複雑・ファジー小説

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落ちこぼれグリモワール 第5話開始!
日時: 2015/07/03 01:44
名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: Nw3d6NCO)
参照: 7月3日更新いたしました。 ※後々全話加筆修正していきます。

※参照1000突破記念でオリキャラ募集始めました! 詳しくは【新リク依頼掲示板】で探してね! それとも>>40のURLから飛べるから確認してね!
題名「オリキャラを募集しております!」




【ご挨拶】
 クリックしていただき、まことにありがとうございます。
 ひっそりと再び小説の方を書いていきたいなぁと思い、ファジーにて最初気まぐれの超亀更新として始めていきたいです。
 順調に足並みが揃えば更新速度を少しずつ上げていく予定です。よろしくお願いしますー。

 あ、ちなみにコメディチック路線気味に加え、ラノベ調に近いものとなっております。ただ表現がグロテスクな場合等が出てくる恐れがあるので、ファジーにて書かせていただきます。ご了承ください。



【目次】
プロローグ【>>1

第1話:落ちこぼれの出会い
【#1>>2 #2>>4 #3>>6 #4>>7 #5>>10
第2話:天才と落ちこぼれ
【#1>>12 #2>>13 #3>>14 #4>>15 #5>>16 #6>>17 #7>>18
第3話:非日常の学園生活
【#1>>19 #2>>20 #3>>21 #4>>22 #5>>23 #6>>25 #7>>26 #8>>27
第4話:落ちこぼれの劣等感【事情により、#8と#9は連続してお読みいただくことを推奨します】
【#1>>28 #2>>32 #3>>33 #4>>34 #5>>35 #6>>36 #7>>37 #8>>38 #9>>39
第5話:恋と魔法と性転換
【#1>>40

Re: 落ちこぼれグリモワール 更新していきますー。 ( No.26 )
日時: 2015/01/18 19:43
名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: MDTVtle4)
参照: 参照600越えありがとうございます!これからも宜しくお願いします!

 涎をポタポタと垂らし、いかにも喰ってやろうとするその姿勢は崩さない。茶色の毛で覆われた巨体は野生的な匂いが漂わせている。更に極めつけは右手左手に兼ね備えられた鋭利な爪だ。あの豪腕でそれを目の前で振るわれた時はマジで死ぬかと思った。
 今は、そうだな。とりあえず——熊の猛威から全力で逃げ回っているところだ。

「ひぃぃいいい!!」
「グォォオオッ!!」

 後ろを振り返っちゃいけない、とばかりに俺と古谷は全速力でアンノウンを駆け巡る。それもこのアンノウン、走れど走れど終わりの見えない無限迷宮の如く広い。これも魔法の一種なのかどうかは知らないが、これのおかげで俺達は何とか本棚などを使って熊を追いつかせないようにしていた。
 で、今さっき見つかってまたしても全速力で逃げて、をかれこれずっと繰り返している。

「どうすんだよっ! このままじゃ俺達、あの熊の餌食だぞ!」
「そう言われても! まだちゃんとこの左腕を使いこなすことが出来ないんだ! その状態でどうしろと……! ッ、避けろ!」
「うおあああああ!!」

 俺と古谷が左右に分かれて散らばる。その中央を分厚い腕が虚空を裂いた。危ない、マジで危ない。避けてから即俺は立ち上がり、何とか走り、少し行ったところの本棚に隠れる。恐らく、古谷もそうしていることだろう。しかし、古谷とはぐれてしまった、どうしよう。一人になった途端、突然心細くなってきた。

「はぁ、はぁ……くっそ……何だって熊と戦わなくちゃいけないんだよ……!」
『どうしたの?』
「って、テレス! お前今まで何をやってたんだよ!」
『え、別に……寝てただけだけど』
「えらい呑気だな! 今ちょっとピンチなんだ、魔法使えるようにしてくれ!」
『使えるようにって……私が使ってるわけじゃなくて、咲が使って……あ、あれが"クマ"って人?』
「あ? どれだよ」
『ほら、咲のすぐそこで腕を振り上げてる』
「ッ——!! っんなことは早く言ええええ!!」

 横転して転がるが、爪が制服に掠る。衣服が破れるような音が少し聞こえたものの、制服自体にそこまで外傷は至っておらず、何より肉体には何ら異常はない。これもカット性が高まった制服だから、ということなのか分からないが、熊はそんな分析する時間も与えてはくれない。死んだふりとか、ここまで逃げ回っておいてやろうという気も起きないわけで。
 手元を何とか探り、倒れた状態の俺でも出来ることを探した結果。

「この、やろぉっ!」

 しっかりと掴んだ椅子で大きくぶんまわし、熊の腹部へそれが激突した。

「グォゥッ……」

 効いている、のか? よく分からないが、とりあえず少し怯んだ隙に立ち上がり、すぐにその場から離れた。
 少し離れてから後ろを振り返ると、熊が痒そうに腹部を撫でていた。嘘だろ、マジか。全然ダメージ入ってなさそうじゃん。結構全力でやったのに。

「グォォォオオオオッ!!」

 そして怒る熊。ふっざけんな、凶暴すぎるだろ。ミーちゃんだかマーちゃんだか何だか知らんが、そんなネーミングの可愛らしさの欠片もねぇよあの熊。あれは少なくとも人が飼える生き物じゃないのは間違いない。

