複雑・ファジー小説
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- 落ちこぼれグリモワール 第5話開始!
- 日時: 2015/07/03 01:44
- 名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: Nw3d6NCO)
- 参照: 7月3日更新いたしました。 ※後々全話加筆修正していきます。
※参照1000突破記念でオリキャラ募集始めました! 詳しくは【新リク依頼掲示板】で探してね! それとも>>40のURLから飛べるから確認してね!
題名「オリキャラを募集しております!」
【ご挨拶】
クリックしていただき、まことにありがとうございます。
ひっそりと再び小説の方を書いていきたいなぁと思い、ファジーにて最初気まぐれの超亀更新として始めていきたいです。
順調に足並みが揃えば更新速度を少しずつ上げていく予定です。よろしくお願いしますー。
あ、ちなみにコメディチック路線気味に加え、ラノベ調に近いものとなっております。ただ表現がグロテスクな場合等が出てくる恐れがあるので、ファジーにて書かせていただきます。ご了承ください。
【目次】
プロローグ【>>1】
第1話:落ちこぼれの出会い
【#1>>2 #2>>4 #3>>6 #4>>7 #5>>10】
第2話:天才と落ちこぼれ
【#1>>12 #2>>13 #3>>14 #4>>15 #5>>16 #6>>17 #7>>18】
第3話:非日常の学園生活
【#1>>19 #2>>20 #3>>21 #4>>22 #5>>23 #6>>25 #7>>26 #8>>27】
第4話:落ちこぼれの劣等感【事情により、#8と#9は連続してお読みいただくことを推奨します】
【#1>>28 #2>>32 #3>>33 #4>>34 #5>>35 #6>>36 #7>>37 #8>>38 #9>>39】
第5話:恋と魔法と性転換
【#1>>40
- Re: 落ちこぼれグリモワール ( No.6 )
- 日時: 2014/12/04 23:35
- 名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: b/Lemeyt)
- 参照: 書ける時に書くスタイルで……加筆修正後々します。
燐は不安に思っていた。
今こうして離れている間にも、幼馴染が苦しんでいるのではないかと。
小さい頃からずっと一緒に暮らしてきたといっても過言ではない。そのせいで、今ではすっかり相手の考えていることが手に取るように理解出来てきた。
先ほどの乱闘騒ぎの中、一人突っ込んで行った咲耶。昔からそうだった。何か揉め事があると、すぐに駆けつけたがる癖がある。
自分は何も出来ないと、思いたくない。そんな風にも見える。魔法が使えない劣等感の表れなのか、それとも彼なりに選んだ生き方なのか、それだけは燐であっても未だ理解を得ていなかった。
「本当に、大丈夫かな……」
もう既に入学式も終わり、確かパンフレットでは今"学生の歓迎イベント"を行っているはずだ。だからまだ、生徒は来ないはず。今なら咲耶を探しに行ける。けど——
(それで、いいの……? 本当に、咲耶の為になるの?)
問いかけてくるもう一人の自分がいることに苛立ちが込み上げる。
けれど、確かにそうだ。ここで駆けつけたところで、咲耶はどう思うだろう。
燐のクラスはAクラスと呼ばれ、肉体・精神・魔力の三つが長けた優秀な才能を持つ生徒のみが出揃ったクラス。
このクラスに入れば、まず間違いなく学園の中でも随一と言っていいほどのレベルに達することが出来るだろう。
佐上家の中でもずば抜けた才能を持つと言われ、親の期待に応えてきた燐は、Aクラスへの加入を余儀なくされた。勿論、自分の意思もあった。しかし、そこに咲耶の影が何度も見え隠れする。
咲耶は今、苦しんでいるのではないか。もがいているのではないか。自分の環境に。自分の存在の意味に。
「行かないと……!」
揺れ動く気持ちの中、来た道を元に戻ることにする。
親の期待と共に受け継がれた伝統の太刀を左手に持ち、自分でもどこにいるかも分からず彷徨っている幼馴染へ会いに——。
その姿を後方から見つめるのは、
便所と行って出てきたものの、勿論尿意があるわけでもない。ただ単純に、外に出ただけ。目的地も何も、勿論決めてなどいない。
「……せっかく視察状とかって珍しいもの貰ったわけだし、散策でもするかぁ」
その間に他の生徒と鉢合わせになったら面倒だな、とか少し考えたけど、それよりも気晴らしに歩く方が俺には良かった。
さて、どこに行こうかと迷ったところで、とりあえず階段を下りてみる。マップを確認しながら、今現在自分はどこにいるのか把握しつつ、辺りを見回してみた。
「んー……ここは今三階か?」
普通科と魔法科ではそもそも校舎が別となっている為、先ほどまでは普通科の4階にいたことになるが、三階では入り口と共に普通科と魔法科が繋がっている唯一の場所でもあった。
「へぇ、珍しいことに入り口が三階にあるのか。普通一階表記だと思うんだけどな……」
マップを見ながら校舎の様子を確認する。どうしてそうなっているのかは不明だが、一階だと錯覚していた階は実は三階だったようで、下にまだ二階、一階とあるらしかった。
何となく、下りてみたくなる。上に行けば行くほど、上級のクラスが並んでいるからでもある。ここは魔法科ではないが、あまり上の階は好ましく思えなかった。
「っと、ここが二階な」
変わらない白を基調とした二階。どうやらここは理科室とか音楽室とか、まあそこらへんの設備が整っているようだ。
しかし、敷地が広いせいか、校舎もまたアホみたいに広い。これはマップがないと迷っちまうんじゃないかと思うぐらいだ。
特に見てまわろうとも思わないので、今度は一階に行ってみることにした。
「んー……ここは空き教室が多いっぽいな。名前が記されてない教室が沢山ある」
どこを見ても真っ白だ。何だか気味が悪くも感じる。なおかつ広いし、一階って言っても実際は地下2階にも当てはまるわけだから、日光の光もさほどない。少し薄暗いのが印象的だ。
「あー、でもこういうところに何かあったりしそうなんだよな……」
恥ずかしながら、こういう恐怖心煽られる場所が好きで、ドキドキしている反面、好奇心が強く俺の中で芽生えていた。
これは探索しないと、自分の気持ちに嘘を吐くことになるよな。ま、そんなわけで探索をしようと見て周ることにした。
どこもかしこも、やはり空き教室のようだ。中に入ろうとするが、思ったとおり鍵もかかっている。うーん、入りたいんだけどな。ていうかこういう時、絶対何か化けて出てきたりするよね。余談だけど。
そんな感じに心の中で面白がりつつ、ずんずんと先へ進んでいくと、一つ変わったことに気がついた。
「あれ? 何だ……?」
一つの教室の扉だけ、何故か不自然に空いているのだ。まるで誘っているかのように。
え、これマジで怖いやつじゃないの?
