二次創作小説(紙ほか)
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- Re:Re:ポケットモンスター REALIZE
- 日時: 2024/03/05 19:54
- 名前: ガオケレナ ◆DsVre1ex/o (ID: xPOeXMj5)
はじめまして。これまで二次創作板(総合)にて同名の作品を書いておりましたガオケレナです。
この度、より書きやすい場を求めて移設することとなりました。移設作業が終わり次第こちらで続きを書く予定です。宜しくお願いします。
現在のあらすじ
一番の仲間を失った深部集団最強と言われている青年ジェノサイドであったが、世界を一変しかねない騒動を収めて以降平穏な日々を送っていた。
そんなある時、これまで確認されることの無かった"メガシンカ"が発現したという噂を聞き、調査へと乗り出す。
それと同時に、深部集団の世界では奇妙な都市伝説が流布していた。結社の人間を名乗る男の手紙を受け取った組織は例外なく消滅してしまうという、悪戯にしては程度の低い噂。
メガシンカを追っていたジェノサイドの元に、正にその手紙"解散令状"を受け取ってしまった組織の人間が現れて……。
結社。それは、深部集団そのものを含めた裏社会全般を作り上げた、大いなる存在。それが今、ジェノサイドと相見える。
第一部『深部世界』
第一章『写し鏡争奪篇』
>>1-7
第二章『シン世界篇』
>>8-24
>>8-10 堕天狗と雷の包囲網
>>11-13 包囲網第二幕・妖精の王
>>14-16 激闘 ライブハウス
>>17-19 暴かれた真実、膨らむ疑惑
>>20-24 霊峰の戦い
第三章『深部消滅篇』
>>25-
>>25-28 メガシンカ発現
>>29-31 解散令状
>>32-34 メガシンカの恐怖
>>35-40 平穏なる港町、横濱
>>41-43 夢の国での悲劇
>>44-47 同士諸君よ、戦いの時だ
>>48- 叛乱
>> 後片付け
第四章『世界終末戦争篇』
>> 不協和音
第二部『世界の真相』
第一章『真夏の祭典篇』
>>
第二章『真偽の境界篇』
>>
第三章『偉大な旅路篇』
>>
第四章『タイトル未定』
>>
第五章『タイトル未定(最終章)』
>>
〜あらすじ〜
平成二十二年(二〇一〇年)九月。ポケットモンスターブラック・ホワイトの発売を機に急速に普及したWiFiはゲームにおいてもグローバルな交流を果たす便利なツールと化していった。
時を同じくして、ゲームにしか存在しないはずのポケットモンスター、縮めてポケモンが現世において出現する"実体化"の現象を確認。ヒトは突如としてポケモンという名の得体の知れない生物との共生を強いられることとなる。
それから四年後の二〇一四年。一人の青年"ジェノサイド"は悲観を募らせていた。
世界は四年の間に様変わりしてしまった。ポケモンが世界に与えた影響は利便性だけではなく、その力を悪用して犯罪や秩序を乱す者を生み出してしまっていた。
世はそのような悪なる集団で溢れ、半ば無法な混乱状態が形成される。そんな環境に降り立った一人の戦士は数多の争いと陰謀に巻き込まれ、時には生み出してゆく。
これは、ポケモンにより翻弄された世界と、平和を望んだ人々により紡がれた一つの物語である。
【追記】
※※感想、コメントはお控えください。どうしてもコメントや意見等が言いたい、という場合は誠に勝手ながら、雑談掲示板内にある私のスレか、もしくはこの板にて作成予定の解説・裏設定スレにて御願いいたします。※※
- Re: Re:Re:ポケットモンスター REALIZE(移設中) ( No.26 )
- 日時: 2023/12/05 20:20
- 名前: ガオケレナ ◆DsVre1ex/o (ID: COEfQkPT)
夜が明けた。二〇一四年の十一月七日。金曜日。
この日ジェノサイドは基地の食堂で一人悩んでいた。それを見かねたのか、それとも単に出来上がった朝食を運びに来ただけなのか、一人の構成員が彼の元へやって来る。女性だ。
「どうしたの? 何か考えごと?」
「お、おう……。秋原か。おはよう」
「深刻そうな顔してるの珍しいなって思ってた」
彼女とは高校の頃からの付き合いだった。そして、元々はと言えば深部集団とも無縁の存在だった。ある時に深部集団の陰謀に巻き込まれて以降非戦闘員として保護するに至ったのだ。彼女もまた、闇の世界の犠牲者であった。
そんな彼女、秋原友梨奈は、眩しいばかりの笑顔を彼に注ぐ。
「大学の講義に行こうか山登ろうか迷ってた」
「ええっ!? それって迷うことなの? レン君って時々よく分からない事言うよね……」
まともな人間ならば誰もが言いそうな反応だった。ハヤテなど、事情を知り尽くしている一部の人を除いたらの話だ。もっとも、当のハヤテも「学校はサボるな」と言うかもしれないが。
秋原は非戦闘員とはいえ、組織"ジェノサイド"を取り巻く環境の一切を知らないという訳ではない。二ヶ月前に起きた戦いのこともある程度の事は把握しているはずだ。かと言って、自分ほど最新のポケモンにのめり込んではいない彼女にメガシンカ云々について語っても、恐らくだが完全に理解する事は出来ないだろう。なので、ジェノサイドとしてはそのように言うしかなかった。
「授業はきちんと出た方がいいと思うけど……」
「やっぱりそうだよな。今日の講義は昼前のコマにひとつだけだし行ってからにするか」
「それだけなのに何でサボろうって思ったの!?」
「出来るだけ早く山登りたいなと思って」
これだけ聞くと熱心な登山家である。秋原は明るい笑顔から一転、引きつった苦笑いを浮かべている。
「そ、そんなに重要なんだ……ね」
「あぁ、重要だ」
ジェノサイドはそう言うとコーヒーを一口啜る。思ったほど熱くはなかった。
「この組織のこれからを二分させる程のものになるかもしれねぇからな」
数分後。軽めの朝食を終えたジェノサイドはトレーと食器を流しの手前の台に置くと、目の前で洗い物と格闘している秋原を眺める。
「ごちそうさま。ここに置いとくからお願いな。それと、今日の成果は今夜中にも分かるかもしれねぇから乞うご期待な」
「ナニソレ。行ってらっしゃい」
彼女は慣れたような笑顔で彼を見送る。思えば、二人が会話をしたのはかなり久々であった。
†
昼前の講義は十一時前に始まる。
ジェノサイド改め隠洋平は開始十分前に教室に入る事が出来た。
自分がいつも座る席の隣には、深部集団ともサークルとも無縁の友人が居る。挨拶を互いに交わすと隠も座った。
しかし、隠の意識は講義には向かない。彼の頭の中は大山へ行くことと、メガシンカの事で既に一杯だ。
程なくすると、講義を担当する教員が教室に入ってくる。チャイムが鳴り終わるのと同時に、抑揚の無い声で講義を始めた。
隠にとってこの時間は苦痛でしかなかった。はじめは面白そうだと思っていたこの講義も、蓋を開けてみれば真面目一本の退屈な内容のものでしかなく、面白味を感じられない。いつもならば聴いているフリをしながらノートを取っているのだが、今回はそれすらもしない。意識がそこまで向かないからだ。
(メガシンカに必要なアイテムって何だろう……? キーストーンだよな? メガストーンだよな? あと、キーストーンを埋め込むデバイス的な物もだよな。ゲームの主人公はメガリングとか言うの装着してるしな……)
隠の座席は窓際である。教員と、彼が説明しているプロジェクターには目もくれず隠は外の景色をボーッと見つめてはそのように考える。
しかし、意識がフッと戻ったような感覚を覚えるとプロジェクターに写った日付を見て今日が十一月の第一金曜日だという事に気が付いた。
そう言えば、と隠はポケモンの新作『オメガルビー』と『アルファサファイア』の発売日が近付いている事を思い出す。
(どっち買おうかな……)
今この世に現れているポケモンとは、持ち主のゲームのデータがそのまま反映されている。たとえ最新作が出たとしても今現在『ポケットモンスターY』で育成したポケモンを転送してしまえば何の問題もない。あとは暇を見つけてゲームを進めるのみである。
流石に講義開始時点からあらぬ方向を見ていたせいであろうか、隠のそのような態度に気が付いたからか、教員はそちらをチラチラ見ては時折睨むようになった。
