか、それ」
再び枕で殴られるレイジ。二度目はやや強めだった。レイジは元にあった場所に枕を戻し、ミナミは洗面所へと向かう。
「それはどうでもいいだろ。だが同時に疑問も解消された。メガストーンの場所さえ分かっていればその場に居る誰もがメガストーンを手に入れられる事が分かったからな。お前も望むなら今後の探索に加えるが……どうする?」
「まるでそれが本来の目的のようですね。ですが……良いですね。面白そうです」
レイジの了承を聞きながらジェノサイドは椅子を揺らす。一日中歩き続けたせいか疲れが一気に寄せてきた。
「お疲れですか?」
「あぁ……眠くなってきたかもしれん。快適だからついこの部屋には来ちゃうもんだが、そのまま寝ることがあったらすまん」
「気にする程でもありませんよ。私は適当に眠る事にします。では、ちょうど良い頃合ですし、私はこれで。おやすみなさい。ジェノサイド様」
「あぁ……」
椅子を揺らしていた足の動きが止まりつつあった。
暖炉から発せられる暖気を感じながら、ゆっくりと目を閉じる。意図せずして意識が剥がされた。
それから二時間後、お風呂から上がったミナミが彼が椅子の上で眠っているのを確認する。
「げっ、此処で寝てるし。別にいいけどさぁ……」
タオルで頭を拭きながら下着姿で部屋を闊歩するミナミは人一人が横になれる広さのカウチソファを眺めながらうんざりしているような口調で呟く。
「こんな所で無防備でいるなんて、命が危ないとも思わないのかしら? いや、そんな事が無いから平気でいられるのね……」
今日一日を通して、ジェノサイドのもうひとつの顔を見られた事で彼がどのような人間なのか、それが垣間見られた。ミナミにとっては不思議な一日だった。
- Re: Re:Re:ポケットモンスター REALIZE ( No.39 )
- 日時: 2023/12/03 10:45
- 名前: ガオケレナ ◆DsVre1ex/o (ID: LGQcbbGL)
友人たちを連れて横浜へ行ってから三日が経った。
十九日の水曜日。今週の金曜日にはポケモンの新作『オメガルビー』と『アルファサファイア』の発売を迎える。
ジェノサイドは今日までの間に、とにかく時間を有効活用する事でメガストーン探索に力を入れた。その甲斐あって十個しか無かったメガストーンは今や二十二個となっている。残りを数えた方が早かった。
「残りは六個か、頑張ったな俺も」
学生の身分であるジェノサイドに使える時間はタイミングさえ考慮すれば十分にあった。彼は朝から夕方まで大学にいる訳では無い。例えばその日の講義が午後に一つだけであれば直前に行けばいいし、逆にそれまでの午前中は完全にフリーだ。明るくなり始めた早朝から探し始め、講義の間の空きコマを費やしたりもした。探すのに手間取って何回か講義に遅れたり、そもそも行くのを辞めて講義そのものをサボった日もあった。それほどまでに熱中してしまっていたのだ。
そう言いながら数十分前に手に入れたボスゴドラナイトを眺めながらジェノサイドは基地の食堂の席に座っていた。時間は朝の九時を過ぎた頃だ。この日も講義があるので彼はこれから大学へと向かう。
ジェノサイドは残りのメガストーンを確認するために、ポケモンの攻略サイトをスマホで立ち上げては見つめていた。ここまで来ると何が足りないのかすぐに分かる。
そうしていると、向かいの椅子が突如何者かによって引かれた。
「?」
「なんかすごく久しぶりな気がする。ゆりながたまに隠の話するから、たまには会えるかもーって思っていても中々会えないもんだね」
岩船萌。
高校時代からの知り合いで、秋原友梨奈の友人だ。一時期二人とはクラスが一緒だった事もあり、ジェノサイドとは顔見知りでもある。彼女も秋原同様、一般人でありながら非戦闘員としてジェノサイドに身を置いている立場なのだ。
「座っていい?」
「とか言いながら座ろうとしてんじゃん。まぁいいけど」
彼女の姿を見るのはかなり久しぶりだった。半年以上は交流が無かったかもしれない。もっとも、この食堂で普段から調理をしている秋原と違い、岩船は表の世界で生活している時間の方が長い。あまり基地にも帰っていなさそうだった。
「久しぶりだな。お前から俺にコンタクト取ろうとするなんて珍しいよ」
「まぁちょっと話したいことがあってね」
岩船は周囲を伺うように眺めたあと、近くに誰も居ない事を確認して顔を近づけて来た。彼女の狐のように細い目が更に細くなる。
「アンタ、ゆりなに何を言ったの?」
「……は? えっ?」
「怯えているよ、あの子」
ジェノサイドは冷たい声を刺されて姿勢を伸ばした。そして少しの間考える。思い当たる節はひとつしかない。
