複雑・ファジー小説
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- (合作)闇に嘯く 3話【執筆開始】メンバー急募中!
- 日時: 2018/02/10 14:46
- 名前: 闇に嘯く製作委員会 (ID: lmEZUI7z)
- 参照: http://www.kakiko.info/bbs2/index.cgi?mode=view&no=8423
本小説は風死、狐、末端ライター、noisy、みすずによる合作です。
5人とも多忙の身でありますので、更新速度は早くはありませんが、どうか寛容な方々見守ってくだされば我々にとっても力となりましょう。
製作メンバー一同、知恵を結集し設定を造りあった作品です。出来うる限り皆様を楽しませようと頑張りますので、よろしくお願いします。
題名の件に関するカキコミ >>56
序幕————
行けども行けども、生きている人はいない。茜色に染まる夕暮れ時でなお、路上を覆う赤黒い液体、すなわち血液は目立つ。
誰もが事切れ、絶望に顔をゆがめている。誰もが五体はバラバラで、腸を吐き出し見るも無残に死滅しているのだ。
「神様、たすけてっ! たすけてよっ!」
走る少年とも少女とも取れる子供は叫ぶ。高い声が震え悲壮感を増す。誰も答えるものなどいない。しまいに子供は血に足を取られ、転倒した。痛みに涙を流しながら這いつくばるが、途中で動くのをやめる。
「小僧。悪(にく)いか。いな、小娘かも知れんが、とりあえず聞こう。この惨状を引き起こした犯人を殺せるなら嬉しいと思うか?」
「……何言ってんだ?」
どこからともなく、音もなく現れた渋い声の男。赤の世界にあってなお紅い衣に身を纏った野生的な顔立ちの偉丈夫(いじょうふ)。その人物の言葉が理解できず、子供は怪訝そうに口を動かす。絶望的な状況に心が動揺して、単純な言葉しかでてこない。
「俺がやったと言っている。我が名は世界。貴様は良い目をしているな。この絶望の中で反骨心に溢れているぞ。繰り返す。俺は世界、お前の住む町の全てを破壊した男だ。悪かろう、殺したかろう。なぁ?」
愉悦を含んだ男の唇は口裂けのように釣り上がり、恐怖ばかりが膨張していく。全身から大量の汗が吹き出てくるのを感じ、子供はこれは夢だとついに目を伏せた。しかし世界と名乗った男はそれを許さず。閉じた目を強引に上けながら、子供を背負う。
「名を何という。目を背ける振りをするな。貴様の中にある、強大な野心を俺は見逃していないぞ。そうか、これでは足りぬのか。あぁ、足りぬらしいぞ。なぁ、もう1人の世界よ」
「良い良い。では、見るが良いぞ。そちの世界が完全に消え去る様を」
「あっ、あぁ……」
独り言のようにつぶやく男の声に答える、人間のものとは思えない声。見上げるとそこには、到底見逃すとは思えない、強大な白銀の狐が宙を浮いていた。それに向かい、野性味溢れる男は跳躍する。
「そらっ、見ておれ。このひと吹きでそちの世界は、塵も残らず消えるぞ……」
軽く息を吸う。大気が揺れ、口腔から熱波がもれる。勢い良く狐が息を吐き出すと、それと同時に巨大な青白い炎が発射され。発射され——町に着弾。強大な渦を発生させたかと思うと、巨大な塔が如き火柱を上げ、次いで大海の荒波がごとく大地を蒼炎が飲み込んで行く。
飲み込まれた後は何も残らない。空にある雲すら食らうように、炎のアギトは大地を人を家を手当たり次第に食(は)み無と変えていく。弔いすらさせてはやらない、と無慈悲に。ただ生き延びてしまった子供は受け入れがたい現実に呆然とするしかない。
「許さない。俺は……あんたらを許さ、ないっ!」
「そち、名は?」
うわ言のように糾弾する子供に狐は問う。
「三重松潮(みえまつうしお)。あんたらを殺す、男の名前だ」
涙ながらに彼は宣言する。自らの名を、そして自らの宿業をそれと定め。3人兄弟の長男に生まれた責任感と、この故郷を強く愛した愛慕の情を胸に迷いもなく。その様を見た世界は笑みを浮かべ、2人とも一瞬で姿を消した。
————
木漏れ日の明るさに夢はかき消され、夢の中では小学生程度だったろう男、潮は目を覚ます。
「夢、か。今日も1日が始まるな」
カーテンを開け、10年前の悪夢から醒めた潮は目を擦る。今日も1日が始まる。命がけの戦いの朝だ。鏡に映る自らの顔を眺める。昔のあどけなさは最早微塵も感じられない、精悍で少し厳しさを感じさせる戦士の顔。それなりの修羅場を潜り抜けてきたと実感する潮。
「だが、まだ、まだ足りない。世界には全然遠い」
歯噛みするようにそう言って、彼はベッドから起きあがった。
————序幕終了
序幕は、風死がお送りしました!
注意事項
1.更新速度は決して早くはありません。ご了承ください。
2.少しグロテスクな表現などが含まれると思われます。ご了承下さい。
3.保留中も感想やご指摘はOKです。むしろよろしくお願いします。
4.物語に関係ないことや広告、荒しはご法度です。
以上です。
本編目次
第一話『徒波に響く』 狐執筆
現状更新レス
>>1 >>2 >>3 >>4 >>5 >>6 >>7 >>8 >>9 >>10 >>13 >>14 >>15
>>16 >>17 >>18 >>19 >>20 >>21 >>22 >>23 >>24 >>25 >>26
第一話完結
第二話『暗く寒い夢の中で』 風死執筆
>>27 >>28 >>29 >>30 >>32 >>34 >>36 >>37 >>40 >>42 >>44
>>45 >>46 >>47 >>49 >>51 >>53 >>54 >>55
第二話完結
第三話『Unforgiven』 noisy執筆
>>58
お客様
書き述べる様
更新開始日:2015 5月5日 1話 執筆開始
2015 10月29日 2話 執筆開始
2018 1月30日 3話 執筆開始
- Re: (合作)闇に嘯く 2−10更新 ( No.44 )
- 日時: 2017/03/09 18:32
- 名前: ダモクレイトス ◆MGHRd/ALSk (ID: 7PvwHkUC)
——欲しいに決まっている!
