複雑・ファジー小説

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(合作)闇に嘯く 3話【執筆開始】メンバー急募中!
日時: 2018/02/10 14:46
名前: 闇に嘯く製作委員会 (ID: lmEZUI7z)
参照: http://www.kakiko.info/bbs2/index.cgi?mode=view&no=8423

本小説は風死、狐、末端ライター、noisy、みすずによる合作です。
5人とも多忙の身でありますので、更新速度は早くはありませんが、どうか寛容な方々見守ってくだされば我々にとっても力となりましょう。
製作メンバー一同、知恵を結集し設定を造りあった作品です。出来うる限り皆様を楽しませようと頑張りますので、よろしくお願いします。


 題名の件に関するカキコミ >>56


 序幕————

 行けども行けども、生きている人はいない。茜色に染まる夕暮れ時でなお、路上を覆う赤黒い液体、すなわち血液は目立つ。
 誰もが事切れ、絶望に顔をゆがめている。誰もが五体はバラバラで、腸を吐き出し見るも無残に死滅しているのだ。

 「神様、たすけてっ! たすけてよっ!」

 走る少年とも少女とも取れる子供は叫ぶ。高い声が震え悲壮感を増す。誰も答えるものなどいない。しまいに子供は血に足を取られ、転倒した。痛みに涙を流しながら這いつくばるが、途中で動くのをやめる。
 
 「小僧。悪(にく)いか。いな、小娘かも知れんが、とりあえず聞こう。この惨状を引き起こした犯人を殺せるなら嬉しいと思うか?」
 「……何言ってんだ?」

 どこからともなく、音もなく現れた渋い声の男。赤の世界にあってなお紅い衣に身を纏った野生的な顔立ちの偉丈夫(いじょうふ)。その人物の言葉が理解できず、子供は怪訝そうに口を動かす。絶望的な状況に心が動揺して、単純な言葉しかでてこない。

 「俺がやったと言っている。我が名は世界。貴様は良い目をしているな。この絶望の中で反骨心に溢れているぞ。繰り返す。俺は世界、お前の住む町の全てを破壊した男だ。悪かろう、殺したかろう。なぁ?」
 
 愉悦を含んだ男の唇は口裂けのように釣り上がり、恐怖ばかりが膨張していく。全身から大量の汗が吹き出てくるのを感じ、子供はこれは夢だとついに目を伏せた。しかし世界と名乗った男はそれを許さず。閉じた目を強引に上けながら、子供を背負う。

 「名を何という。目を背ける振りをするな。貴様の中にある、強大な野心を俺は見逃していないぞ。そうか、これでは足りぬのか。あぁ、足りぬらしいぞ。なぁ、もう1人の世界よ」
 「良い良い。では、見るが良いぞ。そちの世界が完全に消え去る様を」
 「あっ、あぁ……」

 独り言のようにつぶやく男の声に答える、人間のものとは思えない声。見上げるとそこには、到底見逃すとは思えない、強大な白銀の狐が宙を浮いていた。それに向かい、野性味溢れる男は跳躍する。

 「そらっ、見ておれ。このひと吹きでそちの世界は、塵も残らず消えるぞ……」

 軽く息を吸う。大気が揺れ、口腔から熱波がもれる。勢い良く狐が息を吐き出すと、それと同時に巨大な青白い炎が発射され。発射され——町に着弾。強大な渦を発生させたかと思うと、巨大な塔が如き火柱を上げ、次いで大海の荒波がごとく大地を蒼炎が飲み込んで行く。
 飲み込まれた後は何も残らない。空にある雲すら食らうように、炎のアギトは大地を人を家を手当たり次第に食(は)み無と変えていく。弔いすらさせてはやらない、と無慈悲に。ただ生き延びてしまった子供は受け入れがたい現実に呆然とするしかない。

