二次創作小説(紙ほか)
■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)
- Re:Re:ポケットモンスター REALIZE
- 日時: 2024/03/05 19:54
- 名前: ガオケレナ ◆DsVre1ex/o (ID: xPOeXMj5)
はじめまして。これまで二次創作板(総合)にて同名の作品を書いておりましたガオケレナです。
この度、より書きやすい場を求めて移設することとなりました。移設作業が終わり次第こちらで続きを書く予定です。宜しくお願いします。
現在のあらすじ
一番の仲間を失った深部集団最強と言われている青年ジェノサイドであったが、世界を一変しかねない騒動を収めて以降平穏な日々を送っていた。
そんなある時、これまで確認されることの無かった"メガシンカ"が発現したという噂を聞き、調査へと乗り出す。
それと同時に、深部集団の世界では奇妙な都市伝説が流布していた。結社の人間を名乗る男の手紙を受け取った組織は例外なく消滅してしまうという、悪戯にしては程度の低い噂。
メガシンカを追っていたジェノサイドの元に、正にその手紙"解散令状"を受け取ってしまった組織の人間が現れて……。
結社。それは、深部集団そのものを含めた裏社会全般を作り上げた、大いなる存在。それが今、ジェノサイドと相見える。
第一部『深部世界』
第一章『写し鏡争奪篇』
>>1-7
第二章『シン世界篇』
>>8-24
>>8-10 堕天狗と雷の包囲網
>>11-13 包囲網第二幕・妖精の王
>>14-16 激闘 ライブハウス
>>17-19 暴かれた真実、膨らむ疑惑
>>20-24 霊峰の戦い
第三章『深部消滅篇』
>>25-
>>25-28 メガシンカ発現
>>29-31 解散令状
>>32-34 メガシンカの恐怖
>>35-40 平穏なる港町、横濱
>>41-43 夢の国での悲劇
>>44-47 同士諸君よ、戦いの時だ
>>48- 叛乱
>> 後片付け
第四章『世界終末戦争篇』
>> 不協和音
第二部『世界の真相』
第一章『真夏の祭典篇』
>>
第二章『真偽の境界篇』
>>
第三章『偉大な旅路篇』
>>
第四章『タイトル未定』
>>
第五章『タイトル未定(最終章)』
>>
〜あらすじ〜
平成二十二年(二〇一〇年)九月。ポケットモンスターブラック・ホワイトの発売を機に急速に普及したWiFiはゲームにおいてもグローバルな交流を果たす便利なツールと化していった。
時を同じくして、ゲームにしか存在しないはずのポケットモンスター、縮めてポケモンが現世において出現する"実体化"の現象を確認。ヒトは突如としてポケモンという名の得体の知れない生物との共生を強いられることとなる。
それから四年後の二〇一四年。一人の青年"ジェノサイド"は悲観を募らせていた。
世界は四年の間に様変わりしてしまった。ポケモンが世界に与えた影響は利便性だけではなく、その力を悪用して犯罪や秩序を乱す者を生み出してしまっていた。
世はそのような悪なる集団で溢れ、半ば無法な混乱状態が形成される。そんな環境に降り立った一人の戦士は数多の争いと陰謀に巻き込まれ、時には生み出してゆく。
これは、ポケモンにより翻弄された世界と、平和を望んだ人々により紡がれた一つの物語である。
【追記】
※※感想、コメントはお控えください。どうしてもコメントや意見等が言いたい、という場合は誠に勝手ながら、雑談掲示板内にある私のスレか、もしくはこの板にて作成予定の解説・裏設定スレにて御願いいたします。※※
- Re: Re:Re:ポケットモンスター REALIZE(移設中) ( No.11 )
- 日時: 2023/12/03 11:46
- 名前: ガオケレナ ◆DsVre1ex/o (ID: LGQcbbGL)
「まぁ、こんなモンかな」
変身を解いたゾロアークがこちらへと駆け寄って来る。ジェノサイドは椅子代わりにしていた階段から立つと尻をパンパンと軽くはたいた。
バルバロッサの情報によると、自分を目当てに多くの深部集団の人間がこちらに来ているらしい。今となってはやや離れた位置に少数の野次馬が居る以外に人影は無かった。講義も半ばに過ぎている。昨日と同じような、構内を出歩く人の数が最も少ない時間になっているようだ。
そこへ、無人のバイクが構内に侵入し、そのままジェノサイド目掛けて突っ込んで来た。
ジェノサイドが命令する前にゾロアークが"ナイトバースト"で吹き飛ばす。
赤と黒の光を纏った鉄の塊はその瞬間にも爆発、炎上した。
「なんでキャンパス内にバイクが……? 直前に乗り捨てたようだな」
ジェノサイドのその言葉を証明するかの如く、彼の前には一人の男が立っていた。
「オイ、今のはテメェか? 構内はバイクの侵入禁止だぞ。つーか事故るところだったじゃねぇか。まともに乗る事も出来ねぇようだから壊してやったぜ、感謝しろ」
「やるねぇ〜……。流石は天下のジェノサイド様だ。今までのバトル見させてもらったが、"イリュージョン"で敵を翻弄させつつ首を獲る。それが貴様の強さだな? ジェノサイド」
ジェノサイドは身構えた。今自分と対峙している人間は新たな敵だと。
相手の挑発的な言動のせいもあったが、それとは別に戦いを強いられる他の要因が醸し出されていた。
これまでとは違う、圧迫感。嫌悪感。
それがひしひしと、身体の奥深くへと突き刺さる。
「これは、なんだ……? 匂い?」
ジェノサイドは己の嗅覚が強く刺激されていることに気が付いた。
臭いものではない。かと言って百パーセント不快なものでもない。これまでに嗅いだことのない、不思議な、そしてひとつの感情を揺さぶられる"匂い"だ。
「これで何人目だろうな……新手か?」
「じゃなかったらなんだ? 仲間か? 違うな」
短髪の男が答える。その髪は薄茶色に染めているようだった。
男は深緑色のジャケットを上に着ているが、ボタンはひとつも留めていない。風が吹く度に裾が強く揺れている。
「お前が来てから妙な匂いがする。原因はそのポケモンか」
ジェノサイドの感覚を刺激している香りの正体がその男の隣に居る。
フレフワンだ。
「当ったり〜。いやぁやっぱりジェノサイドだな。こんなマイナーなポケモンの事もよく分かっている。お気に入りのポケモンだから嬉しいぞ俺は」
「長々とうるせぇな。何しに来た? 戦うってんなら相手になるぞ」
ジェノサイドは大きく腕を振るう。それを見たゾロアークが両腕に力を込めようとするのを見て男が動いた。
「あらかじめ自己紹介しておこうか。Aランクの組織"フェアリーテイル"。そのリーダーのルークだ。よろしくな? Sランク組織のリーダージェノサイドさん」
宣戦布告。
ほんの数分前まで戦っていた"エレクトロニクス"の男と同じパターンだ。
ジェノサイドは内心ウンザリしつつも臨まんとする。
「"共有された情報"をもとに人を集めてみたんだがやっぱりケタ違いだよなぁ。二人倒した後のオレでもまだまだ疲れは無いと見える」
「踏んで来た場数が違いすぎるんだよ格下。持久戦したけりゃ二百人は連れて来いクソザコ。って待て、テメェ今情報がどうだの人をどうこう言ったな? ってことはアレか。テメェがこの包囲網の首謀者か」
「うおっ、またまた当ったり〜。やっぱジェノサイドお前すげぇよ。流石修羅の道を歩んだだけはあるな。何でもお見通しか。時間が時間だったからあまり良い連中は集められなかったけど、どうだった? オレの作戦ナイスだった?」
「ふっざけんな。雑魚相手に時間取らせるなよ」
「ゴメンゴメン、それは謝るよ。だからこうして今オレサマが……」
「テメェも含めて言ってんだよこの雑魚」
ジェノサイドは言い終える時間さえも与えない。
合図が一切無い大技は、ほとんど不意打ちのようなものだった。
ゾロアークの放った"ナイトバースト"がルークと名乗った男に突き刺さる。
衝突と同時に爆発が生まれ、黒い煙が舞う。
本来ならば軽い怪我では済まない。手加減をしたつもりは皆無だからだ。
ジェノサイドもそう思った。
だが。
「無傷……だと。そこのフレフワンの仕業か」
「大正解〜。"ひかりのかべ"ってすげぇな。衝撃がほとんど伝わってこなかったぞ」
あらゆる特殊技を半減させる"ひかりのかべ"。
これを前では、突破は困難であることを思い知らされる。
そもそも、悪タイプであるゾロアークでフェアリータイプのポケモンを相手取るということがそもそも無茶ではあるが。
「お前……少しは楽しめそうだな」
戦いを楽しもうとしている自分がいた。
本来ではエレクトロニクスの男を倒してとりあえずは基地に戻ろうと帰るつもりだった。
それを、この男に阻止された。
逃げるという選択肢もあった。負けと逃げは違うので組織が解体される事はない。だが、ここで逃げるのは勿体無いと思っている戦士のような自分がいた。
包囲されている。
改めて思うと逃げ出したくなるほどだった。だからこそ、"逃げ"も考えた。
だが。その割には多方面からの攻撃を受けない。ダーテング使いのハバリも、エレクトロニクスの男も、そしてこのルークと名乗る男も。
不思議と全員一人ひとりが前に出て戦っている。彼らが纏めて一斉にかかりに来たり、取り囲んで戦うと言った組織的な動きをまるで見せない。
そこが奇妙な点だった。
更に、他に敵が見当たらないのも不思議だった。
ジェノサイドがギョロギョロと目を開いて周りを何度も見る仕草を繰り返すも、やはり闘争心を剥き出しにしているのは目の前のルーク以外に無い。
隠れているのかもしれない。機を伺って周囲に紛れているのかもしれない。それとも、ほぼほぼ有り得ないが自分以外の他の生徒に倒された可能性もある。
考えれば考えるほど、敵の動きが分からない。仕組みが理解出来ない。
だからこそ、単純な動きしか今はしない。
「雑魚ばかりで退屈してたんだ。戦えよ」
「そう言ってくれるとオレとしても嬉しいぜジェノサイド様よォ!」
ジェノサイドはボールを同時に二つ操る。ひとつはゾロアークのダークボール、もうひとつはヒールボール。
「ゾロアークは戻れ。代わりに行け、マリルリ!」
やる事はただひとつ。
「マリルリ、"じゃれつく"!」
茶色い髪をして、深緑色のジャケットを着た目の前の男を倒すのみだ。
「"ムーンフォース"だフレフワン」
馬鹿正直に進んでくるマリルリに対し、フレフワンは足止めをせんと遠距離から攻撃しつつダメージを与える。
マリルリの攻撃は当たらない。
「クソっ、簡単には入り込めねぇか。面倒だ」
「なんだか似合わねぇなぁ? ジェノサイドが可愛い系のポケモン使うなんてよ。今の内に"トリックルーム"」
瞬間。
フレフワンを中心にその周囲の空間が大きく歪みだす。
現実世界との"ズレ"が強く、そこに空間が構成されているのか、そもそもそんな思考そのものさえも分からなくなるような錯覚を覚えるほどの歪み。
その範囲は徐々に広がり、ルークを、マリルリを、そしてジェノサイドを包む。遂にはバトルのフィールド全体に及んだ。
トリックルーム。
それは、一定時間遅いポケモンから先に動けるようになる特殊な環境だ。