そう叫びたかったが、潮は言い留まる。そんな虫の良い話があろうか。禁術を覚えることに抵抗はない。世界を相手にするには、幾つの禁術を使えば良いか想像もつかないからだ。物を知らない子供の頃は、力を手にすればすぐに妖怪に対抗できるなどと、愚かしいことを思っていた。しかし、真実はそんなに甘くはなく。力を身に着け、情報を得るほどに、終着点が遠ざかっていくような感覚に目眩すら感じる。何かしらの条件のもと、強力な力を得るとして。奴らに何のメリットが有るか。見極めなければならないと思い、潮は動き出す。
声のした方を向きながら、相手が移動する音を聞き逃さないよう、聴覚を研ぎ澄ませる。無論、視覚的情報も見落とすまいと細心の注意を払う。そして、片方の腕を後ろに回し、霊力を込めていく。師匠たる故、火坂部長英から秘密裏に教わった秘術を発動するためだ。
「あぁ、当然さ。すぐに欲しいです、なんて言うやつに渡せねぇわなぁ! そんじゃぁ、少しレートを上げていこうか!」
男の声が響くと同時に、急に銃を放つ速度が上がる。2倍や3倍ではない。10倍は多い数だ。放たれる速度だけではなく、威力も上がっているようで、大人の胴より太いだろう大木を軽々と貫通していく。着弾した地面には,小さなクレーターができているほどだ。
「はっ、更に威力がヤバイことになってきたぜ畜生!」
「そうかぁ? 世界の何十分の1位しかねぇから、安心しろやっ」
言いながら、一切手を緩めない。長英より教わった術。名を灼火之迦具土(しゃっかのかぐつち)という。それは元来、陰陽連の四大家として有名な、火坂部家の試練を受け、一族の証を得た者のみが手にすることができる秘術。火の神との契約により手にすることのできる、最高位にある五行術だ。
術自体は単純で、空気中から霊力を吸引していき、限界まで来たらそれを吐き出すというだけである。術者の霊力貯蔵限界と吸引速度は、才能と努力に依存し、当然ながら威力や発動速度には練度で大きな差が出る。潮の場合、まだまだ吸引力では劣るが、陰陽師としての才能は高い故、元々貯蔵量が大きいため、出すのには時間がかかるが、威力は高い。
補足として、この術は、自分以外——正確には、霊力を操れる者は含まない——の物の霊力を奪うため、実際は周りにそれなりの影響を与えることができる。陰陽師の術は外の霊力を体内に入れ変換するものが大半のため、精度が悪くなる。この術を使うに際しては、吸収力が暴走するため、灼火之迦具土を会得できるほどの者がこれを発動しようとすれば、多くの者は本来自分が撃てる力を失う。
『ちっ、全く威力が落ちねぇ……やっぱり、大した奴みたいだな。だが、発射に掛かる時間と、精度は少しは落ちてるみたいだぜ』
銃弾が頬を掠め、血が風に泳ぐ。次の瞬間、それは潮の後ろにあった大木に命中し、内部で破裂し大樹を薙ぎ倒す。地響きを立てて、周りの木々を巻き込みながら、それは倒れ逝く。
これほどの騒音を立てながらの戦いだ。正直、とうに陰陽連が把握していそうだが、と潮は戦闘中ながら埒もなく考える。余程、有能な幻術使いないし、結界術者がいるのか、自分をここに行けと指示した祝幻自身が噛んでいるのか。
そんなことを考えられているのも、相手の攻撃が少しながら緩くなったことと、自らの戦略が決まったからだろう。最早、禁術を使うことに迷いはない。この術を発動すれば、近くにいる銃使いはおそらく巻き込まれるだろうが、これほどの使い手なら間違いなく死なないだろう。
そして、膨大な炎の術は大樹の群れを巻き込み、当りを焼き野原と化し、塞いでいた視野を広くする。どれほど強力な幻術にしろ結界にしろ、この神火——灼火之迦具土は普通の炎ではなく、結界や幻まで飲み込む炎、すなわち神火である——を放てば、肩はつく。
「良いねぇ。お前、噂とかに反して、中々クールだぜ」
ただひたすらに逃げ纏う潮へ、刃輝は嬉しそうに声をかける。どうやら、気づかれたか。潮は少し顔を歪ます。相手は老練で、当然、周りの霊力が変化していることには気づいているだろう。灼火之迦具土は術を発動する寸前までは、幾ら霊力が収束されても外見的な変化のない術—
—普通の術は、霊力を収束させると黄色い燐光が浮かぶ——なのだが、感覚で潮へと霊力が集中していることを察したに違いない。
「悪いけど、あんたらにただ利用される気はない……逆にこっちに都合よく行かせてもらう!」
そう言って、潮は右手を振るう。すると突然、彼の手から普通とは違う赤い光が、凄まじい奔流となり浮かび上がり、幾匹もの蛇が絡むように空へと昇っていく。そしてその場に太陽が現れたかのように、猛烈な紅の光を放つ。
「灼火之迦具土っ!」
潮は裂帛れっぱく)の気とともに叫ぶ。そして柏手(かしわで)を打つ。音もなく赤き光源は炸裂。潮の視界を紅蓮の炎で埋め尽くす。
- Re: (合作)闇に嘯く 2−11更新 2017 3/9 ( No.45 )
- 日時: 2017/06/17 17:41
- 名前: ダモクレイトス ◆MGHRd/ALSk (ID: 0RpeXsSX)
「灼火之迦具土っ!」
その言葉とともに放たれた灼熱の咢(あぎと)は、眼前にある獲物全てを包み込み屠るが如く激しくうねった。樹齢数百年を数えそうな木々が、まるで飴細工のように爛れ溶けていく。天まで牙を伸ばす巨大な爆炎は、雲まで掻き消しそうだ。
