複雑・ファジー小説

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【合作】IDOL−A Syndrome ~全世界英雄症候群~
日時: 2015/12/13 03:31
名前: IDL:Project (ID: EZ3wiCAd)
参照: http://www.kakiko.info/bbs2a/index.cgi?mode=view&no=70


『カミサマを信じてないわけじゃない』

『でも選ぶのは個々の勝手だろう』

『何に使って結果どうなろうが』

『それはあくまで手段に過ぎないのだから』

『使うも自由、使い道も自由』

『思うが侭に楽しめばいい』

『誰だって』

『自分の人生で』



『主人公だろう?』



◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆



【基礎情報】
タイトル:IDOL-A Syndrome 〜全世界英雄症候群〜
小説形式:リレー小説
投稿場所:複雑・ファジー板
ジャンル:複雑
投稿形式:順番制

【参加者様】
現在、リレーに参加している書き手=IDL:Projectのメンバーです。敬称略。
番号がそのままリレーの順番です。何かメッセージがあれば行間にどうぞ。
①空凡
「最近家事手伝いにはまった」
③戦崎トーシ
「こけおどしのししおどし」
④Satsuki
「そろぼち落としどころを考えましょうか」
⑤チャム
「忙しさは12月いっぱい続くんじゃ >年末に向けてバイトの日数増やしたら嫌がらせのような連日出勤の塊が生成されておりましたとさ。うわばらー」

休参者
②Orfevre(高坂桜)

【次回投稿予定者】
空凡     12/12経過
戦崎トーシ  12/18迄

【連絡事項】
参加者様や読者様に宛ててメッセージがある場合ここに追記していきます。
・プロローグが終わりました、これより本編に片足を突っ込んでいきます。
・現在、リク板スレにて追加参加者を募集しています。

【目次】
Prologue:>>1-12
Chapter 1「Mate is behind Team , cannot In」 >>13-36

>>1-36

Re: 【合作】IDOL−A Syndrome ~全世界英雄症候群~ ( No.27 )
日時: 2015/11/04 19:57
名前: 空凡 ◆qBiuWfql4I (ID: 4RNL2PA4)

 栄養補給を済ませたご一行は雨はれてからりと晴れた昼過ぎを歩いていた。目指すは市役所、掲示板も途中にあれば確認するようにしている。
建物の隙間があれば体の小さい少年が探り、ちょっと人目があって入りずらい場所であれば郷烏の異能によってその"異"をなくす。

まさしく探偵業にはふさわしい所業であると遼火は口でほめながら周りに気を配る。
現在も、謎の視線を感じている。だが遼火は決してその方向へ首は向けない、気づいているそぶりを相手に見せてしまえば、尾行者はさらに姿をくらます。そうなればいざと言うときにその姿をとらえることができない。

「(けど、もう一方の方は何なんだ……?)」

偶々あったミラーに目を動かすと、三人組を追う謎の集団……先ほどファミレスにいた大学生のグループの一部が目に入った。こちらは何故の視線よりも杜撰で、郷烏ですら気が付いているほど哀れな尾行者どもだ。
三人が出るとともに会計を済ませ、店から出てきたのに気が付くと遼火はため息が出た。
店の中で何をしているか探るのならば、仲間を一人外に置いてその仲間が遼火たちを追うことで、時間差をつくり店を出るといったこともしない間抜けな尾行者たちだ。
こちらはもう相手にしなくともよいだろう、やろうと思えばいつでもまける相手だ。
今はそれよりも猫の行方について考えを巡らすべきだと遼火は思った。

「あ、ねぇねぇ武瑠君!アソコに猫がいるよ」
「ホント?……うーん、三毛っぽいけどモモコかなぁ……?もうちょっと近づいてみるね」

「(この掲示板にもとりあえず預かり猫の情報はなし、と……ほかは不審火注意とかその程度か)」

少年と女性の意見が一致していることといえば、いなくなった日、猫の容姿と名前の二つ。本当に昨日あたりにいなくなったのであれば、情報が出てくるのは明日辺りだろう。とりあえずやっておくべきことは地域の掲示板に迷い猫の情報としてモモコの情報を載せる程度だ。

三毛猫のモモコ、ピンク首輪、そう記載すると遼火はペンを仕舞い、二人の行動が終わるのを待つ。
待っている間に遼火はじっくりと頭に血を巡らす、昼食のハンバーグが効いてきたのだろうか、体長が悪かった朝と比べ未だ本調子ではないが頭がよく回る。

よくクイズであげられる「嘘つき村」というのをご存じだろうか?
正直村にたどり着きたい旅人は分かれ道で二人の人に出会う。片方は嘘つき村の住人、もう片方は正直村の住人で質問をたった一度だけし、正直村にたどり着けという奴だ。
答えは簡単「貴方の住む村があるほうはどちらだ?」である。これで正直者は正直村を指すし、嘘つきは自分の住んでいない、正直村の方を指す。

二人の証人、どちらかが本当であれば必ず見抜けるはずなのだ。態々嘘を吐く必要はない……というのが遼火の子供のころの考え方だったかもしれない。
だが、現実はそんなに単純ではない。二人とも嘘の証人である場合、例え片方が本当の猫の飼い主だとしても後ろめたいことがあってそれを嘘を吐かせている。そんなことも考えられる。