普段は鈍足だが火力の大きいポケモンを使う際の補助技としてのイメージではあるが、そもそもこの技とフレフワンの相性は抜群に良かった。
「フレフワンも鈍足だが、それだけじゃねぇな……? 固有特性の"アロマベール"か」
「へぇ? 意外だ。マイナーだからあまり知られていないものかと思ってたぞ。実際知らぬまま俺の前で散ってった雑魚なんかも居たっけなぁ……」
ルークはそう言って自身の記憶を思い出そうとしているのか、頭をポリポリと搔きながらそう言う。彼も彼で深部集団の人間としてこれまでに多くの戦いを経験しているのだ。
"ちょうはつ"や"アンコール"、"かなしばり"等の俗に言う"メンタル攻撃"という実戦級の技を無効化する、非常に有用な特性を相手のポケモンは持っている。
"トリックルーム"の始動役であれば喉から手が出るほど欲しい力だろう。
敵ながら非常に優秀に思える反面、不穏な空気も感じ取っていた。
フレフワンはあくまでも始動役。つまり、その後ろに本命が控えている。
"トリックルーム"展開の中、物理技主体のマリルリは思うように動けない。
技の都合上接近しないと攻撃出来ないのに対し、相手のフレフワンは遠距離から特殊技を放ってくる。
仮にマリルリに特殊技を備えていたとしても、"ひかりのかべ"の前では無力だ。
(このまま"トリックルーム"が消えるのを待つか……? いや、その前にマリルリが倒されてしまうだろうな)
ジェノサイドは悩んだ。
この時、どうすればよいか。
「だったら……。ソイツに対応出来ねぇ技を叩き込んじまえば良いじゃねぇかよォ!」
そう叫ぶと、呼応するかのようにマリルリもその身に水を纏いだした。
そして、ジェノサイドの命令を合図に突進する。
「"アクアジェット"!」
その技の名の如く噴射して飛んでいったマリルリは"トリックルーム"を無視して、フレフワンが動こうとしたその絶妙なタイミングに割り込んでいく。
特性"ちからもち"も相まった絶大なる火力がフレフワンに叩きつけられる。
「……へぇ」
しかし、フレフワンは一撃では倒れない。
一度フラフラした様子を見せるものの、すぐにバランスを整えると平然として立ち直った。
対してマリルリは強すぎた勢いが祟ってあらぬ方向へと飛び、そのせいでまたも距離が空いてしまう。
「たとえゲームのデータに基づいているとはいえ、バトルの形式がゲームと同じと思うなよ。こちらではゲームでは表現出来ない動きも可能だ。その分戦術も広がる……。どちらかというとポケモンのアニメの世界に近いものだと思いな」
「アニメの世界、ねぇ。わざわざ解説ごくろーさん。そんなんとっくのとうに知っていた事だが、お前にしては面白いこと言うじゃねぇかジェノサイド。ところでだ。お前は一体何のためにここまで戦っているんだ? 折角だし教えてくれよ」
余裕の表れか、時間稼ぎか。
ルークは唐突にバトルとは無関係の話題を振り始めた。
その不自然さにジェノサイドは眉を細める。
「何のため、とは逆にどういう意味だ。俺は"ジェノサイド"だからこそ戦っている」
「それだよ、だからその、なんでわざわざ"ジェノサイド"と名乗ってまで戦う必要があるんだと聞いているんだ。その名を振りかざしてまでやらなきゃ行けない事があると言うのか?」
ウザい。面倒臭い。
ジェノサイドがまず抱いた感情だった。
答えるのも億劫だ。ノリに任せてバトルを始めてしまったが、本音としてはさっさと終わらせてこの場から退避したいところだ。長話に付き合うつもりはさらさら無い。
「"ジェノサイド"という名を、その組織を追うと一応ひとつの目的だか目標に辿り着く。まぁ深部集団の組織ならば何処でも必ずは用意している"組織の掟"と言うか"社是"みたいなものだろう。"結社"から定められたルールのひとつ、組織の方針ってヤツだな。それに従うとオマエらジェノサイドは……」
「"ポケモンを対象とした不正利用の防止とポケモンそのものの保護"。これがどうしたってんだ? 設立当初特に明確な目的もなく適当に語句並べただけの決まり文句に過ぎない」
「違うね、それは嘘だなジェノサイド」
ルークは笑う。不敵に笑いながら指を差す。
「お前は、お前らは"ポケモンのため"と言って行動して来た……。当初の暗部殲滅も世の犯罪の根絶と言うよりはポケモンを悪用するという側面からくる、悪用されちまうポケモンの保護と言う名目でそれも果たせたしな。こんな感じで、俺らはお前らがこれまでやって来たことの大体を知っている。……全部とは言わなくともな。だからこそ、お前らジェノサイドが珍しいことに、ある程度世間にも認知されている事も知っている。本来、深部集団は存在そのものを悟らせてはならないものなのにな。だが、お前らは違った。活動理由が理由だけになぁ?」
「だからなんだってんだ、くだらねぇ。俺は世間様の言う通りテロリストか何かだろ」
「いや、そのテロリストが間違いだ。お前はテロリストなんかじゃねぇ」
一瞬だけ鼓動が早まった。
これまでの敵とは違うという緊張感が確実なものとなった。今ジェノサイドは確かに内心不安を抱えた緊張に支配されている。
「お前たちはテロ行為なんて一切していない。そもそもだ。お前の掲げる方針にある"不正利用の防止"ってヤツだが、お前これポケモンの悪用だけじゃないよな? 改造とかチートも含んでいるよな?」
「へぇ……。お前面白いな。それに気付いたのはこれまで戦ってきた人間でお前が初めてだよ。まぁ、それを知ったところでどうにもならんがな」
「それで、」
ルークはジェノサイドの言葉を無視する。
それによってムッとした彼の表情を見てルークはほくそ笑んだ。
「これまで無差別な襲撃だのポケモンを使ったテロだの何だの言われ続けてきたお前らだったが、その行為の裏には表の世界の人間だろうが、組織の人間だろうが関係ない。改造に手を染めた人間をピックアップして狙っていたって訳だ。そうだろ? まぁそんな事普通は誰も気付くはずがないから"無差別に襲撃"だなんてブッソーな言葉で一括りにされちまってさぁ」
ジェノサイドは黙って聞き続けていたが、実はそれを知ったごく一部の人間からは支持されていたこともあったのだが、どうせ言ったところで無視されるのが落ちなので何も言わないことにした。
「んで、ここから本題。オレが一番知りたいところなんだけど」
ルークの薄笑いが消えた。
声のトーンも変化し、それは真正面にジェノサイドを捉えている。
「これまで多くの人から誤解され続けて悪者扱いされ続けて肩身の狭い思いをしながら、それでいて今みたいに多くの深部集団の組織からも狙われて、明らかに他の組織のヤツらよりかは苦労してんのに、それでも活動を続ける理由ってなんなの?」
- Re: Re:Re:ポケットモンスター REALIZE(移設中) ( No.12 )
- 日時: 2023/09/13 19:21
- 名前: ガオケレナ ◆DsVre1ex/o (ID: tOQn8xnp)
場違いなまでの、敵からの問題提起。
ジェノサイドはその言葉を聞きながら、いや、聞いたせいで今が戦闘中である事を一瞬だけ忘れた。
代わりに、ここまで歩んできた戦いの記録、これまで見てきた記憶の全てが、ぶわっと頭の中を駆け巡っては消えてゆく。
そんな中で思い起こされたのは、消えていった嘗ての仲間たちの姿、自分が本当に守りたかったもの、そして守るべきものの為に怒るその対象。
それらが、不意に意図せずして蘇った。
目の前の男のせいで。
そのうえで、ジェノサイドはこう答えた。
「今ここで俺が言うと思うか? 企業秘密って言葉が何で存在するんだろうなぁ?」
「お前は会社じゃねぇだろ……」
つまらなそうにルークは小さく呟いた。
意識は戦いへと戻る。
今ジェノサイドがすべき事は過去に思いを馳せることでは無い。
目の前のフレフワンを倒す。ただひとつだ。
「マリルリ、もう一度"アクアジェッ"……」
言っている途中に異変が起きた。
なんの前触れもなく、フレフワンは突如としてボールへと戻って行った。
ルークは一つの命令も出してはいない。
勝手に戻ってしまったのだ。
彼はボールを手にしていなかった。なのでフレフワンは文字通りポケットへと吸い込まれていく。その感覚は"バトンタッチに"似ているもののようだった。
「流石、最高のタイミングだぜ」
ルークは別のボールを握りしめる。
出番だ、と小さく呟いたようだったが、それに呼応して現れたのはニンフィアだった。
甘い色のリボンのような装飾を身に付けた可愛らしいポケモンがフレフワンと入れ替わる。
ジェノサイドは舌打ちをした。何が起きたのかを理解した。
「フレフワンに"だっしゅつボタン"を持たせていやがったか……嫌なポケモン持ってきやがるな」
「まぁまぁそう言うな。この子はこの子で凄いんだぜ」
"トリックルーム"の効果は続いている。ここまでは想定通りの動きだった。素早さが物を言う環境下において、そのアンチテーゼとなるこの戦術はルークに多大な勝利を齎してきた。あとはニンフィアで全抜きをしてしまえばいいだけだ。
いつもの光景、いつもの勝利。
ルークはこうして今まで勝ってきた。
それが、ジェノサイドにも通用する。
「今のお前のポケモン一撃で倒せる位にはな」
ルークはニヤリと笑う。
ジェノサイドがそれを発見した時にはもう遅かった。
"アクアジェット"という命令より先に彼が動く。
「"ハイパーボイス"!」
姿かたちの無い衝撃波が飛んできた。
音だけのその強い衝撃に、うるささにジェノサイドは聴覚を一瞬奪われ、反射的に目を瞑った。
その直前、彼は確かに見た。
自身のマリルリが技を受けて飛ばされるのを。
目を閉じるまでの一瞬の出来事だったので、何かの見間違いと思うほどだった。
静寂はすぐにやって来る。
ジェノサイドはゆっくりと目を開ける。
「間違いじゃ……なかったか」
マリルリは倒れていた。
戦闘不能。もう戦える力は残っていない。
無言でボールに戻すと、それから暫くジェノサイドは固まった。
ルークは、そんなジェノサイドの姿とニンフィアとを交互に見ることしか出来なかった。
(なんだ? 天下のジェノサイド様がたかが一匹倒された程度でここまで考えるか? 戦闘放棄か考え事か……。まぁ後者だろうな)
今ここでどんなに時間を消費してもバトルにはカウントされないので、"ひかりのかべ"も"トリックルーム"も消えることは無い。
なので、何もしないという行為はなんの意味も為さない。
ゆえに、ルークにとっては彼が不気味に見えた。
「オイ、遅延行為とかどうでもいいからよ、さっさと次のポケモン出せよ。それとも万策尽きたか? 格下相手によぉ」
明らかな挑発。だが、それでもジェノサイドの表情に変化は無かった。そもそも、ちゃんと聴いていたのかどうかも怪しい。
だが、その心配をよそに次のポケモンが繰り出された。
"ひかりのかべ"を意識してか、物理主体のポケモン。ヒヒダルマだ。
「ヒヒダルマだと……?」
ルークはその声色とは裏腹に内心驚いた。
タイミングが分からないからだ。
(なぜこのタイミングでヒヒダルマなんだ……? 炎で物理だから相手にとっては相性は良いんだろうが、コイツまだ"トリックルーム"の影響下にある事を忘れているんじゃねぇのか?)