 「許さない。俺は……あんたらを許さ、ないっ!」
 「そち、名は?」

 うわ言のように糾弾する子供に狐は問う。

 「三重松潮(みえまつうしお)。あんたらを殺す、男の名前だ」
 
 涙ながらに彼は宣言する。自らの名を、そして自らの宿業をそれと定め。3人兄弟の長男に生まれた責任感と、この故郷を強く愛した愛慕の情を胸に迷いもなく。その様を見た世界は笑みを浮かべ、2人とも一瞬で姿を消した。

 ————
 木漏れ日の明るさに夢はかき消され、夢の中では小学生程度だったろう男、潮は目を覚ます。

 「夢、か。今日も1日が始まるな」

 カーテンを開け、10年前の悪夢から醒めた潮は目を擦る。今日も1日が始まる。命がけの戦いの朝だ。鏡に映る自らの顔を眺める。昔のあどけなさは最早微塵も感じられない、精悍で少し厳しさを感じさせる戦士の顔。それなりの修羅場を潜り抜けてきたと実感する潮。

 「だが、まだ、まだ足りない。世界には全然遠い」

 歯噛みするようにそう言って、彼はベッドから起きあがった。

 ————序幕終了


序幕は、風死がお送りしました!

注意事項

1.更新速度は決して早くはありません。ご了承ください。
2.少しグロテスクな表現などが含まれると思われます。ご了承下さい。
3.保留中も感想やご指摘はOKです。むしろよろしくお願いします。
4.物語に関係ないことや広告、荒しはご法度です。

以上です。


本編目次

第一話『徒波に響く』 狐執筆 

現状更新レス

>>1 >>2 >>3 >>4 >>5 >>6 >>7 >>8 >>9 >>10 >>13 >>14 >>15 
>>16 >>17 >>18 >>19 >>20 >>21 >>22 >>23 >>24 >>25 >>26

第一話完結

第二話『暗く寒い夢の中で』 風死執筆

>>27 >>28 >>29 >>30 >>32 >>34 >>36 >>37 >>40 >>42 >>44
 >>45 >>46 >>47 >>49 >>51 >>53 >>54 >>55

第二話完結

第三話『Unforgiven』 noisy執筆

>>58



お客様

書き述べる様


更新開始日:2015 5月5日  1話 執筆開始
      2015 10月29日 2話 執筆開始
      2018 1月30日 3話 執筆開始
       

Re: (合作)闇に嘯く 1−21更新 1話完 ( No.27 )
日時: 2015/10/29 21:20
名前: 風死  ◆Z1iQc90X/A (ID: 3rsK9oI3)

 第二話『暗く寒い夢の中で』

 ざわざわと森の木々が踊る。不穏なほどに静かな森に不気味な紅(あか)い光は注ぎ、無骨な大檻を映し出す。檻の隙間から見える存在は面妖そのもの。ブドウの房が如く途方も無い数の人の顔が連なり、苦悶や悲歎(ひたん)に喘いでいる。そんな顔の間からは手や足が生えていて、バタバタとそれを動かしているのだ。まるで独立したいと願うかのように。生理的に受け付けない異形の怪異。この国、陽明京に住む人々は怪異たちのことを呼ぶ。恐怖の念を篭め、妖怪と。

 「しっかし、何度見ても気色悪い奴だぜ」
 
 禿頭の巨漢が顔をしかめて唸るように言う。この森の中に移送する前にも一度見たのだが、やはり数回見た程度ではこの怪異には慣れない。今日の夜を照らす月が、不気味な赤であることも手伝っているのだろう。百戦錬磨の偉丈夫(いじょうふ)にもかかわらず、肩を小さく震わせている。

 「何言ってんのよ? 妖怪なんてのはキショいのが、相場だっての」
 「まぁ、そうだけどよぉ。もう少し、何とかなんねぇかと思わねぇか?」
 「そりゃぁ、思うわよぉ。でもまぁ、どうせ殺すなら、同情の余地ないような気持ち悪いのが良いとも思うわ」
 「それも、そうだが……」

