二次創作小説(紙ほか)

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Re:Re:ポケットモンスター REALIZE
日時: 2024/03/05 19:54
名前: ガオケレナ ◆DsVre1ex/o (ID: xPOeXMj5)

はじめまして。これまで二次創作板(総合)にて同名の作品を書いておりましたガオケレナです。
この度、より書きやすい場を求めて移設することとなりました。移設作業が終わり次第こちらで続きを書く予定です。宜しくお願いします。

現在のあらすじ
一番の仲間を失った深部ディープ集団サイド最強と言われている青年ジェノサイドであったが、世界を一変しかねない騒動を収めて以降平穏な日々を送っていた。
そんなある時、これまで確認されることの無かった"メガシンカ"が発現したという噂を聞き、調査へと乗り出す。
それと同時に、深部ディープ集団サイドの世界では奇妙な都市伝説が流布していた。結社の人間を名乗る男の手紙を受け取った組織は例外なく消滅してしまうという、悪戯にしては程度の低い噂。
メガシンカを追っていたジェノサイドの元に、正にその手紙"解散令状"を受け取ってしまった組織の人間が現れて……。
結社。それは、深部ディープ集団サイドそのものを含めた裏社会全般を作り上げた、大いなる存在。それが今、ジェノサイドと相見える。

第一部『深部ディープ世界ワールド

第一章『写し鏡争奪篇』
>>1-7

第二章『シン世界篇』
>>8-24
 >>8-10 堕天狗といかずちの包囲網
 >>11-13 包囲網第二幕・妖精の王
 >>14-16 激闘 ライブハウス
 >>17-19 暴かれた真実、膨らむ疑惑
 >>20-24 霊峰の戦い

第三章『深部消滅篇』
>>25-
 >>25-28 メガシンカ発現
 >>29-31 解散令状
 >>32-34 メガシンカの恐怖
 >>35-40 平穏なる港町、横濱よこはま
 >>41-43 夢の国での悲劇
 >>44-47 同士諸君よ、戦いの時だ
 >>48-   叛乱
 >>    後片付け

第四章『世界終末戦争アルマゲドン篇』
 >>    不協和音

第二部『世界プロジェクト真相リアライズ

第一章『真夏の祭典篇』
>>

第二章『真偽ボーダー境界ライン篇』
>>

第三章『偉大グレート旅路ジャーニー篇』
>>

第四章『タイトル未定』
>>

第五章『タイトル未定(最終章)』
>>

〜あらすじ〜

 平成二十二年(二〇一〇年)九月。ポケットモンスターブラック・ホワイトの発売を機に急速に普及したWiFiはゲームにおいてもグローバルな交流を果たす便利なツールと化していった。
 時を同じくして、ゲームにしか存在しないはずのポケットモンスター、縮めてポケモンが現世において出現する"実体化"の現象を確認。ヒトは突如としてポケモンという名の得体の知れない生物との共生を強いられることとなる。

 それから四年後の二〇一四年。一人の青年"ジェノサイド"は悲観を募らせていた。

 世界は四年の間に様変わりしてしまった。ポケモンが世界に与えた影響は利便性だけではなく、その力を悪用して犯罪や秩序を乱す者を生み出してしまっていた。
 世はそのような悪なる集団で溢れ、半ば無法な混乱状態が形成される。そんな環境に降り立った一人の戦士は数多の争いと陰謀に巻き込まれ、時には生み出してゆく。

 これは、ポケモンにより翻弄された世界と、平和を望んだ人々により紡がれた一つの物語である。



【追記】

※※感想、コメントはお控えください。どうしてもコメントや意見等が言いたい、という場合は誠に勝手ながら、雑談掲示板内にある私のスレか、もしくはこの板にて作成予定の解説・裏設定スレにて御願いいたします。※※

Re: Re:Re:ポケットモンスター REALIZE(移設中) ( No.21 )
日時: 2023/12/05 20:26
名前: ガオケレナ ◆DsVre1ex/o (ID: COEfQkPT)


 ジェノサイドは静かに、ゆっくりと目を閉じた。雑念を一掃し、状況を把握し、最適な答えを導くために。

 原理も理由も分からない。だが、対峙するバルバロッサは何故か伝説のポケモンを扱えているようだ。
その対処に悩む。しかし、だからと言っていつまでも何もせず佇んでいる訳にもいかない。戦うと決めた以上戦わなければならないのだ。

 ジェノサイドはゆっくりと目を開ける。やはり、目の前の光景は夢では無かった。
異様な空模様、香りも見た目も申し分ない花畑、雪も無いのに舞い散る風花。そして、伝説のポケモンであるランドロス。
認めたくはないが、認めるしか無かった。
今ある景色は、現実であると。

「ファイアロー、"ブレイブバード"っ!」

 初っ端から繰り出すのは捨て身の一撃だった。
ジェノサイドのファイアローの特性は隠れ特性の"はやてのつばさ"。持ち物は使える技が固定されてしまうという制約がある代わりに"こうげき"が一・五倍上昇する"きあいのハチマキ"という攻撃以外の考慮が存在しない個体。ランドロスがゲームのデータに準じた強さであればそれなりのダメージは与えられるはずだ。だからこそジェノサイドは一切躊躇わない。

「まぁ、お前さんならそう来るよな」

 一方で、バルバロッサは顔を曇らせる素振りすらも見せない。
一瞬だけランドロスを横目にやると、そのポケモンは独りでに動き出した。

 ランドロス自らが、"うつしかがみ"に吸い込まれたのだ。

「なん……っ!? 何をしているんだ!?」

 見た事も聞いた事も無ければ想像すらもしていなかった展開にジェノサイドは驚きを含んだ叫び声を上げる。
その間に鏡に吸い込まれたランドロスはボルトロスへと変化し、地上に現れた。
ファイアローは姿が変わったボルトロスに向かって突き進んでいる。そのスピードに変わりはない。

「何もおかしな事ではないだろう? お前さんもバトルの際には必ず行う動作。それと同じものさ」

 バルバロッサは彼の心を読めていたようで、冷静に、しかしどこか勝ち誇るかのように言ってみせる。

 ランドロスはボルトロスに変身したわけではなかった。"うつしかがみ"を介して交代したようだった。しかし、仮にそうであったとしても漂う違和感を無視する事は出来ない。

 ファイアローの特攻はれいじゅうフォルムと呼ばれている、荒々しい見た目をした雷神の身体に突き刺さる。しかし、ボルトロスの表情は何ら変わらない。胸のあたりから微かに白い煙が流れるだけで大きな変化は無かった。でんきタイプにひこうタイプの技はいまひとつであるせいだ。

「交代……だと? だとしてもおかしい。いくらなんでも変だ」

 理不尽で自身に都合の悪いものを見させられたジェノサイドのそれは不正を糾弾するかのようだった。バルバロッサもその気持ちが理解出来ているようで冷笑している。

「本来交代という選択はもっと時間を要する……。ターン制のゲーム内であれば一ターン消費するし、この、現実のバトルであればターン制という概念が無い代わりにほんの少し……若干のタイムラグが生じる。相手にとって見ればそれは十分な隙でもある。だが今のお前の行動は……」

「タイムラグが存在しない。そう言いたいんだろう? お前さんは」

 ジェノサイドは頷く代わりに睨んでみせた。今ここでバルバロッサのペースに乗せられると敗北する、そんな気に駆られる。

「だから私は初めに言ったのだ。戦いなど無益なものはやめよう、と。しかしお前さんは突き進んだ。戦うという選択を採った。ならば私もそれに倣うしかないだろう? それが間違った選択だと自覚したところでもう遅い。選んだからには、覚悟をするものだ」

「偉そうに説教してんじゃねぇぞ、答えになってねぇんだよ! テメェのその動きは何なんだよ!」

「つまりだ」

 バルバロッサは溜息にも見える息を一呼吸入れて吐いた。もしかしたら、ジェノサイドのその言動に軽く失望したのかもしれない。

「見てみることだ、この外の景色を。私が思い描いた景色そのものだ。私が想像した、私の理想が、私の世界が、今ここに表れている」

 ジェノサイドは内心、また始まったと忌々しそうに己の中で呟く。"うつしかがみ"をいざ取りに行くという段階でもそうであったが、バルバロッサという男はすぐに答えを言わずに無駄に考えさせる言動を取る。タイミングが悪いと苛立ちしか覚えない。まさに今がそうだった。

「私の思い通りに、私にとって都合の良いものが今だけ、此処だけに現実となる。その一端が今の"交代のようななにか"だ」

「何でも都合良く……ね。テメェは神にでもなったつもりか」

「神か……。解釈次第ではそのように映るかもしれないな」

「訳の分からねぇことばっかブツブツブツブツと気持ち悪いんだよテメェは」

「まぁまぁ。何も知らないとなるとそう思うのも無理はなかろう。もう少し話をしたいがケジメというものを付けさせてもらう。受けた分のお返しだ」

 バルバロッサはそう言うとボルトロスをチラリと見ては目を合わせる。そして鋭く真っ直ぐと指を差した。その先にあるのはジェノサイドのポケモン、ファイアローだ。

「"10まんボルト"」

 静かだが迷いも無く、厳しい声だった。
そして、今度もタイムラグが存在しない。指令があって技を放ち始めるのではなく、命令したと同時に電撃が既に走っているのである。
ジェノサイドもファイアローも気付くには遅すぎた。
閃光と乾いた破裂音が響いては宙を舞っていたファイアローは真っ逆さまに地上へと墜落する。ジェノサイドは叫んだが、無駄に喉を潰すだけに終わってしまった。

「クソっ、避けきれなかったか……」

 苛立ちを募らせてジェノサイドはファイアローをボールに戻す。早速彼は貴重な手持ちのポケモンの一体を失ってしまった。

「今ので分かっただろう。深部ディープ集団サイド最強と言われているお前さんでも、あらゆる理想を具現化出来る今の私には勝てる事など無いと思え。同様の力を振るえるポケモンを私は三体有しているのだからな」

 バルバロッサのその台詞を聞いてジェノサイドは確信した。今地上に現れているボルトロスは本物であることと、バルバロッサが本当に伝説のポケモンを扱えている、ということを。

「さてと、やられた分をやり返して五分五分となったところで閑話休題。私の目的についてだが……」

 何ひとつ欠けていない癖に何が五分五分だ、とジェノサイドは怒りに燃えるところだったが、話題が自分が今一番知りたいものに向きかけて意識がそちらに注がれる。とはいえ、過信は出来なかった。彼のことであるから回りくどい表現を多様するに決まっている。そう思うと、やはり怒りが込み上げてくる。

「私はな、ジェノサイド。ただ還りたいだけなのだ。元の世界へと」

 予感は的中した。やはり彼は素直に答えを言うことは無いようだった。話は聞くだけ無駄だと判断し、次なるポケモンであるゲッコウガを繰り出す。

「まだ戦う気なのかね……」

「テメェに期待するだけ無駄なようだな、目的がなんだ? 素直にハッキリと言えばいいじゃねぇかよ! こんな時にものらりくらりとしやがって……。本当に苛立つんだよそういうの!!」