「入る……べき、だよな。ここは……展開的にも、フラグ立ってそうな気がするんだけど……」
辺りを何度も見渡して、誰もいないことに恐怖心が一層くすぶられる。やめてくれ、と思いつつもどこか抗えない自分がいた。
中を覗いてみると、案外普通だ……と思っていたら、そうでもなかった。
「うぉ、すげぇ……何だこれ?」
教室の黒板がある側の方には黒板はなくて、代わりに機械仕掛けの扉があった。
壁一面に歯車やら何やらが備え付けられ、今にも動き出しそうな雰囲気を醸し出している。それらの中央には、どこかの洋画で見たような古い木製の扉があった。
「中に入れるのかな……」
おそるおそる、俺はドアノブを……握り締めた。
……冷たい。ひんやりとしたドアノブが俺の手のひらを冷たくさせた。
「……ま、入れるわけないか——」
ふう、と小さく安堵に似たため息をついて、緊張が解けた瞬間右手のひらが扉に触れる。
ガチャン。
「え?」
一言言い残すと、俺は扉の中に吸い込まれるようにして入ってしまっていた。
要するに、この扉。ドアノブ関係なく扉本体を押せば反転する仕組みになっていたわけで。それを理解する前に扉の向こう側に連れ去られてしまったわけで——最中、機械が動いているような音がしたのは微かにだけ残ったまま。
「うぉぉおおおおおおおおおお!?
何が起きているのか分からないけどとりあえず暗闇の中、俺は滑ってるんだ、という感覚が伝わる。とりあえず移動してるのかこれ!?
やばい。これはダメだ、酔いそう。
体の限界が訴えかけてくる前に眩い光がを包み込んだ。
「……ここは、どこだ?」
気付いたら、まるで別世界のような場所にいた。何ていうか、アンティーク? よく分からないけど、洋風の豪華な屋敷みたいな印象を持つ場所に放り出されていた。
これって、どういう状況だ? 本当にこれはもしかして、学園の謎っていうか、秘密っていうか、暴いちゃいけないやつに踏み込んでるんじゃないのか?
急展開すぎるだろ、と思いつつも何とか立ち上がる。眩暈がする。先ほどの感覚も何も夢ではないようだ。
「これ……先に進んでいいのか?」
誰に聞いてるんだ。
……俺しかいない。俺に聞いてるんだろう、多分。よく分からない状況にパニックになってるんだ、これは。落ち着けよ、落ち着けよ桐谷 咲耶。
自分自身に念じながら、とりあえず歩いて見る。うん、もふもふしてる。豪華な絨毯っぽいのが敷かれてて、先ほどの学園とは大違いな豪華さだ。
更に歩いてみると、奥にまた一つ扉があった。これはよくある両開きの開き戸。またトンデモ扉じゃないだろうな……疑心暗鬼が高まる。
「よし……男、咲耶。行かせていただきやす……!」
変なテンションで気合を入れてから、ドアノブを握り締め、勢いよく前に押した。普通に開いた。力を入れすぎたことで前に飛び出す形になっていまい、思わず転びそうになる。
「お……! おぉっ!!」
思わず、叫び声をあげてしまった。
扉の先にあったのは——無数に立ち並ぶ本棚、どこまで続いているのか分からないほど縦と横に伸びる無数の本がそこにはあった。
とんでもない規模の図書館が目の前に広がっていたのだ。
「こんなところがあったなんて……!」
ぶっちゃけ、感激が抑えられない。何を隠そう、俺は本が好きだ。
小さい頃から色んな本を読むのが好きで、今もなおそれは続いている。
「これほどの規模の図書館は初めて見た……」
ここには一体どれほどの知識が詰め込まれているのだろうか。感嘆の声をあげてしまうほど、素晴らしく豪華で、それでいて不思議な感覚になる場所だ。
「おおお! あれはまさか!」
一つ、遠目からでも分かる。一番手前の本棚には赤を基調とした本が並び、その中の一つを丁寧に取る。
「これは有名なテレス・アーカイヴの魔学書じゃないか! どうしてこんな希少な本がここに!!」
興奮しながら、手に取った魔学書を開く。内容は確かに、本物らしい。
それもこれも、テレス・アーカイヴという非常に有名な魔道士の著者で、俺の昔からの愛読本でもあった。
ただ、この人の魔学書は世間では評価が悪く、その理由が内容が難解すぎて理解できる人が少ないからだ。けれど、俺には肌が合うらしく、小さい頃からこの難解な本を読み解こうと必死だった。
「これはまだ俺が読んでないやつだ……。世界でも数少ないテレス・アーカイヴのまだ読んでない本をこんなところで読めるなんて夢にも思わなかった。……借りていいのかな?」
周りを見渡しても、勿論誰もいない。まあそれは、この場所が広すぎるせいかもしれないが。いいなぁ、ここ。ずっと来ようかと思っちゃうぐらいだ。
そうして見ていく内に、やはり何冊も読めていない本があったりしてはしゃいでいた俺だったが、その中でもある一つの本に関して違和感を持った。
「ん……? これ、見たことも聞いたこともないな」
手に取ったのは、結構な大きさを誇る魔学書だ。著者は、テレス・アーカイヴ。題名は……
「"グリモワール"……? そのまま、魔道書? テレス・アーカイヴの本にしては、あまりにシンプルすぎるような——あっ」
その時、本が手からすり抜けて地面に落下した。って、これはやばい。こんな貴重な本を落とすなんて。
「しまった……! どこも傷ついてないだろうな!?」
確認しようと本を持ち上げる。すると、何やら光る透いた青色をした結晶のようなものが地面に落ちていた。本に挟まっていた? ——いやいや、それなら手に持った時に落ちたりするだろ。
結晶を拾ってみると、美しく光を帯び、吸い込まれそうなほど綺麗だった。
「一体これは……? ——ッ!」
と、そこで物音を聞いた。扉が開いた音だ。やばい、誰かが入ってきたのか。どこか、隠れないとまずい。
そのまま近くの本棚に身を潜める。扉までの距離は近く、足音が近づいてくるのが分かる。二人、いるのか? 何か話しているようだ。
「……ふう、入学式っていうのは堅苦しいものだな」
「まあまあ、そう言わずに……これも職務ですから」
教官か? 一人は完全に女性だけど、もう一人は中性的な声をしていてどちらの性別かよく分からない。
「それで? 研究の成果はどうなんだ?」
「あぁ、なかなかバッチリです! 堂々と任務に参加する日も近いかもしれませんね!」
「ほう、それは良かった。……うん? これは……」
声が結構近くなっている。恐らく、今現在俺がさっきまでいた場所にいる。
そこで気付く。ーーしまった、本をちゃんと直してなかった。
「……どうして本棚から本が出てしまっているのだろうな?」
「むぅ、ロゼッタがしまい忘れたのですかね?」
「いや、それはない。この本の著者はテレス・アーカイヴ。ロゼッタはこの本の作者の書いた本は好んでいないはずだ。……誰か、紛れ込んだか」
ドクン、と俺の鼓動が高まる。
やばい。これは、非常にまずい状況なんじゃないか?