 そんな禿頭の横にいた紫のボサボサ頭をした道化師のような男が、絶叫中の女子のような甲高い声で答える。豪快に頭部をバリバリ掻きながら、巨漢はさも受け入れ難そうに嘆くが。会話はそれ以上続くことはなかった。
 
 「海江田(かいえだ)、桜谷(さくらや)、江鯨(えげい)、影津(かげつ)。全員揃っているようだね」
 
 木陰から響く、ねっとりと絡みつくような声。すぐさま最初に苗字を呼ばれた禿頭の男、海江田が膝をつく。ついで3人も名を呼ばれると同時に地面にひれ伏した。それとほぼ同時にいつの間にか現れたように、妖怪が入った檻の前に女が現れる。
 月明かりに姿が照らされる。相当に鍛えられた筋肉質な体。少々パーマ掛かったクロのショートボブ。迷彩柄のタンクトップに、ジーパンというラフな衣装だ。
 彼女はうっとりした表情で、檻の中で喚く怪物に挨拶する。
 
 「拵宿儺(こしらえすくな)も元気そうで何より」
 「ウヴォオォォォンッ、ギッギギッ、ガヒュッガッ……殺シッ。恨ム。ハ……カイ」

 それに共鳴するように、拵宿儺は喚きだす。人間の恐怖を原初から呼び覚ますような、おぞましい声で。ただひたすらに意味のない詞(ことば)を。膝をつく部下たちの大半が萎縮(いしゅく)する中、女は1人だけ泰然(たいぜん)としたようすで部下達の方へ振り向く。

 「よしよし。素敵だ。いや、人間の全てが映っている君は、いつだってそそられるな。ほら、今宵も素晴らしい月だよ。自由に踊りたまえ」

 そして赤く燃えるような、普段と違う月を指差し女は宣言する。

 「今日は我らにとって、1つの岐路(きろ)となるだろう」

Re: (合作)闇に嘯く 2−2執筆中 ( No.28 )
日時: 2015/10/01 22:35
名前: 風死  ◆Z1iQc90X/A (ID: pcVc9ZHc)

 天を仰ぐように空を緩やかな動作で見上げ、高らかに人差し指を突き上げる妙齢の女。その指の動きに吸い寄せられるように、部下と思しき者達は空を見上げる。瞬く綺羅星達は今日も変わらず美しく。しかし月光だけは、悪魔の目が如く赤い。

 「さぁ、始めよう。大願のために」

 堀が深く化粧気のない顔を赤き光が染める。照らし出された瞳は、爛々(らんらん)と狂気を孕み彼女の本質を映し出す。道徳的観念は読み取れない。善悪よりも自らの目的を優先する、悪辣(あくらつ)なる人物なのだろう。しかし彼女の周りにはそんなむき出しの悪意を、カリスマとして信奉する丈夫(ますらお)たちが少なくとも4名。傅(かしず)いている。

 「我らが教主の仰せがままにっ!」

 どうやら4人の中で最も上位なのだろう、海江田なる禿頭の巨漢が厳(おごそ)かな声で告げた。教主と呼ばれた女は、それを聞き何か詰まらなそうな表情を浮かべ溜息をつく。海江田が不味いことでも言っただろうかと、焦り体を小刻みに震わせるのを繁々と見詰めながら女は言う。

 「教主なんてそんなお堅い呼び方はするなって。これ前も言ったような気がするんだが海江田よ?」
 「はっ、もっ申し訳ございません! ですが俺にはどうしても丸子(わにこ)様などと呼ぶ資格は……」

 気楽な口調で肩を叩きながら。しかし海江田は俯(うつむ)いたまま、過去の哀愁に身を沈めるかのように固まる。丸子と呼ばれた女の前にいる男達は皆、一様に彼女の手によって選定された者達。言わば彼女に救われたと言い換えていも良い者達だ。その中にあって海江田は他の面子よりも実直で、受けた恩も大層なものだった。顔を覗き込もうとしてくる丸子に、逆らうように海江田は違う方向を向く。まるで後ろめたいことのある罪人のように。