「うーん、この子は違うよ。ほら、"メスだこの子"」

さて今回はどうだろうか?
まず二人の依頼主、女性と少年について考えてみよう。
女性は確かに猫の写真を所持、だが彼女の臭い、神社でえた証言との食い違いがある。そして余り家に上げたくない事情があるようにも取れた。

では少年はどうか?一見、今のところ証言には食い違いがないように見えたが遼火は少年の発言を一言たりとも聞き逃がしてはいなかった。

『でも、ウチの父さん、猫あんまり好きじゃないんだ。犬の方が良いって言って犬飼おうとしたんだけど、犬は母さんが好きじゃなくて反対されたんだ。だからウチには』

ウチには、少年は何かを言いかけた。その先は何だったのだろうか?
"犬はいない"この言葉が入ったのだろうか?だとしたら"でも"が引っ掛かる。直前の言葉は"猫が嫌いなことなんていない"これに反論するのであれば……

猫はうちにいない

この言葉が続くのがとてもしっくりと来た。
疑念渦巻く遼火の目は、年相応に笑う少年を捉えていた。

Re: 【合作】IDOL−A Syndrome ~全世界英雄症候群~ ( No.28 )
日時: 2015/11/15 08:20
名前: 戦崎トーシ ◆TYZSwCpPv. (ID: 9IfQbwg0)

「——そうですね、今のところ、市民の方からそのようなお電話等は頂いておりません」


 程なくして、3人は神北市の中心に位置する市役所に到着した。したのだが、結果は芳しくなかった。考えてみれば、モモコが居なくなってから1日も経っていないのだから、当然情報量も少ないだろう。遼火が役所の役員に問い合わせている間、柚子と武瑠は備え付けのPCでネットの方の市役所掲示板を確認しているが、あちらにも情報はない。

「大学生さんの間では、三毛猫がブームなんですか?」

 女性役員の突然の言葉に、遼火はやや驚いて彼女を見た。丸いレンズの眼鏡を掛けた、40がらみの女だ。

「特にそういったものはないですが……」
「あら、そうなんですか」

 いくら遼火がやや浮世離れしていると言っても、彼だって大学に通う若者である。今時の流行にだってそれなりに敏感だ。

「近頃、あなたと同じくらいの方たちが、定期的に『三毛猫の目撃情報はないか』と訊いてこられるのでてっきり」

 からからと朗らかに笑う役員。遼火は息を嚥下して、溜め息を吐いた。思い当たる節がある。

「もしかして、お知り合いの方ですか?」
「いえ、まったくの他人です」

 そう、まったくの他人なのだ。まったくの他人なのに思い当たる節があるということは、遼火はそいつ等について知っているのだ。
 だから彼は、役員に礼を言い、他の2人と連れ立って市役所を出ると、外で彼らを待ち伏せしていた『大学生グループ』の方に迷わず歩き出した。
 まさか自分たちが尾行していた人間が自ら近づいてくるとは、夢にも思わなかったらしい。レンズの奥から視線に射抜かれて、3人の『大学生』はあからさまに狼狽えた。
 遼火は構わず、言葉を発する。

「少し、訊きたいことがあるんだが」

 字面の割りに彼の声は柔らかなものだった。しかし、大学生達は不自然なまでの焦りようを見せる。声音を変えないまま、彼は続けた。

「三毛猫を探してるっていうのは、お前らか」
「何言ってんの、三毛猫を探してるのは僕らのほうだろ」 
「武瑠には訊いてない」

 少年はむっと口をつぐんだ。大学生たちはおそるおそる、互いの目を見た。数拍のアイコンタクトの後、リーダーらしき男子学生が口を開く。

「確かに、オレ達は三毛猫を探している。でもアンタらには関係ないだろ」
「なんで三毛猫を探してんのさ」

 静かにしていたのもほんの一瞬、武瑠がくってかかった。大きな瞳を見開いて大学生達を睨みつけている。さながら猫のようだ。学生は視線をうろうろとふらつかせた。少年に威嚇されても、なかなか理由を言おうとしない。

「もしかして……兄ちゃん達がモモコを『誘拐』したんじゃないの」
「は、ゆ、誘拐なんてしてねえよ!」

 すぐさま言い返すが、少年は言葉で飛びかかった。「そんなこと言って、嘘吐いてるんだろ」少年の目が攻撃的に吊り上がる。毛を逆立てて、誤って触ってしまえば怪我をしそうな程の気迫だった。

「まあまあ、落ち着いて」
 
 柚子が宥めても、少年は敵意を剥き出しにしたままだ。
「誘拐はないと思うぞ」遼火は冷静に言った。仮に彼らがモモコを誘拐していたら、自分達を尾行する必要は無いからだ。誘拐した子どもの両親を尾行する誘拐犯など、今までに聞いたことがない。

「なんなんだよ、このガキ……」
「生憎、何でも疑ってかからないと気が済まない職業病がうつったみたいでな、許せ」

 しかしこちらも、ずっと後ろをウロチョロされ続け苛々していたのだ。その上理由を隠されるのは不愉快極まりない。

「三毛猫ならどこにでもいるだろう。わざわざストーキングしてきたのは何故だ」 
「……オレらが探してるのは、ただの三毛猫じゃねえ。『オス』の三毛猫のだよ」
「えっ、でも、三毛猫はオスもメスも可愛いと思うけど」