先ほど話していた声色に比べて随分と殺気だった感じだし。これは素直に名乗りあげた方が……いや、でも、それで侵入者だとか言ってなんだかんだあったらまた燐に迷惑がかかるかも……。
そんな感じで色んなことを考え、自問自答してようやく決心する。よし、ここは素直に名乗ろう。でないと盗人のような気分に——
「おい、お前。ここで何をしている」
「ひっ!」
一足、遅かった。後ろから俺の肩が掴まれ、ゆっくりと振り向くに至る。
そこには、長い赤髪の女性が立っていた。服装は、いかにも正装、といった感じのする振る舞い。どうやら入学式を先ほどまで出ていらしてたんですね、といったような感じ。
ていうか、さっきまで前方にいたはずなのに、いつの間に俺の後ろに移動してたんだ。
「あれ? その服……ひょっとして新入生さんですか?」
ぴょこ、っと赤髪の女性の後ろからは、眼鏡をかけた薄い緑色の髪色を持つ子供サイズの……男? 女? どっちだ。どちらか判別できないような、声とマッチするような顔をした人物が一人顔を覗かせた。この人もいつの間に……。
どういう趣味か、子供サイズの方はぶかぶかの白衣を着ており、袖に隠れて手が見えない。ひらひらと余った分の袖を左右に小さく揺らしている。
「新入生? どうして新入生がこんなところまで。それよりも、入学式が終わって、歓迎イベントが行われているはずだが……」
「え、あ、その」
「うん? なんだ。ハッキリ答えろ。いくら新入生だからといって、不当な理由であれば容赦はせんぞ」
「こ、こらこら、紅、そんな言い方はダメですってば」
うん、超絶怖いわ! そりゃ黙るわ! ドモりますわ!
そんなツッコミを心の中で唱え、必死に声を絞り出す。
「え、えっと……その、迷っちゃって、あの……。あ、そうだ! えっと、これ……!」
焦る気持ちの中、思い出したように差し出す視察状。それを見る紅と呼ばれた女性は、
「あぁ!? 白井のやつめ、またこんな勝手なことを!」
「え、あ、これってダメなやつだったんですか?」
「あー……あのね、ここは基本的に、一般の学生さんは立ち入り禁止になってるんだよ。ていうよりね、ここに辿り着くまでの道のり的にもそれっぽかったでしょ?」
補足するかのように緑髪の人が言ってくれたけど、それって……やっぱり好奇心で進んでいった俺が悪い、よな。
「す、すみません! つい、好奇心で……」
「あぁ、まあ別にいいんだよ。悪いのは白井だ。あいつめ、視察状なんてそもそも存在しないってのに」
「え、存在しない……?」
「あぁ。魔法学園上、秘密にしたいこともあるんだよ。まあ、といってもここはその中でも緩い方だから、あまりどうってことはないかもしれないが……」
「いや、ちゃんとありますよ……一応ですけど、ここは色んな魔学書の他、しっかりとした魔道書もありますし、力のある人が来れば様々なバリエーションの魔術式が作れてしまうはずです」
「あ……マジです、か」
やっぱりダメなんじゃん……ていうか、それは何となく勘付いてたけどさ。これだけの本の量で、置いてあるのが魔学書だけのわけがない。
「んーでも、その紋章は……普通科の生徒ですね?」
「あ……はい」
紋章。そうか、それで気付いてしまうのか。
確かに制服には紋章がついていて、燐のとは少し異なる。やっぱりそういう区別があったんだな。
「うん? ただの普通科の生徒に、何で視察状なんてものを白井は渡したんだ?」
「うーん、それはよく分からないですが……暇潰しだったんでしょうかね? 彼女は時に分からない行動をとりますから」
「あ、あの……すみません、お話してる最中に申し訳ないんですけど……」
「なんだ、新入生」
「俺って、やっぱりまずかったですか……? 何か処分とかありますかね……?」
「あぁ、そのことか。いや、見るところ本当に魔法使えなさそうだし、普通科の生徒だし、不問でいいよ。ただし、ここで見たことは他言無用だし、もうここには来ないように頼む。もし喋ったりまたここにいたら……」
「だ、大丈夫です、喋りませんし! もう来ませんから!」
「うん、聞き分けが良くてよろしい」
満足そうに頷いた紅はそれだけ言うと、俺から背を向けた。まるで用件はそれだけだ、と言わんばかりに。
「もうここに出会う機会はないかもしれませんが……僕はニールっていいます。よろしくお願いしますね」
「会う機会がないのに、自己紹介、ですか……?」
「癖みたいなものなので、気にしないでください。貴方の名前は?」
「……桐谷 咲耶です」
「桐谷 咲耶……。覚えておきますね!」
そう言うと、先に行ってしまった紅の後を追いかけて行った。
「……疲れた。良かった……これで燐に殺されないで済む…」
随分時間が経ってしまったように感じる。そろそろ教室に戻らないと。
図書館を後にする為、来た道を辿ることにした。
——いつの間にかポケットに入ったままの青い結晶を持って。
- Re: 落ちこぼれグリモワール ( No.7 )
- 日時: 2014/11/18 20:20
- 名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: b/Lemeyt)
- 参照: 参照100越 ありがとうございます;
今頃どこかで一人悩んでいるのではないか。
気が気でない様子で廊下を駆けて行く燐が丁度下の階へ行こうとした時だった。
「……何してんの?」
角の隅っこの方で俯き、座り込んでいる咲耶の姿を見つけたのだ。
「……いやね? 来た道を、戻ろうとしただけなのに……だんだんとどこだここってなってきて、校舎の中複雑すぎて、それで……」
「迷子になったの?」
「うん……」
心配して損した、と燐はため息を吐いた。
悩むどころか、迷子になっていた咲耶に手を伸ばす。
「早く教室に戻らないと、そろそろSHR始まるみたいよ?」
「あぁ……もうそんな時間か……」
「そんな遠い目をしながら喋らないでよ……ほら、立って」
強引に手をとって立ち上がらせ、燐は咲耶を連れて再びそれぞれの教室に戻って行く。
「あ」
「うん?」
燐が突然声をあげ、俺の方へ再び振り返る。
「帰り、校門の前で」
それだけ俺に言い残すと、足早に去っていった。
……つまり、一緒に帰ろうってことか?
