複雑・ファジー小説

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落ちこぼれグリモワール 第5話開始!
日時: 2015/07/03 01:44
名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: Nw3d6NCO)
参照: 7月3日更新いたしました。 ※後々全話加筆修正していきます。

※参照1000突破記念でオリキャラ募集始めました! 詳しくは【新リク依頼掲示板】で探してね! それとも>>40のURLから飛べるから確認してね!
題名「オリキャラを募集しております!」




【ご挨拶】
 クリックしていただき、まことにありがとうございます。
 ひっそりと再び小説の方を書いていきたいなぁと思い、ファジーにて最初気まぐれの超亀更新として始めていきたいです。
 順調に足並みが揃えば更新速度を少しずつ上げていく予定です。よろしくお願いしますー。

 あ、ちなみにコメディチック路線気味に加え、ラノベ調に近いものとなっております。ただ表現がグロテスクな場合等が出てくる恐れがあるので、ファジーにて書かせていただきます。ご了承ください。



【目次】
プロローグ【>>1

第1話:落ちこぼれの出会い
【#1>>2 #2>>4 #3>>6 #4>>7 #5>>10
第2話:天才と落ちこぼれ
【#1>>12 #2>>13 #3>>14 #4>>15 #5>>16 #6>>17 #7>>18
第3話:非日常の学園生活
【#1>>19 #2>>20 #3>>21 #4>>22 #5>>23 #6>>25 #7>>26 #8>>27
第4話:落ちこぼれの劣等感【事情により、#8と#9は連続してお読みいただくことを推奨します】
【#1>>28 #2>>32 #3>>33 #4>>34 #5>>35 #6>>36 #7>>37 #8>>38 #9>>39
第5話:恋と魔法と性転換
【#1>>40

Re: 落ちこぼれグリモワール ( No.16 )
日時: 2014/11/18 23:41
名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: b/Lemeyt)
参照: 参照300越えありがとうございます!

 そろそろ隠れるのにも飽きてきた頃だった。
 "人を喰わなければ"力の温存も難しい。今までよく逃げ回ってこれたものだ。
 人ではない、が人のようである。人に似ているが、人ではない。魔物のようであるが、人に見える。人に見えるが、その本性は魔物そのもの。
 矛盾した存在である魔人と呼ばれる己の存在はこの世界のどんなものからも迫害される者である。"知恵がまとまっていない"下級の者も中にはいるが、そんなものは放っておいても死ぬだけだ。自らに漲る魔力を扱いきれずに理性が吹っ飛んだもの。それは人間たちからは魔獣と呼ばれている存在であることはつい最近知った。

 そしてそれらを駆逐するのが、"魔法を扱う子供"というのも。

 前に見た光景は、一体の下級の魔人に5,6人がかりで群がって倒していた。あの程度のレベルで、駆逐しようなどとは考えが甘すぎる。
 今、その者たちと同じような服装をした人間が目の前にいる。そういえば腹が減った。魔力の質も落ちている。このままだと"我が身"を滅ぼしかねない。

 あぁ、早く喰いたい。こいつは一体どんな味がするんだろうか。

 見た目が完全に老人の"魔人"は滴り落ちそうになる涎を必死に耐えて古谷に話しかけたが、もう我慢ならなかった。


————

 
 待て待て待て、何だこの展開は。
 少し近くで見ていた俺は突然の出来事にテンパるばかり。ていうか誰だあの爺さん。いきなり現れたような気がするけど……。

『あれは……!』
「なんだ、何か言いたそうだな」

 俺は能天気にも少女の言葉に反応していた。けれど、次に繰り出した少女の言葉は俺の想像を遥かに超えた——

『このままじゃ、危ない!!』
「え?」

 突然の少女の言葉に耳を傾けるとほぼ同時。古谷と爺さんのいた方から衝撃音が奔る。

「な、なんだっ!?」

 俺が見た時には既に、爺さんなんて生易しいものはそこに存在していなかった。ただの、"化け物"。
 体が何十倍にも膨れ上がり、既に人間のそれじゃない。紫色の肌を露出し、全てが筋肉質になっている。腕一つで人間何人分かの太さを誇ったそれを振り払った後か。
 古谷は間一髪避けたのか、離れた距離で左腕を右手で押さえていた。——というよりも、"左腕がそもそも存在していなかった"。

 べちゃ、と何かが俺の目の前まで吹っ飛んでくる。それは、"古谷の千切れた左腕だった"。正確に言えば、古谷は左腕が千切れたその箇所を押さえている。だがしかし、そんなもので出血が止まるはずもない。とめどなく流れていく血はあっという間に古谷の周りを染めた。

「な……」

 絶句する。あまりの出来事に、俺は何も喋ることが出来なかった。どうすればいい。こういう時、俺は——

「他にも、まだいましたか」
「ッ!!」

 俺の方へ向いている化け物。グルグルと目が気持ち悪く廻り、俺を恍惚の表情で見つめている。口元が歪み、そこからは鋭い牙と透明な唾液が流れ落ちているのが見えた。
 殺される。俺は、殺される。このままじゃ、この化け物に殺されてしまう。どうすればいい。逃げろ。そうだ、逃げるんだ。逃げなければ殺られる。このまま翻して、全力で逃げ——

「う、ぅ……」

 古谷のうめき声が耳に入る。古谷の表情は、死を諦めているようなものじゃない。懸命に、必死に痛みを堪えている。生きようとしている。

「……俺は、逃げない……!」

 握り拳に力が入る。相手は、化け物。俺は、無力。そんなものは分かってるけど、このまま古谷を放って自分一人逃げるわけにはいかない。それこそ、俺はただの"落ちこぼれ"だ。

「ほほぉ、ワタシを見てモ、逃げナイのデスカ? オモシロい少年だ……お前モ、私が喰っテやろウ!!」

 重そうな巨体がゆっくりと俺の方に近づき、俺の何十倍はある腕を俺に目掛けて振り落とそうと——

『に、逃げて!!』

 あぁ、逃げたいよ。けど、足がすくんじまって動かねぇんだよ。怖すぎて、無力すぎて、威勢張ったのはいいものの、逃げないのはいいものの——何も救えない。


「ッ、の……! バカァッ!!」


 俺はたった一つの鋭い風を感じた。
 一瞬の出来事だった。俺に振り下ろされたはずの腕は切り裂かれ、地響きを起こしながら地面へ肉の塊として落ちる。肉の塊を斬ったはずなのに綺麗な白の刃、綺麗な黒髪がふわりと風で煽られる。
 目の前には、いつも俺の傍にいてくれる幼馴染の姿があった。


————


 教室内が静まり返る。燐に向けて言い放った黒石の言葉のせいだ。
 燐が考えた時間は数秒、いや数十秒だろうか。ようやく、というには早すぎるが体感した時間は十分なぐらいに、燐は口を開いた。

「……分かりました」
「おお! 本当か!」
「はい。……その代わり、本当に今すぐ出て行って構わないんですよね?」
「ああ、安心しろ。この契約書を書いたらいいぞ。ちゃんとこの授業と次の授業も出席扱いするように私が特別に計らおうじゃないか」

 契約書を書かせる、とはまた用意周到な。そう周りの人間は思ったに違いないが、それとはまた別に。そこまでして佐上 燐という逸材を評価しているのだろうか、と一同は思った。
 実際に実力を見ていないせいか、一生徒にそこまでするとは聞いたことがない。