†
「レンさぁ、ずっと何してたんだ?」
講義終了後、隠の隣に座ってた友人がニヤニヤしながら尋ねてくる。
「ん? 何で」
答えになっていない答えを隠は返すと、友人は一層笑みを強めた。
「いや、だからさ……。先生が明らかにレンを見ながら授業進めてたんだぞ。んで、肝心のレンはずっと外見てたよな。気が付かなかったのか?」
その通りで全く気付かなかった。とはどこか言いにくかった。意識が集中し過ぎると周りの視線や反応が気にならなくなる性分らしい。
「あー、あれかー……」
隠は少し考えた。会話の相手は深部集団などを知らない人間である。正直に全てを話す気にはとてもでは無いがなれない。
「この後どうしようかなーって。山とか登りてぇなぁって」
「ん? 何だよそりゃ。意味わかんねー」
本日二度目となる"不可解なモノに遭遇してしまった微妙な反応"を受け取ることとなった隠であった。
その後、友人は午後も講義があるらしく、コンビニの前まで歩くとそこで別れた。
†
先月と比べて少し肌寒い。
冬が近付いて来ているのを日に日に感じている隠は、シンプルなシャツの上にジャケットを一枚羽織る。
本来であればこの日は一日の講義を終えたことになるのでポケモンに乗って直接基地まで帰るか、大学から出ているバスに乗って駅まで向かい、そこから基地の最寄り駅まで交通機関で移動するかのどちらかであるのだが、今日だけは違った。
「頼むぞ、オンバーン」
隠は大学の裏門を出て人気のない裏道まで歩くとポケモンを放った。ここまでする理由は、構内でのポケモンの使用は一切禁止されているからである。注意から免れるためだが、たとえ即座にポケモンに乗ってその場から飛んで行ってしまえば注意のされようが無いので気にする事でも無いのだが、念には念をである。
「この前行った山まで頼む。分からなかったら時折指示出すからな」
隠はそう言っては飛び乗る。オンバーンは元気よく返事をし、翼を大きく広げた。そして、瞬く間に空へと浮かぶ。
目指すは丹沢山地が広がる神奈川北西部、不思議な力が宿っているであろう聖山、大山だ。
到着には三十分ほど掛かったようだった。やはりと言うか、長い時間一定のスピードを保てないのは人間もポケモンも同じようである。モンスターとは言われてはいるものの、このような一面を垣間見ると怪物と言うよりは自然界に生きる動物のようである。
「ご苦労さん」
大山阿夫利神社には拝殿が二箇所ある。標高千二百メートルの山頂に立てられた本社と、山の中腹にある下社と呼ばれる位置にそれぞれだ。
下社まではケーブルカーなどの連絡手段が通じており、通常の参拝客は下社に集まる。本社は信仰心の篤い参拝客であったり、登山家が参るのがほとんどだ。
恐らくだが、バルバロッサが戦いの場に山頂を選んだのもそういう人気の無い点が絡んでいるのだろう。隠は今更ながらそう考えた。
隠はオンバーンに労いの言葉を掛けてボールへと戻す。
この山の頂きに来たのは二度目だが、心境には大きな変化がある。
以前は戦いのために赴いた。だから他に集中するものが無かった。今回は違う。大きな違いとして、景色を楽しむことが出来た。
「ん?」
そこで、小さな違和感に気が付く。
参拝客の多くは下社に集まる。その対応のため、社務を執り行う神職の方々もそちらに集まり、社務所などもそこにある。
しかし、隠は今山頂にて祀られている本社と共に、社務所らしき建物もその目に捉えていた。
中腹にあるのならば、存在する必要の無い建物だ。
「そういう神社……なのかなぁ」
「はい、その通りでございます。理由があるからこそ、存在しているのであります」
背後から冷たい声がした。
時間の問題からか、平日だからか。しかしどういう訳か此処には自分以外に人は居なかった。そのせいで突然響いた声に、隠は内心強く驚く。
それだけでない。隠は思ったこと全てを口に出したわけではない。心情の一部を吐露したに過ぎない。にも関わらず、背後の声は全てを見透かしている。そんな気がしてならなかった。
振り返ろうか悩んだ。もしも背後の人間が得体の知れない存在であったとしたら。
もしも、敵対する深部集団の人間だとしたら。
そう思うと迂闊に動くことは出来ない。
「誰だ?」
「どうかこちらをご覧になっていただけないでしょうか。私は敵ではありません。この社の者です」
そのように言われて何度騙されてきただろうか。片手にゾロアークのボールを握る。振り返ると同時に化ける作戦だ。
深呼吸をして即座に身体を回転させる。
そこには。
新品と見紛うほどの純白の礼服を着用し、手に笏を持った、神主を思わせるような若い男性が柔らかな表情を見せて立っていた。
- Re: Re:Re:ポケットモンスター REALIZE(移設中) ( No.27 )
- 日時: 2023/12/05 20:18
- 名前: ガオケレナ ◆DsVre1ex/o (ID: COEfQkPT)
敵意が感じられない。
気を集中させたジェノサイドは直感ながらそう結論づける。
「お前は……」
言いかけたジェノサイドだったが、それを察してか純白の和服の男が笑顔を絶やさずに口を割る。
「私は此方で神主をしております、皆神と申します。とは言え、正式なものではなく貴方たち向けのものになりますが」
柔和な表情と声色から漂う不穏な影。
ジェノサイドはそれを決して見逃さない。
「俺たち向け? それはつまりお前も俺と同じ……」
「はい。深部集団の者でございます」
ジェノサイドは呆れる思いだった。
神社という神聖な場においても、深部集団の闇の手が蠢いている。穢れを赦さない世界が穢れに満ちている。その事実にジェノサイドは失望しかける。
「いえ、そういう訳ではございません」
意を察した皆神が突然否定する。どうやら、この男は心を読み取る力があるようだった。
「元々この社には正式な神主がおります。ですが……どういう訳かこの社にも深部集団出身の参拝者が現れるようになりました。"本来の"神職の方々にご迷惑をかける訳にもいきません。そこで抜擢されたのが私ということでございます」
この世界は、二分されている。
ポケモンとは無縁の人々も含めて、一般の人と呼ばれる人間たちによって作られ、日々営まれている"世間"とも"社会"とも呼ばれている表の世界。
ジェノサイドのような、ポケモンを行使して裏稼業に生きる裏の世界。
表の世界と裏の世界は相反するものであり、決して交わってはいけない領域だ。
そのような接触を避けるために設けられたのが、今ジェノサイドの目の前に立っている男ということになる。
「深部集団の人間が神頼みねぇ……。一番似合わないと言うか、そういうのとは無縁な世界だと思うんだが?」
「深部集団の人間も元々は"あちら側"から来られました方々です。何気なくお祈りをされたり、大事な局面の前では御参りもされますでしょう? それらと同じ感覚かと。それからこの社は歴史も古く、古来から山岳信仰という側面からも……」
営業トークなのだろうか、皆神は社伝を語り始める。あまりにも長々としているのでジェノサイドはその話をほとんど聞かず意識も別の方へと向いていた。
「あの……聞いておりますでしょうか?」
「悪い。何だっけか……。確か最近になって色々変化が起きたとかなんとか……」
「話聞いていませんね……。そのような話題は一つとして挙げる事は無かったのですが」
皆神はため息をついた。
神聖な土地を踏んでいる以上参拝目的か、少なくとも畏敬の念くらいは抱いていてもいいものだが、目の前の男からはそれが感じられない。明らかに自分が深部集団の人間だと公表してから態度が変わっている。
「まぁ、それも良いでしょう。では、貴方の目的は……」
「メガシンカ。それに関わる物品が無いかと思ってやって来た」
ジェノサイドは山頂の開けた土地を眺めながら言った。そこは、かつてジェノサイドとバルバロッサが戦った地点である。当然だが今は何も無い。"うつしかがみ"は戦いの後回収している。
「成程、貴方も"それ"をお望みという訳ですね……」
「まぁ、そういう事だな。って待て。貴方"も"ってなんだ。まるで他にも居るみたいな言い方じゃねぇか」