一体、何千の命を巻き添えにして消しただろう。潮は自らが放った奥義の威力に驚いて、唇を噛む。行使するにあたって最初から覚悟はしていたはずだ。しかしいざ放ってみると、急場での覚悟など吹き飛ぶ。ガラにもなく、巻き込まれて消えた魂のことなど考えてしまう。
普段とて蚊やら蟻など目に映らないだけで、戦いに巻き込まれて死んでいる動物は居るだろうに今更か。そんなふうに皮肉りはするが、理由は分ってる。放つ技の威力が大き過ぎるからだ。鉄砲を撃つのと大量破壊兵器を使うのでは訳が違う。
目の前で乱舞する炎は木々の隙間で震える栗鼠(りす)や鳥も飲み込み焼き尽くす。そのさまはとても自らの故郷を焦土へと変えた世界の火球と似ていて。その記憶がチラつく。炎熱地獄に立っているはずなのに、大紅蓮地獄の業を受けているような感覚が襲う。
『……これが、本当の力を行使するということかっ!』
眉根を潜め、胸に手を当て潮は胸中で叫ぶ。強者を倒すには同等以上の力を有するしかない。仕方のないことだ。そう言い聞かすが痛みは止まず。せっかく長英から伝授して貰ったのに、と嘆く。
「いやぁ、大したもんだぜお前。その年で神火を放つとはなぁ……」
しかし、悲劇に溺れている暇はない。炎の中から声が響いたかと思うと、業炎は盾に引き裂かれ吹き飛ぶ。まるで紙をカッターで切るかのように安々と破られる炎の壁。強引に突破されたそれは爆散し、火の粉とかし上空へと舞う。
牙輝は言葉と裏腹で余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)としている。どうやって吹き飛ばしたのかと潮は目を見開く。様子を見るに、衣服は全く燃えていないし、煤(すす)さえ付着していない。
確かに潮自身、灼火之迦具土の習得には死ぬほどの苦労をしたし、契約の儀——一部の術は神との契約に成功すれば、霊力量さえ足りていれば放つことはできる——は完了したが、この術の制御はまるで仕切れていないという自覚は有った。事実、師である長英が見せた灼火之迦具土には遠く及ばない威力の物しか出せなかった自覚がある。
『そもそも長英先生があれを見せた時は、最早死に体で霊力も枯渇(こかつ)しかけていたはずだ……』
過去を思い出す。周辺住民を避難させねばならないゆえに、切り札たる灼火之迦具等土を撃てず、小技で上位クラスの怪異とやりあっていた彼の姿。それを放つ頃には、左手が千切れ片目は抉られ力も残り僅かで。そんな長英が放った術の数分の一の威力しか自分は出せていない。
「ん? どうした……俺は褒めてるんだが」
自分の不甲斐なさを歯噛みしながら、潮は舌を撃つ。確かに師匠の放った灼火之迦具土に遥か及ばなかったが。それでも目の前にいるのは、優秀とはいえ所詮ただの陰陽師だ。無傷などありえない。どうしても解せないのだ。
「有得ねぇ、どんな魔法を使いやがった」
唸るように言う。牙輝はバリバリと無造作に髪を掻きながら。
「いや、ただ単純に俺はてめぇの術の範囲外に逃げただけだぜ?」
軽く嘯く。その態度が癪に障り潮は抜く暇も意味もない状態だった大剣の柄に手を伸ばす。牙輝は遠距離武器を持っていながら、5メートルも離れていない場所にいるのだ。これもまた彼の神経を逆なでした。
「ふざけるなよ。流石に近接戦なら銃使いよりか」
「いや、無いだろ。お前と俺位実力差が有ったら、得意分野とか関係ないぜ?」
しかし結局潮は剣を抜くことはできない。自分が抜刀するより早くに牙輝は、彼の喉元に銃を突きつける。どうやら近接格闘の面でも自分が劣るらしい。彼我の実力差すら把握しきれない自分を食い、潮は柄から手を離す。
「灼火之迦具土は……やっぱり師匠の長英先生に教わったのか?」
「だったらどうする」
自分の師匠である長英の名をなぜ知っているのか、一瞬訝しむがすぐにその手の情報位収集済みなのだろうと納得させる。
相手が術を発動させる間に距離を取り、攻撃を回避したこと自体に納得がいっていない潮は、飄々とした態度の牙輝を苛立たし気に睨む。
「いや、他意はねぇよ。ただそうかなぁって思っただけだ。あぁ、名前を口にするのも懐かしくてね」
潮を怖がる振りをしながら牙輝は軽い口調で言う。追慕の感情が目に宿っているのが分かり、潮は少し彼に興味を持つ。
「どういうことだ?」
口調を憮然としているが、純粋な興味から潮は牙輝に聞く。
「まぁ、俺一応元正規の陰陽師でね。火坂部の派閥だったんだよね。いやぁ、正直さ。今の陰陽連は腐ってて可哀想だね」
溜息を吐きながら言う牙輝の目には、先程までの哀憐とは違う明確な殺意が映される。つまりは陰陽連との確執があり脱退したのだろう。潮自身、自らが現在所属する組織の長、祝幻から胡散臭さを感じているので、彼の気持ちが分からないでもない。
しかし自分には目的があり、その壁は余りに高く個人では如何ともし難い物だと思う。例え陰陽連が明確に倫理や正義に悖(もと)る行為を少なからずしているとしても、それを包括し飲み込み利用するのが近道だ。などと言い聞かせ組織に隷属(れいぞく)し続けられるだろうか。
「……何だ? 頭がっ!? 呪術か? 馬鹿な……どう、やって」