「一切関係ないから気にするなって言ったんだけどな……」
「それを言って気にしない子だと思ってるの!? たとえそうで無かったとしても不安にはなるでしょ?」
頭が痛くなりそうだった。確かに岩船の言う通り余計な事は言わない方が良かったかもしれない。心の中ですまん、と呟いてそれまで俯いていた顔を上げると、岩船の冷たい表情が少し和らいでいるのが見えた。
「それで、何があったの」
「全部言えってか……」
「当然」
ジェノサイドは悩んだ。秋原と岩船とでは性格は真反対である。大人しめで一人で抱えがちな秋原と違い、岩船は彼女と比較すると社交的でクヨクヨ悩むタイプではない。そのため、今みたいに気の強いところを誰にでも表す。
「何度も言うが、お前たちとは全く関係無い話だ。だから気にする必要もそもそも耳に入れる必要もない。それにお前は秋原が言うには教師になろうとしているらしいじゃんかよ。そんなお前がわざわざ深部集団の闇に首突っ込まなくても……」
「教師と言うよりは保育士ね。あと、関係ないとかじゃなくてゆりなが不安そうにしているから聞くの。いいから話して」
「分かったよ……」
ジェノサイドは大きい溜息をつくとこれまでの経緯、特に五百城渡との衝突について話し始めた。
最初こそは自分とは無関係な事柄だったものの、深部集団の別の組織の人間であったレイジに請われて身柄を確保したこと、その際に初めて五百城と衝突したこと。そもそも五百城が解散令状を撒いてその権力を振りかざしていることなどを。
「そんな恐ろしい事してたんだね。知らなかった」
「だからあんまり話したくなかったんだよっ……」
「それで? 話はそれだけ? 他には無いの?」
「いや、無いよ。だから言ったろ? お前らは関係無いって……」
ジェノサイドはこの時三日前の神々廻とのやり取りについては伏せた。流石にそこまで話す気にはなれないのと、拗れつつある問題そのものに自身がこれから関わるか否かジェノサイド本人悩んでいるためだ。
「だったら何でゆりなに話したの?」
岩船はそんなジェノサイドの言葉を遮ってまたも冷たい視線を放った。
「あ、それは……」
「だったら尚更話すこと無かったよね? 隠は知らないかもしれないけど、ゆりなは今凄く心配しているんだよ? あの子優しいから普段隠に対してはニコニコしているけど」
余計に胸が痛くなる。男にとって、今目の前の女が見せる態度がその人の全てだと思いがちであり実際ジェノサイドはそう考えている人間ではあるのだが、自分の知らないところで自分のせいで悩んでいるという事実を突きつけられると責任感が重くのしかかってくる。相手が身内であり、話の内容も闇のように黒いものだから余計にだ。
「他に何か隠してるでしょ?」
「……」
「言って」
「……お前には勝てそうにねぇな」
ジェノサイドは背を反り上げて背伸びをした。その間岩船とは視線を合わせない。
「その、五百城とかいうのと衝突した時に含みのあるような言い方をされた。そこでお前ら二人の顔が浮かんだんだ」
「含み?」
「少なからず因縁がある。僕じゃなく、僕の"元"後輩と、てな」
「うっわ……なにそれ……」
気の強い岩船もこの時ばかりは引いた。
「お前たちを特定まではしていないだろうが、過去にお前たちが巻き込まれて、俺がやった騒動のことを奴は少なからず知っている。成り行きとか、そういう諸々について知られるのも時間の問題かもしれねぇな。とは言え、あの事件は既に解決しているし完全に向こうが悪いと結論が出ている。何も気にする事はない。奴がこのネタをダシにして俺とやり合う口実にするとかそのレベルじゃないかな、とは俺は思っているけど」
「私は外出歩いてて大丈夫だよね!?」
「奴等は世間体を気にする。表向きは奴も議員の一人だからな。そんな権力者が白昼堂々と女子大生つけ狙っていたらとんでもないスキャンダルになるだろ」
「それはまぁ、そうだけどさ……」
岩船の顔が一瞬曇る。どれだけ気が強かろうがメンタルが強靭だろうが自分の身に危機が迫っているかもしれないと感じれば警戒するのは当然だ。ジェノサイドはそれを見て目の前の彼女がきちんと人間らしくしていて少し安心した。やはり彼女らはこの世界には相応しくない。
「ここまでは秋原には言ってないから安心してくれ。俺でもそれはヤバいと感じてるから。それと別件なんだけど……」
「まだあるの!? どんだけ面倒な事してんのよ!」
「三日前に別の議員に絡まれて五百城暗殺を依頼された」
「……は、はぁ!?」
当日神々廻はそこまではっきりとした表現は控えていたが、実際のところはそれで間違いは無い。深部集団の人間なら誰もがそう解釈する。