不可解。それに遭遇すると頭の回転が早まる人間が中には存在する。ルークもその一人だった。普段以上に負荷を掛けているのが自分でも分かるほどだ。
(奴は"きあいのタスキ"でも持たせているのか? そうすれば反撃に転じる事は可能だ。だが……)
一部のポケモンには、その姿や特徴からイメージを持たれる場合が少数ながらもあったりはする。それが実戦に向くか否かは別として。
例えるなら、ホエルオーならば"しおふき"というように、ヒヒダルマにもそのようなやんわりとしたイメージがある。
(ヒヒダルマと言えば"フレアドライブ"だ。だから普通はヒヒダルマにタスキは持たせねぇ。技との相性が最悪だからな。と、なると奴のヒヒダルマの型がどんなものか、何故このタイミングなのか……益々分からねぇ! ジェノサイドっ! テメェは何を考えていやがる!)
その答えは、本人以外は分からない。
だからルークは悩む。だが、どれほど悩んでも結局答えは「わからない」だった。
それに、あまり考えていられる時間も無い。
その分相手に攻撃を許してしまう隙を与えてしまうからだ。
防御面が脆いフレフワンとニンフィアにとっては正に天敵。
本来ならば相性の良いポケモンと取り替えたいところだが、手持ちの問題上そうもいかない。ならば、今ここで摘むしかない。
「仕方がねぇな。相手の攻撃が届かない遠距離から"シャドーボール"だ!」
マリルリ戦と同じく、物理主体のポケモンがこちらまで迫ってこないよう遠くから技を放つ。
理想としては"ハイパーボイス"を使いたかったが、ニンフィアの特性は"フェアリースキン"だった。ノーマル技に補正がかかり、フェアリータイプの技へと変化するものなのだが、それが仇となりヒヒダルマには半減されてしまう。
なので、ニンフィアの高いとくこうが活かされて尚且つ補正の掛からない"シャドーボール"なのだ。
「避けられるなら避けてみろ! お前のヒヒダルマに突破出来るかなぁ!?」
興奮のあまり叫んだルーク。
目を大きく開いてその様を凝視する。
だから、見えた。
黒い塊がヒヒダルマに直撃する直前に、ジェノサイドが何か命令したのを。その通りにヒヒダルマが動いたのを。
(来る……! 奴は"フレアドライブ"を使いながら"シャドーボール"を避けてこちらに向かってくる!!)
そう身構えたルークだったが、実際は違った。
ヒヒダルマの口から赤い炎が、"かえんほうしゃ"が放たれた。
「なんだとぉ!?」
その炎は黒い球とぶつかり合い、爆発し霧散した。
「"かえんほうしゃ"……? 一体奴は何を……まさか!?」
物理一本の普通のヒヒダルマでは有り得ないチョイス。
"普通"ならば。
だとしたら、考えられるのはひとつしかない。
「特殊技を使うヒヒダルマ……まさかそいつは、夢特性の"ダルマモード"か!?」
"ダルマモード"。
超火力を有するヒヒダルマのもうひとつの姿。
特定の条件下にてこうげきが大幅に下がり、代わりにとくこうが大幅に上昇する。
簡単に言えばこうげきととくこうが入れ替わるものだ。
つまり、超火力がとくこうにシフトする。
しかし、その特定の条件下というものが。
「お前馬鹿か!? そいつはダメージを受けていないと使い物にならない代物だ。しかもヒヒダルマの耐久はお世辞にも高いとは言えない……。"ダルマモード"なんていう失敗があったからこそギルガルドというポケモンが生まれたのをお前は知らないのか?」
正確には体力が半分を切って初めてフォルムチェンジが成立する。
要するに使いにくいポケモンなのだ。
それでも相手はニンフィアだ。普通の思考力でいるならば、本来のヒヒダルマで戦った方が遥かにマシである。
「なんとでも言え。俺のヒヒダルマは、こんな所で終わるほど単純なモンじゃねぇぞ?」
ジェノサイドは嗤った。まるで相手を嘲るように。
ルークは益々悩んだ。
最早ジェノサイドという男を理解すること自体無意味で無駄で不可能である事を悟る。
それでも状況を変えるために考えるしかない。
(下手にダメージを与えてしまえば"ダルマモード"が発動してしまう……。だが、奴の耐久力では耐え切るとは思えない。でも、タスキを持っている可能性は? "フレアドライブ"の有無は? クソっ、分からねぇ……)
悩みに悩み抜いた末に、答えをひとつ導く。
「ニンフィア、"めいそう"だ」
一見無防備とも取れる姿勢でニンフィアは佇む。
全神経を集中させ、とくこうととくぼうを上げる技だ。
それを見たジェノサイドは今だと言わんばかりに指示を出す。
「"フレアドライブ"」
ヒヒダルマは、全身に巨大な炎を纏って突進の構えを見せると、こちらへと突き進んできた。
「キタァ!!」
この時を待っていた。
強く感激したルークは叫ばずにはいられなかった。
「"めいそう"はあくまでも陽動! ただの陽動で火力も上げられるんなら得しかねぇだろっつーの!」
すべてが予想通りだった。
そしてこれからも、予定通り指示を飛ばす。
「ニンフィア! "シャドーボール"!」
ヒヒダルマと"シャドーボール"を衝突させることによりダメージを与え、相手が地面に着地した瞬間を次の技で仕留める。
作戦は完璧だった。ここまでは。
二つの技が炸裂し、黒煙が舞う。
何も見えないことで不安を覚えたルークだったが、煙はすぐに飛散し、ニンフィアが立っている光景が見えたのでそれはすぐに消えた。
しかし、ヒヒダルマの姿が無い。
倒れるどころか、どこを見てもその姿が見えなかった。
(遠くへ吹き飛んだか……?)