皆神の細い目がより細くなった。ジェノサイドも仕草では表さないものの内心身構える思いである。恐らくだが、この後何かがある。長い間戦いに身を投じたジェノサイドの中で冴える勘がそう訴えている。
「……少々宜しいでしょうか。お見せしたいものがございます」
そう言った皆神はこちらの返答もなしにさっと背を向け社務所のある方へと歩き出した。やや遅れてジェノサイドは一歩後ろをついて歩く。
「二ヶ月ほど前でしょうか。此方で大きな争いがありました」
「……」
ジェノサイドは念の為、自分がそれに関わっているとは言わないでおいた。皆神に心が読める能力があればこの事実も知り得ているかもしれないが、この状況下で自分からでしゃばりたくは無かったのだ。
「その日は夜であるにも関わらず昼のように明るくなったと言います。白夜など、この日の本の国では観測されません。となると、人智を超えた"なにか"があったと言うことになります」
皆神は少し歩いては立ち止まる。身を屈んで木片を拾った。戦いの余波を浴びた社務所か本殿のものかもしれない。掌でクルクルと回したかと思うと投げ捨てた。
「ところで……貴方様はいつまでお黙りになるおつもりで?」
「やっぱり知っていたのか」
ジェノサイドは舌打ちをして皆神を睨んだ。
「私は目撃者の一人ですから。ですが、"ただの"目撃者ではありません。今の私ならば、あの戦いの本質と、それらが与えた影響。それら全てが見通せます」
「流石は神に仕える人だ」
「お名前はジェノサイド。貴方様がこちらの世界で名乗っている名前で間違いありませんね?」
「一応見た目は特徴の無い大学生を意識しているんだがな……」
「ジェノサイド。それは、この世界における王者にも等しい存在であると見受けられます」
「どうだかな。俺はただひたすらに戦いに勝ちまくっただけだったんだがな」
皆神が社務所の前で立ち止まる。そして、両手でゆっくりと扉を開けた。
「さぞお辛いことでしたでしょう。二ヶ月前。貴方様は此方でお仲間だった方と戦いました。あまり知られていませんが、あの戦いを鎮められた事で今現在、こうして世界が保たれております」
「奴は言葉を濁していたが、やっぱりそうだったんだな」
「あの力は人智を、世の理を超えていましたから」
扉をくぐったジェノサイドは、そこで靴を脱ぐよう指示される。滑らかな木の床が足裏を冷ますかのようだ。
「貴方のお仲間……バルバロッサは少々特殊な方法で本来使えるはずのない伝説のポケモンを行使されました。それが完全なるオカルトな方法であったか、そうでないかは断言出来かねますが……とにかく、それにより世界そのものが少しだけ変質してしまいました」
「変質だと? 特に変わった様子は見られないがな。どこがどう変わった?」
「こちらです」
皆神は一つの扉の前で立ち止まる。この建物の奥にそれはあるようだった。
「その一件以来、どういう訳かこの社の境内……いえ、この山の範囲内ではありますが妙なモノが発見されるようになりました。それも無数に」
ジェノサイドは何となくだが想像出来た。だが、問題はもっと別なものにある。それは皆神も察していた。
「原因は今をもって不明です。どうしても分からないのです。因果関係が見られません。なので、我々は伝説のポケモンを無理矢理に扱った事で"世界が変質した"と結論づけるしかなかったのです」
皆神は扉をゆっくり開けた。見た目に反して重い音が響く。
部屋から冷気が伝わってきた。
「ご覧下さい。こちらが、大量に発掘されたキーストーンでございます」
その部屋には空間を囲むようにショーケースが並べられており、皆神はそれを指している。
見ると、布が敷かれており、その上に透明な石が鎮座してあった。それは不可思議なまでに眩しい光を放っている。
「これが……キーストーンと呼ぶべき物なのか……? ゲームでしか見たことないから何とも言えない」
それは予想していたものよりもずっと小さかった。丸い石は二センチメートルほどしかない。だが、それがケース内にずらっと並べられている。百個以上はあるだろうが二百個までは無いようだ。
皆神はガラスを取り外してはその中のひとつを掴み、それをジェノサイドに見せる。
「先の戦い以降になって発見されるようになったキーストーンでございます。不思議なことに、私は特に公表などしている訳ではないのですがそれ以降、深部集団の人間を名乗る者が連日参るようになりました。私は断る理由も無いので、余程のことが無い限り全ての方々にこちらをお渡ししています」
そう言って皆神はキーストーンによって輝いている右手を差し出している。受け取れということだろう。
「これからの深部集団の戦いはより熾烈なものへと変わっていく事でしょう。今まで通用していた強さが、昨日までの最強が明日も最強とは限らないものへと成ります。数多の人間たちが、このキーストーンを手にすることによって」
ジェノサイドは右手を見つめるだけで、まだ受け取ろうとはしない。
「じゃあお前は、自分が元凶である事を自覚しているんだろうな?」
「勿論でございます。だからこそ、私は貴方様に期待しているのです」
「期待だと?」
「はい。今回貴方様が戦いを鎮められたように、これから訪れるであろう災禍をも止められると信じてのことです。私はこれまでお気持ちと引き換えにこちらを渡してまいりましたが、貴方様には特別で無料で差し上げます」
「がめつい奴め……」
その言動に反して笑顔でいるのが一層不気味であった。皆神は催促するように右手を時折振る。
「じゃあそもそもの話、なんでこんな石を配るんだよ。激化するって分かっているのなら、戦いが起こるくらいならいっその事秘匿しちまえばいいだろそんな物」
「それでは貴方様が来られないかもしれない。逆に、こちらの石をどなたにもお渡ししなければただひたすらに時間だけが過ぎていってしまうかもしれない。それでは駄目なのです。ハッキリと申し上げますと、どうしてもこの石を貴方様にお渡ししたい。と言うだけのことなのです」
皆神がそう言うのでジェノサイドも断る訳も無ければ理由も無い。彼が小さく笑ったあとにジェノサイドは彼の右手の中の石を握る。
「じゃあ貰ってくぞ。いいんだな? 俺が持っていっても」
「ええ。躊躇する位なら、はじめからどなたにもお渡しすることはありませんから」
†
社務所を出ると既に陽は落ちていた。空は闇に染まりつつある。
「メガシンカを駆使したくば、他にキーストーンを抑えるデバイスと、個々のメガストーンが必要になります。メガストーンについても報告が相次いでおりますので、見つける事は可能かと思われます」
「可能って言ってもな……限度ってもんがあるだろ。なんの手掛かりも無しに少なくないメガストーンを全部集めるとなると大変な作業になるぞ」
「……と言う声が多数ありました」
「ん?」
言いながら皆神は袖の中に手を入れゴソゴソと探る。若干の間を空けて取り出したのはスマートフォンだった。それまで笏を手にしていたせいで古風な姿にメカニカルなアイテムが混ざると強い違和感がある。
「そういう時はこちらを! 私が作りましたスマホのアプリ。その名も『メガ石Go!』。位置情報を利用したアプリでございます」
「そのクソダサいネーミングどうにかならなかったのか……」
引き気味になりジェノサイドは自分のスマホでアプリの検索をする。ご丁寧に有料アプリとしてストアに登録されていた。
「キーストーンや個々のメガストーンからは特殊なエネルギーが生じておりまして、それらを探知する地図アプリという名目で運用しております。それから、注意事項としましては……」
皆神はメガストーンのあり方について述べ始めた。メガストーンは全国に散らばっており、数も無数に存在している。地図アプリである程度反映はされるものの、誰もが手に入れられる代物なので現地に赴いた際には実物が残っていない場合もあること、しかし数に限りがあることは現段階では確認されていないので再度探せば入手は可能とのことだ。
「出現場所に縛りみたいなものは無いのか?」
「無いようですね。これまで公園であったり施設内にあったり、川や森といった自然の中、道路などなど……。共通点は皆無です。あまりにも不自然なので、人の手が加えられていると考える方がおかしいくらいです」
「一般の人でも触れてしまう可能性があるのか……」