「てこずっているようだな!」

 どこからともなく現れた紅さんに、俺は思う存分文句を言う。

「あれはどう考えてもおかしいでしょ!! 少なくとも、魔法を唱えることに熟知していない俺と、まだ操作方法も分からない古谷が戦うには無理な相手ですよ!」
「おいおい、何を言っているんだ桐谷。私のペット如き、魔人と比べればクソの足しにもならんぞ? それに、殺すことが目的ではなく、今回の訓練は"ミーちゃんに懐かれる"ことだ」
「は、はいぃ!? 懐かれる!?」
「ああ。ミーちゃんは己より強い者が好きだ。だから自分の方が強いことを認めさせればいい。それだけの話だ。ちなみに手段は問わないが、一番は戦って認めてもらう他はないだろうな」
「そんな、無茶苦茶な……!」
「おっと、私と話してる間にも来るぞ?」

 紅さんの言葉を受けて振り向くと、熊がこちらに向けて走ってきていた。容赦なくて本当に困る。

「テレス! 聞いてるんだろ!?」
『え……う、うん』
「とりあえず、今は俺に手を貸してくれ!」
『も、勿論、手は貸すけど……』
「よし、話が早い。なら、俺に"魔法の使い方を教えてくれ"!」
『……え?』

 会話している間にも勿論熊は突っ込んでくる。何とか避けることを繰り返し、走り回ってはいるが、かなりスタミナに限界が来てる。

「つ、使い方だよ! 教えてくれないと、ハァ、ハァ……わから、ないだろ!」
『教えるも何も……あの時、君は"自分一人で私を使って魔法を発動させた"んだから、私は分からないよ?』
「は、はぁっ!? なんだ、それ——ッ!! あぶねぇ!!」
「グォオオオオッ!!」

 熊がうっとうし過ぎて会話に身が入らない。ていうか、俺一人で魔法を発動させたって、そんなもの……え、本当に? 俺そんな記憶ないんだけど。
 
『もしかして……覚えてないの?』
「覚えて、ねぇよっ! あの時は必死で……とにかく、出来るような、ハァ、気が、したんだよッ!!」

 傍にあった椅子を熊に投げつけるが、それを難なく腕を振り回して回避する熊。なんつー知能の高い熊だ。椅子も何らかの魔法がかけられているようで、どんだけ投げても傷一つないのは凄いが、こうも効かないんじゃ投げても意味ないような気もする。
 それにしても、魔法の使い方なんて本当に知らないぞ。多分、魔法書があれば……あぁ、そうか、魔法書だ。魔法書を探さないといけないんだよ、とりあえず。じゃないと魔法なんて唱えられるわけもない。

「確か俺のバックに……!」
「グォオオッ!!」

 あ、やばい。考えてたら熊の右手が俺の方に目掛けて——

「そうは、させるかぁぁああ!」

 と同時に、古谷が叫び声と共に現れたかと思うと、左腕を差し伸ばして熊の方に向けていた。腕は既に変形しており、銃のようなモデルへと変化を遂げ、その銃口は熊に目掛けて向けられていた。
 熊が古谷の方に振り向く瞬間、銃口は唸りをあげて風と共に熊に目掛けて発射されたそれは熊の右側の背にあたり、直撃した後風はうねりを増して増大してまるで弾丸のように形成された"弾丸"は熊を前方へ弾き飛ばした。
 凄い勢いで弾き飛ばされた熊はそのまま机や椅子、本棚などに激突し、そのまま床へ倒れた。それほどの衝撃にも関わらず備品は何一つ壊れてもいないしビクともしていないのが不思議だ。

「はぁ、はぁ……大丈夫?」
「大丈夫もクソもあるか……と言いたいところだけど、助かった。ありがとう、よっ……と」

 息切れしている古谷から差し伸べられた手をとって立ち上がるが、物音が聞こえたのでおそるおそる音の発生源へ視線を逸らすと熊が何事も無かったかのように立ち上がっていた。

「おいおい……マジか。どんだけタフなんだあの熊……」
「やっぱり、初めてだから難しいところだ……下手すると、僕の生命力が一気に持っていかれるような感覚になるんだ。だから凄くセーブしちゃったんだけど……やっぱり、あの程度じゃダメか……」

 古谷はそう言うが相当不意もついたし、やれたと俺は思ったんだけどな。
 熊はやっぱり強かった。あんな至近距離で直撃したにも関わらず、直撃した部分でさえも何ら外傷が見られない。
 これ、勝てるのかな。とか少しは思ったが、その考えを取りやめて、熊がこちらに向かってくるまでの間に何とか作戦を組むことにする。

「なあ、古谷。少し提案があるんだけど」
「何かいい案でもあるの?」
「いや……分からないけど、俺が現状戦力になれない状態なんだわ。実は、魔法書がないと魔法使えなくてさ……」
「なるほど。それで?」
「魔法書は俺のカバンの中にあるんだけど……あの熊が追っかけてくると、探すだけでもかなりキツくなるんだよ」
「……うん」
「だから……それまでの間、熊の相手をしてくれ」
「言うと思った」

 俺の方を苦笑して見る古谷。というより、もう既に察してましたよ、という感じ。

「けど……確かに、そうだね。君は僕を助けてくれたことがある。あの時、君は逃げなかった。……だからまあ、引き受けるよ」
「よし、ありがとう!! じゃあな! 死ぬなよ!」
「了解した途端、行くのが早いね!?」