「それじゃあ、契約書を貸してください」
「ん、ほら」

 どこからともなく紙を黒石が取り出す。受け取るや否やすぐにサインを終わらせる。
 すると、すぐ近くの窓を開け、縁に手をかけた。

「おい、まさかそこから行く気か? ここは5階だぞ?」
「……急ぎなので。魔術式、1番開放」

 ぼそっと魔術式を開放すると、薄い赤色のオーラが燐の体を包み込む。一目でこれが身体能力底上げの魔法だと何人が分かっただろうか。それをかけるとすぐに窓から飛び降りた。
 何人かの生徒が窓を開けて燐の無事を確かめる。燐は綺麗に音もなく着地し、何でもないようにとんでもない速度で校内を駆けて行った。
 ざわつくクラス。誰もが、すげぇ、やら、何がしたかったのか、と色々騒いでる中、黒石は満足したように頷いた後、教壇の方に戻る。

「さ、私の目的は以上だ。後は自習でもしてなさい。はっはっは」

 そんな風に言い放つと、ざわついたクラスメイトを取り残して教室から退散しようとする。

「待ってください」

 が、黒石を止める声が教室内に響いた。先ほどまでざわついていたクラスメイトたちが何故か一斉に黙りだす。

「……東雲か。何だ?」

 声をあげたのは、東雲。そして、東雲は真剣な表情で言う。

「僕も、黒石先生の部隊に入れてください」


————


 速く、速く。もっと速く、嫌な予感がする。
 こんなこともあろうかと、咲耶に内緒でGPS機能をつけておいて良かった。おかげでどこにいるのか大体分かる。
 確か、この方角は過去に荒廃地区となった地域。記憶では、正体不明の魔人が突如現れ、そこに暮らしていた人々やその他大勢の人間を惨殺した事件があったからだそうだ。
 未だに魔人という存在がどうして生まれ、またどこから発現するのかも分かっていない現代では魔法学園の方でも手一杯だった。勿論、今もそうだが、昔は今よりも発展していなかったので更に対応は遅れたのだろう。

「そんな危険なところに、どうして咲耶が……?」

 身体強化を使っているとはいえ、ギリギリ追いつけるか追いつけないかぐらいにまで距離が空いている。
 何も無ければ良い。それにこしたことはないが、何故だか胸騒ぎがする。嫌な予感が迫る。そう思うたびに力強く足を踏み込み、ようやく荒廃地区にたどり着いた頃には、危機一髪の状態だった。
 もう少し遅れていたら、どうなっていたことか。

「あの……燐、これは」
「話は後。今は……こいつを片付ける」

 助けられたからいいものの、燐は魔人とこれまで戦ったことがない。この魔人がどれほどの実力なのかも未定であり、正直咲耶を守りながら戦うことは出来るのか全くの未知数だった。

「オマ、え……よくも、俺のウデを斬り落トシヤガッテェエエエ!!」

 激昂している。冷静な判断をとれていないようだ。しかし、これが魔人なのか。とんでもない迫力に呑み込まれそうになる。けど、やるしかない。

「魔術式、"焔刃"……!」

 刀に赤色の光が纏わりつく。
 それが燐と魔人の戦いが始まった合図となった。

Re: 落ちこぼれグリモワール ( No.17 )
日時: 2014/11/22 16:15
名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: b/Lemeyt)

 何とか、助かった。幼馴染の姿に、俺は安堵の息を吐く。
 だが、落ち着くにはまだ早い。なぜなら、これから始まるのだから。

「ほォ……お前ハ、そこらの奴ラと違ウようダナ!」

 燐の何倍にもなる巨体を持ち、顔は人間のそれとかけ離れた醜く、巨大な目玉がギョロギョロと燐を睨みつけ、口元は笑みで歪んでいる。
 どこか化け物は嬉しそうで、全身に身震いが奔る。けれど、燐は怯むこともなく持ち前の魔術式を開放させた。
 紅い刃——焔刃えんじんと呼ばれるそれは燐が得意としている魔法の一つだ。刃の部分に纏わりつく紅い光が物体と当たった瞬間、炎を生み出し、文字通り炎の刃で切り裂かれたかのようになる。

「お喋りはいいから……かかってきなさい」

 冷静に、そして何より幼馴染の俺でさえも鳥肌がたつほどの"殺気"が伝わってくる。

「そう焦らずとモ……! ぶち殺してヤルヨォォォォ!!」

 化け物は吼えるように言い放つと巨大な腕を燐に目掛けて振り下ろす。横に飛び跳ねてそれを避けると、燐は長刀を両手で構えて素早く化け物の右側の足の方へ移動する。
 見えている、と言わんばかりに化け物はそれに合わせてもう片方の腕で振り払おうとするが、それよりも速く燐はジャンプし、空中で一回転したかと思うと、がら空きになっている化け物の右の肩に長刀を振り下ろした。

 シュン、と小さく音がしたと思いきや、綺麗に紅い閃光が斬戟をなぞり、後を追う。すると、一気に斬った部分が燃え上がり、高熱によって熱線で斬り裂かれたかのように火花を残して切断された。

「グォォォォォオオオッ!!」

 吼える化け物。落ちる右腕。それでも痛みを伴いながら化け物は左腕で燐を捉えようとする。
 しかし、燐の方が何倍も早い。俺なら分かる。燐はちゃんと身体強化の魔法を使って戦闘をしている。あの魔法のおかげで本来の身体能力の何倍もの力を発揮できるのだ。元々でも人間ではないレベルなのに、それさえも超越している。

「す、すげぇ……」

 思わず見惚れて、俺は呟いてしまっていた。

『感心している場合じゃないよ! あの子を助けないと!』

 少女の言葉で我に返る。そうだった。今のうちに古谷を安全なところに運びこまないと……。
 古谷を探す。それ自体はすぐに見つかったのだが、まずい。かなり出血しているのが遠目でも分かるぐらいだ。あのままだと、出血多量で死んでしまう。
 急いで俺は駆け出した。とにかく、一刻も早く助けないと。

「お前モ、逃がしてナイゾオオッ!!」
「んな……ッ!」

 化け物に見つかっていた。ギョロリとでかい目で見られ、思わず立ち止まってしまう。俺に目掛けて鉄柱のようなものを掲げ、投げようとしてくるが——

「どこ見てるの?」

 一閃。燐は化け物の背後を取り、素早く、また丁寧に化け物の首を斬り飛ばしていた。
 雄たけびをあげることもなく、断末魔をあげることもなく、ただ化け物は目的を失ったかのように地面を大きく揺らして倒れた。
 そのまま華麗に着地した燐は小さく息を吐く。

(あまり、大したことなかったけれど、身体強化も学校から使ってきたわけだから、丁度魔法が切れる頃……。切れる前に倒すことが出来てよかった……)

 内心、安堵の気持ちもあり、燐は刀についた血を振り払い、桜の刺繍の入った鞘へ納めた。
 俺はというと、既に古谷の元に辿り着き、出血している箇所を自分の制服でも何でも抑え、靴紐を解いてそれを使って腕を縛り、出血を抑えた。

「大丈夫か? しっかりしろ、古谷!」
「う……」

 かなりやられているようで、意識も朦朧としている。早く運ばないと、このままじゃ手遅れになりそうだ。
 もし、自分に治癒魔法が使えたら。それなら、すぐに古谷を救うことが出来たのに。俺は、無力だ。

「早く学園まで運ばないと……!」

 燐がいつの間にか近づいてきていて、俺に話しかける。俺も、燐ほど強かったら……いや、そんなことを思っていてもどうしようもない。それよりも、古谷を助けないと。
 俺は古谷を抱えようとしながら、燐の方を向いて言葉を交わそうとした。