それはそれで危険ではないか、とイメージが脳裏をよぎる。しかし、たとえジェノサイドであってもどうにも出来ない話だ。
「メガストーンは現在三十個ほどございます。全てを入手……されるかは貴方様にお任せしますが、その過程で多くの衝突がある事でしょう。どうかご武運を」
「俺を誰だと思ってる。深部集団の頂点に君臨するジェノサイド様だぞ?」
わざとらしく作り笑いをしてはそう言い捨てて彼は山を下りた。その足に迷いは無く、すぐにその姿は見えなくなる。
皆神はジェノサイドが立ち去ってもなお、それまで彼が立っていた部分を見つめている。
「その最強の名が何処まで、何時まで通用されるかは分かりかねますが……彼ならばやってくれるでしょう。お願いします。この世界の危機は未だ去ってはおりません」
足元を見ると、細かい木片が散らばっている。戦いの余波を浴びた建物の保全状態が少し気になるところだった。どのように修復しようか、そもそも修復作業が必要かどうかを考えながら、皆神は薄く小さく笑う。
「バルバロッサとの戦いは、まだ終わっていませんから」
- Re: Re:Re:ポケットモンスター REALIZE(移設中) ( No.28 )
- 日時: 2023/09/14 20:43
- 名前: ガオケレナ ◆DsVre1ex/o (ID: tOQn8xnp)
キーストーンが手に入った。
ジェノサイドは改めて眺めてみる。石の中央部分にDNAの二重らせんを模したような模様が刻まれており、非常に綺麗である。これはメガシンカのシンボルだ。
ジェノサイドはたった今到着した基地の地下に作られたひとつの扉の前に立っている。扉を通して騒ぎ声が微かに聞こえる。その先は広間だ。また騒いでいるのだろう。
何も言わずに扉を開けた。開く音と人の気配に、部屋にいる人間全員が一斉に振り向く。見たところ彼らはゲームで対戦をしているようだ。対戦者を囲む塊が二つ出来ている。
「あっ! リーダーどこ行ってたんすか!? 帰りにしては遅すぎますよ!」
手に持っていたゲーム機を放り投げ、塊を掻き分け、そのように叫びながらケンゾウが寄って来る。
「わざわざこっちに来なくてもいいだろ……」
「答えて下さいよ! どこ行ってたんすか?」
「分かった分かった。言うからとりあえずアレ。あれどうにかしろ。お前の3DS勝手にいじってんぞあいつら」
疲れ気味なのか、淡々とした口調でジェノサイドはケンゾウの後ろを指す。観戦者だった構成員たちがケンゾウのゲーム機に触れて勝手に操作しようとしていた。
「いやいや、今答えてくださいよってオメーら何やってんだやめろーー!」
ケンゾウの情緒が安定しない。それまで興味津々だったジェノサイドを捨てて彼らの元へ戻ろうとする。それを見た皆が笑う。
「それで結局、何処に行ってたんですか? リーダー」
再び対戦で燃える集団の輪から離れた、一人の背の小さい構成員が声を掛けた。名前さえも知らない人だ。
ジェノサイドはそれに無言で答える形でポケットに手を突っ込みながら彼等へと近付く。
「いいかお前ら。俺は今日コレを取るために帰りが遅くなった。見て驚くな? ほら、キーストーンだ」
まるで大学において自身が所属しているサークル『Traveling!!!!』に居る時のような高いテンションだった。自分で気が付いていないだけで自然と興奮しているのかもしれない。
そう言いながらジェノサイドは手に持った小さな石を掲げる。
それを見るやいなや、方々から歓声が上がっては部屋にいる人"全員"がこちらに駆け寄って来た。有無を言わさずジェノサイドは揉みくちゃにされる。
「見せて見せて!」
「もっと近くに寄せてください!」
「お前邪魔だどけバカ」
時に揉まれ、時に払いのけようとして空を切った平手が顔や体に直撃する。
痛い思いをしつつ自分がここで宣言したこと自体が間違いだったと悔やみながら、あとで見せるから落ち着けと叫ぶことしか出来ない。天下のジェノサイドも数の暴力には弱いのだ。
身体の細いジェノサイドは人と人の間の細い通路に活路を見出すと、身をくねらせ翻して波をくぐり抜ける。
彼が逃げたと知ると残念そうな声が上がるも、それを無視してジェノサイドは部屋から逃げた。
「危なかった……小さいから気を付けないと失くすよなこれ……。そしたらヤバいじゃ済まねぇよなぁ。また山登りに行くなんて勘弁だぞ俺」
こういう時は自室に篭もるのが一番だ。皺だらけになったシャツを整えながら廊下を歩く。
皆が皆キーストーンについて興奮していたが、まさかここまで騒ぎになるとは思わなかった。それまで有り得なかった現象が、力が身近なものになったのだからそれも仕方なかったのかもしれない。
神社には大量にキーストーンがあったのだから、おまけにあと二、三個は貰うべきだったと若干後悔しつつ静かに自室の扉を開けた。
†
キーストーンを手に入れてから休日を挟み、月曜日。
ジェノサイドは隠洋平として大学に向かっている。キーストーンはハヤテの尽力によって寄せ集められた、技術開発を担当とする者たちに預けている。
「今日はサークルあるけど、天気もいいしメガストーンの探索やってみようかな」
空を見上げながら隠は呟く。雲ひとつ無い晴天だ。好きなサークルに行けないのは少し残念だが別にそれは痛くも痒くもない。むしろ、組織の戦力確保のために必ず必要なことだ。どう見てもサークルよりもこちらが重要である。
そういう意味では大学の講義も全部放り投げたいところだが、生憎とそういう訳にはいかない。
†
「えっ、キーストーンを手に入れた!?」
珍しく声を上げたのは隠と同学年にして友人の一人であり、同じサークルに所属している佐伯慎司だった。最近眼鏡からコンタクトレンズに変えたようで印象がかなり変わっている。元から顔は整っている事が分かっていたものの、改めて見るとその顔は綺麗だ。
時刻は昼休み。彼らは学校の文化祭終了後に設けられた部室に集まっては昼食を食べていた。部活でないのに部室を与えられた事の意味が分からないが、どうも部屋が空いていたところを部長が申請したらしく、それが通ったらしい。
「元々怪しいと睨んでいた場所をピックアップしたらドンピシャだったよ。だから入手自体はかなり楽だった」
隠は部室をぐるっと眺めた。そこまで広い空間では無いが、二年生は隠と佐伯の他に二人いる。あとは先輩がチラホラ居る程度だ。
隠は彼らと会話をする。
ポケモンとは縁の無い御巫や他の先輩たちにとってはどうでもいい話で実際聞いてもいないが、佐伯や他の先輩たちには関係があると言えば関係あるもののようで、熱心に聞いている。話の内容柄どうしても深部集団が絡むので話すかどうかはかなり悩んだところだが、結局話したい衝動が勝ったので今こうして話している。
しかし、彼らが深部集団と関わりを持って欲しくないので一部事実とは異なる表現を混ぜる。
「じゃあレン君、どうやって入手したの?」
隠のあだ名に君付けで呼ぶのは佐野宏太しか居ない。
隠ら二年とは学年がふたつ上の四年生の先輩。十一月も始まったこの時期にこうして部室に来ているという事は来年の内定が決まっているのだろう。
関西地方出身の彼は他の先輩たちとはノリが良く、明るく陽気な性格をしている。身長は隠とほぼ同じくらいだが、体型はかなりガッシリとしている。単に太っているだけかもしれない。しかし強そうにも見える。
だが、彼の良いところはその性格だった。
陽気でノリが良いのに加えて、彼は誰とでも仲良く接する。特に輪に入れずに一人で居る子には自ら率先して声を掛ける。隠もそんな彼の優しさに救われたお陰で仲がかなり良いのだ。
そのように慕っている先輩の前で隠し事をするのは良心が痛む思いだが、こればかりは仕方の無いことだった。
場所を隠す代わりに事実を話す。
「"俺たちのグループ全体"からしていわく付きな場所がありまして……。昨日行ってみたんですけど案の定他の組織の奴等も来ていたみたいで既にメガシンカゆかりの地として有名になってたっぽいです。なんか普通にそこに居る人と話をして貰ってきました」
言葉を濁したが、それが深部集団だと分かったようで、佐伯は不安そうな声を上げる。彼が他の組織の人間から狙われている事実は以前の騒動の時に知った。
「レンそれ大丈夫だったの?」
「大丈夫だったよ。途中で他の連中と出くわすなんて事は無かったし。別に"こっちの"人間の全員が全員その情報を把握している訳でもないし、時間の都合もあったしな」