 すぐさま俺は駆け出し、その場を離れた。……別に逃げたわけじゃないからな。うん。決して違う。

 その後姿を見てから雄たけびが聞こえる前方へ再び振り向く古谷。戦闘準備が出来ています、と言わんばかりに熊は両腕をわきわきと動かしながら、古谷の方へ歩いていく。

「この程度の訓練で……弱音を吐くわけにはいかない。僕は……魔人を殲滅するんだ。その目的の為に……こんなところで立ち止まらない」

 左腕を変形させ、鋭利な刃を造形させる。刃渡りが大きく、その白い刃は妖しく光り、

「かかってこい!」

 古谷は熊に目掛けてその刃を構えた。


—————


「苦労してるみたいだねぇ」

 呑気に熱いお茶を片手にニールが呟く。目の前にはモニターが何台も設置され、その中の一部に咲耶たちの姿が映っていた。
 端から見れば、滑稽の一言。何をやっても立ち上がる熊に苦戦し、逃げ回る彼らの姿はまさにその一言に限るだろう。
 ただ、ニールはそんな彼らの"滑稽"な姿を見る為にこんなことをしているのではない。勿論、目的が存在していた。

「死なないようにって言うのは、一番難しいことだからな」

 いつの間にか紅がニールの傍に戻ってきていてモニターを見つめながら言葉を発する。それに対して、ニールはデスクに座ったまま応える。

「彼らが死なないように、それぞれの課題を見つける為……っていうのもそうだけど、桐谷君に関しては謎の存在であるテレス・アーカイヴと名乗る少女との繋がり……それを確たるものにしたい」

 その為には、とニールは続けようとするが——

「実戦あるのみ、か」

 紅が遮り、ニールが小さく笑う。

「引き続き、監視を頼みます、紅」
「ああ、分かった。任せとけ」

 返事をして数秒、紅がその場を去った後でニールが呟く。

「"テレス・アーカイヴ"……。世界的に有名ながら、何故か"歴史には存在していないことになっている魔法使い"……か」


—————


「あー、くそっ! ここどこだよ!! さっきから同じところを廻っているような気がしてならねぇ!」

 あの熊野郎をぶっ飛ばす為に魔法書を取りに行く最中な俺だったわけだが、さっきから一向に辿り着ける気がしない。そもそも、ここは今どの辺りなのか、全体図を教えて欲しいぐらいだ。この様子だと、たとえ魔法書を見つけたとしても古谷の元まで戻れるかどうかも怪しい。
 何せ、同じような本棚や机、椅子、証明器具などが延々と続いて並んでいるのだ。錯覚といっても過言ではないほど、さっき通っただろという感覚が拭えない。

「くっそ、どこに向かえば元の場所に……!」

 焦る一方で、次はどの道を向かえばいいのかよく分からない。ああ、くそ、どうしてこんなに広いんだ。そんなに本を集めたところで誰も詠まないだろ——とか関係ないことまで愚痴を零しかけていた時、

「あら? こんなところで迷子かしら?」

 ふと、人の気配があったことに先ほど気付き、驚きのあまり転げてしまいそうなほどだった。それも、後ろから、そして至近距離から話しかけられたので驚かすつもりがないのだとしたら悪趣味だと言えるほどだった。

「ちょ、だ、誰ッ——!?」

 後ろを振り返ると、そこには俺の見知った人ではなく、思いっきり初対面の女性が立っていた。
 それもその女性、容姿が何というか……そう、例えるならばゴスロリに近いのだろうか。
 黒を貴重としたドレスに、エレガントという言葉が似合うほどの白色の羽がついた黒の帽子に、金髪の長い髪がそこから見えている。目は淡いブルーを帯びている。ロゼッタが同い年でいう美人であたるとするならば、この女性は大人の女性らしさを兼ね備えた美人だと言うべきか。そういう雰囲気を醸し出していた。

「誰、と言われましても、わたくしも貴方のことは存知あげませんわ」

 何だか、喋り方も凄いお嬢様な感じだな。口元に白い手袋をはめた細長い手の指をおき、悩むようにして答える彼女は俺からしてもどちら様ですか、と言いたいところだった。

「いや、俺はクラス:ボーダーの——ッ!」

 あ、しまった。言った後から気付いたが、確かクラス:ボーダーに関しては一般人もとい魔法学園の人に対しても他言無用だったはず。もしこの人が一般人だったりでもしたら……

「あら? ボーダーに貴方のような貧弱……あ、いえ、雑魚……ああ、わたくしったら、つい本音が……」

 急に罵り始めてきた……なんだこの人……。
 おほほ、とお嬢様らしく振舞うが、先ほど口に出した言葉は忘れることがないだろう、言われた方はな! そういう人生を送ってきたんだから仕方ない、とか言っちゃうぐらいだぜ!

「え、えっと……ボーダーのことを知っている……?」
「知っているも何も、わたくしはクラス:ボーダーの生徒ですわよ?」

 あぁ、何だ、そうだったのか……良かった。
 ……とか思ったけど冷静に考えたら、ということはこの人も魔人を倒したりする人なわけか? ——んなバカな。
 だって、こんな服装であんな化け物と殺り合うって、無理だろ。動きづらそうだし、第一こんなに華奢な人が勝てるわけ……。

『咲、この人凄い魔力を秘めてるよ……』

 で、お前は何でこういう時だけそんな分析するんだよ。ていうか、分かるのか。

『咲の視界を通してのことだけど、分かるよ。ロゼッタっていう人と同じぐらい凄いかもしれない……』
「マジで!?」
「……何がですの? わたくしがボーダーに所属していることがそんなに驚きまして?」
「あ、いや、独りジョークでーす。はい……ははは……」