 柚子の言葉に、男は不快そうに眉間に皺をつくる。そして「2000万」と、ぼそりと呟いた。

「オスの三毛猫は高けりゃ『2000万円』で取引されるんだよ」   


 ——人間は男女で持つ染色体が異なる。女性の場合はXX、男性の場合XY。それは、三毛猫であろうと変わりはない。
 ——だが、染色体によって生える毛の色が決定する。そして、オスのXY染色体では、三毛猫のような黒や茶色の斑模様にはならない。つまり、オスの三毛猫は本来存在してはならないのだ。
 
「ところが、ごく稀に生まれるんだよ。『XXY』の染色体を持った、オスの三毛猫が」

 ——その確率、およそ3万分の1。


「3万分の1 !?」

 柚子が驚嘆の声をあげる。たとえ三毛猫が3万匹いても、その内オスはたったの1匹しかいない。あまりにも希少過ぎて、気が遠くなりそうだ。その上三毛猫のオスは生殖能力がなく、メスよりも短命らしい。増やすことも出来なければ、長く生きることも難しい。なるほど、どおりで家1件が建てられるほどの価値があるわけだ。
 勿論、湯水のように使えば2000万円なんてあっという間になくなってしまう。それでも、一介の大学生にとっては十分に魅力的だった。
 武瑠は2000万と聞いても、小さな口の端を下げて、変わらず憮然としている。お金に興味が無いのか、それとも——。

「それで、ここで三毛猫のオスがいるって噂を聞いて、探してたんだよ」
「そうやって見つけて誘拐したんだろ」
「しつけーな、してないって言ってるだろうが。そもそも見つけてすらねーよ」
 
 荒々しい言葉尻で、男子学生は吐き捨てた。武瑠の態度に嫌気が差してきたのだろう。その雰囲気を感じ取ったのか、柚子がもう1度少年を宥める。

「武瑠くん、あんまりつんけんするのはよくないよ。それに、あの人達が探してるのは『オスの三毛猫』だからモモコは関係ないよ」

 ぴくり、武瑠の眉根があがった。

「僕、『モモコがメス』だなんて1度も言ってないんだけど」

 武瑠は、さも当然であるかのように柚子の方を向いた。
    
「武瑠くん、その言い方だとまるで、モモコが」

 実は、遼火の中では1つの予想が組み上がっていた。
 武瑠が三毛猫のオスの値段に驚かなかったこと、大学生グループがモモコを『誘拐』したんじゃないかと疑ったこと——何よりここに来る前、メスの三毛猫を見て、『メスだから違う』と言ったこと。
 最後の1つなど最早答えだ。どうして今まで気がつかなかったのだろうか。  


「そうだよ——『モモコ』なんて名前だけど、モモコは『オス』だよ」
「しかも、武瑠は三毛猫のオスの価値を知っていた。そうだな?」
「まあ、ね。前に、テレビで偶々知ったんだ」

 既に知っているのだから、聞いても驚かない。そして、既に『モモコ』の価値について知っていたから、もしかしたら大学生グループが『誘拐』したのではと思った。

「言っとくけど、僕はモモコがオスだから飼ってるんじゃないから。三毛猫のオスだとかメスだとか、希少価値があるだとかないだとか、そんなのどうだっていいよ。モモコはモモコだもん」

 武瑠は屈託なく言い切った。きっとその言葉に嘘はない。
 もう1人の依頼者——檜山 綴はどうなのだろうか。2000万円なら、1人暮らしのOLにとっても大金だ。
 彼女は、モモコがオスであることを知っていたのだろうか。それから、三毛猫のオスの価値については? こればかりは、本人に聞かなければ分からない。もっとも檜山は自分達を避けようとしているようだが。

「モモコがオスだからって盗ったりしたら、僕許さないから」

 子どもとは思えない凄みで、少年は大学生たちを睨みつけた。男子学生は顔を引き攣らせるだけだった。彼らはYESともNOとも答えなかったが、もうついてこないだろう、と遼火は思った。これ以上武瑠に関わったらもっと面倒なことになるのは明らかだ。それに、彼らは後ずさりさえし始めていたから。
 遼火達はモモコ探しを再開することにした。日が沈むまであと3時間も無い。とにかく、隅から隅まで隈なく探したい。探偵の仕事など、実際はそういった地道な作業が大半だ。

「でも、どうしてモモコなんて女の子みたいな名前をつけたの?」

 柚子が武瑠に問いかける。武瑠は細い路地裏を覗き込みながら、一言、「首輪」とこぼした。

「……首輪が、桃色の首輪が似合うと思ったんだ。だからモモコ」
「でも、モモタロウとか、モモスケとかモモヒコって、男の子っぽい名前もあるよ?」
「そ、そん時はメスだと思ってたんだよ!」

 瞬間、暗闇の中で何かが、ごそりと蠢いた。3人はじっと目を凝らす。黄色のアーモンド型の目が黒の中に現れ、3人を見つめ返した。どうやらただの黒猫らしい。
 黒猫、トラ猫、キジ猫、ブチ猫、サバ猫、シマ猫、サビ猫、三毛猫、のメス。
 
 結局、モモコは見つからなかった。明日は、遂に檜山 綴と接触する。
 柚子と武瑠は今日も泊まっていくようだ。遼火は、柚子と楽しげに話す武瑠から眼を逸らすと、星が煌めく夜空を仰ぎ見た。思考にかかる靄は未だ晴れない。