情報を知る深部集団の組織は恐らくだがまだ少数に留まっているはずだ。でなければあの日に誰かと遭遇していてもおかしくはない。もっとも、それは今限定の話で今後は事実を知る組織も増えていくだろう。
それに、余程のことがない限り冬が近付きつつあるこの季節の中で標高千二百メートルの山を登ろうなんて普通は考えないだろう。軽いハイキングを通り越して登山である。軽い気持ちで行けば遭難してしまう。隠としてはそれらを含めての昨日の行動だったのだ。
「って事で今日はサークルパスしてメガストーン探しに行ってくるわ。何かあったら宜しくな」
「えっ……。でもレンそれは危なくない? 狙われているんでしょ?」
「うーん。確かに不安っちゃ不安だけど大学でもなければ基地でもない所にいきなり俺がいる訳だからな。事前情報が無ければバレるとは思えないし。偶然でない限りは大丈夫だと思うけどなぁ。それに、探さなきゃすべて始まらないし、かと言ってそれが怖いからって部下に全部押し付けるのも可哀想じゃん?」
佐伯のこの気持ちは、今ここに居て事情を知る者たちの代弁でもあった。しかし隠は楽観的である。それが彼の本性であり真の性格かもしれないが、危機感が無さすぎると彼等は思ったことだろう。
「でも危ないよ? 絶対に目立たないでね」
「わざわざ目立つかよ! 一応これでも無個性で特徴皆無の大学生のつもりでいるんだがなぁ」
そう言う隠の服装は確かに特徴が無かった。白と紺のボーダーシャツの上に薄緑の薄いパーカーを着ている。下は青のジーンズだ。
そこまで言って隠は昼食に全く手を付けていない事に気付く。喋りすぎたせいで時間を浪費した。彼は急いで食べ始める。
†
退屈な講義がやっと終わった。時計を見ると十五時前だ。外を歩くには丁度いい時間である。
「じゃあね。お疲れ」
隠はこの講義を一緒に受けていた友人に一言掛けて足早に教室を去る。とりあえず今は早く大学から出たかった。
構内を歩きながらスマホを開く。大山の神主、皆神が作ったメガストーンを探す地図アプリだ。
地図は広範囲であれば反応も多いが、自分の姿が分かる範囲まで拡大すると反応は極わずかとなる。
「反応はひとつ……。この近くだとあの公園か……」
それは、隠も知っている場所だった。
と言うのも、隠の通う大学の周辺は住宅が多く並び、それでも土地が余っているので公園の数も多い。多摩のニュータウンはそんなものである。
彼も暇な時間を見つけては、近くの公園にフラッと立ち寄っては時間を潰すなんてことはよくある事だ。
「どうせ取るだけなら後は暇だしな。公園内でゆっくり休んだ後に帰るか」
場所を確認すると隠はスマホをしまう。同時に取り出したのはオンバーンが入ったダークボールだ。
此処が大学構内だと言うことを忘れているくらい大胆にそれを投げる。
オンバーンが元気良く飛び出し、隠はそれに飛び乗った。
あっという間に大学が遠ざかってゆくが、地上付近で何やら怒鳴り声が聞こえた気がする。
そう言えば、今大学では以前にポケモン絡みの騒ぎがあったせいか監視と罰則が厳しくなったとかいう話があった気がしたのを彼は思い出す。
「ったく、誰だよ……そこまで騒いだアホは……」
風を浴びながらそう呟く。
その原因が自分だということに全く気付いていない隠洋平であった。
- Re: Re:Re:ポケットモンスター REALIZE(移設中) ( No.29 )
- 日時: 2023/10/15 16:42
- 名前: ガオケレナ ◆DsVre1ex/o (ID: zHNOEbBz)
空の移動は便利である。
陸と比べて距離も縮まり、渋滞や混雑に巻き込まれる心配も無い。唯一の欠点は目立つことだろうか。
しかし、このような生活を続けて四年である。今更"目立つからイヤ"とはならなかった。
今、彼が居るのは"長池公園"と呼ばれている広い自然公園だった。
大学からここまで来るのに徒歩だと一時間、車などで十五分ほど掛かるものだが、空旅では五分ほどで到着する。
この土地は住宅地の真ん中に立ち、農業用の用水を池として溜め、その周囲を公園としているものだ。
しかも、その周りと言うのが元々この地に存在していた自然そのものを保存しているためか、面積もかなり広く、東京都でありながら自然を楽しめるという不思議な体験が出来る場所だった。開発される前は此処は山であったのだ。
池の周りには野鳥が多数生息し、野生のリスやタヌキ程度ならば簡単に遭遇出来る林も茂っている。都内では珍しい動植物もあるそうだ。
そして何より、特徴的なものがひとつ。
「……綺麗だけど、なんでよりにもよって此処に持ってきたんだ? あれ」
池の水は水路を通して団地の傍を通り、近くの駅まで流れている。
その上に建っている、煉瓦造りの橋がなんとも言えない存在感を放っていた。
この公園には橋にまつわるモニュメントが立っている。それによると、この橋は大正時代に実際に造られたもので、元々は四谷にあった。
当時橋の上は電車が通っていたようだが、流石に今は電車は通っていない。線路の一部が公園の敷地内に展示されているに留まっている。
橋をよく見ると、それに似合う西洋風の街灯が幾つか置かれている。夜になると点くようだが、今はまだ明るいため光は灯っていない。
「まさか……な」
隠は辺りを見た。橋が見え、水路が見える。
その傍らで遊ぶ子供たち、そんな子供たちに踏まれる青い芝生、そして公園の敷地をぐるりと回るように広がる散歩コースから見える林。
「……」
言葉が出ない。敷地が広すぎる。
この公園の面積は一九万八四〇〇㎡もあるのだ。その中から決して大きいとはいえない石を一つ見つける事など最早不可能に近い。不可能でなくとも、かなり骨の折れる作業となる。
「はぁ……。今日はせめて二個ほどはメガストーン見つけておこうかと思ったのに……。これじゃあ無理だな。ここで一日潰れる」
ひとまず隠は橋の付近を探すことに決めた。
ゲームに則っているとすれば、石の埋まっている地点は光り輝いているはずだ。確証は無いが、せめてそれくらいはあってほしいと淡く考えるのみだった。
橋の周辺は石畳で覆われている。
仮にメガストーンが埋まっている地点が輝いていれば、陽の光が反射して分かりにくいだろう。そのため、隠は意識を足元に集中させ、目を凝らす。途中、意識しすぎたせいで足がもつれた。
しかし。
「……ねぇな」
アプリでは確かにこの地を示している。しかし、それらしい物は皆無であった。全く見当たらない。
「見落としているかもしれないけど、一応近くを見たつもりだ……。芝生、石畳、橋の下……。どこを見ても見つからねぇ。やっぱりダメなのか? キーストーンが無いと」
自分でももしや、とは思っていた。
メガストーンを手にする際はキーストーンも手元に無いと反応しないのではないのか、と。
もしもそうであるのならば非常に面倒である。基地に戻ってキーストーンを取りに行かなければならない。そこから、またこの公園に来なければいけない。その内にメガストーンが他人に取られる可能性もある。
どうすればよいだろうか、と隠は腕を組み、唸りながら橋を見上げた。レトロともモダンとも思える、綺麗な橋だ。
「何を諦めているのですか? まだ探していない所がありますよ。例えば……あなたの目の前の池とか」
突然何処からか声がする。知らない人の声だ。
反射的に振り向こうとしたが、それよりも先に本能が、身体が勝手に動いた。池に入れば全て終わると直感にして瞬間に気付いたのだろう。
隠は濡れて冷えるのも構わずに足をつけて池に入った。そして手で水を掻き分ける。
「ここか!? ここのどっかにあるんだな?」
池の水は農業用の水である。見た目からしてあまり綺麗とは言えない。しかし、はっきりと汚れていると見て分かるほどでもない。せいぜい少し濁っている程度だ。
その中で、隠は必死に手を振る。
その功を奏したのか、指先が水底にある固いものに触れた。感触でそれが普通のものでないことが分かる。そしてあまり大きくない。
迷う暇はない。隠はそれを掴むと一気に引き上げた。
見たことの無い石だった。
色合いは非常に透き通っており、青と黒の模様が刻まれるように付いている。その色でメガシンカのシンボルである遺伝子を模した模様が彩られていた。