「だから今かなり拗れた段階にあるんだよね。五百城単体であれば絶対に俺には手出ししないしそもそも出来ないから俺も俺でスルーしようか思ってたの。もっと言えば俺に近しい人間にも触れられないはずだから奴がどれだけ裏で調子乗っていようが俺"ら"には無関係だ。だが、今回のように直に頼まれるとなぁ……」
神々廻の言葉の裏には権力闘争も含まれている。だから余計に面倒であるし、決して関わりたくは無いと心の中では思っていても、今後事が大きくなっていくのは明白だった。果たして何もしないというのが最適解なのか、ジェノサイド本人でも分からないでいるのだ。
「いや、やめてよねそんな怖いこと」
「当たり前だろ。俺だって誰かを殺したくはねーわ。俺がやるのはポケモンのバトル。それで俺は最強と呼ばれるに至ったんだからな」
この話は二人だけの秘密だと、絶対に他言するなと念を押してジェノサイドは食堂を出た。講義は午後からなので時間に余裕はあるがいつまでも長話している訳にはいかない。
メガストーンを探しに、ジェノサイドは基地を出た。
†
メガストーンの反応が示された場所にひとまず到着したジェノサイドは、再びメガストーンの一覧が乗っている攻略サイトを見ながら呟く。
「俺の未所持のメガストーンの内四つはいいとして、残り二つはどうなんだ? ミュウツーなんて使えないだろ」
第六世代のポケモンで実装されたメガシンカには、二種類のミュウツーが含まれている。特にYの方はとくこうが高すぎると評判ではあった。
しかし、ミュウツーがこの世界で姿を現したという話は聞いた事が無かった。そもそも、準伝説を含め、伝説のポケモンや幻のポケモンといった類のものはたとえゲーム内で用意していたとしても、この世ではそれが反映されない。何人であっても特別なポケモンを行使するなど、絶対に有り得ないはずなのだ。
「……でも、バルバロッサって言う特例があるからなぁ」
今に至っても何故バルバロッサが本来使えないはずの伝説のポケモンを扱えたのかはよく分かっていないが、極々限定的な環境においては使えるかもしれないと思った方がいい。何より、彼が伝説のポケモンと戦った事例はこれだけではないからだ。
「まぁいいや。とにかく探すぞー」
ジェノサイドが今回訪れたのは東京都の観光名所のひとつ、高尾山だった。
いつ頃からだったか定かではないが、まだ彼が小さかった頃にミシュランガイドに掲載されるようになってから登山客が爆発的に増えた。あれからもう何年も経っているので流石に当時ほどでないものの、それでも訪問者はそれなりにいる様子だ。
標高は六百メートルと大山ほどでは無いが、のんびりと登っていられる余裕は無い。山頂まで一気にポケモンで飛んではそこから探し始めた彼ではあった。
「ダメだ、ねぇや」
高尾山の頂上は整備されておりかなり綺麗だ。景色も良く、よほど天気が悪くなければ富士山もよく見える。
しかし、メガストーンは見えなかった。
「地図アプリでは高尾山としか示してないしなぁ。山頂とか麓とかわかりやすい場所じゃなければ難易度爆上がりじゃねーかよ。どうすんだコレ登山道の真下の崖とかにあったら。取れねーよ」
仮に登山道に置いていなかった場合は入手を諦めるだろうが、それがまだ分からない以上帰る訳にはいかない。
しかし、高尾山にはまだ分かりやすい地点が残っている。
「……仕方ねぇ。そんな都合良くって訳にもいかないだろうけど少し下るか」
一人で終始ブツブツと呟いていたジェノサイドはそう言うとスマホをポケットにしまって登山道に沿って下り始めた。その先には寺院がある。
高尾山薬王院。
元は修行の山だった性格を残した姿。此処を通らなければ山頂には辿り着けない寺院だ。
山頂からはそこまで距離がある訳では無い。感覚としては少し降りただけで到着した。そもそもジェノサイドはこれよりも難易度の高い大山という山に何度か登っている。
少なくない登山客に気を付けつつ、ジェノサイドは足元を注視し続け、決して石の光を逃さんという姿勢で探り続けた。
そして、彼の予想は的中した。場所は本堂のやや手前の位置。そこから光が放たれている。
「よかった、激ヤバ難易度じゃなくて……。って、これは……っ!?」
光の位置でしゃがんで石を掴んだジェノサイドは、紫色に光るそれを見て絶句した。
†
「あれっ、レンだ」
神東大学に通う大学二年生の樋端駈は、一人険しい顔をして食堂の席に座っている隠を偶然見つけた。
時間はそろそろ昼休みが終わり、三限目に突入しようとしている頃だ。
「ようレン。珍しいなこんな時間に大学に居るなんて」
「……俺はこの後講義だよ」
「ははは、冗談だよ冗談」
そう言って樋端は笑いながら隠の頭をバシバシと叩く。こういう時加減をしない彼の手はまぁまぁ痛いのだが、隠は黙って何度か叩かれる。