 「資格だの何だのと面倒だ。私とお前の仲だろう? それを思い知らせてやる対象は、陰陽連じゃないか」
 「その通りで、ございます」

 そんな海江田の様子を察し、丸子はすくと立ち上がる。そして眩しそうに月を見ながら言う。偽りなき本音。それは自らが連綿(れんめん)と受け継いできた一族の大願。陰陽連という組織への復讐だ。海江田も理解している。彼女と連れ添って、10年をゆうに超えるのだから、当たり前だ。そして何度も何度も彼女の根本からくる呪詛(じゅそ)を聞き、実際に陰陽連を見て彼自身奴等を許すまじと思っている。無論丸子の一族がそういう者の中から、実力のある者を選んでいるのもあるだろう。だがそれで良い。事実海江田は彼女の考えに同調し、血の盟約を契(ちぎ)っているのだから。

 「歯切れが悪いな。美味い酒が手に入ったというのに」

 頭を掻きながら森のほうを指差す。恐らく先鋒からの差し入れがその奥にあるのだろう。丸子は今まで陰陽連にいる内通者と話をしてきたのだ。それは相当の上役(うわやく)で人を見る目が厳しい彼女をして、怪物と認める強者らしい。そんな人物からの差し入れなら相当の物だという予想はつく。だが海江田はそれに応じない。

 「お言葉ですが……わっ丸子様っ! 早々に作戦を決行するのではっ」
 「もう、丑(うし)の刻だ。今日は1つ、酒盛りでもして明日に備えるぞ」
 
 真面目な口調で反論してくる禿頭の男に、苦笑しながら丸子は告げた。悲願の成就(じょうじゅ)は大事だが、決して無茶な仕事の運び方はしてはいけないだろう、と。彼らは陰陽師の術で体力気力ともに普通の人間より遥かに高い水準になっているが、それでもここ5日間働き詰めだ。そろそろ限界がくるのは、自身でも分っている。肝心の本番で全力を出せないのでは意味がない。丸子の真意を読もうと逡巡する海江田。そんな彼の横にいた桜谷がついに声を上げた。無論海江田のためではなくて、自分が宴にありつきたいからだ。

 「良いじゃないのよ? ボスがそう言ってるんだし」
 「桜谷、軽率なことをっ!」

 そんな桜谷を反射的に怒る海江田だが。丸子はむしろその彼の言動を良しとせず。海江田を睨む。

 「そう固くなるなよぉ、気楽に行こうぜ? 今は」
 「分りました。分りました! 付き合いますよっ」
 
 思い出す。自ら達は鉄砲玉であること。打ち出されたら最早(もはや)、馬鹿騒ぎに花を咲かせることもできなくなるのだ。恐らくこの計画が成功し、先祖代々の悲願が達成しても自分達はいない。この作戦はそういう作戦だった。彼女はいつも飄々(ひょうひょう)としているから忘れていたが。決して無情ではない。

 「この日に乾杯」

 酒瓶の栓が抜かれる音が響く。杯(さかずき)などという気の利いたものはなく。皆が夫々直で口を当てて呑む。他の皆が滅多に呑めない高級な酒に酔いしれる中、海江田と丸子は2人静かに乾杯をした。

 ——永かった憎悪の日々が、もうすぐ終わるのだと。

Re: (合作)闇に嘯く 2−3執筆中 ( No.29 )
日時: 2015/11/01 03:41
名前: 風死  ◆Z1iQc90X/A (ID: 7PvwHkUC)

 ————

 夜が更けていた。今日の月明かりは紅い。知っている。それが紅く見える原理は、月が地平線近くにあるからだ。だがそれは魔が歓喜し、蠢(うごめ)く夜の光でもある。古来より人々は忌避(きひ)し、その月を忌月(いみづき)と呼ぶ。