「ああ、早く急ご——」

 しかし、言葉が途中で詰まる。というよりも、絶句してしまった。
 ゆらり、と燐の背後に見えた"巨体"は不気味なほどに歪んだ"笑み"を浮かべ、燐の頭上に腕を振り下ろしている最中だった。

「燐! 危ないッ!!」
「——ッ!」

 振り向いた燐だったが、それよりも振り下ろされた腕は地面を軽く抉り、重低音と共に地面を揺らした。煙と重低音によって視界や聴覚があまり頼りに出来ない。

「う、ぅぅ……」

 それが払われた後、聞こえてきたのは呻き声と、壁へ激突し、身動きがとれなくなった幼馴染の姿だった。

「う、嘘だろ……?」

 燐が倒れている。意識も途絶えたのか、呻き声さえあげなくなった燐に情けない声を出す俺。傍らには、衝撃によって少し体勢の変わった小谷の姿があるだけ。
 現状でまともに動けるのは、俺だけだった。

「まぁぁったく……どうなることかと思ったガァ、俺をナメすぎたようダナァ……!」

 振り返る。そこには、化け物の姿があった。燐が首を斬り落としたはずなのに、その首はいつの間にか元に戻り、なおかつ右腕も再生していた。
 聞いたことがある。魔人の中には様々な種類がいて、その中に含まれる"再生身体ジェネレーター"と呼ばれる者のことを。
 たった一つの弱点を傷つかなければ、死ぬことはない"ほぼ不死身の体"を持つ個体のことをそう呼んでいる。
 もしかして、この化け物はその一種なのではないだろうか、と。

「ふぅ、女の方ハ既に身体強化の魔法は切れたようダナァ……。となれば、残るは……」
「ひっ……!」

 化け物に睨まれ、俺は情けない声を出してしまう。ダメだ。震えが止まらない。燐がやられた。もう、俺を助けてくれる人はいない。どうすることも出来ない。終わりだ。何をすることもなく、ここで、皆、やられる。喰われるんだ……。

「情けないナァ……震えて声もデナイカ。お前ハ、私がこれまで会った人間の中で一番情けなく、そして、弱イ!」

 弱い。情けない。俺の心は、既に諦めムード一色だった。
 どうしろっていうんだ。燐も倒れてしまった今、俺に何が出来るっていうんだよ。

「絶望の中で、死ぬのはドンナ気分ダァ……? クフフフッ、じわじわと虐めて殺してヤル……!」
「や、やめろ……!」

 抵抗する言葉は虚しく。俺は後ずさりする。化け物が近づいてくる。俺は、もう——

『諦めたら、ダメだよ!!』
「なん、だよ……今更……」

 少女の声に、俺は心が揺らぐ。負けそうになる心が、揺らいだ。

『まだ戦える! 君は、一人じゃない! 私がいるよ!』
「お前に、何が出来るっていうんだよ……!」
『大丈夫。私がいれば、君は"魔法が使える"!』
「何を言って……!」

 そこでちらりと目に入ったのは、俺の鞄から飛び出した一冊の本。テレス・アーカイヴの本がそこにあった。

『私の名前は、テレス・アーカイヴ! 一度だけ、可能性にかけてみて欲しい!』

 少女の言葉。俺は、どうするべきだ。可能性にかけるだなんて、そんなこと——

「……話を聞かせろ!」

 俺は、少女の、テレスの言葉にかけてしまっていた。
 どうしてだか分からない。ただ、俺は、この状況を抗いたかった。何も出来ない自分とケリをつけたかったのかもしれない。今度は俺が、燐を救いたかった。人を救いたかった。落ちこぼれでも、それでも、代わりに何か出来るなら、その結果たとえ俺が死んだとしても、何かを成し遂げたかった。

「何をゴチャゴチャと独り言を言ってイルンダァ……? まあいい。さっさと死ねば楽になれるゾ……!」

 腕が振り下ろされる。その一瞬、俺は全速力で駆け出した。何とか腕を避けて、そのまま一冊の本を拾って巨体の方へダッシュする。

「ちょこまかとォッ! うっとうしいヤツめ!!」
「うぉおおおお!」

 化け物の巨体は案外セーフポイントのようなもので、そのまま全速力でスライディングをかます。正直、上手くいくかも分からず、ただがむしゃらに行っただけ。巨体の股下をすり抜け、巨体の腕が何もないところに振り下ろされる。
 ある程度距離をとったところで、俺は魔法書を開いた。

「何でも、いいんだよな!」
『うん! 何でも!』

 俺と少女の会話。それは、少女のたった一つの"可能性"というものにかけたものだった。
 適当なページを開き、それを詠唱する。強そうな魔法なら何でも良い。使えるかどうかも定かじゃない。ただ、今なら使えそうな気がする。ただ、それだけで俺は——魔法を唱えていた。

「何を、しているゥッ!!」

 化け物がその巨体を俺の方へ向けるその時間の間に、詠唱を完成させる。その瞬間、俺の中に魔力という存在を確認することが出来た。

「マジで、か……!」

 俺の中で自然発生したわけでもない。この感覚は、そうだ。テレスと初めて会った時。
 魔法はどんな魔法でも魔力が消費されなければ発動できない。それはテレスと出会った時もそうだ。確かに発生する予備動作ともいえるメビウスの輪のようなものが浮かんだ。つまり、あの時魔力はあったわけで、でもそれは俺のものではない。でもあの場には"俺とテレス"しかいない。
 つまり、テレスは魔力を持っているということになる。そしてあの時、俺が詠唱して魔法が発動したということは。

『私は君の魔力となり、君は私の魔力を使って、自分の作った本を媒介として詠唱した、ということにはならないかな?』

 このテレスの言葉は、確かにそうだ。そうでなければ、辻褄が合わない。どうして魔法は発生したのか。それは、テレスが俺の魔力として働いたから、としか説明がつかない。
 信じられないが、それが成立してしまったのはまさにテレスと出会ったあの瞬間。
 テレスと出会って、俺は実質上魔法が使えるようになっていたのだ。

「いける、いけるぞ……!」

 湧き上がる魔力、それはテレスの魔力。俺はそれを使用し、詠唱し、魔法を発現させる——!

「何だ、この高濃度の魔力ハ……! まさか、コンナちっぽけな人間如きにコノ魔力が……!」

 化け物が何故か引いている。俺はどういったものか分からないけど、唱えてみたら何となく凄かったのか……いや、そんなことは関係ない。とりあえず、俺はこの溜まったこれをぶち放てばいいだけだ!

『これ、魔力が強すぎる……!』
「いくぞおおおお!!」

 声を高らかに、俺は無我夢中で発現していた。テレスの声が聞こえたような気がしたけど、もう止まることは出来ない。後戻りは出来なかった。
 右手に、紅蓮の大剣をいつの間にか持っており、炎が辺りに荒れ狂うかのように散らばっている。この崩壊した建物をさらに木っ端微塵にしようかというほどの地震や空気の振動が伝わってくる。何でもいい、この際なんだって。
 こいつを、ぶっ倒せればそれでいい。

「くらえぇぇっ!!」

 俺は右腕を振り払う。というよりも、紅蓮の大剣を振り投げるような形で思い切り前に出す。その振動に耐え切れない体は後ずさりどころか吹き飛ぶように後ろに飛ばされ、それと同時に紅蓮の大剣は化け物に目掛けて放たれた。
 それが当たったかどうかさえも分からず、紅蓮の大剣は凄まじい勢いで化け物の体に吸い込まれていった。

——紅蓮の大剣"レーヴァテイン"。

 伝説の魔術師とも謳われるテレス・アーカイヴの"禁じられた魔法"の一つとしてあげられる伝説の召還魔法をいつの間にか唱えていたことも、俺は知らない。

Re: 落ちこぼれグリモワール ( No.18 )
日時: 2014/11/23 17:57
名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: b/Lemeyt)
参照: 最近いいペースで書けてる……!