「なんかあったのか? すごく悩んでいそうな顔してたぞ」
「あぁ、まぁな……。こう見えて俺も色々悩むタイプの人間だからな」
「相談乗ってやろうか? もう時間無いけど」
「いや、いいかな」
言いながら隠は立ち上がる。あと十分で講義は始まる。
「そうか? ならいいけど。あ、あとレンさ、明日はサークル来るよな? XYにとって最後の日だし皆で対戦やろうぜって話になってるよ」
「別に第六世代は終わらんだろうが……。んー、行きたいのは山々だが忙しいからなぁ。あと少しでメガストーンも揃いそうなんだよ。悪いけど明日はパスな」
「とか言ってお前昨日も一昨日も来なかったらしいじゃん。まぁ俺もバイトあるから月火は行ってないんだけどさ」
「樋端も行ってないなら別によくねぇか」
「俺はさ、先輩たちとはそんな交流無いからあれだけど、レンだったら先輩たちに出来るんじゃねぇの。その、相談とか」
「相談ね」
隠は一瞬だけ先輩たちの顔を思い浮かべた。裏の世界を知らない、平和に生きる世界の象徴。そんな彼らと、今隠が抱えている"結社における政争"と"ミュウツー出現の可能性"という二つの凶悪な事柄とが交差しては消えた。そんな事、天地がひっくり返ったとしても話題として出す事など出来るわけがなかった。
「そうだな、考えとくわ。じゃ、俺講義あるから行ってくるわ」
「いってらー」
二人はそう交わして別れた。
食堂を出て、一旦外に出る。構内を少し歩いた先にこれから講義が行われる教室と、その教室のある建物があるのだ。
十一月の半ばともなると流石に冷えてくる。
軽いジャケットしか上に羽織っていないせいで寒さが身に染みる。しかも、構内は高い建物が何棟か立っているせいでビル風も吹いてくる。示されている気温以上に寒く感じる。
隠はいい加減冬用のコートを用意すべきだったと後悔しながらチャイムの音を聞きつつ教室へと向かった。
- Re: Re:Re:ポケットモンスター REALIZE ( No.40 )
- 日時: 2023/12/05 22:51
- 名前: ガオケレナ ◆DsVre1ex/o (ID: COEfQkPT)
「試験は持ち込み禁止です」
隠洋平は講義が終わるというその間際に解き放たれた、教授による恐怖の呪文によって文字通り凍りついた。
講義や教授によって試験の様式は変わるものだが、傾向からして自身の考えを書かされる形の出題が多い。問題そのものが膨大なため、これまでの講義で作り続けてきたノートや参考資料程度のレジュメ等の持ち込みが可となるものがほとんどだ。実際隠もこれまでにそんな試験を受けてきた。とはいえ、持ち込み不可の試験をこれまでに受けてきた事が無いという訳でもない。問題は別にあった。
「俺この講義まともに受けたためしが無いんだよなぁ……。ノート書いてる時より寝てる時間の方が長い気がする」
そうなると試験の参考になどこれっぽっちもならなそうな、役に立たないノートではあるが、それでも有るのと無いのとで臨みやすさというものがかなり変わってくる。例えるならば、最後の最後の望みを絶たれたようなものだった。
「考えてもしょーがねぇ。今日はひとまず基地に戻るか」
本日の最低限の仕事は終えられた。それによって抱えることとなった謎も出来る限り解決させたい。そんな思いが、ジェノサイドの帰りたいという気持ちを強くさせる。
いつも通り空の移動が可能なポケモンをボールから出すと慣れた動きでそのポケモンの背に乗り、瞬時にその姿を消した。
†
「おいハヤテ、ハヤテいるか?」
「ハヤテきゅんはここにいるぞっ! 誰にも渡さんっ!」
「いや純粋にキモい」
基地に帰って真っ先に広間へ赴いたジェノサイドは、普段通り数人の構成員で固まっている空間に向けそう叫ぶ。答えたのは筋肉質な体をした、ジェノサイドにとっても特に頼りにしているケンゾウだった。その傍にハヤテが居る。彼はギャグ由来とはいえ、ケンゾウの距離感が近すぎるその想いに嫌がっているようである。
ケンゾウの元をすり抜けるようにして離れたハヤテは、そのままジェノサイドの元へと近付いた。
「なにかご用でしょうか?」
「まぁな。今日奇妙なメガストーンを見つけたものでな。少しお前の意見が聞きたくて」
「ふむ?」
広間の中の長いソファに座ったジェノサイドは向かい合った先でしゃがんでこちらを眺めているハヤテに例のメガストーンを渡した。
「どう見える? 俺にはミュウツーのメガストーンにしか見えないんだが」
「これは……。どう見てもミュウツナイトですね。ゲンガナイトに色合いが似ているのでそれかもと思うかもしれませんが、リーダーは既に手に入れていますし、こちらはゲンガナイトほど暗く濃い色でもありません。やはりミュウツナイト、それもYの方ですね」