最初はそう考えたルークだったが、やはり何処にも見当たらない。
確認のためにニンフィアから視線を逸らしたその時。
後ろから、"なにか"が迫った。
かなり速い"なにか"だった。
それはルークにもニンフィアにも追い付けない。
既に"ひかりのかべ"と"トリックルーム"の効果は消失している。
"それ"はニンフィアの超至近距離から光線を放った。
避ける術は無い。直撃を受けたニンフィアは飛んだ。
だが、違和感はそれだけでは無かった。
得体の知れない物体の放った光線。それがかなり特徴的だった。ルークはそれに見覚えがある。
赤と黒が混じったような、禍々しくも痛々しい色をしたそれは。
「まさか……"ナイトバースト"!?」
答えが出た瞬間だった。
つまり、それは。
「ヒヒダルマは……これまでの動きすべてが……奴を出した時からの全部が、お前が魅せていた幻影だったのかよ!?」
それを聞いたジェノサイドは再び嗤う。
それが合図となり、得体の知れないヒヒダルマは真の姿を現した。
鋭い爪と眼差し、獣と表すにふさわしい体毛。細い腕と足。
紛れもなく、ゾロアークだった。
- Re: Re:Re:ポケットモンスター REALIZE(移設中) ( No.13 )
- 日時: 2023/09/13 19:29
- 名前: ガオケレナ ◆DsVre1ex/o (ID: tOQn8xnp)
ゾロアークが現れた。
ニンフィアという相性が最悪なポケモンを相手に臆することも無く、互角に、それ以上の戦いを魅せる。それはゾロアークの強さか、それともジェノサイドの強さか。
「ヒヒダルマはすべて幻影だ。ゾロアークで時間稼ぎされるなんて思ってもみなかっただろ?」
「そのやり方には驚かされたが……問題はゾロアークじゃない」
今ある現実から、懸念を抱いたルークは額から汗を一滴垂らしながら思慮を巡らせる。
「こいつに化けた以上、本物のヒヒダルマが手持ちに居る、という事か?」
今のルークにとってヒヒダルマは一番戦いたくないポケモンのひとつだ。"トリックルーム"も消えた今、脅威でしかない。
「さぁな。このバトルを続けていけば分かるだろ」
余裕綽々に話し続けるジェノサイド。その傍らで、ゾロアークが突如"ナイトバースト"を打つ。
「なっ……、くそっ! なんなんだよソイツは!」
バトルにおける命令というものは合図だ。
自身のポケモンにとっての指示であるのと同時に、敵にとってもこれからやって来る攻撃に対する準備期間でもある。
命令があって自他共に確認が出来る。
命令無しに技が飛んでくるというものはそんな準備をしようにも出来ない状態に等しい。"まさか今技が突然飛んでくる訳が無い"など普通の人間ならば予期はしないだろう。むしろ、する方がおかしい程だ。
それを、ジェノサイドは当たり前のように繰り返す。
虚を突かれたのはニンフィアも同じだったようで、辛くも避けたようだった。
当たらなければ問題は無いが、これが何度も繰り返されると厄介である。精神的にも宜しくない。
「面白いだろ、俺のゾロアーク」
「自覚が……あるのか」
「あぁ、こいつは特別なんだ」
「特別?」
「何年前だったかな……。とにかく、ある時を境にこいつは勝手に動くようになった。理由は俺にも分からねぇ。だが、バトルの状況や対面の有利不利を理解しているようで、俺にとっても最善手である手段をよく取ってくれるんだ。たまーに変な行動もするけどな。……って話をさっきダーテング使いの野郎にも言ってやったよ。詳しく聞きたけりゃそいつに聞いてみな。死んではいないと思うからな」
「この、クソ野郎が……」
ルークは、これでもかと言うほどの負の感情を抱いた。
それはジェノサイドが自身に放つ傲慢さだけでは無い。
実力や地位など、自分にはない物をこの男は手にしている。そんな嫉妬や恨み、妬みも含まれている。
そのためか、薄々実感はしていた。
大きな間違いを犯したかもしれない、と。
「そんな訳で、もういいだろ。お疲れちゃんゾロアーク」
好き勝手に場を掻き乱し、翻弄したゾロアークは大人しくボールへと吸い込まれる。
「んで、今度はお前の番だ……。ヒヒダルマ」
「来やがった……。今度こそ本物か」
ゾロアークを戻した以上、"イリュージョン"は発動していないはずだが、それでも幻でいて欲しいと望んでいるルークがそこには居た。
「"トリックルーム"は消えた。あとに残るのはノロマで無防備なニンフィアだけ。もう怖いものはねぇ。元から怖くもねぇけどな?」
スカーフを巻いたヒヒダルマは炎を身に纏う。
持ち物である"こだわりスカーフ"。その技は。
「"フレアドライブ"」
せめてもの対抗策にと"ハイパーボイス"をと思ったルークだったが、命令と技の発動までの僅かなタイムラグを突かれる形となった。
まさに速攻。それに相応しい動き。
瞬間を逃すことなく、ヒヒダルマはニンフィアを貫く。
勝負は一撃で決した。
「クッ……ニンフィア……」
倒れたポケモンの下へルークが走る。
状態を見てボールに戻し、鋭い目でジェノサイドを睨んだ。
そんな恐ろしい目を向けられたジェノサイドは相手の残りの手持ちは若干の傷を負ったフレフワンがいた事を思い出していた。そこから勝利を微かに見出す。
「くそっ、フレフワン!」
そのポケモンは、ニンフィアと同じく鈍足で守りも厚くはない。加えて今は道具も無い。
最早敵でも何でもなかった。
「もう一度"フレアドライブ"だ」
再び炎を纏ったヒヒダルマは先と同様に猛突進する。
ルークはフレフワンに"ムーンフォース"を指示したが、今度も構えたところを攻められた。
「耐えろ! フレフワン!」
というルークの声が響いたが、その応援も虚しくフラフラと体を揺らしたフレフワンは全身から力を抜くと倒れた。
「よし、二体目。次のポケモンまだ居るよな?」
暗に急かすジェノサイド。それを察したルークは今度も睨む。
ポケットの中の最後のボールを掴んだものの、考える仕草をしているようで中々場に出そうとしない。躊躇しているようだった。
「どうした? 早く出せ」
「うるせぇジェノサイド! 言われなくとも出してやるよ! 行け、クチート!」
叫ぶと、ボールからはそのポケモンが飛び出した。
「なるほどねぇ……」
躊躇していた理由が分かった。相手にとって相性が最悪だからだ。
それは、ジェノサイドからすると勝ったも同然。今回も楽な戦いだったと最後まで余裕を抱いていた彼は、ある事を忘れていた。
ヒヒダルマはこれまでに"フレアドライブ"を二度打ち、その度に相手のポケモンを倒した。という事は、その分の反動ダメージが蓄積している。
そしてそれをルークは見逃さなかった。
「"フレアドライブ"」
「"ふいうち"!」
いきなり響いた大声にジェノサイドは驚き、肩をびくつかせる。
その声を聞いたクチートは誰よりも早く動き、誰よりも早くヒヒダルマへ潜る。
鈍い音が響いた。
予想だしない動きとともに繰り出した大きなアゴが、ヒヒダルマを捕らえる。
餌食となったそのポケモンは倒れた。
「マジか。完全に油断したー」
抜けた声でそう言ったジェノサイドはヒヒダルマを戻す。それは同時に最後のポケモンであるゾロアークを出す合図でもあった。
「お前は俺を騙したんだ。これくらいやられて当然だろ」
ルークのその声を無視するジェノサイドは自身の真上に、まるでカッコつけるようにダークボールを放った。
「これでお互い最後の一匹だ……俺のゾロアーク倒せるモンなら倒してみろAランク」
「黙れジェノサイド! 調子に乗れるのも今日までだ!」
強気に言い放ったルークだったが、突如として彼は笑いだした。最後の一匹という緊張感からか、それとも思わずこみ上げる何かがあったのか。
「はっ、ははははは! お前本当に"あの"ジェノサイドなのかよ! それにしては無様な戦い方だよなぁ!?」
「何が言いたい。それとも何らかの期待でもしていたのか? だったら申し訳ねぇな。元来俺は人から期待され過ぎてよくガッカリされる。だからそこは勘弁な」
「そうじゃねぇよ。お前の人格なんざどうでもいいんだよ。俺が言いたいのはポケモンだ。ポケモンの扱い方だ! あまりにも下手すぎやしないか? 特にさっきの。なんだよ今のヒヒダルマ。普通だったら予測出来るだろ! クチートが……」
「クチートが"ふいうち"をするかもしれない、ってか? それくらい予想済みだ」
「嘘だな! ならば何故反動ダメージを考慮しなかったんだ!? お前だったらそんなの予見出来んだろ! あぁ!?」
「だから……」
ふざけた問答しか見えない彼に対して感情が昂るルークだったが、ジェノサイドは至って冷静であった。ため息を吐いて片目を閉じている。呆れているようでもあった。
「いい加減察しろ。俺は必ず勝つ戦いしかしねぇ。勝つために状況を作り上げる。バトルの基本だろ? 俺はそれに忠実だったに過ぎない」
ルークは息を詰まらせた。意味が分からなかった。自らピンチになるような局面を作り出すなどと。故意にこの状況を作り上げた事に理解が及ばない。
「分からないか? ならば今から見せてやるよ、俺のゾロアークの強さをな」
言いながら、赤と黒の光線が一直線へと走ってきた。
「くっ、またかよ……」
やや遅れてルークの命令に従い、クチートはそれを避ける。
「そのまま行けるとこまで接近しろ!」
クチートは走り出した。大技を放った後の大きな隙だらけのゾロアークの下へ。
「なん……っ!?」
「ははっ、だからおめぇは甘いんだよジェノサイド! 今のこの状況見ても同じこと言えんのかぁ!?」
射程圏内へと入る。ここしか無いと絶妙なタイミングを得たルークは叫ぶ。
「"じゃれつく"!」
その後。とてもじゃれついたとは思えない猛撃が、暴力と衝撃の嵐が砂煙を生じさせ、周りを包んだ。
勝敗は決した。誰もが思ったことだろう。
ルークも、遠くから眺めていた学生たちも。
一人の男を除いて。
暫くして、異変に気付く。いつまで経ってもクチートが戻ってこないのだ。
「……おい、何をしている!? 技キメたんなら早くこっちに戻れ!」