「可愛くねぇなぁ」
と、小さく呟いて教室に向かう咲耶には、燐の顔が真っ赤に染まっていることなど知れるはずもない。
————
いや、マジで焦った。
普通、一度来た道をまた同じように帰れると思うだろ。それが、なめてました、ここの広さを。
ぶっちゃけ燐が来てくれなかったらマジで危なかったと思う。
同じような風景でもあるから、どこがどこだか分からんし、燐によると周りの風景や教室位置とか、色々細かいところが違うようだ。誰がそんないちいち気にしながら歩くかよ。
そんな風に愚痴を零しつつ、ようやく元の教室に戻れた。とりあえず深呼吸でもして……よし、いくか。
決心をつけたように、俺はドアの取っ手を掴んだ。
がらがらがら、と何も変わらないその音を耳で聞きつつ、クラスの中を見る。
俺が来た時は男の子一人だったのに、いつの間にか人数が数十人と増えて普通にガヤガヤとしてた。
皆、楽しそうだ。これからの学生生活に期待をしているような表情で、既に打ち解けた人も多いらしく、楽しそうにグループごとで談笑している。
「あ、初めましてだね!」
すると、唐突に声をかけられた。それも、女子だ。
声のした方へ振り向くと、栗色の髪のびっくりするぐらい可愛い少女が俺に向けて微笑んでいた。
「あ、ども……」
何を照れてんだ俺は。上手いこと挨拶しろよ!
そんな風につっこみつつ、相手の様子を伺う。
「えへへ、初対面だから緊張しちゃうよねー」
可愛らしい笑顔を浮かべる彼女。ああ、やばい。これはキテる。
第一印象からして、清楚で、可憐な印象を受ける笑顔。童顔なその顔に、パッチリと大きくて綺麗な瞳が印象的だ。穏やかそうで、こうして突然入ってきた初対面の俺に話しかける辺り、性格も良さそうだ。
「私、羽鳥 優(はとり ゆう)っていいますっ。……えっと」
「あ、俺は桐谷 咲耶っていいます!」
「桐谷君かぁ! よろしくね!」
手を差し伸ばしてきた羽鳥さん。やばい、これはやばい。羽鳥 優か……すごい、似合ってる名前だなぁ……。
「よ、よろし——」
と、羽鳥さんの柔らかそうでとても暖かくて小さい手を握ろうとしたその時、
「よろしくねぇー! 羽鳥ちゅわーん!!」
「うわぁっ!!」
横からいきなり手が伸びてきて、俺が握るはずだった羽鳥さんの手を横から奪っていった。そのまま腕を上下に振り、驚く俺と羽鳥さんを置き去りにして——この野郎、いつまで触ってやがる!
「お、おい! お前……!」
「あ、桐谷 咲耶君だっけ!? よろしくぅー!」
「え、あ、お、おいっ!」
戸惑う俺に構わず、こいつは次に俺の手を握って上下にぶんぶんと振りまくる。
一体何なんだこいつは……。銀髪気味の髪が印象的で、ボサボサな頭をそのまま放置し、せっかくの真新しい制服を長年着てるかのようにだらけた着方をしたこの男。
「申し遅れましたぁっ! 堺 怜治(さかい れいじ)ですわー! ま、よろしくな! 二人共!」
もの凄いどや顔で自己紹介をされる。
「あれ……? 二人共、ノーリアクション!? もっとほら、何かちょーだいよ!」
「あはは、堺君は本当に明るいね」
「でしょでしょ、羽鳥ちゅわん! 天性の才能なんだよねぇー!」
何が天性の才能だ。ただ図々しいだけだろ。くそ、俺と羽鳥さんとの握手を奪いやがって……。
「うん? 桐谷っち怖いよ顔! どったの?」
「別にどうもしてねぇよ!」
「おおぅ、激しいツッコミ! あ、もしかしてさっき羽鳥ちゃんとの握手を俺が奪っちゃったから怒ってるの?」
「え、そうなの?」
「そ、そそ、そんなわけないだろっ!! 何バカなこと言ってんだよ!」
急に何を言い出すんだこいつは! やめろ! 思わず動揺しちゃったじゃないか……。
慌てて手を左右に振って誤魔化す。それを見てニヤリ、と不気味な笑みを浮かべる堺は本当に蹴り飛ばしたい気持ちにさせてくれる。
「そういえば桐谷っち、入学式といい、歓迎会といい、いなかったよね?」
「あ、そういえば……見かけなかったなぁ」
二人が揃って俺のいなかったことに気付き始める。あぁ、面倒臭いけど、まあ適当に誤魔化そう。
「いやぁ、今日寝坊しちゃって……途中から入学式って入れないみたいで、先に教室の方に来てたんだ」
「あーね!」
何だそのあーねってのは。まあ大体、ああなるほどね、を簡略した言い方なのだろうと察しはつくけど。
「ていうか……"桐谷っち"ってなんだよ」
「なんだよって言われても、桐谷っちは桐谷っちでしょ?」
「いや、だから、何だその小恥ずかしい呼び方は!」
「あらま、照れちゃってんの?」
「ば……! 照れてるわけないだろ!!」
くそぅ、何かうまいこと操作されてる感じがする。俺と堺のやり取りを見て、羽鳥さんが声を小さくあげて笑っている。可愛い。それはいいんだけど……この複雑な気持ちはなんだ!
「別の呼び方にしてくれ。あまり慣れてないんだよ」
「あー、そっかそっか。それじゃー……サクって呼ぶわ! これならいいっしょ?」
「あぁ……まあ、それなら……」
「おおし! んじゃ俺のことは怜治って呼んでくれ!」
「わ、分かった……」
あれ、何か仲良くなってないか? お互いに下の名前で呼び合う関係って……え、こいつと?