この時隠は気付けなかったが、その石は"ギャラドスナイト"とゲーム内で呼ばれている道具である。
「これは……。これがメガストーンか?」
「はい。その通りです」
同じ声がした。隠は今度こそ振り返る。声は背後から響いているからだ。
そこには、二人の人影があった。
一人はキャスケットを深く被って目元を隠し、シンプルな柄のカーディガンを着てカーキ色のチノパンを履いている。
もう一人は白装束に身を包み、髪も真っ白に染め、背が高かった。髪がかなり長いので女性とも思えたが、先程の声が如何にも男のものだったのですぐに男性だと判断する。声の主はこの白装束の男だった。
「お前は……」
「失礼ですが、あなたはジェノサイドで宜しいでしょうか。いえ、言葉を間違えました。あなたはジェノサイドですね?」
その男は、隠が何か言うのを許さないかのようだった。遮られる。
同時に、隠の全身を悪寒が走った。一瞬ではあったが恐怖を感じた瞬間でもあった。
それはつまり。
「……ったくよぉ、絶対バレねぇ気でいたのに、何でお前らは見破る事が出来るんだろうな? 言っとくけど、俺は"そんな気分"じゃなかったんだ。こんな時に俺の名を求めてかかってくんじゃねぇよ馬鹿が。それに……」
隠は白く長い髪の男をじっと見つめる。服も靴も白いので正に真っ白な人間だ。
「今、深部集団では和服でも流行ってんのかよ」
その直後、接触が起きた。
ジェノサイドはゾロアークが入ったダークボールを、白い男はもう一人にアイコンタクトを送ると、その人は無言でモンスターボールを投げてはエルレイドを召喚する。
エルレイドは真っ直ぐにこちらを駆けた。ゾロアークは一足遅れてボールから飛び出ては迎え撃つ。
今回ゾロアークは変身させなかった。生身でぶつけるつもりだったのだ。
ゾロアークは普段の"カウンター"と同じ要領でエルレイドの剣と化している肘を受け止め、その動きを止める。
「やはり、私の目に狂いはなかった……」
白装束の男が静かに呟くと、まるでそれに応じるかのようにエルレイドがゾロアークの手を払うと主の元まで跳んだ。
ゾロアークもジェノサイドの傍まで寄る。
「何の真似だ? このメガストーンが欲しいのか?」
「いいえ」
男のその返答はあっさりしていた。
自分に対して放っていたであろう迸るほどの敵意も今となっては全く感じられない。
しかし、お互いのポケモンは睨み合っている。それに共鳴するがごとくジェノサイドも目の前の二人を睨む。
「お前は誰だ」
メガストーンの事情を知っていることと、自分の正体を知っていること。明らかに二人は深部集団の人間である。こんな時に彼に近寄る深部集団の人間がどんなものかは決まっている。彼の持つ名声と財産目当てにその命を狙う怖いもの知らずの愚か者だ。今までが、もう何年もの間そうだったのだから。
「お前は誰だ」
はじめの質問からしばらく呼吸が空いた。その間なんの返答もなかったのでジェノサイドは再び尋ねる。一度目の時より感情が篭っている。
「私は……。私たちは"赤い龍"。この名を聞いた事はありますか?」
聞いたことがあるはずがない。そもそもジェノサイドは他の深部集団の組織の名などいちいち覚えることはしない。その必要が無いし、そもそも興味が無いからだ。だが、その名が組織の名前である事だけは理解出来た。
「知らねぇな。だから何なんだ?」
「そうですか……。私たちはAランク組織"赤い龍"と申します。私はレイジ。長の補佐役……といったところでしょうか」
レイジと名乗った男は、そしてと言いながらもう一人の肩に手を乗せる。乗せられた方は嫌がったのか、身体を震わせ手を払い除けた。
「この方が、我らが"赤い龍"の首長ミナミです。以後、お見知り置きを」
ジェノサイドとしては白い方が組織のリーダーだと思っていたがゆえに意外に感じた。軽い衝撃みたいなものを覚えたせいか二秒ほど固まる。
「じゃ……じゃあなんで此処で俺と接触した? メガストーンが目的じゃないとなるとやはり欲しいのは……俺の命と金か」
ハッとして我に返ったジェノサイドはレイジを睨みつけて言う。
「いいえ。それでもありません」
レイジは再び否定する。心做しか先程よりも否定の思いは強そうだった。
「私はあなたを探しに……ここまでやって来ました。私たちの目的はメガシンカでも、あなたの財産や名誉でもありません」
「あぁ? じゃあなんなんだよ……」
不信感は消えない。むしろ強まる。ジェノサイドとしては、このように油断させておいて無防備になったところをバッサリと斬るような曲者にしか感じられない。過去にもそのような敵は居た。
しかし、変化があった。キャスケットを深く被って顔を隠しているミナミという名前らしい人間が突如エルレイドをボールに戻したのだ。その代わりとして別のポケモンを出す素振りを見せない。
つまりは武装解除の意を示している。
私たちは戦うつもりはありません、と無言ではあったがそう言っているようだった。
レイジが跪いて叩頭した。
「お願いがあってここまで参りました。ジェノサイド様、どうかお願いです。私たちを、赤い龍を助けてください」
「えっ?」
あまりにも予想外な言動に、ジェノサイドは間抜けな声を発する。
レイジは頭が床に擦れるほど深く下げている。
出会った直後に攻撃してきたと思ったら助命嘆願をしている始末だ。やっている事の意味が分からない。
しばらく互いに黙り込み、沈黙が空気を包む。
だがジェノサイドはいつまでもそれには耐えられない。
「とりあえずさ、」
「助けてくれますか!?」
ジェノサイドの言葉にレイジは頭を上げた。
「いや、そうじゃなくて……。なんと言うか、意味が分からない。何をもって助けて欲しいのか、もっと説明してくれ」
それが返事でも無ければ許可でもなかったからか、レイジは顔を曇らせる。と、同時に袖から綺麗に折り曲げられた一枚の白い紙を取り出した。
「これはあまり見せたくなかったのですが……。以前この手紙が私たちの元に届きました」
紙を向けられたジェノサイドはそれをひとまず受け取る。罠の可能性は否定出来ないが、かと言ってレイジの嘆願も嘘のようには見えなかった。
ジェノサイドは恐る恐る折り畳まれた紙を広げる。A四サイズの簡素なものだった。
『解散令状
当該組織は、議会による審議と調査の結果、解散に相当する危険な行動が認められたため、組織の解散を命ずる。
該当組織:赤い龍(該当ランク:A相当)
なお、命令に従わなかった場合は、強制執行の適用を認めることとする。
中央議会下院議長 五百城 渡』
「……」
ジェノサイドは無言で紙をレイジの掌に叩きつけた。
「いかがでしょう?」
「いかがでしょう? じゃねーよ! どう見てもただのイタズラじゃねぇか馬鹿馬鹿しい。結社の連中が、こんな不幸の手紙じみたレベルの低いイタズラする暇があるかっつーの」
この世界を支配している存在をジェノサイドたちは"結社"と呼ぶが、彼らは自分たちの事を"中央議会"もしくはそれを省略して"議会"と呼んでいる。その方が威厳があるとでも思っているのだろう。
呆れたジェノサイドは二人に背を向けた。
「どこへ行かれるのですか?」
まだ返事を受け取っていない。不安そうにレイジは声をかけるが、ジェノサイドの背は遠くなってゆくのみだ。
「あっ、まっ……。待ってください! どうか私たちを見捨てないで下さい! このままでは殺されてしまいます!」
その叫びには必死さしか無い。ジェノサイドがそれを受け取ったのか、それとも最後の物騒な単語に反応しただけなのか、足を止める。
そして振り向いた。
「おい、待て。それどういう意味だ? もっと詳しく話せよ」
- Re: Re:Re:ポケットモンスター REALIZE(移設中) ( No.30 )
- 日時: 2023/09/14 21:04
- 名前: ガオケレナ ◆DsVre1ex/o (ID: tOQn8xnp)
意識が遠のいている。目の焦点がはっきりしない。頭もぼーっとしているようだった。
時間が経過していくにつれて徐々に、はっきりとしてゆく。明瞭になってくる。
ジェノサイドは横たわっていた体を起こす。どうやら少しの間寝ていたようだった。視界に映った景色には見覚えがあった。自分の部屋だ。