得体の知れない不安と緊張から、ルークは怒鳴る。
眼前の砂煙が消えると、その不安は確信へと変化した。
技を受け、倒れているはずのゾロアークが立っている。それも、クチートを逃がすまいと抑えたうえで。
「これを待っていたんだ……俺の勝ちだ。ゾロアーク、"カウンター"」
何処から溢れたのか想像し難いエネルギーが全身から放出され、己が受けたダメージを倍にして返す。
クチートが飛んだ。そのトレーナーの足元まで。
ルークは驚きを隠せなかった。
ただ弱点の技を叩き込めば倒せると思い込んだ。だから大事なところを見逃していた。
「お前……それは"きあいのタスキ"か」
「ゾロアークには必須アイテムだろ。それくらい考えろって」
「ふっ……」
ルークはまたも笑った。
まさかここまで想像通りに事が運ぶとは、と。だからこそ驚きが隠せなかったのだ。
今度は倒れたはずのクチートが起き上がる。
そして助走をつけて猛スピードで駆けたそのポケモンは、再びゾロアークへと迫る。
「お前もタスキか……」
「だーから言ってんだよバーカ! 甘ぇってなぁ! 俺がタスキ持ってる事も考えろっての!」
"カウンター"を受けて倒れないポケモンは基本的に存在しない。その通りで、ルークのクチートの持ち物もゾロアークと同様"きあいのタスキ"だった。
クチートは再び"じゃれつく"の体勢を取りつつ近づく。対してジェノサイドもゾロアークも逃げようともしなければ迎え撃とうともしない。
あと一歩。技が当たる、というタイミングでゾロアークは人間には視認出来ない動きをしたかと思うと、そこでクチートは今度こそ倒れた。
「なにっ……?」
「だから、それくらい考えてるっての」
ゾロアークの"ふいうち"。
相手が攻撃技を選択した場合でなければ失敗してしまう、リスクを負った技だ。
「お前のゾロアークも……先制技だと……?」
「大体のポケモンは"カウンター"で倒せるものだが、稀にタスキか何かで耐える奴が現れる。お互いのポケモンの体力は一。そうすれば人間の心理として、普通はどうするよ? それを見越しての……」
「"ふいうち"って訳か……」
今度こそ負けた。
最後まで騙され、力の抜けたルークはその場で膝を付いた。
勝負は今度こそ決した。
ジェノサイドはゾロアークをボールに戻しながら確認するように周りを見る。やや離れた位置から怯えているかのようにバトルを眺めている学生以外他に人の姿は無い。
「包囲網はまだあるようだが……近くに敵は居ないようだ」
ジェノサイドは警戒しつつ敵に近付く。
こういう時、戦いの結果に納得いかない深部集団の人間は凶器を使って直接本人を傷付ける危険性があるためだ。
「安心しろ、俺は人は殺さない」
深部集団のルール、組織間抗争。勝てば生き残り、負ければ全てを失う。それは組織そのものや財産、金だけでは無かった。
深部集団に所属する人間は、特別に超法規的な権限を有する。
目的に沿った場合に限り、対象の命を殺めても構わない、というものだ。
深部集団は元々ポケモンを悪用して犯罪に手を染め、世の治安を乱す人々を絶滅させる為に結成された存在に過ぎない。それが上の人間の都合とはいえ、その力が同胞に、同じような人間に、即ち深部集団の人間にも向けられた。そんな経緯を持つ。
現実に考えてしまえば殺人の罪だが、今彼等が居る世界は表の世界では無い。
死が身近にある、暴力と力だけの世界だ。
そんな修羅の道を歩む彼らだが、ジェノサイドはそれでも人の命を奪うことはしない。彼はそれを強く誓っている。
「お前がどれほどムカつく人間だったとしても、決して殺しはしない。そう決めている。代わりに、お前を結社に引き渡す。黙って受け入れろ」
深部集団の人間とは、簡単に言い換えてしまえば全員が全員"結社"と呼ばれた、この世界を作り上げた存在たちによって指名手配されていると言える。
その人物の生死は問わない。
「結社からすれば、とにかく俺たちは多く生まれすぎた。結社が俺たちの為に組織一つ作るのに莫大な手間と費用を掛けるのを強いられているのはお前も知っているな?」
ジェノサイドは言いながら、相手が逃げないように拘束するためのポケモンを、"でんじは"を覚えたクレッフィを用意する。
「結社からすれば、裏から世界の治安を守るため、俺たち深部集団は絶滅してほしくはないが、こんなにも人はいらない。いらない人間は排除したい。んで、自分たちの負担も減らしたい。そんな思惑から生まれたのが組織間抗争って概念だ。だからお前も俺も、上手く乗せられた形になってしまった」
「……」
「だが俺はどうしても殺しだけはしたくなくてな……。まぁ俺以外にもこう考えている人間は居るのだろうが、その声を受けて結社は敗者に限り身柄を引き受ける対応を始めたんだ。もう何年も前からだがな。だからお前はこれから結社の世話になることになる。どんな扱いをされるかは知らない。噂では秘密裏に消されるってのがあるが……まぁ組織間抗争を考え付く人間たちだ。どうなるかは想像出来るよな?」
「敗北した……罪ってことかよ」
観念し、全て諦めた様子のルークは抵抗せずその場にじっと座り込む。
無抵抗だとやりやすい、と感じたジェノサイドはまさに今"でんじは"を打たんとクレッフィに合図しようとした時だった。
「……まずい、忘れてたっ!!」
突然靴を擦った、後ずさりする音が聞こえた。
ルークは振り向く。
するとそこには、何かに怯えたような表情をし、自分とは距離を離したのちにリザードンを呼び出しては飛び乗り、その場から逃げ去るジェノサイドがあった。
「な、なんだ……? 一体奴の身に何があった……?」
辺りを見るも、異変は何も無い。
ただ五十メートル程の位置に顔も知らないこの大学の生徒と思われる学生たちがこちらを見ているだけだった。
†
ジェノサイドは基地へと帰った。
元々、エレクトロニクスの男とのバトルが終わればそうするつもりだった。
結果として少し長引いてしまった。
「くそっ、あそこが大学だって事を一瞬だけ忘れてた……。"そういう"警戒をもっとすべきだったな」
大学から基地までは十分から十五分程かかる。時間が曖昧なのはポケモンの飛ぶ速度によるのと、彼がマイペース且つしっかりと測った事が無いからだ。
基地のシンボルでもある、廃れた工場跡を眺めながらジェノサイドは雑草で茂ったところを屈んで手を下ろす。
草に当たる前に冷たい鉄の塊に触れた。
基地に繋がる隠し扉だ。
重い扉をゆっくり開け、地下に繋がる階段を降りながら再びゆっくりと閉める。
コンクリートで作られた廊下をひたすら歩くと、別の扉が現れる。大広間へと繋がる、鉄製の扉だ。
微かにざわめきが聞こえた。
扉の先は大広間へと続く廊下があり、更にその奥にジェノサイドに所属する人々の空間がある。
二つ目の重い扉を開け、廊下を歩き、大広間への扉を開けた。
その先の空間は、廊下と比べて明るかった。ジェノサイドは薄く目を細める。
「あれ? リーダーが帰ってきた」
談笑していたであろう構成員の一人が、意外なものを見たような顔をして周りにアピールする。それを聞いた人だけがジェノサイドへと視線を集中させた。
「リーダー……ですよね? まだ講義の時間じゃないっすか?」
「そうなんだが、そうもいかなくてな。構内で襲撃を受けた。あまりにも面倒だったから講義からも奴らからも逃げてきたぜ」
「その割には、帰りが遅かったな?」
若い年齢層の構成員たちに混じってしわがれた声がする。この組織の中でそんな声を出せる人間は一人しかいない。バルバロッサだ。
「連絡したはずだがな。すぐに帰って来いと」
「そのつもりだったんだが、あの後すぐに包囲網を作ったと自称した自称Aランクの奴とも戦ってな。少し厄介だったが問題なく倒してきた」
「その自称Aランクの人間はどうしたのだ?」
「結社に引き渡す予定だったが、ちょっとミスった。顔見知りの人間が俺のバトルを眺めていたんだ」
「まさか……それに気付いてその場を後にした……と? よかったのか? 敗者をそのままにしてしまって」
「敗者は必ず裁かなければならない、なんてルールは無いからな。バトルに負けちまえば逃げてもいい訳だし。もう一部の先生たちには俺の正体もバレちまってるけど、友達なんかはまだそうもいかねぇ。今あいつらにバレたら少し厄介なんだ」
「顔見知りとは、先生ではなく学生の方だったか……」
深部集団最強の人間には似合わない、あまりにも甘く可愛いその理由にバルバロッサはつい苦笑いする。
ジェノサイドの正体。
それはテロリストでも、殺戮を好む戦闘狂でも無く。
"ただの世間"を気にする気弱な学生でしかなかった。
- Re: Re:Re:ポケットモンスター REALIZE(移設中) ( No.14 )
- 日時: 2023/09/13 19:42
- 名前: ガオケレナ ◆DsVre1ex/o (ID: tOQn8xnp)
九月二十日。土曜日。
外はまだ明るい。そんな中でも、ジェノサイドは仲間と共に動いていた。
「この辺りでしょうか、リーダー」
彼と共に動き常に隣を守るように歩いているのは、鍛えたような筋肉を備えた坊主頭のケンゾウと、彼ら二人と比較して背が低く、まるで寝癖を直さずそのままにしているかのようなボサボサ頭をしたハヤテだ。
二人は仲が良いだけでなく、自他共に"ジェノサイドの両腕"として組織内でも認められている側近のようなポジションでもあった。
そのため、組織として行動する際はこの二人もセットで動くことが多い。今日がそんな日だった。
「あぁ。既に居場所は掴んでいる。奴はその内出てくるだろう」
「出てくる?」
「あぁ。今回の目的は組織"レシェノルティア"への攻撃だ。名前を聞いたことは?」
「たまに、ちらっと聞くぐらいは……」
「だろうな。俺も画面越しにしか見たことがない」
「レシェ……ってなんすかリーダー?」
しかめっ面をするハヤテをよそに、ケンゾウが割り込む。