呪術。それは相手を呪い、金縛りに合わせたり気絶させる、或いは殺害するような術の総称である。元来、呪術の類は、長い時間をかけ相手を理解していることと、相手に近い距離にいるという両方が、威力の底上げには重要だ。範囲指定的な側面があるため、相手が動いていれば勿論ほぼ当たらず、当たったところで、距離が10メートルも離れていれば立ちくらみを起こさせることで精一杯のはず。
四天王ほどの実力を持っていても、1人ではそれが限界。何十人と束になれば、発せる霊力が相乗するので結果も変わるが。少なくとも潮の視界数百mには牙輝以外に人影は見当たらず、遠くから複数人で術式を発動しているのだとしたら、目の前にいる男は相当数の組織と共に行動している事になる。
『祝幻……あいつ、俺を』
最初から疑念は有った。取引の材料として使われているのではないかと。しかし焦燥感から自分はここに来てしまったわけだ。自分の短慮と不甲斐なさを呪い、彼は焦土と化した地面に倒れ込む。
「ちっ、もう少しお話しさせろよ。せっかちな奴らだぜ」
瞼が重くなり、目を開けていられなくなった頃に、忌々し気な牙輝の声が耳に届いた。それと程なくして、潮は眠りにつく。
- Re: (合作)闇に嘯く 2−12更新 2017 3/25 ( No.46 )
- 日時: 2017/06/18 13:50
- 名前: ダモクレイトス ◆MGHRd/ALSk (ID: lmEZUI7z)
うつぶせにして倒れこんだ潮の気道を確保して、牙輝は一息つく。ここまで大仕掛けをして、呼吸困難で死なれたりしたらたまらない。何せ潮は頭目たる丸子の計画において、重大な要素だ。
「祝幻の野郎も、今回は随分上等な奴を送ってきたもんだよ」
胸ポケットから煙草を取り出し一服。盛大に息を吸い込み、吐き出してから呟く。自分が今所属しているのは、この東北の地に根差す自警団である。正規の訓練を受けた者は少ないが、迅速な判断でその場の状況に対応することができる組織形態だ。
肥大化して行動の鈍い、汚職まみれの陰陽連と違い、助けられるものは助けたいという正義感の強い牙輝にとって肌に合うのだろう。陰陽連を辞職して、この道を進み8年以上。大したストレスもなく、それなりに楽しんでいる自覚がある。
「ふっ、こいつは確実に陰陽連で言えば、倫理に悖ることなんだろうなぁ」
いまだそれなりに熱を持つ大地に腰を置きうそぶく。丸子がやろうとしていることは、陰陽連にいる限りは個人では、絶対にできないだろうことだ。だが、このままでは永遠に続くだろう、陰陽連と妖怪の争いを短期間で終わらせる手段としては最も理にかなっているだろう。
3年前、幹部に任ぜられたとき、とある事実を丸子から聞いたとき奔った衝撃は今も忘れない。そしてその瞬間まで後悔の念も抱いていた、陰陽連を抜けたということを本気で最善だと思ったことも。彼女の理想を聞いたとき、偉大なる神と相対しているように感じたのだ。
『従えて8年か……俺にとっては長いようで短い時間だったが、他の奴らは、丸子様は……大願叶ったりって感じだろうな』
陰陽連に怪しまれないように、清潔な自警団としてふるまい、人造で拵宿儺を作った。誰にも気づかれないように、巨大な方陣を描くことも大きな苦労。陰陽頭の動向を知るために、四天王と手を組むことも。思えば祝幻のような革命家肌の男が、四天王の任についていたのは幸いと言えただろう。昔のようにハト派の旧態依然とした老人ばかりだったら、このように人柱を送ったりなどという協力はしなかっただろう。
「江鯨。今回の子はどんな感じよぉ?」
思考に華を咲かす牙輝の耳に、ねっとりとしたおかま口調が響く。最早、馴染み深い男の声に牙輝は嘆息交じりに。
「櫻谷よぉ? こっちは楽しんでたのにもう少し時間稼げっての」
櫻谷冬蛾。同じ四人頭に名を連ねる男だ。正直、牙輝は幹部連の中で、この人物が一番話しやすいと思っている。彼自身は保身に走り、他者を出し抜く自分の性質を付き合いづらいだろうなどと揶揄しているが、逆に実直すぎる海江田やだんまりすぎる影津などよりは人間味がありやり易い。櫻谷の直球な問いは無視して愚痴の一つも付く。海江田なら怒るところだ。そもそも影津など会話が成り立たない。
「あんたねぇ。こっちの質問に答えなさいよぉ。ってか、そっちの様子は一応見えても、会話の内容までは分からないんだから、勘弁なさいよその辺はぁ!」
「いやいや、映像があるなら、俺の表情くらい読めるだろ?」
ボサボサの頭を掻きながら、バツの悪い表情を浮かべ櫻谷は苛立ちを言葉に乗せる。分りきっていた答えに牙輝は咲き込む。確かに話術に優れ、人心を掌握するには向いた人間ではあるが、仲間内だと本当に分り易い奴に早変わりする、と。
「ねぇ、茶化してないで質問に答えなさいよ」
流石に少し扱いが悪いと思い、牙輝は口を動かす。
「上玉だぜ。今まで見てきた奴らの中で、たぶん一番意志が強ぇと思うし、何より才能の量は膨大だ。見ただろう、あの火柱をよ?」
術を行使している櫻谷たちも気づいているはずだ。何せ彼らは、呪術を発動させるタイミングを計るという目的で、監視型の式を使用していたのだから。あれほどの大規模な術を見逃すはずはない。