 言ってから思ったけど、独りジョークって何だ。もっと他に良い言い訳あっただろ。

「まあいいですわ。それで、どうして貴方はここでウロウロとしていたのですか?」
「えっと……元の場所に戻れなくて。ていうか、ここの構造が全く理解出来なくてですね……」
「ああ、そうでしたの。と言っても、簡単ですわ。このアンノウンは特殊な魔法によって既視感きしかんを起こす錯覚や迷路のように惑わせるように特殊な細工が施されていますの。なので、大体の構造さえ分かれば簡単に行き来が出来ますわ」

 なるほど、やっぱり魔法かけられてたんだな。通りで既に通ったような感覚が身に染みていたわけだ。

「戻りたい場所というのは、入り口のことを指していますの?」
「あ、ああ! その通りです! はい!」
「ならここを真っ直ぐ40mまで行き、それから東へ50m、南へ30m、西へ10m、北へ34m行ってから突き当たりを更に……」
「——すみません、連れて行ってもらえませんか……」

 どうやら俺がこの図書館の道のりを覚えるのはまだまだ先の話になりそうだ。

Re: 落ちこぼれグリモワール ( No.27 )
日時: 2015/01/21 21:19
名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: MDTVtle4)
参照: 安定しない更新ですみません……。

「うおおおお!!」

 刃に変形させた左腕を大きく振り上げ、熊に目掛けて威勢よく振り下ろそうとする古谷だったが、熊は意外にも機敏な動きでそれを避けたり鋭い爪で防ぐなどして難なくあしらっていた。

「くっ……! このままじゃ埒があかない……!」

 何度目かの斬り込みを繰り返して息もあがってきている。左腕を変形して使うことにまだ慣れていない上に実戦として使うのはこれが初めてのこと。ましてや左腕が魔装篭手になってから日も浅い為、自身の限界や戦い方さえも分からずに苦労していた。
 一向に隙を見せることのない熊のみーちゃんは息を荒げることもなく、冷静にその豪腕と鋭い爪で古谷の身体を引き裂こうとしてくる。まさに野生そのもの。そこに"手加減"という言葉は存在しない。本当に殺す気でこの熊は襲いかかってきているのだ。

「グォオオオッ!!」

 もう何度目の雄たけびだろうか。距離をとれば熊の方から古谷に向かって突進してくる。それを何とか避けるも、限界がいずれ来ることは分かっていた。無尽蔵並みのスタミナを誇る相手の熊とは違って、古谷は今まで特に自ら運動をしてきたことはない。左腕の恩恵が少々あるらしいが、身体能力を向上したといっても基本的な体力は平凡並み、もしくはそれ以下である。すぐに限界が来るのは必然だった。

「うっ……!」

 左腕の刃で何とか爪の攻撃を受け流し、その反動で少し後ろに下がる。だが、そこからもう片方の腕が既に古谷を捉えようとしていた。
 勢いは十分。古谷にまともに直撃すれば首から上が飛ぶ。その刹那、何とか身を捩じらせて爪を避けるが、頬を掠り、じわりと赤い一閃の切り傷が浮かんだ。
 じわりじわりと流れようとする血の勢い。痛みは勿論感じるが、その痛みよりも、殺されるかもしれないという恐怖と興奮が古谷の全身を覆い尽くしていた。

「こんなところで……! 死ねるかぁっ!」

 ウィィンッ、と小さく起動音のようなものが古谷を中心に響く。その発生源は、左腕の魔装篭手からだった。
 瞬く間に換装されていき、形は銃のようなもの。遠距離から攻撃することを目的とした武器を目の前の標的目掛けて構える。

 小さく緑色の光を帯びたと思いきや、魔術式が発動した特有のメビウスの輪のようなものが浮かびあがり、何度かそれが銃身から銃口に向けて流れると銃口から緑色の球体が生まれ、膨らんでいく。古谷の周りは自然と突風が吹き荒れ、銃口から膨らんだ球体によってその風は強さを増していく。
 初めて放った時とは比べ物にならないぐらい集中して込めた"風の弾丸"は標的を狙い続ける。標的となった熊はそれに臆することなく雄たけびを再び、そして古谷に向かって飛び込んだ。
 集中した神経が一心に標的の熊に注がれ、熊の刃が古谷に届くよりも先に銃口から弾丸が発射された。

「喰らえっ!!」

 風が吹き荒れ、緑色の球体は熊の腹部へ激突したと思いきや、そのまま回転数が更に上がり、グルグルと何度も球体は高速回転を繰り返してそのまま胴体ごと持っていく。海老反りのようになった熊は本棚に激突したことで吹き飛ぶことは避けられたが、衝撃が逃げる場所を失い、そのまま腹部で風の球体が破裂する。
 抉るようにして螺旋状に球体が腹部にねじ込まれ、鋭く、深く。勢いがなくなった後、その反動のように突風が古谷の方に目掛けて一斉に吹き荒れ、撃ち終えたばかりの古谷はそのまま地面に倒れ込んでしまった。

「や、やったか……?」

 小さく呟き、煙と未だ少しの風が吹くその中、熊の姿は——

「そんな……」

 立ち上がっていた。腹部に螺旋状に抉れたような痕があるが、血は一切出ておらず、ダメージはないわけではないが熊は確かに立っていた。
 そして、変わりがあるとすれば。熊は先ほどとは様子が違い、立ち上がったまま——殺気を感じさせた。
 今までも殺気は十分にあった。しかし、これほどまでにこの熊が"殺す"ということに執着した様子は今までかれこれどのぐらいの時間戦っていたのか分からないが、感じたことはなかった。
 そう、つまり。今の古谷の一撃で、"キレた"のである。