「言えないからって諦めるなよぉ……。レシェノルティアは深部集団の組織だよ。ネット上……SNSだとかでいっつも邪魔をして来る連中なんだ。誹謗中傷やデマだけならまだ良いんだけど、僕達が別の組織と戦っている時に漁夫の利を得るような言動をしたり任務の邪魔になるようなパフォーマンスを繰り返す質の悪いストーカーみたいなものなんだよ。最近は"例の大学に奴がいる!" みたいな事も言ってて軽い騒動になっちゃったよね」
「オイ、それマジか!」
「ケンゾウ……まさかこれまでの話全部知らなかった……?」
何も知らないという事は理解力の問題だったのか、本当に情報が入ってこなかったのかどちらかだとしてもリーダーの両腕ともある人間がこのようでは些か不安ではあった。
だが、それを無理矢理押し殺して一転、ハヤテは振り向く。
「それで、リーダー」
「なんだ?」
「レシェノルティアの連中がこの街にいるという情報……その特定はどのようにされたのですか?」
「あぁ、それなんだが、すべてバルバロッサに頼んだ。奴曰く結社の持つデータを参考にしたらしい」
「それって……バレたらマズいやつでは……?」
「あぁ。マズいよ。だからバルバロッサに任せたんだ。奴ならある程度平気らしい。結社に知り合いでも居るとか、奴なら許される特権的? みたいなものがあるらしい。詳しくは知らん」
「いやそれめっちゃ重要な話ですやん……。今度詳しく聞いてみた方がいいですよ?」
「リーダーリーダー! それってつまり俺らの情報も同じように扱われて敵に渡ったらヤバいってことっすよね!」
「ケンゾウお前……。今日はやけに冴えてんな。確かにお前の言う通り、相手方にもバルバロッサのようなポジションの人間が居て、俺らの情報を入手されたり拡散でもされたらかなりタチ悪いよな。と言うより、今から戦う相手はまさにそんな事ばかりを繰り返している奴だ。出処は不明なものの、不特定多数の組織の情報を入手しては売買してるって話らしい。それが木曜にあった包囲網にも一枚噛んでいるって時点で俺からしたら一発アウトだろ」
「リーダー、一つ引っかかるのですが……」
「どうした?」
「レシェノルティアは深部集団のデータを他組織に売っている連中なんですよね? そんな事したら結社に怒られるんじゃないですか?」
「怒られるって……なんか表現可愛いな。そこは詳しくは知らないな。情報源が結社が秘匿中の秘匿としている管理のためのデータだった、ってなら確かにヤバそうだが、よくよく考えたら結社が嫌う深部集団の組織とかもゴロゴロ居そうだし、そんな邪魔な組織がレシェノルティアの工作のお陰で消えました、となったら嫌な顔もしないだろう。実態としては見て見ぬフリと言うか黙認と言うか……あそこまでの特殊な技能を持った人間をどうこうってする訳にもいかないんだろうな、結社としても。もしくは、"実は組織レシェノルティアと結社は協力関係にありました"って可能性も有りそうだがな。ってかそっちの方が有り得る」
「なんか……思ったより恐ろしくないですか? それ」
「だろ!? 俺たちが暮らしている、一見すると平和そうに見えるこの世界も見方を変えたら案外脆いもんさ」
ジェノサイドはニヤリと笑う。二人が知り得ない情報を披露したというマウントも、この笑みには含まれていた。
今彼らが動く理由。
それは、ジェノサイド含め組織のデータや情報を外部に流す不届き者を叩く。その代表としてジェノサイドが選ばれたに過ぎない。
「レシェノルティアはDランクの低レベルな組織だ。こんな弱小組織倒したとこで何かが変わるわけがねぇが……まぁ抑止力ってことで。お小遣いも欲しいしな」
「リーダーリーダー! ずぅぅぅっと気になってたんすが、ランクってどうやって決まるんすか? てかランクってなんすか!?」
「け、ケンゾウ!? まさか今の今まで知らなかったなんてオチじゃないよね!?」
深部集団の個々の組織にはランクが振られている。
Sを頂点とし、AからDの下級ランクが用意されており、どの組織も設立時はDから始まる。それからは結社から下された任務を受けたり、組織間抗争を繰り返すことでランクも結社の判断を元に上がっていく。
組織ジェノサイドが最強と言われる所以は揺るぎないそのランク付けにあった。
「じゃあ、今日のレシェなんとかはDだからクソザコってことか?」
「レシェノルティア! まぁ……そうなるね。でも今どきランクなんてアテにならないからよく分かんないけどね。それよりもリーダー、今日は個人的な都合があった日では? いくら相手がザコとはいえ、リーダー自ら赴くのはリスクが高すぎます。ここは僕とケンゾウに任せて、そちらに行くべきではなかったのではないですか?」
「いや、別に。割とどうでもいい用事だしほっといて来たよ。個人的にはこちらの方が大事になった」
「ですが、事が事ですし僕とケンゾウに任せて今から戻っても全然良いですよ?」
「どんだけ俺を帰らせたいんだお前。……まぁ、最初はそれも考えたんだけどね。場所が場所だからそれも止めようってなった」
「場所?」
「今日此処で、俺らはレシェノルティアと戦う。その一方、"表の"世界では今日この街で俺の所属するサークルの集まりがあって、友人たちもここに来ることになっている」
嫌な偶然もあるものだった。
ほんの数日前、ジェノサイドが学生として暮らす表の世界では『Traveling!!!!』という旅行サークルが調布という街で飲み会を行う事を決めた。
そんな街には『レシェノルティア』という深部集団の組織も紛れている。
その世界の対比がたまらなく気持ち悪い。
そのせいでジェノサイドは行く気を失せた。
「とにかく行きたくなくなった。仮に行くとしても、抗争の後に何食わぬ顔で飲み会に飛び入り参加ってのも嫌すぎるだろ」
「ギャップが……半端ねぇっすね」
ケンゾウもそのイメージにドン引きする。
「ではリーダー、これからレシェノルティアの基地へ向かうとして……どうします? もう始めますか?」
「そうだな。早めに終わらせておこう。奴の居場所は掴めている。駅の裏路地にあるごく普通のライブハウスだ。普段はそこで収入も得ているらしいな」
「リーダー! それはつまり基地を使って金を得ているってことっすけど、そんなのは認められるんすか!?」
それはケンゾウの野太い声だった。
彼はどちらかと言うと論を交わすよりかは拳を交えるタイプの人間なので、こういう話題はあまり好まないからか乗ってくることはない。なので今この話を交わしている姿は、ジェノサイドにとって妙な意外性を放っているようなものだった。
「結社が俺らに押し付けたルールは幾つかあれど、その中に『基地を金銭目的で利用してはならない』とか、『組織的活動以外での金銭の取得は許されない』なんてものは無いからな。まぁオッケーなんだろ。ライブハウスが実は深部集団の組織所有でした、ってのがバレたら多分ダメだろうけど」
「だったらリーダー! 俺らも基地を魔改造して副業始めましょうよ!」
「アホかケンゾウ。あの基地は姿を隠すのを徹底した形なんだよ。今更それを崩すなんて有り得ない。そうですよね? リーダー」
「ハヤテはよく分かっているな。その通りだよ。基地を変える予定は無いな。でも、それが収入源にもなれたらと考えると中々面白いアイデアなのも確かだ。金の蓄えはあるから変えようと思えば変えられるんだけどな」
そのように会話を続けた三人は駅構内を歩き、反対側へ出ると少し歩いて問題のライブハウスの前へと辿り着く。
「こうして見るとライブハウスも良いな」
ジェノサイドは地下のライブハウスへと続く通路を歩きながら正直な感想を述べた。
「地上から地下への通路が決まっていて、それでいて細い。入口も狭いから敵からの侵入もある程度防げるな」
「頭も良いですよね。それでいてライブハウスの利用料も得られるというのも面白い発想です」
「いいから早く行ってくれ! 狭い!」
用心して歩く二人の背から、ケンゾウの悲痛な叫びが聞こえる。
急かされた気がしたジェノサイドとハヤテは早足気味に進み、扉へと近付いた。
「いいか、ドアを開けたらすぐに攻撃だからな。油断するなよ」
二人の返事が聞こえる。
ジェノサイドは勢いよく扉を開ける。そして叫んだ。
「レシェノルティア! Sランク組織ジェノサイドはお前らに対し宣戦布告する!」
ルールに則り宣言するジェノサイド。本来は戦うと決められた日時以前にやるものと半ば暗黙の了解とされているものだが、当日その瞬間に行っても何の問題も無いため、今回はそれに従った。と言うより、以前やられた神東大学での包囲網の事件もその瞬間に発せられている。彼の心情的にはやられた事をやり返したつもりだった。
「いない……?」
堂々と侵入した三人であったが、薄暗い部屋には自分達以外の誰かが居る形跡が無い。
三人の足音と、ジェノサイドの声が無駄に響くのみだった。
「人っ子一人居ないっすよ」
「おかしいな……此処で合ってるはずだが……」
言いかけた時だった。
背後からずるりと、鋭い刃物で撫でられたようなおかしな感触が全身を伝う。
「リーダー……? リーダー!!」
異変にいち早く気付いたケンゾウが駆ける。
だがそれも間に合わず、あたりに人が倒れる鈍い音が響く。
二人はそちらを見る。
刀剣を持った一人の男が、倒れたそれに対し冷たい笑みをぶつけていた。
「また誰か来たと思ったら……まさかのジェノサイド? 凄いのが来たもんだなぁ」
表情とは対照的にその声色からは喜びを感じられない。その男は剣を二人に向ける。
「ここに来たってことはあれか? 妙な所から情報仕入れてきた感じだよね。ボクが此処を根城にしているなんて、結社にしか伝えてないからね」
「俺たちや結社が分かるってことはテメェレシェなんたらの人間だな! てめぇこそ武器なんか使っていいとでも思ってんのか!」
ケンゾウは剣の威嚇にも怯まず、拳を握り今にも突っかかりそうな雰囲気を放つ。人が見ればそちらの方に恐怖を感じる程だった。