「素直にハッキリと言ったではないか。元の世界に還りたい、と」

 それを聞いてジェノサイドの全身は強ばった。今のバルバロッサの発言が無ければきっと彼はゲッコウガに技の指示を出していただろう。

「私はな、もっと別の世界に居た人間だったのだよ。だが、ある日突然おかしな現象に出くわしたせいでな……。今こうしてこの世界で生きる身と化してしまった」

 ジェノサイドは、バルバロッサの言う"元の世界"の意味を解せずにいた。
世界が何を指しているのか、文字通りの別世界なのか、環境が全く違うだけの"世界"なのか、それとも何か別の暗喩なのか。その意味が分からずにいる。

「私は何としても元の世界に戻りたかった……。だが、この世界に降り立った方法そのものが摂理に、この世の法則に反したものだったせいでな、どうしようも無かった。そんな時に出会ったのが"うつしかがみ"だった。お前さんはおかしい、と思わなかったのかね? ゲーム内にしか存在しないはずのアイテムが、同じ見た目、同じ効能を有したこのアイテムが現世に存在している事に」

「ちょっと待て。それはお前が仕組んだ事じゃないのか? お前が今日のこの日のために"うつしかがみ"なるアイテムを偽造なりして此処に埋めて、一般の人間を介して俺の手元に置かせる。その間、深部ディープ集団サイドの他の連中が俺に意識を向けている間にお前が準備した……。俺はそう思っているが?」

「すまないがお前さんのその予想は間違っている。私は"うつしかがみ"とは何の関係も無ければ今日に至るまで触れる事すらも無かった。見当外れもいい所だ」

「ふざけんな! だったら何でゲーム上のモノがこの世にあるんだよ! 人為的な操作が入ったとしか思え……」

「変化しているのだよ。この世の全てが。この星、この宇宙、この世界、この世の法則。世界そのものが今、大きく変わろうとしている……」

 ジェノサイドはその後に続く言葉が思い浮かばない。
それほどまでに受けた衝撃が強く、大きかった。

「世界が……変わる? バルバロッサ、やっぱりお前は狂っているよ」

「シンギュラリティ……という言葉を聞いた事は無いかな? まぁ、無くとも構わん。とにかく、今世界は少しづつだが変わろうとしている。それまで有り得なかった現象や光景が当たり前のものへとなってゆくのだよ。その内のひとつが……」

「"うつしかがみ"の出現、だとでも言いたいのかお前は」

「そうだ。そして、そこからだ。私はひとつの可能性を見出した。この"うつしかがみ"を使えば、私の理想が、私の願いが叶えられるのではないか、と」

 その可能性は今や現実のものとなりつつある。
バルバロッサは思い付いてしまった。
"うつしかがみ"を使って自分の思い通りの世界を作り出す事が出来てしまえば、自分の願望さえも作り出す事が出来るのかもしれない。

「そのための実験なのだ。今のこの……美しい景色は。現出している伝説のポケモンたちも、その全部がな」

 それは、果てしなかった。そして、これまで知らずにいた。
ジェノサイドはこれまでの四年間バルバロッサと一緒だった。
だが、一度として彼の本音を、その心情の奥底を測ることは無かった。
彼としては、てっきりバルバロッサは世界征服だとか、今の汚れた世界を破壊するなどという安っぽい巨悪の考えそうな事と同じものを抱いているものかと思っていた。
だが実際には、それよりもずっと壮大なものを、スケールの大きいものをバルバロッサは胸に秘めていたのだ。

「……それが本当だとはとてもだが思えない」

「私が嘘を付いているとでも? まぁ、そんなものだろう。所詮お前さんも凡人であったということだ。私の考えなど到底理解出来る事は出来んさ」

「ひとつだけ答えろ、バルバロッサ。お前はお前の理想のために、この世界とルールを捻じ曲げようとしている。それが本当だったとして、今のこの世界にどこまでの、どれほどの影響が生まれる?」

「それは……知らんなぁ。今を生きる世界の人々にどんな影響が齎されるのか。お前さんはそう言いたいのだろう? だが、私にも分からん。影響があるかもしれないし、無いかもしれない。今のこの世界が崩壊するかもしれないし、しないかもしれない。何度も言うが今は実験段階なのだ。経過を見てみなければ分からんのだよ。だが、案ずることは無い。この世界は遠い将来いつか消えて無くなる。私が生きている間には起こらないだろうし、お前さんの代でもないかもしれない。お前さんの玄孫やしゃごの代でもきっと起こることはないだろう。それでも、いつかはやって来るものだ」

 その言葉を聞いてジェノサイドは強い驚きと共に拳を小刻みに震わせた。強い怒りが抑えきれずにいるのが自分でも分かっていた。
なんと自分勝手なのだろう、と。

「"くさむすび"」

「うん? お前さん今なんと言ったかな?」

 距離も離れているバルバロッサには、ジェノサイドのその呟きは届かなかった。だが、それは紛れもなく攻撃という意思表示である。

 ゲッコウガが地面に向かって印を結ぶ。
すると、ボルトロスの足元から突然太く大きな植物の蔓が伸びたかと思うと、片方の足に絡みつき、派手に転倒させる。
ボルトロスは蔓に引っ掛かった衝撃と言うよりは自重によってダメージを受けたかのようだった。
頭を強打し、痛がっているボルトロスを見てバルバロッサは呆然と呟いた。

「お前さん……やはり戦うのかね?」

「テメェがこの世界に、この世に生きる奴らに牙を向けるってんなら……俺は全力でテメェを倒す。例えテメェの今のそのポケモンが、絶対に勝てる動きしかしないと分かっていてもなぁ!!」

 バルバロッサは小さく笑った。ジェノサイドがそのように思う理由を、この男は誰よりも知っているからだ。

「変わらないな。お前さんは……。そこまでしてお前さんは"例の淑女"を守りたいらしいな? 忘れもしない。あの日、お前さんは私に泣きついて来たのだからな。名前はなんと言ったかな? 確か……」

 それ以上は言わせない。
ジェノサイドは更なる命令をゲッコウガに下す。対してボルトロスもいつまでも無言で立ちっぱなしでいるわけにもいかない。
ボルトロスは不可思議なエネルギーの塊を放つ。"めざめるパワー"のようだ。
ジェノサイドが動いたのも、それとほぼ同時だった。ゲッコウガは既にこの時"れいとうビーム"を打っている。

 二つの光線が交差する。しかしそれらが直撃し、相殺されることはない。
"れいとうビーム"は直線を、"めざめるパワー"は放物線をそれぞれ描いて互いの元へ迫ってゆく。

 そして、爆発音が辺りを包んだ。
互いに避ける暇は無かったようにも見えた。お互いのそれぞれの技が、それぞれに着弾したようである。

 うっすらと煙が晴れてゆく。
そして、そこに居る誰もがその状況を理解出来た。
二つの技は問題無く届いていた。
しかし、その光景は異様なものだった。

 ゲッコウガが立ち、ボルトロスが倒れている。
理想の動きしかしないはずの、潜在能力も通常のポケモンとは桁違いの伝説のポケモンが斃されていた。

「何だと……?」

 バルバロッサが力が抜けたようなか細い声を出す。
今自分が見ているものが果たして現実なのか、有り得ていて良いものなのか、受け止めるのに時間が掛かっていた。

「ボルトロスだぞ……。お前さんでは絶対に振るえない伝説のポケモンだぞ……? "うつしかがみ"という機械の力で死角の無い動きしかしないはずだぞ……? それなのに……」

「倒れたのがおかしいってか? だがよく見ろ。そのボルトロスはもう戦闘不能だ。自分にとって都合の良い動きしかしない? 絶対に勝てる動きしかしない? だったらその機械とやらが判断するよりも更に上を行く動きを、人間のみが持つ発想力とやらで切り抜けちまえばいい話じゃねぇかよ!」

 それは、ジェノサイドがこれまで続けてきた戦い方だった。
ジェノサイドという人間は深部ディープ集団サイドの世界で最強という人間に"なってしまった"せいで、より多くのモノから狙われる身となった。それを切り抜けるために彼は常に敵を騙し、欺き、出し抜き、生き延びてきた。
それは全てジェノサイドの持つ発想の力。判断力だ。

 バルバロッサのボルトロスが"めざめるパワー"を使ってくるかもしれないとは心のどこかで抱いてはいたものの、そのタイプまでは流石に分からなかった。だからそこは賭けに出たと言えるだろう。

「俺のゲッコウガの特性は"へんげんじざい"だ。技を打つ毎にタイプは変わる。だから俺はまずでんきタイプに強く出られるくさタイプに変化させた。そのための"くさむすび"だ。だが、まさかボルトロスの"めざめるパワー"のタイプがこおりタイプだったとはな……お陰で命拾いしたぜ」

「してやられた、という訳か……。思えばお前さんは人間の裏を掻くのが得意であったな。まさか機械の裏も掻くとは……」

 この日、この瞬間。二〇一四年九月二十三日。
この日は、特別な一日となった。

 ひとつは、ポケモンと機械の力で極々限定的とはいえ、この世の理を塗り替える事が可能となったことが証明されたということ。そしてもうひとつは、行使することはおろか倒すことまでもが不可能と言われた伝説のポケモンを真正面から打ち倒すことが可能であると言うことが証明されたこと。

 そんな意味では、今ここに在る全ての当事者にとっては象徴的な一日となった。

Re: Re:Re:ポケットモンスター REALIZE(移設中) ( No.22 )
日時: 2023/09/13 22:18
名前: ガオケレナ ◆DsVre1ex/o (ID: tOQn8xnp)


 倒れて伸びているボルトロスに代わって地上に現れたのはランドロスだった。鏡にボルトロスが吸い込まれ、ランドロスが吐き出された形になるので、遠くから眺めていれば二体のポケモンが変身したようにも見えたことだろう。とにかく、ボールを介さない光景のせいで違和感が強い。
何も考えずに対面の状況だけ見てみるだけならば、相性はジェノサイドにとって有利だった。技を撃つ度にタイプが変わるとはいえ、みずタイプの技も備えてあるし、先程放ったように"れいとうビーム"もある。
逆にバルバロッサが何を考えてランドロスを選出したのかさえよく分からない。

 だが、今は状況が違う。
バルバロッサは自身にとって最も都合が良いと感じる動きをさせる事が可能なのだ。時間差の無い交代もやってみせるし、と思えばそのタイミングで技を放つ事も可能だろう。やるかどうかは不明だが、ランドロスの特性である"いかく"をループさせる事も可能かもしれない。
表面上の相性が有利だからと言って油断は出来ない。

 しばらくすると、バルバロッサが動いた。

「"いわなだれ"だ」

 言うと、ランドロスの頭上から物理法則を無視するかのように大量の岩石が出現しては雪崩というよりかは土砂降りであるかのような速度で落下してくる。

「避けろ! とにかくランドロスと岩から距離を離すんだ!」

 ジェノサイドは懸命に叫ぶ。喉を痛める覚悟だったが、その甲斐あってかゲッコウガは前後左右に跳んだり、時には身を翻し、それでも捌けないと判断した時には"ハイドロポンプ"で押し返すなどして辛くも無傷のまま保っていられる事が出来た。