 草原の中に、俺は立っていた。ふと意識が気付いた頃には、目の前に立っている子供の姿を無意識に理解していた。
 あぁ、あれは俺だ。小さい頃の俺の姿。そんな俺の後ろに続くのは泣いている黒髪の少女の姿だった。

「咲耶ぁ……も、もう帰ろうよぉ……」
「何言ってるんだよ! まだお前のリボン、見つかってないだろ!」

 何か言ってる。何を熱くなってるんだ、俺。ていうか、こんな思い出あったっけ。ていうかさ、何で燐が泣いてるんだ。あんなに強い、燐が。
 昔はこんなだっけ。……ダメだ、全く思い出せない。ただ、俺の姿は見えてないのか、どれだけ俺が二人の様子をじっくり眺めようと、幼き俺と燐が気付くこともなかった。

 草が沢山生い茂ったところに両手をつっこんで、掻き分けながら何かを探している。リボン……あれ、燐ってリボン何かしてたっけ。

「あった! あったぞ!」

 幼き俺は大声でリボンを片手に携えて燐に見せる。燐は泣いて赤くなった顔が見る見る内に驚いた顔から笑顔へ変わると、俺の名前を呼んで駆けつけてきた。
 ——その背後に迫る巨大な影に気付かず。

「ッ! 危ない!!」

 幼い俺はその影から庇うようにして燐の元に走り。そして——


 俺は、どうなったんだっけ。




————


 瓦礫という瓦礫が吹き飛び、まるで熱線を帯びたかのように燃え焦げた石が沢山散らばった中、肉片が木っ端微塵に分解された悲惨な光景が広がっていた。
 元々、かろうじて建物という名称でいられたその廃墟はそう呼ぶにもふさわしくないほど崩壊しており、黒くなった血が辺り一面を埋め尽くす。
 だが、その中でも"肉片"は動いていた。

 ぐるぐると肉片は音を立てて居場所を求めているかのように合体し、また合体を繰り返す。ひとしきりその動作が終わる頃には、何とか人としての形を取り戻していた。

「グ、ゥ、ウゥ……あ、危ナイ、ところダッタ……! コノママだと、死ぬ……! 人間を、人間ヲ喰って魔力を回復しなけれバ……!」

 ほとんど瀕死状態であるが、多少の魔力の残った魔人。再生身体とはただメリットだけのある代物ではなく、体内の魔力を過剰に使うことでそれを可能とさせるものである為、魔力の消耗が非常に激しい。ましてや、咲耶に致命傷を負わされ、再生身体によってこれほどまで魔力を消耗させるほどの威力を誇った魔法が使えるとは全く想像もつかなかったのである。

「とにかく、てこずらセタ人間を喰ッテ、逃げ——」

 しかし、そこで魔人は"何か"の気配を感じ取る。その方へ向くと、そこには瀕死であった古谷、そして倒れて気絶していた燐の傍に一つの人影があることに気付いた。

「危なかったなぁ。このまま発見が遅れていたら、散々な結果で取り逃がすところだったよ」

 と、薄い緑色の短髪を揺らし、中性的な声に、いかにも研究員といったような白衣だがサイズはぶかぶかのそれを着た、ニールが呟くようにして魔人へ言葉を送った。
 ニールは古谷に対して白色の光を帯びた魔法、治癒魔法をかけており、古谷の傷口は何とか治まりそうなほどにまで回復していた。

「お、お前! 一体、いつカラ……!」
「ついさっき、君が再生していくのをじっくり見せてもらったよ。凄いねぇ、再生身体。けれど、完全に先ほどまでの巨体までは回復することは出来なかったようだね」

 只者ではない。そんなことは魔人には分かっていた。しかし、"もう一人"のプレッシャーがその場を動けなくさせていた。

「君の相手は——ここにいるロゼッタが相手するからね」

 ロゼッタ。ニールにそう呼ばれた人物はようやく"異常なまでの殺気"と共に姿を現した。
 ふわりと風で揺れる短めの銀髪の髪がよく似合う少女の姿。相手を見下すかのようなその冷酷な表情。それに似合わない赤いリボンを左耳の近くの髪に結んでいる。おおよそ、見た目は中学生といっても通じるような童顔な面持ちとその容姿に、魔法学園の制服を着ている。それも、"咲耶と同じ制服"を。

「な、何ダ……!?」

 後ずさりを無意識でしてしまう魔人。ただそこに、少女がいるだけだというのに。
 どうしようもないプレッシャー、そして何よりも自分に向けられている明確な殺意が魔人の言葉を失わせる。

「あぁ、そうそう。逃げようなんて思わない方が良いね。——逃げられないから、さ」

 ロゼッタはその言葉の途中、ニールの傍から一歩飛び跳ねるようにして魔人の近くに降り立つ。既に、右手には一本の黒色の槍のようなものを持っていた。

「う……ウゥゥウゥ、し、死んで、こんなとこデ、死ンデ……! たまるカァアアッ!!」

 魔人は荒れ狂ったように魔力を暴発させて無理矢理巨大化するも、人の形を失っている。そこまでしてまで、目の前の少女を叩き潰そうと両腕に変わるそれを振り下ろす——が、そこには既に少女の姿はなく。
 ずぶり、と嫌な音が魔人の耳に入る。それを感じ取った時には既に遅い。魔人は四肢全てに"氷の槍"が貫通していた。つまり、磔の状態にされてしまっていたのだ。

「ひ、ヒィィイッ!!」

 圧倒的な力の差の前に、魔人は思った。生まれて初めて、殺される側の気持ちを味わった、と。
 この恐怖感、おぞましい感覚。魔人として、人ではない自分でも、これほどまで"死"というものは重くのしかかっているのかと。

「……一つ、聞きたいことがある」
「う、ウァアアアアッ!!」

 少女が目の前に立っている。それだけで恐怖感が煽られ、ただ無意識に叫び声が出て——

「うるさい。質問にだけ答えれば良い」

 激痛が奔る。自分の腹部にロゼッタの持つ黒色の槍が貫通したことによる痛み。まさに一瞬の出来事で激痛は全身を貫く。いっそ、早くコロシテはくれないノカ。

「これ以上の激痛が嫌なら、早く答えて」
「ワ、ワガリマジタ……! ダガラ、ハヤグ……ッ!」

 ロゼッタは一息吐き、言葉を繰り出した。

「——は知ってる?」
「な、何ダソレハ……! シ、シラナイ!! オレハ、何もッ!!」
「……そう。分かった。じゃあ——楽にしてあげる」

 ロゼッタの左手に氷の槍が製造され、右手の槍を腹部から上に目掛けて切り裂き、氷の槍で更に腹部を横に切り裂く。
 十字に切り裂かれた後、神速の速さで右手の槍を縦横無尽に切り裂き、肉片は分解されたかのように木っ端微塵となった。
 その出来事はわずか数秒程度で行われたものである。

 魔人の断末魔はなく、ただ肉片が散らばった後に魔力がなくなった魔人の体は溶けるようにして青い霧状となっていった。
 仕事が終わった、と言わんばかりに槍を振り払い、ロゼッタは治癒を続けるニールの元へ歩み寄ろうとする。