「ん〜、宣戦布告したら基本ポケモンしか使わないけど、戦闘中に不意打ちに拳銃ぶっぱなして敵を倒すとかたまに聞くし別にいいんじゃない? それにボクはまだその宣戦布告受け入れてないからね。あくまでも今はまだ組織対組織ではなく、組織対個人ってところかな」
結社からの規定には、組織間の戦いへの決まりはあっても、組織と個人との戦いの規定は存在しない。それはつまり、個人であれば相手が組織そのものだろうが、組織の長であろうがどんな手を使っても良いということだ。
「ボクはルールに従った。その上でたった今ジェノサイドを斬り殺した。組織の長が死ねば組織はもう成り立たない。ホラホラ、ジェノサイドはもう滅んだんだ。帰れ帰れ」
その言葉に苦い顔を交わす二人。
だが、その二人は違和感を感じていた。
刀剣を持った男も同様だった。人を斬ったという感覚が無い。
ジェノサイドの倒れた体から異音がした。
と思うと、その体は空中に浮かぶと一回転し、ゾロアが姿を現す。今度も主人に変身していたのだった。
「ゾロアの……変身?」
「と言うかは化けだな。いやー、びっくりした。眺めていたからどうとでもなかったけど、もしもあれが自分だと思うとやっぱりビビるよなぁ。後ろからの不意打ちはやっぱり慣れない」
そう言っては本物のジェノサイドはその部屋に備え付けられていたカウンターの影からもぞもぞと現れる。元から薄暗い部屋だったのでタイミングを見て入れ替わったようだ。
嬉しそうに走ったゾロアはジェノサイドの腕の中へと飛びつく。
ジェノサイドはゾロアを抱え、撫でながら言う。
「お前がレシェノルティアか」
「うん。レシェノルティアのヨシキ。覚えてくれると嬉しいな」
その名前には聞き覚えがあった。
バルバロッサから提示された情報、そこに載っていた人物。
Dランク組織レシェノルティアのリーダーとして記録されていた名だった。
- Re: Re:Re:ポケットモンスター REALIZE(移設中) ( No.15 )
- 日時: 2023/09/13 19:50
- 名前: ガオケレナ ◆DsVre1ex/o (ID: tOQn8xnp)
ジェノサイドは安堵した。同時に侮蔑の感情も催した。
それは、この後に放った言葉からも見て取れる。
「ヨシキ……ね。本名かな? まぁどうでもいいや。ズバリ聞くけど、お前が組織レシェノルティアのリーダーだな?」
「ったく……はぁ。情報掴んでんならそれくらい知ってるでしょ。なんでわざわざ訊ねてくるかな?」
ヨシキは言いながら手に持っていた刀を振った。綺麗な楕円を描いたそれからは微かな風切り音が静寂な空間に響く。威嚇のつもりのようだった。
「それとも、わざと聞いて反応を伺おうとしたのかな?」
当たりだった。
両隣に立っていた二人はギクリとした表情をしつつジェノサイドに目配せしたようだったが、肝心の彼本人が二人を見ることすらもしなかったので、発せられたであろうメッセージに気付かずに終わる。
傍から見れば、取り巻きが不審で思わせぶりな動きをしたという意味がありそうで何も無い、結局何をしたかったのかよく分からないまま時間を奪うという結果になってしまった。対照的にジェノサイドは顔色一つとして変わっていない。
「探り合いは重要だもんね、わかるわかる。でも、ボクはこうも思ったんだ。ジェノサイド、君は本当はこう訊ねたかったんじゃないかな? 『なんで組織の長自ら待ち構えているんだ』ってね。まぁ君が言うなよって話だけど」
今度こそジェノサイドも多少ギクリとした不安を覚えた。その時だけ鼓動がやや早まるものの、ポーカーフェイスを意識しているためか昂りは徐々に失せてゆく。
「確かに、『お前が言うな』案件だな。だが、仮に俺がそう思ったとして、お前は何故そんな考えに至ったんだ?」
「そんなの……勘のいい君なら分かるはずだよ?」
「それもそうか」
会話が、話が二人の間で勝手に完結している。
置いてけぼりにされて且つ状況の理解出来ないハヤテとケンゾウは。
「あのぅ……すいまっせんリーダー。どうも何が何だかサッパリで俺たち……」
空気が読めていないのを自覚しつつ聞いてみることにした。その声はケンゾウのものだった。
「大学で受けた襲撃は」
ジェノサイドはケンゾウの質問を無視する。我ながら部下には冷たいと若干の後ろめたさを覚えながら。
「どういう訳か全員が全員その組織のリーダーが俺にわざわざ突っかかって来た。ハッキリ言って普通の組織間抗争ではあまり見ない光景だ。お前が何か指図でもしたのか? 神東大学に俺が居るって情報を不特定多数にバラしたのはお前だって言うじゃないか」
「それは半分正解かなー? でもちょっと違う。もっと心理的なものだよ」
「心理的?」
「組織対組織で戦った場合、誰がその恩恵を最も受けることになると思う? ……結社を除いてね」
「そんなの……勝った組織に決まってるじゃないか!」
ハヤテが語気を強めては割り込んだ。
「はい残念。まぁ、これまでずぅぅぅぅっと勝ち続けてきた組織ジェノサイドには分かりにくいのかな? 一番当てはまると思うんだけど」
「ハッキリしろよ。言いたいことさっさと言わねぇなら今この場で殺すぞ。俺もお前如き雑魚には時間掛けたくねぇんだわ」
「ハイハイ、わかったよ。正解は勝った組織の個人間の問題だよ。誰が今回の戦いで一番目立ったか、一番の功労者は誰か。そんな所だよ。大体組織の長が得られた利益の大半を掻っ攫うもんだけど、それを良く思わない構成員も現れたりするじゃん? すると、我先にと動く人間も出たりするじゃん? そうなると組織の長としては面白くないものだよ。だから……」
「組織の長があえて出張る……という事でしょうか? 大きすぎるリスクを負ってまで。全ては利益のため……?」
確かに組織ジェノサイドではあまり見ない光景だった。自分で推理しておきながら、ハヤテは身震いする。
「そ。結局みんなお金が欲しいんだろうねぇ。相手がこの世界で最強で最もお金持ちの組織のジェノサイドだったら尚更でしょ。利益独占したいでしょ。その心理を利用してもらったよ。それで集まった連中が神東大学でのジェノサイド包囲網ってワケ! なんか大体がやられちゃったみたいだけど」
「そんで今度はお前自身が迎撃に、ってことだな」
「うん。ボクが手にする利益はボクだけのモノにしたいからね」
「そうかそうか。なら、さっさと死ね」
ジェノサイドはそう言いつつ微笑をたたえた刹那、彼を中心に赤黒い光線が広範囲に放出された。対象は問わず、無差別に。
ゾロアークの"ナイトバースト"は狭い空間に広がる。そのせいで多くの備品に命中しては破壊し尽くす。ステージのライト、スピーカー、放置されたスタンドマイク、そしてさっきまでジェノサイドがシェルター代わりとしていたカウンターまでも。
衝撃音はすぐに止んだ。コンクリートを破壊した際に弾けた振動を捉えつつ大量の埃を被ったケンゾウとハヤテががばりと煙の中から起き上がった。直撃を防ぐため咄嗟に伏せたようだ。
「ちょっ、リーダーァァ!! 殺す気ですかい!?」
「あの……敵の油断を掻いた攻撃なのは分かりますが、僕らにも当たります。勘弁してください」
「あー、悪いお前ら。でもお前らなら避けられるだろうと思っていたから大丈夫よ」
僕らが大丈夫じゃない、と言いたくなった感情をグッと抑えたハヤテは彼ら同様に入口を見つめる。そこにヨシキの姿は無かった。
「逃げられましたね」
「あぁ。"ナイトバースト"を放った瞬間、不自然な風があった。恐らくヨシキが何らかのポケモンで防いだんだろう。そしてその隙に姿を晦ました、と」
「どう見ます?」
「どう見るって言ってもな……。実力は大したもんじゃねぇな。普段安全圏から様子見しながら深部集団の情報を売ってる奴だ。自身に危機が迫ったら一目散に逃げるタイプだろうな。その為に絶対に勝つ手段を講じる。だから銃刀法違反覚悟で刀突きつけてきたんだろう」
「それはつまり……実戦が苦手な可能性が?」
「有り得るだろうな。実力の無さを情報でカバーってか。まぁいい。要するにアイツとっ捕まえさえすれば勝てる戦いだ。奴が味方を呼ぶ前に三人で手分けして探すぞ。見つけ次第潰せ」
二つの耳がそれぞれ「了解」という声を掴む。
三人はライブハウスから地上へ出るとそれぞれ異なる方角を目指して走り始めた。
†
どれほど目を凝らしても、それらしい人物は見当たらない。
体力に自信の無いハヤテは早くもバテ気味になりながらも軽く走っては休み、走っては休みを繰り返していた。
(居ない……なぁ。格好も白のシャツに紺のデニムだったから普通と言えば普通だから上手く溶け込んじゃったかな? そう簡単に見つかる訳ないか……)
不満を覚えたハヤテだったが、一番の特徴だけは忘れずにいた。
ライブハウスには何も残っていなかった。自らのリーダーを切り付けた刀が、そこには無かった。つまりは、今も所持したまま逃げていることになる。
「このご時世に刀なんて持ってたら目立つし危ないよなぁ……」
そんな事を思っていたハヤテは駅前まで辿り着くと偶然にもケンゾウと再会した。
まだ探し始めて三分は経っていない。
「ハヤテ! 奴は!?」
「居ないよ。そっちは?」
「ダメだっ!」
ハヤテのその反応にケンゾウは首を横に振ったかと思うと今度は頭を抱えだした。相変わらず感情表現が激しい男である。
「だーっ! ちくしょう! 逃げ足早すぎだろ! 人間の癖してスカーフでも巻いてんのかあの野郎」
冗談にしか聞こえない冗談ではあるようだが、その顔は本気だった。ハヤテはそんなギャップに戸惑いつつ状況の整理を試みる。
「と、とりあえず……まずは考えよ?」
「お、おう」
冷静さを取り戻した二人は歩きつつ駅へと向かう。ケンゾウはハヤテの歩行ペースに合わせる。
「リーダーが"ナイトバースト"ぶっ放してライブハウスを出たのが丁度三分前かな。それからすぐ皆と別れて駅周辺を探ってみたけどヨシキは見つからずじまい。そこでケンゾウは僕と会った。それが今。そうだよね?」
「だが……三分しか経っていないんだからよ、まだそう遠くには逃げていないはずだぞ」