Re: 【合作】IDOL−A Syndrome ~全世界英雄症候群~ ( No.29 )
日時: 2015/11/24 01:22
名前: Satsuki (ID: EZ3wiCAd)


 日が暮れ、声が消え、世界は静の刻。
 ソファに腰掛け、自室から持ってきたデスクライトを灯し、遼火は一人ノートに向かっていた。
 来る明日の夕方、檜山との会談に持っていくものだ。

 沸々と小さな音に眼を洗い場に向ける。ヤカンに水を入れて火にかけているのだ。
 用途は勿論、朝の分の武瑠の麦茶である。いや武瑠だけのものではないのだが(というか武瑠のものでもないのだが)昨日の様子を見るに夕方に作った量だけでは遼火と柚子の分が足りないと踏んでのことである。
 どうやらまだ完成してはいないようだ、そう確認し遼火は再びノートに目を向け、ペンを走らせる。

 カンペだ、などと笑われたくはない。仕事にしていた以上、そして今回だけは仕事になってしまった以上、聞き忘れや聞き逃しはあってはいけないことである。
 聞くは一瞬の恥聞かぬは一生の恥、とも言う。今回の場合は誤用だが、しかしさほど変わりはない。と、遼火は思っている。

 モモコを飼っているならあるはずのペット用品抜粋。
 モモコを飼っているなら分かるはずの質疑応答。
 そして"偽"と思われる疑問。そこで引っかかった場合の切り口。できればやりたくはないのだが。

 昔は親父がやっていた。遼火は隣で見ているだけだった。
 それでも何度も同席していれば、コツを少しずつ掴んでいくものだった。

 話の持っていき方。心の開かせ方。はっきり言うべきこととそうでないこと。語気を強めるべきところとそうでないところ。
 その豪快さと強引さが遼火は少し苦手だった——嫌い、と言ってもいい——が、その腕に関しては認めざるを得なかった。

 探偵行を畳んで、もうすぐ一年になるだろうか。少なくとも年は跨いだはずだ。
 それでも電話が残っていたのは、おそらく畳んだと銘を打ちながら仕事じたいはきっちり終わるまで受け持っていたからだろう。
 豪快さとズボラさを仕事に持ち込むことはせず、責任を持って最後まで遂行していた経歴。彼がジョブチェンジに成功したのはそこを評価されたからだろう、と遼火は思っている。

 何かが飛ぶような音がする。と遼火が思い、思ったが直ぐペンを放り投げ、立ち上がった。
 何時の間にかお湯の準備が完了していたらしい、デスクライトから洩れる僅かな光に、ヤカンの口から盛大に吹き上がる蒸気。
 近所迷惑だっての。心の中でごめんなさいをして、遼火はコンロの火を消した。蓋を開けて麦茶パックを放り込み、再び蓋をする。
 ちなみにどうせ冷やすのだしと思い、直に水に麦茶パックを放り込んで冷蔵庫に入れたことがある。とても飲めたものではなかった。贅沢な発言だとは思うが、お湯から作って冷やしたほうが美味しく出来上がるのだ。
 お茶ひとつ作るのにも様々な製法があり、同じ茶葉でも作り方で様々な味わいに変貌する。なるほど茶道というものが生まれるわけだ。

 再びソファに腰掛けようとした遼火だが、ドアの閉まる音を耳に拾う。
 ひたひたと歩く音、そして居間のドアが開けられ、柚子が顔を覗かせてきた。斜めのチェック模様の入った赤い寝巻きを、顔の下にぶらさげて入ってくる。
 ちなみに対面する遼火はネズミ色のスウェットであった。珍しく真っ黒ではない。

「起こしたか、悪い」
「ううん、少し飲みたかったから。何をやってるの?」
「調書の準備」

 もっとも今回の場合、問いただし調べ上げた"い"事柄だが。
 ペンを握り締めたところで、遼火はアイスコーヒーを注ぎ足すのを忘れていたことに気づいた。

「すまない、ついでにコーヒー頼む」
「また寝れなくなるよ?」
「どの道期待してないさ」

 お前らのおかげでな、とは言わなかった。
 何も言わずに柚子はすっとグラスを持ち去って洗い場に行く。水の撥ねる音がした。軽く濯いでくれたらしい。

「聞くべきが聞けなきゃ、面会する意味がないからな」

 腕を頭の後ろで組み、肩を伸ばしながら遼火が呟いた。
 それができなければ、いったい何のために檜山と対面するのだろう。山場であることには間違いないので、準備は入念に行っておくべきだ。
 大学の件は、昼のときは「ある」とは言ったが、それは勉強のためではない。であれば、これに関しては準備の必要はなく、その後の檜山との対面に備えられる。
 正直な話、大学に関しては今日でなくても、担当の講師が出ている日なら何時でもいいのだ。が、たまの気分転換は誰にだって必要である。

 猫とじゃれたり、外食したりなどは、普通は気分転換のはずなのだが。
 とても昨日今日の状態では、そう思うことはできなかった。

「お待たせ……わぁ、凄い量」

 アイスコーヒーを手に入れたグラスを遼火の手元に置いた柚子は、ノートに眼を移して驚いたようだった。
 びっしり、ではない。多少の空白を空け、微細な文章、矢印の乱舞、あらゆる発言のパターンを予想し、可能な限り先回りして質疑を羅列してあった。
 その一節に「柑橘系の香水を使用→常用か——」との筆跡を見つけ、柚子の口元が緩んだ。