今までにも祝幻が人柱を送ってきたことはある。今回で12回目。切り札だなどと、謳い文句のようなことを言っていたが、真実だったようだ。用意周到で目的に沿った男ゆえ、最初は慎重だがある程度、結果が見えるようになれば、切り札を切るのは性質に沿っていると言えるが。
「そうね。正直、あたしでもあのレベルの五行術は、簡単に扱えないわ」
思い返し、櫻谷は頬を引きつらす。大きな術は、小さな力しか持たない者には毒となる。丸子の率いる四人頭は、通常の正規陰陽師をはるかに凌ぐ実力者たちだ。その内の1人が、驚愕の念を浮かべているのだから、潮の才が大きいことは分かるだろう。
「才能の大きさは分かった。意志力も良しとして、恨みの強さはいかがか?」
櫻谷に遅れること2分程度して現れた十字傷の目立つ禿頭の巨漢、海江田が問う。
「あの炎は名家に伝わる秘術でね。火坂部のジジイと言やぁ、頑固者で有名でさ。そいつを説得して試練乗り越えて、修得したとあっちゃぁ、半端じゃないと思うぜ」
今まで秘術など翳した者は1人もいない。行使できるものがいなかったと考えるのが自然だが、夫々が持つ復讐の理由から考えれば、その力に手を伸ばさないはずはないだろう。つまり、四代名家の当主や術保有者に、本気で取り入ることができなかったということだ。
もちろんなりふり構わない覚悟だけでは、どうにもならないことも多いが、少なくとも行動に制限をつけている程度の人物が、それを説得し成すことは不可能である。秘術とは秘匿、名家としてある理由の1つでもある。そんなものを容易く他者に提供するはずがないのだから。
「それは気持ちのいい言葉を使って、取り入って力を手にしただけではないのか?」
いつの間にか海江田の隣に立っている影津を君の悪い奴だと一瞥しながら、牙輝はどこ吹く風で言う。
「それこそ覚悟でしょう? 恥も外聞も捨てて、力を手に入れるって……意志だ」
三重松潮を少し気に入っている自分に気づく。祝幻が送ってきた陰陽師の者たちは皆が、何らかの復讐心を持った者たちだった。しかし相対していて退屈な気がしたのだ。陰陽連に毒されていて、復讐心も萎えきっているような。すでに敗者。祝幻が意図的に段階を踏んでいるのだろうか。だとすれば、今までの者たちと比べ復讐を志す者として、遙かに高い覚悟を持った潮を送ってきたのは、彼も潮に何かを見ているのかもしれない。
「復讐叶うといいなぁ、おい」
小さく、呟く。
- Re: (合作)闇に嘯く 2−13更新 2017 6/17 ( No.47 )
- 日時: 2017/07/09 20:50
- 名前: ダモクレイトス ◆MGHRd/ALSk (ID: lmEZUI7z)
「復讐叶うといいなぁ、おい」
彼方遠くより先程まで戦っていた男の声が聞こえたように思う。三重松潮の意識は、黒い海を沈み続けていた。泥のように纏わりつく石炭が如く黒い液体は、不安を加速させていく。黒が口内から侵食し、突然に刃となり、肺腑を貫き心臓を鷲掴みするような。言い知れない不安感。それがギリギリのところでとどまり続けながら、体は確実に奈落へと落ちていく。
地面などあるのかは分からないが、何か重く巨大な地球の肌のような物に吸い寄せられているような感覚。息苦しくはない。まとわりつきこそするが、浮遊感はそれほどでもない。ゆえにこそ異様。どこまで続くのかもわからない。とにかく、途方もなく暗く、遠い場所であることしか分からないのだ。
『何だこれは……幻覚? いや、夢に干渉しているのか……体が動かない』
幾らもがこうとしても、体に力は入らない。倦怠感や痛みがあるわけでもないのに。まるで人形になったようだ。体中の神経を神にでも支配されたように、都合のいい恐怖感と不快さだけが増長されている。
『眩しい!? 何だ? あれは?』
突然、黒が光に満たされた。スズメバチにでも眼球を刺されたような、鋭い痛みが走り、叫び声を上げたくなるが、口は動かず喉も震わせれない。だが一瞬体の自由が戻り、目を見開く。潮の網膜には光の中、見覚えのある姿が。
『あれは……俺?』
突然視界が開いたせいで、ぼやけて湯気のように揺蕩う世界は、ノイズが消えるように澄んでゆき、徐々に輪郭が浮かぶ。潮の瞳に写ったのは、自分自身だった。怖くなって目を背けると、水底がのぞく。幾つもの切り立った断崖が敷かれている。それは剣のように鋭角的な山々のようで。もしあれの上に居たら、貫かれていたのではないか。
『……嘘だろ』
気付く。そんな剣山に10を数える躯が百舌の早贄のように、吊るされていることを。それを確認すると同時に、死神に意識を刈り取られたかのごとく、脳が揺れ意識が飛ぶ。
——————————————————
『ここはっ!?』
目を覚ます。先程までの泥水は何だったのか。普通に考えれば、敵による幻覚なのだろう。しかし、なぜなのか潮は、それを考えられない。とりあえずまずは、周囲を確認する。六畳一間。部屋の間取りは平均的で、適度に低い天井が落ち着く。隣の部屋から声が聞こえる。
「はぁ、あの野郎……油断しやがって」
良く知っている少しザラついた声。ここ数年、常に傍らにいる鬱陶しいが、居なくてはいけない男。
『千里? 何の話を?』