部屋に灯る蛍光灯の光に覚めたようだった。寝落ちでもしたのか、それは点けっぱなしだったかもしれない。
扉の平行線上にはあまり大きくない机があった。大学で使うためのファイルが二枚と、基地での生活を初めてから一切勉強していないのを物語るほどの、一度として使っていない筆記具が置かれている。思えば、ジェノサイドはこの部屋で勉強した事など無かったかもしれない。それが道具にも表れている。
机は大きくない代わりに、縦に長かった。上部には小さな本棚が備え付けられており、中には大学で使う教材や教科書の他に参考書から、自著であることをアピールしたかったからなのか教授本人から半ば強制的に買わされた本まで並べられている。当然ほとんど読んでいないので新品同様の綺麗さだ。
目を机から他に移す。
部屋の真ん中には安物の椅子が一脚。壁の一部分はクローゼットと一体となっており、私服は全てこの中にある。
そして、扉に足を向ける形でベッドがあった。
こうして見ると、空間いっぱいに家具を置いているようだった。実際彼の部屋の広さは六畳ほどだ。組織の長の部屋としてはかなり狭い方だろう。
もっとも、この基地の小部屋は共用のものでない限りはこの広さらしい。変に気取らないのが彼らしい部分でもあった。
ベッドの上で考え事をしていると、誰かがノックをした。長い間共同生活をしていると足音やノックの音だけで誰かが分かってしまう。ハヤテだ。
「あれっ、もしかして寝てました?」
返事を聞いてハヤテは扉を開き、彼の姿を見るなりそう発した。
「まぁ、ちょっと眠くてな」
ジェノサイドはぱっちりと目覚めたにも関わらずわざとらしそうに目を細めては擦る仕草をした。ハヤテはそれを察してか知らずか、見届けてから部屋の中に入る。よく見るとその手元には数枚の資料があった。
「とりあえず……」
ハヤテはクリップで簡単に留められた紙を二、三枚ほど捲る。
「先ほどリーダーが会われた"赤い龍"という組織について調べてみました。どうやら実在する組織のようですね。Aランクと高いレベルではあります」
鼻で笑いたくなった。深部集団の世界において上位のランクに位置しているとされるAランクも、"最強"からしたら格下にしか見えない。とはいえそう頻繁には会う存在でもない。少し珍しい鳥か昆虫に遭遇するのと同じレベルだ。
時計を見る。
ジェノサイドが長池公園でメガストーンを探してから三時間は過ぎていたようだった。既に外は夜だ。
寝る前の記憶が断片的に蘇ってくる。ジェノサイドは今日起きたことをハヤテたちに伝え、調べるように命令していたはずだ。
その調べ物とは。
「事例がかなりあります。リーダーの言われた脅迫文とほぼ同じ内容の文書があらゆる組織に送られているようですね。その組織らに今のところ共通点は見られません。ランクも活動拠点もバラバラ。完全にランダムですね。何を基準に選んでいるのか全く不明です」
「ランダム……ね。益々イタズラくせぇな。その……何とかっていう人間は何とも思わねぇのかな? 自分の名が勝手に使われている訳だし。騙っている奴を徹底的に調べてしまえばこんな呪いの手紙の騒動も終わりそうだがな」
「いえ、イタズラでは無いかと」
ハヤテの声と紙が捲られるパラパラという音が同じタイミングで放たれる。彼は今ジェノサイドの話を聞き、内容を理解して考えた上で資料と符合させようとして否定した。器用な男である。
「残念なことにイオキ ワタルという男は実在しており、実際に本人の意思で調査という名目で脅迫文を送り続けて組織を解散させているようですね。目撃情報もあります」
「じゃあ肩書きは」
「出回っている文書の通りですね。中央議会下院議長……。間違いなく結社の人間です。かなりの大物の議員ですね」
ジェノサイドは目だけをギョロリと動かしてハヤテの持つ紙を捉えた。興味もやる気もない。だが、その眼差しだけは本物だった。
脅迫文には"強制執行"という物騒な単語も含まれていたはずである。
「それから、強制執行についてなのですが……」
ハヤテは言葉を詰まらせる。もしかしたら言い難いことなのかもしれない。
「この強制執行なのですが……かなりエグいものでして、どうやらこの脅迫文に従わなかった場合は深部集団全体として……即ち結社にとっての反乱分子として解釈されるみたいで強制的に排除されるようです。財産は全て没収、住処も奪われ、悪質な場合は該当組織の構成員は皆殺しにされるようで……。まるで存在そのものが無かったことにされる勢いですね」
想像以上だった。
いくら平気で命を奪い合う人の道を外れた獣しか存在しないこの世界の人間であったとしても、そんな世界を作り上げた結社がそこまで過激な行動に走るのかと未だ信じられない自分が居た。
「いや……奴等ならやりかねないかもな」
冷静に考えれば。
元々ポケモンを悪用して治安を脅かす連中を絶やすために作られた深部集団だ。その目的が達せられた後になって個々の組織同士を争わせるように誘導したのも、そんな世界を生み出したのも紛れもない結社だ。
元々ジェノサイドのような、深部集団に属する組織を設立するには結社の援助の下、かなりの金が動くことになる。その為設立以後は結社に対して組織の活動で得た利益は幾らか献上しなくてはいけない事になっている。これはジェノサイドとしても同じで例外は存在しない。
結社からすると、現状はそんな組織が増えすぎている。その分結社側の出費も馬鹿にならないほど大きくなっている。
「俺が多くの組織に狙われる理由だが、この世界で一番強いというのもそうだが、それはつまりこの世界で最も財産を手にしているという事でもあるな。組織を相手取って戦い、勝てばその組織の財産が丸ごと手に入る。だが全部じゃねぇ。その財産の四割は結社に払わなければいけない事になっている。……んだが、四割取られても有り余るほどあるだろう。そう思われてっから俺には敵が多いんだ」
ジェノサイドは忌々しそうに自分語りを始めた。ハヤテは嫌な顔はしない。どれも事実だからだ。
ジェノサイドはもしも、と考えた。
もしもこの呪いの手紙が自分に来たとして仮に無視をしたとすると、このイオキ ワタルという人間はジェノサイドの人間を皆殺しにするだろう。本来は他の組織の手助けもあって四割得られる利益が、他組織を介さないことで十割となる。利益の回収としては無駄が無いし、上手くいけば新たに生まれる組織誕生の抑止に繋がる可能性も期待出来る。
野蛮で卑劣で強権的だが、手段としては有りだ。
「外道にも程があるな。まぁこんな世界を作り出した連中がマトモな人間な訳がねぇのだが、だからって殺すことを厭わない時点で俺らと何ら変わりゃしねぇ。むしろクソさで言えば奴らの方が最低だろうな」
相変わらず言葉が過激で強いだけのジェノサイドだった。彼は命を奪うことまではしない。深部集団最強という肩書きを利用して強い言葉を乱用して恐怖感を与える癖がここに表れているのだ。
ハヤテはそれをよく知っている。だから何も言わなかった。
「ところでリーダー」
ハヤテは持っていた資料をくるくると丸めた。見たところ発表は終わりのようだ。
「なんだ? まだ言いたい事でもあるのか?」
「いえ、それ程のことではないとは思うのですが……」
ハヤテは視線を落とす。躊躇しているようにも、モジモジと恥ずかしがっているようにも見える。
「基地の外の敷地に……見慣れない二人組があるのですが」
「……」
「まさかですが、あのお二方が"赤い龍"ですか?」
「……」
「もしかして、連れてきちゃいました?」
「……」
「なにか答えてくださいよ」
「……らない」
「聞こえませんよ?」
「分からないんだもん……こういう時どうすればよかったのか……。無視しても付いてくるしよぉ。すっげぇ困ったような、弱ったスズメのような目してこっち見てくんだもん! なぁ、どうしたら良かったんだ?」
「だからって基地の前まで連れて来ないでくださいよ!」
珍しくハヤテは声を上げた。安全保障からして絶対に行っていけない行為を目の前の男はやらかしたのだ。バルバロッサというリーダーの片腕が居なくなった今、自分がリーダーや組織を支えなければいけないという思いが強まりつつある今、ハヤテはジェノサイド相手でも強気にならざるを得ない。