 「不快だ」

 カーテン越しでも分る仄明るさ。どうしても寝付けず、潮は寝床から起き上がる。そしてもう3日も前になる任務を思い出す。少女を庇(かば)おうとした夜太郎という弱い弱い妖怪。同僚の言葉が渦巻く。
 否実際そうだろう。彼はあの子を護っていたのだ。だからといってなんだ。例え少数の妖怪が例外的に、人間達に好意的だったからと言って、何の意味がある。そもそも奴は彼女のためとはいえ、数々の人間を殺めていたではないか。
 何人の人間がそれで悲しんだ。どれだけの帰りを待つ女房達が居た。許されることではない。許してしまってはいけない。そう言い聞かせる。そもそも自分が奴等を許せぬ理由は。思い出す。1人又1人、命乞いをする者達を、ゆっくりと圧倒的な力で刺し殺していく、敵の姿。
 
 「世界ッッッ」

 憎むべき大妖の名。生意気にもこの世全てなどと語りそうな、尊大にしてふざけた名前。妖怪の全てがあんな残虐性を秘めているはずが無いのは、今までの闘いの日々で当に知っている。だからと言って、奴が妖怪で、突発的だったり正当防衛だったとはいえ事件を起こした奴も結局は同じ妖怪だ。
 力があれば平然と人名を奪い、悪びれもしない大半の輩。その中にちらほら分かり合える可能性がある輩(やから)が居たとして、なぜそれにかかずらう必要がある。信頼する人を。憧れた人も。何もかも惨殺したじゃないか。幾つ物夢や希望を壊しただろう。
 
 「分るかよ……結局、奴等は排斥すべきだ。分るだろう。当たり前だ。奴等を愛するなんて、誰も求めていない。皆奴等に怯えてる。全く違う姿の化物と人間っ! お前等どっちを選ぶんだ!? 前者だったら正気を疑うよっ。結局俺達には、同属が1番愛すべき対象なんだって」

 大きく深呼吸して、深く強く心に言い聞かせる。たかが1つや2つ、いや10でも100でもだ。小石に躓(つまづ)いた程度で、止める訳にはいかない。この復讐はこの世に生きる、妖怪に怯える全ての人々のためにある。強く心の刻む。それが世界と同等に尊大な目的だと、心の奥深くで理解しながら。

 ガチャリ。扉が開く音が響く。想像から現実に引き戻され、潮は上半身を起こす。暑い盛りの寝床。彼は寝巻きも着ず、下着姿だがそんあことは関係ない。賊とあらば迎撃する意気だ。近くにあった護符に手をかける。

 「誰だっ!?」

 時計は夜3時を回っている。こんな夜中にまさか、既知の友でもあるまい。警戒を怠らず、音のしたほうへと慎重に進む。

 「潮様、お久しゅうございます。只今戻りました」

 立っていた。無防備で。割烹着(かっぽうぎ)を着た、黒のおかっぱ頭の優しげな顔をした女性。家庭的で柔和な雰囲気を感じさせるも、切れ長な瞳は流麗で儚(はかな)さも感じさせる。良く知る人物。30に差し掛かるだろう彼女は礼儀正しく会釈し、帰りの挨拶を穏やかな声で告げた。

 「都子(みやこ)……さん」

 潮は安心したように、名を呼ぶ。

 「やはり潮様は1人にしておくと、すぐに部屋を汚くしてしまいますね」
 
 周りを見回し、都子はホゥと吐息を漏らす。どうやら相当に夜目(やめ)が利くらしい。潮の後ろに広がる惨状に、少しばかり唖然(あぜん)としているようだ。

 「ほっといてくれ」
 「そうもいけませんわ。潮様には戦闘だけじゃなく、私生活のほうもちゃんとしていただきたい物です」
 
 子供じゃないのだからとバツの悪い表情を浮かべる潮に、有無を言わない雰囲気を漂(ただよ)わせ都子は一言。

 「都子さんは世話焼きだな」

 十全に安堵したようで、潮は珍しく冗談を言う。彼女が居ない事情は事前に知っていたが、正直1人だと勝手が分らず心細くなったものだ。生活感覚の鈍い潮は、給料で侍女(じじょ)を雇い周りのことは任せきりである。特に最も侍女として良く来てくれる、幼少時代からの知り合いでもあり自らの師匠だった男の娘に当たる、都子には頭が上がらない。