名を脳内で口にする。今になって気付く。脳は動いているが、体中に力が入らない。まるで魂が抜け落ちて、神経に命令を伝達できなくなった肉塊のような感覚。試しに手を握ろうとしても、まるで指が曲がらない。指の骨を溶接されたかのように感じる。
「妖怪が一匹だなんて限らねぇのに……」
「もう止めてよ千里くん!」
「でもよぉ」
「止めてっ!」
言い争っているようだ。2人とも恐ろしい剣幕で、とても冷静とは言い難い。普段から仲良く円滑というには程遠いが、あんな風に声を荒らげられると悲しくなる。一言やめてくれ、と口にしたいが、まるで力は入らず。
「潮くんはっ、潮くんはっ! 小夜ちゃんに夜太郎が悪いやつだと思わせないために行動して、死んだのよ!」
琴葉の言葉。意味が分からなかった。
『俺が、死んでいる?』
小夜を護って。つまり夜太郎が小夜を殺そうとしたのか。反芻(はんすう)する。自分が護ったとして、彼女はどうなったのだろう。
「あぁ、滑稽だよなぁ。小夜を護った!? 結局、あの野郎が死んだ後に、あの子も食われちまったろうが!」
「千里くん……そこまで言うこと」
結局、小夜も死んだ。何て茶番だろう。叫びたい。
「あいつは夜太郎の嘘に容易く騙されて、彼女と夜太郎を会わせようとした。夜太郎が悪だなんて、気づいてなかったね。妖怪を憎むとかへらへろらと悲劇のヒーローぶって、簡単に騙されて、年端もいかない子供さえ殺したわけだ! 救いようがない!」
合点がいった。話の流れが繋がっていく。夜太郎に騙された自分は、小夜を化け狸の元へと先導し、結局罠にハマり、自分の命を賭して少女を護ったつもりで、結局彼女も殺したということだ。夜太郎だけではなかったのだろう。おそらくは彼のバックに何か違う妖怪が居て。化け狸自身は何とかできたが、違う何者かに結局小夜は殺された。事の顛末はそんなところか。全身に蛆が這ったような、ぬらりとした悪寒が走った。自分の無能さを呪う。
と、ほぼ同時。まるで示し合わせたように。強烈な爆発音が響く。今までの敗北感や、自分への憎悪を焼き尽くすように激しい赤が、網膜に移り。すぐ横の部屋に居た琴葉たちが慌てふためく。
「襲撃っ!?」
「ちっ、俺の式はやられたか……くそっ、速ぇ!」
しかし、2人が戦闘準備に入った瞬間。両名ともに一瞬で切り裂かれる。琴葉も千里も一撃で真っ二つにされたのが、障子越しからでも分かった。琴葉は頚椎を、千里は胴体を夫々。轟音のせいで、首や胴部が落ちる音は耳に届かない。襖が強引に蹴破られた。
「何だ、死んでいるな。小妖怪風情に心を許すからこうなるんだ。あのギラギラした目は、嘘だったのか」
夜太郎の後ろに控えていたのは、世界だったのか。潮は網膜に映る僧のような男を一瞥して溜息をつく。道理で勝てないわけだ。次の瞬間、強烈な光が視界を包み込み、意識は消し飛んだ。
- Re: (合作)闇に嘯く 2−13更新 2017 6/17 ( No.49 )
- 日時: 2017/07/22 15:12
- 名前: ダモクレイトス ◆MGHRd/ALSk (ID: lmEZUI7z)
ハンマーで打ち据えられてでもいるかのように、頭が割れるように痛む。ギリギリと万力で締め付けられるような強烈な圧迫感と、脳髄を蟲の群れが這いずり回っているような不快感がそれに混ざる。幾つもの痛みが、波のように押しては寄せる。それを耐えようとしているせいか、体中が沸騰しそうなほどに熱く、まるで血が熱湯になったようだ。
しかし、我慢することに必死で、周りの状況について行けていなかったせいか、潮は眼前の状況を痛みに耐えることに必死で確認できていなかった。突然胴部に入った新たなる痛みに、潮は耐えられず。思わず叫ぶ。
「うああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
だが、なぜだか自分の声ではない。嫌に幼い声でだ。何故か脳の痛みは、潮が引いたように消えている。頭を手で擦ると、嫌に自分の腕が細いことに気付く。そして肌の色も白い。
『どういうことだ?』
「いつまでそうやって蹲っている凪! この程度では咲夜に認めてもらえないぞ!」
凪、三重松凪。潮の2歳下の弟で、三重松家創始以来の天才として、親どころか一族からも全幅の愛を受けて育った。潮としては目に入れても痛くない末っ子で、本当にかわいがっていたものだ。素直で優しい少年だった記憶がある。親の愛が彼のせいで、自分に注がれていない気がしたが、凪の才能は認めていたから苦ではなかった。何より凪の苦労も、わからなくはなかったのだ。遊びたい盛りなのに、朝から晩まで管理されて居たから。
「…………」
小さな体を見つめながら、そんなことを思っていると。
「ごめんっ! 守(まもり)お兄ちゃん! もう一本お願いします!」
突然、立ち上がり凪は言う。潮が聞いたことのない、凛とした声だ。ちなみに守は、凪の本当の兄ではない。実際に潮には2人弟がいるが、長男の潮、三男の凪、次男の海(かい)というのが正しい。守は分家筋の従兄弟といった立ち位置である。若くして、高度な武器術を持っていたため、凪の剣術指南役に抜擢されたのだ。
後ろで結われたザンバラの髪と、強い意志を宿す鋭い瞳が特徴の野性味あふれる男で、当時の潮より5歳年上。当時の時点で陰陽寮に所属していて、主席だった。実のところ潮はこの守が、あまり好きではなかった。態度が大きく、自分の力に酔っているところがある男で、裏で自分の陰口を言っているのを聞いたことすらある。