「グォォオオオッ!!」

 尋常ではない殺気と、怒りに満ちたその表情。何よりも、先ほどまでとは違うこの熊の動きの速さに古谷は心底身震いをした。
 殺される。そう思った。このままではやばい。しかし、どうすればいいのか。自分は渾身の一撃を放ったつもりだ。それでも勝てない。立ち上がる。絶望的なまでの殺気を帯びた勝てない相手。


——あの時と一緒だった。


 尋常ではない速度で古谷を捉え、そして。

「邪魔ですわ」

 たった一言。特徴的な声と共に熊が古谷の前から姿を消した。いや、消したのではない。代わりに現れた長く細い華奢な足が熊を"蹴り飛ばした"のだ。
 熊はその蹴り一つで地面を転げ、そのまま机へ激突していった。
 
「あ、貴方は……?」
「ふぅ、何やらまた変なことをやっていますのね」

 古谷の言葉に答えず、その女性はそう答えた。大人の女性を醸し出す雰囲気に、ゴスロリともいえるようなその容姿は絶妙にマッチしているようでしていない。しかしそんなことよりも、あれほど脅威だった熊が"たった蹴り一つ"で吹き飛ばされる現実が信じられない。

「待たせたな、古谷!」

 そしてついでのように現れる俺のことも信じられない、というような顔で古谷は見てきたわけだが。


—————


 魔法書を取りに戻った俺は突然の大人な雰囲気を醸し出す女性に案内を頼んだおかげでようやく手に入れたと思いきや、肝心の古谷の場所が分からない。何せがむしゃらに逃げ回っていたのでどこの方角に行ったかさえも覚えていなかった。

「どうしよう……」
「あら? どうかしまして?」
「いや、えーと……今非常に友人が危ない目に逢っているわけなんですけども、その場所が分からなくてですね」
「友人、といいますと……もう一人、貴方の他に確かにいますわね、一人。そして一匹」
「え、分かるんですか!?」
「ええ、勿論。"探知"はわたくしの得意な魔法の一つですわ」

 この人すげぇ、と思ったと共にやっぱり普通にこの人も魔法が使えるんだな、とも思った。

「連れて行ってくれませんか!?」

 と、いうわけで俺はこの女性のおかげで迷うことなく古谷の場所まで辿り着くことが出来たというわけだ。

「何というか、本当に君は何も活躍していないんだね……」
「そんな憐れんだような顔を向けるなよ……」

 古谷の表情及び服装や頬の傷辺りからして相当頑張ってたんだなと思うと俺は……その場にいなくて良かった、と思ってしまうよね、やっぱり。

『外道だよ……』

 普通そう思うって。お前までそういうことを言うんじゃないよ。

「それにいたしましても、何を蹴り飛ばしたかと思いきや紅様のみーちゃんではありませんか。ということは、貴方達は訓練途中でいらしたの?」
「え、えぇ、まあ、一応……。物凄い唐突に始まったんですけどね」
「それなら、わたくし手助けをしてしまったことになりましたわ。しかし……」

 と、不意に彼女は俺と古谷の全身をジロジロと眺め始めた。な、何だいきなり。そんなに見られると照れるじゃないか。

「貴方達では、さすがに無理じゃないかしら? みーちゃんに殺されるのがオチではなくて?」

 そして辛らつなコメントがきた。でも、薄々そんな感じはしていたが、やっぱりそうだよなぁ。

「見た目は熊ですが、実際の戦闘力は並の人間を圧倒いたしますし。紅様が鍛えているだけあって、非常に獰猛ですわ。それでも——」
「やるよ……。こんな訓練ぐらい、乗り越えられるぐらいじゃないと、魔人なんて到底太刀打ちできるわけもないしね」

 女性の言葉を遮って古谷は言い切った。その熱意に変わりはない。対して俺は、

『咲は……どうしたいの?』

 ……急に、どうした。何でお前が出てくる。

『悩んでいるように見えたから……その……』

 言いづらそうにしているテレスに対して、俺は少しの苛立ちを覚える。どうしてお前にそんなことを、という考えが浮かんでくる。
 つい一昨日ぐらいに出会ったばかりだというのに、お前に俺が分かるわけがないだろう、と。

『ごめん……』

 俺の気持ちが意図無くして伝わったのか、突然謝り始めるテレス。何だってんだ一体。当初はこんな大人しい感じじゃなかったろうに。もっと天真爛漫な感じだったはずだ。
 別に、謝ることじゃない。俺がどうするかは俺が決める。それ以上でも以下でもないし、また別の発想に辿り着くことは今はまだ出来ないってだけの話だ。

「……何だか汗臭いですわね。まあいいですわ。出来るだけやってみれば、己の力がどれほどのものか分かるでしょうし……わたくしはそこでゆっくりと紅茶でも飲みますわ」

 それだけ言うと、女性は喧騒に巻き込まれない程度の場所でどこからか紅茶の入ったティーポットを取り出し、本当にティータイムを過ごし始めた。
 また、丁度良くその頃になると熊の方も腹部を押さえながら立ち上がっていたところだった。ていうか、あの人の蹴り一発だけで熊は相当ダメージを負ったみたいだ。今の今まで立ち上がらなかったことも含め、相当の威力がある蹴りだと伺える。……そしてそれ以下の俺や古谷の一撃な。やはり実力者なのだろう、あんな見た目でも。