 しかし、空いた隙間を埋めるかのように、ランドロスがこちらへと迫る。宙に浮いたそのポケモンは悠々と空を歩くかのようだった。

「さっきのようには……いかなそうだな」

 ボルトロスは倒せた。だから、ランドロスも倒せるポケモンではある。
しかし、そのボルトロスですら攻撃を当てるという段階の時点で読み合いに読み合いを重ね、ほんの少し、たったの一瞬の内に見せた隙を突かなければ果たす事は出来ない。そこには運も絡む。
とにかく、通常のバトルと比べて疲れるのだ。その疲労は集中力を乱す。集中が乱れれば飛ばせたはずの命令も消えてしまうし、時機も失せる。それが致命傷にもなりうる。
限界まで伸ばされた一本の細い糸の如く、それはとても繊細で脆く、柔い。いつ切れてもおかしくない状態。それが今なのだ。

(疲れる……。たかだかバトルで、相手の技を避けたり放とうとするってタイミングだけでここまで疲れるのは初めてだ……。こんなバトルは今回きりだろうな)

 そのような思いを馳せる余裕などあるはずが無いにも関わらず、そうまでして無理矢理にでも自分自身を肯定しないと精神が疲弊してしまう自分が確かに存在していた。

 負けてしまうと、どうなってしまうだろうか。
強烈な圧迫感を覚えたジェノサイドは、ゲッコウガとランドロスの距離が大きく離れたそのタイミングで、反転するかのように攻撃の命令を飛ばした。

「"ハイドロポンプ"」

 ゲッコウガの口から大量の水が吹き出る。
ランドロスの耐久はいちいち危惧する程でもない。とりあえず弱点となる技を当てる。それだけでよかった。と言うより、そうとしか思わなかった。

「"いわなだれ"だ」

 攻撃として使っていた技を一転、防御のための技として放つ。
ランドロスの前に巨大な岩石が生じ、盾となる。しかし、一つ程度ならばゲッコウガでも簡単に破砕出来る。現れては破壊され、粉となる。
しかし、その岩石が一つから二つ、二つから四つと加速度的に増殖していくとゲッコウガの破壊する作業が追い付かなくなってゆく。
頑丈な岩の盾はいつしか、あらゆる攻撃を跳ね返す堅固な壁となる。
ジェノサイドとゲッコウガ、バルバロッサとランドロスをそれぞれを遮断するかのような、高く大きく聳え立つ岩の壁が出来上がる。

 攻撃を止めたゲッコウガは壁の前で立ち止まる。
背丈の三倍はありそうなほどだ。あまりにも高いせいで、向こう側がジェノサイドからしても、ゲッコウガからしても見えない。
ジェノサイドもそれを見て失敗を悟った。
勢いに乗って技を出し続けたのが駄目であった。ゲッコウガのエネルギーよりも、それに追い付き、突破したランドロスのエネルギーが上なのだ。それでいてどう動くかがそもそも不明と来ている。"何でも出来る"からだ。

 恐らく、目の前の岩の壁もバルバロッサがイメージした、都合の良い理想のひとつなのだろう。
その壁を前に狼狽えている所を仕留める。きっとバルバロッサはそう考えている筈であることはジェノサイドでも理解出来た。
だからこそ、そのイメージを超える。

「ゲッコウガ、ジャンプだ! 壁を飛び越えて奴を見ろ!」

 それは造作もないことだった。身軽なゲッコウガは背丈の三倍ほどはある高さの遮蔽物があったとしても楽々と越す事が可能だ。
数歩助走をつけると壁の頂点を遥かに越す高さまで飛び上がる。

 それを見たゲッコウガは"おかしい"と感じたに違いなかっただろう。
壁の先は、バルバロッサが静かに岩の塊をじっと黙っては見つめているだけで、ランドロスの姿が一切存在していなかったからだ。
しかし、その事実を知る者は今この場においてはゲッコウガしか存在しない。
当の主人は、どう足掻いてもその事に気付くことも無ければ知る事すらも不可能である。
ゲッコウガだけでは判断が出来ない。その身体に落下のエネルギーが生じ始めたその頃。

 地面を構成している大地の一部分が不自然に盛り上がる。それも、ゲッコウガの真下でだ。

「あれは……?」

 不思議に思っているジェノサイドを壁に挟んで、バルバロッサは不気味な笑みを零す。計画通り、とでも言いたげだった。

 大地が轟音を上げて裂ける。
土中からは禍々しい炎のような鋭いオーラを全身に走らせては、鋭利な爪を巨大生物のもののように肥大化させたランドロスが咆哮しながらゲッコウガを飲み込まんとしていた。

「な、なんだとっ!?」

「神の裁きだ、その怒りを受けろ……。"げきりん"」

 壁の向こうでバルバロッサが叫ぶ。
彼はこの瞬間が見えているのだろうか。だとしたら酷く理不尽で不公平だとジェノサイドの中で不満が溜まってゆく。

 怒りと炎に巻かれた竜の爪がゲッコウガを斬る。空中の、無防備だったゲッコウガは下から突き上げられた事によって身体をしばし浮かせると、そのまま垂直に、そして轟音を伴って落下した。
よく見なくともはっきりと分かる。戦闘不能だ。
ジェノサイドはゲッコウガをボールに戻す。その間歯噛みしっ放しだった。
技を駆使して嵌めて勝ったジェノサイドが、今度はやり返された。ゲッコウガが完全にボールに入ると壁を睨む。

「くっそ……」

「その壁はブラフに過ぎん。お前さんのことだ。空に跳んだゲッコウガに対抗して、ランドロスも空中でやり合うとでも思ったのだろう? その考え自体が間違いだ。今のランドロスの姿のせいでじめんタイプであることを忘れたか」

 壁の向こうから憎らしい声が伝わる。
表情は見えないが、恐らく笑っていることだろう。そのイメージだけでも、ジェノサイドは余計に苛立ちが募ってゆく。

 今すぐ、目の前の壁を粉々に破壊したい。
しかし、ランドロスも居る手前でそんな都合の良いポケモンが居るはずもなかった。

「いや……待てよ。もしかしたらだが、居るかもしれない……」

 ジェノサイドはズボンのポケットの中でそれに該当する"都合のいい"ポケモンのボールを指先で軽く触る。

「この壁だけじゃない……。こんなふざけた状況も纏めてひっくり返せるような、そんなポケモンが……あるかもしれない……?」

「お前さんはさっきから何を呟いておるのだ」

 バルバロッサのその声は、強く思考を巡らしているジェノサイドに届かない。さも簡単そうに希望的観測を述べている彼だったが、不安が消え去ることは無い。
何故ならば、その可能性を秘めたポケモンは持ち物が反映されていないからだ。

 現実に姿を現しているポケモンとは、個々人が持つゲームのデータと一致リンクしている。強さもそのまま反映されていれば、持ち物もデータの通りとなっている。
例外として、"伝説のポケモン"とか、"幻のポケモン"と分類されているポケモンだけは、いくらゲーム内で蓄えていようと現実世界に現れることは無い。目の前の男はそのタブーを破っている形にはなっているが。
そして、その制限と同じように、"とある道具"だけが現実世界とリンクしないでいる。
理由は分からない。
だが、仮にその制限が解かれていれば、この戦いも変わるかもしれない。

 ジェノサイドは深く悩んだ。どちらを選択するかを。希望を信じるか、その可能性を捨てて堅実な方を採るか。
彼は現況を頭の中でおさらいしてみる事にした。

 対戦相手はバルバロッサ。使用ポケモンは三体。そのどれもが、特別な力を得ている。そのポケモンとは本来ならば行使出来ないはずである伝説のポケモンのトルネロスとボルトロスとランドロス。
その内のボルトロスを撃破した。

 対して、自分の使用ポケモンは六体。その内のファイアローとゲッコウガが倒された。
これから使用を考えていたのは、例の可能性を秘めたポケモンがひとつと、三匹の通常のポケモン。
そうやって少し悩んだうえで、今のバトルに置かれた状態を思い出したからか、ジェノサイドはひとつ閃く。

「よし、次はお前だ……コジョンド!」

 工夫に工夫を重ねてでないと倒せないのならば、今がその絶好の機会である。
"それ"は確実に決められるし、決まれば勝利も確実だ。
ボールからはいつでも攻撃を放てるよう、武術の構えのような動きをした、スマートなシルエットをした凛々しいポケモンが出る。

 怒りを抱いたままのランドロスは、眼前には無かった。
壁を飛び越えてバルバロッサの傍で浮いている。
そんなランドロスが、再び怒りを滾らせて進んで来る。それまで視界を遮っていた、岩の壁が突如独りでに崩れ出した。理由は明白で、"げきりん"を放ち続けているランドロスが破壊しつつこちらに迫って来ているからだ。

 視界が晴れる。窮屈に感じていたバトルフィールドが広大であると錯覚する。
しかし、勝利の確信だけは惑うことは無い。

「予想通りなんだよバルバロッサァ!」

 高揚したジェノサイドは叫ぶ。普段発する事の無い大音声と感情の高まりは、自分でも言ってて驚くほどだった。
それを合図にコジョンドは不自然な体勢を取っては迎え撃とうとしている。

 コジョンドとランドロスの距離は徐々に縮まる。
それをギリギリまで引き付け、ランドロスの巨大な爪先がコジョンドに触れるか否かのギリギリのタイミングで、ランドロスは突如として鏡へと吸い込まれていった。
技を放たんと叫ぼうとして口を開けたジェノサイドはその状態で固まる。
何がなんだか分からないで居たのはランドロスも同様であった。怒りの叫びを上げながら鏡の中へと消えていく。それの入れ替わりで現れたのはトルネロスだった。当然ながらこちらも"れいじゅうフォルム"と呼ばれた姿をしている。

「お前……バルバロッサてめぇ……、ふっざけんなァ!」

「何もふざけてなどおらんよ。ランドロスが"げきりん"を放ったから交代が不可能だと思ったか? 何度も言わせるな。私は今理想通りの動きが出来るのだよ」

 もしもこれが"まともで普通"なバトルであれば、ランドロスは"げきりん"状態となり、行動も制限され、技も固定される。暫くは"げきりん"しか放てなくなる。しかし、バルバロッサはそのルールさえも捻じ曲げる。ランドロスの状態を見るに技の固定こそは変え難いのかもしれないが、交代を可能としている。
これにより、再び不利な対面となるばかりでなく、案じた一計が不発に終わってしまう。

 コジョンドの"カウンター"は空を切り、トルネロスには届かない。
このコジョンドは、ランドロスの"げきりん"を読んだ上で選出した、"化けたゾロアーク"なのである。

 希望は一瞬にして絶望へと染まる。
ゾロアークの持ち物は"きあいのタスキ"だ。当然ながら、確実に"カウンター"を放つためである。
しかし、今のままでは"カウンター"を当てることは出来ない。トルネロスは本来特殊技主体のポケモンである。つまりこのままでは、ゾロアークは無駄にダメージを蒙り、無駄にタスキを消費してしまう。そうなれば、このバトルでは二度と"カウンター"が放てなくなってしまう。