「さすが堺君ですよねー。このクラスで話しかけた人の中で一番明るくて楽しい人でしたよ」
あ、俺だけに話しかけてくれたわけじゃないのか……。まあ、そりゃそうか。そんなことも分け隔てなくやりそうだもんな、この子。
そんなこんな思っていると、例の男の子の姿がいないことに気付いた。あれ、長時間待ちすぎてトイレにでもいったのか、と思っていた矢先、扉が開いて入ってきたのは長身の若めの男だった。
「あー、席につけー」
それから発せられた言葉から、恐らくそれがこのクラスの担任なのだろう。騒がしかったクラスが落ち着き、皆それぞれ与えられた自分の席に座っていった。
————
何が起きるわけでもなく、普通に時間は過ぎていくものだ。チャイムが空しく鳴り響く。
まあ単純に歓迎会などで時間をとりすぎた為、自己紹介やちゃんとした席決めは後日やるそうだ。軽く説明を聞いたところで今日は解散となった。
説明、というのはこれからの学園生活の過ごし方についてだ。
魔法学園であるので、魔法科が勿論存在し、基本的には魔法科が学校全体を取り締まるのか、といわれればそうでもないらしく。生徒会は普通科の生徒と魔法科の生徒が混合で組まれたりもするし、クラブ活動等も同じらしい。ただし、魔法科の生徒には普通科とは異なり、"任務"があったりもするので魔法科は結構忙しいようだ。
それも、当たり前のように魔法科でも一般知識等が出るので、わざわざ普通科の生徒に教えに来る生徒も少なくないらしい。そこらの辺りは魔法科と隔たりがなく、自由な校風となってるんだとか。
しかしまあ、俺のような人間がいない周りにいないとはいえ、やっぱり辛い環境だよな。魔法が使えないことを知ってて相手は接触し、普通科の生徒も相手は魔法を使えることを知ってて接触する。いざこざがあってもおかしくはないと思うのだが、上手くそこらへんはやっているみたいだ。
(ま、制服の紋章のデザインが違うだけで十分差別化されてるとは思うけど)
少し皮肉を漏らし帰る準備をする。あぁ、早くこの制服を脱ぎたい。普通のものよりちょっと重いから、何かと肩が凝る。
クラスメイトの人達とまだ普通に会話さえもしておらず、何せ入学式にも出ていなかった俺なものだから、何も馴染めていない。
その分、羽鳥さんと、悔しいけど堺が凄い勢いでクラスに馴染んでいた。羽鳥さんも堺も、お互い性別というものをあまり気にしないような性質なのか、男子と女子に対して隔たりなく話しかけている。……堺に関しては多少強引なところはあるが、憎めないキャラっていうか、誰も嫌な顔をするどころか、馴染んでる雰囲気だった。
(俺も馴染めるのかなぁ……)
これからの学校生活を想像するだけで、少し不安になる。けど、今更言ってても仕方がない。いいじゃないか、これで。
そう自分に言い聞かせてから、気付く。そういえば、最初にこの教室で出会ったあの男の子はどこに行ったんだろう、と。
あれから結局最後まであの男の子は姿を現さなかった。早退でもしたのだろうか? いや、でもあんだけ楽しそうにこれからの学園生活を語ってたのに。
俺もちょっと言い過ぎた部分もあったし、認められない部分もあったから、謝りたかったんだけどな……。まあ、明日にでも言えばいいか。どうせこれから嫌でも同じクラスで一年間一緒に普通授業を受けていくわけなんだし。
教室の外を出ると、他のクラスの生徒で廊下が少し賑わいを見せていた。あーやっぱり俺のクラスだけじゃなくて他のクラスも当たり前のようにいるんだな。そりゃそうなんだろうけどさ。
しかし、ところどころで何やら別の意味を含めた賑わいの声が挙がっていた。
「わぁ、魔法科の人じゃない!?」
「何で普通科に!? すげぇ、太刀持ってるよ!」
「ということはこの人"魔技専攻"かな!? すげぇー! かっけぇー!」
ちょっと嫌な予感はしたよね。
騒いでる廊下の奥から現れたのは、綺麗な黒髪が嫌ってほど似合い、左手には桜の刺繍が入った太刀を持ち、恥ずかしそうに赤面を見せながら俺の方へ向かって小走りで近づいてくるのは、勿論燐だった。
「お、おう。燐か。校門で待ち合わせじゃ——」
「遅いから心配してきたのよ!! 早く行くわよ!!」
「え、あ——ちょ、ストップストップ!! 腕痛いから! 変な方向曲がっちゃうって、いたっ、いだだだだ!!」
かなり強引に持ち前の馬鹿力で燐に引っ張られ、俺たち二人は校舎を後にした。
————
「そ、そろそろ離せっての!」
俺が耐え切れずに言うと、燐は突然手を放した。それから長いため息を吐いて、何とか赤面のそれを落ち着かせようとしている。
よっぽど恥ずかしかったのか、燐にしては珍しく、肩で息をしていた。
「……大丈夫か?」
「うっさい!!」
「あ、すみません」
何で怒られなきゃいけないんだ。理不尽だろ。
とか、一言でも口にしたら多分左手に持った太刀で惨殺されることだろう。
いくら魔法科の魔技専攻と呼ばれる武器と平行して用いられる魔法の専門だとしても、安易に武器を持ち運びさせてはダメだと思うんだ、うん。
とはいっても全員に許されているわけではなくて……Aクラスの連中にだけ武器を持ってきても良いらしい。
ちなみに、今朝俺と争ったあの氷天斬戟(笑)は勿論Aクラスじゃなく、不当に武器を持ってきていたらしい。これは教官室にて白井教官から聞いた話だ。
そういえば、白井教官から貰った視察状は本当は存在しないんだったな……。担任の先生に聞いてみたけど、すっげーどうでも良さそうな顔で「あの人がやりそうなことだ」って言われただけだった。
どうやら白井教官は謎な人で通ってるらしい。紅さん……だったか。あの人の口ぶりからしてもそれが伺える。
「ちょっと。もう少し速く歩いてよ」
気付けば燐と俺の距離は結構開いてしまっていた。ていうか、燐の歩く速度が尋常じゃないんだって。
「燐が速いんだよ。もう少し落ち着け」
「だって……その」
「うん? なんだよ」
燐が突然、言いづらそうに口を閉じた。夕暮れの太陽が帰り道を差す。舗装された何気ない通りで立ち止まる燐。それにあわせて、俺も立ち止まる。
「学園から、少しでも離れたいかと思って……」
「はい? え、なんで?」
突然の燐からの言葉に、俺は少なからず動揺していた。
あぁ、やっぱり。気を遣われてるんだと、その時気付いた。
「いや、その……」
「別に、気にすんなよ。俺は何も思っちゃいねーよ。俺にはお前がいるんだし、ボディーガード兼面倒見屋さんっていうの?」
俺としては冗談半分で言葉を交わしたつもりだった。
俺の言葉に何も返事を返そうとはしない燐に向けて続ける。
「いやぁ、よかったよ、お前がいてくれてさ。俺一人だと、魔法学園に入ることもままならないってか、やっぱり凡人とは違う——」
「うるさい!!」
「……え?」