「さて……と。そろそろ来るね。それで、戻ってきたということは魔法書は持ってきたんだろう?」
「ああ、勿論だ」

 右手に持った魔法書を見せる。ただ、その魔法書は二冊あって、初級魔法書と呼ばれるものとテレス・アーカイヴの魔法書だった。
 初級魔法書と呼ばれるものはその名の通り初級の……火であるならば小さな火の玉が出せたり、指元でライター程度の火が出せたりと、一歩間違えれば曲芸まがいのものなどで書かれた"教科書"だ。実際に魔法を使いはしないが、魔法書は魔学の授業の時に使用するので普通科の生徒も持っているのだ。
 そしてもう一つは、テレス・アーカイヴの魔法書。俺の趣味の一環として読み進めている愛読本でもある。といっても、実際には全く分からない。ぶっちゃけ何を書いているのかまるで分からん程度のものだ。ただ、どういった魔法なのかというものは分かる。タイトルのようなものがあり、魔法はそれぞれ名付けられているわけだが、それによって大体の魔法の名前……つまりどういった魔法かが分かる。
 でもこれを使えるか否かでいったら、勿論まず無理だ。概念を理解できていない以上、俺に使えるわけがない。……"はずだ"。
 それでも、俺はあの時。人生最大のピンチの時、使えたんだ。テレス・アーカイヴの魔法を。

「……本当に教科書と、僕でも知ってるぐらいの"解読できない"ことで有名なテレス・アーカイヴの魔法書を持ってきて、大丈夫なの?」
「任せろ。こっちには……"本人"がいるんだぜ」
「本人? もしかして、君の中に宿っているという、意思を持った魔力のこと?」

 ああそうだ、と自信を持って答えたいところだが、確証はないので多分と言っておいたら凄く残念そうな顔をされた。

「じ、実際にこの魔法でお前を助けたから大丈夫だろ!」
「ああ……まあ、そうだったね」

 その言葉に何とか持ちこたえる様子の古谷。うう、何だか悲しくなってきた……。
 テレスが言うには、テレス自身は魔法を発動したわけではなく、俺が発動したらしいので俺が基本的に何とかしなくてはいけないらしい。魔力を使うことがまず前提になるわけだけど……魔力テレスを使うってどうやるんだ?

『あの時は……随分必死だったから、どんな感じだったんだろう』

 何とか思い出してくれ。でないと何も始まらない。

「グォオオオッ!!」

 脳内まで駆け巡る咆哮に俺達の身体は一瞬ビクリと震える。熊はいつでも臨戦態勢、といったようにこちらにそのギラついた瞳で睨んでいた。

「作戦としては、どうするの?」
「とりあえず魔法を唱えてみる!」

 そうだ、それしかない。せっかく魔法書を持ってきたわけだし、何とかやってみるか。

「ええい、ままよ! このページのこれでも喰らえ!!」

 …………何も起きない。起きるはずもない。
 手を振りかざしてやってみても、魔法は一向に出る気配はない。

『そ、そんな風にはやってなかったよ!?』
「じゃあどんな風にやってたんだよ!?」
「ちょっ、桐谷君!? きてるよっ!」

 古谷の言葉で何とか気付いた俺は叫びながら右へダイビング。熊の突進を避けるも、頭の中は混乱したままでパニックになっている。

「くっ!」

 いつの間にか古谷が熊に立ち向かい、お互いが刃と爪を交互に交差させていたところだった。

「僕がこの熊を止める! そのうちに何とか魔法を唱えて!」

 苦しそうに言う古谷の言葉に圧され、俺は慌てて魔法書を開く。どれだよ、どれがいいのかもわかんないし、どうやって唱えればいいかも分からん!
 何せ、万年落ちこぼれだぞ俺は!

「あの時、あの時はどうしてた……!?」


(私を信じて!!)


 脳裏に浮かんだのは、テレスの言葉。あれは、テレスが言った言葉か。俺はそれを信じて賭けたんだ。


(咲はどうしたいの?)


 どうしたい、か。純粋に言えば、未だに信じられない。俺が魔法を使う。それを可能にしているのがテレスの存在だということ。こんな偶然を受け入れるってことは、それはすなわち俺の魔法の才能に"終止符を打つ"ことになるんじゃないかって。
 テレスがいるから魔法が使える。それは俺という人間の才能は崩れてしまうんじゃないか。少しの望みも希望もなく、俺はそれに従って、甘んじてしまうんじゃないか。理想としていた、魔法を使うということ。それが出来ることを今ここで簡単に達成できるっていうのは——何か違う。それじゃあ、いつまで経っても"落ちこぼれ"な気がしていたんだ。

「だから、どうしたらいいか分からないんだろ……」

 魔法を使えるようになりたい。そう願った中には人を助けたいという気持ちが強くあった。しかし、それは絶望的な願い。でも今は違う。偶然が重なり、それを為すことが出来る————

「ぐぁっ!」

 古谷の声で俺は我に返る。熊に圧倒され、古谷は成す術もなく倒れ込んでいた。

「桐谷君、魔法を——!」

 古谷の声は、俺に届くが、俺の心の迷いや、何もかもがグチャグチャになって。


「ストップだ、みーちゃん」


 紅さんがどこからともなく現れ、熊の動きはピタリと止まる。紅さんが熊に触れたかと思えば、熊の姿は煙のように霧散して消えていった。

「色々と、課題が見つかりましたね」

 ニールさんが俺の傍で呟く。俺は、何も出来なかった。

「桐谷君。君は、"君の劣等感"に負けたんですよ」

 その一言が、俺の心に深く突き刺さった。





第3話:非日常の学園生活(終)