「待て、やめろ……っ!」

「逃すかっ! "ぼうふう"!」

 ジェノサイドは即座にゾロアークを戻そうとボールを構える。しかし、その動作よりも先にバルバロッサが、トルネロスが動く。

 四方から見えない壁が狭まってくるようだった。その正体は絶大な風であった。
純粋な自然の暴力は、トルネロスが大きな羽を数度羽ばたかせるだけで生じ、それは文字通り暴風となってゾロアークを、ジェノサイドを飲み込む。

「この……野郎……っ! 俺まで巻き込むつもりか……!」

 ジェノサイドは体重が軽い方だ。そんな身体が立っていられなくなる。それだけでなく、この風の塊に乗って吹き飛ばされそうにも感じられた。
見れば、周囲の砂利はともかく、大量の木の葉はおろか枝も纏めて折られ、飛ばされている。年に一度来るか来ないかの強力な台風を思い起こされる。

 その遥か頭上で、コジョンドは巨大な竜巻と化した空気の塊に呑まれてはその姿も元のゾロアークのものへと戻ってゆくのが確認出来た。

 作戦が失敗したというレベルではない。純粋に勝利するというイメージそのものが崩壊した瞬間でもあった。
暴風から身を守る為に土の上で伏せているジェノサイドは敗北の予感と、絶望と、悔しさに支配される。

 不意に風が一斉に止んだ。
数メートル先の空中に跳ね上げられたゾロアークは重力に乗って地上へと叩き付けられる。
タスキがあることで体力は保たれ、難なく立ち上がる。しかし、反撃の余地は残されていない。

「残念だったなぁ。お前さんのその動きは見飽きたさ。これまで隣で、何度見たと思う? 四年さ。お前さんと共に行動して四年。数えるのも億劫になるほどゾロアークが化ける光景を見させられたさ。私程度になれば、どのタイミングでどのポケモンに化けるか、それが分かるようになるのさ。何故か。お前さんの性格の問題だからだ」

 頭の中が虚ろと化したジェノサイドは、その声だけを黙って聞いていた。

Re: Re:Re:ポケットモンスター REALIZE(移設中) ( No.23 )
日時: 2023/09/13 22:26
名前: ガオケレナ ◆DsVre1ex/o (ID: tOQn8xnp)


 ジェノサイドはトルネロスを前に歯噛みした。
"ぼうふう"は止み、辺りは静かになってもジェノサイドの中の敗北の予感は止まらない。
ゾロアークの目論見がバレたことで、このポケモンとコジョンドが手持ちにある事がバレてしまった。
ゾロアークも工夫次第では手持ちに含まれないポケモンに化けることも出来るようだが、バトル以外での面倒事を避けることと、少しでもゲーム上のルールに則りたいという彼なりの気持ちの問題があった。そのため、手持ちのポケモンに限定して化けることを自分のルールとしている。

(どうする……)

 ジェノサイドは悩んだ。
今ここで存在が明かされているコジョンドを使うか、体力が一だけ残されたゾロアークを駆使するか、それともこれらとは別の大きな賭けに出るか。
どれも勝利には直結しない、無謀な戦略だ。

「お取り込み中すまないが、お前さんはこんな時でも勝つことを考えているのかね?」

 こちらを伺うような、バルバロッサの低い声だ。雑念が混ざってジェノサイドは考えるのをやめる。

「……何が言いたい?」

「お前さんは運良く私のポケモンを一体倒した。運が良いことにな。お前さんの手持ち六体と、私の手持ち三体という差がある事にはあるが、今のところいい勝負だと思っているな? 私はそうは思わないが」

「そんなに伝説のポケモンが倒されたことがショックだったか? 強がりもいい加減にしろ」

「私が言いたいのはそんなつまらん事ではないさ。……お前さんは今この状況においても、勝つ事を考えている。そうだろう?」

「だったら何だよ。おちょくってんのか?」

「有り得ないとは思うが……そうだな。万が一だ。万が一お前さんが勝ったとしよう。勝ったとしたら……その後はどうする? どう立ち回る?」

「……」

「お前さんは私を許すだろうか? お前さんの信念に背く行為を私はした訳だ。お前さんからしたらな。そんな私を……お前さんはこれまで通り組織に迎えてくれるだろうか? お前さんが許しても、他の仲間たちは許してくれるだろうか? 果たして……これまで通りとなるだろうか。全部水に流して無かったことにしよう、などとなるだろうか? どうもお前さんにはその気が感じられない。何度も教えたはずだ。戦いというものはその後の展望も隅々すみずみに渡るまで考えておかないと失敗、もしくは泥沼化すると。忘れたのではあるまいな?」

 ジェノサイドは気分が悪くなった。
ここまで自分らや仲間、そしてこの世界を嘲り見下した人間が、この期に及んで仲間ヅラしている。
確かにジェノサイドはバルバロッサにはお世話になった。これまで何度も助けられた。だからその分助けたいと何度も思った。
だがこの男は、ジェノサイドという人間が何をしたら強く怒り、全てを投げ打つ覚悟で挑みかかって来るか、という特性を知りながらこんなふざけた行動に出た。とてもではないが許せるはずがない。

「私をお前さんたちがどう対処するか……それはいいとしてだ。これからも今までのような生活が、世界があると思うか? 甘ったれるなジェノサイド。深部ディープ集団サイド最強と言われたお前さんにとって未だに足りないものを教えてやろう。"覚悟"だ」

「覚悟だぁ? お前俺の隣に居ながら何も分かっちゃいねぇんだな。これまでに何人死んだよ? どれだけの仲間が死んだ? 高校で知り合った友達も死んでいったじゃねぇか。……なのに覚悟が足りないだと? 戦いひとつで何を得て何を失うか……そんなもん何年も前から知り得てんだよぉ!!」

 叫びながらジェノサイドはポケモンをひとつ選んではそのボールを思い切り投げる。
そのポケモンは、勝ち目のない三つの選択のうちどれにも当てはまらないものだった。

「その程度の認識だからこそ何も知らない、足りていないと言っているのだよ! 少しは考えるといい。この戦いで私が勝った場合をな」

 ジェノサイドが繰り出したポケモンはエレザード。
正直このタイミングでは相性を除けば少々場違いなポケモンである。
だが、ジェノサイドにとっては思い入れのあるポケモンだ。常に対応ソフトである『Y』で対戦の際によく使う存在であるからだ。

「そんなモン必要ねぇ……。今ここでお前を止めなければ……"アイツら"の世界も壊される……。それだけは絶対に許せねぇし決して見過ごせない! テメェのふざけた目的だとか意味不明な主義主張になんぞ付き合ってられるか! それに全く関係の無い人間たちが……巻き込まれてたまるか!」

「ふむ、流石はジェノサイドだ。揺るがない……な。だが少しは頭の片隅にでも入れておくといい。お前さんが勝ってもこれまでの日常は戻らん。だが、私が勝っても私はお前さんを許そう。私は私の何としてでも叶えたい夢が果たせられればそれでいいのだからな」

「……もういい」

 ジェノサイドは腕を振るう。エレザードは呼応して走り出した。
身体は小さいがその分身軽で小回りが利き、そして素早い。
トルネロスなどとは比べ物にならない速さだ。

「そのまま懐に突っ込め!」

「させんぞ」

 トルネロスは大きな翼を広げるとゆっくりと羽ばたいた。
たった一回の動作では何ともないが、それが何度も重なると風の壁が出来、そしてそれは"ぼうふう"となる。
エレザードの進みは徐々に衰えてゆく。いずれ風に乗せられ、巻き上げられるのも時間の問題だろう。主導権を奪われてしまえば今度こそ何もせずに終わってしまう。

「姿勢だ! 姿勢を低くして風を避けるんだ!」

 それまで二足歩行で駆けていたエレザードは、そう言われて上半身を地面ギリギリにまで屈めては四足で進む。しかし、それでも隙間の無い風の塊の合間を縫うなどは不可能だ。

「"きあいだま"」

 バルバロッサがエレザードの進む方向へ指を差す。トルネロスは躊躇いも見せずに自身の気を込めた力の塊とでも呼ぶべきエネルギー弾を発射した。
ノーマルタイプを持つエレザードにとっては致命的だ。ジェノサイドは躱すよう指示しようとしたが、それよりも前に"きあいだま"は着弾する。

 エレザードの進む数歩先の地面へと。
固い土の上で爆発したそれは、大地をひび割れさせ、裂けさせ、抉る。
その衝撃はエレザードにも伝わる。
前方からの突風に加えて爆発が重なり、エレザードは遂に地上から足が離れた。
吹き飛んだエレザードはそのまま"ぼうふう"に巻き込まれ、遥か上空へと巻き上げられてしまう。

「クソっ……このままじゃエレザードも……」

 二度も自分のポケモンがトルネロスに弄ばれるのを眺めるというのは屈辱でしかなかった。
黙ってやられる訳にはいかない。
何も考えずにジェノサイドは叫んだ。

「エレザード! "10まんボルト"だ! とにかく放て!」

 無策であるのは承知だった。だが、思い付く限りの抵抗を続けなければ負けるのみだ。仮にトルネロス含むバルバロッサのポケモンが絶対に勝てる動きをするならば、その前提である対戦相手であるジェノサイドの"必ず負ける動き"を覆すしか無い。その前提に、トルネロスなどのポケモンにとって、"とても理解出来ない人間の思考"というものを強く訴える。些細な抵抗そのものも有効であると信じるしか無いのだった。

 エレザードの放った電撃は風の塊に掻き消されることはなく、辺りに撒き散らされる。
ジェノサイドの足元で輝けば、"うつしかがみ"の付近で落雷することもあれば、バルバロッサの足元で破裂音を立てることもあった。

「まさかお前さん……勝ち目が無いと分かって直接私や"うつしかがみ"を狙っているのか……?」

 それはバルバロッサにとっても恐怖の対象だった。
夢を叶えたいはずの自分がポケモンの技を生身で受けてしまえば無事では済まない。下手をすれば死んでしまうかもしれない。だからこそ、何としてでも自分の身は守らねばならない。それと同様に、"うつしかがみ"も破損させる事だけは避けたい。世界そのものが変化しているその証拠にして、己の目的が果たせるであろう重要なヒントが此処で失われてしまえば、バルバロッサにとっては勝負に負けたことと同等である。

「トルネロス! 一旦攻撃はやめろ、"ぼうふう"を起こすな!」

 バルバロッサはすぐに命令する。トルネロスもそれを受けて翼の動きを止めた。
風に乗ったエレザードも一旦は空中でピタリと止まると地上へと急降下していく。

 トルネロスの元へ。

 エレザードは足場を失った分自由度は低いものの、一直線へとトルネロスに突き進んでは電撃を放つ事が出来ればそれは問題では無い。対してトルネロスは無防備だ。
ジェノサイドからして見れば、バルバロッサが自ら作り出した隙でしかない。

