複雑・ファジー小説
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- 僕が贈る愛を【完結!】
- 日時: 2018/09/06 21:01
- 名前: モンブラン博士 (ID: mrjOiZFR)
構想期間半年以上を費やし、ようやく執筆する事ができました。
本作のテーマは「自己犠牲による愛の形」です。
更新もゆっくりですが、それでも読んでいただけますと幸いです。
タイトルはゆづさんのアイディアです!ゆづさんありがとうございます。
- Re: 僕が贈る愛を ( No.41 )
- 日時: 2015/06/02 21:34
- 名前: モンブラン博士 (ID: EhAHi04g)
「フン、訳の分からぬ事を抜かす奴だ! 俺はなぁ、お前の名などしらーん!!」
不動は意味不明な答えを突きつけられて困惑し、実力行使で解決しようとパンチの雨を見舞うが、ヨハネスは暑いはずのインバネスコートを羽織った状態でその猛攻を難なく避けていく。そして不意に間合いを取って一気に飛び上がり、彼の甲板にドロップキックを炸裂させた。
「グッ……」
小柄で軽いとは言え飛び蹴りをまともに食らったのはやはり痛かったらしく、不動は一歩後退する。少年探偵はそこにスライディングキックで体勢をよろめかせると、背後に回り彼の両肩に、まるで鳥のように飛び乗った。そしてそのまま凶器エルボースタンプで強襲する。
足で彼の足をしっかりロックしているため、両腕を使う事ができず、不動は彼の肘打ちを幾度も受け続け、ついに両膝をついた。ヨハネスはサッと彼の肩から身を翻して華麗に着地し、彼の闘いぶりに呆然としているアップルに言った。
「ここは僕が引き受けるから、きみは剛力くんをお願い!」
アップルはコクリと頷き、愛する人に歩み寄る。剛力の瞼は閉じ、死んだように動かない。
眠っているのだろうか。
彼は思案する。
ヨハネスが言ったように心臓と脈は正常に動いている。骨にも(パッと見ではあるが)以上は見られない。そうすると、彼はただ気を失っただけと解釈するのが妥当だった。
問題はどうやって彼を起き上がらせるか。一生懸命考えた末に彼が思いついたのは、
「剛力、僕の愛で目を覚まして……」
アップルは彼の顔を覗きこみ、キスをしようとする。
呪いをかけられたお姫様はキスで目が覚める。
呪いに効くのだから失神にも効果があるに違いないと思い、彼の唇に迫る。読者はここで彼がただ単にキスをしたかっただけなのではないかという非情なツッコミをしてはならない。脳内がメルヘンである彼にはそれしか方法が思いつかなかったのだ。
今にも彼と剛力の唇が重なり合おうとしたそのとき、ハニーが公園に遅れてやって来た。
だが、キスをしようとするのに夢中なアップルは彼女に気づかない。
少々状況判断に戸惑う彼女であったが、取り合えず彼に声をかける。
「アップル君……?」
その声に初めて弥生の存在に気付いた彼は、彼女の手を優しく包み込み、
「お願い! 剛力には今の事言わないでいてくれないかな?」
「う、うん……」
彼女の答えに安心感を得た彼は今の状況を説明し、ふたりで剛力をベンチに引きずって連れて行き寝かせる事に成功した。
- Re: 僕が贈る愛を ( No.42 )
- 日時: 2015/06/03 06:50
- 名前: モンブラン博士 (ID: EhAHi04g)
「ハッ」
「フンッ」
不動とヨハネスの裏拳が激突する。
ふたりの拳は交差し合い、互いの頬に命中する。
だがリーチが長い分、不動のパンチの威力が大きくヨハネスはよろめく。けれど彼は体勢を崩しながらも、空いている手で不動の顔面にパンチを当てようとする。
しかし、敵の鬼神はそれをソフトに受けとめ彼の右腕を掴むと、まるでハンマー投げのように自らの体を軸にして回転を始めた。腕を掴まれているヨハネスは回転による遠心力により、次第に地面から足が離れていく。彼は猛烈な勢いで振り回されながらも、不動が何をしようとしているのかを察した。
「お前は遠くへ飛んでいけーっ!」
叫び声と共に彼がパッと手を離すと、体重の軽いヨハネスはまるで円盤のように空中を浮遊し、生えてある大木に激突すると意識を失い動かなくなってしまった。
倒れたヨハネスを一瞥し、彼はゆっくりとした足取りでハニーとアップルの座っているベンチへ足を進める。本来ならばここで逃げ出してもおかしくはない。だが、ふたりは逃げようとしなかった。それは、彼と対決を意味しているのかそれとも恐怖で動けなくなっているだけなのかは、彼には分からない。ふたりの間を挟んで寝かされているのは、彼が先ほど倒したばかりの剛力徹。彼は目覚める気配はない。