「あ、ロゼッタ。そっちに倒れている学生をこっちに連れてきてくれない?」
「……無理、重たい」
「さっきまで魔人相手に無双してた子がよく言うよ……。まあいいや。この二人の治癒は終わったから、面倒見てて欲しい」
「分かった」

 ロゼッタはいわれるがままにニールと交代して燐と古谷の傍に立つ。その姿に、ニールは苦笑交じりのため息を吐く。
 そして倒れている一人の少年。桐谷 咲耶の元に辿り着いてから治癒魔法をかけていく。

「全く……君の言っていたことはやはり正しかったようだね。まさか、君が"あの魔法"を使えるとは思わなかったよ。……"天才と落ちこぼれ"、か。いいコンビじゃないか。僕は、決めたよ。こうして助ける代わりに、君も僕を助けて欲しい。……いや、そんなお願いをしなくても、君は必ず……。だってこれは、"運命"なんだから」

 倒れている咲耶に向けてニールは言葉を投げかける。
 夕暮れの光が優しく気絶した咲耶とその手に握られた水晶を照らしていた。





第2話:天才と落ちこぼれ(完)

Re: 落ちこぼれグリモワール 第2話完結しました ( No.19 )
日時: 2014/11/30 06:11
名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: b/Lemeyt)
参照: 朝方に更新です……。参照400突破ありがとうございます!

 視界が真っ白に覆いつくされて、俺の頭の中も真っ白になって、平衡感覚を失ってからどれぐらいの時間が経ったのかも分からないまま……俺は、何をしていたんだっけ。

『起きて!!』

 ……どこからともなく、頭の中に響く声は聞いたことのある声だ。それも最近巻き込まれた"厄介者"の声だということまでは覚えている。
 えーと、誰だったかな、こいつ。突然俺の目の前に現れて……そうだ、かの有名な……テレス・アーカイヴを名乗ってたんだった。

『起きろーーッ!!』

 うるっせえな、少し静かに寝させろ。かなり眠たいんだから。ていうか、意識もハッキリとしてるか分からないのに、声が聞こえてくるってことは頭がそれを認識してるってことなのか。つまり、起きてるのかこれ。
 ようやく、俺の中で意識が戻ってきたようで。テレスの声がさっきから凄い頻度で俺の耳に届いて仕方がない。起きろ起きろと何度も繰り返さなくても、ちゃんと起きてるわ。
 ゆっくり目を開くと、眩しい光。やがてだんだんと目が慣れてきて、薄い緑色の髪がちらりと視界に映った。

「あ、起きましたか? 桐谷君」





第3話:非日常の学園生活





 笑顔のニールさんの姿が視界に映った。中性的な顔だから、無邪気な童顔の女の子のようにも見えて不覚にもドキッとしてしまう俺がいる。
 それはさておき、どうしてニールさんがいるのだろう。ここはどこなのか、と目線だけで周りを見渡してみると、どうやらここは俺の部屋のようだし。
 ……え、俺の部屋?

「なっ、何でニールさんが俺の部屋にっ!?」

 何よりもそれが頭の中に浮かんできて言葉としてそれが出てしまっていた。しかし、体は何故かそれに合わせて動かない。あれ、つい力が入った感じはしたのにな。
 突然の発声でニールさんは最初キョトンとした表情をしていたが、次第に笑顔になり、それもそうか、と頷いて俺に説明を始めた。

「君が倒れていたところを助けたんですよ」

 ぶかぶかの白衣をゆらゆらと揺らしながら笑顔でニールさんは言う。
 そういえば、俺は何をしてたんだっけ……。

『古谷君って子を追っかけたんだよ!』
「あぁ、そうだったそうだった……って、お前もいたんだったな、そういえば」
『何それー! 誰が協力してあげたと思ってるの!』
「誰がって……一体お前が何をしたと……」

 あ、っと気付いた時には既にニールさんは笑みを浮かべていた。やばい、今の会話も独り言のように聞こえたよな。

「ふふふ、大丈夫ですよ。ちゃんと分かってますから」
「は、はぁ」

 何を分かっているのかいまいち理解出来ないが、まあ変な奴だと思われてなかったらいいか。もう手遅れだとは思うけど。
 それにしても、この状況は全く意味が分からん。古谷を追いかけて、何か化け物が古谷を襲い、それに巻き込まれた形で、とか思い出してはきているんだけど、その結果どうしてベッドの上で俺は寝ているんだ。

「覚えていないかもしれませんが、桐谷君は魔法を使ったんですよ」
「へぇ、魔法を……」

 ……うん? 何かおかしいな。俺何を聞き逃した。ていうか何を反復して言ったんだ。

「そうです。魔法を使って、あの化け物を木っ端微塵☆にしたんですよ?」
「ま……魔法を使って?」
「はい」
「え、俺が?」
「はい、桐谷君が、ですね」

 ニールさんは相変わらずニッコニコしながら俺と会話しているが、残念ながら俺の方はこの人何を言っているのかよく分からない状態だった。

「君が重傷の古谷君や気絶した佐上さんのピンチを救った……"救世主"そのものなんですよ?」

 ニールさんの話を聞いて、少しずつ思い出してきたような気がする。
 あの時、燐が俺を助けてくれたんだけど、化け物はまだ生きていて……不意打ちを喰らった燐が倒れて、俺一人になって……。
 その時、俺は"厄介者"からある事を聞いたんだった。

「もしかして……テレスが魔力となって俺に魔法を使わせた……?」

 有り得ない。そう心の中で思いながらも声に出して呟いていたようで。

「そういうことになりますね」

 頼んでもいないのにニールさんは俺の言葉を肯定した。
 そこはむしろ、否定して欲しかったぐらいなのに、信じられない話をよく肯定したもんだ。冗談だろ。……え、マジなの?

「実は桐谷君が発動した魔法は、並の魔法ではありません。あのテレス・アーカイヴの数多くの魔法書の中でも"禁忌"とまで言われるほどのレベルを誇る魔法でした。こう言っては何ですが……一般人の貴方にそんな魔力があるとは思えませんし、実際に今でも貴方から魔力は感じません」

 なるほど、軽快にdisってくる人なのか、ニールさんって。

「ですが、分かります。あの魔法を発動する瞬間、桐谷君に膨大な魔力が突如発生し、一気に放出されたんです。その異常な魔力によって正確な居場所を突き止めることが出来たぐらいですから」

 要するに俺の発動した魔法によってニールさんたちは絶体絶命の俺たちを探し当てることが出来たということか。

「桐谷君の発動した魔法によって魔人は消滅したかに思えたのですが、何とか再生身体を使って生き残っていたのです。慣れない魔法を使って意識を失った桐谷君を含め、古谷君や佐上さんたちを助け出したのは僕と……もう一人の助っ人さんのおかげですね」
「そ、相当危なかったんですね……」
「まあそうですね。僕たちが来なければ、多分全員あの魔人に喰われてましたよ」

 笑顔でなんてこと言うんだこの人。今もフラッシュバックすれば震え上がるぐらいあの化け物の姿は恐ろしい。あれはまさしく"化け物"だ。他に何に例えるものがあるだろう。思い返せば思い返すほどあの時はよくあんな大胆で、なおかつ根拠のない行動をとったものだと思う。

「で、古谷君と佐上さんは既にそれぞれの自宅へ帰しています。僕は桐谷君が目覚めるのを待っていた、ということですね」
「え、何で待っていたんですか?」
「それは、多分貴方一人にぐらいは話しておかないと状況が何も分からない状態でしょうし……それと、後二つぐらい用件があります」
「用件、ですか?」