「決めろエレザード、10まん……」

 ジェノサイドはなにか思いとどまるかのように、呪文の詠唱のような技の命令を止める。
バルバロッサにも動きがあったからだ。

「馬鹿め、こちらの事情を忘れたか」

 バルバロッサはチラリと"うつしかがみ"へと目をやった。タイムラグの無い交代である。
残りの控えであるランドロスを繰り出してしまえばエレザードの電撃はじめんタイプを持つこのポケモンには無効となる。隙を突いた攻撃が一転してガラ空きとなる。

 しかし。

「待てよ……何故今お前さんは命令を止めて……?」

 バルバロッサは不自然に命令を止めたジェノサイドを見る。
そして、彼は過去の記憶を思い出そうと懸命に頭を搾った。
ジェノサイドの行使するエレザードの技構成が何だったかを。

「まさか……"めざめるパワー"か!?」

 ついぞ確証を得られなかったが、今のジェノサイドならば、今のエレザードならばトルネロスはおろかランドロスにも有効なこおりタイプの"めざめるパワー"を打ってきてもおかしくは無い。バルバロッサはそう判断した。
トルネロス自体には大したダメージは与えられないだろうが、交代先のランドロスにとっては痛手だ。

 交代は取り消す。トルネロスは場に留める。
バルバロッサがそのように念じるだけでそれは反映される。意に反して状況が変化するということは無い。
そして、それを見たジェノサイドも確信した。彼は叫ぶ。

「エレザードォ! そのまま放て、"10まんボルト"だ!」

「なんだと!?」

 バルバロッサは耳を疑った。
だがもう遅い。
エレザードの全身から稲妻が解き放たれた。
最高速で飛ばされた電撃はトルネロスの全身へと文字通り刺さる。
それを受けた伝説のポケモンは絶叫した。

「お前さん……っ、まさか……読んだのか? 交代読みの更なる読みを鑑みて……ポケモンではなく、私を見たと言うのか!?」

 それはポケモントレーナーの、戦う者としてのさがなのだろうか。
数多の戦いを経験した戦士である自分そのものを見破られたことに、強い屈辱と衝撃、そして敗北感を感じる。その思いは、"負けてたまるか"という強い気持ちへと変化してゆく。

 バルバロッサが受けた衝撃は計り知れなかった。
自分よりも大きく歳を離した子供のような人間に、一瞬ではあるが超えられてしまった。
皮肉にも、これまで自分が育ててきた人間に。

 トルネロスが倒れてしまう。
だが、その限りなく絶望に近い不安は杞憂に終わった。

 ジェノサイドは見た。
全身が痺れながらも、大きく翼を広げて咆哮する、朱雀の如く伝説のポケモンを。

「くそっ……! やっぱり火力が足らなかったか……」

 自分でも相当な無茶に走っているとは自覚していた。だが、今の自分にはこのポケモンをぶつけるしか方法は無かった。仕方が無かったとしか言いようがない。

 再び悩むジェノサイドは、ふと感じた。
季節外れの熱が、暑さが漂っていると。

「……なんだ、これは……?」

「私を超えんとするその姿勢……大いに恐れ入った……。だが」

 電撃は消え、代わりに白煙が舞うその中からバルバロッサの皺を含んだ声が響く。

「お前さんはまだ甘い」

 それはポケモンの技のひとつ、"ねっぷう"だった。
ジェノサイドのエレザードの特性は"かんそうはだ"。ひとつでも多くのダメージソースを減らす代わりに、ほのおタイプの技の受けるダメージが増えてしまう特性だ。
加えて、エレザードは耐久が高いとは言えない。
トルネロスほどの火力を受けてしまえばどうなるか、考えなくとも結果は見える。

 熱を帯びた波が襲いかかる。
ジリジリと焼けるような痛みを受けながらも、エレザードは文字通りの熱風を受けて引き摺られる。

 エレザードはジェノサイドの足元まで転がった。既に倒れている。
これでジェノサイドは手持ちポケモン六体の内三体を失ってしまった。残るは体力が一しか無い瀕死寸前のゾロアークとコジョンドと、例のポケモンだ。

「お前さんの強さはゾロアークだ。お前さんを深く知る人間ならば、強い選択を強いられることだろう。ゾロアークを使うか、使わないか。仮に使った場合、どこからどこまでが幻影なのか。そもそも今自分が見ているものは現実か幻か。戦いとは別な圧迫感に襲われる。それがお前さんの何よりの強みだ。だがゾロアーク一強ではすぐに限界が来る。それは重々承知していたのだろう。工夫次第ではその強みは別のポケモンでも活かすことが出来る。……だが、まだ甘い」

「……?」

 自分でも自覚に至っていない点を突かれると戸惑いを覚える。それをしかも敵から告げられるのだから尚更だ。
どうやら、ジェノサイドは自分の全てを理解してはいないようだった。

「……何が可笑しい?」

 バルバロッサは肩を小刻みに震わせて小さく笑うジェノサイドを見た。
人生経験豊富なバルバロッサから見ても、その意図が掴めない。

「分析ごくろーさん……。誰が甘いだぁ? テメェこそ甘いこと言ってんじゃねぇよ」

 ジェノサイドの腕が目にも止まらぬ早さで動く。
辛うじてボールをトルネロスに向けた事だけは分かった。
ボールから何かが出る。だが、動きが速すぎて実体が掴めない。
そのポケモンはトルネロスに触れたらしいかった。
トルネロスも苛ついたのだろうか、翼で叩こうとするが空振りに終わる。そのポケモンは一瞬にしてボールに戻る。
代わりに姿を見せたのはコジョンドだった。正真正銘本物のコジョンドである。

「お前さん……今何かしたな?」

「あぁ。ゾロアークにひと仕事させてもらったぜ。こんなタイミングだとトルネロスも攻撃しかしねぇよなぁ?」

「なるほど……"ふいうち"か」

 今の不可視の動きもどうやら幻影のようだった。
ボールから放たれたゾロアークはトルネロスに"ふいうち"を打ち、反撃が来る前にボールに戻った。攻撃を受けてしまえば倒れてしまうからだ。

「そのコジョンドで何が出来ると言うのだね?」

「こうすんだよっ!!」

 コジョンドも高速で動き出した。
トルネロスの前に姿を現したコジョンドは、奇妙な構えを見せている。

「"ねこだまし"!」

 コジョンドはトルネロスの眼前で手を打った。
純粋な攻撃が来ると錯覚したトルネロスはダメージを受けつつ怯む。

「奴が動く前に畳み掛けろ! "とんぼがえり"」

 コジョンドは眼前から離れない。
そのまま身を翻した体当たりを敢行するとジェノサイドの持つボールへと吸い込まれていく。
トルネロスも疲弊しきっていた。
エレザードからの弱点技と、ダメージ自体は大したことはないものの、立て続けに対応不可の技を二つ三つと受けるとその体力も限界を迎えてしまう。

 トルネロスは大きな地響きを立てて遂に倒れた。

Re: Re:Re:ポケットモンスター REALIZE(移設中) ( No.24 )
日時: 2023/09/13 22:41
名前: ガオケレナ ◆DsVre1ex/o (ID: tOQn8xnp)


 遂にこの時が来た。
冷静に考え、振り返ってみると信じられないことばかりだった。
人や考えによってはチートと評されるかもしれないポケモンを相手に、あと一歩のところまでやって来た。二体のポケモンを、チートに塗れた伝説のポケモンを倒したその現実が妙に誇らしくも感じる。

 ジェノサイドは長く息を吐く。
これまでの疲労により乱れた呼吸を整え、内に宿る意識を叩き起すために。

「お前さんの強さは……」

 バルバロッサの声だ。追い込まれた状況とはいえ、その声は落ち着いている。ジェノサイドが抱いているように、彼もまた勝利を手にしたと思い込んでいるのだろうか。

「正直なところゾロアークだけだと思っていた。お前さんはこれまでに打ち勝ってきた難敵はどれもゾロアークの前に倒れたからな」

「結局はテメェの油断かよくだらねぇ。散々"うつしかがみ"とか言う機械を介して〜だの何だの言っておきながら、結局はテメェの手心で決まるもんだったのかよ。ポケモンじゃなくてテメェだけを見ていれば良かったってかぁ?」

「私の意思も介在しているに過ぎんと言うことさ」

 ランドロスが鏡から姿を現した。
手足が露わとなり、普段の人型の姿から一転して動物のような、それでこそどこか白虎を想像する威圧的で堂々とした様は、視線を移す度に身が縮まるような思いがする。
ランドロスはこのバトルで何度か戦っている。しかし、ここまでに一度として攻撃が届いたことは無かった。
だが、今回ばかりは当てられる自信がジェノサイドにはあった。いや、当てるしかないのだ。

「ところでお前さん、いい加減次のポケモンを出したらどうなのだね? コジョンドの"とんぼがえり"はまだ終わっとらんよ」

「そんなん一々言わずとも分かってるっつーの」

 ジェノサイドは最後に賭けに出た。
ランドロスが相手では体力一のゾロアークも、相性の悪いコジョンドでは勝てるとはとてもだが思えない。
だが、ジェノサイドにはまだ使用していない最後の一匹が残っている。
そのポケモンは訳ありであるがゆえに、これまで使う事が出来なかったのだ。

「あとはお前だけが頼りだ……頼んだぜ、リザードンっ!」

 ジェノサイドはモンスターボールを天高く放り投げた。



 時刻は八時を大幅に越している。
もしも今日が普段と変わらない日で何事も無い一日であれば、今頃はこのメンバーで近くのファミレスかラーメン屋あたりで夕飯を取っていたことだろう。
だが、今日に限ってそんな事はなかった。
ジェノサイド改めなばり洋平ようへいの言いつけを守り、サークルに顔を出しに来た全員が教室で待機している。
やはりと言うか、空模様に変化は無い。金色に輝いているため、外がまるで昼のように明るく、眩しいほどだ。

「先輩、もう帰る時間過ぎてますけど……どうします?」

「うーん……もう少し、もう少し待ってみようよ」

 二年生の大三輪おおみわ真姫まきが鞄を片手に椅子から立ち上がった。そのスレンダーな見た目に見蕩れかけた佐野さの宏太こうたは瞬時に我に返り、しかし返答に迷う。

 もう少しと言って既に二時間は経っている。それまで隠から連絡も無ければ変化らしい変化も見当たらない。
果たして隠の言葉を信じて良いのだろうか。外が危険かどうかなど最早誰も分からないでいる。

「さーせん、先輩。俺飲み物買ってきます」

「うん。いいよ、行っておいで。廊下の自販機で買うんだよ」

 どこか不服そうな表情を浮かべながら穂積ほづみ裕貴ゆうきは立ち上がり、廊下へと出た。何故か佐伯さえき慎司しんじを呼んで二人で出ていく。
穂積は自販機の前に立つと迷うこと無くコーラを選んだ。ボトルの落下音が静寂に包まれた廊下に無駄に響き渡る。
彼がコーラを飲むタイミングは決まっている。煙草を吸うときだ。