 「それはもう。私の趣味でございます」
 「…………」

 師匠であり、都子の父でもあった男。世界に殺された大事な人——火坂部 長英(ひさかべ ちょうえい)。あれは陰陽寮を卒業して、すぐの年だった。つまりは失ってもう、5年立つ。そうだ。彼は今日未熟な自分達を、世界の幹部の魔手から護り息絶えた。死に際でなお、若さゆえの過ちを許し。

 「そうだ。やはり、許すべきにあらず」
 「えぇ、その通りです」

 潮の改めての誓いに、全て見透かすような口調で都子は応じた。彼女もまた、心の深奥から妖怪を憎む者として。

 「それまで頼むよ」
 「勿論ですとも。私自身もまた、潮様を利用しているのですから……」
 
 この永い復讐という旅路。重傷を負い煮え湯を飲み諦め掛けたとき、幾度と無く繰り返したような会話。しかし不思議と心地が良い。両人の共通認識。それを交わして、潮は再び床に就く。明日もまた妖怪を討つために。都はどこかアンニュイな顔で、「潮様、おやすみなさい」。そう告げた。

Re: (合作)闇に嘯く 2−4更新 ( No.30 )
日時: 2015/11/01 03:37
名前: 風死  ◆Z1iQc90X/A (ID: 7PvwHkUC)

 コンコン。
 扉をたたく音が響く。1回目の後に1拍置いて2回目。そして次に3回連続で叩く。潮達が決めた、部外者を見分けるためのノックの仕方だ。これを知っているのは潮と侍女。そして千里達だけだ。潮は時計に目をやる。6時半。時間帯から考えて侍女である都子しかいないだろう。

 「朝でございます。お起きになってくださいませ潮様」

 グッと伸びをして、近くにかけてあった柄つきの甚平をはおう。そして窓を開けた。清涼なる朝の風が頬をなでる。

 「あぁ、おはよう都子さん」
 「今日は機嫌が良さそうですね」

 引き戸を開け、2人挨拶をかわす。都は穏やかな表情を浮かべ、優しげな声で述べる。それに対し、潮はそんなことはないと唸り声を上げた。

 「朝餉(あさげ)の準備ができております。今日は潮様のお好きな秋刀魚を用意しましたわ」
 「もうそんな時期か。道理で少し肌寒いわけだよ」

 都子の後を追い潮は階段を下っていく。どうやら夜中の間、都子は掃除をし続けていたらしい。小さな汚れは多少残っているが、辺りに散らばっていたゴミは綺麗に取り除かれていた。流石だな。生来、掃除などが苦手で、良く物をなくしたりして必要ない苦労をする潮は、驚嘆の念を隠さず苦笑いする。

 「あぁ、美味そうだ」

 食卓に並ぶインスタントではない料理の数々。特に中央に置いてある、こんがりと焼けた脂身のある秋刀魚が、食欲をそそる。彼女が居ない数日、食えれば良いというような味気ない飯ばかりを食していた潮にとって、それはもはや神の贅沢のようにも感じるほどだ。心なしか涙すら浮かぶ。