ミュウツーという単語を聞いてこの空間内のほとんどの人間がこちらを振り向く。ケンゾウに至ってはすぐ傍にまで寄って来ていた。
「あぁ。これはつまり……どういう事だろうな? ミュウツーのメガストーンがあるって事はメガシンカが可能だってことだろ? だけどミュウツーは……」
「我々では使うことは出来ない伝説のポケモン……ですね」
この事についてはこの場にいる誰もが理解していた。
現実世界で使えるポケモンとは、常にゲームデータ内の"手持ちのポケモン"が反映される。ゲームデータとこの世界が何らかの形でリンクしている"らしい"からだ。
そのため、彼等は頻繁に手持ちのポケモンを変えなければならない作業に明け暮れる訳だが、その時にゲーム内では簡単に入手出来る伝説のポケモンたちを手持ちに入れ替えても、どういう訳かこの現実世界では反映されない。一部のポケモンだけがこの世において使う事が出来ないのだ。
「ですが、完全に、という訳ではありません。以前リーダーが戦ったバルバロッサは伝説のポケモンを使いました」
「何故か、は未だに分からないけどな」
「なので"特殊な条件下"においては行使可能かと思われます」
「んん? その特殊条件てのは何なんだ?」
気になったのか、ケンゾウが会話に入り込んできた。ハヤテはジェノサイドと二人きりで話していたかったためか、若干だが嫌そうな顔を見せた気がした。
「分かるわけないでしょーが。僕もリーダーも誰も分からないよ。仮説上の話ってだけ」
「あー、なるほど」
「……」
二人のやり取りを見て、ジェノサイドは黙り続けていた。特殊な条件下、というのはあながち間違いではないのかもしれない。絶対に理由があるはずなのだ。だが、その理由が分からない。
「分からねぇなぁ。分からねぇ事だらけだよ」
場所は変わり、談話室で暖炉の熱を浴びながらジェノサイドはミュウツナイトYを手に持って眺める。
そんな彼の元に淹れたばかりの紅茶を持ってきたレイジが笑顔のまま尋ねてきた。
「また何かあったご様子で」
「まぁな。ただでさえ権力闘争に頭を悩ませているところに、別ベクトルの別問題がやって来たんだ。いい加減頭が痛くなる」
そう言いながら差し出された紅茶をジェノサイドは受け取った。
その時彼はミュウツナイトYをテーブルに置く。円形のそれは少しの間テーブルの中で揺れた。
「またお綺麗なものを。そちらは?」
「ん、ミュウツナイトY」
「ミュウツー……」
顔にはあまり出ていない様子だったが、レイジも内心驚いたようだった。やはり共通して思い起こされるのはひとつしか無いようだ。
「使える……のでしょうか?」
「いや、分からねぇ。試したいけど試せねぇしな。そもそも伝説のポケモンが簡単に使えるのもそれはそれでヤバいだろって。どいつもこいつも災害級のポケモンだぜ」
「今こうして使えない理由も、それかもしれませんね」
淹れたてだからか、紅茶はかなり熱かった。ジェノサイドはそれと格闘しつつ、ちびちびと飲む。タイミングを同じくして、談話室の扉が新たに開かれた。もう一人誰かが入ってくる。
「げっ、またあんたが居る」
「此処は公共スペースなんだがな。まぁいいや、丁度三人揃ったし。明後日の金曜ディズニー行くぞ」
「はい?」
「えっ、はぁ? はぁ!? なんで?」
ミナミとレイジの二名が狼狽えた。理由も無しに突然決められると誰だってそうなるものかもしれない。
「どうした? そんなおかしい事か?」
「ウチが言うのもなんだけど、ちょっと飛躍し過ぎている気がするんだけど……」
「お義父さんが許しませんよっ! そんな事!」
「ん? おい待てお前らなんか勘違いしてねぇか? あれだぞあれ。メガストーンの探索な」
それを聞いて目が点になる二人。その顔は共通して拍子抜けだと言っているかのようだった。
「あのぅ……ジェノサイド様らしいと言えばらしいのですが……」
「そうよ……。なんで普通に遊びの誘いじゃないのかなあって。……って待って、さっきなんて言った? レイジも連れてくって言わなかった!?」
あまりにも大きく反応するのでミナミ自身聞き間違いをしたのかと思ったほどだった。それを見たジェノサイドも言い間違いをしたのかと一瞬錯覚してしまう。
「言ったぞ。だって仕方ねぇじゃん。ディズニーリゾートにメガストーン二つあるみたいだしよ」
「だとしても何でレイジを!? 理由は?」
「理由か? そうだな、範囲が広いからお前が迷子にならないよう、ここは保護者的ポジションをと思ってな……」
少し間を空けた後にジェノサイドの顔に枕が飛び込んできた。普段からレイジ相手に投げているせいかコントロールは正確だった。見事に顔面へとジャストミート。反動に耐えきれず椅子ごと後ろへと倒れた。