「悪い佐伯、ちょっと付き合ってくれ」

 指で合図する穂積はそのままその階の非常階段のある方へ、つまり外へと出た。
佐伯は少しばかり警戒しているようだった。

 外に出て風を浴びた二人は予想以上の心地良さに少々感動した。
どこか天国をイメージする金色の空から降り注ぐ光は、秋になりかけの今であるにも関わらず"暖かさ"を感じる。風も寒すぎず気持ちが良い。これで"外は危険"と言われても信じられないくらいだ。
穂積は決まりの動作の如く煙草を吸い始めた。
佐伯は喫煙者ではないものの、このように彼と語らう場面が多いので既に慣れている。穂積自身喫煙に慣れているからか、非喫煙者には最大限の配慮をしているつもりだった。煙ひとつ浴びせることはしない。

「レンの奴……何なんだろうな?」

 ボソッと突然穂積は呟いた。

「何って……何に対して?」

「アイツ、俺らと会う前からジェノサイドとか……えっと……」

深部ディープ集団サイドのこと?」

「そうだ、それそれ。そこに居たんだよな?」

「……みたいだね」

 佐伯は深部ディープ集団サイドのことを詳しくは知らない。それは穂積も同様だ。
予想だにしないところから現れた"未知"にストレスが募ってゆく。

「何を考えてアイツはそんな事してたんだろうな? アイツそんな事するような奴なのかよ?」

「それは……こっちもよく分からないな。レンの高校時代の話なんてまず聞かなかったし」

「……ぶっちゃけると俺は、お前らとは出遅れていると思っている」

 話の流れをぶった切る唐突の告白だった。
初めて聞いた時は驚くこともあったかもしれないが、今となっては最早彼の口癖のようなものへと変化している。佐伯は、これを彼が抱いているコンプレックスのようなものだと解する。

「お前や大三輪、御巫かんなぎ、それから樋端といばなにレン……。皆このサークルで会ったのは一年だった去年だ。対して俺がこのサークルに入ったのは今年。皆とは学年も歳も同じだけど輪みたいなものがあったとして、それに入れずにいる気がしてならねぇんだ。皆良い奴だし俺も仲良くなりたいと思っているけど……まだ完璧仲良いとは言えないような気がしてな……」

「そ、そんな事ないって! 誰もそんな事思ってないよ!」

 佐伯は理解した。今この場は隠を糾弾したり批判したりする場ではなく、自身をフォローしてほしい場なのだと。

「なら……いいけどさ」

 佐伯は本来であればこう言いたかった。
隠に対して得ている情報はお前も自分も変わらない、と。年数など関係ない。皆立場は同じなのだ、と。

「こっちだけじゃない。それは皆同じだと思うよ。"なんでレンが深部ディープ集団サイドなんかに"って」

 隠洋平。
パッと見クールで大人しいと思いきや、友人といる時は大いにはしゃぐ子供っぽくも大人のような男。そんな彼が何故裏社会に近しいような世界で生き、更に頂点に立っているような人間でいられたのか。
誰もがその事実を受け入れられずにいるし、ゆえに知りたいと思っている。

「さっき佐野先輩も言っていたけど、とにかく話をしないと。レンと話をしてお互い理解しないときっと絶対に解決しないよ」

「そう……だよな。アイツが全部正直に話してくれるかそれは分からないが……まぁ、それについては俺も賛成だよ。……ったく、早く帰って来いよっつーの」

 穂積は眩しい空を見上げる。
天国とは案外こんなものなのかもしれない。吐き出した煙が光の中で消えゆくのを見つめながら、心の中ではらしくない想像をしている自分が居た。



 ジェノサイドはポケモンが飛び出し、空になったボールをキャッチする。
彼の前で凛々しい竜が翼を羽ばたかせつつ着地した。
バルバロッサはそれを見て虚を突かれたような顔をしたあとに堪えきれなかったのか、小刻みに身を震わせつつ軽く笑う。

「なんの……つもりだね?」

「見て分かるだろ、リザードンさ」

「お前さんは何をしようとしている? 私の記憶が正しければだが、お前さんのリザードンは確かゲーム上ではメガシンカをする個体だったような気がするのだが?」

 バルバロッサが笑うのも無理はなかった。他愛もないバトルであればどうでもいい事だが、今は世界そのものを秤に掛けている"かもしれない"重要な戦いでもあるのだ。
そこにメガシンカを期待して挑むというのはあまりにも無計画で無謀で、それでいて挑戦的である。
何故ならば。

「メガシンカという現象はこの世界では確認出来ていないのだぞ。一部を除いてあらゆる道具がこの世にも反映されるものの、メガストーンやキーストーン……そしてメガシンカに必要なデバイスもこの世には未だ存在しないし反映されない! ゲームでは使えるメガシンカはこの世界では使えない。この意味がお前さんには分かるか!?」

 ゲームで本領を発揮出来るポケモンはこの現実世界ではその通りにならない。
ポケモンの世界とは違うこの世界ではメガシンカが果たせないのだ。
そしてこれこそが、ジェノサイドが挑んだ賭けであった。

 リザードンにはゲーム内で"リザードナイトX"を持たせている。あとは、この世界に呼び出すことでどのような反応を見せるのか、他の道具と同様反映されるかが注目のポイントだった。
しかし、何も変わらない。変化が見られない。
通常色のリザードンが、そのままの姿で佇むのみだ。

「それが……お前さんの望んだ結果なのだな」

 バルバロッサの勝利宣言に反応するかのようにランドロスが雄叫びを上げ、今にも"げきりん"を放とうとしたその瞬間。

「いや、成功だよ。バルバロッサ」

 異変は突如として起こった。

 リザードンの全身が輝き出した。
自然のエネルギーを大量に吸収しているようだった。
それだけではない。ジェノサイドの右腕もリザードンに呼応するかのように同様の光を放っている。
ゲームを深くやり込んでいる者ならばそれが何なのかは分かる。
その光景は、まさしく"あれ"と酷似している。
光に包まれたリザードンは溢れたエネルギーを外に撒き散らし、遺伝子を模した二重螺旋のエフェクトを放つ。
体色も大きく変わり、漆黒の竜が姿を現した。

「まさか……、お前さん……嘘だ」

 バルバロッサは絶句した。
信じられないものを、決して存在してはいけない光景が眼前で繰り広げられているせいで。

 紛れもなくそれはメガシンカだった。
メガリザードンXが、確かにそこに居た。

 彼方で歓声が沸き起こった。
見ると、戦闘を眺めていたハヤテら仲間たちがメガシンカを果たしたリザードンに対して反応しているようだ。

「よかった……! 道具を持たせてデバイスもこの時までに間に合わせたけど上手くいったみたいだな……」

「有り得ない……っ! 一体何をしたと言うのだ! 未だ発見も観測も成されていない現象を……何故お前さんが操れるのだ!」

「俺が史上初を成し遂げるってのがそんなにおかしいのか? テメェ……誰と戦ってんのか分かってんだろうなァ?」

「やかましい!」

 バルバロッサのランドロスは動いた。
彼の叫びに応じてそのポケモンは自身の爪を燃やす。
怒りを身に纏ったランドロスが一瞬で姿を消したかと思うと、既に眼前に迫っている。

「お前さん如きが……この世界を、世の理を……そして私の夢を……否定するなぁ!!」

 バルバロッサは我を忘れていた。まるでランドロスと意思を同一としているかのように。
竜の爪がリザードンを捉えた。その動きは"こだわりスカーフ"でも巻いているような神速を思わせる。ジェノサイドもリザードンもその動きにはついて行くことも、反応することすらも出来ない。
間に合うか間に合わないかの次元では無かった。
認識した時には既に攻撃が決まっている。

 メガシンカに沸いたのはほんの数秒前だったはずだ。
だが、その希望や喜びは一瞬で葬られる。
彼らは、呆然と眺める事しか出来なかった。

 だからこそ、目の前の光景に理解出来なかった。

 リザードンの手が、ランドロスの爪を不自然なまでに"掴んでいる"ことに。

「なっ……?」

 初めに異変に気付いたのは伝説のポケモンを操る老人だった。

「ランドロス……? 何をしているのだ……」

 たとえ未知の世界であるメガシンカを果たしたリザードンであったとしても、所詮はリザードン。能力が強化されたランドロスには到底届くものでは無い。

「手を……止めるな……っ! リザードンを切り裂け、ランドロス!!」

 しかしその声は、その叫びは"彼"には届かない。

「ごっめーん、言い忘れてた事があったわー」

 ジェノサイドは大きく顔を歪ませた。
一定の感情が昂り、それまで有るはずのなかった"余裕"を生み出す。その声色は歌っているかのような口ぶりだった。

 ランドロスを拘束したリザードンの周囲の空間が物理法則を無視する形で歪みだした。
そしてその光景を、その現象を、バルバロッサは知っている。

「……!?」

 だが、その現象は本来であれば有り得ないものだった。
それがたとえ、"メガシンカしたリザードンに化けたゾロアーク"のものだったとしても。

「どういう……ことなのだ……?」

「これで終わりだ、バルバロッサ。お前は俺たちに見事に化かされた」

 瞬間。
"げきりん"のダメージを受けて耐えたゾロアークによる"カウンター"が炸裂した。
攻撃力の高い自身の力を倍にして返されたランドロスは、反動でゾロアークの手元から離れ、大きくその身を吹き飛ばされると岩壁に深々と突き刺さる。

 長かった戦いが今、幕を閉じた。



 最早誰も異変を異変と感じなくなった同時期。また別の異変が起こった。

「えっ……えっ!? なに!? 何があったの!?」

 教室の中で誰かが叫んだ。
佐野が釣られて空を見る。

「戻ってる……?」

 眩い光が、黄金色の空が瞬く間には消えていた。
窓を開け、外の景色を見てみる。
漆黒の空と、月の光で存在感を増している流れる雲と、そして僅かに輝く小さな星があるのみだった。
時刻は夜の九時に近付いている。本来の夜空を取り戻した。そんな風に見えた。

「まさかレンの奴……何かしたんじゃねぇの!?」

 樋端といばなかけるは狼狽えながら外の景色と教室にいる仲間たちの顔を何度も何度も交互に見る。半ば興奮しているようだ。

「それはまだ……分からないけれど、とにかく連絡しないと! レン君、無事だよね!? 僕達もう帰って大丈夫だよね!?」

 佐野は震える手でスマホを操作する。LINE越しに通話を試みるも、隠が出ることは無かった。



 世界は元に戻った。
地上を埋めつくしていた花は全て枯れ、雪を乗せた風は止み、空を彩った天国は消滅していた。まるで、一睡のうちに見ていた夢のように。

「待て……待つんだ……ジェノサイド……」

 バルバロッサは足の弱くなった老人のように覚束無おぼつかない足取りでこちらにゆっくりと近付いて来る。まるで一気に歳を取ったようだった。

「お前さんのゾロアークは……化けたというのか……? 死に体のゾロアークが!! 何故!!」

「少し考えば分かるだろーが……。まぁ、俺もすぐには気付けなかったがな」

 ジェノサイドはゾロアークの入るダークボールを掲げる。闇夜に溶けて輪郭が消失する。

「俺のゾロアークが……俺の命令無しに勝手に動くことがあるのはお前なら知っているよなぁ?」

「そ、それは……いや、だとしてもだ……」

「ゾロアークはあの時に化かしたんだよ。周囲のモノ全てを。トルネロスも、お前も、そして俺も」

 コジョンドに化けたゾロアークのイリュージョンが見破られた。その時トルネロスの"ぼうふう"を受けて瀕死寸前となってしまった。
それが、このバトルを構成していた全てのモノの認識だった。