不動はアップルではなく、私怨の募るハニーを目を細めて睨む。
「弥生=ハニー=アーナツメルツ。立って俺と闘え」
「……不動くん、ごめんなさいっ」
彼女は指示通りに立ちあがった刹那、いきなりぺこりと頭を下げた。
「私のせいでクラスメートに誤解されてしまって、本当にごめんなさい!」
米つきバッタのように平謝りする美少女に不動が取った行動。
それは——
「詫びの言葉など不用! 俺に恥をかかせた償いは命を以って償うがいいいいっ」
鬼のような大男は唸りを上げる鉄槌を、容赦なくか弱い少女に振り下ろす。
「きゃああああああああああああああああああああああああああっ」
ロリ声のハニーの恐怖の叫びが公園内に響いた。
- Re: 僕が贈る愛を ( No.43 )
- 日時: 2015/06/03 08:07
- 名前: モンブラン博士 (ID: EhAHi04g)
その時、アップルがふたりの間に割り込んできた。
不動の拳が彼女に炸裂する直前に、彼はにこっと優しい微笑みを浮かべる。すると、たったそれだけで不動の動きがピタリと止まったのだ。
彼の拳はアップルの目と鼻の先で制止している。
「貴様、なぜ俺とハニーに間に入る。俺の拳を食らってもいいと言うのか」
「……どうして、こんな事をするの?」
「何ッ!?」
「僕はね、弥生を殴っても変わらないと思う」
「どうしてそう思うのだ」
「きみの心は今、深い哀しみで満ち溢れている。人を愛したくても愛せない、感情の起伏が薄いために誤解されやすく、相手に親切にしても外見のせいで怖がられる。とても寂しい……きみの心がそう言っている」
アップルは自分の胸の前で腕を組み、半泣きの瞳をウルウルとさせた顔で彼を見つめる。暫く三人とも無言であったが、ここで不動が拳を降ろし、どこか遠い目をして口を開いた。
「俺は幼い頃から、生まれ持った凶悪顔のせいでずっとひとりだった。顔が怖いという理由で女子はおろか男子さえ近づいてくれなかった——俺の孤独は年月を経つにつれて大きくなり、愛してくれるものがいないその悲しみから強くなる事を選んだ。だが、本当はずっと誰かに愛して貰いたい故の強がりだったのかもしれぬな……」
彼の顔からは眉間の皺がなくなり、険しさから一変し、まるで別人のように穏やかな顔になるとハラハラと涙を流すと、ニヒルに微笑み言った。
「これからは、たとえ怖がられても皆に優しく努めよう。そしてハニーにアップル、そんな俺の心に光を取り戻してくれて、ありがとう」
彼はふたりに感謝し、自分の家へと帰って行く。
その後ろ姿は、今までとは違い、怒りや殺気ではなく確かな優しさと自信を持ったものだった。
- Re: 僕が贈る愛を ( No.44 )
- 日時: 2015/06/03 19:35
- 名前: モンブラン博士 (ID: EhAHi04g)
不動が公園を去った後、ハニーとアップルは剛力の目が覚めるまでの間、雑談をして互いの事をよく知り、仲良くなろうと考えた。当初は出身地や誕生日血液型、携帯の電話番号などを教えあっていたが、アップルはここにきてふたりの関係が気になり、思い切って、けれどさりげなく訊ねてみた。
「弥生と剛力ってどういう関係なの?」
「私と剛力くんはね、恋人同士だよ」
恋人同士。予想していた事とはいえ、面と向かって告げられると辛いものがあった。けれどアップルはそれを受け止め、悲しみを胸にしまって、彼女と過ごす時間を悲しいものにしたくないと考え笑顔を崩さず問いかける。
「そっか……いつから付き合っているの?」
「去年からだよ。私が剛力くんに付き合ってくださいってプロポーズしたんだよ」
「彼と付き合えてよかったね」
「うん。とっても嬉しいよ」
無邪気に微笑む彼女を前にして、アップルは泣きだしたい気持ちで一杯だった。
『剛力くんは彼女だけを見ている。彼の視界に僕はいない……けれどもそれで彼が喜んでいるなら、それでもいいかも。自分の恋愛感情を押し付けて彼を困らせたくはないもの』
心の中で告白を提案してくれたヨハネスに謝り、改めてハニーの顔を見る。柔らかな茶色の内巻きの髪に横からでもよくわかるほどの長い睫、インドア系という事が一目でわかる色白の肌に、ぱっちりと大きな薄茶色の瞳——彼女の容姿はアップルの持ち合わせていないものばかりであった。
「弥生は綺麗だね」
「えへへ、そうかなぁ?」
「そうだよ。少なくとも、僕はそう思っている」
「そっかぁ、嬉しいなぁ」