呆れたのか怒ったのか、ミナミはそのまま談話室を出て行ってしまった。レイジもその後を追う。
誰もいなくなったタイミングで枕を剥ぎ取り、ジェノサイドは起き上がる。幸いにも紅茶はテーブルに置いておいたので二次被害は発生していなかった。
「馬鹿にしたつもりじゃないんだけどなぁ……」
自分以外の誰も居ない静かな空間で、ジェノサイドは倒れた椅子を元に戻し、改めて紅茶を愉しむこととした。
†
日付は変わり、二十日の木曜日。ポケモンの新作を明日に控えた今日は、普段通り大学に行きつつメガストーンを探す予定となっている。
「地図を見る限り……メガストーンの反応は五つ。その内一番近くて二個、だが都心部だな……」
深部集団最強のジェノサイドであっても、同一のメガストーンを手に入れる事は出来ない。それはつまり、何人であっても示される反応は二十八が上限だ。これまでにメガストーンを取り尽くした彼の手元には極小となった反応が、それも相当距離のある物しか残らなくなったのだ。
そんな彼に一番近い反応は新宿駅周辺にひとつ、あと一つはどうやら東京タワーの近くにあるようだ。
「講義なんて無かったらちょっくら東京観光とかしたかったんだけどなぁ。まぁしょうがねぇ。俺は学生だし、もう少しこっちに力入れねぇとなぁ」
講義開始を告げるチャイムが鳴り響く。既に講堂の席に座って教授が来るのを待っていた彼は、ひとまずスマホをしまった。これから一時間半、分かりにくい講義が始まる。
†
「おひーるやすみは浮き浮きぼっちー」
「どんな替え歌だ。ってか、いいともは今年の三月に終わっただろ」
午前の講義を終えた隠はコンビニで適当に買ってきた昼食を手にしつつ自身が所属するサークルの部室へとやって来る。サークルであるにも関わらず部室を与えられたのは、去年の秋に大学側に申請し、それが通ったお陰らしい。何故通ったのか、何をしたのかは隠にとっては一切謎ではあったが、どうやらこの部屋は元々空いていたものらしく、そこに割り込んだもののようだった。
そんな部室にて、隠の他には樋端駈が一人で弁当をつついていた。替え歌を歌っていたのも彼である。
「あっという間だったなーって。もうそろそろで今年終わりだよ」
「本当に、時の流れは不思議だね」
部室には一人用の小さなテーブルしかない。樋端が使っている以上割り込む訳にはいかないのと、隠が買ってきたのは菓子パンとカロリーメイトだ。わざわざテーブルを使うまでもなく、その辺の空いている椅子に足を組んで座るとそのまま食べ始めた。
「なぁ樋端。俺この後メガストーン探しに行ってくるわ」
「レンやっぱり今日のサークルには来ないのか。XY最後の日だぞ?」
「本当は皆と対戦とかしたかったんだけどなぁ。だがこの調子だと明日までには何とかなりそうだからこの機会を逃したくねぇってのが本音だ」
「ふーん、残り幾つだっけ。てか、メガストーンって全部で幾つあるんだ?」
「お前ちゃんとゲームやってねぇだろ……。メガストーンは全部で二十八、俺が持っている総数は二十三個。残りは五つだな」
「もうそんないったのかよ……すげぇな」
「お前もその気になればキーストーンとメガストーン持てるんだから少しは意識してもいいと思うけどな」
隠は言いながら複雑な気分になった。樋端は確かにポケモンをプレイしている人間の一人だ。やり込み度が違うので隠はおろか佐伯よりも実力は低いが、周囲に公言しているように彼はウルガモスを使うのが巧みだ。ゲームの世界を超えてこの世にウルガモスを召喚する事も可能ではある。しかし彼は一般人だ。樋端だけではない。佐伯も大三輪も穂積も四年の先輩たちも皆が一般人である。わざわざ現実世界にポケモンを"呼び出して行使する必要性が無い人々"なのだ。隠とは違う世界の人間たちである。メガシンカという戦力を確保すること自体ナンセンス極まりない。成り行きとはいえ穂積にアブソルナイトを受け取らせたのは余計だったかもしれない。
「メガシンカかぁ……気が向いたらな」
「それがいいよ。それでいい」
自分で勧めておきながら消極的な態度を表した樋端に対して、隠は内心ホッとした。
†
時が進み、午後の二時半。
講義を終えた隠は青ざめた顔色のまま教室を出た。
「ノートを見た限り三十分しか授業聴いてない……残りの一時間ずっと寝てたって言うのかよ……」
その衝撃で完全に目が覚めた隠だったが、終わった事は仕方が無いと気持ちをメガストーン探索に切り替える。
この時間にもなると彼のように、一日の講義全てを終えた学生もチラホラと現れる。
構内にあるバス停から形成されたバス待ちの行列は既に長くなっている。自分はポケモンを使うので無関係とその列を眺めていた隠は、