また怒らせたか、と思って燐の方へ顔を向けると、その強気な表情からは想像も出来ない——涙が瞳に浮かんでいた。
「ごめん……何でもない……」
燐は俯き、俺にそれだけ告げると足早にその場を去っていってしまった。
ただ、俺は燐の涙が頭の中から離れず、その場に呆然と立ち尽くしてしまう。追いかけることもしない。そんなことを考えるよりもまず、ただ俺は、呆然と。
「どうも、出来ないだろ」
諦めたように吐き捨てると、燐を追わずに一人で帰路を辿ることにした。
————
「思った通り、面白い子だ」
白井ユリアは呟いた。誰に言うわけでもなく、咲耶を探しに駆け回る少女の姿を見つめながら。
その言葉は誰に向けられたものなのか、果たして誰にも分からない。ただ、興味という本能。好奇心という欲望が彼女の心の中を埋め尽くしていた。
「さぁて、どんなことをしてくれるのかしら?」
妖艶な笑みを浮かべ、彼女は予想する。
わざと渡した偽の視察状で。思った通りに桐谷 咲耶は動きを見せ、"例のもの"を入手する。
佐上 燐は思った通りに"過去の桐谷 咲耶"に捕らわれ、今もなお信じている。彼女だけが知っている、"桐谷 咲耶"の"才能"と"落ちこぼれ"を。
彼女はせめて、と想う。
どうか、自分の思い通りに全てが上手くいきませんように——と。
- Re: 落ちこぼれグリモワール ( No.8 )
- 日時: 2014/10/12 07:09
- 名前: 風死 ◆Z1iQc90X/A (ID: 7PvwHkUC)
お久しぶりです遮犬様、風死と申します。
覚えておいででしょうか? まぁ、覚えていなくてもいてもどうでも良いのですが。
成程、そういう落ちこぼれですか。落ちこぼれというよりイレギュラーというレベル。主人公はさぞ嫌な思いをしたのでしょうね。それが文章からありありと感じられます。相変わらずの文章能力の高さがすごいと思いますね。
更新がんばってくださいな。
- Re: 落ちこぼれグリモワール ( No.9 )
- 日時: 2014/10/12 12:03
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: Dz78gNY2)
お久しぶりです! コメディの方で小説を書かせて頂いてる瑚雲です。
実は随分前にこの小説を発見してはいたのですが、どうも小心者でコメントを残すか残すまいかずるずると悩み引き摺っていたのです。
然し久々に見る貴方の名前と、また読めるんだなって嬉しさを形に表したくて……突然お邪魔しちゃいました。
本編、凄く淡々と読み進める事ができたので流石だなあと率直に思いました。
“過去の桐谷咲耶”というのが非常に気になるところです。
今後もひっそりと読み進め、一読者として陰ながら凄く応援していますので!
頑張って下さい!
- Re: 落ちこぼれグリモワール ( No.10 )
- 日時: 2014/12/13 08:59
- 名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: b/Lemeyt)
無事家に到着し、一息吐く。荷物を玄関辺りに置いて、ネクタイに手をかける。
慣れないネクタイによる拘束を解き、次に制服へ手をかける頃には既に自室の前にいた。
扉を開き、制服をかける。ネクタイは机の上に放り出して、ベッドの上へダイブした。ぼふっ、と柔らかめのベッドが俺の身を包む。
「はぁー……」
長いため息は、今日一日のことを振り返るのに十分なほど、頭の中に今日の出来事を駆け巡らせた。
現実は、現実だ。これから普通科の生徒として過ごしていく。そのことに対して、今更何も思わない。仕方ないことだ、力がないのだから。
それはいいんだけど、ただ一つ。
「燐、か……」
仰向けになり、天井を見つめながら少女の名を呟いた。
まだ夕暮れの刻、少女の涙を見たのはとても久しぶりのことだった。
『私、もう泣かないもん! 咲耶みたいに、強く——!』
「……ははっ、何を思い出してんだろ、俺」
急に浮かんだ"昔の記憶"が蘇る。涙を浮かべながら、小さな彼女はぐっと我慢しているような表情で小さな俺に言うのだ。
つい苦笑してしまうほど、小さな彼女は涙で可愛らしい顔が台無しだった。顔も真っ赤になって必死に俺に言ってきたのを覚えている。
それからだ。それから、俺は——
「いっ……!」
鋭い痛みが胸の辺りに響く。過去のことを思い出すと、たまに出る"昔の傷跡"。もう完治したはずなのに、今でもこの痛みは襲ってくる。
「あぁ、ここらへん曖昧なんだよな……」
胸をトン、と軽く叩いて、鋭い痛みの原因に言うかのように呟いた。
幼い頃の記憶はあるにはあるんだけど、この痛みはどうして起きたか。どうして泣いている少女を見ながら俺は"血だらけで倒れているのか"。肝心なことが思い出せない。
昔に、何かあったはずだ。けれど、それを家族も燐もひた隠す。どうしてなのかは分からないけれど、燐はそれ以来修行に励むようになり、今では佐上家の中でも随一と呼ばれるほどの魔技の使い手となった。
幼い頃から一緒だからよく知っている。それは間違いないと思うけれど、抜けている部分がそれを不安にさせる。
もしかすると、今の燐は俺の知っている燐ではないのではないか。過去の出来事で、燐は変わってしまったのではないか。
泣き虫だったはずの幼い彼女と、今の強い彼女は、どうにも矛盾しているように感じる。
それが、今日見せた"彼女の涙"——"今の燐"じゃなくて、失われた"昔の燐"の姿のように感じて。
「あーもう……」
考えても分からん。何も見たくないから、自分の右腕で瞼を隠す。一瞬にして夕暮れに染まった室内が暗転する。
燐は、俺に少なからず負い目を感じている。魔法学園に共に入学したのはいいが、俺が普通科で、燐だけが魔法科だというのが彼女の負い目なのではないか。
俺が、あまりに気を遣う。そう思っているんじゃないか。優秀な燐と、落ちこぼれの俺。いつからこの関係になってしまったのか。
「わかんねぇよ……」
一言、小さく呟いて次第に睡魔が俺の思考を奪い去っていった。
————
「……ん? ここどこ?」
暗闇の中で、"私"は思った。
私は今どこにいるの、と誰に問いかけても返ってこなさそうな暗闇の中で、私は起きた。
え、ちょっと待って。本当にここどこなんだろう。ていうか、"私って誰だっけ"。
思い出せない……どうしてだろう。そもそも、私って何なのか、どういう存在なのかも分からない、思い出せない。この暗闇から抜け出せたら、分かるのかな。
と、思っていたその瞬間、私の目の前が一瞬にして光に包まれる。
「え、ちょ——!」
何が起きたの、かと思ったら。突然目の前に——人の顔があった。
『一体これは……』
何、何なにナニ、なんなの!?