彼女は外見を褒められ、照れながらも頭を掻いて喜ぶ。
その仕草が、彼にはとても可愛く見えた。
『剛力が彼女を好きな理由はその明るさと、どんな人にも親切に接する優しさにあるのかもしれない。彼女なら、きっと僕が愛している剛力を幸せにする事ができる……』
アップルはベンチから立ち上がると、彼女の手をまるで何かを託すかのように、優しく包み込み、学園の皆が愛してやまない美しい笑顔を彼女に向け、言った。
「弥生、きみに僕からたったひとつだけお願いがあるんだ」
「ほぇ? お願い?」
「……剛力を幸せにしてやって欲しいんだ。彼は僕の——友達だから」
「当然だよ! 私は絶対剛力くんを悲しませないもん!」
「よかった……じゃあ、僕はもうそろそろ行かないと」
「うん、バイバイ、また会おうね!」
「そうだね。きみと過ごせて楽しかったよ」
この時、ハニーは考えなかった。
彼の発した何気ない言葉が、とても深い意味を持っている事を。
- Re: 僕が贈る愛を ( No.45 )
- 日時: 2018/09/06 21:01
- 名前: モンブラン博士 (ID: mrjOiZFR)
アップルがいなくなって十分後、剛力は意識を取り戻しうっすらと目を開けた。
目に飛び込んできたのは、自分が逃がしたはずの恋人の姿。
彼は驚きのあまりガバッと立ち上がり、彼女の両肩を掴んで言った。
「お嬢さん、あなたは先ほど俺が逃がしたはず……どうしてここにいるのですか!?」
「それはね、剛力くん——」
彼女は事の一部始終を彼に話した。
逃げていたら偶然、喫茶店にいるアップルとヨハネスを発見した事。
公園に戻り、アップルと協力して剛力をベンチに運んだ事。
ヨハネスが不動に挑むも破れ、自分も襲われそうになったが、アップルの身を挺しての説得で不動を改心させられた事。
それらを聞いた彼は、ひとつの疑問を彼女に投げかけた。
「それで、アップルはどこですか?」
「アップルくんは『剛力くんを幸せにして』って帰っちゃったの」
その言葉を聞いた剛力の全身に激しい悪寒が走る。
「……お嬢さん、アップルは本当にそう言ったんですか」
真剣そのものの瞳で彼女の顔を覗きこむ。
ハニーは少し驚いたような顔をしていたが、コクリと頷く。
彼女は嘘をつくような人間ではない事は彼は知っていた。
けれどもアップルの言ったその言葉が嘘であって欲しいという思いがあったのだ。
「ハニーお嬢さん、残念ですがデートの続きはまた今度にしましょう」
「どうしたの? トイレにでも行きたくなったの?」
「そんなんじゃありません。ただ、急用ができただけです」
愛人に少しぶっきらぼうに返し、彼は走り出した。
アップルの自己犠牲を止めるために。
アップルは陸橋の上にした。
手すりを掴まえ、下を覗いてみる。
眼下は高速道路になっており、転落してしまえば死は免れない。
彼はふっと視線を空へ向ける。
日が傾き、空はオレンジ色になっていた。
「剛力、きみは弥生を愛している。もし僕がいることで板挟みになり、悲しんでしまったら、僕は耐えられない」
人通りが全くないため、彼の独白に気づくものは誰もいなかった。
「弥生と幸せになってね……僕はずっと、天国で君を見守っているから」
青い瞳から涙を流し、手すりによじ登る。
そして祈るように手を組み、そこから飛び降りようとした。
そのとき。
背後から何者かが着ているコートの引っ張り、彼の自己犠牲を防いだ。
誰だろうと思った彼が振り返ってみると、そこには剛力の姿があった。
走ってきたからか、息を切らし、額には汗を浮かべている。
「間一髪だったようだな」
「剛力……」
名前を呼ぶと彼は優しくアップルの両肩に手を置いた。
狼の如き黒い瞳が、金髪の少年を捉えて離さない。
「俺のために死のうなんて、バカなことを考えたもんだな。そんなことをしても、俺は喜ぶことはねぇ」
「剛力は弥生のことが好きなんだよね。僕はただ、君達の仲を裂きたくなかっただけだよ」
「かもしれねぇな……でも、俺はお前に生きていて欲しいと思っている。それに——俺にとってはお前もハニーお嬢さんも、どっちも負けねぇぐらい大切な存在なんだ」
脆いアップルの体を愛おしく抱きしめる剛力。
その抱擁が、彼にとってどれほど嬉しかったかは想像に難くない。
通常、二股をかけるのは女子からはいい印象を抱かれない。
しかしながら、弥生は心の底から剛力を信頼し愛していたため、アップルと付き合うことも承諾した。
こうしてアップルは、ずっと思いを秘めていた男の愛を手に入れることができたのだ。
終わり。