 ニールさんはどことなく意味を含んだ笑みを零し、言葉を紡ぐ。

「桐谷君の魔力である、テレス・アーカイヴさんとお話させてください」


————


 いきなり何を言い出すのかと思った。
 要するに、俺しかテレスの声は聞こえないわけだから、俺を通して話がしたいらしかった。

『え、私と話!?』

 テレスは嬉しそうなのか驚きで困惑しているのか分からないようなリアクションでオロオロとしていたが、まあそれぐらいは別に構わない。ていうより、むしろ俺の独り言とか俺が考えて喋ってる、とか思われないか心配だった。
 何せ、テレスの声は俺にしか届かない。ニールさんに対しては俺の声でしか伝えれないわけで、どうやっても俺の自作自演っぽいのは免れないのだ。

「さて、では質問してもいいですか?」

 と、早速ニールさんからやる気満々で言ってきたので、どうやら俺の自作自演による犯行、とかは考えてなさそうだ。
 ていうより、魔法云々の話で俺の他に何かがあるということは確信しているようなのでそこらへんは大丈夫なのか。

『き、緊張する……!』

 何でお前が緊張する必要があるんだよ。俺がむしろ緊張するわ。お前のトーンで話せばいいのか、俺のトーンのままでいいのか凄い気にするわ。

「貴方は何者ですか?」

 いきなり直球というか、何というか。これは答えにくそうな質問をしてきた。

『え、えっと……テレス・アーカイヴだよ! 逆にそれしか覚えてない!』

 お、おう。分かったからそんなに張り切って声を出すのはやめてくれ。俺の頭が痛くなる。

「えーと……テレス・アーカイヴだ。逆にそれしか覚えていない……ですね」
「え、そんなに堅物な少女なんですか?」
「いやもっと少女っぽいですけど……俺がやると何か変じゃないですか!」
「ははは、気にしなくてもいいよ! 彼女の口調でやってみて欲しいなぁ、彼女の人柄も分かると思うから」

 おいおいおいおい、何だこの拷問。新しいな。俺にとっては苦痛の連続じゃないか。俺に何のメリットがある。いや、デメリットしかねえ。

「うーんと、それじゃあ……貴方は桐谷君の魔力の代わりになっているということは気付いていますか?」
『うん! それはあるよ! でも魔力っていうものがよく分からなくて、私にとってはずっとあるような、あって当たり前って感じだよ!』
「……うん! それはあるヨ! でも魔力っていうものがよく分からなくて、私にとってはずっとあるような、あって当たり前って感じだヨ!」
「へぇー……そうなんですねー……」

 いやなんですかその白い目は。やめてください、ニールさんがやらせたんでしょうが……。
 俺だってやりたくなかったのに、と思いながらあまりの辛さと恥ずかしさで咳き込む。その様子を楽しむようにしてクスクスと笑うニールさん。この人、もしかして俺を辱める為だけにやってる?

 それから何個か質問を繰り返し、一通り終えたところでニールさんは満足したようにため息を吐いた。

「ありがとうございました。おかげで色々と彼女のことが理解出来たと思います」
「あ……そう、ですか……なら良かった、です……」

 俺も、報われますよ……。ガリガリと削られた俺のハートはもう癒えませんけどね。

「分かったこととしては、彼女は記憶喪失であるにも関わらずテレス・アーカイヴの名を名乗っており、なおかつ桐谷君との関係もちゃんと理解している……。そこから分かったのは、これは仮説ではありますが……桐谷君の"百番目の魔法"によってもしかすると契約されたのかもしれません」
「契約、ですか?」
「はい。これはあくまで仮説ですが、恐らく百番目の魔法によって彼女の存在と無条件に契約が行われ、貴方の魔力として憑依することになったのではないかと」

 そんな、いくらなんでもそれはないんじゃないか。
 だって、あまりに都合が良すぎる。俺が百番目の魔法を唱えたのは"きっと偶然"であるはずだし、そこまで出来すぎたシナリオはどうもおかしい。

「もう一度唱えても何もなかったのは、百番目の魔法は契約魔法であって、既に契約している為効果がなかったのではないか、と僕は考えますね」
「そ、そうは言われても、偶然すぎますよ、そんなの。百番目の魔法なんて俺は……」
「いえ……桐谷君は"水晶を返そうとした"という動機があります。つまり、水晶を拾っていなければその魔法は唱えていませんでした。これは偶然だったと決め付けるには判断が早すぎますよ」

 ぐ……まあ、確かに、言われてみればそうだ。水晶を誰にもバレないように戻したかったから俺は魔法を唱えたんだった。けど、あの時の俺は冗談半分で、まさか成功するなんて思っていなかったわけで……ああ、ダメだ、偶然なのかそうじゃないかとか考えていたらキリがない。

「どちらにせよ、契約のような関係であるのは間違いないです。桐谷君は彼女を魔力として使え、彼女は桐谷君を憑依する為の、存在を維持する為の存在として利用している。そういう関係である、といえますね」
『うーん、まあそうかもだけど、何か微妙な関係だよね』

 お前が言うな、お前が。俺が言いたいわ。望んでもないのに契約したみたいな関係になってて。

「持ちつ持たれつ、の関係ということですよ」

 ふふふ、と可愛らしい笑みを零してニールさんは言った。
 まあ、そうなのかもしれないが……けど、俺が魔法を使えるなんて。それもこの厄介者のおかげで、だ。

「ちなみに言いますが、彼女のステータスは底を知りません。あれほどの魔法を使っておきながら存在が消滅せず、なおかつ時間があまり経過していないのにも関わらずにこうして会話できるほど落ち着いた状態であるということは、異常な魔力を持った存在……まさに、かの有名な"テレス・アーカイヴ"その人なのかもしれませんね」

 どこか冗談っぽくニールさんは言ったが、俺にとっては冗談には聞こえなかった。本当に、こいつはテレス・アーカイヴなのかもしれないのか、と頭に考えが過ぎる。
 記憶喪失ってだけで、魔力はある。それに観察する能力や考える能力も長けているように思えるし……ひょっとすると、俺はとんでもない奴と契約をしたのかもしれない。まだ仮定ではあるが。

「さて、と。続きまして最後の用件を済ませたいと思います」

 唐突に、それまで俺の勉強机に見せかけた机とセットになった勉強机に座っていたニールさんが立ち上がり、俺に言った。

「桐谷 咲耶君。僕と一緒に、"世界を救うお仕事"をしてみないかい?」

 一瞬、何を言っているのか分からなかった。ただ、魅力的に。その言葉は何故か俺の胸に深く突き刺さる。
 今まで必要とされなかった、俺は。期待されても裏切ってきた、俺は。どうしてか、何故だか、思ってしまう。希望を、抱いてしまう。
 俺は、何か役に立てるのではないか、と。

「詳しい話は、また明日。特別にアンノウンへ来ても構わないから、放課後に来て欲しい。招待するから、ね」

 何を招待するか分からないまま、おもむろにニールさんは俺の部屋の窓を開けだした。冷たい風が一気に部屋の中を包み、カーテンが揺れ、ニールさんの緑の髪が揺れ、その背後に照らし出された満月の光。バチバチ、と突如部屋の中の明かりが消えて、月の光だけが部屋の中を照らす。それが、何ともいえないぐらい綺麗で——ていうか、もう夜だったのか。話に夢中で全然気付かなかった。

「あ、そうだ。安静にしておいてね。君は魔法の反動で全く体動かないと思うから。明日になればマシになってると思うよ」
「いや、あの、ニールさ——」
「それじゃあね、桐谷君」