「だが、実際は違っていた。ゾロアークはあたかも自分がお前のトルネロスの"ぼうふう"を受けたかのように惑わしていたんだよ。実際はノーダメージ。だから"きあいのタスキ"も残っていたし体力もこの時まで満タンだった。それだけだ。ゾロアークをボールに戻した時初めて知ったよ、俺も」

「だからお前さんはあの時不自然な笑いを……」

 そこから先は全て演技だった。
ジェノサイドはメガシンカを確立する事も無ければ、メガストーンもキーストーンもデバイスも、全てが嘘の空っぽの虚ろでしかなかったのだ。

「ふっ、……はは……。そんな莫迦な……」

 バルバロッサの全身から力が抜けた。同時に、台座に鎮座していたはずの"うつしかがみ"も派手な音を立てて転がる。

「バルバロッサ、ここからは真面目な話だ」

 ジェノサイドは言いながら背後をちらっと見る。そこには、何が起きたのか理解が追い付いていない仲間たちが控えている。

「私を……裁くのかね?」

「そうだ。お前は俺を含め組織を裏切った。そう解釈している」

 風が吹き荒れる。冷たく鋭い自然現象は時折二人の会話を遮りさえもする。
"天国"が消えた分、元に戻ったはずなのに今までの異変に慣れていたせいで逆に違和感に感じる。

「これも……裏切りになるのかね?」

「そこが気になる点だ。お前は別に組織そのものに対して背信行為をした訳じゃない」

「お前さんは……そう思うか」

 膝から崩れ落ちたバルバロッサは俯き、こちらを見ようともしない。声も低く、ジェノサイドは意識を集中させてなんとか聞き取ろうと必死になっている。

「組織内で裏切り者が出た場合、結社に任せる事は出来ない……。ゆえに組織内で事を終わらせる。裏切りは断罪。例外無くな。お前さんが過去に言った事じゃないか……」

 ジェノサイドという組織は過去に大きな裏切りと反乱が発生した。その際の犠牲も大きかったが、二度とこのような事態を生まないためにも、組織の名を冠したジェノサイド自らが発した取り決めだった。はずだった。

「だが、俺は人を殺さない」

 正確には"殺せない"だった。ジェノサイドという物騒な名を得ているにも関わらず、彼は一人として人の命を奪う事はしない。いや、出来ないのだ。
たとえ、相手がどれほどの悪人であったとしても。

「そしてお前には……恩がある」

「今更何の恩があると言うのだね?」

「これまで共に……組織を指導してくれたことだ。……それだけじゃない。"あの時"俺の命を救い、この世界を教えてくれたのもバルバロッサ、お前だった」

 鼻で笑ったようだった。口角が若干上がっているらしいところを見るとバルバロッサがそうしたようだ。

「だからバルバロッサ。お前は全部話せ。お前がここまでした訳を、その理由を……。お前の目的を隠すことなく全てハッキリと言うんだ」

「言わなかったら……どうなる?」

 バルバロッサはここで初めて顔を上げた。
皺だらけの、疲れきってはいるがどこか清々しい目をしている。

「言うまで粘る」

「お前さんらしい……」

 バルバロッサは再び鼻で笑う。それからゆっくりと立ち上がった。

「良いだろう。その代わり……私が今から話す事を全て受け入れることだ。いいな?」

「受け入れる……? そういう抽象的だったりふざけた表現はやめろ。誰が聞いても理解出来る説明をするんだ」

「私の目的は昔から変わらんよ……。私は……戻りたかっただけなのだよ、元の……世界へ」

「てっ……テメェ、だからそういう意味の分からねぇ言い方はやめろって言ってんだろうが!!」

 手を出したくなる衝動を抑えつつ、しかしジェノサイドはバルバロッサの元へ走る。
これもある種の脅しのつもりだった。

「だから……言っているだろう……? 受け入れろ、と。私の夢は……昔から変わらんのだよ……」

 ジェノサイドは彼の様子がおかしい事に気付く。やけに呼吸が乱れている。
彼が走り、両腕を差し出したタイミングとバルバロッサが前方に倒れ込んだタイミングはほぼ同時だった。
ジェノサイドはその腕に、遥かに歳を離した老人を抱き抱える格好となる。

「バルバロッサ? ……おい、バルバロッサ」

 呼び掛けに応じない。その目は深く閉じられ、開くことも無い。眠ったような顔をしている。
呼吸も心音も腕には伝わらない。その腕に感じるのは、普段よりも重く感じる彼の身体の重量のみだった。

 様子がおかしいと判断した仲間たちも駆け寄る。
ハヤテを含めそこに居る誰もが自分とバルバロッサの名を何度も呼んでいた。

「リーダー、何があったのですか?」

「ハヤテ……。すまん、しくじった」

 ジェノサイドは振り返り、最も信頼している仲間の一人であるハヤテを認識する。

「バルバロッサの野郎……死にやがった」



 戦いが終わって何時間経っただろうか。
ジェノサイドとその仲間たちはそこから離れる事はなかった。
山頂へと刺さる冷たい夜風を浴びながら、闇に覆われた漆黒を見つめている。

「リーダー……。一体何があったのですか?」

「分からねぇ。分からねぇまま何もかもが終わっちまった」

 バルバロッサは寿命を迎えたようだった。
戦いの直前もその最中も、頑強そのものであったのに、終わった途端にその生涯をも終えてしまった。

「なぜ……このタイミングで?」

「分からねぇ。この戦いが相当の負担だったのか、それとも……」

 あまりにも都合が良すぎる最期のように思えて仕方が無い。バルバロッサという一人の道化が仕組んだ壮大な芝居だったのか、世界を巻き込んだ大袈裟な自殺だったのか、それとも、死期を悟った老人がせめて最後にと夢を叶えようと足掻いた結果だったのか。
真相は、夜空を染める闇に等しい。

「分かったことは……いや、ハッキリとした事じゃないが……"うつしかがみ"がこの世に突然湧き出るほど世界そのものの本質が変わっている"かもしれない"ってことと、バルバロッサが、元の世界に帰りたがってたってこと……くらいかな……?」

「元の世界とは……何の事でしょうか?」

「分からない……分かるわけがない」

 ハヤテの問いにそうとしか答えられない自分が惨めに感じた。
世界を巻き込みかけた、迷惑でしかなかった騒動の果てに得られたものがこの程度だと思うと胸糞が悪くて仕方が無い。

 悪い意味で脱力感を覚えたジェノサイドは目を瞑り、息を吐いて岩に寄りかかる。
無心になり、その顔に風が浴びせられる。

「俺たちも……」

 どれ程の時間が経ったのか自分でも分からなかった。
数時間かもしれないし、ほんの数秒だったかもしれない。
ジェノサイドはスッと立ち上がる。

「俺たちも帰ろう。俺たちの世界へ」

 渦巻く未練を、心残りを置き去りにして彼等はその場を後にした。

Re: Re:Re:ポケットモンスター REALIZE(移設中) ( No.25 )
日時: 2023/12/03 10:47
名前: ガオケレナ ◆DsVre1ex/o (ID: LGQcbbGL)


 部屋が揺れた。
大きな振動である。一人の青年は地震かと思い、目を覚ます。
目が開けられたことで、自分が居る空間の情報が入ってくる。横になっていた身体を起こすことで、よりその情報は多くなる。
彼は自分の部屋に居た。自身が所属、立ち上げた組織。その基地にて作られた、あまり広くない部屋だ。
その部屋に窓は無い。基地そのものが地下に作られているせいだ。

 東京都八王子市。都内北西部に位置する、自然が多く残るこの街のとある林。その中に棄てられた工場、その跡がある。その地下に、組織の人間百人から二百人ほどの人間を集められる空間を、彼は作り上げた。

 ジェノサイド。
"裏の世界"において、その名を知らない者は存在しなかった。
深部ディープ集団サイド。その裏の世界を、人はそう呼ぶ。
その裏世界、深部ディープ集団サイドにおいて頂点に位置し、存在するだけで情勢そのものを、世界全体を左右させるほどの影響力の強い人間へと彼は成ってしまっていた。

 事の始まりは四年前に遡る。
二〇一〇年。この年は決して忘れられない一年となった。ポケモンがこの世において実体化したのである。
非力な人間とは比べ物にならないポテンシャルを秘めたその存在を、人間は有難がり、日常のたすけとする一方で、手頃な武力として悪用する者も現れる。
そのような無頼なる人間の及ぼす治安の悪化を防ぐ為に、自警団のような存在として彼らが生まれたのだ。
その果てにおいて、本来の意義も目的もとっくの昔に失ったはずの彼は、いつしか莫大な強さと富を手に入れ、Sランクなどという不可解な称号をも手に入れ、この世界における最も命を狙われる存在として化した彼は。常に命と金を狙われる、暴力の世界に全てを委ねた彼は。

「おめーらうるせええぇぇぇ!!! こっちは寝てたんだよ! 静かにしろや!」

 仲間たちが集まり、何やら騒いでいる広間へと駆け上がると、そう叫んだ。

「お前らなぁ! この広間で皆して集まるのは良い。別に構わねぇことだ。だがこの部屋の真下に俺の部屋があるって事を忘れんな!」

「いや、そう言われましてもリーダー……」

 彼の怒りに反応したのは広間の真ん中で格闘技か相撲でも取っていそうな構えをしている、彼の部下の一人ケンゾウだった。
坊主頭で筋肉質という、"強い男"を思わせる彼はその見た目に反してか細い、弱々しい声で答える。

「これだけ広い部屋だと……暴れたくなるじゃないですか!」

 意味が分からなかった。
瞬間にしてジェノサイドの脳は動きを停止した。
寝ぼけていたせいで細くなった目が、余計に細まる。
あまりにも、予想の斜め上を突き抜けた返事でついポカンとした。

「……はい?」

「ですから……」

 確かにケンゾウの言う通り、この部屋は広かった。今見るだけでも構成員の二、三十人ほどが此処に居る。大きなホールに居るような大きな空間がそこにはあったのだ。

 考えてみれば、この部屋を含めた基地全体も相当に広いものだった。地上こそは今にも崩れそうな廃工場でしかないが、その地下一体が彼らの住処となっている。正に秘密基地だ。
この地下には、広間に加えて同等の広さを有する食堂や、それらを囲むように設けられている廊下、暖炉付きの休憩部屋である談話室、そして個々人の部屋までもが存在する。流石に全員分の部屋は無いが、工夫次第では幾らでも出来そうだった。