否、恐らくは自分が居ることを知った上で、精神的に相手を追い詰めたいと思い、わざと聞こえるように言っていたのではないか。そう思っていたからか、守が死んだことに関しては、当時それほど衝撃を感じていなかったように思う。
「脇が甘い! そんなことでは上段からの攻撃に対応できんぞ! 妖怪の剣はこの程度では済まされないのは分かっているはずだ!」
「くっ、うぅ! 力を抜き過ぎても、攻撃を受けきれないっ……最も良い構えはっ……最適の力加減はっ!」
凪の体の中で、思考を巡らしている潮を他所に、2人は激しく剣をかわす。間断なく、まるで疲れ知らずのカラクリが如く。猛獣が如く雄々しさと、滑空する鷲のような鋭さをもって。攻撃を柳のようにかわし、僅かな隙間を蜂のように刺す。鋼と鋼が重なる鋭い響きが体に響く。しかし激しい打ち合いを制したのは守だった。一瞬の隙を突き、凪の剣を打ち落とし踏みつけ、彼の首筋に模擬刀を当てる。
『何だこいつら……今の俺と比べても遜色ない武器術だぞっ!』
最早、子供の特訓の域ではない。正規の陰陽師でも驚く水準だ。三重松家は元々、武器術が優れた血統ではある。潮自身得意分野だ。同期の中では、武器術の腕前は常に5本指をキープしてきた自負がある。しかし、多分守や凪と斬りあったら、8割の確率で負けるだろう。
当時すでに陰陽量の教官たちから実力を認められていた守は兎も角として、それより10歳近く年齢が下回る凪は異常と言うべきだ。流石は天才と言うべきか。過ぎたる刃は死神の鎌のように、恐怖を振りまき人を寄せ付けないように思う。
『だが、それでも……こんな守や凪みたいな奴らが居たあの場所は……』
そう、たった1体の大妖怪によって、死の渦へと飲み込まれた。世界、2つの姿を持った、4大妖怪と呼ばれる陰陽連が最大級に警戒する怪物が一角。今でも明確に思い出す。魂を火葬する巨大な業火。そして天まで覆う紅の柱。町一つを火葬場として使う豪胆な力の持ち主を。
「うぐっ! かはっ……結局今日も一本も取れなかったかっ」
ふと脳内に浮かぶ世界の姿。乾く。相手がどれほど凶悪でも。否、凶悪で絶望ばかり振りまく闇の権化だからこそ。だからこそ絶対に倒さねば。そんな感情に体中が支配された瞬間。突如、脇腹に激痛が走り、体が吹き飛ぶ。
『なっ、何だと……あの細身な凪のほうが痛みを感じていない?』
背中を地面にしたたか打ったせいで、体がばらばらになりそうな衝撃が襲う。模擬刀で突かれた脇腹を抱えて摩りたい衝動に駆られるが、あくまで自分の精神が凪の体に入っているだけで、主導権は潮にはないらしい。思いの外、彼が平気なのでそんな仕草さえ許されないようだ。
どうやら相当に厳しい訓練を受けているのだろう。体の痛みにも随分慣れているようだ。少なくともそれなりには荒事も経験してきた自分以上には。途方もなく敵である世界が遠く感じて咽ぶ。禁忌に手を出し習得はしたが、それで全然差が埋まったように感じない。
「しかし凪は凄いな。潮なんて少し小突いただけで大泣きだったぞ」
倒れている凪に守が手を貸す。獲物を睥睨する狩猟者を思わせるような瞳に、僅かなやさしさがにじむ。放たれる言葉は嫌味っぽいが、何やら馬鹿にしているようでもない響きで意外に感じる。
「守お兄ちゃん、潮お兄ちゃんのこと、馬鹿にしないで欲しいよ」
声を荒げて凪が言う。凪は元々、潮に無条件でなついていた処があるので、兄である自分が謗られたりすると我慢ならないところがあった。どうやら、守に対しても言っていたようだ。考えてみれば当然ではある。何せ、その件では実父にさえ、口答えしているのだから。
「いや、俺はあいつを馬鹿にする気はないよ。少し三重松の長男として自覚がないとは思うけど、年相応以上に責任感はあるし、何よりお前ほどではないにしても才能はあるからな」
「えっ、守お兄ちゃんって、潮お兄ちゃんのことが嫌いなんじゃ?」
そんな嘆くような弟の声に、濃く髭の残る顎に手を当てながら守は憮然と答えた。その声は先ほどとは打って変わって優しげで、鋭い目つきは心が落ち着いたのか、綻んで見える。
いつもしかめっ面で眉間にしわを寄せている物だからわからなかったが、どうやらそれなりに認めていたようだ。と一瞬思ってしまうが、これは誰かの手で構築された夢で、ただの都合がいい映像に過ぎないと思いなおす。
そもそも、自分に都合の悪いことなど無視すればいいではないか、などと言い聞かせる。
「……何でそうなるんだよ? 確かにあいつには厳しく当たってるけどさ。そもそも、期待もしてない奴にきつく当たるかよ?」
「それは、そうかも……だけど。でもそうだったら、何でもう少し優しくできないの?」
帰ってきた言葉にボヤキながら守は答えた。うつむきながら凪は1番知りたい本旨を問う。
「何でだろうな……分らねぇや。不躾な奴、だから? ははっ、そんな話したら俺も礼儀知らずか」
潮は守と始めた会った時を思い出す。分家筋の奴が偉そうにと尊大な態度を取った自分。世の中は才能だと挑発的なことを言った守とぶつかって、その日の内に喧嘩をして、2人揃って当主である母——澪(みお)——に2時間に及ぶ説教を受けた。確かに双方、礼儀知らずな悪童だな、と嘆息。