「これ、全部訊くの?」
「最悪の場合、そうなる。興信所じゃないんだけどな、謎があるからには弾劾していくしかない」

 興信所、探偵、弁護士。これらに共通することは、確かな情報を足掛かりにすることだ。"予想"という行動には、その基盤となる"実像"が必要不可欠である。
 つまり、依頼するからには確かな情報を与えられて然るべきなのだ。そこで謎を与えられては、興信所も探偵も弁護士も、本来の仕事を行使できなくなってしまう。

「ひょっとしたら、ダウトダウトの連続で調査どころじゃなくなるかもな」
「……探偵って、凄いんだね」

 その"凄い"の中にはきっと遼火が一瞬で思い浮かんだものよりもっと多くの感情がいっしょくたに混ざり込んでいるだろう。
 確かにそうだろう。歩いた。聞き込みをした。謎解きをした。一通りとはいかないが、探偵業の齧りというには十分すぎる苦労と、幸いなことになかなかの成果を経験できた。

 が。

「今日一日でもずいぶん進歩したと思うだろうが、まだスタート地点にすら立っていないぞ」
「……うん」

 遼火の問いかけに、しかし柚子は小さく頷く。昼間に追い詰めれなかった問題がある。

「武瑠の素性も、まだ明らかになっていないからな」

 考えてみれば、今回の事件で一番おかしな話だ。依頼人の素性が知れないなど。
 探偵という仕事に慣れるために、父から幾度となく推理小説を拝借させられて読んだことがある。匿名率のなんと高いこと高いこと。初めから犯人が分かっている推理は推理と呼ばない、という風潮が一時期出ていたせいでもある。
 逆にその発想を逆手にとって、犯人が明らかに分かっているのに捕まえられないというコンセプトの推理ゲームが出て一時を風靡したこともあった。確か、「犯人は康夫」とかいうタイトルだった。いやサブタイトルだっただろうか。

 そういう風潮や発想はあくまで創作の上だから楽しめる話であって、現実でやっている者にとってははなはだ迷惑な話なのだ。
 特に、その"素性が知れない者"があやしい場合。

「じゃあ、私はもう一回寝るね。遼火くんもあまり遅くならないように」
「……善処はする。おやすみ」
「おやすみなさい」

 丁寧なことに一礼して部屋を出て行った柚子を見送り、遼火はペンを握る手を変える。
 ペン先を弾いた。人差し指の基節を勢いよく回り、すぎて跳ね、机に落ちる。チッ。心の底からの舌打ちが出た。
 拾い上げ、両手で弄くりながら、ふと昼間に思い挙げた「嘘つき村」の問題を、もう一度頭に思い浮かべる。

 嘘つき村の謎掛けが解けるのは、どちらかが正しいからだ。"確かな情報"が必ずひとつ手に入るから、簡単に解ける問題なのである。
 仮定ではあるが——もしも、檜山も武瑠も嘘つき村の出身であるならば、しかも「嘘つき村の住人である」と解答者に知らされていないならば、いったいどうやって正直村に辿り着こうというのだ。
 そして何より、元はといえば猫探し、モモコが見つからなければ正直村に辿り着けたところで何の意味もないのである。


 あるいはモモコが正直村に案内してくれるだろうか。


 まさかな、とは思わなかった。
 モモコの好きなもの、好きな場所、遼火が聞いた限りでは件の猫猫パラダイスしか思い出せない。それに、モモコとて猫、生命なのだ。
 忘れないうちに、ノートの隅っこに追記しておいた。まだまだ出るものだ。

 夜の闇は丑二つになろうとしている。もう少しだけ、遼火の探索は続くことになった。

Re: 【合作】IDOL−A Syndrome ~全世界英雄症候群~ ( No.30 )
日時: 2015/11/28 00:36
名前: チャム ◆VFDOEYR7G2 (ID: ugb3drlO)

 17時過ぎ。待ち合わせた喫茶店で遼火は檜山綴と再び対面した。

「随分お忙しそうですが、お時間は大丈夫ですか?」
「ええ、半頃までであれば」

 檜山は数分遅れでやって来た。時間きっかりである必要は無かったが、それでも急いで来たのかそんな様子であり、また時計に数度目を遣り時間が押している様子でもある。檜山はやや乱れた髪やジャケットを整えて席に着いて、出迎えた店員が注文を取り去って行った。
 遼火は檜山の姿を改めて一望する。
 檜山の印象は一言で言えば、キャリアウーマン。今時で言えばそうも珍しくもないか若しくはその若さでそれなりの役職に就いて部下の上に立ち指示を出しているような腕の良い一会社人の女。まだ学生の身である遼火にとっては自分よりも年上且つ大人の女である。ご立派な大人の顔とはそういうものなのか自信の表れか、どこか無機質そうで険しい表情をしているのは依頼時にも思ったことである。尤もそれは誰にとっても同じ事であるかも知れないが。
 遼火はそんな女性に気後れしないよう心静かに息を飲み込み席の向かいの相手を見据える。

「それで何が聞きたいですか?」
「そうですね。まずは猫の、モモコさんの性格等についてもう一度」

 当たり障りのないところから尋ね始める。
 今回の目的は彼女の矛盾を明らかにすることである。場合によって依頼を断ることも考える必要がある。
 果たして、飼い主であると言うのは「嘘」であるのか。それを判断する為の対面である。
 