 あ、と俺が声を零す前に、ニールさんは二階にある俺の部屋の窓から飛び降り、窓は自然に閉められた。身体強化の魔法も何もつけてなかったように思えるのだが、果たして大丈夫なのだろうか。
 まるで嵐が過ぎ去った後みたいな状態だ。突然のことだらけで何が何だか分からない。
 ただ一つ。安心したのは、燐と古谷が無事であるということが確認できたこと。そして、それを可能としたのがまさかの厄介者扱いをしていた銀髪少女……テレスだったということ。

「そーいうことかよ、"私のおかげ"って……」
『え、いや、そういう意味じゃなくてね? ほら——』

 何か、言ってる。
 けど、俺の耳には届かない。既に睡魔が俺の頭の中を埋め尽くして、眠りの世界へ誘われた後だったからだ。

Re: 落ちこぼれグリモワール ( No.20 )
日時: 2014/12/04 12:29
名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: XQp3U0Mo)
参照: ある程度進んだらオリキャラでも募集しようかな……。

 ……あぁ、寝ちゃったか。
 返事がないのを確認して、私は力が込めるように願う。すると、幽体の体が青い光と共に咲耶の体から離れ、光は一人の銀髪の少女の姿に実体化した。
 やっぱり、この家の中だけ私は自分の意思で実体化できるみたい。さすがに、あのニールという人がいた時は試す勇気がなかった。何より、一人で試したいこともある。
 この状態で外に出れるのか、少し試してみたかったのだ。

「ん……やっぱり無理か」

 窓を開けようとしてみたものの、何故か自分の力では開けることさえ出来ない。これでハッキリしたけれど、この桐谷 咲耶という男の元を自力で離れようとすることは出来ないわけだ。

 正直に言えば、離れた方がいいのかもしれない、と思っていた。
 咲耶は自分に対してあまり印象の良くないイメージを抱いている。厄介者扱いをしている。どうにもそのことで"迷惑をかけている"という気持ちが複雑に心の中にあった。
 ふと、眠ったままの"自分の宿り主"を見つめる。随分と深く寝入ってるようで、やっぱり疲れていたんだな、と思う。そしてそうさせたのは、驚くべき私自身の魔力。だけどそれは私個人が詠唱をしたところで、"幽体"に過ぎない私には魔法を発動することさえ叶わない。

「一体、私はどういう存在なんだろう……」

 思わず、不意に言葉が呟かれる。それは自分自身に対する迷いの表れでもあった。
 自分は何者なのか。どうしてここにいるのか。どうして、桐谷 咲耶という男に憑いているのか。何より"自分はどうして存在しているのか"という疑問が大きい。

「はぁ……考えても無駄、かな。とにかく、解決できる方法が見つかるまで、こうしているしかないよね……」

 考えれば考えるほど、先が分からない。自分はテレス・アーカイヴと名乗るが、それが果たして自分の名前ですらかどうかも分からない。

「分からないことだらけなのは、私の方だよ……」

 小さく呟いて、睡魔と共にベッドに倒れこむようにして意識が途絶えた。


————


 チュンチュン、と爽快な朝を告げる小鳥のさえずりがふと耳に入る。うーん、と唸りながらも目をゆっくり開ける。朝だ。
 日差しがカーテンの向こう側から優しく照らしている。今日も良い天気の証拠だ。この家は広いけれど、自分の部屋として活用しているこの部屋は日差しもよく、とても気持ちのいい朝を迎えることが出来るから良い感じだ。
 さて、そろそろ起きないといけないと思うんだけど……布団って気持ちが良い。気持ちが良すぎてなかなか出れない。はあ、この柔らかい感覚をいつまでも体感していたい。ずっとこうしていたい……。
 こんな風に思い続けていると二度寝をすることになり、燐に怒鳴られて起こされる、というのがいつものパターンだ。だから起きないと……けど、まあ、このままでもいいか……。

 そんなことを考えながら、ふかふかのベッドの上で寝返りをうった。
 目の前には、銀髪の髪。そしてサイズの合わないぶかぶかの服を着た少女の寝顔が俺の視界に映りこんだ。

「……は? ……は、はいいい!?」

 ……そんなわけで、テレスの寝ている顔を見て飛び起きた俺はベッドから転げ落ち、頭をぶつけて物理的に目覚めることに至ったわけだった。

「もー、朝っぱらからうるさいよ」
「誰のせいだと思ってんだこの野郎!」

 打った頭を抱えながら文句を言う。ていうかそもそも、何でこいつは俺のベッドで寝てるんだ。いつの間に出てきやがった。

「ふわぁ……この家の中では実体化出来るみたいだから、実体化して寝てただけだよ?」
「さも当然のように言うな……」

 はぁ、とため息を吐く。ついでに昨日の出来事が色々頭の中を廻ってきた。
 何か色々なことを昨日体験しすぎて、頭が痛いのは治らないが、ニールさんの言っていた通り身体はもう動くようになっていた。
 そんでもって、燐や古谷のことが気になっていた。特に古谷に関しては腕を……。

「ねえねえ、そういえば君のことは何て呼んだらいいかな?」

 古谷の切り落された腕が自分の足元に落ちる瞬間をフラッシュバックする直前、テレスの声でその想像は掻き消された。絶妙に、良いタイミングだ。もう少しで吐き気を催すところだった。
 あんなにも血の匂いと人の生死がかかった経験は初めてのことだった為、慣れていない俺はよくあの場で吐かなかったものだと自分で自分を褒めたいぐらいだ。
 で、それはさておき。

「何て呼べばいいか?」
「うん、そうだよ! 私のことはテレスで大丈夫だけど、君に対する呼び方がまだないよ!」
「あぁ……まあ、普通に、俺は桐谷 咲耶って名前だから、どう呼んでもらってもいいよ」
「んー、それじゃあさくって呼ぶね!」

 "耶"を省略する意味がよく分からんが、それでいいなら別に構わないか。呼び方なんて、特にこだわりもないし。

「それでいいよ」
「わぁーい! やったぁ!」

 両手をあげて喜ぶテレス。ぶかぶかの服の為、手のひらが服から全部露出していない。何とも子供っぽくて、無邪気で。そんなテレスの姿を俺は見惚れてしまっていた。

「ん? どうしたの?」

 そんなことも知らず、ずいっと俺の顔に自分の顔を近づけてくるテレス。近い近い近い、吐息があたりそうだ。ていうか、肌めっちゃ白いなこいつ、綺麗でパッチリした大きな瞳、よく見なくても最初から分かっていたが、美人だ。

「何、でも、ないっ! 下降りるぞ!」
「あ、待ってよー」

 嬉しそうなトーンでテレスは俺の後ろをついてくる。くっそ俺としたことが……見惚れてしまうとはな。
 しかし、何だこれは……どこかで経験したような感覚だ。とにかく気恥ずかしい。何にせよ、早く(逃げるために)学校へ行こうと思った。


————


 リビングで身支度を済ませる。その最中、テレスはどうしていたかというと、ただひたすらにパンを齧っていた。

「これ、おいひいね!」
「分かったから食いながら喋るのはやめろ。口の中のものが飛ぶ。そんでちゃんと椅子に座って食え」

 こいつは作法のさの字も知らんようで、歩き回りながら嬉しそうにパンを齧っては喋るわけだ。くそう、地味に俺が掃除好きと知っての冒涜かそれは。
 ポロポロとメロンパンの欠片を床から拾い集めながら、それを終えるとメロンパンを捨てる。