見たところ、男。え、あれ、えーと、人間……私も人間? 何かよくよく分からなくなってきたけど、とりあえず言えるのは、この"超巨大な人間"に私は"持ち上げられている"ということ。
本当に摘んでるような感じじゃん! むかつく!
話しかけてみようかな、とか思った矢先、
『——ッ!』
この男の子は驚いたような顔をして、私を移動させ、そしてまた暗転。
「って、ざっけんな! また暗闇に逆戻りじゃない!」
何かよく分からないけど、男の子の"どこか"に入れられたっぽい。
そこで分かったことなんだけど、私は少なからず"人間じゃない"。どうやら、何かの"モノ"の中にいるらしい。でもって、それは人間からすると小さいもの。ということは、この男の子は普通の人間? 私が小さいからか。決して男の子は超巨大な人間ってわけでもない?
「ううん、そう決め付けるのまだ早……って、どうして私こんなに頭冴えてきてるんだろ。ていうか、何だろ、人間じゃないのに……うん? 人間なのかな、私。どうしてこんな知識……」
自分が何も分からず、自分自身のことについての疑問と、色んな物事を推測できたこの頭脳に驚く。そして自分の置かれている立場と現状を改めて見つめなおしてみる。
「私が出来ることっていったら……今は、私を持ってるこの男の子に干渉することしか出来ないよね」
そう分析して、私はとりあえずこの男の子にコンタクトをとれるように色々試して見ることにした。
————
目が覚める。自分が今更寝てしまっていたんだと理解するのに時間が多少かかった。周りは既に暗いため月の光だけが俺の部屋を照らしている。
カーテンを閉めてから電気を付け、それからまたベッドへ転がることにした。
「あー……何もやる気起こらねぇ……」
ごろごろとベッドの上でやっていると、不意に気付く。ポケットの辺りに違和感があることに。
「何だ……?」
取り出すと、それは青い結晶だった。これは、と思い返すこと数秒。
「あっ!! これ戻すの忘れてた!!」
しまった、と俺は焦った。あそこには二度と入ってはいけないと言われたし、何にせよこれって付属品みたいなもので、これがなければテレス・アーカイヴの"グリモワール"という本は読めないのではないか、と思った。
魔学書の中にはいくつか種類があり、その中には機密事項ともいえるほど重大な魔学が含められているものもあるため、付属品であるモノを使わなければ内容が読めなくなっているものもある。
これはその一種なのではないか、と思うと眠気もだるさも全て吹っ飛ぶぐらいの焦りが生じてきた。
「あぁ、どうしよ……? あの扉の前で待ち続けていたら紅さんたち来てくれるかな……? でも、あそこには近づくなって言われたし、見つかったらいいわけする前に紅さんに殺されそうな気がしないでも……」
どう考えても悪い方向にしかいかないような気がする。落ち着け、俺。とりあえず明日……そうだ、燐に相談……は出来ないか。またあいつの苦労を増やすのも嫌だしな。
冷静に、とりあえずこれは机の上において……何か気分転換でもしよう、うん。
「気分転換といえば……これか」
机の引き出しから一冊の本を取り出す。名も何もない、俺だけの、そうこれは……"魔法書"。
俺の隠れた"趣味"にあたるのだが、魔法書——つまり、魔術式を構成し、本に書き残すことが俺の趣味だ。
魔術式っていうのは、魔法を発動するに必要な"詠唱"の部分にあたるものだけど、詠唱の場合は頭の中で構成してから言い切らないと発動しないのに対し、魔術式は"文字を記すことによって魔法を発動する"ものだ。
簡単に言えば、魔法というのは魔力が必要で、魔力だけあってもそれを構成するために魔術式、そして具現化するために媒介が必要ってわけだ。
例えば、例の氷天斬戟(笑)は魔力を発し、それに応じて魔術式を開放させ、媒介であるナイフにそれを纏わせて攻撃したってことになる。
魔術式っていうのはいわゆる自分なりの構成に当たるもので、どういった魔法を使うか、その用途や目的、構成など魔法を具現化する過程の中で最も重要なものを扱っている。
ただ、俺の場合はそれを独学で作っている為、他人のそれを教えるどころか、自分が使えないのに公表さえしない。何せ、魔法が使えないというのは根本的に魔力がないことなのに、そんな俺が魔術式を書いているだなんて知れたら、笑い者になるに違いない。
そんなわけで、気分を変えたいとか思った時は趣味である魔術式を本に記して、自分なりの魔法書を作ろうとしているってわけだ。——自分で使えないけどな。
「それでもまあ、気晴らしにはもってこいだ……っと、おお、後もうちょっとで完成じゃん!」
ずらずらと緻密に書いてきた自分の魔術式を見つめながら、俺は感嘆する。ペンを持って、新しい魔法を書くか、と思いつつ、そういえばこの間、と思い返した。
「元ある場所に戻す、みたいな内容の魔術式を書いたよな……」
使えないけど、そんな高等っぽい魔術式を書いた気がする。スペルの組み合わせと構成、その他用途等の為に用いる"術字"が並ぶページを開く。
「あ、あった。これだ」
発見し、それを見つめる。魔法が使えたら、この水晶を元の場所に戻せるんじゃないか、と考えが過ぎる。
普通に返しにいったら、もしかするとこの水晶はとんでもない代物で、退学って道もなくはない。考えすぎかもしれないけど、俺にはこの水晶がどういったものか分からないからこそ不安なわけだ。
「ま、どうせ使えないし……やってみるか」
自分に皮肉を言うように、魔法書を持って、唱えてみることにした。
これでもし魔法が発動したら——とか、そんなわけないのに思ってみたりする。んなわけない、と苦笑を浮かばせた。
「えー……ゴホン」
さて、記念ある100番目の魔法、落ちこぼれが記した"魔法書"の力をみよ! ——なんつってな。
「魔術式、第百番を開放する……!」
とか、かっこつけて言ってみて——
ブゥゥン! ……とかって、見たことある輪が出てくるとは、全く予想できるわけなかった。
「え、ちょ、嘘だろ……ッ!?」
待て待て待て、何が起きてる。俺の全体をメビウスの輪のようなものが渦巻き、全身が風で包まれているような感覚。俺の魔法書が虚空に浮いて、色んな風が全身をこれでもかと吹きまわす。