「いや俺だって最初はあいつらの言葉信じてなかったよ!? 今の今までイタズラに振り回される頭の悪い奴らとしか思ってなかったよ!? でも凄い必死に訴えてくるしさぁ……結局あいつらの言ってる事全部本当だったけどさぁ!」
「だからって連れて来ていい理由にはなりませんから。もういいですよ……。いつまでも外で待たせる理由もありませんし呼びに行きましょうか」
ハヤテはジェノサイドの許可も得ずに勝手に歩を進める。階段を上り、廊下を歩いて外に通じる重い扉を開ける。
外界と通じた瞬間、冬が近づきつつある季節の冷気がどっと押し寄せた。同時に景色も映る。
林に囲まれた自然の中で二人組が佇んでいた。
「お待たせして申し訳ありませんお客様。たった今我がリーダーから許可をいただきましたので、どうぞこちらへ」
そう言ってハヤテは地下に通じる道を示し、譲る。
二人のうち白装束を着た背の高い男が真っ先に反応した。安堵からか駆けていた。
もう一人はポケモンを出して何かをしているようだった。よく見るとキノガッサに"やどりぎのタネ"を命じている。植物でも増やそうとしているのだろうか。
「若! 何をしているのですか? さぁ早く!」
部下から若と呼ばれたミナミは急いでポケモンをボールに戻すと鉄の扉に向かって走った。
二人が吸い込まれてからハヤテは周囲を軽く見回してからゆっくりと重い扉を閉じる。
†
「んで? お前らはどうして欲しいの?」
ただっ広い広間と同じ階の地下一階に置かれている談話室に、ジェノサイド、ハヤテ、レイジ、そして"赤い龍"のリーダーのミナミが揃う。
木目調の壁紙、異国風の絨毯、ほの暗い照明、天井にも届く高い本棚、そして暖炉が揃っている、あまりにもレイアウトの本気度が違いすぎるこの部屋に彼らは集まった。ジェノサイドが普段この部屋を利用する時は一人の時か、その時にハヤテやケンゾウが割り込んでくるパターンが多い。その為どこか窮屈にも感じる。
「望み通り話も聞いてやったし、基地にも入れてやった。他には何を求める?」
未だ心の中に残る敵意の残滓のようなものを吐き出す態度でジェノサイドは臨む。
彼の性格とまではいかないが、深部集団の人間と接触する時はどうしてもこうなってしまうのだ。それは四年という時間が生み出してしまった癖とも言えるし、護身術とも悲劇とも言えた。
「はい」
応じたのはレイジだった。ここに至るまで何故か彼しか喋っていないように感じる。
「いや……はい、じゃなくて」
「はい」
「……」
「ご理解頂けたかと思いますが、いま深部集団は異常な議員によって振り回されている状態です。これが一時の暇潰しとか、ただの我儘であれば良かったのですが……こうなってしまえば身の危険も感じてしまいます。実際に私たちにもそれが向けられてしまいました。私たちはこんな所で倒れたくありません。死にたくありません。だからこそ、私たちは欲しかったのです。保障が」
「それで絶対に倒れる事も無ければ死ぬこともない、安全が保障される俺の元へとやって来たわけか」
レイジはそれに無言で頷く。
「そりゃそうだもんな。俺らはこの世界の頂上に位置するSランク。中々壊れないもんな。と言うより壊れたらマズイよな。けどお前、場所間違えてるぞ。ジェノサイドに避難してそれで安全って訳にはいかない。最強故に俺らは多くの連中から狙われているんだ。その矛先がお前らにも向く。此処は決して深部集団で一番安全な場所なんかじゃない。むしろ、一番危険かもしれないんだぞ」
「いえ、それはありません」
偽りに近い敵意を放つジェノサイドに臆することなく、レイジは彼に強く熱い視線を投げる。逆にジェノサイドが目を逸らしたくなるほどだった。
「仰る通り、こちらは深部集団最強の組織ジェノサイドの秘密基地であります。外敵から身を守るために生活上の空間をわざわざ地下に設けている。お陰で外から見れば工場にしか見えません。見事です」
ハヤテはじろりとジェノサイドに不穏な視線を放った。連れて来たせいで見破られたじゃないか、と。
「ですがジェノサイド様。それは誤りです。此処は世界一危険な場所ではありません」
「ふむ?」
「そうでは無いのですよ。もしかしたらジェノサイド様。貴方にその自覚が無いだけなのかもしれませんが」
言ってレイジは椅子から立ち上がった。四人が一箇所に固まっているものの談話室は狭くもなく、かと言って広くもない。暖炉から火が焚かれているので部屋は暖かい。
「この世界で頂点……Sランクであるという事実は何を意味していると思われますか?」
「何をって……言われてもな」
人差し指を立てて説明したそうにしているレイジの反応に困ったジェノサイドはハヤテと顔を見合わせた。彼も疑問を浮かべた顔をしている。
「すっごく強いなんていう単純なものではないのです。深部集団で一番と言うことは、この世界のバランスを保っている存在でもあると言えるのですよ」
「バランス? 俺がか」
レイジははい、と頷く。
「貴方は先ほど多くの存在から狙われると申されましたが……それは正確ではありません。それは組織ひとつを狙ったものと言うよりはジェノサイド様。貴方を狙っただけのものが多いのではないのでしょうか」
この世界の人間は組織のジェノサイドを狙うのではなく、"人間"のジェノサイドを狙う者の方が多い。レイジはそう言いたかったし、ジェノサイド本人も気付いてはいた。と言うより、この話は以前大学の教授相手に自ら披露したものだ。
「貴方という存在だけでも、この世界にとっては財産なのです。ジェノサイドという大国を持つボスに、深部集団一というブランド。そこからイメージされる莫大な財産。何でもありなこの世界で、歩く宝物を見つけてしまえば誰だって手を伸ばすと思いますよ? 普通ならば」
歩く宝物と呼ばれていい気はしなかった。なんて自分は損な役回りなんだと自分自身に嫌気が差してくる。それを初対面の人間に言われるのが、たとえそれが事実であったとしても個人的には良い気分にはなれない。
「ですが、貴方の正体はジェノサイドという最強の組織の一員。余程な酔狂な人間でない限り組織を相手取って戦おうとする人間はまず現れないのではないでしょうか?」
「一理ありますね。それに、ジェノサイドという組織があるだけで抑止にも繋がる、と」
「そういうことです。そして、それこそが私たちが最も求めていたものになります」
「お前たちが俺を支持する事で正しい存在だと周りから見られたいって事か」
「それも有るといえば有りますが……」
長い間立ちっぱなしだったレイジはミナミとジェノサイドを見比べた後に用意された椅子に座った。思えば、何故彼が立ち上がったのかその理由がよく分からない。
「言ってしまえば、ジェノサイドはそこらにある小さい組織よりも戦いの頻度は少ないはずなのです。勿論今の話ですよ? 過去についてはその限りではありません。それと、リーダー個人に対しては別として。こちらは過去とは変わらないものかもしれませんね」
ジェノサイドは小さく舌打ちをしてテーブルに置かれたコーヒーカップに手を伸ばす。中には熱いコーヒーが満たされている。
「要するに、これは極端かもしれませんが、ジェノサイドという組織がこの世界に、深部集団に存在し続けていることで今のこの環境を生み出しているのです。私の言った危険でない場所……という意味がお分かりになりましたでしょうか」
ジェノサイドは理解している。
同時に、ハヤテはあっと声を漏らす。
「あなた達が此処を選んだ理由……。それは深部集団が最も懸念している、"環境の崩壊"を避ける為に絶対に起こりえない、我々に対する脅迫や解散を避けるため。つまりイオキ ワタルの魔の手から必ず逃れられる環境を求めてのことだったのですね!」
「その通りです! ご理解頂けて恐悦至極であります」
結社は馬鹿ではない。噂によれば現職の国会議員も絡んでいる世界だ。つまりエリートが存在する場。そんな彼らが絶対にしないこと。それは、この環境を維持し続けているSランクの破壊だ。
五百城渡という人間が繰り返しているのは強制的な組織の解体。環境の破壊である。
対象が小さな組織であれば影響は極小であるだろうし、生じる問題も懸念する程でもない。だが、それがジェノサイドとなるとそうもいかない。
ジェノサイドの消滅は深部集団の消滅。ひいては、自分たち結社の、中央議会の消滅を意味する。
それらを理解しての、赤い龍からの"望み"だったのだ。