「うん。それこそ、こだわりスカーフ巻くかポケモンで逃げるかしないとね。それに僕、見たんだ」
「なにを?」
「刀だよ。あいつは最初から最後まで刀を持ってたでしょ? それがライブハウスの中では見当たらなかった。ここまで探している間にも見つからなかった。だから多分、今も抱えながら逃げてると思う」
「おいおい、そんなモン持ち歩いていたら目立つだろ。物騒だし」
ケンゾウは言いながら指をポキポキと鳴らし始めた。彼の格好はタンクトップにカーゴパンツである。麗しい肉体が曝け出されているため、人が見れば彼も十分物騒ではありそうだったが、その自覚は無いようだった。
「う、うん……その通りだよね。注目も浴びるし通報だってされかねない。交番もすぐ近くにあるし、僕らから見ても目印にもなるよね。でも、それらを解消する方法があるとしたら……」
「あるとしたら……?」
何も思い浮かばないケンゾウはオウム返ししては一息入れて背伸びをした。
何も意識しないまま、眼前に広がる青空を眺める。
「んー、俺には分かんねぇな。こうして空を眺めることしか……。んん!?」
突然ケンゾウの声が裏返る。
不自然に叫ぶ形となったのでハヤテも驚きはしたが、ケンゾウと空を交互に見ては何か思い付いたらしかった。
「今なんか見えたような……」
「ケンゾウ! 多分それがヨシキだよ! ポケモンに乗って空から逃げる事が出来れば刀持っていようが目立つことは無いし地上を注視している僕らの目も欺ける! 今君が見たのはポケモンだったかな?」
「いや、そこまでは……。でもなんか飛んでたな」
確認はいらない。ハヤテはすぐにスマホを用意して電話をかける。相手は当然ジェノサイドだ。
「もしもし! リーダーですか!? ヨシキは今駅から見て北側の上空にいます!」
簡潔に済ませる。それだけ言っては通話を切った。ジェノサイドが電話に出たことは分かっているので、あとはすべて任せてしまえばそれでいい。実際ジェノサイドはそれを聞いて嬉しい報告であると内心喜んだ。
「俺を乗せろ、リザードン!」
迷いは無かった。
ボールからポケモンを出すと颯爽と背に乗り、言われたように北の方角目指して飛んだ。
駅からかなり離れた位置まで走っていたジェノサイドは、駅の真上まで来るとスピードを緩めるように指示をしつつ指定された方向へ意識を集中させるが、それらしい影は見えない。
再び見失ったジェノサイドは再度ハヤテへと連絡を入れる。
「すまん、今駅の真上から北に向かって飛んでいるが姿が見えない。本当に北だったか?」
「えーっと……確かにさっきケンゾウがそっち方面を見ながら発見したらしいのですが……。よっぽど速いポケモンじゃないとそんな離れてないと思います。もしかしたら、上空からだと分かりにくい場所に隠れている可能性もありそうですね。建物の陰とか、高架下とか。僕たちもそれを意識しながら探してみます」
「おう、頼ん……うおおっ!」
不意に上がったジェノサイドの叫び声でハヤテは耳が痛くなり、反射的にスマホを遠ざけた。が、最悪の事態が過ぎり、彼も電話越しに叫ぶ。
「リーダー! 大丈夫ですかリーダー! 何かありましたか!?」
「……俺は大丈夫だ。すまん、今は切る」
そう言われては一方的に通話を切られる。
何が何だか分からないハヤテは無我夢中で駅まで走った。さっきまでバテていたのを忘れるかのように。
「おい、どうしたんだよハヤテ!」
「いいから! こっち!」
二人は駅まで戻っては空を見上げた。そしてジェノサイドの身に何が起こったのかを理解した。
一瞬だが油断した。
通話のためジェノサイドは丸腰だった。そこを背後から、エアームドに乗ったヨシキが突撃して来る。
リザードンはそれを本能的に避けた。そのリザードンの動きに驚いたジェノサイドが叫んだだけであったのだ。
ジェノサイドは改めてヨシキを確認する。
白のシャツ、紺のデニム、そして手に持つ刀。
「あー、びっくりした」
「第一声がそれ?」
ヨシキは自由奔放にして余裕だが注意散漫なジェノサイドの姿を見て呆れつつ怒りを覚えた。
お前みたいな未熟者が最強になれるのか、と。
「エアームド、"ドリルくちばし"」
ヨシキは暗に特攻を命令する。
鋭く尖らせた嘴が、風に乗った形で迫る。
しかし、ジェノサイドはその顔に変化を見せない。
「かわせ、リザードン」
造作もない事だった。リザードン程度の速さならば簡単に避ける事が出来る。
「そう言えば、お前に言いたい事がもう一つあったわ」
「なんだい?」
二人は空の上で静止したまま、距離を空けているにも関わらず会話をし始める。
「お前は、どんなポジションに着いているんだ? 普通、深部集団の情報なんて掴めるはずが無い! 答えろ、お前の背後に居る人間は誰だ! 結社の人間か!?」
「ねぇ何!? 遠くて声が聞こえない!」
聞こえないフリか、本当に届いていないのか。丁度そんなタイミングで風が強まりだした。
埒が明かない。そう判断したジェノサイドはリザードンに命令する。
「"だいもんじ"」
リザードンの口から炎が吐かれると同時にエアームドは動いた。気付かれたらしく、折角放った炎は何も無い所で散る。
「唇の動きで分かるんだよそんなの! 本当に君は不意打ちが好きなんだね!?」
「テメェに言われたかねぇ!!」
今度はリザードンがエアームドに向かって急接近し始める。
はじめこそはその速度に目が追いつかなかったヨシキだったが、相手の目当てがエアームドの撃破ではなく、自分自身だと察すると突如として急降下するよう命じた。
彼とエアームドは地表スレスレまで下る。
人が多い地上ならば遠慮の無い攻撃は出来ないという彼なりの予測だった。
その光景を今まさにケンゾウとハヤテは目撃していた。
互いに技を放ったかと思うと、エアームドが高度を下げる。すると、それに応じるかのようにリザードンも同様に急降下しだした。
「おい……まさか……」
ケンゾウはその光景を見て不安を抱いた。
ジェノサイドの性格を彼なりに理解しているためだ。
その通りで、ヨシキとエアームドは彼を煽るかのような振る舞いで地上を歩く人々の頭上ギリギリを走ったり、突然車道に躍り出てはそこを走る自動車の前方へ飛んだり、すれ違う自動車同士の間を抜けたりと危険な動きを繰り返す。
そして、それを見たジェノサイドとリザードンは彼と全く同じ軌道をなぞって後を追う。
「無茶っすよリーダー! こんな街中でドッグファイトなんて危険すぎるっす!」
当然だがケンゾウの声はジェノサイドには届かない。その叫びも虚しく、二人は街を駆ける。
「ケンゾウ……? リーダーは?」
「ダメだ。奴と追っかけっこ始めちまったようでどっか行っちまったよ。ああなると熱くなって周りが見えなくなるしよぉ……」
ハヤテはそれを聞いて大きく溜息をついた。
「またか……。ああなるともう手は付けられない。街に被害が及ぶかもしれないから最後まで他人のフリしてようか……」
彼ら二人の間では定番のやり取りである。
エアームドは車道ギリギリを通過する。
リザードンはそれを追い、走行中の軽自動車と歩道橋の隙間をくぐり抜ける。
強い風を浴びながら目の前を走る敵を強く捉える。近くを迫る人や車はお構い無しだ。だが、それでもそれらに当たることは無く、躱し続ける。
視界が突如として開ける。死角の一切が存在しない大空の真ん中へ放り出された。
西日の強い光に目を奪われ、つい目を瞑ったその瞬間を。
エアームドは旋回してこちらへ迫って来た。追い風も相まって凄まじい速度だった。
今から避けるには間に合わない。何かしらの技を放とうにも指示と実行のタイムラグが生じることで追い付く事が出来ない。
ジェノサイドは悟った。すべてを理解した。誘導されたと。
(この状況を作るために、今まで逃げ続けて誘ってたわけか……)
そう思い、ジェノサイドは両目を瞑った。
このままではエアームドは自分と激突する。リザードンは平気だろうが生身の人間である自分はただでは済まない。ここで死ぬだろう。
同じ生身の状態であるヨシキも同等だが、エネルギーの向きが違うし、頑丈なエアームドに乗っている。恐らくだが死ぬのは自分だけだ。
敗北を受け入れる。
かのように見えたジェノサイドは忽然と姿を消した。文字通り、その瞬間に。
「な……に……? 今のは……?」
勝利を手にする思いだったヨシキは瞬時になんとも言えない不安に駆られる。
目の前に居たはずのジェノサイドの姿が見えなくなった。
だが、その理由はすぐに判明した。
その真下。
ジェノサイドは落下していた。
よく見るとリザードンの姿が無い。一瞬の隙にボールに戻したかもしれないが、とてもそうには見えない。
一切の防具を身に付けて居ないその体が、地上に向け落ちている。
「血迷ったのか!? どちらにせよ君は死ぬ……」
言いかけたその時。
本来ならば掛からないはずの陰が、その身を覆った。
今ある上空に、遮蔽物などあるはずが無い。航空機が飛ぶ高高度を飛んでいる訳でも無い。
今ヨシキは有り得ない現象に遭遇してしまう。
同時に、不自然な熱も感じた。
陽射しの割には強く、熱い。
まるでBBQをしている時に感じるそれのようだった。
間近故に地肌を触る熱。浴びる炎。
その感覚に近いものだった。
恐怖を覚えたヨシキはゆっくりと見上げる。
するとそこには、今まさに"かえんほうしゃ"を打つその瞬間のゾロアークの姿があった。
「なっ、ゾロアーク!? ばっ、……さっきまでリザードンに乗っていたはずなのに!! まさかずっとリザードンに化けたゾロアークに乗って飛んでいた!? いや、有り得ない! ゾロアークは重さまでは変えられないはず……っ!」
訳の分からないヨシキであったが、この時になって初めて彼はジェノサイドが最強たる理由を知った。
「途中までは本物のリザードンだった……? でも、どこからゾロアークが……? どこまでが幻で、どこからが現実? 分からないっっ、君の強さは……その本質は……っ!」
直後にして、その身を爆炎と轟音が包む。