Re: 落ちこぼれグリモワール ( No.28 )
日時: 2015/02/15 21:38
名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: MDTVtle4)
参照: 久々に更新します!文字数少ないです、ごめんなさい……。

 魔人を喰う魔人。その存在は異例中の異例だった。
 今まで、魔人は人間を喰らうもの。それが普通であるべくして、世の中の常識というものに相違なかった。しかし、今回の魔人による魔人殺しはそれを大きく撤回することとなる。
 そんな謎の存在を追うアスクレピオスは、独自に殺された魔人から"魔人殺し"の行方を調べていたが、実際のところこの事件に関してはまるで興味がなかった。
 アスクレピオスは死体を扱う死霊術師ネクロマンサーであり、死体の発生しない今回の事件は彼にとってはやるだけの無駄な仕事。ただ、魔人の集団と化している"奴等"に狙われるのだけは避けたい。
 そういう理由もあってアスクレピオスは調査を進めているわけであるが、調査を進める最中で気になることがあった。

 それは数日前、魔人が一人消失した。知能の低い魔人であり、消失するという出来事自体は日常茶飯事である。しかし、そこにある"残り香"が気になっていた。

「これは、まさか……」

 その魔力は、あまりに特徴的であり、特徴的すぎるがうえに思案してしまうほどに。
 魔力の残り香というのは、文字通り魔法を発生したことによって残る魔力の残骸を指すものであるが、一般の魔法であれば数秒もあればとっくに消滅してしまうものである。しかし、アスクレピオスが捉えたそれは今でもまだ濃く残っているほど、濃度の高い魔力によって形成されたものだった。

「かなり威力自体はなくなっているが、魔力はそう変わりない……」

 だが、そうなれば一体この魔力の持ち主はどこにいるのか。この魔力は特徴的すぎて、"奴等"も知っている人物なのだろうか。
 いや、そうだとすれば今回の同族殺しよりも"奴等"にとっては優先すべき事柄のはずだ。で、あるとするならば一体誰が。
 そこまで考えた矢先、そういえばこの荒廃地区は魔法学園の近くに存在するものだったはず。ということは、魔法学園の生徒の中に紛れているのか。
 それともう一つ。この魔力以外にどうしてここに辿り着いたかといえば、勿論調査の末のこと。
 その濃い魔力の他に——同族殺しの痕跡が微かに残っていた。

「どちらにしても、魔法学園と何か関係しているということか……」

 恐ろしい結末としては、この魔力の持ち主と、同族殺し。この二つの存在が"同じ場所"に潜伏しているということだ。
 アスクレピオスはため息混じりに恐ろしくなってきたな、と呟いた。





第4話:落ちこぼれの劣等感





 ジリリリリ!
 あぁ、うるせぇ。そう思った頃には勝手に手が伸びている。寝ぼけた頭を無理矢理たたき起こして、なおかつ全身筋肉痛で悲鳴をあげている中でも何とか上体だけ起こす。うわ、本気でシャレにならねぇぐらい痛い。筋肉痛なんて久々だから、こんな感じだったなぁとどこか懐かしげに思う。
 あぁ、どこか憂鬱だ。その原因を思い返すに、多分昨日ニールさんから言われた言葉が俺の胸の奥底にずぶりと深く突き刺さっているのだろう。

 ——劣等感。そんなもの、捨てたはずじゃなかったのか。
 言い返せなかった。まだ自分に望みがあると思っている反面、簡単に魔法を使ったらそこで、その望みが絶たれてしまうのではないかという恐怖。それらの根本は皆、劣等感からだった。
 見透かされていた。そんな恥ずかしさよりも、情けなさの方が強い。どうして自分はこんなにも弱いのか。考えれば考えるほどに情けなく、朝っぱらからため息を吐いてしまうほどだった。
 それに——

 その瞬間、バンッと勢いよく開かれた扉。そこから顔を出したのは燐ではなく、ぶかぶかの服を着たままのテレスだった。

「あ、おはよう!」
「お、おう……どうしたんだよ、急に」

 昨日の落ち込んだ様子とは打って変わって笑顔を浮かべる少女。この少女は、確かにここにいる。この少女のおかげで、俺は魔法が使える……らしい。未だにしっかりと実感したことはないが、一度は使えた経験はある。あれは、嘘じゃない。

「いやー、早起きっていうのを燐ちゃんが毎回のようにしてたから、私も実践してみようかなって思ったんだよ!」
「ああ、そうか。それで、感想は?」
「すっごく眠いね!」
「あ、そう……」

 何気ない会話のはずだけど、どこかギクシャクとした感覚。というよりも、ずっとあいつは俺の"中"にいて、窮屈な生活をこの家以外で強いられることになっているわけだ。大変申し訳ない気持ちも重なり、その、昨日の一件でも色々と……。

「あ、あのさ。テレス……」
「とりあえず眠いから下にあるカレー食べるね! それじゃ!」
「え……? あ……おい!」

 俺の声は扉が勢いよく閉められたことで遮られた。一言だけでいいから面と向かって謝りたいところだったんだけどな……。
 少しの後悔をするや否や、またしても目覚ましが鳴り始める。うるせぇ! と時計目掛けてチョップした俺だったが、その時刻を見て背筋が凍った気がした。

「って、やべぇ!! 遅刻する!!」

 いつもなら燐が起こしに来る——その時刻からとっくに一時間以上は経過していた。そもそも、燐は何で起こしに来てくれなかったんだ。
 何かあったのだろうか、と考えが脳裏を過ぎるよりも急いで仕度をしなくちゃいけない。そんな思いで精一杯だった。