「はい。……おとなしい子でした。あまり悪戯もせず、私が家に居るとソファの隣でジッと一緒にテレビを見たり、窓から外を眺めたりして」
「あまり動きたがらないと仰っていましたね。やはり、色々うろつかれるよりも手が掛からなかったのでしょうか?」
「ええ。頭の良い子でもありました。飼い主の私の迷惑にならないようにしてくれているようで」
「確か、室内飼いということでしたよね。ということは、体力面ではあまり? 長距離を歩くというのは難しいと考えられるでしょうか?」
「ええ。多分それほどには」

 檜山はモモコについて語る。遼火はそんな彼女の視線や表情の微妙な変化を意識して眺めた。
 だが、それは自然なものであった。作り話の類には思えない。まるで本当に猫を飼っていて、その猫が居なくなってしまったことを悲しんでいるような。
 これに関して遼火は考える。仮に大金目当てでその猫を探しているのだとしてそんな顔を浮かべるだろうか? いや、猫を飼うことくらい珍しいことではない。大金目当てに飼っている猫とは別の猫を探している、という形ならおかしくは無い。

「……別の質問ですが」
「はい」

 更なる情報を得る為、話を変える。

「貴女が連れて来た男の子なんですが、あの子は自分の猫だと言っていました。それについてどう思いますか?」
「あれは、私も驚きました。偶然連れて来た子供があんなことを言い出すなんて。でもきっと勘違いしたのでしょう。三毛猫など比較的どこにでも居ますし。そうでなければ子供の言う事ですし」
 
 それも夜中にうろつくような子供の。悪戯のつもりなのだろうと檜山は言う。
 しかし先ほどの猫の話と違い、その口ぶりに少々の上辺さを感じなくもない。食い込んで聞いてみることにする。

「実は、あれから昨日一日あの子と猫探しをしてみたのですが、あの男の子の証言から幾つか情報が得られまして」
「あの子から?」
「ええ」

 檜山はさも意外そうな態度でオウム返しのように返事をする。

「それでは、居場所が分かったとか?」
「まだ特定までは出来てはいないのですが、何でも猫の溜り場である神社がありまして、そこに首輪を着けた三毛猫が出入りしていたらしいと」
「本当ですか? ……神社。もしかしてあの神社でしょうか?」

 一度俯いて考え込んだが、すぐに思い当たったようで反応を示した。あの神社は檜山の住所からも比較的近辺にある。知らないことは無いだろう。そうでなくても神社など一つの町に住み続けていればこのご時勢早々巡り合えるものでもない。
 また、期待の眼差しが浮かぶ。それは大金の居場所が分かったことに対するものなのか、または愛猫を思ってのことなのか。
 ただ、近所の神社が猫の溜まり場になっているということは知らないのだろうかと遼火は疑問に思った。

「これを」

 考えつつも一先ず遼火は一枚の写真を取り出し檜山に見せた。複数の猫が集まる昨日の神社の写真である。檜山は手に取りそれを確かめる。

「やっぱりあの神社。……いえ、普段は滅多に行かないものですから。……ええ、仕事が忙しいですし、近所を散歩するということもあまりないもので。しかし、そうですか。ここにモモコが」

 尋ねてみてすぐに考えを払拭した。疑問に思うまでも無いことであった。社会人ならそんなものだろう。家を出てすぐ見えるのなら兎も角そうでないのなら知っていなくても不思議ではない。

「実はこちらでもう足を運んでいまして。ただ、その時には見つけられませんでした」
「そうなのですか」

 檜山は少し目を伏せて写真をテーブルの上に戻した。

「ですが、そこの神主の方が確かにモモコさんを見たと仰っていまして」
「では、やはり」

 漸くの有力情報らしさに彼女の目に再び期待の色が加わる。だがそれは彼女にとって嬉しい話とはならないであろうことを遼火は理解していた。
 ここからだ。遼火は内心で意気込む。一つずつ突きつけていくのだ。
 遼火は檜山が次に言葉を発する前に遮るように切り出した。

「しかし、彼が言うにはモモコさんが現れたのは"昨日に限ったことではない"とのことです」

 それが一体どういうことなのか、その理解を求める必要は無かった。檜山の顔が変わった。それは一瞬ではあったものの見逃しようも無い大きな表情であった。檜山は何か言い出しそうにしたがすぐに目を逸らし黙った。
 遼火は畳み掛けてその先の回答を突きつける。

「貴女の言う通り室内で飼われていたのなら、それはおかしい筈です。どうしてでしょうか?」

 だが、檜山は再びこちらに視線を戻すとスルリと抜け出るように反論を返した。

「それは、別の猫のことなのではないでしょうか? ほら、あの男の子の言う猫とうちのモモコは似ているのですよね?」
「そうですね。そのようです。何せ名前まで同じ"モモコ"のようですから」
「そうなんですか? なら、やはりあの子供が嘘を吐いているんでしょうね。初めにも言いましたが、そもそも子供の言う事ですよ、探偵さん」

 確かに、武瑠の言い分が嘘なのだとしたらこの言及は効力を発揮しない。彼女の言う通りとなる。
 尤も、嘘ではないのなら似た姿の猫が名前まで同じであることになる。それもどちらもオスの三毛猫ときたら、もう考えるまでも無い。あり得ない。モモコは一匹であり、つまり依頼人である檜山が嘘を吐いていることになる。勿論、武瑠が嘘を吐いている可能性も否定は出来ないが。