「あっ、レンだー。やっほー」
聞き馴染みのある友人の声に意識が移った。
「大三輪か」
同級生にして同じサークルに所属している女子部員の大三輪真姫。最後に会ったのは横浜で遊んだ時以来だ。
「サークルまで時間あるよね。今って暇?」
「いや、悪いけど今日はパスするわ。どうしてもやりたい事があってな」
「ふーん……。レンって最近あんまりサークル来てくれないよね」
「すまんな。ここ最近"こっちの方"でも忙しくて」
あまりこの手の話題は口にはしたくなかったが、大三輪も隠の事情は知っている人間である。サークル全体で許されている風潮がある今、この程度ならば問題は無いと彼は判断した。実際大三輪も表情を大きく変えることはしない。
「ふーん。そう言えばあの子は元気?」
あの子だけでは伝わらないので誰かと隠は尋ねると、大三輪は横浜に一緒に来ていた女の子と答えた。そうなると答えはひとつしかない。ミナミだ。
「あいつね。あいつは元気だよ。むしろ良過ぎるぐらいだ」
そう言って痛みを思い出した錯覚がしたためか、隠は額のあたりを摩った。レイジ同様適当な理由を付けられて枕を投げられる回数が増えた気がする。だが、そんな動きをしても大三輪に伝わるわけがない。そもそも伝えようという気にならないのだ。
だが、彼女は隠を見てニヤニヤしている。
「付き合ってるの?」
「ねぇよアホ」
「じゃあ何でわざわざ横浜に来たのさ。なんでずっと二人で行動してたのさ。ほら、さっさと答えなさーい」
彼女らしい反応だった。大三輪という女は自分が恋愛とは無縁な癖に他人の恋愛事情を面白がる傾向がある。ことある事にその手の話題でからかいに行くこともあるので物好きでない限り彼女の前で恋愛の話をしないのが暗黙の了解となりつつある程だ。そんなんだからお前は彼氏が出来ないんだという本音をぐっと抑えて隠は鬱陶しそうにしつつもこれまで多くの人に披露した答えを淡々と述べる。
「じゃあミナミちゃんって……」
「そうだ、深部集団の人間だ。今は俺の組織に所属している。その辺は深い訳があるんだよ」
「ほほう、じゃあそれについては突っ込まないでおく!」
隠はこの瞬間察した。今日のサークル、コイツが絶対に変な噂を流すだろうなと。
「じゃあ俺、急いでるからこれで帰るな。じゃーなー」
「ばいばーい」
彼女に背を向け、大学の敷地を抜けるとリザードンをボールから出してはその背に乗り、とりあえずな感覚で近くの駅まで空から移動し始めた。
†
新宿に着くのに四十分は掛かったことだろう。大学からだと長い距離になるので電車でやって来た。電車内はそこまで混んでいる訳では無かったが、駅はそうにもいかない。
「うわぁ……やっぱり人多いよなぁ」
新宿駅。東京駅と共に都心を代表する顔であり、世界一の利用者数を誇るこの駅は常に喧騒に包まれており、静寂というものを知らない。田舎で育った隠にとって、都会特有の騒がしさは好きではなかった。余裕というものを感じられない。
加えて、駅構内は複雑な造りをしている。
これまで頻繁に新宿駅に行くことの無かった隠にとってはちょっとしたダンジョンである。
「よく分かんねぇってこの土地……。まぁいい。駅にはあるとは思えないしとりあえず地上に出よう、もうこの際どの方面でもいいや……」
流石に人一人が歩けるスペースは存在しているが、油断していると誰かとぶつかりそうになる。人の波を避けつつ、隠はまずはじめに「都庁方面」とある方向に進んで行った。
†
「やれやれ、今年の冬も寒そうだ」
白くなったため息を吐きながら、暗くなりつつある夕刻の風を浴びてその男は外に誰も居ない事を確認するために外に出た。
純白の礼服を着用し、標高一二五二メートルの地点から見下ろすかのように下界を眺める"特別な"神主、皆神。
彼は神奈川県伊勢原市の大山の山頂にて、ポケモンのメガシンカに必要なキーストーンを管理している。
「彼は……果たして上手くやれているでしょうか。私が気にする程でもありませんね」
山頂には自分以外に誰も居ない。それが分かった皆神は安堵して社務所へと入ろうとする。そのタイミングで、一人登山客がゆっくりと木の棒を杖代わりにして登って来た。
「申し訳ございません。本日の営業は終了となりました」
皆神は言いながら目を細めた。やって来た男の身なりが怪しい。着物のような、長い一枚布で出来た衣類を身に纏っていた。瞬時に察する。この男は深部集団の人間だ。
「もう俺様より他に誰も居ない。遠いところからはるばるやって来たんだ。頼む、キーストーンをくれ」
ここまで丁寧に登ってきたらしかった。男の息が乱れている。