「でもまぁ、あれからもう8年以上だ。俺も意固地になってないで、歩み寄るべきかな」
守ははにかみながら、そうつぶやく。そうやってしばらく立ち話をしていた2人は、携帯のアラームに気づき、時間を確認する。もう夜の10時か、などと罰の悪い表情を浮かべる守。彼らは岐路へとつく。そして次の日。運命の1日が来た。
それは何でもない1日。いつものように家族や隣の粋のいい八百屋のお爺さんに、おはようを言って始まる当たり前の時間。かくれんぼと称して、誰にも見つからないようにと、自転車で隣町へと行っていた潮は運良く生き延びた。
そう、潮の故郷——出雲の里——が灰燼と帰した日だ。陽が落ちて山脈の尾根が茜色に染まる夕暮れ、陰陽寮の訓練を済ませた守が凪と合流して、いつものように剣をかわす。週末の足音など知る由もなく。彼らは何れ来たる日のために力を磨いている。
『今日は何年の何月何日だ? 世界が俺の故郷を壊滅させた日は……そう、今日だろう! 逃げろ! この町は襲われる! 何でだ! どうして俺は声を出せない! 知っているのに! このままじゃ、皆死んじまうのを!』
分りきっている。声なんて出せるはずがない。幾ら念仏を唱えたって、潮の声は弟の頭には響かないのだ。体の動作に干渉することもできないのも立証済み。悪い冗談だと思う。
凪の体を借りて喚いたところで、大人たちは笑うだろうが、世界という名を聞けば、一応の対案は出すはずだ。何もしないのと、方策を講じるとでは生存の確率は全く違う。それを訴えることすらできないのか。
「よぉ、若いのに随分といい腕を持ってるな」
何もかもが遅かった。目の前には血に濡れた刀を持った無精ひげの男——世界——が立っている。ゆったりとした仕草で歩み寄る世界。
「……何者だ? お前……」
怪訝に眉根を寄せ、獣のように守は唸る。
「お前が記念すべき10人目だ。嬉しいか?」
そんな彼に向って、世界は切っ先を守に向け言い放つ。世界に集中していたせいで血に気づいていなかった守は、瞠目させ怒りを露わにする。すぐさま模擬刀を世界へと向かい投げつけ、自らの得物に手を当てがい、問答無用と切りかかった。
「貴様っ! まさか、この街の人たちを斬ったのかっ!?」
守の剣を片手で軽々と受け止め、世界は笑う。
「なら、どうする? 妖怪が人を殺める、至極当然だと思うが?」
愉悦にゆがんだ表情は、心底から力に物を言わせた殺戮を楽しんでいるようだ。強烈な重圧に圧され、守は後ろへ飛び退り、いまだにおろおろとしている凪を睨む。
「凪っ! 逃げろ! 皆に!」
そして凪に喉が裂けんばかりの大声で、命令する。当主の息子であることや、彼が天才であることなど関係ないというように。声からも表情からも、最早余裕がないことは明白だ。凪は恐怖に顔をゆがめながら、走り出す。もしかしたら逃げている最中に、守が殺されてしまうかもしれない。
相手の技量を鑑みるに、守1人でそれほど持つとも思えない。しかし、2人掛で戦えば、隙をつけるのではないか。冷静さを失っているようにしか見えない彼の命令に素直に従っていてはいけないはずだ。そんなことを脳内で巡らせながら振り返らずに走る凪。潮の脳内に焼ききれんばかりの警報が響く。自分の感情は相手に届かないのに、凪の思いはうるさいくらい、潮の脳内を駆け巡る。酷い構造だと潮は嘆く。
「ほぉっ、俺の剣を止めるとは。やはり、子供とは思えないな。今までの奴らは、全員この一振りで死んだ」
軽く振った世界の一撃を全力で防ぐ守。小馬鹿にしたような調子で、世界は守を褒める言葉を投げかけた。剣の重さに全力で耐える守の額からは汗が滲む。相手は片手で、それも手を抜いている。少しでも力を入れられたら、剣が真っ二つになりかねない。
「悪いが妖怪だというなら容赦はしない! 灼熱よっ!」
努めてふてぶてしく言い、右手の裾に仕掛けていた符を使い術を発動させる。強烈な赤熱が発され爆発が発生。凪と世界の間にあった石畳が消し飛ぶ。当然のように発動者は2メートルほど吹き飛び石畳にたたきつけられ苦しそうに咽ぶ。しかし、彼の見た先には、全く無傷で立つ世界が居た。胸中で化け物かととでも毒づいているのだろう。守の表情がゆがむ。
「成程、中々に強力な五行術。だが、足りないな。やはり子供ではこの程度か」
一瞬で守の前から世界が姿を消す。どうやら早すぎて目で追えなかったようだ。何もできず守は世界に一刀両断され血の海へと沈む。そしてすぐに凪へと追いつき、彼は凪を後ろから突き刺した。腹部を一突き。凄まじい痛みが全身を駆け巡る。
『痛い……痛い? 熱い。寒い? 痛い痛い痛い痛いイタイイタイ……何も考えられない』
腹部に形容しがたい強烈な激痛が走ったと思うと、全身の感覚がくるっていく。強烈すぎるせいで痛みは一瞬。かわりに体の温度調節などができないのか、熱いのか寒いのかわからず、失血で視界が眩む。内臓が傷つけられたせいで、血が逆流し、喉が鉄の味で埋め尽くされる。
『これが、死?』
自分の痛い、そして、弟である凪の死にたくないという願いと、痛みへの必死の抵抗。両方の感情が本流を起こし、脳の許容量を軽く超えていく。そして世界が流転した。