「しかし、神主さんも見ているのです。彼の見たそのモモコさんは痩せており、栄養失調気味とのことです」
「ではその神主さんが別の猫と勘違いをしたのでしょう。私の言うモモコは栄養失調ではありませんし痩せてもいません。そう考えると、もしかしたら、その人は嘘つきの子供とグルなのかも知れませんね」

 グルである、何やら神主のイメージが黒いものに変わってしまいそうだが、可能性としてそれもあり得るのだろうか?
 そもそもあの場所へ案内をしたのは武瑠である。あの神主と顔見知りであってもおかしくはない。どんな理由かは知らないが、武瑠の望みを叶える為に口から出任せを言ったのだろうか?

「ところで、依頼時に貴女の付けていた香水ですが」
「……それが何か? 女性として香水の一つや二つを付けていたとして何かおかしいでしょうか?」
「猫はシトラスの、……柑橘系の匂いを嫌うそうですね」
「一般的にはそう言われますね。ですが、私はあの時そんな香水など付けてはいません」

 確かに、猫が柑橘系の匂いを嫌うというのは一般論に過ぎない。人間も色々な嗜好を持つ者が居るように、猫とて絶対無いとは言い切れない。
 また、檜山が本当にシトラスの香水を付けていた証拠が無い。そもそも実証することが出来ない。知らないと言われてしまえばそれまでである。それに、遼火たちがあの時そういった匂いを感じたというのは本人たちの中では確かであるが、感覚ほど宛にならないものもない。集団催眠宜しくに誰かがそう言うと不思議と他の者までそんな気になってしまう現象が起きたとでも言われれば、それを完全に否定することも出来ない。

Re: 【合作】IDOL−A Syndrome ~全世界英雄症候群~ ( No.31 )
日時: 2015/11/28 00:39
名前: チャム ◆VFDOEYR7G2 (ID: ugb3drlO)

「そう言えば、オスの三毛猫の価値を知っていますか?」
「価値? ええ、希少価値が高いらしいですね。それが?」
「高ければ2000万はするそうです。貴女は依頼時に性別を言いませんでしたね。改めて教えて頂けますか?」
「ええ、オスですが何か? だから余計に探しています。偶然にもオスの三毛猫を手に入れられたので、その特別さも相成って愛着を持って飼っていました。ですので、探偵事務所などに押しかけ致した次第でして。オスであることは伝えませんでしたっけね? 申し訳ありません。最近は仕事が忙しく疲れていたものですから。あの日も、あの時間にお伺いしたのは仕事であの時間まで駆けずり回っていたからだったもので。それにしても、2000万もするのですか? 希少価値が高いということは知っていましたが、具体的な金額のことまでは知りませんでした。そうですか。そんなに……。そうであれば尚更探し出したいので是非頑張って頂けますか?」

 依頼時にはぐらかされた点をストレートに指摘してみると、檜山は淡々と説明し返し、最後に金額に納得すると改めて猫の捜索を遼火に依頼した。とても落ち着いた様子である。筋も通っているように遼火には思えた。ここで焦った相手が疑われぬよう口をついてメスだとでも言えばそれ一つでほぼ決定打に持ち込むことも出来たかも知れないが、そうはならなかった。

「因みに、どうしてモモコという名前にしたのでしょうか? それはオス猫に付ける名前ではないように思えるのですが。……一般的には」
「昔飼っていた別の猫の名前がモモコでして、その猫はメスだったのですが、その猫は子供の頃からの家族でとても愛着があったので、ついオスにも拘らず同じ名前を。まぁ猫は人間と違って名前の性差の違いからそれを恥ずかしがったりもしませんし、こちらとしても何だか逆に一層可愛く思えてくる始末です」

 檜山はニコリと多少気恥ずかしそうに笑ってコーヒーに一口付けた。
 これも確かに。そういう飼い主もいることだろう。名前が女みたいだと文句を付けるのは人間だけである。

「警察等には届出が出ていない様子でしたが」
「時間がありませんでした。今は忙しく、あの時も仕事の帰宅からフラリと立ち寄って衝動的に依頼を致しましたので。昨日も、休日でしたが探偵さんからお電話を頂いた時は仕事の移動中でして」
「しかし、やはり届出は必要でしょう。探偵に依頼するほど大事な猫であれば」
「正直言うと、警察や役所というものが嫌いでして。以前に物を落とした時には事務的というか、寧ろ面倒臭そうに対処されたことがありましたし、結局それは見つかりませんでした。それに、価値が価値ですし、極力多くの目に留まらない形で探したいと思いまして」

 確かに。探偵業とはその為にあるといっても過言ではない。また、遺失物届けを出しても比較的そんなものだろう。どちらかと言えば偶然見つかりさえしなければ根本的に連絡など来るものではない。