「では、身元の証明となる物のご提示と、所属団体のお教え頂けないでしょうか」
皆神のそれは意識せずに聞いていれば"表の世界"でも通用しそうなフレーズだった。だが、カモフラージュさせているだけでその言葉の意味はどれも"裏の世界"つまり、深部集団の人間に対して向けられたものでしか無かった。万が一のための予防線のようなものだ。
男は組織の名が刻印されたドッグタグを手渡しつつ、自身の組織の名を告げる。
「……何ですって?」
皆神はそれを聞いてほんの一瞬肩を震わせた。自分が対応している人間が、ごく普通の深部集団の人間でないと知ってしまったせいだ。その来訪は、あまりにも予想外すぎた。
時と金を引き換えに、皆神は男にキーストーンを渡した。光り輝く丸い石を手にした男の背中を見送りつつ皆神はひとつ思案に耽る。
「どうやら私が想定していた以上に火種は燃え上がりそうですね……。今の彼をぶつけるのも面白そうですが……果たして乗ってくれるでしょうか」
男の姿が見えなくなると皆神は改めて社務所へと入る。
中を暫く歩いて目に留まったのは、休憩スペースに設けられたテーブルの上に置かれた笏だった。目を凝らせば、細かい字で何かが書かれているのが分かる。
「ですが、まずはこちらからですね。可能性としてはこちらの方が高い」
それは、人の名前と住所らしきものが書かれているようだった。皆神という男はキャラ作りのためなのか、それとも本当に古風な人間となるためなのかは定かでは無いが古代に則って笏をメモ帳代わりに用いていた。
「彼らを従えるのは貴方だけです。頼みましたよ、ジェノサイド様」
その顔に、不敵な笑みが浮かんだ。
†
「やべぇ、泣きてえ。最初からこうすりゃよかった……」
恥ずかしさと怒りで隠洋平は顔を真っ赤にさせてメガストーンを握りしめながら人の波を眺めていた。
彼は今新宿駅の東口にあるスタジオ、新宿アルタ前に居る。ちなみにここに至るまでに二時間が経過していた。適当に都庁前までやって来た隠はなんの手掛かりも無いまま、新宿といえば『いいとも』というイメージのまま空を突っ切って此処にやって来た。駅を通過するのが当たり前ではあるのだが、彼はそれを放棄した。迷うからだ。
「思えば樋端が昼にいいともの歌歌ってたな。最初からそれを念頭に置いておきゃよかったのに……」
自分の考えと行動の甘さに落胆する隠は、改めてついさっき手にしたメガストーンを見つめた。明るい緋色。その色合いの石はひとつしかない。
「ゲーム上では配信限定だったバシャーモナイトか……。現実世界ではそんなもの関係ねぇってか」
ポケットモンスターX・Yにおいてバシャーモナイトは通常プレイでは決して手に入らない代物だ。期間限定の配信でないと手に出来ない。メガシンカしたバシャーモの特性は"かそく"になるため、隠れ特性のバシャーモが無くともその恩恵を受けられることになる。
「とは言うが道具枠を失ってまで"かそく"を手にしたいか、となると最初から隠れ特性でいいじゃんてのが実情だよなぁ。だがそれはゲームでの話だ。現実ではどうなるかな」
そう呟いて隠はメガストーンをしまう。
今日のノルマはまだ終わってない。地図で次の目的地を探る。此処から東京タワーはそこまで離れた位置にある訳ではないようだった。
決心した頃には既に隠は空を飛んでおり、そして目的地に到着している。
その背にはライトアップして一際輝いている赤い電波塔がある。だが、隠はそちらではなく、本来足を踏む大地にその意識を集中させている。
東京タワーをぐるりと一周し、芝公園のある方向で街灯の光とは別に輝く、自然のものとしても人工的なものとしても妙な光源を捉える。
「これでノルマ達成かな」
隠はしゃがんで光を掴んだ。これまでに何度も感じた、メガストーンを手にした時にしか感じられない感触が伝わる。
「よし。お目当ての物品ゲット。ミュウツナイトXだな」
達成感を感じて隠は冷たいアスファルトの上に直に座った。
これまで騒動に巻き込まれることが無いことに安堵した。ここで何も無いとなると明日のディズニーの探索も無事に終わりそうだ。そうなれば後は新作のゲームにありつける。特に今回は思い出深い第三世代のリメイクだ。今から楽しみで仕方が無い。
「ミュウツーに対しての問題が終わった訳じゃないけど……でも存在する以上、そして手にしてしまった以上詮索は無意味だよなぁ。もういいや。真っ直ぐ帰ろ」
脳内に微かにサークルの景色が浮かんだが、今から行っても誰も居ないのは明白だった。どう頑張っても大学に到着する頃には八時を過ぎる。名残惜しい気もするが今一番大事なのはこちらの方なのだ。組織の戦力増強の為には避けられない。そう自分に言い聞かせて隠は近くの駅である赤羽橋へと向かって行った。