 「お味噌汁とご飯をおわけしますので、少しお待ちになっていて下さいませ」

 ゆったりとした動作で潮は椅子に座り、テレビを見ながら朝刊を読む。特に妖怪の関わっていそうな事件はないな、と安堵にも肩透かしにも似た溜息を漏らす。 
 それとほぼ同時。ご飯と味噌汁が配膳される。お椀からはみ出るほどに盛られた白米と、油揚げと輪切りにされたネギの入った味噌汁。一般的な食膳だが、潮にとってはやはり最高の物なのだろう。垂涎の的と言った様子でそれをしばし眺めている。

 「冷めないうちにお食べになてくださいね」
 「あっ、あぁ! いただきます」
 
 侍女の言葉に我に返り、潮は割り箸を割る。そして生卵をかけ、かき混ぜご飯を一息にかき込む。その様子を見ながら、都子は頬をほころばす。まるで母と息子のようだと思う。一方は潮はというとまるで誰にも取らせないぞという様子で、食べ続け時にはむせたり、魚の骨に泣いたりしながら瞬く間に完食するのだった。

 「ごちそうさま、今日の飯も美味かったよ都子さん」
 「ふふっ、あんなに美味しそうに食べて貰えると、私も用意のしがいがあるというものですよ」

 爽やかなどうこか満足げな表情を浮かべ、潮は都子に礼を言う。侍女との関係にしては、いささか近しい感じもするが彼はそれで良いと思っている。なぜなら形式上彼女を侍女として雇っているだけで、本当はもっとずっと近しい人物なのだから。それに対し都子は恥ずかしそうに唇を裾で隠し笑う。感謝と誠意は関係を長続きさせるに大事だ。

 途端、見計らったように潮の携帯が鳴り響く。去年の暮れに見た映画のメインテーマがなり続ける。

 「誰だ?」

 見覚えの無い電話番号にいぶかしみながら、潮は電話に出た。

 「よぉ、飯は食い終わったみたいだな潮」

 聞き覚えのあるような、ないような声。少なくとも普段あっている人達のものではない。が、聞こえてくる。だが相手は確実に此方のことを知っているようだ。証拠に名を呼んでいるのだから。もっともそれ以上に不可思議なのは、相手がどうやって食事を終えたのかを知ったか、だが。

 「あんた、誰だ?」
 「おいおい、お前自分の直属の上司も忘れたのかよ」

 潮は唖然とする。声に多少の聞き覚えがあるのは当然だ。なぜなら何度か会っているのだから。声の正体、それは彼の小隊に所属する紅一点。琴葉の兄。陰陽連の実働部隊にて最強と名高い4人の柱。檜扇(ひおうぎ)の名字を関するもの——檜扇祝幻(ひおうぎしゅげん)。


 

Re: (合作)闇に嘯く 2−5執筆中 ( No.32 )
日時: 2015/11/10 01:56
名前: 風死  ◆Z1iQc90X/A (ID: 7PvwHkUC)

「檜扇祝幻っ」

 忌々しげにその名を呼ぶ。潮はその男が嫌いだった。仲間である琴葉の兄でさえなければ、頭(こうべ)を垂れることさえはばかられるほどに。苛立ちを隠さない潮の言葉尻を感じて、祝幻と呼ばれた男は「良いことだ。子犬は反抗的な程度が丁度良い」と、余裕の調子だ。

 「何の用だっ!」
 
 普段通りへらへらとした、威厳のかけらも無い態度。それが潮をさらに腹立たせる。それを相手も察しているのだろう、楽しんですらいるかのように彼を祝幻はじらす。そして一言。

 「だがまぁ、何だ。敬語はちゃんと使えよ? 下らないと思うかもしれないが、存外馬鹿な上司ってのは敬語を使って話してもらうだけで舞い上がるもんなんだぜ」
 「上に立つ人間の言葉とは思えないな」
 「はっ、てめぇだって俺の下に、一兵卒として居る奴にゃぁ見えないね」

 要領を得ない下らないやり取り。潮は思う。こんなことに時間を要している場合ではない、と。時間は何かをなそうとする者にとっては、残酷なほどに少ないのを理解しているから。