「ああ! 勿体ないよ!」
「じゃあ零すな!!」

 ピンポーン。
 そんなこんな会話をしていたら、インターフォンが鳴る。分かってはいるけど、燐だ。テレスの存在はバレるわけにはいかない。
 言うよりも早く、テレスは霊体に戻っていた。ちゃっかりメロンパンは食い終わってやがる。
 急いで玄関へと急ぎ、扉を開く。すると、何一つ変わってないいつもの燐の姿があった。しかし、それは見た目的な問題。その表情は若干不安そうな表情を浮かべていた。

「お、おはよう」

 何となく、声をかける。そうしてから数秒後、不安そうな表情はだんだんといつもの調子を取り戻し、

「あら、今日はちゃんと起きてたのね」

 と、特に気にした風もなく言葉を交わしてくれた。
 それはいいのだけれど、これから説明するのが気だるい。何を言われるだろうか。怒られる……よな、さすがに。実際めちゃくちゃ危なかったし、燐が来なければ少なくとも俺は確実に死んでいただろう。

「すぐ、仕度するよ」

 一言告げてから仕度を取りにリビングへと一旦戻った。
 それから、水晶を忘れないようにポケットに仕舞い、燐と並んで登校する。これがもう何度目だろう。魔法学園に入ってからは数回だけど、人生の中で言えば随分と長くこうして二人で歩いた気もする。
 だからこそ、お互いがお互いを思うことで色々と面倒なことも簡単なこともあるというわけなんだけど。

 少しの沈黙の後、俺から言わないといけないよな、と思って話を切り出した。

「昨日のことなんだけど……」
「……あぁ、昨日ね。それがどうかしたの?」

 あれ、意外と何ともないような感じだ。いつもなら絶対怒るか嘆くはずなのに。

「いや……色々と、その、ごめん」
「え? 何の話?」

 あれ、何だこれは。上手く話が噛み合っていないというか、何というか。昨日の出来事はかなり印象的だったはずだし、俺の単独行動であんなことになったんだから、俺は責められてもおかしくない……はず。ていうか、え、事実だよね、あれ。夢落ちとかじゃない……よな。
 逆に俺の知っている事実が怪しく思えてきた。いつもの燐じゃない。何だか変な違和感が纏わりつく。燐が嘘を言うわけもないし……。
それでも、とにかく燐が無事で良かった。どうやって俺を見つけたのかとか、昨日のことを問いただしたいのは確かだけど。

「いや、何でもないよ」
『えーそれでいいの?』

 うわ、いきなり喋るなよ……。ドキッとしすぎてかなり焦ったわ。
 テレスと会話はこの場では出来ない。だから答えれないが、これでいいんだよ。何も知らないで済むなら、それにこしたことはない。

『ふーん、まあそれならそれでいいんだけど……』

 ああ、それでいいんだよ。……ん? 今お前、俺の声聞こえてた?

『うん、聞こえてるよー。心の中で念じても聞こえるようになったみたいだね!』

 なったみたいだね、じゃなくて……なんだこれ、テレパシーってやつか?

「ちょっと、咲耶、聞いてる?」
「は、はい? な、何?」

 っと、油断してたら燐の言葉を聞きそびれてた。結構これしんどいな。聖徳太子じゃないんだから、そんなに一度に二人と会話するなんて無理だ。ましてや心の中で色んな会話を行いながら別の言葉を口から発すなんて無理だろ。他の人は知らんが俺は無理だね。

「最近体調大丈夫かなって気になって聞いたんだけど、本当に大丈夫?」
「え? あ、うん。まあそれは大丈夫だよ」
「そう、ならいいんだけど」

 珍しいな、燐が俺の体調を心配してくるなんて。本当に風邪を引いて鼻水垂れ流してた時はさすがに聞かれたけど、こんな普通の時に聞いてくるのは特になかったな。
 しかし、歩く燐の横顔を見てもいつもの通りの表情。凛としてて、芯の真っ直ぐ通ったような性格をしている燐らしい表情だ。

「……何よ、人の顔ジロジロ見て、気持ち悪い」
「そんな直球に言わなくても……」

 と、ため息を一つ吐く俺であったけれど、燐の異変に完全に気付かなかったのは落ち度だった。
 燐の身体に何重と巻かれた包帯。それは明らかに昨日燐が傷を負った痕として明確なものだったからだ。


————


 数十分と歩いてようやく学園に辿り着くや否や、素っ気無く燐はじゃあまた放課後と残してその場を立ち去ち去る、かと思いきや俺の方に振り返り、

「遅れたら殺す」

 一言、身震いの止まらない言葉を残して立ち去った。左手に持つ桜の刺繍が入った太刀を見て鳥肌まで立つ。くっそ情けないが、それほど恐ろしい。

「……遅れないようにします」

 出来る限り、と願うようにして言葉に出すと燐の行った方向より逆の方、普通科のある教室へと歩き出した。

『んー、何だかまだおなかすいたなー』

 食いすぎだよ、お前は。メロンパンだけじゃなくて、買い溜めしてた他の菓子パンまで食べただろ。いい加減にしろ、俺の食費が破産する。
 心の中で会話するというのは慣れないのは当たり前だがやってみると意外と出来る。ただ、そうなるとテレスに考えていることがバレる。と思いきやそうでもなく、テレスに対して話しかけるつもりで意識を集中させていないとどうやら聞こえ辛いらしい。
 そこまで以心伝心状態じゃないようでホッとした。何故かって、男の妄想云々が出来にくくなるからだよ。当たり前だろ。それ以外に何があるって——

「あ、おはよー、桐谷君」
「は、羽鳥さん! お、おはよう!」

 教室に向かう道中で出会った羽鳥さんによこしまな気持ちは排除される。ああ、天使のような笑顔に手を小さく振る羽鳥さんは何て可憐なんだろうか。

「桐谷君、いつも朝早いねー」
「ああ、そ、そうかな……?」

 まあそりゃあ、嫌でも幼馴染様が叩き起こしに来ますし。

「朝早いのはいいことだよー。こうして、一緒に教室に行けるし、ね!」

 からのウインク。おいいいい、何だ今のぉおお! 威力高すぎだろぉおおお!
 これがマドンナってやつか。普通科の、俺のクラスのマドンナは羽鳥さんで決まりだ。間違いない。
 そんな幸せな時間もすぐに終わりを迎える。目の前に見えた教室を見て少し落胆しつつも、教室を先に開けようと俺が一歩前に教室の扉に近づいた時だった。

「いらっしゃああいませえええ!!」

 ドガシャァッ! と効果音が鳴るかと思うほどの勢いで扉が自動で開かれたかと思うと、堺が意味の分からない言葉と一緒に教室から姿を現した。

「さ、堺! お前何して——!」
「何してもこうしてもないでぇー! せっかく早起きして教室に来てみたらぜんっぜん誰もいないから一人寂しくあやとりしててん!」

 堺は言いながらあやとり用の紐を取り出してババッと様々な形に変えていく。

「わー、すごいねー!」
「でしょでしょ羽鳥さん! ふふふん、桐谷っちもどうよ?」
「いりません。いいから、そこをどけよ。教室に入れないだろ」
「おおっとぉ! 俺としたことがあー! さあさあ、どうぞどうぞ! 中へ入ってちょーだい!」

 堺は後ろにスキップするようにして後ろに飛び退いて道を開けるが、その動作がムカついて仕方がない。
 ふう、と小さくため息を吐いて堪え、教室の中へ入った。

「いやー、でも早起きはいいねー! こうして桐谷っちと羽鳥さんに会えるわけだからねぇー!」

 テンションがすこぶる高い堺はそのまま俺と羽鳥さんを相手にマシンガントークを続けているとあっという間にクラスメイトは出揃い、SHRの時間が訪れたが——
 古谷の姿はそこにはなかった。


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