 それはそうとして、寝起きでボサボサになった髪を掻きながらジェノサイドは尋ねる。

「んで、何してたの?」

「リアルポケモンファイトっす!」

 聞いた自分が馬鹿だった。
そう思うしか無かったジェノサイドは、直後にそれに混ざることとなった。



「って事が昨日あった」

「揃いも揃ってバカなのかな?」

 翌日。ジェノサイド改めなばり洋平ようへいは自身の通う大学の構内で友人と会うと、早速この話を披露した。返しが正論なのでそれ以上言い返すことは出来ない。

 裏の世界ではジェノサイドと名乗っている彼ではあるが、"表の世界"では何の変哲もないただの大学生である。講義のある日に限っては裏の身分を隠して勉学に励んでいる。
隣を歩く友人は同じ大学にして同じサークルに所属している、佐伯さえき慎司しんじだ。

 数ヶ月前に発生した事件のせいで、隠はサークル所属の友人や先輩たちから大いなる不信感と敵意にも似た何かを生み出してしまったが、その直後に起きた騒動とその顛末てんまつによって彼は許されたようだった。何かが起きた訳では無いが、誰もその話題をしなくなった。
表面上では隠が深部ディープ集団サイドの人間であると判明する以前の空気に戻っていた。そのお陰で、一時はサークル脱退も考えていた隠も後ろめたさを感じることなく彼らと接する事が出来ている。

「それよりもさ、レンに伝えておきたいことがあって」

「なんだ、告白か? 生憎俺は女子が好きな訳だが……」

「仮にこっちが告ってきたとして、嬉しいの?」

「すまん冗談だ……」

 隠は友人らからは"レン"と呼ばれている。中学時代にやらかしたテストの珍回答が元となったあだ名だが、それで呼ぶよう彼は周りに呼び掛けている。お陰で本名よりもこの名で呼ばれる身となってしまった。

 佐伯も特徴的な人間である。眼鏡を掛けた高身長で自身でも認めるほどの大人しい性格の人間なのだが、一人称が"こっち"である。お陰で彼との会話は分かりやすくてやり易い。隠は常々そう思っていた。

「サークルに常磐ときわ先輩っているでしょ? 先輩から聞いたんだけど……」

「あぁ、やけに俺らの世界に詳しい人だよな。あの人ホント何なんだろうな?」

「ま、まぁ、とにかく……先輩が言ってたことなんだけど、メガシンカってあるじゃん?」

「あぁ。ゲームで使えるあのギミックだよな」

「それがこの世界で使えるようになったんだってさ!」

「なに?」

 隠は反射的に聞き返した。今自分は幻でも聞いていたのか、それとも佐伯が話の内容を理解して真面目に話しているのかを。

「それは……おかしいんじゃねぇか? だってメガシンカは……それだけじゃなく、関連するギミックやアイテムがこの世には反映されてないんだ。誰かが意図的に手を加えない限りそんなものは有り得ないと思うんだが?」

「うーん……それに関してはこっちもよく分からないんだけど、どうも先輩の知り合いでメガシンカに成功した人が居るらしいんだって」

 にわかには信じ難い話だった。
メガシンカが成立しないことは、隠が身を持って証明させている。
数ヶ月前のバルバロッサとの戦いにおいて、ジェノサイドはゾロアークの"イリュージョン"を駆使して誤魔化したことがあったが、逆を言えばそのように表現しないと成し得ない動きのはずだ。
この世界でポケモンが実体化した。それだけで言えばそれ以上の変化は起こりようが無い。
しかし。

「世界そのものが……変わっていっている……としたら?」

 隠は半ば無意識に呟く。

「ん? なんだって?」

 うまく聞こえなかったのか、隣の佐伯が聞き返そうとするも隠はそれに答えることはしない。余計な混乱を生みたくないからだ。

「とりあえず……メガシンカは俺も興味があるな。常磐先輩に尋ねてみるしかないな」

「でも今日は水曜。サークルは休みだね」

「そう言えばそうだった……」

 隠はスマホを開いてカレンダーを確認する。
彼らが所属するサークル『Traveling!!!!』はその名の通り旅行サークルではあるのだが、特別な日でない限り旅行はしない。普段は毎週月曜日と火曜日、木曜日に特定の教室に集まっては各々自由な時間を過ごすという、ゆるい集まりだ。
先輩に個人LINEを送るのも気が引けるので、これ以上の事は今日においては出来ない。
隠はひたすら時が過ぎるのを待つしかなかった。



 翌日。
隠はその日の講義すべてを終えると、いつもの教室へと向かった。片手には講義で使う教科書やノートが入った手提げの鞄、もう片方にはお菓子の詰まったビニール袋がある。

 サークルの活動場所となる教室の扉は開いていた。そこには見知った人の顔がある。
お菓子の袋をその辺の机に置き、直後としてそれに群がる友人の姿を横目に、隠は先輩の元へと向かう。

「こんちはっす、先輩」

「よう。レンか。どうした? バトルの申し込みか? 悪いが今、佐野さのとやり合ってるからその後で……」

「いえ、そっちではなくてちょっと聞きたいことが……」

「んあ? まぁそれもバトルの後にしてくれや」

 暫くしていると、自分の座る席の近くに自分より学年が二つ上の先輩が二人ほどやって来た。
一人は常磐ときわ将大しょうだい。もう一人は佐野さの宏太こうた
何故佐野まで来たのかよく分からないが、隠にとって一番親しくしてもらっているのが彼なので、聞かれる分には何の問題も無かった。

「聞きたいことって?」

「えっと、バトルどうでした?」

「僕が負けちゃったよー。常磐強ぇもんな」

 佐野が軽く笑いながら言った。どうやら実力で言えば常磐はこのサークル内ではかなりの上のものらしい。

「聞きたいことってそんなの?」

「いや、それとは別で……。えっと先輩、"メガシンカ"って分かります?」

「今更すぎんだろそんな事!」

 常磐は大いに笑う。後輩の隠が深刻そうな面持ちで言うので何事かと身構えていたくらいだ。

「ゲームの話じゃなくて、どうも実体化したとかで……」

「あぁ、そっちね」

 話が長くなりそうなのを肌で感じたのか、常磐は隠と机を挟んで向かい合うようにして、つまり隠の前の席に座りだした。

「俺もこの目で見た訳じゃねぇが、どうも今のこの世の中で、実体化したポケモンを使ってメガシンカを成功させた奴が居るらしい」

「詳しく聞かせてください! 俺としても信じられないというか……有り得ないというか……」

「何となくだが想像はつくぜ。その気持ち」

 常磐はスマホのゲームを例えに出した。アップデートという名の更新があればゲーム内の世界や環境は変わる。しかし、この世界、この世においてそのような概念があるはずもないが故に、新しいギミックが反映されるのはおかしいと。だからお前の言いたい事は分かるとその様に代弁した。

「そうです。ただでさえポケモンがどんな理由や目的、どんな原理で動いているのかも分からないのに……。誰もそんな説明出来る筈が無いのに……」

「まぁそれは関係無いって事なんだろ。だが、メガシンカとは言わずここ最近お前の身の回りで何か変わった事は無かったか?」

「変わったこと……」

 そう尋ねられた隠は、記憶を頼りにあらゆる事象を思い出そうとした。
とは言ったものの、すぐに思いつくのはここ最近営んでいた日常生活と、その裏で繰り広げていた組織間抗争ぐらいしかない。
だが、数ヶ月のスパンで見てみるとまた違った景色が見えてくる。

「九月の事になりますけど……"うつしかがみ"が発見されたり、その力を使って俺の仲間だった奴が伝説のポケモンを使ってましたね……。本来使えないポケモンなんですけど。メガシンカみたいに」

「正にそれだ。ってかモロ関わってそうな出来事ばかりじゃねーか」

 常磐は含みを持った笑みを浮かべる。
彼は直接的な表現をあえて避けているようにも見えるが、"それ"は隠には何となくだが伝わる。

「俺が戦った場所は神奈川県の大山ってところです。そこに行けば……何かがある、とか?」

「かもな。俺の知ってる話ではその山でメガシンカした訳では無さそうだが、まぁヒントくらいはあるだろ」

「ありがとうございます。時間見つけて行ってみますよ」

「おう」

 そう言うと常磐と佐野は席を立った。
会話に混ざる事は無かったことで何故佐野まで寄ってきたのか結局分からずじまいだったが、そこまで深い理由は無いのだろう。
この日最大の目的を達成した隠は、いつも通りポケモンのゲームを開くと育成を始めた。



「ただいまー。誰か居るか?」

 ジェノサイドが基地に帰ったのは夜の十一時を過ぎた頃だった。
基地は木々が生い茂る林の中にあるせいでどっぷりと深い闇が広がっている。
はじめの頃は得体の知れない恐怖に怯えた事もあったが、この生活を続けて四年も経つといい加減慣れてくる。
基地の中の広間に着くと、彼の部下の一人ハヤテが出迎えた。

「お帰りですか、リーダー」

「いつもの時間通りさ。飯は食って来たから俺の分はいらないよ」

「それを見越して用意はされてないと思いますよ」

「ならいい」

 ジェノサイドは数歩広間を歩くと、適当にその辺に置かれている一人がけのソファに座る。

「突然だけど、明日大山に行こうと思う」

「また急ですね。何かあったのですか?」

「何かあったって程のことじゃないが……」

 ジェノサイドは今日あった出来事をハヤテに話した。裏の世界に生きるハヤテやジェノサイドが知らなかった情報を、表の世界に生きる人間が知り得ていたという点が気掛かりではあったらしく、終始ハヤテは唸る。

「その話は……本当なのでしょうか? 何かしらの罠の可能性も……」

「先輩に限ってそれは無いだろ。まぁ、この手の情報に少し詳しい人ってのが気になるがな」

「僕も明日ご一緒しましょうか?」

「いいよ別にそこまでしなくても。仮に何かあった場合の対策ぐらいなら俺一人でなんとでもなる」

 ジェノサイドの相棒は"イリュージョン"を駆使するゾロアークだ。幻影さえ魅せてしまえば、並の人間を倒す事も、逃げる事も造作もない。

「お前はお前でやって欲しいことがある」

「なんでしょうか?」

「この組織内に居る人間限定でいいから、この手の話に詳しそうな奴等を集めて情報を集めて欲しい。それと、俺が仮にメガシンカに関わるアイテムを手にしたときにそれを解析出来そうな奴も揃えておいて欲しい。そういうグループと言うか……班を作りたいと思ってる」

「未知のアイテムを調べ尽くせる人間がこの世に居るかどうかすらも怪しいでしょうが……分かりました。やれるだけの事はやってみます」

「ありがとう。バルバロッサが居なくなった今、お前らが頼りだ」

 二ヶ月ほど前、ジェノサイドは長きに渡って親しくして来た盟友とも言える存在を亡くしている。
そのせいで組織の運営にも支障をきたす不安もあったが、結局それは杞憂に終わり、今現在問題無く活動を続けるに至っている。

「じゃあ俺もう寝るわ。明日も色々あるしな」

「おやすみなさい、リーダー」

 日中は騒がしく多くの仲間でごった返すこの広間も、夜中ともなれば嘘のように静まり返る。
そんなポッカリと空いた空間において、ハヤテは敬愛するリーダーの背中を目で追い、見えなくなると自分も寝るために自室へと移動し始めた。


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