 「鼻息荒らすなよ不器用君。俺はお前を買ってるんだぜ。お前の目的は何だ? 故郷のっ! 師匠の……家族の敵討ちだろうが! そのために全てを捨てて心を鬼にしてっ! あのくそ忌々しい妖怪風情どもを、この世から掃討するんだろうがっ!」
 「あんたに何が分るんだ」

 吼える犬に餌をたらした釣竿を下ろすような態度で、祝幻は長口上を始める。この男にその話はした覚えがない。どこからそんな情報を得たのか訝(いぶか)しく思うが、今はそんなことよりも自分も目にしてきたように敵について語る男が憎い。低く憎悪の乗った声で悪態を吐く。

 「知ってるさ。俺も妖怪が憎い。この世から消えちまえば良いって、心から思ってるぜ? だってよぉ、別に妖怪畜生なんざいなくったって、俺たちの存在価値は消えないじゃないか。ほらよぉ、そもそもあいつらに価値はねぇだろ。打ち滅ぼして綺麗さっぱりなくしちまいたいなぁ……俺もだ」

 突然に祝幻の声が低くなる。まるで心底、妖怪を憎んでいるようだ。憎悪の方向性こそ違うが、確かにその感情の根深さは潮と変わりないほどと言えるだろう。潮は男の悲嘆に溢れた物言いに焦りを覚える。彼とは今まで数えるほどしか会ったことはないが、冷酷な状況判断を下す男と見ていた。

 「あんた、何があった」

 問う。勤めて冷静に。間。数秒の間。その後聞こえてきた声は、電話越しに聞くより遥かにクリアで。まるで近くに居るかのようだ。不思議に思い、声がした方を振り返ってみると。

 「本題に入るか。なぁ、都子さん、俺にもご飯くんない? 腹減ったよ」

 前髪をオールバックにした深い青色のポニーテイルが目に入る。もちろん都子ではない。堀が深い面長の顔に伊達眼鏡をかけた、少し翳りのある男。それは他ならぬ琴葉の実兄。檜扇祝幻だった。自分以上に気軽な口調で、都子に話しかけ食事をねだっている。

 「全く、祝幻君はいつもそうやって、力付くで現場に入るのは良くないと」

 何ともないように応答し、ご飯をよそっている都子だが。潮は疑念を抱く。そもそもどうやってここに入ったのだ。鍵は開いていないし、そもそも結界だって張られているはずだ。自分より遥かに結界術が得意な、琴葉手製の強烈な結界にさらに都子が術をかける2段構え。不法侵入など可能なのか。潮は寒気を感じ、座っている椅子から離れる。

 「はははっ、肝に命じておきます先輩。まぁ、ここが何の現場かは分りませんがね」

 冗談交じりに答えながら、手を合わせ「いただきます」と口に出して言う。口調とは裏腹に、意外と行儀がいいようだ。食事に入る前に、ブレスレットなど音がするものは取っている。箸の運び方も、拙速を重んじる戦士らしく、早くはあるが洗練されていて綺麗だ。思わず感動を覚える。

 「どうやって俺はここに入ったんだろうな? それが分らないお前じゃ、妖怪を滅ぼすなんざぁ、夢物語だ。ところでそんな力も知識も足りない青年に、1つ耳寄りな情報があるんだがいかがかな?」

 食事を終えた祝幻は都子に一礼。そして潮に向き直り言い放つ。双眸はどこまでも感情を移さず、口調も丁寧な雰囲気で何を考えているのかまるで分らない。潮は答えられない。目の前の男がいかにしてここに侵入し、あまつさえ自らのすぐ横に現れたのか。今まで得た知識を総動員しても、まるで分らない。

 「情報、だと?」

 喉を鳴らす。どれほど有益な情報なのか、聞きたくて仕方ない。了承と取った祝幻は、にやりと笑い語りだす。

 「オウマガドキを起こしたのは、陰陽連だってことは知ってるか?」

 


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