—————


 私が焦らせる必要はない。どうして昨日、あんな焦らせるようなことを言ったりしたり、態度をとったのだろう。
 私の存在が分からないのは、何も私だけじゃない。勝手に憑かれてる咲もまた分からないことだらけで限界のはずだった。そんなこと、少し考えれば分かったことなのに、自分に対してどういう思いでいるのかとか、そういったことを聞きたいって自分のことばかりで……。

「だめだ、こんなんじゃ……」

 ふるふる、と左右に頭を振って考える。咲のペースで、ゆっくりと進んでいければいい。私はそれを早めるようなことはもうしない。
 まずは色んなことを知っていこう。そうでないと、私も咲も、両方が精一杯になって爆発しちゃうような気がする。

「ああ……謝ろうと思ったのにな……」

 完全にタイミングを見失った。これじゃ、何のために早起きしたのか分からない。今しか面と向かって言える時がないのに。こうして顔を合わせて見つめることが、気持ちを真正面からぶつけ合う機会がこの時しか……。
 そのわずかな機会でさえ、私は逃してしまう。この感覚、どこでだろう。私はどこかで経験したような気がする。それは、遠い昔のように思えるし、ついさっきのことのようにも思える。
 私は……"出来損ない"だ。

「うおおおおお!! やべええええ!!」

 その時、二階から悲鳴に似たものと同時にドタドタと騒がしい足音が聞こえた思いきや、焦った表情を浮かべた咲が下りて来た。

「ど、どうしたの!?」
「い、急がないと! ち、遅刻するぅっ!!」

 ひぃいいい! と悲鳴をあげて右往左往しながら仕度を始める咲。ああ、これは謝る機会なんてないや、と心の中で思う少女であった。


—————


『君は劣等感によって、突然現れた力に対応できていないだけです。認めたくない、認めたら自分を否定するのと同じ。そういう考えが根底にあるのでしょう。貴方はそれを認めるまでは彼女の力を借りることは難しいようです』

 ——というようなニールさんのお言葉を授業中になって思い返す。
 結局、ギリギリセーフではあったが、息切れして入ってきた俺を見た小鳥さんに笑われてしまった……。天使の笑顔だけれども、結構堪える辛さだ。
 気を取り直して国語の授業を受けている最中だが、そうしている間にもニールさんの言葉がずっと響いている。全部見事に見透かされている感が否めなくて、正直参ってしまっている。
 この劣等感を捨てるというのは、俺の希望も捨てるということに他ならない。俺を除いて家族全員魔法が達者だというのに、俺だけ全く使えないというのは絶対におかしい。だから、希望は失わないようにしていた。また、そのおかげで俺はまだ、"落ちこぼれ"だとしても前を向くことが出来たんだ。簡単なようで非常に難しいことでもあるのが劣等感を捨てるということだった。
 俺の考えは甘いんだろうか。それとも、中途半端なのだろうか。また、考えすぎなのだろうか。
 別に、俺の未来が失われることに直結しているわけでもないのに、どうしてかそう思ってしまうというのは。

「——桐谷ぃ、聞いているのかぁ?」
「あ、はいっ! すみません!」
「おいおい、聞いているのかと言っただけなのに謝るなー」

 国語の教師はそういえば揚げ足をとることで有名だったな……。教師に対するイラつきのおかげでどうにかこのループする考えに一度の終焉を告げることが出来た。
 というよりも、気になるのはテレスだ。昨日のニールさんの話を聞いて、どう思ったのだろう。俺はこいつの考えが知りたい。でも、謝ってもない俺から聞くっていうのも、かといってこの場……国語の授業で謝ってもなぁ……。
 延々と繰り返す自問自答。答えは未だに分からない。

Re: 落ちこぼれグリモワール 第4話スタート! ( No.29 )
日時: 2015/02/20 21:59
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: u/FYQltH)

 こんばんわ、瑚雲です。
 また性懲りもなくコメントを残しに来ました。

 テレスちゃんの魔力を使って、咲耶君が魔法を発動する……。
 この点が私、実はめちゃめちゃに気に入ってまして。ええ。
 今までの経験上なかったので、新鮮でわくわくしてる所存です。
 勿論、咲耶君や彼に取り巻くキャラクタ達も素敵ですよね!
 彼らのツッコミとかボケなどの文面上の応酬に一人で「ふふっ」となってるので←
 そろそろ親に不審な目で見られそうです。
 ……いえそのくらい面白いです、本当に。

 稚拙な文で申し訳ないです;
 今やカキコ全体で読んでる作品がこの小説だけで毎回更新楽しみにしてるだなんてそんな……(
 無理せず、頑張って下さいね。とっても応援してます。
 ではではー!

Re: 落ちこぼれグリモワール 第4話スタート! ( No.30 )
日時: 2015/02/28 22:05
名前: 書き述べる ◆KJOLUYwg82 (ID: WkkVAnf4)

お初にお目にかかりますっ。。。

遮犬さんのお名前はよく見かけていたのですが、たぶん直接コメするのは初めてな気がします。。。

今、カキコで読むものを失くしてしまい、長編を探していたとこなのですが、そしたら遮犬さんのお名前が。。去年の暮れから執筆再開されてたんですねぇ〜!素晴らしいですっ

1スレ目読み始めたばかりなので、感想はまたあとで書きにまいりたいと思いますっ。


更新楽しみにしてます!
がんばってください!!


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