 ……さて。色々と尋ねてみた後で遼火はもう一度思考する。
 結果、予め用意していた全ての疑念に対して綺麗に返されてしまった。それらは確かにその通りに頷けるもので、疑念を解消出来る回答であった。
 こうなって来ると、やはりこの依頼人は嘘を言っている訳ではなく、武瑠が嘘を吐いているということになるのだろうか? しかし、だとすればどうしてそんな嘘を言う必要があったのか? それは武瑠が子供だからである。檜山の言うとおり悪戯小僧が大人を困らせようと無邪気な顔でやってのけたのである。難しい話ではない。根本的にそれだけの話で終わる可能性がある。
 だが、仮に檜山が尤もらしい事を言っているだけでやはり嘘を吐いているのだとしたら?
 彼女の反論は飽くまで可能性の範疇でしかない。可能性として武瑠や神主が嘘を言っている。しかしそちらが嘘ではないのだとしたら、当然嘘を言っているのは檜山であることになる。つまりそれは「モモコの飼い主ではない」ということだ。飼い主ではない者が2000万という価値の為に探偵を使ってまで探し出し、利益を得ようと考えているということである。
 しかし、檜山は猫の価値を認めている。そして口ぶりからしてその価値を理由に探していることをどうやら隠してはいない。偽の飼い主であればその点を極力隠すのではないか? そして落ち着いてもいる。それは隠す必要が無いからではないのか? つまり、本当の飼い主であるので隠す必要が無く、且つこちらの疑念にも綺麗に返すことが出来る。今のところ何かを隠している様子である武瑠に対してこの檜山の堂々とした様子では、どちらを信じるべきかというのはある意味では簡単な話であるように思えた。勿論そんなものは主観的な判断でしかないが。

 結果として、檜山への疑念はどれも矛盾とは言い切れない。しかし、現状本物の飼い主だと断定することも出来ない。
 ならどうするか? ……情報が必要だ。しかし、それは現状すぐに得ることは出来ない。
 つまり、今回に関しては手詰まりだった。尤も、初めから情報収集のつもりだったのだから、この結果には特に不満はない。

 その考えに到った遼火だったが、同時に、今現在の状況に関して別の認識も持たねばならないことを理解した。

「探偵さん」

 檜山が言った。その毅然とした表情からは確かな不快さが伺える。

「さっきから何ですか? よく分からないのですが。貴方の先ほどからの言い分を聞いていれば、まるで私が嘘を言っているかのような物言いに聞こえますが? 貴方は仕事を、私の依頼を引き受けたのではないですか? あの子供に何を言われたのか知りませんが、私は正式に依頼を貴方に頼みました。それを貴方は依頼人では無いどころか、夜中に一人で外をうろつき回るような小学生の突拍子も無い言い分を信じて依頼人である私を疑うのですか? 普通あり得ますか? 依頼された猫と同じ猫を偶然一緒にやって来た赤の他人である子供が自分の猫だなどと言うだなんて」
「…………」

 遼火は押し黙り、無言の返答をする。
 彼女の言っていることはそれだけ切り取ってみれば至極尤もだ。おかしな疑念こそあったが、それも彼女の言うとおり一応は否定の出来る疑念ではある。そして、武瑠の言い分が全て嘘で偽の飼い主なのだとしたら、遼火は本当の飼い主である依頼人に対してあってはならない態度を取ってしまったことになる。彼女が怒るのも無理は無い。
 ——だが、その一方で過ぎる。
 本当に? 武瑠の言い分は本当に「全て嘘」だったのだろうか? 何もかもが間違っていた?
 何か違和感があった。昨日一日の行動を振り返り、遼火はもう一度考える。

「もし、貴方が断るつもりで来たと言うのであれば構いません。必要なら今日までの費用をお支払いします。お幾らですか?」

 檜山は腕時計を見て時間を確認する。まだ半にはなっていないが、時間に追われた様子で引き上げムードである。
 遼火は考える。何か、何か見落としている気がして、それが拭えない。

 その時。

 ピリリリリッ。
 携帯が鳴った。遼火のものではない。
 檜山は鞄から携帯を取り出し、「ちょっと失礼します」と電話に出た。

「……はいっ、はいっ。申し訳御座いません。それに付きましては、……はい、必ず間に合うように。はいっ、……いえ、それは、……はい、はいっ、申し訳御座いません。近日中に必ず、はいっ……」

 腰が低い性格、という訳では無さそうな様子で檜山はただただ頭を下げていた。それがどんな状況であるのか。恐らく社会のシの字も知らない学生身分では分からない苦労がそこにはあるのだろう。遼火の将来においてもいつかこんな光景に遭遇するすることも起こり得るかも知れない。知った気になってはいてもまだまだ知らない大人の世界が恐らくこの先の人生で遼火にとっては待ち構えているのである。
 数分の間只管謝罪の言葉を繰り返した後、檜山は疲れた面持ちで小さく息を吐いて電話を終えた。

「……失礼しました。お見苦しいところを」
「取引先の方ですか? 会社人になると言うのは大変そうですね」
「……こんなことは、中々ありませんけれど」
「こんなこと、と言うのは?」
「…………」

 檜山は嫌悪感を強めた目で遼火を見遣った。他人の事情に一々口を出す者に不快感を持ってもそれは致し方の無いことだろう。
 だが、情報収集の為にそれを敢えて行うのも「探偵のイロハ」の一つである。
 檜山は視線を僅かに上に上げて黙った。遼火は振り向いてその視線の方向にあるものを確かめた。
 店内に置かれたテレビでニュースが流れていた。それは忘れもしない先日のデパートジャック事件のものであった。レポーターが事件が起きたデパート・コーホクの前で現在の状況や犯人グループの目的などに関して語っている。


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