魔法を使うって、こんな——いや、この感覚。俺は——
「初めてじゃ……ッ!?」
途端、まぶしい光が俺を覆い被さり、全身を包み込んでいく。
そして、俺の目の前は真っ白になった。
————
何度か色んなことを試してみて、分かったことがある。
この暗闇の空間は、恐らく限りはない。ループしているということ。どこにいったとしても、恐らく"画面"は変わらない。
"画面"というのは、外の景色が見えるもの。男の子が見えたように、ここを通して外の景色を見ることが出来る。
そして、私自身は意思はあっても"肉体は存在していない"ということ。どういうわけか、私は自分を認識できない。ただ、意思は存在していて、こうして考えることも出来るし、意思という不安定な状態で彷徨うことが出来る。
そして、何度試しても無理だったのが、こちらから外側への干渉だ。
そもそも肉体がない意思だけなのに何がどう出来るわけでもなく、私が行動を起こすというより外からの行動に委ねるしかないということだ。
「あーあ……えらいところで目覚めたものね」
と、自分の状況に落胆する。
どれぐらいの時間が経過したのか分からないし、そもそも何の感覚もないから状況が把握できない。
せめて、あの男の子が何かアクションを起こしてくれれば——話は別なのだけれど。
「そんな上手いこといくわけ……」
その時、景色がまたもや一転する。
光に包まれて、画面に映ったのは、またしてもあの男の子。
私を見つめてから、数秒、みるみる内に顔が青ざめていき、どうしようどうしようと焦って何やらぶつぶつと呟きだした。
「この人……情緒不安定なのかな」
心配になってきた。仮にも、この男の子しか状況打開の頼みの綱がないなんて。
どういう理由でこうなったのか分からないが、今の自分の状況にただ情けないと思う。
そうしているうちに、男の子は冷静になったらしく、私をどこかの上に置くと、その近くの椅子に腰をかけた。
「何か色々置いてある……でも、何だか興味深い本ばかりあるような……」
と、思っていると、男の子は私と本を交互に見つめだし、そして何を思ったか本を片手に立ち上がった。
「うん? 一体何をする気なんだろう?」
興味深く男の子の様子を見ていると
『魔術式、第百番を開放する……!』
とか言い出した。
何を言っているんだろう、とか思っていたけれど、その瞬間。
本当に一瞬のことで戸惑いも感じなかったけれど、私の中に何かが芽生えてくるような気がして。
気付けば私は肉体を持ち、そしてとんでもない量の力を蓄えたと同時に少し自分のことを思い出した。
「あぁ、私は——」
そこから先は、光に包まれて、意識が途絶えた。
————
「う……」
気付けば、自分の部屋の床で倒れていた。何をしてたんだっけ、と頭の痛みが思い出すのを邪魔してくる。
手元に俺の魔法書が転がっているのを見つける。あぁ、そうか。魔法を唱えてみたんだっけ。それで……発動した?
キョロキョロと床を確認すると、水晶は落ちていた。ははっ、やっぱりそんなわけないか。魔法なんて発動するわけないし。
「ま、全部夢か……でも、魔法を使える感覚を味わえただけでも、まだラッキ……ぃ?」
むにっ、と何か柔らかいものが俺の手元を刺激した。
落ち着いたところで、手を床に伸ばしてため息したつもりが、手は冷たくて固い床ではなくて、なにやら柔らかい、それも暖かい感触が伝わってきたのである。
「……えーと?」
これは、一体なんだと、俺の手はわきわきと動く。
むにゅむにゅとそれは動いて、それから。
「……why?」
後ろを振り返ると、そこには——
「う、うぅん……」
女の子が、寝ていた。
「え、ええ……? ……えええええええええ!!?」
俺は驚きのあまり、大声をあげて飛びのき、ベッドの上に乗って女の子から遠ざかる。
「なな、なな……なんで!?」
指をさして、女の子の存在を有り得ないものと思う。いや、そりゃそうだろ。そりゃそうでしょうよ。何で俺の部屋に女の子がいるんだよ! 連れ込んだりしてないぞ! あ、もしかしてこの頭の痛いのは酒に酔ったからで、それで女の子を連れ込んであんなこんな——
「それも何でほぼ全裸なんだよばかやろおおおお!!」
といいつつ、目を瞑りながら手元近くにあった布団を女の子に投げつける。
「むぁっ!」
「ひぃっ!!」
女の子の声と俺の声が続けて発せられ、どうやら女の子はお目覚めのようです。目を開けてゆっくりと起き上がり、俺にその特徴的な紅い瞳を見せた。
目が合う。気まずい。ていうか、これどういう状況ですか。どういうことなんですか。誰か説明してくれよ、おい。
女の子は少しの間俺の引きつった表情と顔を合わせて、数秒後。
「あ! 君かぁっ!!」
「え!! ごめんなさい、俺何かしましたか!?」
「わ、声出せる! やっと喋れたよー」
「え、まさかの睡眠プレイ……え、いや、ごめんなさい!!」
「謝らなくていいよ! でも、もう少し早めにしてくれたら良かったかなぁ」
「いやそんな! 俺早漏ですしおすし!!」
いや、何を言ってんだ俺は。こんなこと、燐に聞かれたらなんていわれるか分かったもんじゃない。
ていうか、それよりもな、この銀髪少女は一体、誰なんだ。
「あの……貴方は、一体、誰なんでしょうか……」
「え? 私?」
「あ、はい……」
それから、少しの間があって。お互いに緊張感が奔る中、少女の愛らしい瞳が瞬きして、それから。
「ああ!」
「うぉぅっ!」
急に言葉を発さないでくれ。心臓に悪いから。
それから少女は勢いよく立ち上が——っちょ、見えてるって、貴方ほぼってか全裸だから!!
「ふふん、私の名前、思い出したんだよ!」
「そ、そうですか!! それは良かったんですけど貴方は全——」
「私はテレス・アーカイヴだよ!」
「いや、テレス・アーカイヴさんだか何だか知りませんけど——って、え……?」
思わず、背けた顔を、見ないようにしていた少女の姿を、見てしまった。
銀髪に、澄んだ黒い瞳。背は全然低めで、それでもベッドに倒れこんだ俺に向けて"無い胸"を張って仁王立ちで名乗ってきたのだ。
「テレス・アーカイヴ……?」
彼女が口にしたのは、俺が最も尊敬する偉大な魔術師の名前だった。
第1話:落ちこぼれの出会い(完)